無題

 夕方なんか食い物でもスーパーマーケットに買いに行くかと小道を歩いていると、行く手を猫がゆっくりと横切るのだが、猫めこちらの顔をちら見て「おまえさんも不幸なやつだね、くく」と笑っていた。いかんなこれは。猫めいったいどういう料簡なのか。それとも俺はいかれてしまったのか。どっちなんだいと問いつめに猫の尻を追うのだが、猫はさして走り去るふうもなく見知らぬ家の柵をするりと抜けてからゆっくり振り返り「ばーか」と言って消えた。がその苦笑だけが残った。そうか。そうだよな。しかたがない。それからなにが不幸だよ糞と思いつつ一人ぼんやり歩くと道脇に露草が光るように咲いている。彼岸花の季節に露草が咲いているのかよとつぶやくと「悪いかよ」と露草は答える。おまえまで言うか、露草。いや悪くはなさ。雑草っていうのはそういうものさ。鳳仙花みたいなもんじゃないしな。露ならぬ霜が降りるまで咲いてな。「本懐だ」と露草は答える。勝手にしな。そして気違い一人、蛍光灯の光煌々たるスーパーマーケットに入り人の間に在って珍事も起こさず、店を出るともはや夕暮れ。風もある。金木犀の匂いがどこからかする。目を閉じる。地の底から天上へ向けて静かに無数の金色の糸のように流れるものを感じる。