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2009-09-21

本当に一般人に科学常識は必要なのか。

 ちょっと前に「科学リテラシークイズ」なるものがはてな周辺で話題になりまして。

科学リテラシークイズ」(科学と生活のイーハトーヴ)

 

 翻訳して解説までつけた労作。

 お疲れ様です。

 

 ……結構「この問題ってどうなのよ?」みたいな部分もあったわけですが、それはブックマークですでにあれこれ言われているようですのでさておきます。

 

 その上で気になったのは、

「これってリテラシーか?」

 という点。

 

 学校の理科では、理科の学力

「自然事象への関心・意欲・態度」

「科学的な思考・判断」

「観察・実験の技能・表現」

「自然事象についての知識・理解」

 の4つの観点で評価します。

 

 で、「科学リテラシー」ってのは、たぶん「思考・判断」だと思うんですけど。

 でも、件のクイズって、「知識・理解」を問う問題になってる気がしたのです。

 

 じゃあ、「思考・判断」を問う問題を自分で作ってみようじゃないか……なんて思ったりもしたのですよ。身の程もわきまえず。

 

 以下がその作りかけ。(解答は脚注に)

問1

 以下の研究の問題点を指摘しなさい。

 

 理科の自由研究で、電磁波が植物に影響を与えるかどうかを調べることにした。

実験:アサガオの鉢植えを、部屋の無線LANアンテナの隣に置いた。

結果:3日後くらいから元気がなくなり、一週間後に枯れてしまった。

まとめ:電磁波は植物に悪い影響を与えることがわかった。

*1

問2

 とある生活雑誌に、ゴキブリ駆除のためのホウ酸団子の作り方が載っており、

「スプレー式の殺虫剤は、ゴキブリが中途半端に薬を浴びて耐性を獲得する可能性があるが、ホウ酸団子は中毒死するまでゴキブリが食べ続けるので、ゴキブリに耐性がつくことがない」

 と説明されていました(実話)。

 しかし、実際には、ホウ酸団子でも徐々にゴキブリは耐性を獲得するものと思われます。

 その理由を説明しなさい。

*2

問3

 科学の長所は、仮説が正しいかどうかを実験などによって客観的に確かめられる点にあります。

 それでは、進化論天体物理学など、実験を行えないものは「科学」ではないのでしょうか。

*3

 ……ただこれ、問題を考えるうちにどうも疑念が。

 

 これっていったい何のためのテストなんでしょう。

 

 いや、一般人向けの、科学的な思考・判断力を判定するテストが作りたいわけですけども。

 

 じゃあ、私たち一般人にとって必要な「科学リテラシー」ってどんなものであって、なぜそれが必要なんでしょう?

 

 第一に考えられるのは、科学リテラシーが足りないと、怪しげな代替医療やら健康器具その他にひっかかって、健康を損ねたり経済的な損失を被ったりするかも知れない、という問題です。

 

 しかし、例えば「マイナスイオンが体に良い」とかいうのはまあ嘘なわけですが、その真偽を自力で判断できるリテラシーって、実はかなりハードル高いんじゃないでしょうか。

 「嘘だよ」って考えてる人は、どうやってその結論に到達したんでしょうか? 

 ほとんどの人は、自分が信頼する情報源がどう言っているかを基準に、信じるかどうか決めているんじゃないかと思います。

 自力で実験して(あるいは実験するまでもなく)その判断を下せた人って稀じゃないでしょうか?

 

 だとしたら、その手の疑似科学詐欺については、科学リテラシーを高めて対処するというより、

キャッチセールスにご注意」

 とか

振り込め詐欺の被害に遭わないために」

 とかと同じ方式で対処するのが正しいんじゃないでしょうか。

 

 つまり、

厚生労働省の認可を受けていないにも関わらず、健康上の効能を謳う商品にご注意!」

 みたいな。

 

 もちろん、科学リテラシーが足りないことによる被害というのは詐欺だけではなくて、

 

LHCが稼働するとブラックホールができて地球が滅びるかも知れない」

 ↓

「悲観して自殺

 

 みたいな残念なケースもあるわけですけど、それこそ真偽を自力で判断するのは困難。

「LHCで地球が滅ぶなんてあり得ないよ」

 って思っている多くの人のうち、粒子加速器で地球が滅ぶ可能性について自力で理論的な予測を行った人って、たぶん全体の1%もいないと思うんですがどうでしょう。

 

「科学リテラシー」が必要であるもっと別な理由としては、日本が民主国家だ、ということが挙げられるでしょうか。

 民主制国家においては、国民は国家の主権者であり、科学行政に対してもそれは同様なわけだから、科学研究予算の適正な配分と、科学立国としての望ましい戦略立案のためには、主権者たる国民が科学的素養を有していることが必要なのである……という。

 

 でもそれこそ素人には無理ですよ。超無理。

 専門家である科学者

「この研究方針ならいける!」

 って主張してるものを、専門外の一般国民が可否を判断できるわけないじゃないですか。

 

 民主制は素人が知恵を寄せ合って国家を運営するシステムですが、真に専門的な分野では、素人が何人いても一人の専門家にかなわないわけで。

(真に専門的「でない」分野、って何だろう、という疑問はさておきますが)

 虫垂炎の治療に必要なのは一人の外科医であって、「家庭の医学」を抱えた素人が百人いたって役には立たないのです。

 

 同様に、一般国民の科学的素養のレベルがどの程度だろうと、国家の最先端の科学研究戦略との間にはほとんど何の関係もない、と思います。

 

 こうして考えてくると、十分な科学知識がないと不利益を被る、という状況って、実はあんまりないんじゃないでしょうか。

 

 しばらく前の他所様の記事。

アポロ陰謀論とかいう以前に」(山本弘SF秘密基地BLOG

 身の毛もよだつようなオソロシイエピソードがいくつか紹介された上で、

おそらく、先日の皆既日食の際に、テレビで解説を見て、「へー、月と太陽って違うんだ」とか「日食って太陽を月が隠すことだったんだ」と初めて知った人間は多いのではないかと、僕はにらんでいる。

 ……という話になるわけです。

 

 たぶんそうだろうなあ、とは思うんです。

 世間一般の科学知識って、実は絶望的にレベルが低いんじゃないか、とは、私も過去何度か感じたことがあり。

 

 でも、逆に考えると、その程度の知識しかなくても、多くの人は幸せに人生を送ることができてるわけですよね?

 それも、そういう人がとりたてて低学歴で社会的地位が低いとかそういうことではなくて。

 

 ……ウチの奥さんだって、明らかに科学リテラシーは私より低いけど、社会人としての適性は私より高いし。

 ちなみに前にお義父様が貸してくれた本がこれ。

病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める-

 斜め読みしかしてないですけど、人間が病気になるのはエンザイム(酵素)が不足するからで、実は酵素には、各種の酵素に作り替えられる前の原型となる「ミラクルエンザイム」が体内にあって……いや、アミノ酸だろそれ。

 それで、日本人の95%は牛乳を消化できなくて、牛乳の飲み過ぎは骨粗鬆症の原因で、ヨーグルトも腸に悪いんだそうです。

 著者は、ヨーグルトをよく食べていて腸が病気になった人もたくさん見てきている……そりゃ、胃腸内視鏡外科医だからな!

 人間の歯は、犬歯1(肉食のための歯)に対して門歯+臼歯が7(草食のための歯)だから、動物食15%、植物食85%が人間にとって自然な食のバランスだと……おっと、パンダの悪口はそこまでだ。*4

 

 でも、お義父様って、前は県庁でずいぶん高い地位にいらして、定年退職した今もあちこちからお声掛かりがあるような、わりとかなり社会的に成功した人なんですよ。

 

 ……こうして考えてくると、一般人の生活には科学知識なんかほとんど不要=科学知識を高めても生活の質を改善する効果はあまりない……という気がするんですがどうでしょう。

 

 もちろん、さっき書いたみたいな疑似科学詐欺にひっかかると生活水準は下がるかも知れませんけど、それは科学知識の問題じゃなくて詐欺対策の問題だ、とはすでに述べたとおり。

 

 だから、もし各種の社会的な不利益を回避するのが、一般人に必要な「科学リテラシー」なのだとしたら、その内実は、冒頭に掲げたような(あるいは私が作ろうとしたような)テストで計れるようなものとはずいぶん違っているのではないかと思います。

 

 ……なんだろう。

 

 「科学的っぽい」話を聞いた時に、その真偽を自力で判断する能力……ではなく。(そんなの無理だから)

 その真偽の判断を、適切な情報源に求めることのできる能力、なのかも知れません。

 

 ……っていうかこれ、突き詰めると

政府や大学など、専門的な研究機関の説明を受け入れよ。“学界の権威主義”を批判する在野の自称研究者や非正統医療者、商売人の話は聞くな」

 というだけの話になってしまうんですよね……。

 

 そういうスタンスを広く一般人に叩き込むことこそ、社会にとって必要な「科学リテラシー」なんでしょうかね……。

 

 しかし、これってだいぶ権威主義の香りがする意見ですし。

 疑似科学詐欺とかの被害を受けるのは、そういう「権威主義」っぽい主張に耳を傾けない層のような気もするのが困ったところ。

 

 まあ、「権威」への信頼とは別に、ほんとに基礎的な判断力はあるといいかも知れませんけど。

 

 んー、本を読んだら、ちゃんと末尾に参考文献リストがあるかどうかチェックするとか。

「経験者の喜びの声」だけじゃなくて、ちゃんと対照実験をやって統計をとってるかどうか確認するとか。

 エネルギー保存則に反してないか検討するとか。

 

 ……これは「査読力」とでも呼ぶのが適切なのかも知れない。

 

 ともあれ、一般人向けの科学リテラシーテストを考えていたら、一般人が科学について学ぶのって趣味以上の意味があるのかしら……と、逆に不安になってきてしまった、という話でした。

 

*1問1
・対照実験を行っていない。(および、標本が小さい)
 
(解説)
 対照実験を行っていないのが最大の問題です。
 屋内に置いたために(電磁波と無関係に)枯れた可能性もあるので、日当たりなどの条件をそろえた別のアサガオと比べる必要があります。
 また、標本が小さいのも問題です。
 一鉢だけでは偶然枯れてしまう可能性もあるので、実験群・対照群とももっとたくさん用意する必要があります。

*2問2
・ホウ酸団子への耐性を持った個体は最初から一定数いるはずで、ホウ酸団子を撒くことによって耐性を持たない個体が死に、耐性を持った個体が子孫を残しやすくなるから。
 
(解説)
 問題の生活雑誌は、耐性の獲得について誤解しています。
 耐性は、ある個体が殺虫剤などに晒されて徐々に「慣れて」獲得されるものではありません。
(もし耐性が「慣れ」だとしたら、次の世代に受け継がれないのであまり問題になりません)
 
 実際には、殺虫剤などにある程度耐性を持つ個体は最初から一定数います。
 他の個体が殺虫剤で死んだ結果、耐性を持つ個体ばかりが生き残って子孫を残し、やがて耐性を持った個体ばかりになる、というのが「耐性の獲得」です。
 
 ホウ酸団子においても、ホウ酸に耐性を持つ、あるいはホウ酸団子のにおいなどを忌避してはじめから食べない個体がある程度いるはずで、そういう個体は生き残って子孫を残してしまいますから、やがてはホウ酸団子の効き目は薄れる(耐性が獲得される)ことになります。

*3問3
・科学であると言える。実験を行えなくとも、検証可能な予測を行うことはできるため。
 
(解説)
 実験を行える分野では、理論的な予測と実験の結果が一致すれば、理論の信頼性が高まったと見なされます。
 実験を行えない分野でも、理論に基づいた予測を行うことはできます。
 
 例えば、天王星の軌道は理論的な予測とずれていたことから、別な天体の引力が影響を与えているのではないか、と予測されました。
 フランスのルベリエは、天王星の軌道を元に計算を行い、この未発見の天体の位置を推定しました。
 そして、ベルリン天文台のガレがそこを観察したところ、実際にその天体が見つかったのです。(海王星の発見)
 進化論においても、例えば化石の証拠に基づいて、いくつかの種同士のDNAがどれだけ共通しているかを予測し、これを検証することができます。
 
「今後このようなことが起きるだろう/発見されるだろう」
 という予測を的中させることは、実験で仮説を検証するのと同様の意義を持つので、実験を行えない分野でも科学と呼ぶことはおかしくありません。

*4:パンダは竹が主食だが、歯は肉食動物そのもの。

aaaaaa 2009/09/22 18:42 「政府や大学など、専門的な研究機関の説明を受け入れよ。“学界の権威主義”を批判する在野の自称研究者や非正統医療者、商売人の話は聞くな」

個人単位で考えれば
大筋正しい考えなのではないでしょうか?
大事な分野等では、しっかり科学的思考法を使えば良いわけで。

ただしマクロで全員が同じ考えをすると
ファシズムみたいな暴走が起こりそうですね。

mo81mo81 2009/09/22 19:47 こんにちは。
素人が自分で判断がつかない場面でも、怪しいエセ科学商品と科学者による反論のどちらに理があるかのジャッジくらいなら、基礎的科学リテラシーで対応可能な場面は多いんじゃないですかね。

あるある大辞典とかの件もあるし、権威主義だけじゃ怖くないでしょうか。

ちなみに、素人なりに・・・
問1:(1)対照群がない。(2)標本数が少ない。
問2:(1)そもそも死ぬまで食べるか?(2)自然淘汰
問3:科学といえる。科学的理論の要件としては…(1)当該観測事実を説明できる。(2)他の観測事実と矛盾しない(既知の科学理論と矛盾する説は、ほとんどここでrejectされる)。(3)(1)(2)を満たす他説と比較して、十分シンプルである(オッカムの剃刀)。


うーん。模範解答ください(>_<)

shumeishumei 2009/09/22 22:18 リテラシーとは何ぞや、リテラシーは「どの程度」必要か、とのお話と理解しました。

おっしゃること、概ね同意します。例のテストは、単なる物知りクイズみたいなものですから、まあ無意味ですね。
そういう意味では、おっしゃるように、一般の人が個人として「科学的リテラシー」なるものを身につけることは、その人個人にとってはあまり意味はないという点に同意します。

ただ、理科的な思考方法は身につけた方が良いんじゃないかと思います。
個人が経済的/健康上の被害を被ることよりも、魔女刈りみたいな理不尽な思考がはびこることで、無関係の第三者が酷い目にあう事態、これを避けたいと思います。
その為には、理科の知識というよりも、「思考方法」(論理は丁寧に積み重ねていきましょうね、とか、再現性がありますか、とか、批判はちゃんと聞きましょうね、とか)を身につけることは、社会全体の厚生を高める上で有効ではないかと。

これがまさに公教育の一つの効果ではないでしょうか。

higotakayuki2higotakayuki2 2009/09/22 22:58 こんにちは。
一般人がどの程度科学について知ればいいのかは難しい問題ですね。たとえば、パソコンを作るのにも、いろんな分野の専門家がかかわっていて、全てを知っている技術者というのは存在しません。人間社会も同じで、秩序が保たれる程度の科学に関する知識があれば良いのでしょう。

それはそうと、国語的な問題が気になったので指摘させていただきます。
>科学の長所は、理論が正しいかどうかを実験などによって
>客観的に確かめられる点にあります。
「客観的」という単語の定義が科学ではすごく重要です。科学には2つの「正しい」があって、
1. 統計的に正しい
2. 論理的に正しい
です。これ以外の「正しい」はありません。この2つの正しいを積み重ねることが「客観的事実」に近づく方法だと考えるのが科学だと、私は考えています。また、「確かめる」というのがどういう行為なのかよくわかりませんが、それが本当に長所なんでしょうか?

あとは「長所」と書いてあると、何かと比較してるのかな、とか、「実験など」と書いてあると、他に何があるんだろうな、とか考えてしまいます。

「理論」というのは、仮説や命題のことではないでしょうか?

>以下の研究の問題点を指摘しなさい。
「研究」ではなく、「実験」という単語が適切だと思います。

ではでは、面白い話題ありがとうございました。

通りすがりの仮面舞踏会通りすがりの仮面舞踏会 2009/09/22 23:26 他の方もおっしゃっているとおり、論理的な思考力はやはり重要でしょうね。
それと、できれば、一つの事象についてもなるべく多くのソースを当たること。右寄りの人の話も左寄りの人の話もとりあえず聞いた上で判断をすれば、片方の情報を鵜呑みにするよりはマシな判断ができるのではないかと。
まぁ、いろんな意見を聞きすぎて、結局、話が分からなくなることもありますが、分からないという結論は明らかに間違った結論よりはマシな気がします。

通りすがる人通りすがる人 2009/09/23 01:40 科学リテラシーと言えばScience for All Americansなんてのもありましたよね

robbie21robbie21 2009/09/23 07:48 科学リテラシの教育の意味は
1. 自分で判断できるぐらいリテラシの高い人が増える
2. その人のいう事とおかしな意見を聞いてどちらが正しいか判断できる人が増える
3. とりあえず「科学的」な方が正しいのかなと言う人が増える
ことがそれぞれに大切で、「3.」の人っていうのは、実は結構危うい人なんだけど「1.」と「2.」の人たちが増えて、その人達とのつながりが保つ事ができていれば致命的な事にはならない。
そういう人たちのつながりを「科学的に物事を判断できる人たちのネットワーク」とでもすると、この3様の人たちがそれぞれに増えていくことで、「科学的に物事を判断できる人たちのネットワーク」からこぼれていく人たちが減っていくんじゃないか。そういう風に私は考えています。

とりあえず、お義父様がほんとに大変な事になりそうなときには助けてあげてください。

akasataakasata 2009/09/23 11:45 ルベリエによる海王星の軌道予測は、実際の海王星の軌道とは大きく異なったものだったのですから、理論と予測の例としては余り相応しくない様な気がしました。まあ、その時の海王星の位置とそこから一定期間の運動については、それなりに正しい予測だったということですが。
もし、上記のことをご承知だからこそ「この未発見の天体の"位置"を推定」とお書きになったのでしたら、大変出すぎたことを申しました。

TAKESANTAKESAN 2009/09/23 13:07 今日は。

「標本数」は正しくは「標本の大きさ」ですので、直された方がよろしいかと思います。つまり、「標本数が少ない」では無く、「標本の大きさが小さい(標本が小さい:小標本)」、となります。※「標本数」は別の概念を指す術語です

filinionfilinion 2009/09/23 15:13  予想外に多数のコメントを頂き、ありがとうございます。
 取り急ぎ、「標本数」は訂正しました。(TAKESANさんありがとうございます)
 
>akasataさん
 おっしゃるとおり、海王星の発見は偶然の要素も絡むものではありました。
 別な例として、エドモンド・ハレーが彗星の出現を予言した話を取り上げようかとも思ったのですが、ハレーの予測もそれ自体は正確なものではありませんでしたし……。
 良い例がありましたらご教示ください。

akasataakasata 2009/09/23 17:12  再び失礼致します。
 ぱっとは思い至らなかったので、高校時代の地学のノートを引っ張り出してきて見つけたものですが、「アリストテレスによる地球が球体であることの予測」というのは如何でしょうか。実験不可能(当時)でも理論と観測によって科学的予測は可能である、ということの説明としては好例ではないかと。今となっては実験(地球一周)が可能になってしまいましたが。

batgbatg 2009/09/23 21:59 当方、院生ですが一般の方にはまだ学会は権威主義的のものに見られているのでしょうか?
私のように大学の中にいる人間にとっては先生方が研究を行った内容を発表し、多数の人間が精査しているだけのように見えます。
権威というものは政治によって得られるものではなく、その人がやった結果についてくるものだと思います。
権威を持ったからといって変なことを言ったりやったりしたら批判されるのはこの時代でも当然です。


私は学会等に参加している研究者の方が信頼性は高いと考えます。
それは、学会、論文誌等で他の学者に見せることで研究を精査できているからです。

独りよがりな意見になってしまっているかも知れませんがご容赦ください。

filinionfilinion 2009/09/24 02:24 >aaaさん
 
>マクロで全員が同じ考えをすると
>ファシズムみたいな暴走が起こりそうですね。
 
 そうですね……。
 
 ナチの人種理論というのは、国家公認の疑似科学だったわけで。
 そういうものに疑義を呈することができない、というのは危険ではあります。
 
 ……ただ、こと科学的な問題に限って考えると、政府の公式見解に疑義を呈するのは大抵トンデモさん、という残念な事実もあり……。
 
 難しいものです。
 
>mo81さん
 
>素人が自分で判断がつかない場面でも、怪しいエセ科学商品と科学者による反論のどちらに理があるかのジャッジくらいなら、基礎的科学リテラシーで対応可能な場面は多いんじゃないですかね。
 
 そう……でしょうか。
 
 その状況で、トンデモ理論の方に軍配を上げてしまって、まともな科学者の意見に耳を傾けなくなっている人もしばしば……。
 それを避けられるレベルの「基礎的科学リテラシー」が必要なんでしょうか。やっぱりハードル高いなあ……。
 
>あるある大辞典とかの件もあるし、権威主義だけじゃ怖くないでしょうか。
 
 いや、「あるある」を権威だと受け入れてしまうのは間違った権威主義なので。
「厚生労働省が認めたら信じるよ」というのが「正しい」権威主義かと。
 
>shumeiさん
 
>理科の知識というよりも、「思考方法」(論理は丁寧に積み重ねていきましょうね、とか、再現性がありますか、とか、批判はちゃんと聞きましょうね、とか)を身につけることは、社会全体の厚生を高める上で有効ではないかと。
 
 やはり「思考・判断」が大切、という話に帰着するのかも知れませんね。
 
>higotakayuki2さん
 
えーと、
 
>>科学の長所は、理論が正しいかどうかを実験などによって
>>客観的に確かめられる点にあります。
 
 ……という部分について、「解答」も踏まえると、どのような表現が適切とお考えでしょうか?
 
 「実験など」としたのは、解答の通り、実験のみならず、検証可能な予測によることもできる、と考えたからです。
 「長所」というのが何に対する長所かと問われるなら、科学的方法論以外の方法論、でしょうか。
「聖典にそう書いてあるから正しい」
 とか、
「経験的に・直感的に正しい」
 とかいう判断基準に比べた場合の長所、となるでしょうか。
 
>「研究」ではなく、「実験」という単語が適切だと思います。
 
 問題が「理科の自由研究」でしたので「研究」としました。
 問題文中に「実験」「結果」「まとめ」の項立てがありますので、設問を「実験の誤りを」とすると、「実験」部分にのみ誤りがあるかのような印象を与えかねないと考えます。
 
「仮説または命題」については、修正したいと思います。
 
 ありがとうございました。
 
>robbie21さん
 
ブックマークでyu-kuboさんが言っていた
>ワクチンと一緒で、リテラシーの普及した社会ならそれを持たない少数の個人もたぶん救われるだろう。
 
 というのとちょっと似ているでしょうか。
 
 万人がある一定水準のリテラシーを持っていなくても、リテラシー高めの人が増えれば低めの人も救われる……と。
 
 そう考えると、なんか私も救われます。
 
 ありがとうございました。
 
>akasataさん
 
>「アリストテレスによる地球が球体であることの予測」
 
 なるほど……。
 
 でもそれ、「天体物理学」のケースではないような……。
(ハレーの話も、天体物理学と言えるかどうかちょっと疑問だったから避けた、ということがありまして)
 
 どんなものでしょうね?
 
>batgさん
 
 おっしゃることは正しいと思います。
 私は素人ですが、学会が権威主義によって運営されているとは思いません。
(いや、権威主義が全くない分野はこの世に存在しないだろうなー、とも思いますが)
 
 ただ、学界(「界」の字を一応使い分けてます)全体が一般人には権威と映っている、というのもまた事実かと。
 
 それは、
 
>権威というものは政治によって得られるものではなく、その人がやった結果についてくるものだと思います。
 
 ……というご意見の通り、科学界がこれまでに成し遂げた巨大な業績のゆえ、なのですが。
 
 また同時に、最先端の研究は一般人には理解しがたいことも多く、「専門家同士がなんだか難しい話をしている」=「自分たちは参与できないところで重大な話をしている」というように見えるわけで。
 それが、結論だけを押しつけられているかのような感覚を引き起こすのではないかな、と思います。
 
 ひいてはそれが、権威への反発……疑似科学への傾倒となって表れるのではないでしょうか。
 
 それに、「権威主義」というのは、相手が実際に権威であるかどうかとはあまり関係ないかも知れません。
 例えば、学校の教員って大して権威でもないわけですが。
 
 でも、
「子どもは黙って教師の言うことを聞いていればいいんだ。疑義を差し挟むことは許さん」
 というのは、まあ権威主義と受け取られますよね?
 
 同様に、
「政府や大学など、専門的な研究機関の説明を受け入れよ」
 というのは権威主義と受け取られるだろうな、というのが、本文中で述べた意図です。
 
 いかがでしょうか。

robbie21robbie21 2009/09/24 06:17 あと、科学リテラシの必要性、と言うか教育一般の必要性ということにもなるかと思いますが、「民主主義を守っていくため」でもあると思います。
物理学者でも、経済学者でもない私たちも、選挙になれば、「地球温暖化」なんて専門家にも難しい問題に判断を加えなくちゃいけないんだから。

そういえば、「教える/教わる意味」が議論になるときに、修得そのものの面白さとか、社会生活でいかに役立つかと言う議論はあっても、主権者として判断していくためっていうような議論はあまりみないような、それはなんだか危うい状況のような。

batgbatg 2009/09/24 10:22 >最先端の研究は一般人には理解しがたいことも多く、「専門家同士がなんだか難しい話をしている」=「自分たちは参与できないところで重大な話をしている」というように見えるわけで。
>それが、結論だけを押しつけられているかのような感覚を引き起こすのではないかな、と思います。 
>ひいてはそれが、権威への反発……疑似科学への傾倒となって表れるのではないでしょうか。

 自分の意識や知識の外側を権威主義ととらえられてしまうなら,それはどうしようもないと言わざるを得ません.
そうなるとそれは学問だけでなく,政治,教育,法曹などの分野も同じようなことが言えるのではないでしょうか?

 もし,科学リテラシを減らして行ったら国民と科学は徐々に乖離して行くと思います.科学に関心がなくなり,技術立国ではなくなっていくでしょう.場合によっては科学事態を化け物のように感じてしまう人も出てくるでしょう.最終的には科学に国家予算を割り振らなくなくていいという人も出てくるでしょう.(今でも「今でも研究者何て趣味でやってるんだから金なんてやらなくていい!」なんていう方もいますが・・・・.)
科学リテラシとはある種の宣伝にもなっていると思います.悲しく思いますがそれほど,科学に触れているのに科学を実感しない国なのだと思います.

higotakayuki2higotakayuki2 2009/09/25 21:28 『科学的事実だと考えられていることは、その妥当性を観測事実から統計的に確かめることができるか、あるいは論理的な正しさを機械的に確認することができる。』
で、どうでしょうか?

filinionfilinion 2009/09/26 00:39 >robbie21さん
 
>物理学者でも、経済学者でもない私たちも、選挙になれば、「地球温暖化」なんて専門家にも難しい問題に判断を加えなくちゃいけないんだから。
 
 「地球温暖化」は、まさに素人が自力で正しい判断を下すのが難しいトピックの代表になっているような気がします。
 私としては、温室効果ガスの排出抑制は必要だろうと考えていますが、「なぜ?」と問われると、とどのつまり
「そう主張している人たちの方が信頼できそうだから」
 としか答えられないのが実情で。
 
 「科学リテラシー」とはそういうものなのだろうか、というのが本文中に書いた疑問なわけですが。
 
>主権者として判断していくためっていうような議論
 
 件の問題を作る時に参考にした、PISAの国際調査がそれに近い能力を測るものなのかな、と思ってい……たんですが、今ちょっと確認したらそういう文言を発見できませんでした。おかしいな。
(数学には「建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において」云々とあるのに)
 
 理科に限らず、数学も社会も国語も、よりよい主権者としての判断には必要なもの……だと思うんですけどね……。たぶん。
 
 あ、それから。
 
 前回コメントいただいた
>とりあえず、お義父様がほんとに大変な事になりそうなときには助けてあげてください。
 
 という点。
 
 ……義父が私の助けを必要とすることはたぶんないだろうなー、とは思いますが。
(介護とか別にして、科学的・社会的な意味では)
 
 件の本も、帯を見ると、
「私たちが推薦します!」
 とか書いてある下に
「孫正義氏」「野村克也氏」「江崎玲於奈氏」「三浦りさ子氏」
 ……と、そうそうたるメンバーが推薦文を寄せていてですね……。
 
 ……やっぱり、科学リテラシーと社会的成功って無関係なんじゃ……とか悲しくなってきます。
(いや、これはサンプルが偏ってるので科学的結論ではありませんが……)
 
>batgさん
 
>そうなるとそれは学問だけでなく,政治,教育,法曹などの分野も同じようなことが言えるのではないでしょうか?
 
 まさしくその通りなのではないでしょうか。
 政治・教育・法曹といった各分野の専門家を「権威」と見なした上で、一般人である自分たちがあたかも見下されているかのように意識したり、さらにそれに反発したり、といった風潮はしばしば見受けられるように思います。
 
 誤解しないでいただきたいのですが、私としては専門家の判断は一般人の判断より普通は優れていると思います。
 権威主義に対する反抗が一概に間違っているとは言えませんが、専門家の判断より素人の判断を優先させようとするのは愚策だと考えています。
 
 また、一般人が科学リテラシーを身につけることも、たぶん必要なはずではないか、また必要であって欲しい……と思うのです。
 ただ、そういう個人的な願望を別にすると、「必要だ」と言える理由を見失ってしまったためにこの記事を書きました。
 
 なので、
「やっぱり科学リテラシーは必要だよ!」
 と思える根拠が見つかれば、個人的にはうれしいのです。
 
 batgさんは、国民が科学への興味を抱き、科学立国として存続するためには科学リテラシーが必要だ、とお考えのようですが、その観点からすると、一般人が身につけるべき「科学リテラシー」とは、どんなものだとお考えでしょうか?
 
>higotakayuki2さん
 
>科学的事実だと考えられていることは、その妥当性を観測事実から統計的に確かめることができるか、あるいは論理的な正しさを機械的に確認することができる。
 
 ありがとうございます。
 
 ……しかし……長くなりましたね……。
 
 用語の厳密さが必要なのは確かだとしても、一般人向けのテストという事を考えると……ちょっと意味が取りにくいような。
 
 また、次の文ともうまくつながっていないような気がするのですが、どうでしょう?
 科学についての説明としては妥当だと思うのですが、次の文が
“それでは、進化論や天体物理学など、実験を行えないものは「科学」ではないのでしょうか”
 と問うものである以上、その前の文が科学における実験の重要性を指摘する文でないと、問題として成立しません。
 
 あと、日常語の感覚だと、「論理的な正しさを機械的に確認する」の「機械的」という意味がちょっとわかりかねるのですが、科学の術語としての意味があるのでしょうか……?
 
 対案として、
「科学的方法の特徴は、仮説の妥当性を実験などによって検証していく点にあります」
 
 ではまずいでしょうか?
(「特徴」も「長所」同様に問題がありますか?)

nukanuka 2010/05/14 19:35 とても面白い記事だったので、時間が経ってしまいましたがコメントを。

私は科学とは、対象を比較して分類してまとめるやり方のことだと思っています。
比べるためには、そのもの自体も調べますし、
対照をとったり標本を大きくしたりして有意差があるかどうかを判断するのだと思います。
そういう風に考えると、科学リテラシーとは
条件や系を決められるか、結果の妥当性を吟味できるか、ということになり
結局、思考法の話になるので、対象が理科や技術の範囲かは関係ないと思っています。

そこで、科学リテラシーが必要な理由の話ですが
科学者に限らず必要だとすれば、それは自分の意見に対する根拠を示せるから、というもので
科学リテラシーが高いから正しい判断を下せるとは限らないと思います。

途中のコメントで例になさっていた、地球温暖化の判断でも
科学リテラシーがあれば
「そう主張している人たちの方が信頼できそう」な根拠を示せるはずです。
(それが科学者のルールに則っているかは別問題だと思います)

なかなか上手に表現できないのですが
記事を読んで、そんなことを考えました。
改めて、面白い記事をありがとうございました。

nilnil 2010/07/23 22:06 世間一般の科学知識が絶望的にレベルが低いというのは望まれるところが多すぎるのではないでしょうか?
夏場のカレーが腐りやすいなんていうのは経験的に誰もが知っている事実ですが、科学を裏付けるのは経験でしかないわけで。
1人の専門家が抱く真実は有象無象の大衆を凌駕するのはガリレオの時代からも明らかですが、エキスパートを涵養する土壌は大衆の中にしかありえません。
「キャッチセールスにご注意」「振り込め詐欺の被害に遭わないために」などというありがたいメッセージは、エセ医学を発信する連中からも同様に流布されている以上、盾と矛の関係を超える事は難しいと思います。
自称専門家がのたまう真実を看破するのは素人にとって難しいと思いますが、そこに何らかの実利が伴っていれば、判断の材料になると思います。明らかに科学リタラシーのないヤクザなんかはそうやって物事を判断しているのかな・・・などと妄想してしまいました。
とはいっても一般人を理屈をもって啓蒙するのは容易な事ではないにせよ、私たちの住む社会には必要だと思います。知識による反乱なくしては、反証可能性という科学のよりどころもまた、保証されないのですから。

aa 2011/03/02 21:11 天体物理学は純粋な科学ですが、進化論というのはもちろん進化の証拠という
意味では間違いなく科学なのですが、諸説ある進化のプロセスにたいする論考
というのは科学なのかなんなのか。後付け理屈の経済学みたいな。
前提にできる学問的基礎がなさ過ぎてほとんど科学のていをなしていないと見えるのですけど。

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