富本憲吉展


気になっていた富本憲吉展に妻と行ってきた。近所の世田谷美術館で開催されていた。以前、京都で開催されたものが巡回してきたものだ。世田美の後は、岐阜と萩だそうだ。生誕120年ということで、若き日の作品から、代表作の多くまで勢揃いしている。充実した展覧会だった。

写真から見るに、若い頃はかなりの男前で男性化粧品のコマーシャルに出てきそうな、もしかして軟派かも、という感じだが。作品はご存知の通り、まじめ、緻密、凛々しく整った作風だ。特に、京都に戻ってからの代表作群は、隙がなく、手描きの羊歯模様や、花模様が、みっしりと空間に「結界」を作っている。

今回、本物をしげしげと眺められたのも充分に良かったのだが、二つほど予定していなかった楽しみがあった。

一つは、彼の無地や、模様が少しだけの陶磁器で味わえる「色」だ。

例えば、小さな蓋付きの壷の深いブルーは、滋味深く、こんな青には、しばらく出会ったことがなかった。また、透明感のある焦げ茶色のお猪口の、柿渋染めのような色も魅力的だった。

最近は、ディスプレイや印刷物の色や、化学的に合成された塗料、着色料の色ばかり目にする。しかし、世界に存在する色はもっと種類が多く、人工的な環境にばかりいるとそれを忘れてしまう。陶磁器の色は、それらスカスカな色体験に慣れた私たちに、色の世界の広がりと深さを思い出させてくれる。

さて、もう一点の収穫は彼の書だ。もともとあまり上手な人ではなく、独特の力強い筆致がちょっと険のある字だったのが、歳を取るに従って良い感じになって行くように感じた。それは彼の文様も同じで、何度も何度も同じ模様、同じ文字を繰り返して書いて、やっと納得がいったという字である。

彼は「花」や「風」という字を何度も作品に使っている。特に、その「風」に、あぁこういう風もあっていいな、と思った。

出口付近に彼の未完の作品「赤地金銀彩羊歯文壺(未完)」があった。朱色の地肌に、金と銀の羊歯がいつも通り、しかし5つほど描かれたところで終わっている。彼は、羊歯をずっと描き続けていて、もし死ななければ、そのままいつまでも描き続けていただろう。