小学校笑いぐさ日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2016-05-14

読むたびに新しい発見が。

 一年生たちは、図書室の使い方を教わって、昼休みなどに借りに行くようになりました。

 学級文庫とは文字通りケタが違う数の本に目を輝かせていますが、その一方で。

 

A児「せんせー! この本かりてきた!」

K村「あ、“りょうりをしてはいけないなべ”じゃない」

A児「うん、こないだ先生がよんでくれたやつ!」

 

 こういうのもうれしいものです。

 

K村「そう、おもしろかった?」

A児「まだよんでないからわかんない!」

K村「……おもしろかったら教えてね」

 

 解せぬ。

 

2016-05-11

アルジャーノンに花束を。(四月六日)

 給食の時間中、ちょっと離れた席の子が、なにやら一生懸命話しかけてきます。

 

A児「せんせー、××××××××××……」

 

 よく聞こえません。

 

「外になんとかかんとか……」

 と言っているように聞こえるのですが。

 

K村「なになに? 今日はお外に遊びに行けるかって?」

 

 仕方がないのですぐそばまで行きました。

 

A児「あのね、そにてんてんつけると『ぞ』になるんだよ」

 

 …………。

 

K村「そうだねえ、よく知ってるね」

 

 濁点を勉強するのはこれからです。

 

2016-04-21

全校レクリエーション(一年生を迎える会)について。

 6年生が中心となって計画した「一年生を迎える会」がとても良かったので、覚え書き。

 

 一番良かったのは、「学校クイズ」でした。

 

・学年縦割り班ごとの対抗戦で、各チームに回答用紙が配られる。

・進行の6年生がマイクでクイズを出題し、聞いている側はチーム内で相談して回答を用紙に記入する。

・制限時間が来たら、回答を発表する。(「×」の場合は、「本当はどうなのか」を説明するのも忘れない)

 

 という形式でした。

 

 感心したのが、問題の内容。

 

「3年生が飼っている金魚の名前は“きんたろう”である。○か×か」

 

 のように、その学年の児童は知っているけれど他の学年はよく知らない、というような問題が多く盛り込まれていて、チーム内で自然に相談が行われるように配慮されていました。

 こういうのって、どうしても、高学年の声の大きい子が勝手にどんどん進めてしまって、低学年の子はお客さん、みたいになりがちですが、それを避ける工夫で感心しました。

 

 これまで、「○×クイズ」というと、

 

・出題。

・「○だと思う人は体育館の北側、×の人は南側に移動してください」

・「正解は、○です」「やったー」

 

 ……みたいなのばかり見ていたのですが。

 

 なお、チームごとの成績と順位は、給食中に放送で発表されました。

(この点は賛否あると思います)

 

 そのほかの内容は、

 

・各チームに分かれて行うハンカチ落とし。司会が「ストップ!」と言った時に鬼だった人は、マイクで自己紹介をする。(マイクは2本用意し、6年生のインタビュアーも2人。片方がインタビューしている間に、もう1人は次のインタビュー相手に移動することで、タイムロスを防ぐ。

 

・「もうじゅうがりにいこうよ」。よくある、指示された人数でグループを作って座るやつ。「同じ学年の人だけでグループを作ってはいけない」というルール。

(これはちょっとルールが曖昧で、例えば4人組を作るのに「3年・4年・4年・6年」という組み合わせは許されるのか、という。全員違う学年でなければならない、と考えていつまでも座れない子が)

 

 という感じでした。

2016-04-15

無償供与。(配るだけならタダ)

 新小学一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

 

 さて、皆さんは、入学式でたくさんの教科書等を受け取ったことと思います。

 

 その中に、こんなものがあったのではないでしょうか。

f:id:filinion:20160417124218p:image

 これは、文部科学省が配布している、教科書用の紙袋です。

 

 裏には、なにやら書かれています。

お子様の御入学おめでとうございます。

 この教科書は、義務教育児童・生徒に対し、国が無償で配布しているものです。

 この教科書の無償給与制度は、憲法に掲げる義務教育無償の精神をより広く実現するものとして、次代を担う子供たちに対し、我が国の繁栄福祉に貢献してほしいという国民全体の願いを込めて、その負担によって実施されております。

 一年生として初めて教科書を手にする機会に、この制度に込められた意義と願いをお子様にお伝えになり、教科書を大切に使うようご指導いただければ幸いです。

 

文部科学省

 

www.mext.go.jp/

f:id:filinion:20160417124216j:image

 

 妙に恩着せがましい文章ですが、文科省は、

「教科書をタダで配ってやる義理はないんだけど特別に無料にしてやってるんだからね!」

 という立場なのでね……。*1

 

 それでわざわざこんな紙袋を各学校に送りつけてくるわけですが……。

 

 薄いんですよこれ!

 

 このサイズで裏が透ける封筒なんて見たことない。

 

文科省の通達http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19660106001/t19660106001.html)には、

 

>各学校の校長は、この紙袋を受領し、これに教科書を収納して、入学式の当日等に、児童に給与する。

 

 ……って書いてあるんですけど、このチラシの裏みたいな紙袋の中に教科書5冊も入れたら、うっかりすると入れただけで教科書の角で袋が破けるというね……。

 しかも今年送ってきた数は新入生の数ぴったり。予備はなし。(前は多めにくれた気がするんだけど……)

 

 あまりにも危険な作業すぎるので、今年は袋の中に入れるのはやめて、袋だけ別に配りました。

 

 ……この袋にいくら予算かけてるんだか知りませんけど、単純に、件の文言だけ印刷したチラシを配ったらいいんじゃないですかね?

 

 袋を破かないように、新入生全員の分、そーっと教科書を入れてる、遵法意識の高い先生も見たことありますけど……。

 入学式の前のクソ忙しい時期にそんな神経を使う作業をやらせないで欲しい、というのが、文科省のえらい人への正直なお願いです。

 君ら、ちょっとこの袋に教科書詰めてみろよ。30人分くらい。

 

*1:興味がおありの方は「教科書国庫負担請求権訴訟」「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」などでググるが吉。

2016-03-21

ほーんとーうのー、たーっからものー(主題歌)

 昔々、私が小学生だった頃、学芸会で「ほんとうのたからものは」という劇をやりました。

 

 調べてみると、どうも市販の学校劇の脚本集に載っていたお話のようで、ご存じの方もいるかも知れません。

(「法則化(今のTOSS)」の向山氏の本に出てきたこともあるので、そっちともつながりがあるのかも……)

 この本らしいのですが、1972年出版とのことでどうやら現在では絶版

 定価3000円(+税)であるところ、Amazonでは5万円を超える値がついています。

(……でも、定価で買える通販サイトも……)

 

「世界宝物コンク−ル」なるものの途中からの中継(?)という体で始まる劇で。

 

 世界の様々な国(登場するのはいずれも架空国家ですが)が、自分の国の「宝物」を持ち寄り、それが「本当の宝物」かどうかを審査員が判定する、という話。

  

 ……それを今になってブログに書こうと思ったのは、なんかググったら、それを今年度の学芸会で上演してる学校もわりとあるようで驚いたからです。

 

 なぜ驚きかというと(単に「物持ちがいいな!」ということもありますが)本作って、今にして思うと、わりと70年代当時の世相を反映した内容なので……。

 

 以下、私の偏った視点からの解説なのですが、気になる方はYouTubeから映像も見られますし(30分前後)、あらすじを書いてるサイトもあります(http://www.h3.dion.ne.jp/~j-home/songs37_hontou.htm)。

 

 まず、本当の宝物「でない」と見なされる国々について。

 

ちきゅうはかいばくだん」(「新型原子爆弾」という表現だったはず)を持ち込んでくる国は……まあ、明らかに、当時、東西冷戦下の核大国を指しているのでしょう。

「イクサマニア“連邦”」って国名からして、特にソビエト連邦を指しているのかも知れません。

 

 そして、「月の水」を持ち込んでくる「アポロン連邦」は(やっぱり「連邦」ですけど)、アメリカ合衆国と、そのアポロ計画を指しているのでしょう。

 

 しかし、本書が出版された1972年といえば、'70大阪万博の直後です。

 アメリカが持ち帰った「月の石」を見るために、何万人もが行列を……いや、Wikipediaによれば、アメリカ館の入場者は実に1650万人にも達するとのこと。

 しかし作者は、その熱狂と、宇宙開発競争そのものを揶揄しているわけです。

 

 まあ、劇中、「月の水」は偽物なんじゃないか、という話になるわけですが。

 しかし、審査員が「月に水はないんじゃないですか?」と疑問を抱くのはともかく、「本物の月の水かどうか」を観客に聞いて、「拍手多数のため失格」にするのって、どうなのかなあ……。

 

 まさか作者が「月の石」も捏造だと思ってる……ってことはないでしょうけど、科学的事実の真偽を多数決に付すのは、ちょっと多数決の濫用のような気がします。

子どもの頃は、観客を劇に巻き込むのは面白い演出だなあ、と思っていましたし、それは今もそう思うのですけど)

 現代科学の視点からすると、月に水、ないわけじゃないですからね……。液体の形ではないにしても。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E3%81%AE%E6%B0%B4

 

 そして、「本当の宝物」は何か、というと、お年寄りであり、子どもたちであり、額に汗して働く労働者人民なのである、という……共産圏か!

 

 ……あー、いや、学校教育的にはたぶん素晴らしい結論だとは思うのですけど。

 

 宝石(経済的な富)が「本当の宝物」でない、というのも……高度経済成長に浮かれる一方、公害問題への対応が課題となった70年代ならでは、とも言えるでしょうし。

 あるいは、その「宝石」が実は盗品である、というのは、資本家による収奪を暗示している……というのはまあさすがに考えすぎでしょうか。

 

 ともあれ、反米・反ソ・反核・反資本主義といった要素をどこまで見出すかはさておき。

 本作はあくまでも東西冷戦下で世相への風刺を含んで作られた劇であって。

 21世紀の子どもたちに上演させるのは、ちょっと古くさいんじゃないかなあ……などと思うことでした。

 

 ただ、検索していて発見したのですが、基本的な筋立ては同じでも、細かいところを改変して上演している学校もあるようです。

http://www.tym.ed.jp/sc144/old_hp/dai/gyouji/gakushu%20hapyoukai/6nen%20stage.htm

 リンク先の記事に載っている小学生たちの感想には、「ネイチャーランド」「ハイテク共和国」といった、原作にはなかったはずの(そしてどうやら現代の世相を反映しているっぽい)国名が登場しています。

 

 そのようにして現代化しながら上演されていくのが、あるいは望ましい……のかも知れません。

 

 ……大人の世相批判に子どもを動員すること自体、そもそもどうなんだろう、という思いも、ちょっとあるのですが。

 

余談。

 

 私が小学生だった当時、指導していた先生が、

「それぞれの国が入場する時、テーマ曲を流すから。適当な曲を先生が探してくる」

 と言って、各国にふさわしい曲を流してました。

 

 今にして思えば、カセットテープの時代、ネットから適当な曲を検索&ダウンロードする……とかできない時代、すごい労力ですよねえ……。

 

 どんな曲だったのかほとんど忘れましたが、「アラマア共和国」(空飛ぶ絨毯を持ってくる国)が、「ジェッディン・デデン」だったのは今でも覚えてます。*1

D

 当時、聞いた級友たちは(お客さんも)大爆笑してたけど……。

 しかしこれって、トルコの「祖父も父も」という、いたく愛国的な行進曲なのですよね。

 

 お客さんにトルコ系の人がいたら……(いなかった、と思うけど)、怒ってたかも知れんなあ。

 

*1: なんでも、この曲を聴くと「阿修羅のごとく」というドラマを思い出す人も多いんだそうですが。