まゆげ犬雑記帳

2010-03-22 居場所などどこにもないのはおまえ自身のせいだ

「居場所」というものについて

ヲタ界隈の人達と喋ってて嫌だなーと思う事の一つが、《独特な会話セッション》である。たまにはそういうのがあってもいいけど、毎回となると何だかなぁと。食傷気味ですよ。どんな話をしていても話題が飛びまくり、誰が何を言っているとかそういう把握ができません。俺なんかが何か言いたくても、それは最後まで話させてもくれず、話題が二転三転し、結局「俺らヲタ必死。しょーがねー」みたいな風になる。こういう時は心底「お前らなんぞと《話》とかできるとちょっとでも思った俺がバカでしたよ」と思い、凹んでしまう。まぁ「そういう人達」は、そんなんで凹む奴がいるという事を知らないか、わざと無視している。「それじゃダメだろ」と毎度思う。しかし、俺の話の内容に問題がないとは言い切れない。なるべく簡潔になるように努力はしているつもりだが、必然的に長くなる事はあるかもしれない。長い場合はしょうがない面もあるのだが、こういう場所では勿論「食いつかせないように」言葉を選ばなければならないのである。それが簡単にできれば苦労はしないのだけども。

その昔に

「《奴ら》は会話をしない」とネットのどこかに書いたことがある。「そこにあるのは《会話》ではなく単なる言葉のぶつけ合いだ」というような旨である。「そういう人達」というのは、「目の前に出てきた単語から連想した事がある」という理由で、《会話》をぶち切って「今自分が思いついた事」を口走る。これが「俺はこう思う」等の意見の類ではなく、「どこかに書いてあった事とか自分がした事」をただ読み上げる、というより《タレ流す》だけなのである。何か言いたいことがあっても、こんな場では何も言えない。《話》は、センテンスの最後まで言う事すら難しく、途中で無理矢理ぶち切られ、乗っ取られて全然違う話になってしまう。もうね、「何か意見なり言いたい」とか思って口を開いて、《会話》というセッションを作りたいんだけど、それを他の全員がブチ壊そうとするように動く事が《普通》になってるんだ。そもそも(簡潔なものであっても)ひとつの事を伝えようとすると、必ず「そうそう、それで思い出したんだけど」って口を挟まれてセッションを切られちゃう。殆ど全員がこれをやるから、《会話》セッションなんてのは殆どの場合成立しない。まともに話なんてできません。俺がしたいのは「どっかに書いてあることの読み上げ合戦」だけじゃなくて、意見とか《想い》とか「そういうの」も伝えるという事だ。勿論、他の人の「そういうの」も聴きたい。ここがないと、人と直接会って話す意味がない。「どこかに書いてある事」も重要かもしれないけど、それは主に「目の前に出された言葉」を検証するとか(それはゴールデンルールに記載があります、とか)、補足とかに使われるんじゃないのか、と思うわけです。が、現実はそうでもないわけでして。「他人様の言葉にぶつける言葉や思いつき」がない場合(《弾切れ》)なんつう場合に、前にも書きました「今朝コンビニで牛乳買ったんですけど」などといきなり切り出されて困るような事も多々あるわけです。

伝わらない

まぁ《自己否定》してても構わないけど、自分を否定しまくっているからこその《自虐》だし《会話に主観を絡めた話が少なすぎ》という状態が出来上がる。自分で「想う」事なんてないのに、《会話》はしたいもんだから、《会話》セッションのパチモノを構築しなきゃいけなくなるんです。これは多分、最初の話者を放っておけば、延々と《タレ流し》を続ける事は想像に難くない(朝礼で校長先生の話が長いのはいい例かもしれません)ので、それを抑止するための「話者交代システム」が「連想ゲーム」というわけ。これなら今まで培ったヲタ知識の自慢もできていいでしょ?というわけ。でもね、目の前にいる他人は、全員が全員「そういう状態」にないという事くらいはわかって欲しいなーと常々思っています。こんな《会話もどき》をしなくてよくなる時は来るのか、というのは指標の一つ。ダメそうならその場から抜けるとか、他の方法を考えないといけなくなりますのでね。

一緒にしないでください

さて、この界隈で困るのは「《ここ》にいる奴、みんな俺と同じ前提条件!」と思っている奴が多すぎる事です。俺は確かに《ここ》にいるけど、そんな《自己否定》はしていないし、《会話もどき》ができればそれで満足では「決して」ないのです。確かに《ここ》はヲタの領域として片付けられますが、だからといって《妙な自己否定》をした連中だけが集う場ではないのです。それがわからないか無視している奴が多すぎる、というのは「壮絶に馴れ馴れしい」という状態を生みます。そりゃ「みんな俺と同じ!」ですから当然といえばそうなのですが。そういう「前提」で人に接するのは、時々暴力的だったりしますよ、という事が言いたい。上では「会話ができない」と言っています。またそこでは「まともな会話をさせない行動原理がある」と言っているつもりです。それは十分暴力的な事態を引き起こすのではないかなと思っています。何か話そうにも、センテンス最後まで発話することすらままならないというのはどうなんでしょうか。殴られたりするわけじゃないけど、十分なストレスとなります。誰かが何かを言いかけたら口を挟んで会話を切り、自分の話題で塗り替える。「思いつきとか連想の結果」でもいいですし、俺語り(ひいては俺自慢)でただ《自分だけが喋る》。それで自分の喋ってる時間をマキシマイズするのが、こういう人達の行動原理です。これは一種の暴力だろと思いますが、どう思われますでしょうか。まぁ姑息と言うか、そういうやり方が実に「らしい」とか何とかつい思っちゃいますね。

《近寄るな》というのは簡単ですが

まぁそんなに危険な場所なら近づかなければいい、というの確かにありますね。例えばそういう趣味がなければ新宿二丁目で飲んだりしないとか。でもね、俺は《ここ》で「話せる人」を見つけたいと思ってきてるんです。だから「近づくな」というのは解法になりません。自衛は必須だし、暴力での犠牲になることは極力避けなければなりません。それに、どこに行っても《勘違いした奴》ってのはいるもんですし。《ここ》は、その《勘違い君》がやたらと多くて、《外》からは「そんなもん」というレッテルを貼られて、それ故に無批判に「みんな同じだよね」という感覚を共有したつもりでいやがるのが多いんです。俺の場合は《ここ》というのはTRPGだったり同人音楽だったりするというわけですね。何度も言いますが、俺は「同好の士」を求めてるのであって、《会話もどき》に付き合いたいとは全く思っていないのです。それだけですよ。「自分と同じ問題を抱えた人がいるよねー」等とは思っていません。だから「一緒にすんな」とか思ってますよ。それこその「奴ら」というレッテル貼りです。ただ、その個体数が異様に多くて苦戦を強いられるなぁと再認識しているというわけです。

《居場所》なんぞあるはずがない

長々書いてますが、「《会話もどき》ができればOK」「自分は周りと同じだと無根拠に信じて安心する」「《自己否定》しなきゃいけない理由の考察はしない・する気がない」というのがある限り、《自分を受け入れてくれる人》なんて出てこない、もしくは見つからないのではないかと思います。「《ここ》はヲタのレッテルが貼られているからここでやるよん。安心だよ〜ん」というのは、《ここ》に用がある俺みたいな人種には迷惑でしかないのです。そして《会話》が必要と思う人は、そんな《会話もどき》しかしない生き物に、基本関わりません。やっぱり《ここ》にも《居場所》はないのよ。「ヲタだから弾圧されてます」などと思って居場所のなさを感じて、「それをどうにかしたい!」と思ってるのかどうかも怪しい連中が《群がって》来てるだけだという現状がありますよ。秋葉原駅前でDS持って立ってるだけの連中とか見てるとどうでしょうかね。TRPGでいえば、地蔵の多くはこれですね。《群がって》くるんだけど、それだけ。それでしかないから「基本使えないから優先度下げます」なんて言われちゃうのです。そもそも「地蔵」なんて名称はどうやってつけられたのでしょうか?…何もしないからです。ゲームをしに来ていない。人の集まる匂いを嗅ぎに来ているだけ。だから普通にゲームにならない。マスターとしちゃ来たら来たで「どうやってそいつにかける時間を最小化するか」みたいな事も考えなきゃならんのですよ。次からは警戒しますね。こうやって《居場所》というのはどんどん減っていくのです。「その無自覚さ」を何とかしろよ、と俺は思うのですが、どうやらそれは難しい注文かもしれません。

《居場所》があるとすれば

もし、前述のような「どうしようもない」状況から無理矢理《居場所》を作るとすればどうなるか。《他人》をダシにするんです。TRPG関連での話だと「無根拠に自分が《上》である」と思い込むのです。やたらと「ハイスペック捏造キャラクターシート」を持ってきても、マスターという暴君には正面切って勝てません。じゃあ他PCを脅すのです。それは一見「PCに」当たっているようにも見えますが、ターゲットは当然《他プレイヤー》です。だからもうね、苦笑するしかないのですね。ゲームの進行としては殆ど意味はないのに、自PCの有用性をひたすら誇示するけど、やはりプレイヤーがバカなためPCの運用ができてません、とかこれも苦笑するしかない事態になります。情報取ったら「他PCに絶対公開しません」とか言っちゃって、セッション崩壊も厭わないとか素敵過ぎます。結局《他人》に対して自分が《上》だと感じたいだけですね。TRPGにはシステムがあるから、そこを拠り所にする、TRPGは対人ゲームなのでそこで「出し抜く」とかしたくなっちゃう。TRPGというゲームはそんな奴を入れたら壊れるんだってば。そうでなくてもマスタリングは大変になるだろうし、いい事は何一つないと言う状態になります。追い出せ追い出せ。

俺の《居場所》

勝手に確保するしかないのは変わらないんですが、何と言うか《所謂ヲタ》ではなく、《オタ趣味の人》でありたいと思っています。《外》の人のステレオタイプを崩すのは難しいのかもしれません。が、俺の周りにいる人で《ここ》の事情、《ヲタの事情》を知ってしまった人には、何としてでも《俺はオタ趣味の人なのですよ〜ん》とアピールする必要が出てくるでしょう。ただ「アピール」といっても、安易な方法ではアイタタなだけです。だからそういう活動を行うときは慎重に。そもそも俺は「周りの人」と呼べる人を増やすのが先決とかそういう状態なんですけどね。人嫌いをやってたので当然の後遺症ですよ。これは《俺の内実の問題》。だから自分で考えるしかないんですね、というありきたりな〆で本エントリーは終了。

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2010-03-21 居場所のなさを嘆いても仕方がない

いろいろ書きました

前回もよくわからないエントリでしたね。が、続きを書いていきます。テーマはもともと《居場所のなさ》だったりします。前回は、居場所がないなら《転進》しかねーなと思うし、実際そうやってきましたってな俺語りです。学校だったらいくらでも逃げられそうではあったので、そういう行動をしてました。仕事は「ヘンな奴だが、まぁ置いといてもいいかな」くらいでないとダメなので頑張るしかないですね。そんなんです。

しかし

《精神的にも》居場所を確保できているかは別の話だなーと思っています。それで「BLとか百合」という言葉を出さなきゃならなくなったというわけ。俺は特に強くそういうのを志向してるわけじゃないから、薄い感想しか持てないですが、そんなもんです。しかし、BLというもんに関しては、昔に付き合ってた女性(所謂腐女子である)の言動などから「自分で自分を抹殺してる」人が結構な数いるんだな、という感想を持ってます。まぁこれはずいぶん前から指摘されているとは思います。俺程度が今更発見したものではありません。いくらでも都合よくできるエロ妄想の中すら自分が全然いない、というのはすごい事なんだと思います。ここまで自己否定しなくても、と考えるのですが、どうやら「そうせざるを得ない」事情というのがあって、その「事情」というの抱えた人が結構な数いるのかなと思います。その「事情」が何なのかは俺にはよくわかりませんので置いておきます。

Today's Tune: INU / 「メシ食うな」

「俺の存在をー」ってやつね。改めてCDが欲しい。「そこまで自分の居場所を自分でなくして何が楽しいのよ」と思ってみたりする。「自分自身で抹殺している」というのが大きいですね。それでどうすんの?と思うわけで。それは自己否定でしかないから、最後は何らかの破綻が露呈して大変な事になるのは見えてそう。だから常に「現状維持」に必死になる事しか許されないのかなと。本気で「そういう事情」を抱えているのはお気の毒なのですが、多分そんな「ややこしい事情」を素直に受け入れてくれる人は少ないと思います。これには「多分」という言葉をつけないといけないのです。もちろん「そういう事情」を抱えていても結婚されている人だって少なくないと思いますし。ただ、何と言うか「自分と現実が剥離した状態」で現状維持はやばいと思います。何が言いたいかといえば「徹底的に自己否定している」状態じゃ、何をやっても充足は得られないでしょう、という事です。

当然ですが

「ヤバイ趣味」であればあるほど、地下に潜ってコアになるもんですが、BLというものに関しちゃどうなんでしょうね。さっき用事があってAmazonで買い物をしたのですが、マンガの大分類でBLってありますね。「徹底的な自己否定しなきゃいけない」という「やむを得ない事情」がそんなにメジャーになっているとは思えないですが、まぁ「新ジャンルとして売れるから売ってます」で取り扱いがあるのかもしれないですね。そういうのがバンバンとメジャーになっていくと、「そういう事情」を抱えた腐女子の人は困るのではないでしょうかとも思いますが、そうでもないのでしょうかね。確かにメジャーになれば、「それ」を他人に説明する手間が省けます。ジャンルだけ告げれば、自分の内実というものには関係無しに、相手に把握されることが多くなります。初対面とかではなおさらでしょう。これでは「その場は安泰」になるのかもしれませんが、それは「内実を理解されないで」という事があるので、後で怖いことになりそうな気もします。

俺が知ってるBL物

前述の彼女は、当時時々「そういうBLもの」を見せてくれたりしてた。男に読ませてどういう感想がくるか知りたかったらしいのだが、はっきり言ってそれは苦痛でしたよ。いや、別に「男として」とかそんな事は思いません。彼女の持ってきたものが、ことごとく陵辱嗜好で、また俺は男趣味ではないので辟易という具合だったいうわけです。そして「そういうもの」には女性キャラは一人も出てこないのが印象的でした。まぁそうなると「この人はどのキャラに感情移入して面白がるのだろう」というのが疑問になったりしました。その「疑問」とは、攻め/受けというような嗜好の違いではなく、「そこにいるのは全部男なんだぞ!女はいないんだぞ!」という意味において出てきたものです。「彼女」のエロ妄想の補完装置にも関わらず、そこには女が一人もいない。これが不思議でした。流石に直接聞くようなマネはしていません。それをやったら「いろんな意味で終わる」ような気が毎度したからです。

じゃあ百合は

「《そういう事情》を抱える男」が増えたのかなーとも思います。同じ自己否定でも、女性のものとは違うんでしょうけどね。それにしても「エロ妄想の補完は異性の立場で」って事には変わらないのかなと思います。まぁ男向けのはかわいい女の子がいっぱい出てきてキャーキャーやってればいいんでね?みたいな風潮でやってきてる、というのがあると思うので「そういう風潮のものしか受け付けなくなっている」という人達もいるのでしょうけど。こっちも「男が全く出てこない」妄想のみ通すという事をしないといけないのであれば、前述の腐女子と同じ状況なのかなぁとか思います。

この辺がいまいちわからんところだと言うのは書きました。エロ妄想とかファンタジーとか、そういうものにすら自分の居場所がない。「自分」という要素を排除してる。自分で自分を抹殺しといてよく生きてられるな、と思うのですよ。つらくない?とつい思うけれども、それは大きなお世話なのかもしれません。が、ここでも「自分の欲望の把握」ができるようになれば、ちょっとはマシになるんじゃね?と考えます。「自分」を「なかったこと」にしたまま、というのよりは遥かにいいと思うのです。俺はあんまりそういう事がなかったので「当事者」という視点が薄いのが難しいところなのですが、「それじゃ絶対に《受け入れられる》なんてことはない」とは言えるのです。《自分でも受け入れられない自分》をどうやって他人に受け入れろ、という話ですよ。そこには「ややこしい事情」があって「わかってもらわきゃいけない」のであるよ。それを説明するという方向に行くんじゃなくて、ひたすら「現状維持」しかしない(そもそも「そういう現状」を認識できているか、という問題もありそうだけど)。それでは何にもならんでしょうと。おまけに、BLとかメジャーになったせいで、その「内実」が「説明しなきゃいけないんだけど省略してOK」みたいになってたりもしてますよ。そういう意味では大変な状態ですよ。ちょっと見た感じでは楽にはなっているんですが、それは「ジャンル」が増えただけです。ジャンルによるレッテル張りで済ませようと思えばできますが、それは「その人の内実」みたいなものを一切考慮してもらわないという事も意味しますから、結局「受け入れてもらえる」などという状況ができにくくなっているということです。それは当然「居場所なんてない」という事で、そんな絶望感だけが維持されることになります。

Today's Tune: Revolting Cocks / (Let's get) Physical

じゃあ「そういうの」を打ち破るには何かないの?ということも考えたいです。正直、俺の中でもまだまだ形になってはいないんですが、この「Let's Get Physical」という言葉を使うとしっくりきます。「Physical」と言っているのは当然「肉体」も指しています。具体的にどうすりゃいいのかは見当もつきませんが、少なくとも「性的妄想で自分を真っ先に除外しないですむようにしようよ」とは言いたいです。自分の(「欲望」というものを含めた)肉体は自分のものなのであるからして。具体的にどんな方法でその「肉体」を獲得していくのか、は構想段階もいいところなのでまともな事のひとつも言えませんが、こんな事を考えています。別に腐女子のためじゃなくて、俺自身のためにね。

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2010-03-07 久々に書いてみたいが…

間が空きました

こんにちは。まだ生きてます。まゆげ犬です。デスマ続きでどうしようもなかったっすよ。DTM関連もあんまり進まず困ってます。まぁぼちぼちやりますけどね。

その昔から

あまり肯定してもしょうがないのですが、実際に俺がずっといた(そして今もいる)所は「ヲタ」な場所です。やっぱりTRPGがでかい、というより「そんなん」だからTRPGやってるんだというお話があったりします。でも「改める」とかそんな気は全くしませんけどね。「憂う」とすれば、最近コンベに出てないなーとかキャンペーンの管理をもうちょっとこまめにやらないとなーとか休日出勤多すぎどうにかならんかなーとか、そんな事くらいですよ。別に「ヲタ」な場所にいるからどうこう、とか昔から特別に思わないもので、その昔に知人から「私はヲタ趣味をひた隠しにしてます」などという告白をされたりすると、戸惑ってしまう自分がいたりします。

「オーラが見える」

ここでも散々「奴ら」にはそういうオーラが見える、というような発言をしてきている。それは今現在どうか、となれば「明確に《見える》とは言えない」なぁと思っている。その代わり《予測》ができる。それは《初めから》ある個体に対して「奴ら」かどうか、という検討をわざわざしなくてよくなったかもしれないと思っているということだ。確かにある程度の《予測》がきく。それは昔から変わらないけど、やっぱり「ジャンル」なのかなと思う。そいつが属しているジャンルから来る行動様式というのが見えればよいのだ。当然ながら「明らかに俺と合わない系統」というのがあるので、「決め付けても大丈夫」という場合を感じることができる。いつでもどこでも「友人と一緒でも」DSやPSPを取り出す若年層は、除外して大丈夫と思う。ズボンをずり下げてはいている人とは永遠に分かり合えないだろう事はわかる。サヨクじみた人は「とりあえず」でも敵と判断していいと思うし、「どんな音楽やりたいの?」という問いに「J-POP」としか言えない人と音楽関連について語り合うことは無理だ。例外はあるだろうが、こうやって「切り捨てて」大丈夫と思う。もちろん仕事とか絡めば別なんですが、「個人的な好き嫌い」が許される場所ではそういう選別をしています。それがよいのかどうか、という検討はしてもしょうがないのでしません。それは「俺の好き嫌い」なので他人から何を言われても、俺は困るしかないし、改められないからです。当然改めた証明もできません。

前置きが長い

俺は何が言いたいのか。「どんなに隠しても地は出る」ので、下手な取り繕いはしない方がマシという事です。ヲタですよそうですよ。でも「俺はアンタの言う《ステレオタイプなヲタ》ではありませんよ」とも言いたいのであるよ。まぁその時点で「俺を切り捨てる」ならそれでいいし、そういうのもアリでしょうと思うのだ。別にそれで会社に迷惑かけてるわけじゃないし、仕事は(しょぼいことしかできませんが)何とかやってる。別に会社で「なぁなぁ」をやりたいわけじゃない。仕事してそれに見合った対価が得られればそれでいいのであるよ。デスクトップの壁紙がアレだとか携帯の着信音がアレだとか痛車に乗ってますとか、そういう事もないので別にいいんです。《普通に》してれば大丈夫、と俺は言うのですが、それは上述の「私はヲタ趣味をひた隠しにしてます」というのと違うのでしょうか。今までの(今も)職場では俺は《ヲタ趣味》とバレてます。隠してもしょうがないのです。他人が「わかる」んだからしょうがない。という事で大らかに存在してます。幸い「そっち方面」に敏感な人とは深く関わってないだけかもしれませんが。

勿論

全くの他人に「《ヘンな話題》を嬉々として振らない」というのは遵守しているつもりです。そりゃ、会社で雑談していいからって、いきなり公序良俗に反した話題を語りだしたら引かれます。当然でしょう。まぁ俺もネタが少ない人なので、基本聞き役にまわります。「遵守」って言ってもそれだけです。でもヲタの匂いはしてるんですよ。「遵守しているつもり」なのですが「遵守が徹底されている」かどうかが別なのです。今の職場に来てすぐの時、同僚が「あー横須賀線グモだよ」と言ったんですが、瞬時に「遅れ何時間っスかね」とか返してしまって話が通じた。それで「この人にちゃんねら〜です!」と周知徹底された。条件反射みたいなのは隠せないよな、と思いますよ。まぁそういう訳で「隠す」のは無駄なので《普通に》しています、というお話。ここでは《普通に》という言葉を使っています。最初は「堂々と」と書いていたんですが、「ヲタだって胸を張って生きてていいんだ!」というイメージが見えるとイヤだったので《普通に》としました。別に《ヲタ趣味》だって《ひとつのスタイル》なんだからいいんじゃね?という意味も込めてます。《ヲタ趣味》だからって特に肩肘張る必要はないのではないでしょうか。

乱暴かもしれないけど

「他人の迷惑」にならなきゃ「そいつの内面」は《割と》どうでもよかったりとか思うのは乱暴すぎるかな、という意見をいただいたことがあります。が、俺はこう思っています。《割と》ってのは、やっぱり日頃から強い反社会的な思いを抱いていると、何かの時に噴出するのではと心配するからです。いくらエロい事がしたいと思っても、相手が必要な性的行いは「相手の合意」がなければ犯罪でしょうと思うのです。「相手の合意無しの一方的なのがいい!」と強く本気で思っている人が、突然「そういう事を実行できる」絶好の機会を得たらどうなるかと思うと心配ですね。まぁエロい事かどうかは別にしても《ヘンな趣味嗜好》、「うっかり外に見えたらとっても困る」思いはいろいろとあるわけですが、「ある人」が「そういうまずい思い」を持っている事を特定するのは難しいですよ(決め付けてしまえば別でしょうが)。だから「思うだけなら自由」と言われるのです。それに、会社なんかではいちいちそんな思想警察じみた事もやってられませんし。だから力を抜いて《普通に》してりゃいいのかなーと思いますが、どうやら簡単にそうもできないようです。《割と》と書いてるのはこういう事を考慮してです。

ひとつは

「その人」がどうなのか、お判断するのに、《ステレオタイプ》が邪魔をしています。そういう意味では《ヲタ》は偏見を持たれているはずです。そういう界隈で事件が起きると、まず「ヲタは危険人物だ」などとしたり顔で語る奴が出てきます。それが「学校の先生」や「警察官」だったりするとさも「その人は信用されるべきである」みたいな事を言うのにね。「変態行為がバレ」たら、誰であっても「やっぱり!」と指を指されて笑われればいいんですが、そういう《平等》はまだないのかもしれませんね。というより「凄惨な性犯罪→《ヲタ趣味》が元凶」と煽ってるような人達が相当数いるんじゃないかとか思います。それは「そんな言論が受けるから」大きいところが取り上げるのです。まぁこれを《誰かの陰謀》などと言ってしまえば簡単なのでしょうが、それでは何の解決にもなりゃしません。「こういう事態」を打開するにはどうするか、考えないといけません。しかし悲しいかな、このエントリではそんなご大層な「解法」の入り口にすらたどり着けていません。あしからず。

俺歴史を語る

ガキの頃から《ヘンで当然》でした。何せ「周りと合わなくて当然」でしたから。「ハブられる」「ぼっち」でも関係がない、「ハブり上等」で生きてた経緯があります。それは今思い出すと「ぞっと」するような事です。何故そんな割り切りができてたのかが不思議ですが、《反抗する事》自体が目的になってたのかなぁと思います。流石に大学に行く頃にはそんな態度は取れませんでしたので、それなりになってましたが。当時から俺の趣味嗜好は、周りから見れば《ヘン》だったんですよ。電子工作・パソコン少年でTRPGやるしアニメは欠かさず見てたし、聴く音楽はハードコアパンク。ただし歌詞はあまりストレートなものではなかったため、言動が問題になる事はなかったのが救いですが。そういう「趣味」に加えて何かと反抗的な所があったらしく、先生方の間では「本当に扱いにくい」と言われていたようです。だから勉強はしてました。このくらいはやっておかないと「進学」する際の後ろ盾がなくなるからです。当時の俺には「進学先の確保」は選択肢として絶対に確保しなきゃいけないものでした。今はどうだか知りませんが、当時の先生方は名門校に何人送ったかを他校の先生へ自慢するのが生きがいみたいなところがあったので、勉強がかなりできた俺を手助けしてくれたのですよ。うちの親は、小学校入学時の最初の面談で「協調性ゼロ」と言われて相当焦ってたようですが結果オーライです。俺は俺で、後腐れなく実家を離れる事ができましたとさ。そんなもんですよ。まぁいくら「ハブられ上等」とは言っても、友人がいなきゃTRPGはできないわけですから、それくらいの極少数の親友がいたのが救いなんですけどね。俺の場合はそういう「結果オーライな事例」なのであんまり参考にはならないかもしれません。

だから

「周りと違う生き物」であれば、自ずと周りとの親和性はありません。だからそう簡単に「受け入れられる」という事態はありません。でも、その「自分を受け入れてくれる余地のある人」を探し当てないことには始まりません。今からでも《他人》というものとは(多かれ少なかれ)関わらないといけないのです。まぁ「初めの一歩」を失敗して今に至る、という人はいっぱいいるかもしれません。前述の通り、俺も大失敗をしてきました。でも何とか「受け入れてくれる人」を探してきたのです。俺がいた「学校」では「そういう趣味」はまだまだ目新しく、当初は俺個人のことはどうでもよかったんだけど、それで知り合い、そのうち仲良くなれたという人もいたりしたんですね。その当時の親友以外では、学校での関係者ってことごとく音信不通だったりしますよ。ずっと居場所を学校の外に求めていたから当然なんですけどね。

「人」と「場所」は違うぜ

結局のところ「自分を受け入れてくれる人」を探さないといけないのです。ここは「人」です。「場所」ではありません。この「人」と「場所」を取り違えるのが最悪だなと思います。だから他人と話をしなきゃいけないところでDSを出してしまう。TRPGで卓を囲んでも、積極的にゲームを壊しまくるので煙たがられる。挙句に俺なんぞに「奴ら」と呼ばれてしまう。結局求めているのは「人」なんでしょ?だったら「一緒にいる余地を持ってもいいなと思えるような人」になってくれと思うのだ。残念な事に「受け入れてほしい」とか思ってるのかもしれないけど、その欲求すら見えてないのが多すぎるような気がする。それじゃダメでしょと俺は言う。「同好の士」と認めてもいい人ならいいのだが、そうでもないのに何故こんな会合にでてくる?と疑問を持たれるようではダメなのである。「こういう趣味を語り合える人がいませんか」と探しまわる事が必要で、そのためには「自分の欲求」が何かわからないといけないんですよ。何が満足か?が自分でわからないと何にもなりません。

TRPGでは顕著にわかるような気がするのだ

TRPGなんかだとその「受け入れてほしい」ってだけのものが「俺は支配者であるから当然受け入れろ」になっちゃってたりする。「お前はどんな欲求を持ってるの?」とここでも聞かれるんだ。寄ってこられた側はこう思うものなのだからして。その欲求が理不尽であればあるほど、受け入れ先候補は少なくなってくる。これがTRPGという「場所」にやってくる。「受け入れ人がいる」と錯覚して、あるいは「一時的になら受け入れてるのと同様の状況を得られる」と思ってやってくる。とっても迷惑ですネ。「TRPGという場所」には「同好の士」が集まるわけで決して「バカにわざわざ媚び諂いたいドM」が集まるわけではないという事を考えて欲しいですよ。まぁそんな事を意識できるなら「そんな奴」になってはいないでしょうけどね。

長いので切りたい

ここで今回は切ります。元々は「BL」「百合」というジャンル界隈についてちょっと書いてみたかったのですが、前提条件を書くだけで精一杯ですよ。ひとつのエントリでまとめちまおう、というのは横着すぎですね。それにしても、何書こうと思っても、いざ書いてみるとTRPG周りでの「奴ら」話になっちゃう。これは「悪いものは悪い」と言ってるだけなので、毎回こうはしたくなかったりします。でもこうなっちゃうのが俺です。拙くて申し訳ない。ではまた。

もにかもにか 2010/03/10 23:47 まゆげ犬さん、お元気ですか。もにかです。何か憤っておられますね。キャンペーンはその後どうなっているのでしょうか。自分は、自作のリプレイ小説も放置だし、4月からバイトもするし復帰したいけどまだまだ無理…「復帰したい」と言ったらまたまぜてもらえますか?できれば新キャラを作ってやりたいな。
頭の線を切らさないでね。でも人間、年に4回くらいはブチ切れたほうが健康的でいいと思います。では。

fenrisfenris 2010/03/14 20:05 日ごろ溜めている分、ここにも出てくるのでしょう。キャンペーンは順調に進んでいます。復帰は歓迎しますよ。新キャラももちろんOKです。まだブチ切れるほどではないのでそんなもんです。ではまた。

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2010-01-30 今日はシャドウランなのよ

M3受かった

タイトル通り。製作あるのみ。まずは機材(ハード/ソフト両方)のチェックだな。場合によっては何か(多分ソフト)を増やすかも。M3イベントは5月5日@TRCだそうで。

今日

シャドウランをやろうという事に。シナリオメモを出してきてまとめ中。SRは考える事が多いから、シナリオ一つ考えるのにも疲れる事があります。今回はそんなに凝った話ではないのでいいのかもしれませんが。今日早帰りできたらNPCデータをちゃんと作ろう。日曜はかざみさんと新年会ですよ。

今日こそは

荷物を受け取らねば成らぬ。そろそろ預かり期限が切れるのではなかろうか。

検収あがり

何とか検収があがった。来月からは別なh案件に頑張ります。それにしても首が痛い。

久々に

午前中は家事の類をゆっくりやりますか。ここんとこ全くできたなかったからな。

では

また。

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2010-01-23 休日出勤

M3関連

一応サークル参加手続きがOKとなりました。準備会に感謝です。

今週末は

仕事で潰れます。別部署の応援に行く事に。テスト仕様書とテストのバッチスクリプトは昨日書いたのでよさげ。代休が出るというのでちょっとうれしくなったけど、いつそれを消化できるのかどうか、を考えるのがつらい。

今回M3の出し物

ハーコーはどうすべさ、というところ。今までの俺路線ではデッドエンドが近い。手法的にも気分的にもそうなので違う事を考えよう。インダストリアル路線の復活かと。自宅が叫べる環境であればVocalは俺でよいのだが、今の環境尾でそんな事をやったら、間違いなく速攻警察呼ばれる。声の問題は難しい。Vocaloidを使えると面白そうなのだが、それはどうかわからない。ひかのちゃんとのユニット"Leftover"はシングルがでます。前回M3に間に合わなかった分ですよ。後は何をしようかとか考え中。

さてさて

出勤時刻が迫ってまいりました。出なければ。

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