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2004-08-22

いつものことながら脱線してしまうようで−−ふつうのおじさんとしてのデリダ いつものことながら脱線してしまうようで−−ふつうのおじさんとしてのデリダを含むブックマーク

id:temjinus さんのところで、8月19日付けのルモンドに載った、デリダの長いインタヴューの紹介。この人の熱心な読者ではないが、インタヴューからはそれなりの感慨を受ける。重大な病気を抱え、容易ならない治療を受けているというのもこのインタヴューで知った。前に小難しいレトリックデリダデリダを連発する向きのために戯れ歌を書いたが、デリダその人を馬鹿にしているような按配になってしまっていたので、後味の悪い思いをしていた。罪滅ぼしにこのインタヴューを紹介したい気もあったが、他に適任者がゴマンといるはずでもあり、どうしようかと思っていたが結局だれも触れるものがない。見るに見かねてかどうかは知らないが、この手の知識人に最も厳しいはずの temjinusさんがとりあげ、なんとなくほっとする。

私のほうでいちばん印象に残ったのは、アルジェリアで、他の子供たちと一緒にフランス本土の標準語への違和感を共有しながら育ち、しかし否応なしにフランスを代表する書き手となった彼が持つ、自分の言語への関係が自明でないという感情の表明。

私の言語はひとつしかないが、しかしその言語は私の物ではない。

je n'ai qu'une langue, et en même temps cette langue ne m'appartient pas.

個人的経験だと、育った環境によってこの違和感を持つ人と持たない人がいる。

temjinus さんが抜粋しているが、ユダヤ系の出自から否応なしに課せられる現在の政治情勢についての思索からくるコメントも興味深い。アクチュアルな問題に発言するフランスの普通の知識人のおじさんとしてのデリダについてももっと多くの人が関心を持ち語ってもいいと思うが、多くのブログでは生きているか死んでいるかわからない哲学者としてのデリダにしかお目にかからない。極端には極端をというわけではないが、ル・モンドのインタヴューのものりよももっと、普通のおじさんっぽいデリダの発言を、別のあまり人目に触れないソースから引いてみる。ある講演で、「集会所」「議会」としてのシナゴーグの概念に触れたときに、突然、憤懣やるかたないという様子でこんなことを言い出すデリダ

今日最も憤激すべき、 許し難いことの一つは、シャロンを批判したり、クネセット[イスラエルの議会]で決められアメリカの支持を受けた政策を批判すれば必ず、反ユダヤ主義的(反セム主義的)人種差別、あるいは最近の言い方で言えば、ユダヤ人嫌悪症の廉で非難を受けるということです。ヨーロッパの反ユダヤ主義の恐ろしい復活の共犯者としてさえ非難される。あたかも、ショアー[ホロコースト]を忘れることが、アメリカによって支持されるイスラエルの政策を批判する人々の側にあるといわんばかりに。ショアーの忘却が、こうした惨澹たる政策を実施し支持するものの側にある−−私自身もそう考えるわけですが−−とする代わりに。そしてこうした政策は、不幸なことに、反ユダヤ主義の恐ろしい復活に無縁ではありません。もちろんそれだけが原因のすべてではなく−−それどころかほんの一部でしかななく−−、このことで反セム主義的人種差別の二つの形、ユダヤ嫌悪やイスラム嫌悪のいずれも絶対に正当化できるわけではないにせよ。いつものことながら私は本題から脱線してしまいます。

... une des choses les plus révoltantes et intolérables de notre temps, c'est qu'on ne peut plus critiquer Sharon et la politique israélienne élaborée par la Knesset et soutenue par les Etats-Unis sans se faire accuser de racisme antisémite ou, comme on dit maintenant, de judéophobie. Et même de complicité avec la renaissance terrifiante de l'antisémitisme en Europe. Comme si l'oubli de la Shoah était du côté de ceux qui critiquent la politique israélienne, soutenue par les Etats-Unis, plutôt que, comme je le crois moi-même, du côté de ceux qui conduisent et soutiennent cette politique désastreuse qui n'est malheureusement pas étrangère au réveil du monstre antisémite, même si cela n'explique pas tout, loin de là, et ne justifie en rien aucun des deux racismes antisémites, la judéophobie et l'islamophobie. Je m'éloigne de mon sujet, comme toujours. *1

別にデリダでならではの思索が表明されているわけではなく、今のフランスで多くの人がもつ感情をストレートに表現した平凡なコメント。彼のような人間の口から出ると平凡だからこそ、そしてル・モンドのインタヴューで語られるその履歴を考えると、それなりに重みのあることばだ。

ムンク「叫び」強奪−−「いかにも盗んでくださいと言わんばかり」 ムンクの「叫び」強奪−−「いかにも盗んでくださいと言わんばかり」を含むブックマーク

オスロのムンク美術館から、「叫び」と「マドンナ」が強奪。

Vol à main armée au musée Munch d'Oslo: "Le Cri" et "La Madone" dérobés

AFP | 22.08.04 | 13h54

現地時間で11時ごろとのこと。

公営ラジオ局のフランス・ミュジックのプロデューサーがたまたまヴァカンスで居合わせ、防犯策が皆無だったことに驚くコメントを発している。

驚くことに、この2の絵は第1展示室、つまり出入り口に一番近いところに展示され、金属線で吊り下げられていただけだった。

ボディチェックも、身分証チェックも防犯装置も、警報機もない。盗みたくなるような気をおこさせるくらいだ。

AFPの続報では、このプロデューサーの証言をフィーチャーしている。

そのとき私は観光で美術館にいた。11時10分ごろ突然、二つの絵が置いてある第一展示室から人々の叫びが聞こえた。展示室は入り口から30メートルほどのところ。

犯行に1分とかからなかった。30秒くらいかもしれない。警報機は一切鳴らなかった。絵には何も防犯対策が講じられていなかった。

と生々しい。

音楽番組プロデューサーだが、ラジオ局勤めだけあってやはりジャーナリズム精神旺盛というか、好奇心の強い人らしい。

それで私自身、別の絵を少し持ち上げて、防犯装置がないことを確かめてみた。アラームもなければ電線にも繋がっていない。ただの金属線だけ。

フランス・ミュジュックの姉妹局 フランス・アンフォのサイトもAFPに流れた彼の証言を引き、さらに詳しく解説している。前にも一度盗まれたのは覚えていたが、次のような事実はこの解説ではじめて知った。

縦横 91cm×73cmのこの絵は4枚完成されている。

Verdens Gang 紙によると、ムンク美術館はこのうちの2枚を所有している。1枚が展示され、これが日曜日に強奪されたもの。もう1枚は保管庫にしまわれている。3枚めは個人蔵。

最も有名な4枚めはオスロの国立美術館に展示され、これも1994年2月12日にリレハンメル冬季オリンピック開会式の数時間前に梯子をつかって簡単に盗まれていた。この作品は3か月後無傷で発見。1997年8月に犯人の元サッカー選手Paal Enger が窃盗の罪で懲役6か月を宣告された。

偶然にも午前中からずっとフランス・ミュジックを聞いていたが、音楽を中断して臨時ニュースを流す...なんてことはなかった。

◆続報1: 警報装置にはつながっていたと美術館は説明。展示室内に音はしなくて、別の場所でしらせるタイプとのこと。

◆続報2: 盗難保険に加入していなかったことが判明。水害や火災に対する保険には入っていたが、盗難については未加入。代替不可能な作品なので盗まれたら終り。保険カバーしても意味がないと美術館側は説明。

◆続報3: 犯人が絵を運び出すところの映像は → Euronews に美術館の館長のインタヴューもある。「防犯対策には限りがある。刑務所のセキュリュティだって万全じゃないからね。 一方美術館の人間らしさも守らなければいけないから」と、懲りているようすはない。

*1:J. Derrida "Le lieu dit : Srasbourg", in Penser à Strasbourg (Galilée, 2004), p.38

temjinustemjinus 2004/08/23 03:29 デリダとフランス語>この部分、訳そうかと思ったんですが、『となると訳す部分多くなるよな、、こりゃまずいかな』と考えて止めておいたところです。そうなんですよね、ここも面白いですよね。
こういうのはしかし我々じゃなくて、やっぱりデリダで食ってる人がやるべきですよね、トッド風に言うと『サービス業』なんだから、ちょっとサービスしてブログで公開してくれてもいいんじゃないかと。
これ読んでずいぶんデリダに対する見方が、いや完全に180度変わりましたよ、正直いって、今まではずいぶんレトリックな人だと思ってたんですが。。。なにせ紀元前のユダヤ離散からイスラム、再びのユダ裏切り劇、そして迫害と続くんだから、これはもう西欧、中近東、イスラムとカトリックとユダヤを巻き込む対談じゃないですか、それをみんなほっておくんだもの、もう何おか謂わんや、ですよ。

fenestraefenestrae 2004/08/23 04:12 デリダ本人だってサービスしているんですからね。普通の新聞の読者相手に。
古いアナロジーを使えば、1960年代にサルトルを語るのに『シュチュアシオン』を読まず、戦前に書かれた『存在と無』のスコラ論争をしているという感じでしょうか(1960年代の日本では『シチュアシオン』それなりに読まれていたように想像しますが)。

jedisunefleurjedisunefleur 2004/08/23 16:10 感動的なデリダの引用でした。あ、初めましてでした。

fenestraefenestrae 2004/08/23 17:07 ふつうのおじさんとして感動させるデリダ(笑)。
たしかにはじめましてですね。文学方面は読み手に徹していますが、モリエール(上演をめざしてはどうでしょうか?)、ラシーヌ、諸々の評論の紹介毎回楽しみにしています。

tristanotristano 2004/08/23 21:10 デリダのインタヴューは読んでいませんが、この言語に関する一節は痛切に響きました。同時に母語に対する不全感というのはもっと論じられ、もしくはおしゃべりされていい話題だと改めて思います。ちなみにデリダといえば、私は、オーネット・コールマンについて話しているのをラジオで聞いたことがあります。いいですね、普通のおじさんとしてのデリダ。

fenestraefenestrae 2004/08/23 22:56 面倒なので本文では触れませんでしたが、実をいうとこのテーマは彼の Le monolinguisme de l’autre(1990)の中心テーマ(上の一行もそこで出発点になっている ”Je n’ai qu’une langue, ce n’est pas la mienne” というフレーズのくり返し)。インタヴューでさらりと触れたあたりもそこでたっぷり書いていてあり、個人的には問題意識についていろいろ共感するところ大ですが、それこれそそのへんの話は適任者がいっぱいいるはずで、私がこのブログでやることでもないので遠慮して、こちらは「普通のおじさんとしての○○」ワッチングにいそしむことにします。

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