finalventの日記

2007-06-30

そういえば読書のことだがちょっこっと

 楽しい本を読むときはできるだけゆっくり読む。終わってしまったら残念な気持ちみたいなのがある。

 私はいわゆる速読というのはしないが、人から速いねと呆れられたことはなんどかある。たぶん、読み方の処理が違うのだろうと思うし、そのあたり、どうも私の誤字脱字脳と関連しているのかもしれない。というか、速読というのは、私について言えば、読みが粗い、というか、即座に理解スキームを組み立ててフィリングしている感じがする。ネットの情報もそうやって読む。むしろ、はてなユーザーの日記はあまり速読しない。というか、文章のうまげな人なら速読しても大丈夫だがそうでない文章は速読することで何かを読み落とすというか、他者という感覚を忘れる。

 気になる本はたいてい二度読む。つづけて二度読むこともある。二度読むと理解が進む。あと解析しつつ読むこともある。

 なんど読んだかわからない本もあるが、それでも読めた気はしない。ただ、そうした本はなんとなくだが、30代で終わったような感じがする。

 自分が50歳にもならんとしているせいか、著者たちの心の年齢というのが文章から透けて見える感じがするようになった。もちろん、自分より若いから劣るということはまるでない。むしろ、ああ、俺は才能ってものがないなと思う。

 好きな著作者は書籍を通して、その人というものの総体が見えてくる感じがする。もうちょっと踏み込んで言うと、病が見えるように思う。書くという行為は、それが本質的であれば、どこかしら病の様相がある。例えば、吉行淳之介など、喘息持ちでないとわからないところがあるのではないかと思うが、もちろん、作家というのは多様に開けているのでそう言い張る気はない。

 読むという行為のなかにもどこかしら病があるように思える。

 哲学書といってもそれほどまともなものは読まなくなったが、他ある種の思索書もそうだが、難しそうに見えるのはスキームが見えないだけで、およそ律儀に物を考えている人間はスキーマティックに考えているのでそのスキームが見えれば、思索というのは単純な構造をしている。

 めんどくさいのが詩情というかイメージ的な直感が駆使される文章で、これらを読み取るにはある種のその人の体臭や息づかい、目配せみたいななにか奇妙ものへの心理的な接近が必要になる。というところで嫌悪が生じてしまうことが多い。が、この手の著作家というのは熱烈な支持者がつくが、その支持者が他に理解されるわけでもないようだ。

 小林秀雄の文章は悪文である。吉本隆明の文章も悪文だ。頭が悪いんじゃないかという印象を持つ人がいても当然だと思わせるものがある。また、これはなんというのか、ある種の燦めくような言い放ちに魅了させられてしまい、その総体が見えづらいことがある。

 人は、というか、何かを書く人は、病というものもだが、なんというのか、Ultimate Concernとでも呼ぶべきなにかに取り憑かれている。これは、恋愛とか性愛にどこかしら似ているというか関係がある。こうしたもののとの読書の関わりというのは、実は読者の側で、恋愛や性愛の深い反照現象を起こしているが、その部分を語る読書家というのは少ないように思う、というのは、いわゆる読書家とは人間データベースのようになっていて、その手に愛撫の繊細さを感じられなくなる。しかし、そこに捕らわれた読書家の手はエロティックに繊細なものだ、いや、だろう。とか書くあたりでなにかしら冗談の修辞のようだ。照れるな。

 個人的な偏愛かもしれないが、失敗した作品に心惹かれる。物語が物語りの完結を忌避してしまうデーモニッシュなものの遭遇に心震える。

 なんか永遠に書き続けそうなのでお終い。

それを言ったら叩かれるでしょ

 それ⇒「原爆投下しょうがない」と久間氏発言 責任問題に発展も : 中国新聞ニュース

久間氏は講演で、旧ソ連が当時、対日参戦の準備を進めていたと指摘。その上で米国が旧ソ連の参戦を食い止めるため原爆を投下した側面があるとの見方を示し、「日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島長崎に落とし、終戦になった。幸い北海道が占領されずに済んだが、間違うと北海道がソ連に取られてしまった」と指摘した。

 お笑い⇒極東ブログ: 空想過去小説「チーズとバギウム」

そういえば高史明のことも思い出したな

 ネットをたどると2005年くらいはご健在のご様子。

 その後はどうなさったか。

 いつからコサミョンさんと呼ばれるようになったのだろう。最初からそうだったのかな。別にどっちでもいいというかご本人のいいほうでいいのだけど。

そういえば十代のころ頃森田正馬をよく読んだな

 ⇒森田正馬 - Wikipedia

 手元に一冊もないし、すっかり忘れてしもた、の部類だが。

 今思うと、その神経症とかよりも、戦前の時代というのの勉強になった感があるな。

 そういえば、森田正馬は自分の臨終のとき、自身も医師であるから昏睡から醒めたとき、ああ死ぬなと思い、集まっている弟子たちに、たしか、僕はこれから死ぬよ、死ぬことがつらくて悲しくてたまらないから泣きながら死ぬよ、よく見ておきたまえ、というふうに言ったそうだ。

 僕は泣きながら死ぬよ、よく見ておきたまえ、か。思い出すと泣けるし、そういう生き方・死に方というのもあるだろうな。

経済学畑の人はいろいろ意見があるのだろうけど

 ⇒FujiSankei Business i. 総合/物価はどうして上がらないの? 雇用との連動性低下

 と、その前に、原油の高騰の余波は今後あるだろうと思うが、それって元から抜いておけだろな。

 で、と。なぜか? なぜ物価が上がらないか。

 生活感覚からすると、けっこう上がってきている実感はあるし、庶民の懐具合も緩くなっているように見える。

 が、繰り返すが、自分の生活感覚からすると、上昇部分のドライブは、サービスをベースにした生活の向上だろうと思われるのだが、どうもそのサービスの対価の仕組みがうまく作動していない印象を受ける。ざっくり言えば、「それって、便利だし、きれいとかおいしいとかだけど、なくてもいいや」ということか。先日のぶくま的話題でいえば、料理用トマトはおいしいけど、100円の缶詰でもあまり変わらないんでねつうかそれでもおK的な。

 と考えて、「なくてもいいや」を促す部分の逼迫が全体としてはまだ大きいのではないかというか、その部分が実際的には徴税的に機能しているのだろう。

 もちろん、サービスを選択して消費が進むところは進むし、不動産なども上がっていく(スポラディックにだが)。で、当然、一種の階級化みたいなものは進展するか。

 一つの動向の軸としては、時間の問題かな。可処分所得みたいに、可処分時間みたいなものがあり、それをサービスにマーケット的にバランスできるかという部分だろう。

 でも、たぶん、その視点というは言うまでもなくエゴイスティックなもので(だから悪いというわけではない)、公的な失費には及ばないだろう、どんなに偉そうな理念を撒いても。となれば、政治はやっかいにならざるをえない。

 というか、それ以前に、日本国のアドミニストレターズは未だに大手企業の管理組合長っぽい。外圧とかいうけど、そのあたりも、中国と一蓮托生でどーんと進んでいる感じがする。というか、庶民はなんか残されている感はあるな。

 話がずれるが、コンビニとかで丁寧に仕事をしている若い人を見ていると、ちょっと泣けてきそうになる。なぜこの青年たちに国は投資しないのだろうかと思うが、まあ、言い古されたことではあるな。

日経社説 規律高い年金機構へ再生を

 おお、かなり踏み込んで言ったなと少し驚いた。

 社会保険庁改革関連法案の成立で同庁は解体され、公的年金に関する業務は2010年1月に発足する「日本年金機構」が引き継ぐ。一連の年金記録騒動に対して責任を負うべき社保庁を解体するのは当然だ。ここ何年間も同庁に不祥事が続いたことを考えると、遅すぎたくらいだ。

 社保庁は年金運営組織として不適格だと国民の多くは感じている。新しい組織に衣替えするだけでは、失墜した信頼を取り戻すことはおぼつかない。規律高い組織として再生させるために、日本年金機構に魂を入れる作業に政府は全力を挙げるべきだ。また社保庁職員は無条件で機構に移れるわけではないことを肝に銘じてほしい。保険料や納付記録は払った国民のものという、あたり前のことさえ理解しない職員はリストラされることを覚悟すべきである。

 すでに問題はそちらのステップに移っていた。だが、この問題は、現場のボトムの実態としてみると、なかなか割り切れない部分があり、私などからはなかなか指摘しづらい。(余談だが、私を右派に見立てて仮想の反論を投げる人がいるが、この問題については、詳細に極東ブログを当たってからにしていただければなと思う。がそういう希望は無理なのだろう。)

日経を除き新聞社説特になし

 安倍総理だからというわけではないが、岸時代の安保強行採決を思った。目に見える部分での国民はそれを阻止しようとした。実際行動で阻止しようとした人もいた。今の時点で、あの時岸が間違っていたと言うことができるだろうか。もちろん、言い得る。だが、歴史のある意味で小決算と、大衆はどのように受け止めただろうか。安倍を、あるいは岸を擁護したいがために結果論を言いたいわけではない。ただ、政治とは難しいものだなと思うくらいだ。(岸としても挫折はしたのだったな。)

晴天、空梅雨なのか暑くなりそうだ

 若いときツバメが好きで、ツバメを見に歩いたことがある。民家とか小汚い印象の商店街でのツバメの調和は面白い絵になる。が、当時だったか改装の始まった町田駅のツバメの巣はなにか痛々しい感じがした。ツバメたちが日本に戻ったら、その風景が変わっていたということか、ツバメはお構いなしだったか。ただ、ツバメたちの住みやすい町田駅ではなくなっただろう、と思いだし、そういえば、ツバメの消えたあの駅、あの駅といろいろ連想した。悲しいわけではない。そういうものだというのがまずある。

 昨日、ある意味で名指しで人を批判するようなエントリを書き、久しぶりに、ネットでいうところの涙目状態になった。幾人かはわかってくれたようだが、現在のブログのシーンは実は抽象的なクラスターにはならない。もっと特定の人の動きが見えるし、そこを見ないで議論するのは前提的な欺瞞を含む。そしてそうした人の動きのなかに、どう釈明しようが私=finalventが存在するのだろう。ただ、その私はもう捨象してもいいのではないか。増田くらいのモデル設定ができるのではないか、そうして語ってもいいのではないかと、そういう思いがあった。だが、やはりそこは欺瞞だろう。「お前はブログにおいて何者かであろうとしているのではないか、そうした意志のようなものを、仮託したりポーズをとって隠蔽しているだけではないか」と批判されれば、その批判は当たっている面があるだろう。ただ、その当たり具合は、私の内在の側の問題ではないし、私の内在の側としてみれば、「finalventってバカだな」で終わる問題だ。そしてそれが、ブログの場においてそうであれば、私=finalventは消えているだろうし、実際に消えかかってもいる。が、その消え具合について、つまり、ブログ現象として、別の言い方をすれば、ある種の局面を語るために指示すべきかもしれないブロガーという照射された現象として、その意味をどのくらい私の内在が受け取るべきなのか。たとえば、「皆さんの見ているfinalventは幻影ですよ」と私が呟くとき、そのくだらなさは、「finalventってバカだな」と名指しされる愚かさなのか。

 もう一点、極東ブログについては、端的に言えば、二流知識人による知識人ごっこの域を出ないという批判はあるように思う、まあ、そこまで関心を持つ人がいればの話でもあるが。ただ、これも私の内在からすると、私の公的な関係性に置かれている社会の関わりのなかでの発言ではない。私は日常の生活や普通の社会生活において、知識人としては存在していない。もっと端的にいえば、対価を得るような形で自分の知識を問うという、まっとうな関係性に立ったことがないし、おそらく立つこともなく、立てることもないだろう。ここは私の側からすれば誤解されているなと思えることだが、極東ブログに書いたことにはほとんど専門領域がない。専門的に自分がありえないという前提に立っていることもだが、高校生くらいが普通に物を考えれば書けるレベルのことしか書いてない。もう少しいえば、多少英語が読めるくらいに英語のリソースが使えればいいというだけだ。なので、そういう人たちは潜在的に多数存在するだろうし、その人たちのブログシーンの登場で、私=finalventは消えていけばいいだろうし、原理的にはそのようなものだ。しかし、4年も経ってみて、そうだなだいぶ消えたなというのと、消えたのだろうかよくわからないという部分はある。

 具体的に例えば最近の例で、ミンチ偽装事件について言えば、ミートホープという個別の詐欺的な行為よりも、公の場に還元された(法の下にある)個人にとってこの問題の全体構図からすれば、個人に食を届けるインタフェースにおいて責が発生するようになっている。この事件でいえば、加ト吉生協(他もあるかもしれないが)に責が問われ、そして公である農水省が問われなくてはいけない。というか、公の場に還元された(法の下にある)個人とってミートホープは原理的に見えない。だが、マスコミはそこを可視であるかのように見せるし、個人がミートホープを罰すべき超越的な、公的な正義の幻想を撒く。

 知識人してみれば、こうした構図はただのお笑いでしかないし、実際のところ一時期の空気が醒めれば消えてしまうものだ。だが、知識人はそこでどのように語るだろうか。語らなくてもいいのだろうか。という問題以前に、知識人や専門家が語るということは、特定の限定性を受ける。出版なりメディアなり、つまり知識人や専門人が社会に存在しうるような対価の関係性に置かれる。これには良い面もあって、単純にカネにならないことは言わないというのは、幻想的な正義を知識・専門の看板の下で語る危険性への回避にもなる。(カネにならないことを言うなら、糞ブロガーに徹すべきだろうなと思うというのもあるが。)

 と、時間だ。特に結論もない。あるいは結論は先験的に存在している。

himorogihimorogi 2007/06/30 09:48 今の強行採決って、野党の存在誇示でしかないので、昔のそれと比較するのはどうでしょうね。

finalventfinalvent 2007/06/30 09:58 himorogiさん、ども。そこはよくわからないです。なんとなくけっこう必死なんじゃないかという印象もあって。というか、昔みたいに組織活動ができない実態があるのだろうなと。

himorogihimorogi 2007/06/30 12:48 >国際市場での資金調達、大手企業先送り・起亜やMISC
http://markets.nikkei.co.jp/kokunai/hot.cfm?id=d2m2900b29&date=20070629

風向きが変わってきたのでしょーか?

安倍叩きですが、流石に民主党支持もちょっと引いてる感じです>周り。
むしろ無党派層がとにかく腹が立ったら叩く、という印象ですね。
だから全然政治ではなく徹底的に政局の問題というか。

finalventfinalvent 2007/06/30 13:28 himorogiさん、ども。資金調達のほうはわからないのですが、安倍叩きのほうはメディアが言っているほど成功しないのかもしれない(参院選)とも思うようになりました。小沢がどのくらい地方を固めているかですが、これは読める圏内なので、意外とフタを開ける前にわかるのかもしれないとも。

moyasi45moyasi45 2007/06/30 14:03 民主党の問題は政権から遠ざかりすぎたことではないでしょうか、自民党は(実務をやっているのだから)できないことはできない、もしくは出来るだけやりましたと言えるまでになってしまっています、一方民主党は出来るとしかいえない、これは悪循環ですよ。

finalventfinalvent 2007/06/30 15:36 moyasi45さん、ども。その意見は半分以上頷くのですが、あと半分では、実際には自民党というのはいまだに利権集団だし、官僚制がそれに密着している。ここで、できるだけ引きはがすという機構は欲しいなと思うのです。まあ、現実論としてはどうよ的局面が多いわけですが。

PhenaphenPhenaphen 2007/06/30 16:45 >僕は泣きながら死ぬよ、よく見ておきたまえ
泣きながらの往生ですか・・。それもまた森田氏らしいのかもしれませんね。

私も結構読みましたね。神経質のどんづまりには心の自由への飛躍がある、というやつですね。よく鈴木大拙の言を借りて、神経質の人たちの「とらわれ」の不安症状について、「それは病気という型をしているが、それこそが、君の人生で解かなくてはならない問題、人生の公案である」と言われたそうで・・。今はお弟子さん筋の方も、さすがにあのままの森田療法をされている方は少ないようですね。ああ、昔話ですいません。

mtfyfmtfyf 2007/06/30 17:35 コンビニの若い店員って非自発的なフリーターですか?私には自発的なフリーターの方が圧倒的に多いように見えるんですけど。国が投資するとはどういうことでしょうか?

finalventfinalvent 2007/06/30 17:48 Phenaphenさん、ども。絶対臥褥とか。飯炊き、薪割りとか。今はないでしょうね。なんだか時代ですね。

finalventfinalvent 2007/06/30 17:49 mtfyfさん、ども。奨学金みたいななにか出世払いでカネを借りられたら、この子たちいろいろできるんじゃないかなと。

itfitf 2007/06/30 21:28 貨幣がまだ多くの人に行き届かず貨幣価値が下がらないんでしょう。急に下がり始めるかも。まぁまだ時間がかかると思うな。先が読めない。投資がある日突然花を咲かすというような・・・。こういう解釈は言い訳にも使えるけど。「安くてもそこそこ良いものが出来たから、それで良いや、という人が増えたから説」と言うのはたまに聞くけど、そもそも高い安いという感覚はその人の考える高い安いで、それはその人の計画で決まる。これから自分の所得をどう期待し、見込んでいるか。お金はぜんぜん増えないときと、急激に増えるときの違いがとにかく凄い。

finalventfinalvent 2007/06/30 21:32 itfさん、ども。岩田規久男などが説明するリフレ的な考えは理路としてはよくわかるし、そうかなとも思うのですが、生活の場のイメージとしてはよくわからないです。自分だけ取り残されて、世の中の物の価格が上がるような感じしかしません。

itfitf 2007/06/30 21:48 まぁ私の一、二行目の説明はリフレ派がしてて、こいつ卑怯だな、と思った事がありますね。私は取り残されてる感覚あります。市場でも恋愛市場でも・・・。まぁそれはともかく、お金を安易に求めない事が良いと思います。単純で低賃金の仕事を回されてるかわいそうな人をなんとか知的で生産性の高い技術を獲得させてプライドの高い人にしたい、という感覚は私にはあるんですが、本を読んだり、様々な事を考える事は、お金をかけずに誰でも出来るので、そこからコツコツと・・・。ウサギと亀の亀になったつもりで・・・・。

tom-kuritom-kuri 2007/06/30 22:23 > (岸としても挫折はしたのだったな。)
 そそ。
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2007_05.html#01から
> 「安保条約を改定することで世論をつかめば、選挙に勝つことができ、憲法改正ができる。」
> 結局、新安保条約は成立するがその直後に岸は退陣する。
 これですな。
 つーことは、次は池田改め「このまま経済で行け」麻生君?

bow-whobow-who 2007/06/30 23:43 >>それを言ったら
最近の政治家は脇が甘すぎるのではないかと。攻めるほうがもっと甘いので何とかもってますけど、昔だったら内閣が吹き飛ぶくらいの放言がポロポロと。。。

finalventfinalvent 2007/07/01 10:21 tom-kuriさん、ども。そういう文脈でいうと、爺さんもお父つあんも敗北者である姿を安倍晋三は見ているわけですよね。

finalventfinalvent 2007/07/01 10:22 bn2islanderさん、ども。まあ、一度きりの楽しい時間をありがとう的な本があってもいいと思うのですが。

finalventfinalvent 2007/07/01 10:23 bow-whoさん、ども。私の印象に過ぎないんですが、この手の失言というのは以前からあったのではないでしょうか。今回の久間のこれだけど、以前なら、記者のほうでもちょっと思うところがあって伏せたかもしれないとか。

2007-06-29

今日の水泳

 なんとなく4種を順番というわけではないが均等に泳いでいた。クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ。どれも、同じくらいにできる。平泳ぎが、ストロークを限りなく遅くできるので楽といえば楽だ。

 バタフライもだいぶ力が抜けてきた。手を掻くときなどあまり力が要らない。キックも胴体からだいぶ打つようになってきた。もうちょっと推進力が出せるといいのだが、そのあたりの関連するウェーブの深度が今一つわからない。

 クロールはローリングを入れたり抜いたり。抜いたほうが速度は出るな。ただ、かなり低速にしたときはローリングを入れたほうが息継ぎが楽だ。

 背泳ぎは、無理かと思っていたのだが、2ビートができる。それで楽かというとまだフォームが完成しないが、脚がばたばたということはなくなった。

 歳のせいかどれでも50mを泳ぐと少し息が上がる。ただ、リカバーも早くなった。

 自分がなんというか水のなかを生きている。そんな感じがまだ楽しい。

失ったものと過去

 半年くらい前だろうか、この日記で一回、二回、自分は過去を悲しんでいる、つまり、無を悲しんでいる、と書いたことがある。

 過去は無だ。それはもうない。

 でも、過去があって今の自分があるとも言えないわけでもないし、過去とは今のすべてだとも。

 過去を悲しむというのはどういうことなのか、奇妙な倒錯感がある。過去を取り戻したい、やりなおしたい、過去のあの時点には希望があったに、といった。

 まあ、それはそれ。

 今日ぼんやりと、失ったもののことを思った。私は失ったものは忘れてしまうタイプの人らしく、具体的になにかを失ったということを考えたわけではない。あるいは、失われてしまったということだろうか。

 思ったとおりに書くと、若い感覚はけっこう今でも実はあるが、若さというものはもうない。心や身体を若々しくということはある程度できないことではないのだろうが、若さというのは要するに時間だ。私はその時間を食い尽くしてしまったし、その食い尽くしてしまったという意味はそこで喜びと悲しみの果実を食ったということだ。もう食ってしまったのだから、なくなった、ということだ。いや、それが身になったというか。いや、得たものもきちんとあるのだ。

 村上春樹のプールサイドという小説だったか(以前にもちょっと書いたが)35歳の男の心を描いていた。心というよりもっとふかくぞっとする小説なのだが。私の、今の文脈だと存在が失われていくという感覚だろうか。それらはすべてすんでしまって決定的であり、そして無ですらある。

 それと、今日はなんとなく先駆的に、たぶん私の残された未来の時間の無に侵食されているようすも思った。

 うまく言えないが、finalventとかガギだろみたいなハンドルで文章で登場して4年。長い期間でもあったし短い期間でもあった。よく生きていられたなとも思うし、最近は水泳なんかもしてまるで健康じゃねーの俺みたいにもなってきた。なんとなく脳天気にまだ生きていそうな気になってきたが、どこかで無理はあるだろう。

私が言うと誤解されるんだろうけど(リライト版)

 最初の版では、私ことfinalventの立ち位置(アルファーブロガーと言われることがある)から読まれると誤解されるだろうと懸念したことと、具体的な著作家やブロガーを指示したこともあり、私としてはそういう含意も内意はなかったのだが、ご不快に思われたかたもあったようだった。ブログは書き方を注意しないといけないものだなと反省する機会にもなった。以下、具体的な著作家やブロガーを指示しない形で、内容点だけ構成しなおしてリライトしてみた。

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 ブログユーザーが現状どの程度広がっているかについては統計的には知らないが、はてなダイアリーが始まり、アルファーブロガー企画などがあった4年前から比べれば、大きな変化を遂げた。そこで原型的ともいえる4年前のブログの世界だが、さらにその先駆型となるMTなどの技術への関心の話題やfj的な技術系を引いた話題のブログがあり、それに傍系としてアルファーブロガー企画のころの文系的な、いわゆるブログ論壇的的な傾向が現れた矢先だった。

 文系的なブログの世界が、この間の小泉政治への賛否を巻き込むかたちで政治的な言論のツールになったり、文化戦争的な様相も示した。

 ブログの小さな世界は当時2ちゃんねるとも対比された(今でも対比されうる)。2ちゃんねるが新しい世代の愛国主義的な傾向を持ちながらも、基本的に匿名であることや掲示板という、まとまった言説の単位を持たないことからモブ的な傾向を併せ持っていたことに対して、ブログ論壇的的な世界は、一方でモブ的な傾向から距離を置き、より欧米リベラル的な発言、旧来からの左翼ジャーナリズム的な発言、愛国主義的な傾向の発言などがあった。同時に技術系のブログも広がっていた。これら1年から2年くらいあるブログシーンを形成していた。

 しかし、その後、ブログの世界は、マス的な拡大が起きた。このため、当初のコア的なブログシーンの世界は、むしろブログの世界全体からは辺境的な位置付けを持つようになった。この部分の現在的な継承は、はてなブックマークの20ブックマーク程度のエントリに見られる。基本的に、現状ではこうした部分のブログシーンは、マス的な共同体的なゆるい関係性を持たせるべく設計されたはてなが独自に保持・発展してきた(が、はてなもまたさらにマス的なブログの世界へのある種の乗り遅れのようなものがあり、Twitter的なマスの拡大世界から取り残されつつある)。

 現在に至るブログシーンだが、コアのあるいはプリミティブなブログシーン(はてな的なブロガー)は、別の2極の影響を受けるようになった。よりマス=大衆的な動向、と、イスタブリッシュな知性の動向である(もちろん、これもはてなに包括されうるとも考えられるが)。

 マス側の極では、そのなかに近未来の消費市場に形成すべくテレビ的な話題形成の操作が実質介入されるようになった。有名人ブログや各種のブログイベント、その他マーケッティングが適用されるようになった。もっとも、この側面での実際のブログシーンでは、テレビ的な世界から半落ちしたあるいはややマイナーな有名人の緩いファンコミュニティ化がむしろ積極的に進行しつつある。

 イスタブリッシュな知性の極では、この数年来の新書ブームを支えるような知識人がブログシーンに登場するようになった。彼らにとってブログは、メインの知性販売の市場との対比において位置づけらるものであって、無料の文章はそのサポート的な意味合いをもっていた。当然、ブログのなかに金銭的な価値のある知識が十分に流れることはあまりない。

 ここでブログは当然多様に見えるようになる。マス的な部分についていえば、マーケティングな統計的な手法で分析可能だ。さらに、一部のブロガーを使って扇動的に消費傾向を巻き込むようにも企画されつつある。

 他方、イスタブリッシュな知性からすれば、マス的な世界は当然として、コアのあるいはプリミティブなブログシーン(はてな的なブロガー)も、知性的に劣る部分、あるいは啓蒙の対象くらいにしか見えない。新書など啓蒙書のマーケット対象となりうる(そうした書評エントリが実際に受けている)。ブログなどくだらないというのは、知的な水準で見ればそのとおりでもあるだろう。

 ここでこれらのイスタブリッシュな知性の素性を顧みるのだが、日本の言論の構図では常にいくつかの派閥的なジャーナリズムや出版界に事実上従属していた。知識人は、ジャーナリズムの限界やそれを越える知識を持ちながら、ある種のコードを出ない。また、そのコードが事実上、金銭的な知識のマーケットを意味していた。

 これに対して、プリミティブなブログシーンは、しだいにそうした枠組みを自然に超えつつある。マスの動向やマス操作的な情報にも自然に警戒的だし、知性に対しても、それが知的であるとされる既存社会コードから、より身近な問題について真摯に対応しつつある。理由は、彼らが毎日ブログをしているからだ。ブロガーは、コメント欄やトラバ、SBMなどの明示的なコミュニケーション関係よりも、各種の小さな島のような各種のブロガーが発する話題・関心の流れのなかで、常に小さな自己が表出的に問われるように思考している。その結果としての表出は知的ではないかもしえれないが、アクチュアルであるし、この過程から見てもわかるように共同体志向的である(この共同体的性質はおそらくある種のセンスあるいはリテラシーとして結実しつつある)。

 そして、そのようなブログシーンに人が存在する条件は、単純に、毎日と限らなくても、ほぼ毎日ブログしていることである。そうではないマスや知識人は、日々のブログの流れが読めない。だが、ブログの流れが読めない人がブログをマスや知識人市場で語ることが多く、それはブログの内側の感覚からは異和感のようにしか受け取れない。

 ブログのなかで生きている……それはネットの中に生きているというのではない……という感覚が一定数産まれるなかで、それが非知的に見えても、具体的な生活に根ざした思想という点でもっとも本来的な思想活動になりうる。思想とは現実の「私」の生きがたさからしか発しないし、それを発して受け取る人の運動(「私」を具体的に越えていくこと)のなかでしか生き生きと現れえない。

 むしろ知的とされている世界の側は、戦後の歴史を見てもわかるように、時代が過ぎ去れば跡形もないか、あるいは特定のイデオロギーから党派的にまとめられているにすぎない。

やはりというかログイン

 やはり問題ありそうなので、以下のエントリを削除しました。ご不快に思われたかたに申し訳ありませんでした。

 

 削除した⇒*私が言うと誤解されるんだろうけど

 

 というわけで、サバトをとりあえず中断します。

ブログサバト

 たぶんfeecleにはいます。

 もしかすると、エントリあとでいじるかも。

 ま、いずれにせよ。

 泳いでくるかな。

個人的にはすごく変な感じがする

 これ⇒はてなブックマーク - 「あ、プレゼント買わなくちゃ!」に役立ちそうなおしゃれショップまとめ | P O P * P O P

 批判とかではなくて、なんというか、ネット見てないで街を歩いて見て回ればいいのにというか。

今日の増田的話題

 ついてけん⇒しんど

 ぶくま受けしてなげ⇒はてなブックマーク - しんど

そういえばD・H・ローレンスだが

 これとか昨日のコメント欄とかで思い出した⇒finalventの日記 - またやってら調査

D・H・ローレンスの詩に、ああ、タイトルとか忘れてしまったが、おセックスをしようよ蛇たちがそうするように、みたいなフレーズがあったが、蛇の交尾というのはどうなんでしょうね。

 これじゃないんだけど⇒D. H. Lawrence, "Snake"

 なんだったか。

 ババリアの竜胆と同じ詩集だったかと。

 ⇒[minstrels] Bavarian Gentians -- D. H. Lawrence

 ⇒D・H・ローレンス - Wikipedia

 ⇒D. H. Lawrence - Wikipedia, the free encyclopedia

 で、ローレンスはオカルト的でもあった。日本ではあまり研究されていないように思うが。

As his philosophy develops, Lawrence moves away from more direct Christian analogies and instead touches upon Mysticism, Buddhism, and Pagan theologies. There could also be seen to be Rosicrucian and Esoteric aspects to much of his writing. In some respects, Lawrence was a forerunner of the growing interest in the occult that occured in the twentieth century, though he himself would have identified with being a Christian. He may have preferred the distinction of being a New Age pioneer, particularly in a time when such ideas were seen as extreme or radical.

日経 NIKKEI NET:社説・春秋 ニュース

 どうでもいいことなんだが。

戦後を見つめてきた老政治家が逝った。

 なんとなく日本語的にひっかかるのは、「逝った」に「老政治家」だからだろうか。つまり、「老」がひっかかるのか私の語感では。

産経社説 【主張】TBS株主総会 楽天は矛を収める潮時だ

 オワタという感じでしょうか。これで楽天はどうなるか。いろいろ出てくるのか。アレとか出てきたら世間的にはドンビキだろうがさて出すのか、わかんね。

 産経の社説ではリクルートへの言及がない。なくてもいいといえばそうだが。

 ⇒TBS、リクルートと資本提携 : NIKKEI NET:企業 ニュース

毎日社説 宮沢元首相死去 最後までハト派の象徴だった

 社説としてはこれはよくまとまっているな。あっと言う間に忘れ去れる人かもしれないので、こういうウィキペディアみたいな記述はまさにウィキペディアにでも残しておけばいいのに。

読売社説 宮沢元首相死去 戦後政治の「生き証人」だった

今、安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を掲げている。戦後レジームを体現した政治家とも言える宮沢氏は、生涯の終わりに、この時代の政治の姿に、どんな思いを抱いていただろうか。

 バカは困りますなとか思ったかも。おっと、放言。ずば抜けて頭のいい人で、政治も見える人だったが、政治家としてはどうなんでしょ的な人だった。あるタイプの日本人というかだったかも。

朝日社説 総連本部売買―元公安長官が詐欺容疑とは

 何か真相はあるのだろうけど、お膳立てのアイテムで皆さん考え落ちだったのでしょう。

ここは現実を認めて、新たな拠点を探し、出直した方がいい。

 そうですか、とか言いそうだが、冷静に考えれば拠点は必要なのだろう。

 そういえば、北朝鮮が弾道ミサイル演習とかやったらしい(失敗)が、あまり話題にもならないし、私も関心ない。こういう慣れもなんだかなとは思うが。

曇天、蒸し暑くなりそうだ

 昨日エレベーターで乗り合わせた気だてのよさげな奥さんが、暑いですね、朝びっしょりとか言っていたが、聞いててどうもエロくていかんなこりゃとか思った。

 小さいことがごちゃごちゃとしてきており、それがどうも読書とかにも波及している。読みかけの本とか、どれがどうなってんの状態。いかんな。

 と、今日は金曜日か。

 速いな。一昨日月曜だった感じだ。

himorogihimorogi 2007/06/29 09:06 加藤紘一が防衛長官になったとき、艟艨だか艨艟が読めなくて、ヨーダ親分に戦争知らない世代が長官になったんですね、とかいわれたのが昨日のことのような気がしますね。

finalventfinalvent 2007/06/29 09:34 himorogiさん、ども。ええ、宮沢は戦後史的には新しい感性の人でした。どうも「老」ではないように思えます。まあ、それをいうなら軍服で国会に出席したあの、今のご老体も。

synonymoussynonymous 2007/06/29 11:22 学会がブログ的なシーンに引っ越してくることはありそうな気もします。さしあたりは、電子出版が進行していますが、将来的には「ブログ=論文、ぶくま=レヴュー」見たいな構造化が進むかもしれません。

wlj-Fridaywlj-Friday 2007/06/29 11:45 はあはあ。つまり山形なんぞは高所から見下ろすだけのえらそうで居丈高な日本の意志と乖離した存在であり早晩滅びるしかなく、自分こそは未来の日本の意志を担う、梅田モッチーとちんぽをしゃぶりあえるグレートな下々のみんしゅーの声たるアイドルアルファブロガーなのよ、とおっしゃりたいわけですね。

finalventfinalvent 2007/06/29 12:21 synonymousさん、ども。その部分はすでにできているように思います。

finalventfinalvent 2007/06/29 12:27 wlj-Fridayさん、ども。私についていえば遠くなくブログから消えるように思います。それと、やはりこのエントリは失礼があったようにも思えるので削除します。

wlj-Fridaywlj-Friday 2007/06/29 12:31 はあはあ、ご自分はそうした日本的はかなさをも体現し、一言半句に繊細に反応するだけの礼儀を知るえらいブロガーだぞどんなもんだい(それにひきかえ……)、とおっしゃりたいわけですね。

finalventfinalvent 2007/06/29 12:35 wlj-Fridayさん、ども。ええ、そういう面があるのかもしれません。

chanmchanm 2007/06/29 13:05 都会に住んでるからですよう>< →ネット見てないで街を歩いて見て回れば
ここ2,3年ネット以外でプレゼント買ったことないです(除なまもの)。一応街も見ますけど、なんせ1〜2時間もあれば大体の店を周り終わるので^^;(県庁所在地なんですけどねぇ、、。はぁ。)

finalventfinalvent 2007/06/29 13:40 chanmさん、ども。ああ、地方によってはというのは、ネットでないというのはありかもですね。

mondayotamondayota 2007/06/29 18:00 頼むからだるふーるのういき破棄するなり更新するなりしてくれ。
迷惑だよ

finalventfinalvent 2007/06/29 18:12 mondayotaさん、ども。どのように迷惑かわかれば私としては破棄するにやぶさかではありません。また、更新はwikiなので誰でも可能です。

finalventfinalvent 2007/06/29 18:20 ああ、「このサイトは停止中」という書き込みですね。なるほどこのまま荒らされて終わるのかもしれませんね。

antonianantonian 2007/06/29 18:43 我が島もチェーン店は農協系(Aコープ)しかないぐらい過疎(僻地度数5だそうだ)なんで、ネット買いもんは助かりますよ。街を歩いて買えるプレゼントはどこで買って幾らかみんな知っている。という感じ。

で、そんな土地に長くいると、東京さ行ってモノが有り過ぎ、どこでナニを買っていいか判らなくなります。なんせ島一番のスーパーより、実家近所のペットショップ屋の方がでかいんだ。買い物の仕方が判らなくなって手ぶらで帰ってきたこと有。ソ連だった頃のロシア人も西側来て同じ思いしたかもです。

というわけでお役立ちサイト紹介記事有り難うございます。早速ブラウザにブクマしました。

finalventfinalvent 2007/06/29 18:54 antonianさん、ども。私も4年前そういう世界に住んでいたのにすっかり失念しているようです。そういえば本屋もなかった。

nomurayamansukenomurayamansuke 2007/06/29 19:12 要するに山形さんには、時々出てきて人に鉄槌を下すんじゃなくて、毎日数行でもいいから書いてみたらどうですか、みたいに言いたかったんですかね。少なくとも自分にはそう読めたけど、終風さん毎度わかりにくいから誤読かもしれないが。自分は山形氏好きだけど、確かに山形氏には子供同士のチャンバラにパパがアラブで買ってきた蛮刀持って乗り込んでくるお坊っちゃんみたいなところはあるから。

finalventfinalvent 2007/06/29 19:23 nomurayamansukeさん、ども。ええ、そうです。フラットに毎日(実際に毎日は無理でしょうけど)の流れのなかで書かれたらと。ただ、コメントで意図されていることはなんとなくわかるように思いましたし、反省点はあります。

nomurayamansukenomurayamansuke 2007/06/29 23:18 まあ、誰にでもコンプレックスみたいなものはあるけど、あの方の場合も、日本というモノが持っているある種のキモチワルサに対する慄きがあるんじゃないかと思いますよ。上のコメントなんかそれが素直に出ている。日本人自身が持て余しているのに、気にすることはないんですけどね。無論自分は、全然あの方とは面識ありませんが。いいんじゃないですか、多少煽るぐらいで。自分は山形氏にはもっと書いてほしいんで、むしろ感謝しているくらいですよ。

finalventfinalvent 2007/06/29 23:26 Blue-Periodさん、ども。以前極東ブログに書いた本以外は知らないのですが、2ビートの背泳は、歩くという感じです。大手を振って水に横たわって歩くという感じです。脚が沈むのを恐れないでゆったりするのがコツです。

finalventfinalvent 2007/06/29 23:28 nomurayamansukeさん、ども。ちなみに私も山形さんのファンですよ。

rottenrottenrottenrotten 2007/06/30 03:22 山形って山形浩生さんですかね。

wlj-Fridaywlj-Friday 2007/06/30 11:26 >ええ、そうです。フラットに毎日(実際に毎日は無理でしょうけど)の流れのなかで書かれたらと。

はあはあ、つまりあれは批判ではないとか書いてありましたが実はやはり批判であったということですか。

rak128rak128 2007/06/30 13:02 山形浩生は、むかーしマイナーSF評論や翻訳をやってたときが一番だった。いろいろ手広くやりだしてから、感覚が狂った。

chanmchanm 2007/06/30 15:00 本や論文で読むようなパッケージ化された思想、商品として精製(一般化)する過程で”私”が抜かれた思想しか摂取できなかったころは、たとえば友達との哲学談義もあんまりベタな事言うと恥ずかしいみたいな風潮で、結局そういうところは個人の成熟の問題だみたいに隠蔽されてしまいましたけど、確かにブログが出て変わったと思います。
”私”や”現実”と未分化な、まだ汚されてない、抽象化や一般化されてない問いが、問いのままにしてパブリックな場所にフラットに置いておかれるってすごいですよね。しかもそこからの動きが可視化されてる。ってfinalventさんの切込隊長への反応のあの熱いエントリでやっとその意義に気づいたんですが。。
パッケージ化され消費されるBtoCな思想もいいですけど、今目の前で運動してる思想からPtoPで受け取るものが確かに大きいです。最近。

finalventfinalvent 2007/06/30 15:34 chanmさん、ども。ええ。古いモデルだと、教える(知識人)⇔教わる(大衆)、ということで、啓蒙や思想運動というふうに、知識がそれ自体の価値性を持ち、そしてそれに資本主義のシステムが沿う形に見えた。しかし、実際には、大衆は世間知で生きていて、知識人との対応もその二極ではなかったりもしたわけです。で、その世間知というのは親族親兄弟とか地域とかそういう実際の個人を取り囲むある種威圧感のある範囲だったわけだけど、はてな村とか、増田村とか、こんなの参加する必要はないけど、ぼんやり見ていると、ああ、それってそうそう、ふーん、とか、その域を超えて、自分で考える、自分の考えを反照させるというプロセスが入る。というかそういうプロセスで、自分が他者に開かれたように思索・行動を始めるわけですよ。かつてはそれが選ばれた人のサロンみたいなものだったけど、今はそれなりに自分にあって選べるし、大衆性の次元に近い。あと、本当の問題って実は大衆性の側にある。「俺ってどうして非モテ」とか、以前の知の風土だと、「お前、バカだろ」とか言われちゃいそうな問題のようだけど、自分の人生に引きつければすげー重たいわけで、そういう重さを大切できるようになる。そしてそういう自分の課題を大切にした分だけ、自分は行き始めているんですよ。とか、説教臭いな。

2007-06-28

またやってら調査

 ⇒性交渉めぐり国際調査 回数、満足度で日本最下位|欧州|国際|Sankei WEB

フランス公共ラジオは27日、世界26カ国で行われた性意識に関する世論調査の結果、性交渉の年間平均回数が最も多いと推定されるのがギリシャで164回、最下位は日本の48回だったと伝えた。

 ちなみに⇒極東ブログ: 日本人の平均年間性交回数46回、既婚者のセックスレスは30%

 日本人は週に一回、とか、なんとなく思って答えるのでしょうね。

 ついで増田を貼っとく⇒性欲って大事!

 ああ、ついでに余談でも書くかな。

 ちょっと放言モードっつうことで。米国人女性に限定されないのだろうし、マジで議論するとめんどっちいのだけど、彼女たちは、性欲を持つということが女性のアイデンティっていうある種の強迫がありげ。これに対して米人の男性はというと、大半はけっこうべたなマッチョイズム、日本人的には却下の部類。

 で、女性が性欲さえあればいいのかというと、どうもそのあたりに自我のコントロールとかアウト・オブ・コントロールの微妙な問題があり、れいのアリーmyラブでも、アリーがガススタンドの兄さんのなにげにやっちゃうとか、あれは性的にいかんなこりゃというより、自我のコントロールの問題っぽかった。

 話はずれるが。

 欧米人の性欲っていうのは、どうも、食欲に近いところがあるっぽい。これがどうも私などにはわかんねーのね。食事っていうのは旨いものを少量食うものであって、うはぁ食ったぁ満足っていうのはどうもね。中略。で、やはり日本人というのは、懐石料理ならぬ懐石おセックスってやつでしょうか。華道といいますか。精進料理にならって精進おセックスとかも。精進せーよ。

 どさくさまぎれでいうと、チンコ力というのは、腰じゃなくて、大腿筋と関係があるんじゃないだろうか。つうことで、ヒンズースクワットスクワットスクワットつうのはよろしいじゃないだろうか。いや、若い人は関係ないか。

 そういえば水泳なんだが、依然、バタフライが面白い。私の水泳だと脚をあまり使わないので脚の訓練にはならないな。困ったもんだでもあるが。で、胴体から脚への大きなフラップを打つ感じはわかってきた。これも腰っていうより、なんつうか腹というか背骨全体のスイングのように思える。

 D・H・ローレンスの詩に、ああ、タイトルとか忘れてしまったが、おセックスをしようよ蛇たちがそうするように、みたいなフレーズがあったが、蛇の交尾というのはどうなんでしょうね。

 ああ、ぜんぜん関係ないが今日、ツバメを見た。きれいだった。いやすっかりおセックスの話が続きませんな。

フォースよ、永遠なれ

cover
聞き書 宮沢喜一回顧録: 御厨 貴,中村 隆英

不良債権の問題を辿っていくと、どうしても、きっとプラザ合意のところに行くのだろうと思います。

 ⇒人間図書館 宮澤喜一

 さて、これは少し違う観点からですが、我々が戦後に経験したもう一つの忘れてはならないことは、プラザ合意だと思います、一九八五年(昭和六○)年の九月には一ドル=二四○円程度とドルが強すぎたので、日・米・英・独・仏(G5)の大蔵大臣がニューヨークに集まって、ドルを下げようという合意をしました。

 私が、「どのぐらい下げるつもりだったのか」と聞いてみても、みんな、確たる見当はないが二一○円ぐらいになればよいと思っていたのではないかと思います。しかし、実際には八五年の暮れには円が一九○円台に急騰しました。

 コンピューターの進歩で瞬間的に投機が可能となり、それにデリバティブが加わると、毎日、一兆ドル単位で取り引きするようになります。どこの国の大蔵大臣も、「為替レートはファンダメンタルズ(経済の基本条件)を反映している」と言いますが、相場がこう激しく動くと、それは大変に疑わしくなります。ファンダメンタスズがそう変わるわけはありませんからね。震災や不景気、政治が不安定と言われる日本の通貨が上がり、ニューヨーク市場で史上最高の株高をつけた好景気のアメリカの通貨が下がるわけを、きちんと説明できる人はいないでしょう。

 このようなことを、いつまでも放っておいてよいのかと思います。「投資はいいが、投機はいけません」などと私も大蔵大臣のときに言った憶えがありますが、通貨安定は二十一世紀までに何とかしなければならない課題の一つです。

 でも、どうにも、ならんかったし、そして……。

極論すると読書なんで5年に1冊も読めば多過ぎ

 とかいうとなんだけど。

 冊数としてこなせる本っていうのは本の体裁をしているけど、要は情報を処理しているだけ。

 「カラマーゾフの兄弟」とか「読みました」とかいう類のものではないし。

 ある意味、私が20代くらいまでは、教養人になるべきというか、大学生ならこのくらいは読めという水準があった。

 思い出すのは⇒世界文学をどう読むか?ヘルマン・ヘッセ(高橋健二・訳)? 復刊リクエスト投票

 今では見かけない。若いとき、そのリストを全部読んだれとか思ったものだった。

 あれから、なんだか30年近く生きているわけだけど、結局、あああの本読んだなと自分と一体化できるものは5年に1冊くらいなものか。もうちょっとあるか。

 「薔薇の名前」とか名作には違いないけど、これってメタ読書の感じはある。ある程度読書をした人が、なんかサロンでおしゃべりするような。

 
cover
薔薇の名前〈上〉: ウンベルト エーコ,河島 英昭,ウンベルト エーコ

 なんというか、よい本に出会えるのは若い人の特権かもしれないなとは思う。歳をとって理解できる本というのもあるのだけど。

 ちなみに、私は極東ブログのプロフに愛読書のリストを入れてある。このリストについては黙っていようと思ったけど、ちょっこし言及。

 これ⇒愛読書 : 極東ブログ

 と引いたのは、もっとありそうに思うし、今だったらこのリストを組み替えてもいいかなとも思ったが、なんとなくこれはこれで終わっている感じもある。

 ついでにこれも黙っていたけど。

 これ⇒The Big Read 偉大なる200の文学作品 - 1-10

 しかし、むしろこれから自分がどう本を読んでいくかだなみたいには思う。

 単純にいうと、50歳を過ぎた生き様みたいのを模索していく上で本当に助けになる本を少し読みたい。

日経社説 スーダンの悲劇放置するな

パリで25日にフランス政府主催でダルフール紛争解決をめざし国際会議が開かれた。サルコジ仏大統領は「黙っていることは殺人行為と同じ」と強調した。その通りだ。

 私もその通りだと思っていた。なので、知ったときに小さな叫び声を上げた。

 そして、幾人かのブロガーはその時、それに答えて小さな叫び声を上げた。私はその人たちを信じる。そして逆のブロガーも見た。まるで「ダルフール」という言葉を禁句にしているように避けているブロガーもいた。

 ダルフール紛争が始まったのは2003年2月。それから4年以上もこの悲劇に終止符が打たれないできた。紛争当事者がいずれも好戦的な姿勢を続けたうえ、国際社会の努力も不十分だったからだ。国連安全保障理事会はスーダン政府に一定の制裁も科しているが、主要国が一致結束してダルフール紛争に対応してきたとは言えない。中国がスーダン政府への圧力強化に反対し、足並みをそろえられなかったのが実情だ。

 この点については、2003年2月時点の日本のマスコミジャーナリズムを点検していただきたい。あるいは、いつからダルフール問題を取り上げたのかについて。

国連、アフリカ連合(AU)、スーダン政府の三者は今月、ダルフールの平和維持軍を増強することで合意した。だが、スーダン政府には、過去に国際的な合意を反故(ほご)にした経緯もある。国連、AUは増強部隊をできるだけ早く組織し、スーダンに受け入れを迫るべきだ。

 経緯をある程度知っている者としては国連の関与という流れに苦い思いがある。当初はAUの強化でなんとかできないかと模索していたのだった。

読売社説 慰安婦決議 米議会の「誤解」の根元を絶て

 読売が妙に攻勢に出ているのはなぜだろうか。この問題は事実だけをきちんと応答していけばいいのだろうと大筋で思う。日本人としてはこの問題は多国間だけの問題ではないことが忘却されているように思う。

朝日社説 猪瀬副知事―知事にノーと言えますか

 朝日新聞的には、関心は以下のようなものであり、そのダシのように猪瀬副知事をひっぱているような印象がある。

 石原都政の下では、学校での日の丸君が代の強制が全国でも突出している。これについても考えを聞きたい。

都政の問題は政策にとどまらない。石原氏はこれまで「三国人」や「テロ容認」など問題発言を繰り返してきた。身内の起用問題や豪華な出張もあった。

 そんな時に「ノー」と言えるのか。知事と対立したら、どう振る舞うのか。都民が見ているのはそこである。

 しかし、実際の都民はそのあたりにそれほど問題を感じていなさそうなのは、再選である程度明らかだろう。

晴天、これから曇るらしい

 いろいろ考えないといけないことが錯綜して、ネットや世間への関心が減りつつある。いいことなのかもしれない。

antonianantonian 2007/06/28 14:27 ダルフールに対してはどう言及していいか判らんトコもある人も多いんでは。
どーしてダルフール情報が日本じゃこうも入らないかと、思っておりましたですね。
欧州にいるとわりとナマですね。あとカトぎょーかいでもわりと聞きます。

『薔薇の名前』は作者が小説家ではなく学者だから、記号論学者脳で書かれたものだなと。

pepetiopepetio 2007/06/28 14:57 「日経社説」下の方
>投書は → 当初は かと

finalventfinalvent 2007/06/28 15:19 antonianさん、ども。国際的にもジェノサイドかとか議論は多かったにせよ、あれだけひどい虐殺が進行しているのに日本の報道は無かったですね。まあ、今となってはですが。エーコはそうなんでしょうね。フーコーのほうまだ読んでないや。

finalventfinalvent 2007/06/28 15:20 pepetioさん、ご指摘ありがとう。修正しました。

himorogihimorogi 2007/06/28 22:41 とかく欧米人って燃費の悪い生き物だなぁ、と。

ume-yume-y 2007/06/28 23:02 iTunesStoreからのDMで知ったんですが、ダルフール救済チャリティアルバムなんてのがあるんですね。ジョン・レノンのカバーアルバムです。
http://d.hatena.ne.jp/ume-y/20070628/instantkarma_tosavedarfur
ジョン・レノン、あまりお好きでないかもしれませんが、一応。

mtfyfmtfyf 2007/06/29 00:11 いや、括約筋じゃないですかw?

saihousaihou 2007/06/29 00:26 >性欲を持つということが女性のアイデンティっていうある種の強迫
先日、就学前(幼稚園に上がる前)の子どもを持つ母親の集まりに参加した時、「夫婦間のセックスをどう楽しむか」というテーマでメンバーの1人が講義しました。講義の後のディスカッションや質疑応答の時間も含めて、ずっと私が考えていたのは「こ、これはウチ(夫婦2人とも日本生まれ・日本育ちの日本人)には応用できない」ということでした。(そのアイデアを実行するには、やる私の方もなかなか難しいし、何より夫に対する効果が全く見込めないという意味で。)
中には
「始める前に神にPrayerを捧げてみて。全然違うから!ウチ、その前に2人でprayerをしてみたらすごく盛り上がったの」
と言う人もいて、「ああ、やっぱり全然違う」と思いつつ、子どもが生まれた後、性的な事柄に対する罪悪感が強くなっている場合なんかにはそれを払拭するのにいいのだろうか、と考えてみたりも。(性欲が食欲に近い−当たり前のもの、健康的なものとして捉えられている−のにはそういう宗教的な考え方も関係しているのかもしれません。)
米国で暮らして、カルチャー・ギャップを感じることはいろいろありますが、これまでで一番ショックが大きかったのはその集まりの時でした。

PhenaphenPhenaphen 2007/06/29 08:34 ロレンスが、男女の官能を、自然界の事物を媒介に描写するさまは、実に魅惑的ですね。得体の知れぬ制御不能の性への希求のエネルギーも、太陽の下の花がゆっくりと開花するように、餌を求める小鳥のくちばしが自ずと開かれていくように描かれる様子に、ロレンスが男女の性をいかに礼賛していたかを感じ取ることが出来ます。

しかし、その性は半端なものではなく、時には、神をも官能の対象として捉え、またたった一夜の情交で、相手の男性を廃人同様にしてしまうほどに烈しいものでもあります。性というものが、男女の意志と肉体の全存在をかけた格闘であるという、どこか抜き差しなら無い対峙のスタンスをとる凄絶なものであり、これについては極めて西洋的なものなんだろうなあと思ったりするわけです。

finalventfinalvent 2007/06/29 08:37 ume-yさん、ども。こっちは知らなかったです。レノンですが、先日、ヨーコ・オノの自伝みたいの読みながらレノンについてもいろいろ考えたりもしました。彼自身がビートルズに合わない面やヨーコに振り回された面もあったのかな、と。ショーンもオッサンっぽくなりましたね。

finalventfinalvent 2007/06/29 08:37 mtfyfさん、ども。ああ、そう言われているわけですが、括約筋。しかし……と別に発展する話題でもない。

finalventfinalvent 2007/06/29 08:41 saihouさん、ども。なんかよくわかります、と、wでも付けそうな。どうであってもそりゃ秘め事でしょみたいなではなく、正しい夫婦に正しい性関係は神の祝福みたいな、聖書自体もそういうカルチャーなのですが……日本人的にはちょっと。あと、話がずれますが、欧米人のヌーディストなんかの感覚も私なんか受け付けないですね。これは欧米人すべてがそうじゃないのだけど、ああいうヌーディストの発想というか自由のイデオロギーみたいな雰囲気ってなんなんでしょうとか、引きます。

finalventfinalvent 2007/06/29 08:44 Phenaphenさん、ども。ロレンスは、たしか翻訳はされたことがないと思いますが、一種の神秘主義みたいな人でそういう著作もあるんですよ。「男女の意志と肉体の全存在をかけた格闘」という面は彼らにはありますね。あと、ちょっと薄気味悪い感じのもいろいろありますが。

finalventfinalvent 2007/07/06 08:30 why-newtonさん、ども。酔うほど飲めないんですよ、放言ではありますが。

2007-06-27

教養新書フェア2007 : Amazon.co.jp

 アフィリ付きですが⇒教養新書フェア2007 : Amazon.co.jpメッセージ

ポイントって民間のシニョリッジでねーの?

 これ読んでて思った⇒ポイントは絶対儲かる金の卵。囲い込みだけじゃない大人の事情 | Web担当者Forum

 ポイントって民間のシニョリッジでねーの?とかいう議論はどっかにあるんでしょうかね。読んだことないけど。

なんでコピペブログからトラバが来るの?

 うざいんだけど。

 たとえば⇒株 ブログの最新ニュースをお届けします! 株・経済情報局

 たとえば⇒旬な話題: ミンチ偽装

 アフィリ?

へぇ、法的にはそうなるのか、食肉偽装

 ⇒解説委員室ブログ:NHKブログ | 時論公論 | 時論公論 「食肉偽装はなぜ起こったか」

さて、残された問題は法律の整備です。現在のJAS法では、表示の責任は最終的な製造者が持つことになっていますから、問題を引き起こしたミートホープは罰されず、逆に北海道加ト吉生協に、最高で罰則一億円が科される可能性があります。

 それはそれで法理としてよろしいような。

ナイス・ツッコミというかなんというか

 弾さん、ナイス。

 ⇒404 Blog Not Found:無限は君が思っているほど大きいとは限らない

茂木は可能無限を以下のように定義している。

フューチャリスト宣言 p.156

最近のマイブームに、「可能無限」という概念があります。もともと数学用語で、自然数を1、2、3...と数えて行ったときに、どんな大きな数(n)を考えてみても、さらに大きな数(n+1)を、可能性としてどこまでも提示できるということ。可能無限は、「もう一つ増やす余地がある」という意味での「空白」によって常に支えられている。

「茂木センセ、それ、『可算無限(countable infinity)』のtypoでっか?」で片付かない問題が、ここには潜んでいる。なぜなら「あなたたちには無限の可能性があります」と大人が言う時には「無限の可能性があるのですから、あなたが望む未来もその中に含まれています」ということを行間で主張しているからだ。要はそれが本当かどうか、ということだ。

 ま、話はずれるんだけど。

 Countable infinityというのは、あれです、アレフ0。

 で、無限という点では、アレフ1、とかもある。つまり、濃度(Cardinal)ね。

 吉本隆明も遠山啓にこのあたりを教わって感心したとか言っていたが、カントールのこのあたりの基礎というのは、高校生くらいできちんと学んでおくと世界観は変わるというか、茂木先生みたいな発想はしなくなるとか、以下略。

 元の梅田さんの話についてはあえて触れない。

 

追記

 ああ、コーエンは今年死んでいたのかぁ⇒ポール・コーエン - Wikipedia

 可能無限については⇒数学屋のメガネ:実無限と可能無限

猫猫先生、完全勝利!!

 釣りでもなんでもいいやぁ

 ⇒他山の石書評雑記(フリーライター小林拓矢のブログ) - おめでとう小谷野敦さん

 最新の『婦人公論』で、小谷野敦さんが過去の恋愛体験談を書いている。文章の終わりで、結婚したことを報告している。21歳下の女子大学院生で、ブログで出合ったとのこと。

 日本ブログ史に残る金字塔! (妻君は24歳か?)

 リンボの呻きどよめき賛美称賛⇒はてなブックマーク - 他山の石書評雑記(フリーライター小林拓矢のブログ) - 祝 小谷野敦さん結婚

日経 春秋(6/27)

 よくあるテンプレなコラムに過ぎないのだが、ふと執筆子を含め、サリバンについてあまり知らない人もいるかもしれないので、少しメモを。

 とウィキペディアを見ると「奇跡の人」について書いてある。

 ⇒アン・サリヴァン - Wikipedia

奇跡の人というのはヘレン・ケラーのことではなく、このアン・サリヴァンのことである。

 ついでに、も一つ、当たり前かもだが。

 ⇒ヘレン・ケラーとスウェーデンボルグ

 ヘレンはこの人から、スウェーデンボルグの『天国と地獄』という本を貰って読み、すっかりその思想に魅せられて、スウェーデンボルグの考え方をもっと研究したいと思い、ヒッツに頼んだ。ヒッツはヘレンの役に立ちそうなものを点字に打って、送ってくれた。

 ともあれヘレンは彼の宗教書にすっかり心酔してしまった。彼女は自分もまた霊的な体験を持ったと信じ、それをサリバンに語ったこともある。

 最初にスウェーデンボルグをヘレンに語ったヒッツは、ヘレンたちがレンサムに移ってからは、毎年の夏六週間をレンサムへ来ていっしょにすごした。朝露をふんで、かぐわしい匂いのする牧場ヘと、へレンをつれて何時間でも散歩した。ドイツ語をヘレンのてのひらにつづり、いつもスウェーデンボルグのことを語った。

 ちなみに⇒エマヌエル・スヴェーデンボリ - Wikipedia

三重苦の偉人、ヘレン・ケラーは「私にとってスヴェーデンボリの神学教義がない人生など考えられない。もしそれが可能であるとすれば、心臓がなくても生きていられる人間の肉体を想像する事ができよう。」と発言している。

日本においては、仏教学者、禅学者の鈴木大拙がスヴェーデンボリから影響を受け、明治42年から大正4年まで数年の間、スヴェーデンボリの主著「天国と地獄」などの主要な著作などを日本語に翻訳出版しているがその後はスウェーデンボルグに対して言及することは殆どなくなった。でも、彼の岩波書店の全集にはその全集の中核としてスヴェーデンボリの著作(日本語翻訳文)がしっかり入っている。

産経社説 【主張】社保庁賞与返納 国民感情はおさまらない

 問題は国民感情ではないのだがと苦笑しつつ読む。が、以下の思いは実際的には国民の思いだろう。そう誘導されている部分はあまりに大きいのだが。

 この社保庁が仮に民間企業だったらどうなるだろうか。ボーナス返納どころの事態では済まない。経営が行き詰まり、会社自体が存続しなくなる倒産の危機に直面する。株主に対する責任もある。給与カットは言うまでもないだろう。

 ただ、公務員の場合、法的に懲戒処分の対象とならない限り、減給はできない。それゆえ今回は、自主的返納となったという。

 社保庁問題の根っこには、労使の異常なまでの癒着がある。

 社保庁は年金記録システムのオンライン化を導入するため、昭和54年ごろから、仕事を制限する非常識な覚書を自治労国費評議会(現・全国社会保険職員労働組合)といくつも結んできた。長官をはじめとする少数の厚労省キャリアは年金実務に疎いうえ、自らの出世を先に考え、この体質を改革しようとしなかった。

 こうした体質を改めるのが、職員を非公務員化して社保庁を解体する社保庁改革関連法案である。ぜひ、この法案を今国会で成立させ、社保庁を真に年金制度を支える組織に変えたい。

朝日社説 野球特待生―時代に合うルール作りを

 野球だけが問題じゃないのだというプロットなのだが、どうもおかしい印象が残る。他では問題になっていないように思えるからだ。また、この問題は実質的に朝日新聞は当事者に近い。そのあたりのスタンスからの声が聞こえない。ただ、私はこの分野に詳しくないのできちんと批判はできない。野球はプロレスやサーカスと同じく興行であってスポーツだとは思っていないし。

朝日社説 社保庁の賞与―民間なら返納では済まぬ

 おや、民主党のOB気分の朝日新聞が自治労を叩くかも知れないネタに出たのは……と思って読み進むと案の定、北朝鮮関連と同じレトリックで、平身低頭してしかし擁護は強調するという話のようだ。

 なぜこんな過ちが生じたのか。政府は管理責任や労使関係にメスを入れて解明したうえで、どんな組織がいいのか、あるべき姿を検討するべきだ。

 それなのに政府・与党は、社保庁を六つに分割する改革法案について、28日にも参院の委員会で採決を強行する方向だ。順序が逆ではないか。

 「戦後レジームからの脱却」と叫び、やみくもに法案の成立を強行すれば、国民の年金不信はさらに高まる。参院選で手痛いしっぺ返しを受けるに違いない。

 分割は別の流れというか過去の不祥事などの対応としても出てきたものなので論理はおかしい。ただし、今回の採決がよいかどうかは朝日新聞のいうように異論はあるだろう。が、これもすでに覆せない流れのなかで言ってみても仮想の正義みたいなものにしかならない。社説としては、不祥事云々は廃止、なぜ強行採決がいけないのか、そのために今日どうすべきかだけを述べるべきだった。

晴天、薄曇り

 深夜どたばたし、仮眠して早朝に起きたがまた眠り、寝坊した。ごちゃごちゃとした夢のようなものを見たが覚えていない。水曜日か。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/27 13:28 (独身前提ですが違ってたらすいません)次はfinalventさんの番ですね。
ところで、野球が興行というのはなぜでしょう?

itfitf 2007/06/27 13:38 ・野球は例えば一人の強打者で成立してるようなチームだと、そいつを敬遠すれば勝てる可能性がぐっと上がる。でもそういうのは無しよ、と。つまり空気読め、と。娯楽だろ、と。楽しませろよ、と。
・なんで結婚なんですかね。恋愛のほうが楽しそうなイメージ。結婚だと生活上のいろんな細かい問題が次から次へと。

finalventfinalvent 2007/06/27 13:53 sakaepikurosuさん、ども。ぅぅぅ。野球はプロレスやサーカスなんかと同じだと思うのです、くらいです。

finalventfinalvent 2007/06/27 13:53 itfさん、ども。若いお相手ほど「結婚」かもと。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/27 15:31 いやー発表されないと分からないわけですし、発表期待してます。

うん〜。確かにプロなら人気があるので興行的な要素が大きいのですが、サーカスやプロレスとは当事者意識的に一線を画す気がしますし、『野球』と一括りならルール的な事かなと思って。所で、finalventさんの考えるスポーツって何ですか?

>itfさん
一人の強打者で成立するチームは無いですし、あるとしたら極端な例だと思いますよ。あるいは、桐蔭の中田だって敬遠はされますが、桐蔭相手に中田を無駄に避けてもピンチが増すばかりでは。

tom-kuritom-kuri 2007/06/27 15:52 無限話、面白いですねー
話は脱線しますが、某健康茶ドリンクのコピー。「高濃度茶カテキン xxx mg」って変だと思いません? 350mlにxxx mg入ってるから?結果的?に「高濃度」なんでしょうがと。その証拠に500mlPETの姉妹品『○○○○ウォーター』には「高濃度」の文字がないんですな(笑)
いやー、日本語は難しいと。そんだけ。

finalventfinalvent 2007/06/27 18:46 sakaepikurosuさん、ども。ワタシ的には古代ギリシア的なのかな。球技は総じて苦手です、見るのも。

finalventfinalvent 2007/06/27 18:47 tom-kuriさん、ども。アレフ0とアレフ1以外の無限とかいう議論もけっこう面白いものでした。なんか宇宙には神がいるかもしれない的な幻惑感もあって。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/27 19:44 あぁ、なるほど。そういった方おられますね。
球技は特殊と言えば特殊かな。球を使わないとこでの動きとか面白いというか、スポーツな感じですけどね。知識、経験、の有無とか得意不得意もあるのかな。ただ、興行と違って客を想定する必要性はないのであれっと思った次第でした。

tom-kuritom-kuri 2007/06/27 20:20 finalventさん、
どもども。アジモフの『永遠の終わり』の結びに「無限の始まり」という言葉があって、わたくしも断然「永遠より無限が好き」派です。はい。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/27 20:44 連投で申し訳ないのですが、ちょっとカントールでググったら、何か茂木先生もカントール勉強して世界観変わるのなんのと言ってる(書いてる?)らしいですよ。

finalventfinalvent 2007/06/27 21:00 tom-kuriさん、ども。でもたぶん永遠というのは今この瞬間のことなんですよとポエムなことを言ってみたりして。

finalventfinalvent 2007/06/27 21:01 sakaepikurosuさん、ども。そうなんですか。やはり、countable infinityのことなのでしょうかね。カントールはごく基本なんですが、それでもこの分野を開いた偉大な人です。

buyobuyobuyobuyo 2007/06/27 22:31 可能無限という言葉はあるし、その通俗的説明としても妥当なものですよ。

finalventfinalvent 2007/06/27 22:48 buyobuyoさん、ども。そうですね。

like_a_c3polike_a_c3po 2007/06/28 00:23 教養新書フェアをざらっと眺めてるうちに数冊注文してしまいました。

finalventfinalvent 2007/06/28 08:29 like_a_c3poさん、bn2islanderさん、ども。新書編集部側の考えも面白いなと思ってリンクしました。アフィリ部分があるので責任を感じます。

like_a_c3polike_a_c3po 2007/06/28 09:18 個人的に、良く読んでるブログからamazon等へ飛ぶ場合は、アフィ有り無しに関わらず、紹介されるだけの何かがあるのではと思って飛ぶのでそんな責任感じる必要も無いのではと思います。
いい機会だと思ってまとめ買いしたって感じです。今のところ英語本2冊に期待中。

finalventfinalvent 2007/06/28 21:51 like_a_c3poさん、ども。お言葉ありがとう。

itfitf 2007/06/29 19:51 赤ちゃんは人類が絶滅するまで無限に生まれてくるだろうが、彼(女)らに固有番号を振り続ける(カウント)ことは可能だ。固有番号は必ず固有で、その番号がこの宇宙に一人しかいない(はず)の自分と堅く結びつける事によって、システム、例えば年金の負担や給付の管理に使える。無限とは何か?宇宙や同一性を考えてみよう。数学で無限という時、宇宙(時間、物質、力、永遠、瞬間・・・)と人間(同一性)、という人が知らず知らずのうちにいつも考えているこの世の最大の謎を探求するという目的に暗黙裡に使われていることは言うまでもない。そしてその固有番号を振り続けられることが無限の存在に苦しむことなく、例えばシステムで人々を機械的に処理できる事が、ある人々に自信を与えてしまっている。例えば国民の立場に立って親身になってその人の老後の事を考えるより固有番号を振ってよりシンプルな規則に従って処理するほうが年金システムは安定する。宇宙がどうとか同一性がどうとか考えずに数学の規則に従い機械的に処理するほうが数学的には良い、という事と正確に対応している事に気づく人がどれほどいるだろうか。私はすでに極東ブログで固有性と同一性とは何の関係もないことを指摘した。これは自分が一人しかいないという常識的な直観を否定する。そのためおそらく誰も信じないだろう。たとえば古代から現在まで使われ続けている名前というシステムは愛着を持って使われ続けているが、それがいかに不合理かということを我々は知っている。同姓同名の存在が最もわかりやすい例だろう。つまり名前は固有ではない。にもかかわらず何故愛着をもてるのか?大昔、世界に人間がどれくらいいるのかは知られていなかった。全体を知る事が出来なかった、つまり世界は無限だった。これは宇宙に人間以外の知的な存在がいるのかどうか知らない我々とある意味同じだ。その時おそらく名前が人を混乱なく特定出来るならそれで良いと考えた人がほとんどだっただろう。しかし有る深刻な問題に気づいた人がいた。それは名前が同一性を保証しないどころか何の関係もない、ということだった。電話も自動車もインターネットもない狭い集団では同姓同名を防ぐ事は容易だ。だからほとんどの人はこの問題に気づくことが出来なかった。それに気づいた少数の人たちは名前に神秘的な意味を持たせようと様々な対策が考えただろう。現在のように名前の人気ランキングが発表される時代とはかなり名前の意味が違う。ただ、かけがえのない子供にユニークな名前をつけようと考える事は間違いではない。しかし奇抜な名前にならざるを得ないだろうが。そして名前の神秘性は今でもある程度古代の名残として残っている。コンピューターがチェスの世界チャンピオンに勝てばコンピューターのほうが知的であるといえるか?コンピューターの指す手を美しいと思えるか?コンピュータが四色問題を証明したときそこにエレガントさはあるか?古代の人が名前に確実性を持たせようとしたように、我々は人がコンピューターより優れている事を考え出さなければいけなくなった。それは名前がそうだった様に、宗教的、あるいはナイーブな対策しか出てこないだろう。「無限の可能性を信じてる」という言葉をナイーブだと笑う人は明らかに問題の深刻さに気づいていない。コンピュータの差す手は美しくない、と思う人は少なくともこの問題の深刻さに気づき始めている。同一性を保証する物はない。しかし可能性が決定的な役割を担っているという事に気づく事は出来る。どんなシステムもそれはたまたまうまく機能してるに過ぎない。我々が自明だとみなし採用してる事、無限に固有番号を触れること、宇宙はひとつであること、自分は自分である事は、その顕著な例である。そして、このことに気づいている人は極めて少数だが存在する。

2007-06-26

へぇ、違法でもないのか、ミンチ偽装

 ⇒asahi.com:牛ミンチ表示、全国調査へ JAS法見直しも - 社会

 ミート社を巡っては、表示以外の肉の混入や産地偽装賞味期限改ざんなど様々な不正が次々と明るみに出たが、同社が直接、消費者に販売している商品はなく、一連の行為は製造業者との取引での不正で、JAS法違反には問えない可能性が高いとされる。同省は食の安全への信頼を揺るがす今回の事態に制度改正して、取り締まりの対象を広げる必要があると判断した。

 どうしてそういう法律なんだろとか気になるというか、そのあたりは知らなかったな。

 ⇒北海道庁「ミートホープ」内部告発を事実上放置 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

また、保健所は「JAS法を所管する支庁から農政事務所へ連絡すると思い込んでいた」、支庁は「ミートホープは業者間での取引が中心で、消費者への表示を規制するJAS法は適用外と思った」と話し、結局、農政事務所には連絡しなかったという。

正直この大淀病院問題の真相解明はきっつい、が、大変な問題なのかもしれない

 2006.10.31の私のエントリ⇒極東ブログ: タミフルと大淀病院問題と報道

 今回の問題については、ブログ「天漢日乗」が”「マスコミたらい回し」とは? 医療現場で起きていること”(参照)以降一連のエントリで、ネット上の情報、特に、医師の側の本音ともいうべき匿名発言を多く掲載して興味深い。

 だが、私のように非専門の立場や情報が限定されている立場からこの対処の是非については問えない。ただ、問題の構図は毎日新聞の当初のスクープの構図でよいのか、検証のプロセスが必要になっているのだろうとは思う。そしてそのことがジャーナリズムに問われていることだろうし、ブログにもし意味があるとすればその経緯の監視のわずかな機能を担うことだろう。

 で、今日の天漢さん⇒天漢日乗: 「マスコミたらい回し」とは? (その77) 毎日新聞は救急搬送時から張り付いていた? 「大淀病院産婦死亡事例」は毎日新聞奈良支局がすべて絵を描いたという衝撃の未確認情報→情報の確度はかなり高い 毎日新聞は奈良県から撤退せよ

(追記 16:18)

早速、情報提供を頂いた。

詳しいことは書けないのだが、Yosyan先生に寄せられた情報の確度は高いです。

 その核心部分に対して、私は確信が現状ではもてない。ただ、大変な問題なのかもしれないというぞっとする感じがする。

 Yosyan先生⇒新小児科医のつぶやき - マスコミ許すまじ

 現在までの情報では、事件当夜から日時が経ってから例の記者がどこからかこの事件を聞きつけ、これを取材発掘したと考えられてきました。また例の団体が関与したのも、新聞報道がなされた後に駆けつけて関与したのであろうと見られていました。例の団体については単なる憶測ですが、新聞社の関与時期についてはその旨を記事に書かれていますし、その記事については賞まで受けています。この事は皆様既に良くご存知かと思います。

 ところが新聞社の関与時期はもっと早かったのです。なんと救急車の搬送時には記者は既に居たとのことです。そんなに早く記者が駆けつけられた理由は不明なのですが、おそらく救急無線を傍受してのものでなかったかと推測されています。現場がいかに修羅場であったかは既報の通りですし、家族も迷惑がっていたとのことですが、追い返すわけにも行かず、そこから取材が始まったとの事です。

 まずはそこの真偽なのだろう。

 ジャーナリズムはこの問題にどう関わっていくだろうか。

 

追加

 ⇒天漢日乗: 「マスコミたらい回し」とは? (その78) ABC「悲鳴病棟 “医者を訴える”夫の決断」@5/29の謎

 ⇒Aut disce aut discede - 奈良事件リンク

 

さらに追記

 Yosyan先生コメント欄⇒新小児科医のつぶやき - マスコミ許すまじ

毎日が嗅ぎつけたのは本当に後だったかもしれません。他社に情報を提供する義理はないですから、「苦労して」遺族を見つけ出し取材活動を行なった。ただ取材はしてみたものの訴訟の意思がないため、ニュースバリューに乏しい。ただシチュエーション的には「大規模たらい回し」があり「産婦の死亡」もあり「可哀そうな子供」もいます。そこで記事の価値を高めるために例の団体まで引っ張り出して訴訟路線に走らせたのではないかと。

 

記憶がやや曖昧なんですが、毎日が抜いた後、比較的冷静な記事を早期に打ち出したのは朝日だった様な気がします。これはスクープを持っていかれた朝日の悔しさであるとも見れます。そこで蔵から出てきたのが例のビデオで、これを生かして作られたのが『悲鳴病棟“医者を訴える”夫の決断』ではないかと言う事です。

ええい、まとめて。

 ネタだ、ネタだ。

責任を引き受ける人が、未来を明るくしていく、けど本人は暗くなる

 そんなもん。

イヤなタスクを翌日にまるまる先送りする方法

 「今日って月曜日じゃないか」とつぶやく。

仕事の優先順位をすばやく直接的に決定する方法

 飴と鞭を使いこなす。

問題を間違った角度から捉えてみるとシンプルな解決策が浮かんでくる、わけない

 そりゃね。

メルヘンの知識がない上司が壊した部下の心

 それは新しいメルヘンが癒す。

それはちょっとなぁ、ブログスカウト

 ⇒法人向けブロガー紹介サービス「ブログスカウト」提供開始 株式会社ライトアップ

 ⇒ブログスカウト 御社にマッチした人気ブロガーや著名人ブロガーをご紹介します

 ⇒[FAQ] よくあるご質問 (株)ライトアップ

 ⇒真鍋かをりのスカウトは可能ですか? 株式会社ライトアップ

はい、可能です。

ご予算、スケジュールなど、ヒヤリングさせていただき、御社への協力打診を行います。

ただし、実現の可否につきましては、ご予算および真鍋さん側の諸事情に大きく左右されます。

 

ブログスカウトでは、実現が難しい場合には、すぐに現実的な代替案をご提案させて頂きます。

 

まずは気軽にお問い合わせください。

 そりゃ彼女は芸能人だしね。

日経社説 消費者を裏切る食肉偽装

 明らかになった偽装の実態はあまりにひどい。牛100%と偽って豚や鶏の肉を混ぜるのは序の口で、豚の心臓を混ぜる、家畜の血液で着色して牛にみせかける、水を混ぜて増量するなどまさに消費者無視だ。取引先の北海道加ト吉から賞味期限切れ前後の冷凍食品を安く買い入れ、日付を付け替えて転売していたこともわかった。利益をあげるためなら何をしてもいいといわんばかりだ。

 それはひどい。が、この執筆子は加工肉の現場とかは知らないのだろうなと思った。加工肉の現場がもっとひどいと言いたいわけではないし、偽装が多いと言うわけでもない。国民は加工肉がどのように作られているかを知らない。知らなければ知らないでもいい世界でもある。ある程度知っている人はそれなりに選択していけばいい。

メンテ終わったか

 なんかまだ変だけど。

 毎朝新聞社説をネタにコメントとかつけていて、どっちかというとおちょくるというか罵倒していることは多いなと反省してます。評価することもあるんですけど。ただ、反省は反省なんで(まあ、どういう契機であれ)、罵倒的な表現は謹んでいきたいと思ってます(忘れないように>自分)。

 ちょっと深代惇郎を思った。

 ⇒finalventの日記 - 深代惇郎

 私なんぞが彼に及ぶべくもないのは当然としても、わずかにそれから生きてきた年長感のようなものがある。新聞とかを書いている人たちも、私より若い人が多いのだろう。そのあたりのなんか社会のバランスというか位置とか少し思う。自分が社会的な位置にあるという意味ではなく云々。

SundalandSundaland 2007/06/26 14:32 最初にイエローグリスとか目にした時は、正直それは偽装じゃないのかよとか思いました。肉じゃないけどマグロ油なんかもそうですね。といいつつファミレスとか普通に食べます。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/26 15:03 顔にダニが居るのとかと一緒で(違うか)知る必要は無いというか…工場で働いた人はそこの製品を口にしたがらなかったりですね。
クリスマスで有名なあそこのチキンも、自分の地元だけなのか(それはないだろうけど)、まだ多分ショートニングのはず。
まぁ偏らなければ上手けりゃそれで良しです。
その楽観が温床といえばそうなんですが。

finalventfinalvent 2007/06/26 16:45 Sundalandさん、ども。ファミレスもそれはそういうもんだ、として使うといいのだと思います。デニーズに期待したいですよ。

finalventfinalvent 2007/06/26 16:46 sakaepikurosuさん、ども。昔みたいに食中毒で死者なんてなくなっていい時代でしたよ。現代はちょっとエンゲル係数が低すぎるのかも。

finalventfinalvent 2007/06/26 18:48 poasさん、ども。そうですか。

ApploodApplood 2007/06/26 19:11 ライトアップって遠い知人がやってる会社なんですが、やることなすこといちいち微妙で脱力です。

finalventfinalvent 2007/06/26 19:31 Apploodさん、ども。そのあたりからもっとライトなアルファーブロガーとか出てくるといいんじゃないかなとも思いますよ。

finalventfinalvent 2007/06/26 21:26 kinginsunagoさん、ども。この事件については私は直感というか確信が今一つもてないんですよ。ただ、警察無線云々はさておくとしても、どうも真相がありそうで。そしてそれが現在疑っている線での真相だったら、ヲイヲイどころではないかなと。

bn2islanderbn2islander 2007/06/26 22:11 新小児科医のつぶやきブログを読みますと、どこの記者かは特定されていないようですね。単なる同乗取材の可能性もあるのではないでしょうか。

itfitf 2007/06/27 06:57 「人を騙すなんてひどい!消費者が気づかないからって何をやっても良いのか!」「気づかないんなら良いんじゃない?」気づかないんなら何をやっても良い。ミーとホープはそれさえ出来なかった。この世に善悪の基準はない。証明は存在しない。では何故数学の証明には有無を言わせない説得力があるのか?事前に暗黙裡に設定したルールに従ってるから(そしてその設定は直感に訴える。根拠はない。)。つまりルールの内部ではどんないい加減な事をやろうとも許されるし、場合によっては完璧に人を信じ込ませる事が出来る。ipodはそれをやってる。だからアップルは従業員を解雇しなくて良い。これさえ出来ない会社は休業に追い込まれ、従業員を解雇しなくてはいけない。

kinginsunagokinginsunago 2007/06/27 08:43 あくまで仮定ですけど、単に些細な嫌がらせの類だったのが功名心でスクープを欲していた記者が食いついて大炎上になったというのが真相じゃないかと…
それと最近は、家庭用ビデオカメラが放送にも耐えられるくらい高性能化しているので記者に携帯を義務付けている大手報道機関も有る様ですね。

finalventfinalvent 2007/06/27 10:28 itfさん、ども。ミートホープについては法の視点からは問題なしなのかもしれませんよ。つまり、我々が無法なリンチをしているのかもしれません。

finalventfinalvent 2007/06/27 10:28 kinginsunagoさん、ども。ええ、その線はアリだと思います。映像はいったんお蔵入りだったのでしょうし。

finalventfinalvent 2007/06/27 10:29 bn2islanderさん、ども。ええ、そこはちょっと過剰な推理が先行している感があります。

itfitf 2007/06/27 13:33 だから法という言葉を使わずルール、基準という言葉を使った。市場もルールですね。嘘ついて良いわけですよ。うまい嘘ついた人が勝ちなわけですよ。くだらない嘘なんかつかなくても良いのに。もったいないとつくづく思う。私の怒りは嘘をつくな!ではなく、なんでくだらない嘘吐くんだよ、もっと良い嘘があるのに、という物ですね。私の立場はマスコミ批判ではない。マスコミ無視の立場ですね。

2007-06-25

中年童貞とか

 私が語ると秘境プゲラの探訪記とかになりそうだが。

 ⇒中年童貞…なぜ生まれる? 「恋愛資本主義」の肥大化|話題|社会|Sankei WEB

 ⇒finalventの日記 - こ、こ、こかこーら、じゃねーや、こんな本が存在するのかぁぁ

 まあ、直接的にはパス。

 30過ぎて、処女の女性がどのくらいの比率なのか、以前見かけたが、よくわからない。

 処女であるか否かということは、奇妙な意味を持っている。

 ある種の女性は多数の男性と関係をもってもそれほど異和感がないというか、自然的な性的な自己のようなものをもっており、ああ、この男違うわ、とか自然に分かって、ある一時期をすぎて、ま、おかん、になる。

 そういかない、いけない女性も少なくない。むしろ、恋愛という一種の不思議な精神圏内に置かれてしまう女性の場合、処女性の喪失はべたにトラウマになっており、そのトラウマからハイティーン以降三十代半ばまである種の強迫的な恋愛を反復してしまう。むしろ、処女を守ったほうがその点楽だなと計算できる女性は、三十まで処女で残るし、でも、三十を越えたあたりでそこでまたなんか奇妙に追い詰められる。(たぶん、子供を産んでしまったほうがある種の救いのようになるだろうことも多い、と思うが、あまりこの問題は公的に語れない。というかいろいろやっかいな問題がありそうだ。)

 たぶん結婚もそうした対処にはならないのだろうが、それでも結婚みたいな重たいフタはある程度精神的に役立つだろうし、男の側はこうした問題に単純なんで、けっこうどうでもよいというか、イケメンでなければそうしたチャレンジを受けることもない、平和。(イケメンは結婚が平和にできない。)

 ま、話がめんどくなったが、このあたりに、フェミニズムは答えてくれなかった的問題が残り、それがあるスレショルドを越えると変な社会現象になる。

 というか、すでにまたそうなりつつあるように思える。

日経 春秋(6/25)

 まあ、お暢気なコラムだが、OLとか言っていた時代はそれでも正規雇用だった。そういう雇用の関係の変化も問題なんだよ。

日経社説 好業績に慢心せず新たな成長戦略を(6/25)

 「グーグルしのぐ任天堂」という小見出しにしびれる。まさに釣りだな。

産経社説 【主張】総連仮装売買 副議長関与の徹底解明を

 この問題、老人惚けでしょ、と指摘したのは私が最初だったような気がするが、まあ、そう主張したいわけでもない。というか最近何を書いても直接的なリアクションはないというか、どうでもいいことにヘンテコなリアクションがあるな。ま、どうでもいいが。

 で、この事件なのだが、余波のほうが根の深い問題だ。過去をきちんと芋づるで引くように暴いたほうがいいだろう。

毎日社説 パレスチナ 独立への夢をしぼませるな

 傍観者というのは暢気なものだな。と言いつつ、自分の意見もそれほど毎日と変わるわけでもないが、毎日の文章には、人々が殺されてることへの感性が私より剥落しているように思える。ハマスはカザでファタハ支援の住民を虐殺し恐怖によってそこに留めている。その意味が問われていない。

読売社説 ドクターヘリ 整えたい空の救命救急体制

 この問題は全体の枠組みのなかで論じられるべき問題だろう。

読売社説 光化学スモッグ 中国発の「越境汚染」が問題だ

 これには黄砂も関係している。黄砂は韓国などもひどい。まあ、汚染に戻ると、日本への被害の前に中国自身、韓国に来る。日本人だけがきれいな空気が吸いたいのだというためにある種のナショナリズムが求められる。

朝日社説 大気汚染訴訟―高裁の和解勧告を生かせ説

 私の誤解かもしれないが、この進展は石原都知事の功ではないのか。

朝日社説 ミンチ偽装―業者も役所もひどすぎる

 いろいろ思うことはあるのだが、食品加工の現場で混ぜ肉がわからないわけがなく、偽装は構造的なものだっただろう。もっと単純に言えば、食えば味が違うのだからわかる。もっとひどく言えば、その違いがわからないマーケットに最適化されていた。

曇天、一日曇りだろうか

 少し暑さは引きそうだ。

 ネットで語るとネットの文脈があり、その文脈の磁場のようなものを受けざるをえない、というようなある種の防御のような感覚があるが、それが反ってノイズのようにもなる。

 よくネットに張り付いているなお前みたいに言われるが、それについては否定も肯定もしない。たぶん、いずれ消えるだろうというのと、そうではない人生のほうが大きかったんだよ、というのはそういう文脈ではまったく伝わらない。

 伝わらなさと誤解、というのも、単純に言えば、私の側の思い込みでもあるし、ひどい言い方をすれば伝わるわけもなく理解もありえないという、ある種の絶対性というものがある。むしろ、理解というのはなにかしら称賛というかそういう傲慢ななにかが潜む。

 昨晩思いついたように北森嘉蔵のことを少しだけ書いた。バルトは彼の神学を否定とまではしないせよ異教のように見えたことだろう。そういえばバルトがティリヒをどう語ったかというのを知らない。たぶん、知っても意味がない。

 バルト神学は数学のような趣がある。たぶん、バルト神学はきちんと整備された公理系のようになっているし、また彼自身の感性も正しく、おそらくキリスト教とういものの神学というはああいう構造をしているのだろうし、たぶん、プロテスタント信仰とういうものもそうだろう。

 ただ、私にはほとんど魅力がない。

 話は変わる。

 ダルフール問題についてあまり語らなくなった。今語ればただ中国バッシングの文脈にならざるを得ないだろうし、なんというのか、かつて私がダルフール危機について語ることに不快を示した人々・それを背後からバッシングした人々、そうした人よりも、中国バッシングの文脈のほうが私には、統制が取れないだろうと怯える。統制、というものではないな。手に負えなくなるだろう。私は旗を振らない。

 だがファーローの活動などを見れば、中国を叩くことできちんとスーダンに介在させ、多少は問題に変化を与えている。それはきちんとした政治の文脈で正しいともいえるだろうし、そういう正しさを持ち合わせている人は、日本にはほぼいない。

 歴史の中のいくつかの虐殺を語り、その正義を語り、その正義のゆえに結果的に暴虐な言説をまきたらした者たちが、目前の虐殺を看過した欺瞞を私はたぶん許さない。だが、許さないといえる何かを私がもつわけではない。まったく私には正義などはない。

 ただ、無意味に殺されていく人を看過することに、たぶん、どうしても大義を付けることができない。その絶望感だけが自分に確かなものとしてある。簡単にいえば、私はこの、その線の上で、知性というものをまったく信用しない。目前の虐殺に否をつぶやかない知性になの意味があるのか。(もちろん、虐殺はダルフールだけではない。そうした虐殺への関わりは各人違うとも言えるだろう。だが、あれは、大規模なジエノサイドなのだ。)

itfitf 2007/06/25 09:35 私が学生のときネットカフェが有ったら、住所がそこになってたかもしれない。なくてよかった。

finalventfinalvent 2007/06/25 14:21 itfさん、ども。ネットカフェというのすら私はよくわかんないですよ。時代ズレしてます。

finalventfinalvent 2007/06/25 22:39 mori-tahyoueさん、ども。ああ、なるほど。私のほうがちょっと偉そうなこと言い過ぎましたね。

himorogihimorogi 2007/06/25 23:05 老親とは住まいは別ですが、隣に住んでるので飯は親が作ったのを食べてます。
安くて食いでのあるものを、と安いパテ肉よく焼いてくれますが、もうリアル厨房じゃないんだってば、あんたの息子は、お腹にお釣りがたまってるんだけど、と思いつつ食べてます。もう後何年こうやって親の作る飯が食えるかわからないですしね。本人も常日頃そう言ってますし。
まぁ、旨いパテ肉だったら文句はない(あっても言えない)んだけど、やっぱ安いのはそれなりのような気が・・・

mori-tahyouemori-tahyoue 2007/06/26 14:15 >偉そう
いえいえ。私も、ひがんでいるわけではありません。いろいろと、あきらめて生きています。(というのは構えすぎですが。)

finalventfinalvent 2007/06/26 16:48 himorogiさん、ども。それも親孝行ですよ(自分はだめだけど)。

2007-06-24

イエスの孤独

 北森嘉蔵牧師をネットで検索して、もう10年近くも前に亡くなられたことを知った。失礼な言い方だが、なんとなくそう思っていたが、いつお亡くなりになったかは知らないでいた。

 ⇒北森神学とは何か

 北森牧師にお会いしたことはなかった。少しばかりお会いしたい気持ちはあった。書籍からはいろいろ学んだ。牧師は神は痛んでおられたと語った。痛みとはまさに痛みだった。遠藤周作のイエス像にもそれに近く、痛むものの同伴――永遠の同伴者――が描かれているが、牧師の神学の根幹にはただ痛みがあった。そして絶対的な孤独があった。(カトリックの信者にとってイエスの痛みはごく当たり前のことかもしれない。あるいはそれ以外のキリスト教徒にとっても。)

 北森牧師は私の理解を是とされないかもしれないが、いや、是とされるのではないか、あの十字架上の「エリエリレマサバクタニ」を牧師は、イエスが神に見放されたと見ていた。牧師にっとて、痛みの意味は、人に捨てられることであり、孤独のなかで見捨てられて死んでいくという人の、本当の姿であり、そこまで神が降りてこられることだった。

 人となった神が孤独にそして見捨てられて死んだ。世によって殺された。

 多くの人々が神に抱く希望のようなものが一切失われている。だが、そこに牧師は神学の根幹を打ち立てようとした。

 私には信仰というものはない。あるのは孤独だけだ。その孤独は絶叫するような痛みを伴う。そんな夜に北森嘉蔵牧師を思う。牧師は孤独と見捨てられる痛みのなかに神の栄光を見ようとした。

 イエスは私にとっては孤独な人である。見捨てられた人だ。それは十字架上でそうなったというのがキリスト教の文脈であろうが、異端者の私は別のことを思う。

 私はイエスの孤独はその従う人のただ中に、愛を語るただなかにあったと思う。

 聖書で一番好きな箇所と断言しづらいのだが(いろいろ好きな箇所がある)、いつもイエスを思うときに思い描くのは、ヨハネの中にたぶんルカの断片として混入しただろう、あの罪なき者が石をなげなさいというエピソードのなかのイエスだ。イエスは、罪の女を許しはしなかった。(もっと単純なことなのだ。罪の女が愛を示しているならこの今のその行為のなかに許しの契機が過去に存在しているのだ。愛がある時すでに許しがあるのだ、あたりまえではないかと。)

 イエスはくったくしていた。当たり前すぎて彼の関心事ですらなかった。強く語ったふうでもない。イエスはその時、地面に何か描いていて、その地面の絵のほうに関心があったのだ。

 イエスは何を描いていたのだろうか。私はその無意味に近い問いを40年近く抱えてきた。図であろうか。計算式であろうか。しゃがみ込んで何を描いていのだろう。人々への説教よりも大切な自己を没頭するような孤独な行為。

 聖書学を学んでもその答えはなかったが、アウトラインはわかる。このエピソードは別のコードを持つ人なら解読できるなにかの暗号のようなものなのだろう。そしてそのコードはもはや失われた。そして、実際のイエスはそんなこともしていないし、イエスはおそらくそのように存在もしていなかっただろう。

 それでも、私の心のなかにはただ孤独に地面にうずくまり、なにかを描いているイエスの孤独な姿だけがある。

「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。(ヨハネ8:4-8)

はてなQ オジサンは、なぜオヤジギャグを言うのでしょうか?

 ⇒オジサンは、なぜオヤジギャグを言うのでしょうか?彼らのインセンティブを教えてください。 - 人力検索はてな

 逃げているか、照れているか、のどっちかだよ(両方っていうのもあるか)。

 当面は、その場でバカやってオジサンだと思われていると楽だからだよ。

 もうちょっと言うと。

 オヤジギャグを言っているオヤジの目をよく見るといいよ。そこに愛情みたいなものが籠もっているかもしれないよ。(男の特質は「やさしさ」と「含羞」。)

はてなQより トルコ料理に関する特色・トリビア

 ⇒トルコ料理に関する特色・トリビア情報を調べています。 例えば、【国内における地域別の特色】【味における特色】【料理としての歴史】等々が知りたいです。 .. - 人力検索はてな

 トルコ料理については日本語の本が数冊、英語の本が2冊、かな、あるので、適当なことは答えられそうだけど、ちょっとめんどいので、簡単に。

 トルコ料理は、基本的に、王宮の料理、イスタンブルコンスタンチノープル)のいわゆるギリシア料理みたいな料理、海岸地域の魚の料理(これはレバノンからエジプトまで似た感じ)、内陸のまた山羊かよ、くらいにわかれるかな。山羊かよはたぶんイラクイランなどでも同じだろうと思うけど(もちろん違いはあるよ、レモンとかディーツとか)。

 トルコ料理で、ほぇと思うのは、ヨーグルトの味付けが多い。このヨーグルトなんだけど日本人からするとクリームチーズくらい濃い。豆料理が多い。冷製が多い。トマトが多い。小麦が旨い。

 ま、そんな感じかな。

 日本のトルコ料理屋さんは、ギリシア料理とかでもそうだけど、日本人の意識と味に合わせてしまうので、ちょっと現地は違うと思うのだけど、もう久しく行かないので最近はわかんないや。

今日の増田

 増田⇒

自分は27歳会社員非モテ童貞。今年で28歳になる。友人が結婚したり子持ちになったりと、そろそろ自分もそーゆーのを意識してくる頃である。けれども、自称非モテなんていってるぐらいなんだからまあそーゆー感じ(判るだろ!)で、非常に厳しい感じ。

 そんな時に女性を紹介してもらった。

 けど、適当に年齢の話をしてるとどうも34歳か35歳のようでしたと。

 正直に言うと結構衝撃を受けました。いろんな意味で考えさせられる出来事でしたよ。別にどこぞの痛いにゅうすみたくコキ下ろしたい訳じゃなくて、結婚を含めた人生設計ってのを意識すると、相手の女性の年齢というのはこうも重要な要素である事を認識させられたと言うか。

結婚を考えると当然セットで妊娠→出産→子育ての事を考える訳で、自分も当然人の子、所謂ふつーの幸せってのは欲しい訳で子供の居る家庭ってのを考えているワケです。そういうのを考えると、相手が30代中盤というのは、ひっっっじょーにリスクが高いと言えます。

 「自分も当然人の子」というのはなかなか増田なければ読めないご時世となりました。 で、そのレス。

 レス増田⇒http://anond.hatelabo.jp/20070624040805

 30代中盤だと、まだリスクはそれほどまで高くないんじゃ?

 参考までに私の母は30代後半で私を、40代前半で妹を産んだよ。

 まあいきなり子作りするわけじゃないから、これからのことを考えると…ちゅうことかな。

 ま、セイロンスリランカ、と。

 でも、たぶん、最初の増田君の話は、なんというか、言葉で理屈つけているからそうなってしまったので、自分が27歳くらいのころを思うと、30代半ばの女性はすげー年上に、というか婆ぁに見えたものでした。というか、年上なんだろうな、どのくらい年上かわかんねーな。チンコ縮こまりそうみたいな。

 で、まいどながら、今の俺っちからすると、30代半ばの女性なんか若い若いですよ。

 同年の知り合い(女)が、仔細は聞かなかったけど、40歳前に不倫でゲットォってやってそれから子供二人産んでしまいましたよ。

 では、今日の教訓…………メロンパンは意外にカロリーが高いです。食べ過ぎに注意しましょう。

日経 春秋(6/24) : NIKKEI NET:社説・春秋 ニュース

小宇宙、圧力釜など、日本企業はしばしば高密度な閉鎖空間にたとえられてきた。因果関係の速断は慎むべきだろうが、もしや「雲の上の人」に対し、事業拡大にブレーキをかけるような問題点を指摘しにくい空気が、少しでもありはしなかったか。謙虚さこそが最大の危機回避策。トップは改めて肝に銘じたい

 なんだかなぁ。

 松下幸之助経営者が畏るべきはお客様と言ったが、市場に対して謙虚であれば社内は傲慢でがんがんやるしか日本の集団は動かない。

日経社説 統合の一里塚となるEU条約(6/24)

 この話、日本だとこういう線でワショーイなんだけど、先日ブッシュアルバニアなど当訪問したときの歓迎ぶりなどは報道されていたのだろうか。まあ、EUが決裂せよとはまるで思わないけど、なんかマスコミのEU報道はおかしいよ。

 ちょっと探すとあった、のだけど。

 東亜日報donga.com [Japanese donga]

米大統領としては初めてアルバニアを訪問したブッシュ大統領(白いワイシャツ)が10日、首都のティラナから25km離れたプセクールジェ村で住民たちの持て成しを受けている。抱きしめたり、頬を突き合わせて安否を問うのがアルバニアの伝統的な挨拶だ。

 コソボ関連もあるけど。

 ⇒CNN.co.jp : ブッシュ大統領がブルガリア入り 欧州歴訪最終国   - USA

 ここにはあまり書かれてないけど歓迎されていた。まあ、それが正しいとかじゃなくて、そういうもん。

産経社説 【主張】陸自汚職 自衛隊よ「しっかりしろ」

自衛隊員は、このことをよく肝に銘じて任務に当たるべきだ。自衛隊よ、しっかりしろ、と苦言を呈したい。

 言われるほうもトホホだろうな。

朝日社説 医師の確保―医学部の定員を増やせ

経済協力開発機構(OECD)の調べでは、人口1000人当たりの医師数が日本は2人で、先進国の平均の2.9人を大きく下回る。しかも、このままでは韓国メキシコトルコにも追い抜かれる可能性があるという。

 これなにか別の視点の統計があったかと思うがちょっと思い出せない。たしか地域人口に対する医者の比率だったか。ざっくり考えても、医者の絶対数が減らないのに人口が縮小しているのだから、医師が少ないという議論はなにか別の問題を抱えているはずだ。

 ちょっと昔のニュースを繰る。

医師の定員削減 処置なし? 公・私立医大反応なく 過剰時代を憂慮/厚生省(読売1992. 01. 25)

 厚生省が進めている医科大(医学部)の定員削減に黄信号がともっている。平成七年度までに、昭和六十年度の定員から一〇%削減するのが目標だが、公立や私立医大の反応はさっぱりで、このままだと、深刻な医師過剰時代が来るのは必至という。

 わが国の医師数は約二十一万人で、人口十万人に対して百七十一人いる勘定。医科大(医学部)の定員をそのままにすると、人口十万人当たりの医師数は平成十二年(二〇〇〇年)に二百二十人、同三十七年(二〇二五年)には三百人に達する。このため、昭和六十年度から十年間で定員の最小限一割を減らす目標で削減が進められている。

 しかも、削減数をみると平成元年度の二百四十人に対し、昨年度はわずか十人、今年度が二十人(見込み)で、平成七年度までに一〇%という目標達成は極めて難しい状況だ。厚生省は「医師過剰は、医師の労働条件の悪化を招き、過当競争で良質な医療サービスが維持できなくなる恐れもある」と危機感を深めている。

[検証 医療の最前線]開業医は今(2)超過密と求人アンバランス(連載)(読売1991. 11. 12 )

「新規開業をお考えの方に! 当区の医療機関は超過密状態です。今後新規開業をお考えの方は、土地・家屋購入・賃貸借契約以前に必ず当医師会にご相談下さい」

 医学専門誌「日本医事新報」(週刊)にこんな広告がよく出るようになった。昨年十月から一年間の広告件数は、十二医師会の計六十四件。大阪東京地域が大半で、特に人口のドーナツ化現象が進む都心部と周辺のベッドタウンが目立つ。一体、何を意図した広告なのか。

 なんとなく当時の議論を思い出した。

 絶対数で見るとよくわからなくなることがある。問題は医療サービスのニーズとそのマーケットの構造だな。

曇天、雨があっても夕方か

 昨晩、薄いリキュールでも飲んでから寝ようと思ったが寝付かれず、深夜のコンビニでエビスホップを一缶買って飲む。酔った感はないがぼんやりとしてそして寝た。

 明け方不快な音で目覚める。しかたがないなと思いながら、少ししてからまた休めたらなとか思う。

 明け方ぼんやりと四歳ころのことを思った。私には十歳以下の楽しい思い出は少ない。それ以降も少ない。二十歳以降は楽しい思い出は痛みの思い出と結びついている。世の中いろいろな意味で不幸な人がいるが私も末席くらいにはいる。しかたがない。

 ネットの人間関係的なトラブルというか罵倒の関係というのは、共依存みたいな面がありそうだなと思ったが、まあ、どうでもいいや。

 この日記でも暗いことばかり書いているみたい、いや、実際そうかな。ただ、なんか自分で歩くように考えてどこに行くのかわからないけど、思索の中で動いている感じはある。

fullburnianfullburnian 2007/06/24 08:26 >医者の絶対数が減らないのに人口が縮小しているのだから、医師が少ないという議論はなにか別の問題を抱えているはずだ

ご引用の読売の記事から推測すると、町医者の数が増えすぎて医者の供給がアンバランスになっているという問題がうかがえますね。今日の朝日の社説では先進国の平均は人口10万にたいし290人ということですから、外国は医者の数を増やす傾向にある、という別の問題もあると思います。

finalventfinalvent 2007/06/24 08:27 fullburnianさん、ども。意外と厚労省は医師マーケットをよく知っているなという感じはします。それで国民の利益かというのはちょっとズレそうですが。海外の医師が多いというのはよくわからないのですが、労働条件から必然的にそうっなったのでは、と。

hamakichi-1977hamakichi-1977 2007/06/24 09:09 はじめまして。時々日記拝見してます。おおむね楽しく読んでいるのですが正直、罵倒したくなる人の気持ちも分からなくもないですね。僕は77年生なのですが、その僕から見てfinalventさんは、「こうなりたくない大人」であり、反面教師であり、実社会的にどんな評価されているのか実体の分からない、50歳ぐらい・独身・ネットに張り付いている人という印象です。そういう人が、そういう人にふさわしくない立ち位置から、ぶっちゃけエラそーな視点(ご本人はそのつもりは無いのでしょうが)で、世代論とか若い男とか女の心理とかあれこれ言うのは、「あれれ、この人、何様? オワタ人がオワッテナイ人にこれ言うか?」と驚くことはあります。でも、だからといって、どの記事もまるっきり無視できるほどクダラナイことは書いていないところが、finalventさんを独特な存在にしているんでしょうね。これだけ恥をさらせる人もそういないですし。あまり、罵倒など気になさらず、これからもがんばってくささい。

finalventfinalvent 2007/06/24 09:21 hamakichi-1977さん、ども。声援ありがとう。

mtfyfmtfyf 2007/06/24 13:41 日本でも医者の人口比がやたら多い地域で育って、友達も医者の子供がやたら多かったんですけど、親の影響かどいつもこいつも無意識に医者特有の特権意識というか偏った価値観を身につけていて、どうもついていけなかったです。なので、小さい頃から医者には絶対なるかと思ってました。ちなみに当時嫌だなと思っていた奴はほぼ親の後を継いで医者になっていて、好きだった奴は医学部に行っても大学に残って研究したりしています。医者の考え方や価値観を抜本的に変えるような制度改革が必要なんじゃないでしょうか?

mtfyfmtfyf 2007/06/24 13:44 あとあえて暴論を吐きますが、ドクター苫米地はエリクソンをタネ本にしてもったいぶって書いているだけではないですか(笑)?NLPとあんまり変わらないのでは?説得力ある反論を期待してます(笑)。

kinghuradancekinghuradance 2007/06/24 13:45 私にとっても終風先生は「実社会的にどんな評価されているのか実体の分からない、50歳ぐらい・独身・ネットに張り付いている人」であり中二病というよりは「厨房」の部分を残している人であると思うのですが、現代における隠者とか賢者とかの一つの形態ではあると思っています。
どうか池沼コメントに無駄な労力を使うことなく、文章を書き続けて下さることを望んでいます。

finalventfinalvent 2007/06/24 15:10 aranoさん、ども。ま、ものの見方はいろいろです。

finalventfinalvent 2007/06/24 15:11 mtfyfさん、ども。ちょっとヘンテコな異論ですが、たぶん日本の医療制度は最も優れていますよ。それでも。それとドクターなんですが、ええ、そのとおりかもとも思っています。

finalventfinalvent 2007/06/24 15:13 kinghuradanceさん、ども。ここで書いている「私」というのはそれはそれですべてなんですよ。それと自分の弱さ・惨めさというのはどこまでただの事実なんだろと思うのです。まあ、あと、心に余裕のある人はほのめかしとかではなく見えてくるものはあるでしょうし、そこは友情の部類です。

ruccirucci 2007/06/24 20:11 オヤジギャグを言っているオヤジの目…… そうか、そうですね! いままでそういうシチュエーションで邪慳にしきれず、どうしたもんかと思っていたところでした。明日からの宮仕え生活に指針が生まれました。有難うございました♪

finalventfinalvent 2007/06/24 22:10 rucciさん、ども。オジサンに歴史ありです。

pepetiopepetio 2007/06/24 23:00 爺を婆問う。答えは、「隠者、いいんじゃなぁ〜い」。それに対して、「友情とゆうじょ〜」。

「逃げているか、照れているか」といえば、友情という言葉に照れている?(海山)

himorogihimorogi 2007/06/25 00:18 オヤジと言えばクサイ台詞。加齢臭とはよく言ったもんだ。

synonymoussynonymous 2007/06/25 02:37 怪物にならない翁に、心からの感謝を申し述べたいと思います。今の世の中、扇動が多すぎです。

finalventfinalvent 2007/06/25 08:14 pepetioさん、himorogiさん、ども。あはは、いいなぁ。ま、そのあたりがオヤジ心ってやつですね。

finalventfinalvent 2007/06/25 08:16 synonymousさん、ども。私がナーバス過ぎるのかもしれないけど、人々が扇動を求めている。身近な側面では小泉のような指導者が出てこないかなと思いつつある。あるいは政治の救済を求めている。でも、それはないんですよ。政治は他者ではない。我々の限界のなかにしかない……というふうに思います。ちょっと外しているかもですが。

TheIneleganceTheInelegance 2007/06/25 11:20 日本の医療の安心感は、海外に「実際に」出ると分かるんですよね。治安とかもなんですけど。ほんと「ぐえぇ」みたいな。

summer_visionsummer_vision 2007/06/25 21:11 finalventさんの実社会での評価がわからないなどと言っている人は何を言っているんでしょうかね。ブロガーは書いているブログがすべて。それ以上でも以下でもない。

finalventfinalvent 2007/06/25 22:40 TheIneleganceさん、ども。ええ、そうなんですよね。そういう意味でよくできた国でもあったわけです(なんか過去形)。

finalventfinalvent 2007/06/25 22:41 summer_visionさん、ども。ええ、そう見ていただけるといいのですが、社会評価がすべてという考えもあるでしょうね。

2007-06-23

そういえば中二病

 ぶくまだろうか、finalventっていい歳した中二病じゃねーの、みたいなを見たことがあるように思う。あるいは記憶違いか。

 で、そう言われたとしても、なんだか嘘くさいように聞こえるのかもしれないのだが、なんと考えていいのかわからないという困惑のリアクションがまずある。

 馬鹿にされたとかは思わない。私はマジ、中二病じゃないかと自分を十分疑っている。し、それを恥ずかしいことと思うかというと、実際がそうであればしかたないな、というのと、他者とインタフェースで他者を傷つけるようにそれが表出しちゃうのはまずいかなと思う。というか、私はけっこうそういうふうに社会の人にはなるべく無害であるべく行動するので、ただのオッサンのように見られているし、実際ただのオッサン以外のなにものでもないのだが。

 が、内的には、依然、中二病っぽい。

 というか、自分の心のなかには、四歳の自分、十歳の自分、十四歳の自分、十八歳の自分、二十二歳の自分、二十五歳の自分、三十二歳の自分、三十四歳の自分というあたりで、その先は摩滅していく。いやその後の自分の一部もあり、そういう部分で書いていると、finalvent爺っぽいのだろう。(ちなみに、「爺」と言われても罵倒とも思わない。誤解されているとも思わない。理解されてないとも思わない。単純にそう見えるんだろうなくらい。)

 また、はてなに同調しちゃうのか、「二十二歳の自分、二十五歳の自分、三十二歳の自分、三十四歳」みたいのが共鳴しちゃう部分はある。

 で、問題は、どうも、ひりひりと、「十四歳の自分、十八歳の自分」というのの感性が依然とある。

 誰もがそういうものだ、少年や少女の心を内包して生きているのだととも言えるのだろうが、うまく言えないが、どうもちょっと違う。

 ある種の脳の機能障害のようなものかもしれないとも思うのだがよくわからない。才能といったなんか役立つものでもなさそうだ。

 なんかよくわからない。

 まあ、自分語りのようになってしまうのだけど、意識的には、もうちょっと離人症的な感じがするのだけど。

 ああ、ちょっと別の言い方をすると。

 私が別のハンドルで中二病的感性を全開したとき、誰か、こいつfinalventじゃねーの爺臭いぜと気がつくだろうか。(気がつかないと言いたいわけではない。そういうのを全開しちゃったらどうなるんだろうとふと思う。)

システム・スルー力というのでもなくなんというのか

 その前に、システム・スルー力……低PVブロガーからの罵倒などはメカニカルにスルーしていいでしょ……は以前ちょこっと書いた。

 で、なんというのか、その場合でも、罵倒者さんによっては、コメントやトラバやリンクとかでなんとか私に訴えようとするけなげさがあるのだが、そうでないと、まじ存在も知らないことがある。というか、私の知らないところで私を罵倒するのは別にどうというものでもないのだが、なんかのきっかけで、ほぇこんなところで私に向けた罵倒があったのか化石とかGoogle経由とかで見かけることがある。が、当然、忘れる。というかほとんど記憶に留めない。でも、少しなんとはなしに記憶に残っている部分もあって(というかなぜ罵倒されるのか思い至らないからだろうが)、というか、そういう罵倒者が他でも同じようなことをやっていて、そっちでモメゴトを起こすことがあるので、そういえばと、なんとなく思い出す。まあ、それもご勝手にどうぞ、ネットの自由さを満喫したらいいと思うのだが。

 なんというのか、罵倒を投げかけそしてモメゴトを起こすというのが、ある種のオブセッション(強迫)になっていてそれを反復しているのだろうなというふうに思えるし、それは特定の誰とかいうのではなくて、そういう類型の人がいるのだろうと思う。

 もうちょっというとそういうオブセッションに巻き込まれてしまう自動運動みたいのがネットというかにあるのだろうだが、率直に言うと、そのオブセッションというか運動が、き・も・い。単純に、歩道に犬の乾いたウンチがあったら、踏まないようにしようかみたいな感じなるというか、ある種の自然な嫌悪感のようなリアクションがある。

 別の言い方をすれば、オブセッションというかオブセッシブなそういう人が恐いとも言える。ちょっと、私なんかが対等になれる感じの病理じゃないなというか。

 かく言う私は、たぶん、変な人なんだろうし、ある種の精神的な病理傾向があるのだろうと思うしというか病理そのものかもしれないのだが(自分ではよくわからない)、そういう自分の偏向性が、先の自然な嫌悪感とバランスしているのだろうか。

 まったくもってわからないのだが、悪い人じゃないのにそういうオブセッシブな関係に巻き込まれていく人もいる。それもなぜなんだろうか。正義感のようなものだろうか。

 と顧みて、自分にはそれほど正義感はないような気がする。自分が変わってきたのかもしれない。

 なんかネガネガなことを書きたいわけでもないし、ちょっと単純にこう言うのもなんだけど、ネットというのはけっこう低比率で出現する攻撃的な変な人を抑制するシステムがあればけっこうきちんと機能するようになるんじゃないか。

 つまり、ネットイナゴみたいなものは別途回避するとしても、そうしたヒステリックな状況のシーズを撒く才能の持ち主を自然に抑制するような情報システムというのはなにかインプルメントできそうな気がする。ブラックリストとかではなくても。

釣られる

 増田はてなブックマーク - こういうのを卑怯って言うんじゃないですかね? 独身女性の皆さん。

 と釣られてみたものの、さて。

 さて、とかいうと、ふと、マジに帰る部分もあるが。

 こいうのって、男女の非対称性かなとも思う。

 それと。

 人っていうのは、まあ、なんでも、命があると生きているものなんで、それはそれというか、なんか、ほのめかしみたいだなごにょごにょ。

 男の場合、歳を重ねる自己嫌悪みたいなのは、まあ、しかたないな、最後は無様にくたばるが必定というのがあるし、で、別にぃ感はある。

 女の場合は、そういかないんじゃないだろうか。自己嫌悪みたいのの振幅がある種の自然の形を取ることが難しいんじゃないだろうか。とはいえ、50代までは女というのはサバイブしている群は元気っぽい。

 中年・老人の自殺という点では、男のほうが滅亡してしまうわけなんだけどな。

 人生、難しい問題はあるな。

 若いっていいな。

ブログとかで嫌われたり好かれたり

 というのは、考えると、微妙。

 人気というのは、好悪のバランスの絶対値かなとも思う。

 つうか文化戦争的な好悪の刺激みたいのがないとそもそも人気にもならんからな。

 嫌われているのは、けっこう安心できる。素直に嫌っているんだろうと思うから。罵倒とか、「ボク/アタシ、この人が嫌いなんです」って大声で言いたいほどなのでせう。そして嫌っている人のインテリジェンスレベルをざっとプレビューするともっと安心できたりする……いやいやそれはないない。

 好かれているほうは……照れるなぁ、ちがう。まあ、それは幻想でしょと思う。

 で、そうだとすると、嫌われているのも幻想なんじゃないかとも思うが、そのあたりはなんか自然にスルーしちゃうところあるな。少なくとも、嫌いが目的で読む人、あら探しというか、ゲシュタポネタ拾いやってる人、理解する気がぜんぜんないのだろうし。

 というか、その「理解」っていうのが難物か。

 まあ、こういう問題というのは考えると、泥沼ですね。そして、考えても、何にもならない。GOGOGO !

ブログで他人を罵倒する人で

 (1) ただ罵倒している人

 (2) 特定の専門領域をもって罵倒している人

 ま、そういう分類もできそうだけど、(1)はまあどうでもいいでしょ、(2)なんだけどディテールと全体像が狂っていることが多い。で、全体像というのは、社会通念とか常識に関わることで、でだ、そもそもそういう感性があれば特定枠から素人を罵倒するわけもないのな(専門家が素人を罵倒したら恥ずかしいだろう普通)。

 つうわけで、なんか、Q.E.D感はあるな。

ふーんというくらいなんだが「島」「村」

 参考⇒I have got some news from ... - 「硫黄島」呼称について

 「読谷村」は、「ソン」なんだよね。

 「檜原村」は、「むら」なんだよね。

 豊見城は……ま、これは違うか。

もうちょっと複雑かも、チップ出すこと

 増田チップ制

要するに「50円やるからその道開けろ」ってことなんだよな。

anond:20070623053349

 というか一種のお仕事。

 1ドル紙幣をポケットに折りたたんでもってないと、イザというときシッコできなかったりする。

増田なんかもう読むのやめようかなと思うことがあるのだけど

 こういうのが読めるものなぁ。

 増田⇒漫喫で「のだめカンタービレ」を一気読みしたら首吊りたくなってきた (´・ω・`)

 特に悔しいのが、主人公カップルがセックスしないってところ。おいらみたいなのが三十になってセックスをしないのはわかる。おいらはもう完全にあきらめている。商売女にすら純潔を保っている。それはおいらがクズ貧乏人だからで、理屈としてもまったく合っている。は欲望を抱く資格がないのだ。

 だけどあの二人はなんなのよ。ルックスがよくて(漫画だけど)金持ちで、才能があって、さらにそれを努力でのばす才能すら持っているじゃないの。彼らには夢がある。将来がある。リスクもあるしチャンスもある。そして、最も妬ましいのは彼らが若いということだ……。なんでセックスしないのよ。

 まあ、俺っちくらいの歳になるといろいろ思うことはあるんだけどね。

おいらは憎むよ、作者を。おいらみたいな人間の存在を無視しやがって、腹のそこから悔しい。悔しくて結局眠れなかった。二度とおいらに真の眠りが訪れることはないだろう。なぜなら、おいらはもう年をとりすぎているから。自分の今までの選択の責任をいやというほど取らされているから。

 いやいや、きっといいこともあるよ。

見なれない寛仁親王関連のリファがあってなんだろと思ったが

 これか⇒三笠宮寛仁さまアルコール依存…7度のがん手術でストレス、不眠:社会:スポーツ報知

 ここ数年はたびたび体調不良を訴えて、東京都内の民間病院や宮内庁病院に数日間の入院を繰り返しており、そのため予定していた公務を直前で取りやめることもあった。今月19日から数日間、宮内庁病院に入院していた。

 そういえば。

 崇仁親王はご健在か。

 ⇒三笠宮崇仁親王 - Wikipedia

 お会いしてお話を伺う機会をちょっとしたきっかけで逸してしまったことが今でも後悔。

ブレアの改宗? まあ、ちょっと驚いたがなんか納得もする

 ⇒Blair set to turn Catholic: reports - ABC News (Australian Broadcasting Corporation)

 ⇒Blairs Catholic Conversion No Surprise (from The Northern Echo)

 まったく理屈なしで言うのだけど、ブレアが改宗したら、私はもっとブレアという人が好きになるような気がする。

あれね、ピラミッド

 クフの中に入ったことがある。いや、なかなか。今では入れないとも聞くけどどうなんでしょ。ちなみに間近でみるとすごい。テトラパックには見えない。

 ⇒国家鮟鱇 - ピラミッドは公共事業だった?

 これは現代人の感覚からはわからないと思う。現代人は、「王」とか「死後」とかそういうものを一応失っているか、幻想を転換しているから。

 ある意味あれよりでかい大仙陵古墳もだが。

 私はあれは、なんかすっとばして言えば、「シニョリッジ」だと思う。いや、すごいすっとばしかただな、我ながらほれぼれするな。で、補足なし、なしだよ、奥さん。

 いやちょっとほのめかし。交易のないところにああいうものはないと思う。

日経 春秋(6/23) : NIKKEI NET:社説・春秋 ニュース

 本人は気取っているつもりなんだろうけど、こういう文章を書いていけないように思う。どういけないか。虹の話から適当に政治・経済の話にこじつける点だ。

米欧とインドブラジルの4者によるWTO交渉が決裂した。だが他の国々の声はどうなのか。4者会合や主要7カ国など、自由貿易の恵みはわずかな国だけで分け合うものではあるまい。世界には“目に見えない”国々が無数にある。4色でも7色でも、儚(はかな)く消える前に虹の周りにも目を凝らし、耳を澄ませたい。

 それを言うために虹の話をする必要はないし、虹は虹だけできちんと書けよ。

 それとこの主張だけど、“目に見えない”国々は無数にはないがそれよりでかい個人や財団がある。そういうことにも目を向けたほうがいいよ。

毎日社説 ヒル氏訪朝 非核化へ日米の連携崩すな

 こりゃダメだわ。ぷっち切れたわ。

 北朝鮮問題で米国が主導的役割を担うのは確かだが、独走は禁物だ。超大国が譲歩を重ねれば、北朝鮮も柔軟姿勢を見せるだろう。だが、それは一時しのぎというものだ。北朝鮮の核問題が解決しない限り、米朝の永続的和解はありえない。今は日本が北朝鮮の直接的な脅威を受けているが、北の核・ミサイル開発の最終的な標的は米国である。

 これが正常人の言い分なら俺はキチガイ上等。

読売社説 国会会期延長 年金記録漏れだけが争点なのか

 大事なのは、参院選に向け、重要政策の選択肢を示す論戦だ。いたずらに混乱劇を演じてはならない。

 なんだかなぁ、読売。

 このプチ修羅場を抜けたら私はもう少し安倍ボクちゃんを評価する。すくなくとも、ボクちゃん呼ばわりはやめようと思うよ。がんばれ、ぼっちゃん、ここが正念場だ。

朝日社説 米代表の訪朝―北朝鮮の行動を注視する

一昨年には北朝鮮の核放棄と米朝・日朝の関係正常化という最終目標を描いた共同声明をまとめた。だが、その後は米朝対話がもつれ、核実験を強行するまで事態は悪くなった。

 日本には、核問題の進展に対して「拉致問題が置き去りになる」との懸念が聞かれるが、それはあたらない。「核」が進めば「拉致」も解決への環境ができていくのではないか。

 情けなくて涙も出なければ怒りもわかない。

朝日社説 asahi.com:朝日新聞社説

 BBCで取り上げられていたのも驚いた。

 ⇒BBC NEWS | Asia-Pacific | Okinawa anger at textbook plans

 この問題はたぶん私は普通の人よりは詳しい。でも、語りたくない。というか、ちょっと語りすぎた。

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 頭がぼーっとするのは暑さのせいが大きいか。

 気力が抜けるときとちょっと無理しているときとが交互にあって、どうも気ぜわしい。またなんとなく人のことが気になっている自分がいる。うまくいえないが、自分の孤独のシンとした部分の意識の核にうまく到達できない。

 とか言っても、なんとなくぼんやりと人々を見ている。少なからぬ人が私より若いのだなと思うと感慨深い。夜の町がこの季節になると美しい。今年の夏はどうなるのだろう。どうするのだろう。もう何年も夏を過ごし、沖縄でもそうしてきたのに、この夏がなにかとても新しい夏ような恐いような感じもする。

antonianantonian 2007/06/23 08:49 ブレアが改宗?
ナニか悪いものでも食ったのか?いいのかブレアそれで?アングリカンの誇りはどうした?
悪人顔の教皇かなんかに騙されてないか?
それともアイルランド問題が視野?
・・・と、思ったら、

・・・奥様の影響でしたか・・・。
朝からびっくりしました。

finalventfinalvent 2007/06/23 09:00 antonianさん、ども。持つべきものはすてきな奥様……。若い頃ヌードモデルをされていたという話は日本では話題にもなりませんね。

bn2islanderbn2islander 2007/06/23 09:43 政権下で社会保障番号を導入して、住基ネットと連携させられたら大したものだと思わざるを得ないですね。

finalventfinalvent 2007/06/23 09:51 bn2islanderさん、ども。政治の結果とかイデオロギーは抜きにして、政治家という存在を見てみたいという興味が先立ちますね、私などは。

himorogihimorogi 2007/06/23 10:27 >釣られる

時をかける少女を見たんです。DVD買ったので。最初の時かけ(筒井)自体は40年代初頭の作品だから、モロに団塊の世代なんだけど、今様のヒロインはチャリ暴ですか。
あと、アニメとはいえこの漫画表現は、どうしても日本人は歌舞伎になっちゃうんだよなぁ、とか。
でも、大林の映画より良かった気分。
私は卒業した高校の隣にずっと住んでるので、50過ぎてもリアル工房とはあんまり距離感感じないんだけど、こういう作品みちゃうと、たとえ彼らの傍に居ても、その渦中には絶対居られないのだなぁ、という寂しさを感じますねぇ。

godmothergodmother 2007/06/23 10:36 あれね、ピラミッド>> ピラミッドが公共事業だったかどうかよりも・・・シニョリッジにすっ飛んでくれたお陰でピタっと焦点がそこに合いましたよ。面白い!前者はピラミッドという文化遺産を残しましたけどね。

finalventfinalvent 2007/06/23 12:49 himorogiさん、ども。私はそれNHKのドラマで最初見たんですよ。隔世の感です。

finalventfinalvent 2007/06/23 12:50 godmotherさん、ども。おお、面白がっていただけると幸いです、ほんと。楽しくgoingです。

PhenaphenPhenaphen 2007/06/23 13:43 おお、懐かしい!私も「時かけ」は、タイム・トラベラーで入りましたよ。あの唇の薄い影のありそなケン・ソゴルに、胸ときめかせたものです。80年代になって、どうも保存テープがNHKにも残っていないらしいと騒がれたのを憶えていますが、その後、一般視聴者の申し出により録画したビデオを基に、最回分の完全な映像を再現したんだそうですね。でも、それも全篇ってわけではないのが、なんとも残念。(なのは私だけかな。)ラベンダーを見る度、あのドラマを思い出したりするわけなんですが。

himorogihimorogi 2007/06/23 14:24 私は「時かけ」を初出の中三コースで立ち読みしてた(でも当時小三)。富島健夫も○○時代の立ち読みで読んでました。
タイムトラベラーというか少年ドラマシリーズは、見よう見ようと思いながらほとんど見逃してましたね。

finalventfinalvent 2007/06/23 16:14 Phenaphenさん、ども。ああ、とか思わず声を突く、いやまったくそ。そして、浅野真弓さん。

finalventfinalvent 2007/06/23 16:15 himorogiさん、ども。ああ、そうなんですか。よかったですよ、NHK。
⇒http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20050706/1120651723

PhenaphenPhenaphen 2007/06/23 17:31 himorogiさん、私も放映時は、小学生でしたよ(って、いちおー言っとこうっと)。それにしても、富島健夫の立ち読みってのも豪快な小学生ですね。私は、友達に借りたら、ちゃんと(?)押入れで隠れて読みましたよ。まあ、今どきのブログのほうが、よっぽど過激に感じる程度の実にソフトな内容だったんですけどね。

hnamihnami 2007/06/23 19:06  昔のNiftyのシスオペ・サブシスを拡大したような、数十人のモデレータが「この人BANしようか」とか相談しあっている世界は、まだちゃんとあって、かなりのクオリティが保たれています。費用対効果とか考え始めるとアレですけど。
 むかしの国際救助隊が大富豪の家族営業であったように、最初の何人かがどうやってつるむか、が今も昔もキーであるような気がします。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/23 19:15 どの辺が中二病に見えるんでしょうかね。
中二病の滑稽さというのは、他者を意識するあまりに中身の無い事柄を行うからで、その滑稽な部分の確実性を担保するには自虐しかないし、ある種興味の幅を広げる機会になるのに、他人に吐く言葉として広まると今現在中二の人間にとってどうなんだろとか思います。永井均だって子供の時から『なぞ私は私なのか』って疑問を抱いていたし、中島義道も云々…と。ネットでの使われ方だと藤村操とかも中二病とかいわれんのかなとか(笑)wikipediaの中二病項目はウケますけどね。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/23 19:18 『なぞ』→『なぜ』

himorogihimorogi 2007/06/23 19:43 Phenaphen さん、「時かけ」の原作は昭和40年に中三コースで連載が始まって高一コースで終了したようです。当時はそこらに貸本屋があったから古本として読んだのかもしれません。タイムトラベラーの放映時は、私は高校受験の年でしたから、TV点けるのが憚られる雰囲気だったのも見損なった一因。
富島健夫を読んだのは、もう小学校の高学年で、こちらは確かに本屋で立ち読みしました(藁。

finalventfinalvent 2007/06/23 19:45 hnamiさん、ども。対話などではモデレーターは必要という時代を普通に私なども見てきたわけで、ブログシーンは多少どうなっていくのかなと思いますね。匿名だと誰でもコメントが書けるというデメリットがどう評価されるべきなのかなど。

finalventfinalvent 2007/06/23 19:47 sakaepikurosuさん、ども。中島義道は中二病的なところがあるかと思います、が、あれだけ書いて、だいぶ人が変わったようにも思います。なにかある種のこうした性格は脳機能に由来するんじゃないかという印象があります。

himorogihimorogi 2007/06/23 19:47 んー、今チェックしたら放映時はもう高校生ですねぇ。あれ?なんで見損なったんだっけ?

PhenaphenPhenaphen 2007/06/23 20:09 えっと、そうだな、けっ、今更ジュニアなんてやってられっかいっ!!でしょうかね?

godmothergodmother 2007/06/23 21:02 そういえば中二病 >> そう言えばずっと前に、ここの「プロフィール」の所で確か視聴覚障害の方の為にか、内容が分かりやすいようにPCの音声で音読してくれていましたよね。アレを聞いた時、Final弁当さんは誰に何を伝えたくてこのブログがあるんだろう?と、自分の心の深いところで何かを感じていました。この記事を読んで、寂しさを感じるのですけど、何かを捜し求めてる叫びの様でもあります。居心地のいいところがあるならそういう場所も何処かにあるのかな?五十路のおっちゃんの叫びは雄叫びとして私の心の支えでもありますよ。

himorogihimorogi 2007/06/23 21:31 Skypeを使わずに電話代を安くする「Skype To Go」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20070620/275302/

それ、公専公・・・。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/24 00:13 脳機能ですか。
少し関連無いかもですが、天然というか、ちょっと一般的な話が通じない、それこそ、ズレてる、みたいな人は何なのかなとか思います。
センスとか言っちゃえばそれまで何ですけど。
自分は、枠組みとは別に、中二病の性質自体は青年期で粗方終わるような気がします。
それはさておき、色んな自分とかビリーミリガンを思い出しました。

finalventfinalvent 2007/06/24 08:29 godmotherさん、ども。ええ、なんか叫んでいる自覚はありますね。

finalventfinalvent 2007/06/24 08:30 himorogiさん、ども。公専公はもう合法ですよね。というか、Skypeとかいっても特にどってことないことのような。

finalventfinalvent 2007/06/24 08:30 sakaepikurosuさん、ども。いやどうもそのズレた人が私のような。

himorogihimorogi 2007/06/24 22:11 公専公は10年位前に合法化してますね。

>というか、Skypeとかいっても特にどってことないことのような。』

Skype が他の IP電話と違うのは「プロプライエタリ」なクローズド規格ということに尽きるのでは。だから他の IP 電話みたいに相性問題気にしなくていい。

相互接続するときはゲートウェイで逃げれば良いだけだし。

greenfluoritegreenfluorite 2007/06/25 01:31 finalventさん、はじめまして。いつも新聞記事に厳しい批判をされておられるので、目にとまり、ときどき読ませていただいております。
私は新聞記者です。私の記事がここで罵倒され、馬鹿にされたこともあります。
finalventさんにお願いがあります。
多くの新聞記者は、己のもてる能力をつくして、一生懸命に、最新の注意を払って、可能な限り取材をして、記事を書いております。ですが、うまく書けることも、書けないこともあります。
記者も人間です。あまりに口汚く、あるいは簡単にひと言でバッサリと、finalventさんに罵られ、批判されると、本当に悲しくなります。記事は、書いた記者の人格そのものに等しいものです。
ご指摘のように国際報道は簡単ではありません。限られた取材コストで世界を客観的、冷静に分析し、首尾一貫した報道を続けるのは至難の業です。間違えることもあります。勉強が足りないこともあります。

それでも多くの記者は謙虚に、建設的な意見を下さる読者の声に耳を傾け、次の取材や執筆に反映させようと考えるものです。ジャーナリズムへの強い思いというものがなければ、このような経済的にも肉体的にも割の合わない仕事は続けられるものではありません。自腹を切って取材し、休日も寝る時間もなく、働いている多くの記者がいます。
ですから、どうか、簡単なひと言で、切り捨てることはなさらないでください。一人の新聞記者からの個人的なお願いです。
記事に対する個人的な好き、嫌いはあるでしょう。ですが、それを基にした意見は結構ですが、罵倒はやめていただけないでしょうか。記事のどこが、どう悪いのか。
ご自分のご意見を書いていただけか、新聞社にお伝えいただければ、私達のようなオールド・メディアと、ネットのブロガーの方々の間で、建設的な議論が成り立つように思います。

himorogihimorogi 2007/06/25 07:33 気持ちは判るけど、プロは結果が全て。
マスコミだって容赦なくプロを批判するじゃないですか、アマチュア以前のくせに。

finalventfinalvent 2007/06/25 22:34 greenfluoriteさん、ども。了解しました。できるだけ罵倒のような言葉遣いは慎むようにします。ただ、認識の違いなどは端的に記すことはあるかもしれませんし、時間の都合などで短く切り上げることもあるかもしれません。それでも、記者さんに不要な不快を与えないように配慮したいと思います。
 それと、過去に私がその記事を罵倒したことについて、greenfluoriteさんに申し訳なく思います。すみませんでした。

finalventfinalvent 2007/06/25 22:37 himorogiさん、ども。ええ、そう思っていたのですけど、ここは私が改心すべき時期に思えます。

2007-06-22

ブログサバト

 あと、ぶくまを少し。

 それと、feecleにはいます。

 ちょっと気掛かりなこともぱらぱらとあるけど、病める人たち、疲れた人に、やすらぎのあらんことを。

日経 春秋(6/22) : NIKKEI NET:社説・春秋 ニュース

柚湯(ゆずゆ)に入ったりカボチャや小豆(あずき)粥(がゆ)を食べたりする冬至と違って、これといった夏至の習わしがないのは、縁起の良い一陽来復とは対極にある日だからか。

 では、ボケたツッコミでも。

 ⇒聖ヨハネ祭と Midsummer Day

日経社説 国民に役立つ社会保障番号の制度設計を

 なんだこの提灯?

現在、国民を対象に政府がふっている番号制度には基礎年金番号と住民票コードがある。どちらかの機能を充実させて社会保障番号として使うことは検討課題だが、新たな番号制度の創設を含め、低コストで効率的な方法を研究すべきである。

 住基ネットをぼかしているのもなんだかな。

 この話、どうも変だ。

 ⇒極東ブログ: 年金騒ぎと住基ネット

毎日社説 イラク派遣延長 いよいよ出口戦略を考えよ

 現在の米国イラク戦略の結果が出るのは9月。それまでは、いくつかのシナリオを用意すべきだが、世論の問題のレベルではない。

曇天

 金曜日か。速かったな。

 寝汗をかく。夏だなと思うが、外は曇天。雨が降りそうだ。

 明日は慰霊の日か、と、苦笑する自分がいる。苦笑というのもなと思いつつ、なんとも言えない。あるいは言うべきは言った。自分と沖縄の関わりは……とここでまた言葉につまる。

 いろいろ立て込んでくる感じがする。世の中はちょっと浮かれた感じがする。ま、そんなところか。

kumakuma1967kumakuma1967 2007/06/22 11:15 お邪魔いたします。夏至について。
著者?↓
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211933037
夏至から半夏生までは「虫送り」の季節ですが、農家に育ってないのでよく知りません。
農事暦としては半夏生の方が存在感がありそうですね。半夏生は「毒の雨が降るから野菜喰うな」なんて縛りがあった日で、宮中でも夏至過ぎに夏越の祓いをするし、「陽だからめでたい」とか言えるのは冷蔵庫と下水が普及してボケてるからじゃないですかね。(wikipediaの夏越とか半夏生とか参照しました)
個人的には夏至の頃「枇杷などの水菓子を食する」家庭でした。

finalventfinalvent 2007/06/23 09:01 kumakuma1967さん、ども。雨期で空が見えないからかなともちょっと思いましたが。日本書紀とかその観点で見直してみてもいいかもですね。

2007-06-21

今日の聖書はちゃんと嫁てば

 ⇒404 Blog Not Found:受け取ることの重要性

 そしてカインはアベルを殺し、ヤハウェはカインを追放するのは信者でなくともご存じのとおり。アベルは命を失い、カインはヤハウェの恩寵を失い、そしてヤハウェはカインもアベルも失う。この件で(教訓はさておき)何かを得たものは、誰もいません。

 ヲイヲイと。

 でもま、そんなもんか、と。

老人から若者への2つのアドバイス

 1. 身体はだれもがそれなりに老いていくけど、心の老かたは、とても、難しい。

 2. 歳をとると比較的簡単にわかることが若い人には通じない。例えば、↑とか。

ブログに漬かれたらどうするか?

1 読者の期待の基準を下げよう

 どうせ若いやつらはなんかまともなイタリア料理食ったことないんだから、調理用トマトなんか知るわけねーべ、ってことはだ、これが旨いっていうのプレゼンすればいいだけじゃん。

2 タイトルから発想しよう

 自分が読みたいタイトルから考えよう、例えば、俺っちだと

  鉄人28号が19年ぶりに目覚める…「19年間、感覚も記憶もすべてニコポンスキーだった。周りの出来事ぜんぶ分かっていた」と証言 なななんと驚天動地

3 締め切り時間を設定しよう

 5時までにエントリ書いてアップしとけば残業無し。

4 集中力を妨げるものは無視しましょう

 はてぶとか。

5 夜よりも早朝に書こう

 finalventとかcatfrogを見習えってば。

6 たまには5年くらい休みましょう

 それがいい。

7 アクセス解析を無視しよう

 そんなのどうでもいいじゃん。

8 洒落のわかる友達に相談しよう

 ねえ、マルコォ、カルーアってお酒なのぉ?

9 思いついたアイディアを逃さないようにしよう

 RSSフィードTwitterに流して自動的にはてぶるPerlスクリプトとか。

10 過呼吸を忘れずに

 なぜかふらっと失神ス

そういえば「嫁」議論のおまけ

 パートナーという言い方を最近聞かない。現代英語でpartnerというとどういう響きだろうか。もちろん状況によって違うし、「出資者」とかね、ただ、夫や妻の意味で使うシーンはあるだろうか。金銭面かな。

 better halfは冗談的なシーン(かみさんあんがとよ的)以外では聞いたことがない。

 夫婦ではないが、my manといのも変な英語だな。兄弟なのか。語源はなんだろ。

 「連れ合い」というのはなんかの小説で流行った戦後の言葉ではないかな。

 現代中国語では表向きは「愛人」のはずだが、実際は使われてないのでは。歌謡曲などの「情人」は日本語の愛人か。韓国語の「愛人」は恋人か。韓国の恋愛っていうのはきっついなぁ。

日経社説 パレスチナ分裂、和平外交の再構築急げ(6/21)

 ブッシュ米大統領とオルメルト・イスラエル首相はアッバス議長を全面支援することで一致し、米政府は昨年春から凍結してきた自治政府への直接援助を再開する。ファタハ側へのテコ入れによって、ハマス支配下のガザを孤立させ、ハマスの弱体化を進める狙いだが、米国やイスラエルの思惑とは逆の展開になる可能性も小さくないだろう。

 依然難しい。ニューズウィークはブッシュ政権のミスみたいな論調で飛ばしていた。まあ、私などもハマスに政治参加をさせよの主張だったので、それに近いには近い。ただ、この問題、イランサウジも絡み出すはず。アラブ諸国の思惑としてはどうなんだろうか。

産経社説 【主張】教育3法成立 問われる教委の存在意義

 同意するしないは別として他紙より読みやすい。

朝日社説 温泉の爆発―都会の「天然」に潜む危険

 この事件はよくわからない。被害者がそれでも少ないほうだったのかなというのと、これまで類似事件はなかったのかとも思う。

 十二社温泉にはよく行ったものだった。クリスマスの夜とか大晦日とか、さびれた感じがよかったな。

朝日社説 国会延長―強引さが目にあまる

 今週で終わるはずだった通常国会の会期が、12日間延長されることになった。これにより参院選挙の日程が1週間ずれ込み、7月29日投票となる。

 全国の自治体で投票日をPRするポスターや横断幕を作り直したり、立候補予定者が集会の会場を押さえ直したり。てんやわんやの混乱が広がっている。

 ちょっと笑える。安倍ボクちゃんやるのかなと思ったら、やったね。

 あまり言うのもなんだけど、政治のシカケ屋さんたちの動作が鈍くなった部分と速くなった部分があり、総じて動員は遅く、トチリ側は早い。そのズレでそれほどうまい効果が出なくなりつつあるのかも。

曇天

 feecleに嵌ってから携帯のパケががくっと上がった。のでプランを見直す。なるほど、こうして消費が増えるものかと思う。

 いろいろ見直ししなければいけないことがあるが、以前より決断速度が遅くなったなと思い、これも歳かも思いプチ愕然。

 沖縄で暮らしていたころは暑さが好きだったが、最近はそうでもなくなった。東京体質に戻ったというよりこれも体力の問題かな。なんとなく脳にかける負荷が多くなっているようにも思う。無意識に情報をいろいろ処理しているようだ。

 昨日はばてて水泳休む。今日は泳げるかな。無理はしない。水泳以外のなにか持久力とかのエキササイズをしたほうがいいかも。ヨガとかよりも。それと、ちょっと別の方向から身体意識の調整が必要かもしれないなとも思う、というのは、水泳のせいか、いろいろ身体の使い方が変わった。ざっくりいうと胴体のマスの部分をより意識するようになった。(ちなみに太ってないですけどね。)

 世間の話題やネットの話題にあまり関心がなくなりつつある。いいことなのかもしれない。面白いという部分に人のざわめきがあり、どうしても集団催眠的な何かが発生しているようだ。

 イチジクが美味しい季節だな。水ナスの季節もそろそろか、すでにか。

godmothergodmother 2007/06/21 10:04 産経社説 【主張】教育3法成立 問われる教委の存在意義>> 私も賛否は別として、文章を読む時、「書かれている文章が事実」と勘違いする向きがあしますね。私が良く陥るのは『事務方まかせの体制を改め、教委が識見を持って学校活動を点検評価する責務などを明確化した』のような文章をそのまま信じてしまうこと。教委が識見を持って評価出来る訳がないです。現場のことを知らないお偉いさんが年に一回くらい学校を視察して点検評価し(昨年度一回仮実施済み)「現状把握済み」の報告は、嘘ではないけど事実とも違う。教委の責任をそこまで広げるというのは、どの道器が小さ過ぎです。教育再生の責任をまたうたっているし。私は右でも左でもない、リベラルな立場のつもりですが、なんとなく胡散臭さを感じてなりません。って、私だけでしょうか。

ApploodApplood 2007/06/21 12:37 現内閣の公務員制度改革法案は、まぁ現実的かなと思います。天下り一掃とか一昼夜にできるわけがない。
朝日は官僚の意向を受けて、全否定することによって、天下り存続に助力してるとか?

finalventfinalvent 2007/06/21 13:05 godmotherさん、ども。教育は現場がある意味ですべてだから議論だけからは難しいです。地方と東京郊外というかずいぶん違うような気がします。ので、分けて考えたほうがいいのかな、とも。

finalventfinalvent 2007/06/21 13:05 Apploodさん、ども。私が知ってる範囲だけど、朝日も実は天下りみたいなことやってんですよね。というか、メディア関係はどこも同じ。

tom-kuritom-kuri 2007/06/21 18:15 finalventさん、
> 聖書はちゃんと嫁てば
 そそ。わたくしも思わずコメしそうになりました。
 最低でもスタインベックの「エデンの東」嫁と(笑)
「道は拓かれている」んですよと。答えあるじゃん!

finalventfinalvent 2007/06/21 18:19 tom-kuriさん、ども。いや、思わずズンと引いたので脊髄反射してしまいましたが、まあ、あんな感じなんでしょう。

bow-whobow-who 2007/06/21 19:26 リンク先読みました。
あれが標準だとしたらヒドイものです。
(もちろん、キリスト教界が聖書の内容について一般に伝える努力の貧しさが。。。)
聖書をちゃんと読ませろと

finalventfinalvent 2007/06/21 19:45 bow-whoさん、ども。ええ、その努力が問われているかもです。むずかしいですね。

finalventfinalvent 2007/06/23 09:02 spontaさん、ども。そういう側面はありますね。

2007-06-20

ほいじゃ、「妻」

 増田CALL⇒

 「妻」というのは自分の配偶者に対してのみ使う、一種の謙譲語みたいなものかと思ってた。

 「嫁」という表現はもっと広くて砕けた表現だよね。「うちの嫁がさ(ry」「あんたんとこの嫁さんって(ry」って感じの。

 finalvent翁が解説してくれたらいいなー。

 これがけっこう難しい問題もあるのだけど、「finalvent翁」くらいの歴史感覚をざらっと言うと。

 まず、「妻」なんだけど、

 ⇒夏目漱石 こころ

  私は私がどうしてここへ来たかを先生に話した。

「誰(だれ)の墓へ参りに行ったか、妻(さい)がその人の名をいいましたか」

「いいえ、そんな事は何もおっしゃいません」

 というのがある。「つま」じゃなくて「さい」と読ませている。

 この作品の時代だけど。

 ⇒こころ (小説) - Wikipedia

『こゝろ』は、夏目漱石の長編小説。1914年(大正3年)4月20日から8月11日まで、「朝日新聞」で「心 先生の遺書」)として連載。岩波書店より刊行。

 描かれた内容は明治天皇崩御があるので、明治時代末期としていいし、読まれたのは大正リベラリズムというかそんな感じ。読者層はある意味で中間階級的であるけど、漱石はある程度大衆を意識している。新聞小説でもあったし、推理小説的な娯楽性も意識している。

 まあ、ある程度知的な階層では、「妻(さい)」はあったと思う。たぶん、これは、現代語の「正妻」との関連にあるだろう。「細君」という言い方もある(「妻君」もある)。友達の「奥さん」とか指す語感があるが、辞書では解説がまばら。これはもう死語だろう。

 はてな世代だと「後妻」とかいう言葉の語感もないかもしれない。が、この言葉はけっこう戦争の響きがある。

 ちなみに、「僕(ぼく)」も当然ある。

私は二度同じ言葉を繰り返しました。そうして、その言葉がKの上にどう影響するかを見詰めていました。

「馬鹿だ」とやがてKが答えました。「僕は馬鹿だ」

 漱石が読まれる時代は、ある意味で、現代よりもリベラルな感性を持つ人が多く、昭和初期もこれが続くが、次第に軍靴の音が聞こえるの時代になってくる。その頃、配偶者をなんて呼んだかは当時の大衆小説などにあたらないととは思う。

 というか、「妻(さい)」が「妻(つま)」にいつ変わるか。

 糟糠の妻、新妻という言い方もあるし、妻(つま)自体は古事記にもある。ただ、古語の用例とやや意味が違う点もある。総じて、「妻(つま)」は江戸時代以降からずっとあるにはあるのだろうが、さて、男が配偶者を「妻(つま)」と呼ぶかはよくわからない。「奥」は江戸時代からありそう。「奥様」の広まりの時代はよくわからないが、戦前まで家のある家庭だと切り盛りに雇い人がいたのが普通。そのあたりの語か。

 妻(つま)といえば、お座敷小唄にこうある。

    好きで好きで 大好きで

    死ぬ程好きな お方でも

    妻という字にゃ 勝てやせぬ

    泣いて別れた 河原町

 「妻(つま)」があるが、これは戦後だろうか。戦前の語感はありそう。

 ついでに、「令閨」、「令室」は死語。「(お)内儀」も死語。ちなみに「良人」も死語。

 話が妻ンなくなりそうなので進める。

 私の父の世代というか、今、よぼよぼしている老人たちは、若い頃「ワイフ」とか言っていた。げ、とか思うとしたらこれが時代感覚がない。GHQ世代なんだよ。老人が古いとか思っていると大間違いで、今の老人たちのセンスの一部はけっこうアメリカーン。

 「妻(つま)」とかいうのが照れるというか恥ずかしいような気風があったようだ。いまでこそ真性爺ぃの五木寛之(私の父の世代より下、戦後世代の始め)もまだぶいぶい言ってころのエッセイでは妻をどう呼ぶか悩んで「配偶者」とかベタな洒落で書いている。この含羞みたいなものがあった。

 全共闘世代とかは「おさな妻」とかあった。「妻」がちょっとHっぽい響きがあったのだろう。ただ、愛妻に現代のようなべたにエロな響きはない。っていうか、どうなってんだ日本語。

 「うちの女房がね」「うちのかみさんが(懐かしのコロンボ)」とかも並行してある。たぶんでも死語になったのは「やまのかみ」でしょう。この語感があるのは、私の世代が最後か。

 「嫁」というのは、私の世代では配偶者を指さない。婚礼や結婚の関係性で言う、はず。つまり、姑が「うちの嫁はぁ」とかいう文脈。

 余談だが、沖縄では、トゥジという言葉がある。解説は長くなるので略。

 いつ頃から配偶者をふざけて「嫁」とか呼ぶかなのだが、私の青春時代、30代にはない。90年代以降の用例だろうと思う。追記関西ではけっこう以前から、「うちのよめはん」とか言うので、その系統で「嫁」があるのかもしれない。

 長くなりすぎ。

 ああ、私の上の世代から私の世代では(ただし一部全共闘世代を除く)、では、妻のことを他者には「家内」と呼ぶ。だいたいこの用例の位置に現代語の「嫁」が近い。ただ、「家内」はフォーマルな響きもある。夫のほうは「主人」あるいは、名字を呼ぶ。

 この名字を呼ぶというのがなかなかえぐいものだよ。「中村はあれで因業なところがありましてね」とか、中村美子が言うみたいな。

勉強的増田

 ⇒膾炙

今日のお勉強

膾炙=カイシャ

なますとあぶり肉とが万人に好まれるように

広く世間一般に好まれ知れわたること。

また一つかしこくなったもーん。

 増田的ツッコミ⇒http://anond.hatelabo.jp/20070620162154

それ、ちょっと前まで「ひきゅう」だと思ってたんだよな。

膾炙→檜灸

 ほいで増田⇒http://anond.hatelabo.jp/20070620162154

どっかの大学の入試受けた時の穴埋め問題で

人口に□□する

って選択肢問題で出たな。膾炙

知らない言葉出て来てすっごい悔しく思い今でも覚えてる

 つうわけで、「人口に膾炙する」という成句で覚えるほうがいい。

 詳しくは、広辞苑より。

[虎堂録・林嵩、周朴詩集序](なますやあぶり肉がだれにも美味に感ぜられるように)広く人々の口の端にのぼってもてはやされる。

 ちなみに極東ブログ的用例⇒人口に膾炙 - Google 検索

 さらに。

 「人口に膾炙する」なんて入試問題とかブログとかギャグで使う言い回しで、知っていてもそんなもの普通の社会人が使うもんじゃない。というか、この成句はそれなりの文脈がないとおかしくなるし、そんな文脈を現代人が書くことはほとんどない。

 ATOKを使うと、注意マークが出て、「広く世間に知れ渡る」に言い換えなとなる。ただ、その言い換えだと、口に甘いというか好まれるという語感が抜けるには抜ける。

はてなブックマーカーに50の質問」に答えない

 めんどっちいんだもの。

以前エホバの証人の人が仕事の同僚だった

 平信徒を任じている人で、私がどういっても、そうですかみたいなものだった。それほどエホバの証人の信仰が深いわけでもなく、まあ、もうするしか生きられませんしみたいな感じだった。奥さんが熱心な信者だったようだ。

 そういえば、取引先に数名いて、そこのシャッチョさんと、どうなのと話したら、別に問題ないよ、仕事はきちんとしているし、みたいにさらっとしていた。

 米国でもモルモンは正直・働き者みたいだし、まあ、そういうもんじゃないかな。

 参考増田オレはエホバの証人

ちょっとこれもメモ、増田

 増田⇒人が神を作った

 人並みに悩みを抱えてるんだけど、聖書の一章節に救いを見つけ出してる。

 それが正しいか間違いは宗教ではなく自分自身の選択によるものだから、そこから生まれる悩みなんかとも戦ってる感じ。

 まるでカラマーゾフの兄弟の『大審問官』のような葛藤。

 宗教的な理由で婚前セックスはできなかったんだが、それがない熱い恋愛もあるんだなあって。

 僕自身の考え方は「人が神を作った」の一言、だから聖書も最古の書物として読むしどの宗教にも入らない。

 彼女達はそれを理解してくれて、だからこそ僕みたいな男に興味を持ってくれたのだと思う。

 いわゆるクリスチャンの人がどのくらい聖書を理解しているか、というのは聖書の理解とは何かにかかっていて、まあ、普通は問題にしちゃいけない。ちょっと私も過去にいけなかったかなと思うことがあるけど、クリスチャンじゃない人だったら、聖書のこういうのは常識で知っておいたほうがいいよとかは言うが、クリスチャンの人にそういうのはちょっとためらう。私はただの聖書オタでしかないのだし。

 ただ、その信者たちの生き様と聖書にはなにかねじれのようなものもあるようには思うし、そのねじれは世代を超えて出そうでもある。

 で、と。

 日本人は、人が神を作った、という。そう言わないとトンデモ扱いもされる。しかし、常識人であれ、自分の人格の由来というのはわからないものだ。遺伝と環境でしょとかとりあえず言う。親の資質を継いでいるのは確かだし、環境とか時代の影響はもちろんうける。しかし、実際の自分の人格のコアにあるものは、なにか奇妙なもので、運命というか天分というか、なにかしら被造的なものも感じられる。ああ、己の人生というのはなぜこうなったのかというと不運だけを責められるものでもない、そういう選択を自分で引き受けるようなある種の従順さというか天命のようなものに折れるなにかがある。

 まあ、そのあたりが、神が人を作ったという意味でもあるように思うが。

産経社説 【主張】骨太の方針 改革の指針たり得るのか

 別に産経と限らないのだが、骨太への批判がよくわからない。小泉流のわかりやすい政治が良かったということだろうか。しかし、日本の規模の国家の政治は本質的に複雑なものだと思うが。

読売社説 エレベーター こんなずさん点検では不安だ

 よくわからないが点検の問題なのか。スケールが大きいと生じる普通の事態ではないのか。もっともそれが普通でいいわけはないので、点検がというループになるが。

朝日社説 パレスチナ―分裂より和解への努力を

 構図が違っているようにも思うが、どう違うのかというのをくっきりと語ることは難しい。

 ハマスは、イスラエルとの和平を目指したオスロ合意を受け入れず、イスラエルの存在も認めようとしない。それが政権を握ってしまったことへの、米欧などのいら立ちは理解できる。

 だが、彼らが民主的な選挙で勝利したことも忘れてはならない。ファタハが敗れたのは、援助の私物化といった腐敗が目に余り、人々の信頼を失ったからだ。

 それはハマスの政権ができるまでのことであって、民衆がハマス支持というわけでもない。むしろ問題の根にあるのは財政の問題つまり支援のカネだろうとは思う。

 まあ、難しいというか、すっきりとした読みができない。もともとアラファトの時ですらそうなのだが。

晴れ、曇りになるらしい

 雨にはならなさそう。蒸し暑くなるだろう。

 明け方の夢。夢の中の私は、千葉なのか島根県なのか四国なのか閑散としたそして古い民家のに、「妻」と暮らしている。妻がいるというのがわかるのだが、相貌はわからない。妻に対してどういういきさつを持っているのかもわからず、その設定に夢のなかの私が迷っている。妻なのだから性的な関係がありそうなものだが、そういう記憶もなく、閉ざされた閑散とした和風の部屋に二人じっとしている。漱石の門のような世界でもある。

 妻が、「あの私、子供のことが気になりますから、出かけてきます」と言う。

 私は、内心、え?子供、子供って、君の子供?と動揺しながらそれを抑えて、「ああ、行っておいで」と答える。立ち上がって、ガラス戸の向こうの、海の空を見ると暗雲があり近づいている。「雨になるかもしれないよ」と私は妻に語る。

 「嵐になるかしら」と彼女は横を向いたまま言う。白いブラウスのようなようなものを着て、女座りというかしている。静物のようで人の感じがしない。

 「僕も一緒に行こうか」と答える自分に驚いている。

 それから二人でねじれたような静かな町並みをしばらく歩いて、改札に人もいないような駅に来る。初夏の季節だ。煙が木の柱に染みたような臭いがする。切符の売り場もない。

 しばらくすると、私たちは小さな、江ノ電のような電車に乗り並んで座る。向こう側車窓に切り通しようなものが見えたりするのだが、いく駅か過ぎると、妻がなにげなく、「あら、兄が」と言う。視線を向けたさきに小太りの、歳は私くらいいっているがヤクザの下っ端のような男がむっつりと憂鬱げに腕を組んでいる。私たちのことには気がつかない。「兄さんったら」と妻はほほほほと口を手で隠すように笑う。私はどういう事態なのかわからないのだが、いつのまにか兄はいない。

 電車が急停止する。事故ということらしい。客たちが降りて電車の前方にいくと、細い鉄道が水たまりに埋まっている。豪雨の結果らしい。

 「困ったね」と私は妻に言う。「困りましたね」と妻は困ってもなさそうに答える。

 老婆が数名やってきて、「泊まっていきなさい」と言うので、ついていくと、先ほどまでいたような民家の二階に通される。

tennteketennteke 2007/06/20 10:52 おはようございます。

>>日本人は、人が神を作った、という。そう言わないとトンデモ扱いもされる。
「歴史知フェティシズム」という本で、民俗学の手法で日本の信仰を調べた著者が
日本人は信じたい、縋りたいという気持ちが高じて神様(神像とか仏像とか)を作り、御利益がないと躊躇無く捨てたりする、ということを書いてました。
好きな子が現れて恋愛する気持ちと、恋愛感情に恋い焦がれて手近な異性にモーションかけるのと似てるかなーと読みました。

そういえば異端審問が激しかった頃には聖書の解釈に「正解」があったんですよね?
教会内部で昇級にまつわる筆記試験とかあったんでしょうか。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/20 12:20 エホバもS学会もですが、それらの信者の方々との付き合い方というか構えてしまうとこがあります。エハラーとかなら一過性もあって組織的じゃないですしね。
しかし、知らなかったのですが、この輸血問題ってのは難しいです。

itfitf 2007/06/20 13:15 いやいや「神なんか存在しない、人が創ったんだよ」ではなく「神が存在しないのは当たり前として、じゃあ創れるのかって言ったら創れもしないわけで(人は世界をシミュレートできない)」。つまり創造論が何の説得力もないのは当たり前だけど、進化論で納得できるのかって言ったら納得できないからこじれてる訳で(神を説明に置き換えられない)。宗教は信じないが信じる事は良いというのも・・・。信じることは広義の宗教ではないかと。その辺をどう処理してるのかがさっぱりわからない。

finalventfinalvent 2007/06/20 13:40 tenntekeさん、ども。ええ、解釈権は教皇のみだったはずです。筆記試験はないかと思いますが、常に異端が神学的に問われるわけです。まあ、他派から見るといろいろ言いたいことはあるのでしょうが。

finalventfinalvent 2007/06/20 13:41 sakaepikurosuさん、ども。宗教かどうかというのは日本の場合は家に組み込まれるかでしょうか。新聞やNHKと同じで戸が起点になると強い。輸血問題は子供の場合は親権の抑制でしょうね。

finalventfinalvent 2007/06/20 13:42 itfさん、ども。ぶっちゃけて言うと創造論ってメタファなんで、それにむかってトンデモとか似非科学とかベタなレベルの批判するのって頭悪すぎですよ。

saihousaihou 2007/06/20 14:04 知り合いにエホバの証人の方がいて、個人的にとてもよくしていただいて以来、彼女の信仰する宗教についても否定的なことが言いづらくなりました。(別にその人が聞いているわけでもないのに。)
お子さんたちは同じ信仰を持っていましたが、ご主人はそうではなかったようで、その人の置かれた状況によってはそういうことも別にごく普通のこととして可能なのだな、と思った覚えがあります。
勧誘らしきものも受けたことはありますが、「かくかくしかじかなのでお断りさせてください」ときちんと説明したら、それ以上の勧誘はありませんでした。
米国では(日本ほどには)カルトとして見なされていないようです。協会とは関係ない、わりと大きな病院の待合スペースにパンフレットが置いてあるのを見て、私はびっくりしたのですが、その地域(バイブル・ベルトの一部)ではごく普通のことと受け止められているようでした。
ただ、他の宗派の人にちょっと突っ込んで話を聞くと「モルモン教徒(一夫多妻)とエホバの証人(輸血拒否)は教義がちょっとおかしい」という意見(とかその場の雰囲気とか)が出ることも。「特殊」以上「カルト」未満、とりあえずそれ以上の判断は保留−というか単に、他の人の権利を侵さない限り個人の信仰として持つ分には構わない−といった受け止め方をしているのかもしれません。
モルモン教、といえば、昔読んだ『心臓を貫かれて』の衝撃が忘れられませんが、昨年始めごろからHBOでは”Big Love”という、モルモン教徒の家族を主人公にした、コメディ色の強いドラマが始まってとても面白そう(そしてキャストも豪華)なのですが、観る機会がありません。
http://www.hbo.com/biglove/index.html

namgennamgen 2007/06/20 16:51 >晴れ、曇りになるらしい
こんにちは。グフグフと妻が言うのかと思ってドキドキしましたよ。
不条理とシュールが混沌と混じり合った風景で最後にループしたところで、漱石というよりも久しぶりにつげ義春なんかを思い浮かべ、氏に1票。

finalventfinalvent 2007/06/20 17:04 saihouさん、ども。「他の人の権利を侵さない限り個人の信仰として持つ分には構わない」という感じがしますね。ただ、相手が異国人とか異文化人になると、アンバランスになったりする気がします。モルモンの人たちはサプリメントとかも作るのが上手だったりします。

finalventfinalvent 2007/06/20 17:05 namgenさん、ども。本人にも不思議な夢でした。

mtfyfmtfyf 2007/06/20 18:24 うーん、というか「神」という言葉を使うから混乱するので、「天」という言葉を使えば全く違和感なく受け入れられると思うんですけど。もちろん同じ意味ではありませんが。キリスト教が日本に入ってきた時、当初は「敬天教」と称していたようですし。「天に恥じない生き方をしろ!」とか「お前の運命は天から与えられたものだ」とか言われれば、普通の日本人はすんなり受け入れるのでは?今の若い人はそうじゃないかな?とにかく「神」なんて日本人には理解不能な概念で、一部の人を除いては、そんなものに関わる必要はないと思います(笑)。

finalventfinalvent 2007/06/20 19:47 mtfyfさん、ども。福沢諭吉は「天」としてました。あのれいの「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」には実は造物主の意味があります。

paburockpaburock 2007/06/20 21:59 はじめまして、こんばんは。
mtfyfさんの仰っていることと関係するようなしないようなことですが、私は「神」よりも「天」よりも「主」という単語に魅力?を感じます(キリスト教・ユダヤ教限定になってしまいますが)。
「神」と言うよりも「主」と言った方が、変な話かもしれませんが、恍惚のようなものを感じるようにも思います。
自分自身は洗礼も受けてないし、ミサに行ったり、またクリスチャンの方と深い付き合いがあるわけでもないので全くの外部の人間としての感覚でしかないのですけれども。

himorogihimorogi 2007/06/20 22:21 オクサン、カミサンがヨメサンに変わった感じがしましたね。
団塊の世代より上だとカミサンで団塊辺りからヨメサンが主流になった感じがする。
イエが空虚になって、カミサン、オクサンがヨメサン、つまり婚姻関係だけを指す呼び方がメインになったんじゃないかな。

himorogihimorogi 2007/06/20 22:28 Wikipediaによると、福沢の「天」は単に米独立宣言の引用で、福沢の「天」観ではないみたいですが。

finalventfinalvent 2007/06/20 22:34 paburockさん、ども。「主」はなんとなく中国語のような感じがします。また、昔はこれべたに「ぬし」と読んでいたのではないかとも。

finalventfinalvent 2007/06/20 22:35 himorogiさん、ども。ああ、関西では「よめはん」がありましたね。追記しました。あと、福沢の「天」ですがれいの「天は人の上に」はそうですが、他書では造物主的でした。

yukattiyukatti 2007/06/20 23:01 漫才のいとしこいしは「妻」(サイ)を使ってましたよね。
それと、まったくうろ覚えで違うかもしれませんが、四コマ漫画のほうのサザエさんで波平とかが「サイ」(妻)を使っていたような……。子供ごころに不思議に思ったので。そういう意味では、子供の頃、サザエさんとのらくろで「少し古い言葉」をいろいろ学習しました。

yukattiyukatti 2007/06/20 23:16 谷崎は『細雪』でごりょんさん、こいさん、とかを除けば、「家内」「奥さん」を使わせてました。設定としては阪神間のハイカラ市民たち。

antonianantonian 2007/06/21 00:34 昔は「天主」と言っておったようです。「てんしゅのおんははせいまりあ」などと祈ったりしてましたね。
んでカトリックの名称はついこないだまで「天主公教会」でございました。

中国語聖書では「神」つかってますね。
中国語の聖書のlogosの訳が「道」なのがなんだかいいと思う。

エホバさんはうちにもタマにいらっしゃいますが、カトリックは彼らの布教対象だったりするらしいのです。堕落したカトリックを回心させるのはよいことだと思うらしいです。
「あたしゃ、フランシスコ会第三会員ですよ」と答えると帰ります。修道女かなんかと間違えるらしい。逆布教されると怖いと思うのかもです。しないですよ。「新世界訳持ってます」というと悦びます。
信仰的に素朴な人たちなんですよね。素朴に生きるアーミッシュとどこが違うのかとも思う事があります。アメリカではカルト認定されないのは、そういう伝統の土壌があるからなんでしょうね。

子供の輸血問題はたしかに子供という個の問題に関わりますね。

godmothergodmother 2007/06/21 07:34 ほいじゃ、「妻」>> おはようございます。ご自身で長いと仰るとおり長いのですが、面白くてついつい引き込まれました。male chauvinismの方へ解説が進むのかと少しワクワクしました。そっちに行きませんでしたね。妻の立場でも同じで、私の記事では「夫」と表現していますが、私よりも年代の上の方で、チョッとインテリっぽいご婦人達は夫の姓を使いますよね。一方「主人」と、口語的には使い慣れていますけど、語意からするとわざわざ謙るのか〜?と違和感もあります。チョッと立ち止まって考えてみると、日本語はその時代の言葉として色々な意味を持ち歴史と共にあるんですよね。やたらに使えませんね。
 時々記事を拝見していました。final弁当さんの話題性が、私の硬くなりつつ脳みそをほぐしてくれます。

finalventfinalvent 2007/06/21 08:30 yukattiさん、ども。「サイというてもちゃいまんがな」でしたっけ。2000年あたりからある種、ハイカラが終わったような印象はありますね。いわゆる右派的というか国家愛的な人たちがハイカラ文化をよくわかってないんだろうな、みたいな。ちょっと話が逸れてしまいましたが。

finalventfinalvent 2007/06/21 08:34 antonianさん、ども。中国語で「神」ですか、ほぇ、というかそれは現代中国語なんでしょうね(たぶん二本の影響)。明治時代のころのキリスト教はどうも中国語訳にも影響あるみたいです。雅歌とか。「新世界訳」は面白いですね。詳細に見ると必ずしもギリシア語にあってないのですが。がというのは、他の聖書との読みの違いが面白いです。

finalventfinalvent 2007/06/21 08:37 godmotherさん、ども。私より上のお歳でしょうか、いえ、質問ではなく、いずれ近い年代かなと。そういう人が少しずつ増えると、はてなも少し風通しがよくなるかな、とも。言葉の歴史というのは身近な人々の語感や情感の歴史なんですね。そのいとおしさというのは、少しずつ自分のなかに死者を抱えていくことかな、とも(死者へのいとおしさ)。と同時に、はてなの主要な世代のような言語活動のエネルギーがまた言語が生きているということでもありますね。

synonymoussynonymous 2007/06/21 09:49 夫を苗字で呼ぶってのは、良家やインテリ一家の60歳台以上って感じがします。それより若い人がこの言い回しをするときは、これは本当にえぐい事態を暗示するように思います。

itfitf 2007/06/21 10:00 神を信じたい人にとって、メタファーという考え方は信じたい人を擁護するどころか障害になる。私は単に神を信じたい。

finalventfinalvent 2007/06/21 13:08 synonymousさん、ども。苗字というより、家の所属関係なんでしょうね。若い人はこういう世界からだいぶ解放されましたね。

finalventfinalvent 2007/06/21 13:08 itfさん、ども。まあ、いろいろあるのでしょうね。

2007-06-19

増田的議論というか告白というか

 増田⇒実を言うと彼女なんかいらない

 そういう人もいるのだろうと思う。

 で、この増田君の文章を読んで私がどう思うかだが、20代前半だろうか後半だろうか30代だろうか、まあ、そのあたりのスペクトラムで思うことは違う。たぶん、20代前半ではないかな。

 まあ、あけすけに言うと。

 「彼女なんかいらない」というより、誰かを好きになってしまってどうしようもねーや、これって人間は必死の定めみたいなもんという運命が、その先あるかだろうか、というだけだと思う。運命というか天命というか。

 そういうのがない人もいるんだろうと思う。

 まあ、それでも今生はきちんと死ねる。

 ただ、死にきれてないような感じはする。

 あるいは、そういう愛みたいなものに、なにか別のなにかが暗示されるのかもしれない。

 で、トンデモなんだけど、火の鳥みたいな話だけど、ちがった、アポロ歌だな、そうなる運命という天命というかそういうのに巡り会うまで転生するような気がする。まあ、実際に人間が転生するとかありえないわけだけどね。

 ⇒アポロの歌 - Wikipedia

cover
アポロの歌 (1): 手塚 治虫

 まあ、100万回生きたねこみたいに一度泣いて二度とこの世に産まれまいとするのが成仏ってもんでしょうか。

cover
100万回生きたねこ: 佐野 洋子

 もし増田君が「100万回生きたねこ」を読んでなければ、どこの本屋にでもあるから立ち読みして、かーぺっってするのも風流かも。

 ただ、この作品、名作扱いされているが、佐野洋子としては無理というか、ちょっと背伸びというか、なんか異和感があって、手放しで名作とはいえない感じもしないではない。

 作品としてはこっち↓のほうが優れていると思うけど。まあ、はてなの世代にはわかんないでしょ。

cover
空とぶライオン: 佐野 洋子

なんだんだこれはと久しぶりに思ったもの

 これ⇒はてなダイアリーキーワード辞書 for ATOK・公開日:2007年6月19日 : ATOK.com:バリューアップサービス

 はてなのほうでは広告してたのか。

ちょっとこれも逆に振れ過ぎかな

 増田[信夫かわいいよ信夫]

 池田先生はちょっとおちゃめというか奇矯に見えるところがあるけれど、けっこう普通のインテリだと思いますよというか、知的には優秀。普通のインテリはあのくらい奇矯なものですよ、とかいうのも失礼かもだけど。大学の先生とかで単著がある人とか、ある程度、近距離で見ると、げふぇひでぶ、っていうのがフツーですよ。(そのひでぶ圏内に心酔者とかもいたりするのがあって、傍から見ているとげーろげろげろになることもあるけど略。)

識者はたいてい知ってますがホットカーペットの電磁波

 ⇒猫を償うに猫をもってせよ - ホットカーペットの怖さ

 作る側も知っていたりして、製品によっては工夫もされている。電磁波の相を打ち消すような配線にしたり。

 ただ、これ、電気毛布の米国品だと、さらにこの問題がないように、直流アダプターで機能するのがある。(アダプター自体が電磁波を出すけど。)

 以前、きっこの日記を読んでいたころ筆者が電気毛布とか使っているぽくてちょっと微笑んだことがあった。まあ、そんなに危険というわけでもないけどね。

 ついでに。

 関連⇒livedoor ニュース - [電磁波]WHOが新基準公表 小児白血病の確率2倍に

 関連⇒The Dangers Of Electro Magnetic Radiation (EMF)

 DC Currentの例⇒PEACOCK ALLEY Electric Warming Blanket

 もう一例⇒Amazon.com: Soft Heat Electric Warming Heated Blanket by Perfect Fit Industries - King Size, Natural with Dual Controllers. The World's Safest Warming Blanket.: Kitchen & Housewares

日経社説 責任消えない元長官らの行動(6/19)

土屋、緒方両氏は、在日朝鮮人の活動の拠点である中央本部が人手に渡る事態を防ぐために考えた取引で「真剣なもので架空ではない」と主張する。しかし登記替えの理由とした売買予約にはじめから実体がなかった疑いはぬぐえない。

 というか騒ぎすぎの感はあるな。

 悪い奴だって弱くなれば窮鼠猫を噛むの喩えもあるしな……。

産経社説 【主張】問題親 非常識に寛容すぎないか

 まあ、いろいろあるんだろうけど、校長先生っていうはもう人格オーラ出しまくりで偉くないとどうにもならないんでしょうけど以下略。

追記

 移転したらしい⇒【主張】問題親 非常識に寛容すぎないか-コラむのニュース:イザ!

朝日社説 アフガニスタン―治安の悪化が心配だ

 なんとか米国が悪いんだとしたいのでしょうかね。

 イラク戦争の影響も大きい。タリバーンの残存勢力の掃討はずっと、米軍が主体になってきた。だが、イラク情勢の悪化で米国は兵力をイラクに回した。

 その穴を埋める形で、昨夏から国際治安支援部隊がパキスタン国境沿いの地域に展開し、タリバーンと戦い始めた。英国軍がイラクでの戦死者を上回る犠牲を出すなど苦戦を強いられている。

 それでも、治安の確保はアフガン再建の大前提である。アフガン国軍の増強を急ぎつつ、タリバーンを封じ込める努力を重ねなければならない。

 それって米軍頼みってことじゃないのか。つうか、日本の安全保障の枠組みでインテリ面していると、おっと、キンタマどっかに落としてしまって、GIに捨てられてすねたパンパン気分っていうやつでしょうか。

 おっと、放言が過ぎるか。

朝日社説 朝鮮総連―過去を清算するしかない

 表題を見てあまりの滑稽さに涙が出てしまいましたよ、ここはもちろん、「おまえが言うな」。

 ま、それ以上ないや。「がんばれよ、朝日新聞

晴天、梅雨は何処に

 天気図を見ると気圧の基本的な配置はこんなものかだが、こりゃ雨は降らないというか降れないな。

 昨晩は緑エビスがやけに旨い感じがした。ホップがすっきりと薫っていた。ビールが旨いっていいなと思った。あとエールを飲んだ。私にしてはちと飲み過ぎ。

 中村中の友達の歌を聴いていて、ちょっと心にひっかかる部分があって。

笑われて馬鹿にされて

それでも憎めないなんて

自分だけ責めるなんて

いつまでも 情けないね

 このあたりの情感は、まあ、わかる人にはわかるだろうし、私などはどちらかというとわからない部類に近いのかもしれないが、中村中という人のことを少し知ってしまったせいか、これは世界というものの理不尽さなのだろうとも思って、泣けるとういか、ぞっとする悲しい感じがする。

 男とは、とか吹かすほどバーカにはなりたくないもんだが、男とは男だと思っている存在だし、女とは女と思っている存在だから、だから、男らしい男は女として生物的に生まれてきて男だと思っている男、女らしい女は男として生物的に生まれてきて女だと思っている女、ということなのだろう。

 言うまでもなく、そうした部分での性自覚の意識というのは共同幻想性(社会性)によるものだ。

 ただ、この生物的にその上に性幻想をのっけている多数の人にとっては、その自然的な同一性の奇妙な身体的な権力のようなものを持つ。まあ、朝っぱら考えるこっちゃないが、岸田秀が言うほど人間は幻想的ではないというか、意識が幻想ではある、が、性の衝動のある部分は内臓的に構成されている。その部分で男と女は違うといえば違うのだが、それは共同幻想性(社会性)における差異ではない。

 このあたりは議論がとても難しい。幸いにして私はこの問題が自分の人生の課題としては与えられていなかった。避けていたのかもしれない。私は中村中のような存在と恋愛するという事態はなかった。また、自分が彼女のような存在でもなかった。

 ネットを見るようになって若い人がちが肉便器という言葉を使っているを知って、それってれいの沼正三のあれかと勘違いしたが、ようするに射精とは小便の類でその受けの女の身体は便器だとでもいいのだろう。まあ、いつの時代でもそんなことを言う人いる。が、そんなわけはない。ただ、そんなわけはないの議論を展開する気力もない。

 ま、どうでもいいや。

pepetiopepetio 2007/06/19 12:16 ■産経社説 【主張】問題親 非常識に寛容すぎないか 08:09
◇この記事は削除されました◇
だそうです。12:15

itfitf 2007/06/19 12:57 子供の頃から電気毛布使ってる(´;ω;`)。困ったなぁ。あれないと冬辛い。

finalventfinalvent 2007/06/19 13:55 pepetioさん、Baatarismさん、ども。なんかあったんでしょうかね。こういう例は今までなかったのでは?

finalventfinalvent 2007/06/19 13:56 itfさん、2つ対処方法があります。1、気にしない。2、寝る前に蒲団を温めるのに使って、寝るときは取り出す。で、2つめのを気にする米人たちはしてました。余談ですが、寒いときほど薄着で寝ると暖たかったりします(羽毛蒲団大吉)。

pepetiopepetio 2007/06/19 14:24 「産経新聞」、昼休みだったので、買ってきてしまいました(この日記で、売り上げ一部増!)。
なんだ、iZaにあったのか(^_^;)。
読んでも、なにが都合が悪かったのかよくわかりませんが、妄想癖?を働かせてみました。

この社説で、その調査報告を引用された小野田正利教授は、《「イチャモンには、わけがある。そこに隠れた保護者の思いを読み取ってほしい」…「イチャモンを教師と保護者の話し合いのきっかけにしてほしい」と訴える。…「イチャモンを通じて、子供のために保護者と学校が手をつないでほしい」との願いをこめて、小野田教授は今日も全国を奔走する。》ということです。

したがって、「モンスターペアレント」という言葉を使い、「親の非常識を正すところから始めなければなるまい。」という一方的な主張をしたことに、小野田教授から抗議でもあったのでしょうか。もちろんそうだとしても、削除するのは不思議ですね。どんな理由にしても、本当にマズイなら、iZaだけ残すのも変ですし。

pepetiopepetio 2007/06/19 18:10 [SeaMount]
引用した小野田教授の言葉のソースです。
《保護者から学校への「イチャモン」にはワケがある》
http://www.yukan-fuji.com/archives/2007/05/post_9503.html

産経には、この社説と同じ主張の連載もあったようです。
《【真犯人はこいつだ】“いちゃもん親”被害者は子供》
「モンスターペアレントを放置していてまともな教育ができるわけがない。ことは緊急を要する。」(TOSS(教育技術法則化運動)代表 向山洋一)
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/070212/gkk070212001.htm

finalventfinalvent 2007/06/19 19:00 pepetioさん、ども。話にあったクロ現は見てます。あの事例は実際には鬱病かなとも思いましたが、こういう局面に遭遇するとどうしようもないでしょうね。

hihi01hihi01 2007/06/20 07:10 finalventさん、おはようございます。「アポロの歌」的体験をみなするのではないでしょうか、男になるためには?なんども、なんども。マルコさんに教えてもらったのですが、「トゥルー・ロマンス」という歌を聞いて感動しています。

finalventfinalvent 2007/06/20 08:26 hihi01さん、ども。世代によってもうああいうマンガの世界は通じないかもとも思いましたが。

2007-06-18

そういえばiTMS

 リアディゾンの試聴をして、やばい、これは買ってはいけない、やばすぎると思った。この一線を越えるかが倫理の課題だ、五〇歳の男の。

 つうわけで。こっちを買った。

cover
友達の詩(DVD付): 音楽: 中村 中,浦清英,四家卯大

 中村中という歌手をまるでしらん。

 ありげなバラードでありげな詩とも言えるけど、まあ、昨晩の気分にあっていた。少し、涙がにじむ。

いやはやこれがイナゴの正体ってわけじゃないけど

 というか、首を突っ込むだけ私も同じだと了解してだな。

 ⇒はてなブックマーク - 異性をほぼ確実に落とす方法 - あるSEとゲーマーの四方山話

どうやって落とすのかと言えば、感情体積を大きくすること。 感情というのは、板みたいなもので、あっちに押しやり、 こっちに引き寄せ、これを連続していると、 あっという間に体積が大きくできる。

 これね。

 つまり、男がジェットコースーターになれっつうことです。

 なりますか、をぉらぁそこの男。

 で、それ以前に。

 ジェットコースーターに乗りたい女の心っつうものがあるんですよ。

 タイミングとね。

 で、そういう心やタイミング(出来心)の上に愛情がありますか。

 いや、愛情なんていらね、と。

 お後がよろしいようで、さて、さて、さては南京玉すだれ

日経 春秋(6/18) : NIKKEI NET:社説・春秋 ニュース

事なかれ主義のリーダーは2つの罪を犯す。まず下の人々の心を壊し、次に組織を殺す。社保庁にも「このままでは……」と考えた人は、様々なレベルでいたはずだ、と信じたい。声をつぶし、あるいは沈黙を強いたのは具体的に誰なのか。救済策と並行し、過ちの仕組みも解明してほしい。

 日経さんもね。AA略。

日経社説 投資先に浮上するカンボジア

 これね。でもスカな社説だなぁ。

毎日社説 視点 「空白の10年」を埋めるのは国の責任だ

原爆投下からほぼ10年間、つまり昭和20年代に重なる年月を被爆者は「空白の10年」と呼ぶ。文字通り、公的な援護制度や政策もなく、被爆者たちを差別や偏見にさらされるままにした10年であり、当時最も支援を必要とした人たちが次々に亡くなった。

それまでの「空白の10年」の実態を今のうちに被爆者から聞き取り記録しておきたい。そう願い、広島県原爆被害者団体協議会が昨年から3年計画で調査を進めている。その第1段階のアンケート結果が最近まとまった。回答者は県内の生存被爆者のうち7096人。被爆時に胎児から30代だった人にまでわたり、被爆後10年の記憶に限定して尋ねた。

 まあ、それに異論があるわけでもないが。

 この空白には米国側に資料がけっこうあるはずで、それはどの程度研究されているのだろう。頭がぼうっとしているからというのを弁解に放言すると、日本の原爆はジェノサイドだったよというのはさすがに放言が過ぎて言えないが、人体実験だった。ちょっと考えても、なぜ広島ウラン型で、長崎プルトニウム型なんだ? やってみたかったんだよ、実験。なにがNecessary Evilだよ。この世紀の大嘘を日本の平和勢力が暴かないから反米心情だけが無意識的な情念になる。日本人が虫けらのように殺されて日本人は辛かったんだよ。それを日本人だって他国人を虫けらのように殺したじゃないかというのは、それは事実かもしれいないけど、バランスさせて議論するまえに、分けるべきだと思う。それと、WGIPなんてそう長期に持つもんじゃない。こんなの情報統制がされなければ中学二年生だっておかしいんでねーのと思う。ネット右翼とかラベリングしても、そういう中二病にそれなりの対応をしなければどんどん歪んでくる。平和とは具体事例の文脈でなんであるかというリアリズムを子供には数学のように教えないといけない。子供にはまだ複雑な歴史の心情とか文学的な情感などわからないのだ。というか、そこがわからないで大人になる人も多い。

 ⇒Necessary Evil (B-29) - Wikipedia, the free encyclopedia

 ⇒極東ブログ: 空想過去小説「チーズとバギウム」

 ⇒WGIP-イザ語辞典:イザ!

追記

 ⇒ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム - Wikipedia

 なお、次の見解もある。

日本の保守派右派の一部論客などが盛んに取り上げているが、存在したとの主張が繰り返される割りには“War Guilt Information Program”という政策・工作をGHQが推進していた根拠(政策についての命令指令または覚書そのものの公文書原本など)が明示されたことは無く、具体的な計画として存在したのかについては疑問視されている。そのような計画は存在しなかったとする論者からは陰謀論に過ぎないとされている。そもそも民衆にしてみれば戦争自体が害悪である。

 主要な話題書としては。

 ⇒「 閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本: 本: 江藤 淳」

 米側の原爆調査については。

 ⇒「 米軍占領下の原爆調査―原爆加害国になった日本: 本: 笹本 征男」

 参考になりました(ありがとう)⇒■原爆投下後に日米が行った調査について : オシテオサレテ

読売社説 地域力再生機構 地方の中小企業をどう支援する

 これね。まあ書いていいのかよくわかんないけど、具体的にこの対象というのは商工会なんだよ。そして商工会というのは自民党の集票組織なのな。どうにもならないと思うが。というか、青臭い議論だと、商工会が変わらねばとかなるかもだけど、実態を見るとそう行くわけがないよ。

朝日社説 外国人研修生―建前と実態が違いすぎる

 その際に欠かせないのは、まず実態をつかむことだ。研修生や実習生がどのように働かされているか。中小企業では、どれぐらい人手が足りないのか。その穴は日本人では埋められないか。現状をきちんと踏まえるべきだ。

 よく言うよ。ちょっと世間の地べたを一日取材すれば見えてくるものがあるんだから、ブログみたいな正論を空しく吐いているより、ジャーナリズムのお仕事をしてくださいな。

不覚な寝坊、曇天、風強し

 昨日、奇妙に風の音が気になった。風の歌を聴け、みたいな感じで、耳をすました。

 諸処あって、徹夜ではないし、半徹までもいかないのだが、無為に眠れず、夜の街を徘徊老人。それからぼんやりとたまっていたTVを見て寝る。して、不覚な寝坊。孤独をぐっとかみしめるっていうか、ぞっとする。

 いろいろ心のなかのなんかのプロセスかもしれないし、いい気になって身体をいじっている(いやオナニじゃなくてさ、トレーニング)ことのぶり返しか。凝りとか疲労とかそういう基礎をきちんと見直してトレーニングを見直さないとあかんか。

 あと、心のプロセスというはどことなくサイキックな感じもする(誰かの念のようなものを受診しているのだろうかとか)。このところ、催眠術の本をぱらぱら読んでいる。催眠術自体は関心がない、というか施術者になろうとも思わない。なんというか、ある種の心の問題臨界になにかありそうだ。

 さすがにはてなのネガコメ問題はまた飽き飽きの波が来るのだろうか。誤解される向きもあるが私個人としてはけっこうどうでもいい問題だが、私がネットに参加しているのは、一人の庶民という面なのでそこで、このネガネガ圧力はけっこうつらいものがあって当然だろうし、もっと言うと、はてな怪人列伝とか見ると、わーおもしろそ、とか言う以前に普通の人は丼比丘。

summercontrailsummercontrail 2007/06/18 11:23 finalventさんこんにちは。毎日社説をきっかけとしたお話ですが、今回クリアに書いてくださってありがたいです。同感です。東京大空襲もですね。
>この世紀の大嘘を日本の平和勢力が暴かないから反米心情だけが無意識的な情念になる
 無意識的な情念が別の形で噴き出たりとか、右往左往させられている部分って大きいなと思います。かといって、(この件を離れていえば)直視すればいいというものでもないのでしょうけど。まして他人に伝えるのはあれだし(この前書かれていた、夫と子を亡くした女性へのKの言葉とか、なかなか実際には言えません)。もちろん間違っている可能性も大きいということもありますが。

finalventfinalvent 2007/06/18 11:34 summercontrailさん、ども。ちょっと放言が過ぎたかもしれません。基本的にもう半世紀も昔の物語なんです。そうしたなかで許す・許さないというのは、常に現在の政治的な文脈になってしまう。できればファクトだけを積み上げた歴史を国民が共有していければいいのでしょうが、むずかしいです。ただ、若くて知性のある人はこの問題を倫理の課題よりファクトの課題にして見ていていただけたらと思います。かく言う私がダメな心情側の人間の部類に近いですが。

c-petec-pete 2007/06/18 11:50 finalventさん、はじめまして。
>商工会というのは自民党の集票組織なのな。
先日の朝日の読者投稿欄で商工会の政治活動への内部批判みたいなのを載せてました。まだまだその程度にしか分からない若造というか、finalventさんのほのめかしはガキには難しいけど楽しいなと(笑)。恋愛とかも、いろいろと。

finalventfinalvent 2007/06/18 14:11 c-peteさん、ども。どうも「ほのめかし」と取られる大半は説明不足かもですね。それは知ってるでしょとこっちが思ってもみたいな。自民党も集票のありかたの変革が問われているのだろうと思います。民主党もなんだけど。

mtfyfmtfyf 2007/06/18 17:41 何もわざわざ買わなくてもyoutubeあたりで我慢しとけばいいんじゃないですか(笑)?私にはリア・ディゾンのどこがよいのかさっぱりわからないですけど・・・。http://www.youtube.com/watch?v=OVGGD6iAYEU

kinghuradancekinghuradance 2007/06/18 17:44 中村中という方は、生まれたときの性別は男で、性同一性障害を患っていて、現在は女性としてシンガーソングライターの活動を行っているということです。
ミュージカルで実物を見たのですが、演出にいろいろと難がありましたし、役柄が「彼女」のキャラクターにはまっていそうで全然はまっていなかったので、一度どんな歌を歌う人なのかは聞いてみたいと思っていました。

finalventfinalvent 2007/06/18 18:25 mtfyfさん、ども。ま、そうなんですけどぅじぅじ。

finalventfinalvent 2007/06/18 18:26 kinghuradanceさん、ども。ああ、そうなんですか。なるほど。なんでこんなに古風で純愛なんだろとかちょっと疑問に思っていたのがちょっと解けた感じ。

bn2islanderbn2islander 2007/06/18 20:20 千の太陽よりも明るくと言う本に、「トルーマンはイエスと言ったのではない。ただ、ノーと言えなかっただけなのだ」と言うくだりがありまして、その一節を読むたびに考え込んでしまいます。

finalventfinalvent 2007/06/18 22:03 bn2islanderさん、ども。史実としてはどうなんでしょうか。

himorogihimorogi 2007/06/18 22:32 小学生の頃、よく学校の体育館で映画を見せられました。わんぱく王子の大蛇退治とか、ガリバーの宇宙旅行とか、東映動画もあったけど、低学年の頃に戦没者遺族と在日米軍兵士の和解をテーマにした映画とかも記憶にあります。

dolphincocoadolphincocoa 2007/06/19 01:18 昨日のコメントの話ですが。
何となく ですが掴めた と思います。
悪口を言わないのは結構気にしてますけど、聞かないほうは難しいですね。
基本的なことかもしれませんが、孤独でいようとすると、どうしても対人関係が希薄になっていくのですが…根本的な部分で考え方が違うのでしょうか。
何というか、例えば悪口の話なら、悪口を言う人、聞く人が多すぎて「やってらんない…」 と思い、どうしても彼らと関わる気がしなくなるのですが。

kinginsunagokinginsunago 2007/06/19 06:44 >「空白の10年」を埋めるのは国の責任だ
執筆子もそれを言うならこっちの方が遥かに問題だと思うんだけど(苦笑

発信箱:江口さんが言い残したこと
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/hassinbako/archive/news/2007/06/20070612ddm002070129000c.html

finalventfinalvent 2007/06/19 09:00 himorogiさん、ども。米兵の映像とか遠くなりましたね。

finalventfinalvent 2007/06/19 09:01 dolphincocoaさん、ども。孤独と対人関係って実は対立しないと思うのですよ。ただ、あまり生き急ぐことはないですよ。泣いたり笑ったりして学ぶために生きているわけですから。

finalventfinalvent 2007/06/19 09:02 kinginsunagoさん、ども。実際の同時代人とか戦争体験者だと、それはないっていう部分はしっかりしていたものです。

2007-06-17

おまけというか倫理性というか身分の名残というか

 人はけっこう立ち居振る舞いでそういうのがわかってしまう。いいことか悪いことか、まるでわからないけど。

 食べ方とか、何を美味しいと思うかとか。

 ちょっとした他者への個々配りとか、正義への愛とか。そう、私が帰国子女の娘さんとか若い頃嫌いじゃなかったのは、ストレートに正義を持っている人が多かった。まあ、今の歳になるといいことか悪いことかわからない。

 読む本とか音楽とか。

 一見するとただの趣味でしょ、個性でしょみたいだけど。でも、ちょっと違う。

 で、そういうのは、もうなんか存在の根幹から滲むようなもので、どうしようもないと思うし、なんというか、身分というのは生まれながら決まっているんじゃないかという感じもする。

 曖昧な言い方だけど、成り上がった人間は、やはり成り上がりでしかないし、歳を取るとそういう部分は、地が出てくると言いたいところだけど出てこないで、なんか奇妙なアンバランスになる。苦労人というのが得てして人格歪んでいるみたいな。

 あと、これを言うと誤解されるのでなんだが、この年まで生きてみると、この人の先祖は農民かな武士かな、商人かな職人かなというのがなんとなくわかる。わかって偉いとかじゃなくて、ああそういうものかなというか。そしてそれは頭の良さというのでもない。ただ、行動様式の根の深いものなのだろう。

 不思議なもんだなとは思う。

倫理的に劣っていそうな一群の人々について

 さっきのエントリの続きというか。ゴミやタバコをポイ捨てしたり、二人乗り自転車とか、あるいは電車の中のだらけた学生とか、酔漢とか、私はけっこうなんとも思わなくなってきた。

 話が少しずれるが、以前、インドの人と話していて、ちょっと文脈を忘れていたが、彼は私をある種のカーストに嵌めて込んでいた。通常は、外国人は一律のカースト扱いになるのかと思うが、なんか微妙に私は上位カーストに認識されているっぽかたった。理屈はなんかありそうだが理解できなかった。

 で、カーストについてちょっと話をした。これがまた要領を得ないので記憶もたいした像を結ばないのだが、ようするにカーストごとに生活様式があり、それはそれでいいのだ、みたいなものだ。うまく言えないのだが、倫理的に劣る人々がいてもそれはそのように宇宙がそうなっているのだみたいだった。

 まあ、べたに言うと、倫理が劣る人というのは、身分が低いということのメリットなんじゃないかなと、ときたまちらっと思うというか、なんとなくそうして理解している分がある。それにはメリットがあるし、彼らの気がつかないデメリットもある。そして、身分の高い人にもメリットとデメリットがある。もちろん、現代日本の社会に身分なんてものはないので、それはなんというか比喩なので誤解なきよう。

 よくネットなぞで、高貴であれ、みたいなことを書く人がいるけど、まるでわからん。高貴さとブログなんかが結びつくものか、結びつくとしても、なんというか、スルー力と結びついていると思う。ある種の話題を見て見ぬふりをするというか、先の倫理的に劣る人への視線のように、しかたないなと見て黙っているというか。

 まあ、こんな話をしていると気取りやがって、お前なんかが最低、下品だよとか言われそうだな。まあ、そういう問題じゃないんだけど。

 まあ、倫理的であることのメリットというのは、一般に言われているものと実は違うというかいわく言い難いことがある。

 ただ、なんというか、少年期に人は、できるだけ、高貴に生きようと思うべきだし、そう思わせるべき大人がいるべきだとは思う。

 ま、そのくらいかな。

私は「公園のゴミ」を拾えるか?

 ⇒■[哲学・現代思想] 個人主義者は「公園のゴミ」を拾えるか?  しあわせのかたち

 こういう中学生でも考えられる問題というのはけっこう難しい。

 で、私は「公園のゴミ」を拾えるか?

 拾わないと思う。

 自分が座ろうとしているベンチにゴミがあれば除ける(できればゴミとして扱う)。

 なぜ私は公園のゴミを拾わないのか?

 と聞かれても答えられないのが第一。

 私の管理外だからということだろうか。

 ところが。

 私は、子供や老人などが怪我をしそうなものは、けっこう労して取り除くなり、その場でできるだけの対処はしている。善人ぶるのではなく、昔からそうしている。理由は簡単で不要な事故を社会から減らしたいからである。

 そういえば。

 最近はあまり二人乗り自転車、無灯火自転車、無許可歩道走行自転車を叱らなくなった。だめだなこういう人間はと諦めた。

 雨上がり傘を分回す人には、振り返るときできるだけ注意している。これは、危険性を減らしたいと思うから。

 ま、そんなところでしょうかね。

 答えになってないのかもですがね。別に、答えろというわけでもないでしょうが。

グループbewaadによっても答えられない難問

 堪えられない。

 元ネタ⇒なぜπは3.14…であって6.28…でないのでしょう? | bewaad institute@kasumigaseki

 同じようなことを考える人はいつもいるもの。

 例えば⇒おしえてBP! π=6.28・・・のほうが美しいと思うんですが

 さて、真相は。

 ちなみに私もわからん。

 πの記号自体はオイラーが導入したもの。

 しかし、オイラー以前から、その定数だったっぽい。

 その理由というか経緯がやはりわからん。

 もちろん、なんとなく思うことはいろいろあり、話題に事欠かないのだけど、話題がいくらあっても真相にほど遠い。

 

        _  ∩
      ( ゚∀゚)彡 身の上にオッパイgirlの参上
       ⊂彡

書くというか生きるというか痛いというか

 新潮45に掲載されている中村うさぎの話を読んでいて、本人も痛いなばばあだ自分、と思っているのはわかるが、ちょっとそういう痛さとは違った痛さを感じた。彼女は私と同学年である。同じ時代をきちんと生きてきたし、彼女の、ちょっと軽く書かれたものや息づかいにも実は時代性を私は感じることができる。そして、30歳以降の空虚感もよくわかる。いや自分なりにわかるというべきか。

 ちょっとアレな言い方だが、私は、ふっと夢のなかであるいは無意識に、岸本葉子のような奥さんがいるように感じることがある。彼女のファンだからという妄想みたいなものかもしれないが別に彼女でなくてもいい。3、4歳下の知的で痩せた奥さんみたいな女性。私が若い頃人生にこけず、そのまま商社とかメーカーとかに就職していたら、そうであったようなご夫婦。もっとも、私にはそういう人生はなかったのだが、その岐路みたいのを満帆で歩む別の世界のもう一人の自分がいるような気が少しする。その幻想には彼女ような和風で痩せた奥さんみたいな妻がいて大学生の息子でもいそうな。もちろん、そんなことはない。岸本葉子にしてもそうした人生は歩まなかった。先日日経Womanで彼女の学生時代の恋愛の話を読んだ。まあ、いろいろあったのだろう。

 中村うさぎのように同年代の女性が妻にいるという幻想みたいのは、私にはない。私は同年に近い女性がはっきり言って恐い。いろいろ理由はある。省略。それでも同年の女たちに関心がないわけではない。彼女たちがどう生きてきたのか気になる。プールなどで少し老けた女がいるとついちろちろと見て50歳くらいだろうかと思う。もし、私に同年の妻がいたら、それなりに若造からは婆と呼ばれる肉体にはなっているころだ。

 中村うさぎは、整形もしたし、胸になんか入れたりもした。そうしなくても、それほどブスというほどの女性ではない。ある種のナチュラリティを体得したら、ござっぱりとした老いの姿ができたのかもしれないとも思う。オイリュトミー関係の人々が持っているさらっとした老いの姿のようなものを獲得できないわけでもなかったのだろう……と言いながら、やはり無理だろうか。

 新潮45の彼女エッセイのなかで、27の男がおセックスしてくれて、というくだりで、中折れせず射精までしてくれていとおしいみたいな話があり、ああ、女というものはそういうものかとも思った。ネットの文章でいえば釣られているといったものだろうが、同い歳の男としてかわいそうというのでもないが痛いような感じはした。もうちょっと下品に言えば、まあ、彼女からして私など好みの男でもないだろうが、50歳の男が50歳の女に中折れせず射精までできるだろうか。もうちょっと言うと、俺はやるよと言いたい思いがふとわいた。そのくらい愛してやるよとも。ただ、実際にそうできるかはわからない。逆に27の女に対して中折れせず射精までというとそれもどうだかわからない。ちょっとお下品な話になってしまったし、そういう性関係を持ちたいという願望でもない。はてなみたいに若い人の多いコミュニティ化した言論の空間だと、おセックスなどもまだそういう中折れしないか射精までできたかみたいなのはただの老いのようにしか見えないだろう。だが、そこに案外男の生き様というか男の生き方があると思う。

 男の生き方というは、もちろん、私なんぞが言わなくても私くらいの年齢のゴロ男とかがぶいぶい吹いてくれるだろうが、30、40の女を抱くとかそうした女の幻影をもった女を語ることではない。中村うさぎのような50の女を抱けるかという、彼女に失礼な言い方になってはいけないが、そのあたりが問われる。もっとも女にしてもそういう側面はあるだろう。

 ⇒極東ブログ: [書評]「快楽 ― 更年期からの性を生きる」(工藤美代子)

 ⇒finalventの日記 - カラスが賢いと言えば

 団塊の世代はある意味では、言い方はわるいが、全員一種の新興宗教青春恋愛教団みたいなところがあるし、そうした青春恋愛の一種の新興宗教的な情熱が実は西洋近代的な個人の意識と同型であるのだろう。

 私の世代、つまり、今年50歳になる世代からは、もうそういう個人はいない。私たちが個でありうる幻影などはなかったし、青春恋愛というものより、もっと原点からさみしいものがあった。その後、青春恋愛は商品となったし、個はコンシューマーになった。まあ、世代論はどうでもいい。

 愛が問われているのだと、と、そう書くことにしばしためらった。そしてその先を書くことができそうにもない。

 ま、こんなことを書くと若い人とか上の世代からは「暗い」とされますかね。暗いのかもしれない。が、そういうなんというか、自分側からの主体的な意識というのはある意味私は放棄している。この問題はそういう問題よりもっと暗くてどうしようもないものがあるのだろうと、目の前のボールペンをボールペンだと見るように見るしかないのだし、と思う。

日経社説 金正日氏は高笑いか(6/17)

 日経の良社説率が最近高いように思う。なんかあったか。

毎日社説 地球温暖化対策 小さな積み重ねも大切だ

 こういうダメな議論が出てくるときはもう終わりかもね。

読売社説 農地制度改革 規模拡大の足かせを取り除け

 これは理念として考えるとそうなる。

 でも実際はうまくいかない。

 農産物という視点で見ると、何を作ってどう市場に送るかというマーケティングが実は一番欠落するからなとも思う。という先にいろいろ思うが、現実的には手が付けられない。

朝日社説 残留孤児支援―拉致被害者と同じように

 こういう問題にコメントしづらくなったな。

 残留孤児らは、いま受け取っている約2万2000円の年金を除いて、1人あたり月17万円の支給を求めている。配偶者がいる場合は7万円を加算してもらいたいという。

 これは同じ世代の日本人の平均消費支出のほか、北朝鮮による拉致被害者への給付金をもとにしたものだ。

朝日社説 自治体の財政―住民がチェックしよう

 ちょっと笑った。住民というのはステークホルダーなんだよね。

晴れ、見上げると薄曇り

 日曜日の朝か。ぼんやりと昨晩仕込んだタネでワッフルを焼いて朝食。

 頭がぼーっとするというほどでもないけが、ややぼーっとするかな。昨晩のビールは小瓶一本(エール)。酒が残る感じはないが。ヒッキーの曲をがんがんと耳にならして、起きる。水泳の疲れは全身にあるようだが、それほどでもない。

 若いときは目が覚めるとすべて一瞬忘れるくらい寝ていることがあった。あんなふうにはもうならないのだろうと思うし、若さの身体を再獲得することもないだろうが、僅かに身体の若さというかそんな感じの身体らしさをふと感じた。

 そういえば、昨晩ビールを飲みながら(ある種のいらだちがあったが)、ひとりぼっちで枯れ野を歩いていく自分の背を思った。実際、長いことそうして歩いていた時期があった。今ではちょっとそこまでではないし、この奇妙な孤独感に何かしら欺瞞があるようには思う。

 このところ、なんとなく見知らぬ年寄りと街中でなにげなく話すことがある。年寄りといっても私より10歳上くらいだから年寄りというほどではないが。それでも庶民の人生というのをかいま見ることは多いな。というか、人の人生っていうのはいろいろあるものだ。

namgennamgen 2007/06/17 10:06 年寄りなんですが、こんにちは。
「枯れ野を歩いていく自分の背」なんて侘びしいことを言わんでもよろしいかと。最近暗いよ。
そういえば、昔洋食屋でコック見習いしてました。ソース作りやパン生地ばかりこねくり回させれていました。自分の子供達が小さかった頃、よく焼いてやりましたがいまはもうダメポ。

finalventfinalvent 2007/06/17 11:51 namgenさん、ども。もうお子さんも大きいのでしょうね。そのパンを思い出すのはさらに先かも。暗さかぁ。そうですね。うまく語れないもどかしさに閉じてきてますね。

satohhidesatohhide 2007/06/17 13:11 >こういうダメな議論が出てくるときはもう終わりかもね。

ハイ、終わりですね。

finalventfinalvent 2007/06/17 14:46 satohhideさん、ども。ああ、まったく。

mtfyfmtfyf 2007/06/17 15:00 一部農産物では水耕栽培による農業の工業化が急速に進んでいるのではないでしょうか?この方向でうまくいけば、ビルの中で効率的に農産物を作れるようになるのでは?そうすれば日本の狭い農地の問題を解決できるのでは?水耕栽培でできる農産物数を増やすことによりその分野で競争力を増し、自給率を上げ、他の農産物については思い切って門戸開放してしまう・・・。国は今こそ農業研究に力を注ぐ時だと思うのですが。例えば海外の例。http://hotwired.goo.ne.jp/news/20051006306.html無理ですか?

finalventfinalvent 2007/06/17 16:13 mtfyfさん、ども。トマトとかそうみたいですね。ただ、全体像としてはどうなのかなと。話はそれますが、日本の農業研究はけっこう水準高いのでは、すでに。

kinghuradancekinghuradance 2007/06/17 17:59
「書くというか生きるというか痛いというか」の文章を引用して自分のところでエントリーを仕立てました。
岸本葉子さんという方の文章を読んだことはないのですが、あれだけ聡明で岸恵子のような感じの美貌の方であるにもかかわらず「彼女のような和風で痩せた奥さんみたいな妻がいて大学生の息子でもいそうな。もちろん、そんなことはない。岸本葉子にしてもそうした人生は歩まなかった。」という部分が何とも。。。
「一見平凡な幸せを掴む」というのも、かなりの運が必要になるのだな。とそんなことを考えてしまいます。

finalventfinalvent 2007/06/17 18:32 kinghuradanceさん、ども。結局平凡というのはないのかもしれません、とか、思う自分も大きく見れば平凡なんでしょうけど。

BernBern 2007/06/17 19:56 どうもこんにちは。毎朝会社から読ませて頂いています。そこでご相談なんですが、最近トップにAA付きの記事が入ることが多く、ちょっと会社で読みづらいのです。ほんの少し考慮して頂ければ・・・と思います。息苦しいコメントですみません。

finalventfinalvent 2007/06/17 20:34 Bernさん、ども。了解。トップに入れないようにします。

antonianantonian 2007/06/17 21:39 わたくしは公園のゴミも気になったら電車の中の放置ゴミも拾って捨てますよ。
それはシューキョー的であるからとかそういう理由ではなく、
「わたくしの視野に不快なモノがあるのは許せん!!!!」
・・・というまことに個人的な、つまり個人主義的な動機からでございます。

勿論、危険物等に関してはシチズン意識によって捨てることはございますが。

finalventfinalvent 2007/06/17 21:46 antonianさん、ども。がっかりさせるようだけど、これってどうしようないなっていうゴミの山とか呆然と見るのもちょっと風流があります。私の手には負えないなというか。

dolphincocoadolphincocoa 2007/06/17 22:01 お久しぶりです。
>人はけっこう立ち居振る舞いでそういうのがわかってしまう。
高校の先生と個人的に話してたときにおっしゃってました。
その先生も50超えたぐらいのお歳なので、そういうもんなのかな と思いましたけど。

antonianantonian 2007/06/17 22:08 >これってどうしようないなっていうゴミの山とか呆然と見るのもちょっと風流

それに出くわしたのは、花見あとの上野公園ですね。公園中が破壊的に酒臭くゴミ山。
ああなると、ある種の現代美術と化しているなと。

tennteketennteke 2007/06/17 22:41 >>ゴミの山
以前「探偵ファイル」で富士山のゴミ拾いに行ったとき、捨てられているゴミ
のほとんどって山の売店で売られているものじゃね?ということが気になって、
もう二度とゴミ拾いになんて行かね、みたいなことが書かれていたと思います。
私は富士山に登ったことがないのでホントかどうか知りませんが、どうなんでしょう?

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/17 23:06 こんばんは。
私事ですが田舎に住んでいるからなのか最近ゴミ自体を見かけなくなりました。あと『これ拾っても、これから後先拾うか?そりゃ無理だ』みたいな自問が昔あったような。拾わなきゃとかの強迫観念を避けたというか。

MikadukiMikaduki 2007/06/17 23:25 こんばんは。
>もうなんか存在の根幹から滲むようなもので、どうしようもないと思うし、なんというか、身分というのは生まれながら決まっているんじゃないかという感じもする。
禿同すぎて勝手に感動してしまったので雑魚ですがコメントします。
finalventさんがおっしゃってる立ち居振る舞いと直接、噛み合ってるか微妙ですが、私は肉体的な距離が特に気になります。まるで他人なんて存在しないかのように動く人って、あぁ無理だなと思ったり。卑近だと混んでる駅なんて特にそういうとこがあらわになるような気がします。
>私が帰国子女の娘さんとか若い頃嫌いじゃなかったのは、ストレートに正義を持っている人が多かった。
バイト先にいた女性が帰国子女だったんですが同年代のベタな女性同士の関係性とは一線を引いていて、あぁなんかここまで違うのかと思いました。
高貴でっていうのは環境ありきでほとんどもう、どうしようもない様な気もします。
で、自分がどうかと言われるとあれですが。

itfitf 2007/06/18 08:42 二人乗り自転車走行も無許可歩道自転車走行もやります。ごめんなさい。傘さし自転車走行もやります。歩道を走って後ろからベルを鳴らすのは絶対やりません。

finalventfinalvent 2007/06/18 11:11 dolphincocoaさん、ども。高貴というのはそう難しくもないんですよ。例えばすごく簡単ですごく難しい例だけど、人の悪口を言わない。(ちょっとネットだと誤解されるので補足すると公的な発言、朝日新聞の社説かね、それを批判しないという意味じゃない)。個別の人間関係でその隠れたチャネルを作るような悪口を言わない。わかりますか。誰かの悪口を言うということは聞く人がいる。するとそこに二人の閉鎖な関係ができる。悪口はこういうサブなグループを作るし、そもそもその悪口はオモテにできない。ここで何が起きているかわかりますか。問題は悪口を言わないより聞かないのほうが重要かもしれない。人が悪口を聞いてしまうのか、孤独が恐いからなんです。ちょっと言葉が足りないかもしれないけど、こうした具体的な人間の行動のなかで高貴さというのがなんとなく見えるでしょうか。頭で考えるのではなく、人の世の流れのなかで、孤独の拠点を見つめるということでもあるんです。

finalventfinalvent 2007/06/18 11:12 tenntekeさん、ども。私の見るかぎり、地方のゴミ状態はひどいですよ。いかんともしがたい。

finalventfinalvent 2007/06/18 11:13 sakaepikurosuさん、ども。というわけで、sakaepikurosuのところはゴミはないですか。うーむ、また私も世間を見て回ります。

finalventfinalvent 2007/06/18 11:14 Mikadukiさん、ども。長く生きてきたので環境より他の問題かなとも思いつつあります。むずかしいですね。

finalventfinalvent 2007/06/18 11:15 itfさん、ども。無理をなさらず。他人がいなければこっそりと悪行をするのは人生の悦楽ですし。ただ、自分や他人に危険性を減らすようにしてください。そこから合理的に考えればいいと思います。倫理はそのあとでもいいし。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/18 13:34 う、うーん。地方が酷いのですか。自分の所が開発的に微妙なのか、行動範囲が狭いのか。たぶん後者です(笑)。
あと、だから積極的に良いという訳では無いのですが、地方だと歩道自転車も傘も気をつけるほど人が居ないってのがありますね。

nitianyouyenitianyouye 2007/06/19 20:10 rinrinさん経由で来ました。dolphincocoaさんへのコメントにぐっときたのでコメント残します。自分も他人のやるせない行為には黙っています。人の振り見てむにゃむにゃみたいな。バンコク辺りで会う世界の平均的な人たちはさり気なく気を使うし、立ち居振舞いを見ると何とも文化的なかほりがします。そういうのもいわゆるカースト的な有り様なんですかね。

finalventfinalvent 2007/06/20 09:34 nitianyouyeさん、ども。この話題、どうも表現が拙かったので誤解もされたようだけど、なんというか、日本以外の世界だとそういう倫理性みたいのは、カーストや身分の属性っぽく見られているというのはありそうですよ。そういえば、ビル・ゲーツも若い頃、その父から、財を成したら慈善事業をしないと諭されていたようです。

2007-06-16

はてなQより どうやって生きて行けばいいかわかりません。

 ⇒どうやって生きて行けばいいかわかりません。 人には、「偽善者」「自分を大切にできない人」「エゴが無い」「変にまじめ」「ながされっぱなし」と言われます。職場ではつ.. - 人力検索はてな

 私が回答するとすれば。

 目をつぶって一歩だけ前に進みなさい。

 どうやって生きていけばいいかわからないときは、実は思念や人間関係などで自縄自縛的になっている。もうどうにも動けないものだ。

 そんなときは、きゅっと目をつぶって一歩だけ前に進む。

 目をつぶらなければ前に進めない。

 悩むのを無理でもやめなければ前に進めない。

 そして一歩進んだ足に重心を置いて、ちょっと振り返って片目を開ける。

 あなたを縛り付けていた愛情や悲しみや人々が、実は、あなたを必要としていないことにふと気がつけば、もう一歩目をつぶって進む。

 そして、自分を縛ってきたものから自由になり孤独になり、目をあけて前に進んでいく。

 抽象的かな。

 いろいろなシーンで具体的に説明してもいいけど。

 まあ、略でいいでしょ。

まあ、ネガネガのことだが

 ネガコメ旅団とか、ネガトラバとか、つまり、やって来るわけね、うぜーのが。で、来ないでちょーだい、なわけですよ。

 で、門を閉ざすと、天使も入れないんで困る、と。

 ネガなやつだけお断りしたい、というのがシステム的にできるかというと、現状ではネガネガの人は匿名なんで、黒木ルールをシステムインプルメントする方向で、つまり、べたな匿名装いとか捨てハンをアウトにすれば、かなりよいのではないか、と。

 で、陰で日記とかブログでネガネガを書く人がいる。これは、どうもご自由にという以外ない。名誉棄損とかあれば訴訟沙汰にすればよろし。まあ、この場合は、単純にシステム・スルー力をインプルメントして、PV弱者遮断とすればいいでしょ、とかいうと、むっとくる人もいるんだろうけど、単純に言ったら、ブログの世界はある程度読まれるように書けてば、芸でもなんでも読まれてなんぼ。

 で、問題はぶくま、だけど。これも見なければいいじゃん、とか言えるかというと、天使もこっそりエンカレジメントを書いたりすることがある。だから門を閉ざすんじゃなくて、フィルタ

 で、どうぶくまをフィルタするかというと、ネガネガIDをそのユーザーからアボーンにすればいいだけなんじゃないの。私の場合、あれとかこれとそれとかまあ、数名ほどぶくまアボーンにすると天国……いや冗談、たぶん、私はそのアボーン機能が実装されても使わない。

 ちょっとうまく言えないのだけど、自分の書いたエントリの対するぶくまというのに、明示的な応答しちゃいけないんじゃないかというモラールをなんとなくもつようになった。それが好意的であれ糞バカ氏ねネガネガであっても。

 つうわけで、ぶくまにネガネガについては、それにリアクトしないことというのがけっこう実践的なモラールだと思うのですがね。

 つまり、ネガネガで傷ついても、まあ、ぶくまだったらそれには反応しない、と。反応しないのを俺ルールにしちゃいな、と。(もちろん内心傷ついていてもいいけど。)

 ま、以上でも。

 ネットイナゴには対応できないので、その対応のメカニズムはどうあるかというのはあるのでしょう。基本的には、同じリファラははじけばいいのではないのかな。普通のイナゴはリンクで来るだけでしょうし、リファラなんか知らないでしょうから。

日記もブログもそれなりに長いこと書いていて

 もう言うべきことは言っちゃったかというのと、言えない部分はあるなというのと、どうでもいいやもある。

 日記のほうでは、ああ、そのネタのコメント、もう書いちゃったしとか思うと、スルー。

 で。

 スルーしていいのかと思うけど、それはそれでいいのかも。

 というか、私は前に進むよ。

 何が前だかわからないし、そういうとき、私は人に猫背を見せてとぼとぼと歩き出すのだ。っていうシーンが我が人生多いな。ひねくれ者というのはあるのだろうけど、なんかそこにもう居られないやって感じがする。

 こないだちょこっと書いたけど、私はfinalventに少し別れを告げている、という感覚というか、finalventはかなりの部分マシーン的でしょう。そして、たぶん、マスコミ情報や、いわゆるネットの情報操作の手口に少し聡くなった。だから、その機構に対抗的に機構として語る部分がある。対抗といっても敵対というのではなく、ある意味ではシンクロ。そして、そういう技能というのは、できるだけ、私の部分を減らして、finalvent言説マシンを冷徹に動かす必要がある。ある意味で、それなりの戦闘モードなんだろうけど、そこで本当は支えている「私」というのはそれほど、そうした言説機構のfinalventが好きというわけでもないな。

 森有正が、自身について、雨の日に部屋のなかでじっとしているのが好きなんです、と言っていたのがなんとなくわかる。そして彼はオルガンも好きだった。森有正言説マシンというか修辞マシンとその彼とは完全な祖語ではないが、彼は彼の帰る経験のコアのようなものがあった。

 まあ、その他私が馴染んだ著作者たちも、ときおり、そうしたコアの感覚を見せた。そこには孤独があったし、その孤独は、なんというのか、彼らを取り巻く人より、遠い小さな読者である私への愛情のようでもあった。彼らは、自分の言葉が遠く、小さい人に通じる日を確信していた。その確信がどほどか正しい理由として私がいる。ただ、その語りの部分のマシン性と、愛情と孤独の奇妙なバランスというものがある。

 うまく言えないが、むずかしい問題があるなと思う。もうちょっというと、遠い小さい人を愛そうとするのは孤独の言い訳かもしれない。でも、孤独はいつもそこにあるのだし、その孤独は、遠く小さい人に開かれていく性質はあるように思える。

産経社説 【主張】年金検証委 「労使癒着」の徹底追及を

 まあ、メモ。

 年金問題の根底には、労使の異常な癒着があるといわれる。その癒着の象徴が「自治労国費評議会(現・全国社会保険職員労働組合)」と社保庁が結んでいたいくつもの覚書である。

 たとえば「ノルマを課さない」「職員の競争心をあおらない」「端末機操作45分で15分の休憩」「1日のキータッチは5000以内」−など仕事内容を制限するものが目立つ。民間企業では考えられない甘さだ。

 この覚書が社保庁の体質そのもので、不祥事を次々と生んだといっても過言ではない。

 なぜ、こんな不祥事体質が生まれたのだろうか。

 社保庁は数十人の厚生労働省キャリア組を頂点に、約800人の社保庁採用職員と約1万6000人の都道府県採用職員が3層構造を形成している。長官をはじめとするキャリア組は在任期間中に余計なトラブルを嫌って、改革に乗り出そうとはしなかった。都道府県採用の職員は国家公務員でありながら、地方事務官制度のもとに自治労の支配を強く受けてきた。

 その結果、労使のなれ合いと怠慢が常態化し、組織が閉鎖的になり、不祥事体質が続いてきたとされる。

 なんで今頃この話題に誘導っぽい空気が。

毎日社説 核「初期措置」 北朝鮮は速やかに履行せよ

 朝日も毎日も北朝鮮とカネの問題は素通りしたいのだろうか。

朝日社説 北朝鮮送金―次は核施設の停止だ

 したがって、核合意を実行する前提として金融制裁の解除を迫った北朝鮮の主張はもとより筋違いだが、なりふり構わぬ北朝鮮にそんな理屈は通らない。

 八角の効いた中国様フレーバーなんだけど、国家的な犯罪が通じないから放っておいていう朝日の言い分はちょっと常識的に受け入れがたい。というか、この文章が通ってしまう執筆体制は大丈夫か。

 基本的に今回の制裁金の額は大した問題ではない。そのあたりも朝日は考察をネグっている。中国様経由しか内情が入らなくなっているのかもしれない。

 というか、朝日も人材をぽろぽろと失う時代かな。

朝日社説 社保庁法案―どさくさで押し通すな

 しかし、社保庁を6分割して非公務員型の公法人とする政府案は、採決を急ぐべきではない。

 ずさんな記録管理はまだ全容が明らかになっていない。政府の救済策もあいまいなところがたくさんある。そんな中途半端な状態で社保庁の枠組みを変えても、年金への信頼を高めるどころか、かえって不信を増大させかねない。ここは廃案にして出直した方がいい。

 信頼を損ねた理由が組織にあるなら、組織を変えないといけないというふうに今回は朝日は考えない。そりゃねというところでいろいろご事情といものがあるのでしょう。私はこの件ついては傍観しているだけ。というか、ブログなんかで言うだけの気概はない領域。

ログイン

 ちょっと早いか。

 昨日はいろいろあってくたびれた。の割に、泳いだ。朝、起きるのに疲れがあった。ぼうっと音信のない人のことを思った。どうしようもないのだろう。

 深夜にコンビニ行きビールを買う。少し飲んで寝た。酒の残りはない。泳ぎで全身筋肉痛というほどでもない。

 生活のアイテムが少しずつ変わる。生活の速度について保守的な自分と、それほど保守的でもない自分がいる。まあ、自分は自分だというしかない。

kerodonkerodon 2007/06/17 07:04 こんにちは。
>ネガコメ旅団とか、ネガトラバとか、つまり、やって来るわけね、うぜーのが。で、来ないでちょーだい、なわけですよ。
思うのは自然ですが、それをシステム的にウニャウニャ期待したら負けだと思う、くらいの覚悟をfinalventさんには期待したい泡沫ブログの書き手の私がいます。

finalventfinalvent 2007/06/17 08:10 kerodonさん、ども。書き方まずかったけど、私自身はネガネガ程度のレベルはけっこうどうでもよくて、むしろ普通のユーザーにどうしたらいいかという問題意識でした。

itfitf 2007/06/18 09:20 例えばスポーツで反則を防ぐためにルールがあるけど、本当のルールと言うのは、例えばある選手が自分のところにボールが来たとき、瞬時に何をするか決める事でさ。書けないルールが何であるのか、って言う。ルールについて語ってると、あれ何かおかしいな、と思ったら、自分が考えてるルールと一般的に考えられてるルールが全く違ってたり。もちろん一般的な、こう言うのは反則ですよ的なルールは私は同意する。そんなの従うかよ、って言うのは無し。私は一般的なルールに従う(文句を言う事もあるかもしれない)。でもそれどころじゃなくて。ボールが急に飛んできて、うわァ、と思って布団から飛び起きる、みたいな。私のこういう考え方は論理的で、テクニカルでfinalventさんから見たら不思議に見えるかもしれない。やはり私はどっか、楽観的と言うか、素朴に考えすぎてる、というか理不尽さみたいな物を排除してテクニカルに考えすぎてるのかもしれない。だから決定的な世代のズレみたいな物があるのかも、いやあると思う。でもちょっと上手く言語にできてないというか・・・まぁ、また考えてみます。

finalventfinalvent 2007/06/18 22:05 itfさん、ども。お話を誤解しているかもですが、私としてはメカニカルな基礎を与える、そのメカニズムのインテリジェンスで大枠は決まるかなと思います。

2007-06-15

ブログサバト

 というかfeecleにはいそうなので、ブログ・サバトをどうするかちょっと検討中。

 ま、適当に。

ええい、どこにでも「アメリカインディアンの教え」をコピペ

 とか。

 とこで、なんで「アメリカインディアンの教え」なのだ?

cover
子どもが育つ魔法の言葉 for the Heart PHP文庫: ドロシー・ロー・ノルト,石井 千春,武者小路 実昭

 しかし、あれです。

 これは、日本版の、あれ「子どもは親の言うとおりにはならん、親のようになる」でFA。

日経 春秋(6/15) : NIKKEI NET:社説・春秋 ニュース

厚生労働省の発表では2006年は、景気回復で12年ぶりに第三子を産む女性が増えたことが特徴という。未来への明るい予兆と思いたいのだが。

 もうちょっと第三子という話の内情に突っ込んでみたら面白いのにというか、机上で考えずに地べたを歩いてそういう生活の場を見てみるといろいろわかることがあるはずなのに、という感性がたぶん、この執筆者さんにはない。地べたを歩かない聞屋はだめだよとか思うが、とか書くと偉そうに聞こえる罠。

日経社説 悪質さ目立つNOVA(6/15)

 語学学習へのニーズは高まっている。民間のシンクタンク「矢野経済研究所」の調査では語学ビジネスの市場は約6400億円。NOVAは同業他社より安いことを武器に多くの生徒を集めた。だが仕事のため、子どもの将来のためと考える消費者をウソでつり、期待したサービスを提供しないのでは裏切り行為だ。働く教師を傷つけることにもなる。社会的責任はきわめて重い。

 語学は向き不向きがあるからあまりやっても意味ないと思うが。

 将棋とか語学とかできる人はできる。で、それが頭がいいというの関係ない、とまで思わないが。でも、語学というか言語というのは一言語なら普通に習得できるもの(将棋は説勝つに必要ないもの)。ちょっと頭の良さというのは違う範疇だと思うが。が、というのは、ネットやってても思うのだけど、語学はうるさい人多いよな。(私もその部類に見られているかわかんないが)。

産経社説 【主張】総連売却疑惑 検察は闇を徹底究明せよ

そのような団体になぜ、協力するような行為をしたのか。深い闇がありそうだ。検察の手で晴らすしかない。

 しゃらっと言うよな。

 この問題も、”当然”、きっこ様はスルーされるのでしょうね、最近あれ見てないのでわかんないけど。

毎日社説 NOVA処分 不正な商法防ぐ制度の強化を

 朝日の社説とは違って新聞らしいいくつかポイントがいくつかある。

 契約のあり方にも問題があった。長期契約はトラブルが発生しやすいため、語学学校業者でつくる全国外国語教育振興協会は契約期間を原則1年以内としている。ところが、NOVAは協会に加盟せず、前払い方式の3年契約などを売りにしていたが、中途解約を申し出る人には返金を低く抑えていた。リスクが高まる長期契約は直ちに見直す必要がある。

 行政の対応にも課題が残る。中途解約をめぐり東京都は02年、経産省と協議のうえ、返金システムを契約時に書面で示すよう指導したが、「解約は消費者側の都合」とのNOVA側の主張を認め、返金の額を抑える手法そのものの変更は強く求めなかった。結局、今年4月に最高裁が無効との判断を示すまで、この手法が温存された。経産省が早い段階で率先して改めるよう指導していれば、トラブルはもっと少なくて済んだはずだ。

 NOVAに関しては02年以降、全国の消費生活センターに毎年800〜1000件を超える苦情が寄せられていたのに、経産省が立ち入り検査したのは今年2月になってからだ。消費者の声により耳を傾け、実態調査に素早く乗り出す姿勢を打ち出してもらいたい。

 あと個人的には「駅前留学」の駅前の利権問題もありそうに思うが。

読売社説 「よど号」犯の妻 北朝鮮の国家的犯罪に加担した

 こうした話題はもうはてな世代には通じないのだろうな。あるいは知識化されてしまう。あの時代庶民がこの問題をどう感じていたかなんて文書には残らないし。そういう時代の空気のなかで大衆が何を思っていたかを探ることは難しい。

朝日社説 NOVA処分―駅前「停学」は当然だ

 この問題自分もよくわかんないのだけど、つまんない社説だなと思う。後で突っ込むかも。

晴れ、これから曇りか

 空気が澄んでいるせいか富士山が見える。この季節の富士山というのもきれいなものだな。

 金曜日、今週は速かったなとも思うが、水曜日にニューズウィークを見て、え、もう水曜日とか思ったので今日は来るべくして金曜日。ただ、目先に追われてちょっと中長期的な物が考えられなくなりつつある。

 ブログは、これは気分的なものかな、feecle的なものにシフトしてきている。feecle自体にシフトしているわけでもないと思うのだが、ケータイで一行書き、そしてつながりというのは面白い。まだうまく理屈はないし理屈付けると外しそう。

 反面、はてなの重さやいわゆるブログ界的な話題の重さを感じた。ブログ界のコアの部分というか複数的なんだろうけど、数年選手的なコアの部分で、その外の世界とのコミュニケーション意識が変化しすぎているようにも思う。フツーの人はフツーに考えるという部分が、率直に言えば、実はメディアの意識操作の結果だった。その意味で、ブログが脱洗脳的になっているとも言えるのだが、マス的なコミュ意識はない。

 マルコ青年話題(というのもなんだが)、これも率直に言うと関心ない。マルコ青年がこのレベルで下手を打つタマとはとうてい思えないのだがと挙動を見ていると、なかなかの人だね……というあたりから、むしろ巧まざる結果なのだろうけど、ブログの世界の別のものが見えてくるように思えて、それはそれで面白い。ちょっとだけ言及すると、以前パソ通時代はつまんない正義とそのプチゲシュタポが横行していた。実は今でもブログの世界はその派生があちこちいるのだけど、たとえば、歌詞の一行を引用しただけで大騒ぎとかなった。今思うとバカみたいだが、これは一応理屈が付けられないものでもない。しかし、大衆というか普通の人は風呂上がりにふんふん歌ちゃうもので、それが延長したような発言に歌が出てこないわけがない。また歌とはそのように歌われるものだ。という感覚がいつかネットのなかで麻痺していくし、権力化していく。誰かが、おかしいってば、バカじゃねーのエロい人、と言わなくてはならない。ま、云々。

 メディアのほうはというと、参院選のバカ騒ぎか煙幕ばっか、というわけでもないのだが、それほど大事件はないように思える。人によってはあれとかこれとか大事件なんだろうけど。むしろ、日本の国力の低下が問題で、海外の日本人には痛感されるのではないかと思うが、日本内部からはあまり見えない。

 総じて、日本はじり貧坂を転げつつあるなと思うし、参院選のバカ祭りが終わると、しゅーっとしぼんできそうな気もする。まあ、どこまでも行くか。

himorogihimorogi 2007/06/15 09:57 >そのような団体になぜ、協力するような行為をしたのか。

http://temple.iza.ne.jp/blog/entry/194816
>事実上彼が仕えた内閣は細川内閣、羽田内閣、村山内閣の3つだった。

asukabasukab 2007/06/15 14:25 こんにちは。経験から「語学にうるさい人」と「プチゲシュタポ」は同じ人じゃないかなと感じています。思い出すだけでも、ぞぞぞと寒気がします。

TheIneleganceTheInelegance 2007/06/16 09:07 モヒカン族は滅びつつある気はしますが、全体が違うモヒカンになった気はします。

finalventfinalvent 2007/06/16 09:19 himorogiさん、ども。今回のこれって読売ネタなんでしょうかね。まあ、わかる人にはわかるのでしょうが。

finalventfinalvent 2007/06/16 09:20 asukabさん、ども。「ノースアメリカン(North American Aviation, Inc.) はアメリカ合衆国の航空機メーカーである。」ウィキペディアより。

finalventfinalvent 2007/06/16 09:22 spontaさん、ども。ノルトの詩についてはspontaさんの評価が正しいでしょうね。梅田さんの言論は表面的には素朴ですが、背景には複雑なものをいろいろ思います。spontaさんはそれを察してそう思われているのかもしれませんが。

finalventfinalvent 2007/06/16 09:23 TheIneleganceさん、ども。なるほどそうかもと思って、少しちょっと違うかなとも思いました。反論とかではなく、モヒカンってなんとなく加齢臭っぽい感じがするんですよ、印象ですが。

2007-06-14

コメント欄とトラバ

 ここはトラバ付けてないんですよ。最初、そういう仕様だったので。で、付けることはできるんだけど、ゴミトラバとか多いし、あと読みづらいし、ネガネガとか付けたかったらぶくまでもええんでないとか思うし。とか言って、どうも最初の仕様がそうだったというのが理由というか、最初ここで極東ブログを始めたあと、ここはけっこう私的なメモというかだったし、どっちかというと現在のぶくまページみたいなものだった。などなど、それほどはっきりした理由はない。

 コメント欄ははてなユーザーに閉じている。以前はそうではなかったのだけど、奇妙な攻撃を受けて、ああ、こういうのが出てきた時代なんだなと思って、はてなユーザーに閉じた。また、はてなユーザー外に開いてもいいだけど、それもなんとなくめんどくさい。黒木ルールじゃないけど、はてなユーザーだとわかればそれなりにわかる感じがしていいし、別に日記書かなくてもはてなユーザーである負担はないよという意味で、私自身が多少ははてなの宣伝塔。ちなみに、feecleの宣伝塔っぽくもなるのかと思ったけど、そうでもなさげ、かな。

 極東ブログのほうは、コメント欄もトラバも開いている。実はトラバだが最近、スパムが多い。それとスパムじゃないトラバがココログでスパム認定しているっぽい。なんだかなと思うが、まあ、もう耐えられないといううざさではない。コメント欄のほう開けているが最近は枯れている。それほど利害に関わること書いてないからビジネスとして組織的に嫌がらせするメリットがないんじゃないかな。とか私に思わせただけ彼らの勝利かもだけど、仕事でやってそうないやがらせだと、お仕事ご苦労さんっぽい。つまり、最初から私のブログなんか関心ないでしょ。

 しいていうと、ブログ全体がある程度の発言力を持つことにご不快なというか不都合な勢力というのがあって、微妙にお仕事されているっぽい(このあたりお前の妄想だろ認定済みかな、はてな村長印付きで)。単純にいえばアルファーブロガーなんてものをつぶしてしまうか、あるいはお笑い認定にするかなんだけど、それはアルファーブロガーと言われる人たちが自分たちでお笑い認定やっているから、それも意味ないんじゃないかな。というか、もうちょっというと、アルファーブロガーと呼ばれる人たちの切れ味は実は潜在的にすごいんだけど読みづらくなっている。まあ、わかる人だけがわかればいい的な微妙なコードがありそうだし、それといわゆる初期アルファーブロガーと実際の現在のブログシーンとは少しというかかなりちがう。そのあたりは、けっこうどっぷりブログに漬かっていないと見えない。2ちゃんとかからブログの攻撃とかある場合があるけど、たいていはそういう全体背景のなかで起きているわけではない。

 ある種の過渡期なのか、衰退期なのかよくわからない。私としては、お仕事でブログやってるんじゃないからお仕事っぽい攻撃に向き合うのは難儀。洒落、わかれよ、とか思うくらい。洒落のわからんのは、ネット業界のお仕事がきついっていうのもあるんだろうな。利害にさとくなりすぎなんだろ。でも、こんな糞業界偉くなるってことが逆説なんだから、静かに人生終わらせるべきだよ。リア充とかいうけど、リア充っていうのは、静かに暮らすってことだよ。

今日の猫蛙のナイス考察

 ⇒負け犬女の次世代機は「街金女」 - 好むと好まざるとにかかわらず - 楽天ブログ(Blog)

 なるほどというかほぼ同意見。

 30歳のところに何かあるかはわからないけど。あるいはバブル後遺症時代というかそういう歴史のうねりなのかもだけど。

実はですね、下の世代は何だか様子が違うんですよ。31歳以下の独身女性はどっちかというと「自責」なノリ。

 猫蛙さんの考察と同じかもだけど、身近の世代でバーカ見ちゃうとどうしても、自責的な賢さというのは身についちゃうし、世間っていうのは、ひやっと見るとよくわかること多いし。というか、ああやれば勝てるのか、ふーん、疲れそう、勝率低そう、無駄っぽい、セブンイレブンメロンパン買って食べてコメちゃんにメールしよう。みたいなノリというか。

 ただ、この世代というか、つまり、はてなぶいぶい的な失われた世代下というか、実ははてな怪人列伝から見えない普通のはてな利用者世代というかは、ちょっと奇妙な傷みたいのを心に負っている気がする。とか私みたいなズタボロフェアが言っても痛過ぎなんだけど(ちなみにこの手のリマークを入れて釣れちゃうことがあるんだけど叔母か?)、そのあたりって、どうしても恋愛の傷の悪循環になるので、どうなんでしょうね。まあ、そのあたりもわかっているから適当に最適化されるのだろうか。

 とか書きながら、その世代の孤独や痛みというのは、言葉が失われている痛みや悲しみかもなとも思う。その点では、私なんかはまだまだ言葉があった。というか、どんな世代でもやはり最後は言葉という武器を手に取るのだろうな。地獄だな。

あわせて読まれたくない

 ⇒あわせて読みたい

 よくわかんないけど、「あわせて読みたい」として出てくるところって、それ貼っているブログよりPV強者のブログじゃないの?

 ってことは、PVが多いところがさらに多くなるシステムの一環では?

 ってか、そうして範列化してもな的。

 まあ、はてなおとなり日記の拡張版?

 っていうか、この手の類似ブログのマップって一時期流行って廃れたのでは、というか、関連性みたいのをどう計算しているかだけど、キーワード? RSS? たぶん、Alexaみたいにクッキーでやればいいのでしょうけど、というか、その場合、統計的に意味のある結果が出るのだろうか、というか、ま。

普通のスピーチをするには?

  1. 期待された役割をセリフようにこなすこと
  2. 慌てて舌を噛まないように

産経社説 【主張】よど号犯妻手配 欧州拉致ルートの解明を

 政府は拉致問題対策の一環として、7月から北朝鮮向けの短波ラジオ放送を開始する。すでに、民間の特定失踪者問題調査会が放送事業者の免許を受けて短波放送を発信している。韓国在住の脱北者による「自由北朝鮮放送」も今月末、東京に日本支局を開設する。これらのラジオによる“対北攻勢”も有効な圧力となろう。

 いろいろ思うことがあるけど、黙ってよっと。

毎日社説 家電リサイクル 抜け穴ができない仕組みを

 一方、軽トラックなどで市街地を巡回する不用品の回収業者が、テレビなどの廃家電を無料で引き取っているという問題もある。製品としてリサイクルするという建前になっているものの、製品として使用できないようなものまで回収されている。

 実際には金属などの資源が目的で集められ、裁断しただけで海外に持ち出し、現地で環境汚染を引き起こしている例も報告されている。これは廃棄物の輸出を制限した国際条約に違反する行為だ。

 というのをきちんとジャーナリズムがフォローするといいけど、たぶんそれができないはず。というのが問題なはず。

ちょっとだけ

 エフェス郊外にあるマリアの教会への坂道を上りながら、ふと脇にパウロを幻視のように見たことがある。正確に言えば見たわけではなし、見えるわけではない。現代人の言葉でいえば想像したというものだが、経験的は強烈な被受性があった。まあ、それは通じる人には通じるだろうが。そして辿り着く高い小アジア半島の空の下で、マリアやイエスについても同じように、その教会の湧き水を飲みながら思った。黙想した。

 イエスやパウロは私の前に立ち、弱いことは恐いことですか、強くなりたいのですか、あなたが本当に最も弱いときに私=イエスが代わりに立ちます、なにも恐れることなく、その弱さと傷つきやすさだけを大事にしてください、そう語られたように思う。そしてイエスはいつも世のもっとも弱い人を私が覗き込めばそのなかに立ち、振り返って私を遠く見つめて微笑んでいる。私=イエスはここに居る。いつもいる。あなたが弱い人を見つめているなら私=イエスはいつもそこにいる。

 それはやや私の深い信念になっており、そこだけ考えれば、私はクリスチャンのようなものなのだろう。ただ、そうした世の中のことは私にはどうでもいい。

 パウロは強くなろうとした。しかし、強くなれなかった。主はパウロを本源的に挫かせ砕き、そしてそれを恵みだと伝えるべくその人生を引き回した。それはパウロにとっては恵みであっただろうし、パウロの弱さそのものがイエスの強さであった。パウロが私は自分の弱さを誇ろうと語るとき、それはただ単純にイエスとの出会いがあった。弱い人、苦しむ人があればパウロはためらいもなく歩み出した。

 話が少しずれるが、シモーヌ・ヴェイユは世のありかたを重力として、己の真空こそが恩寵だとした。彼女は奇妙な言葉を語る人だったが、言葉づらの奇妙な様子をとりあえずおいて、彼女の実践から言葉を見ればまったく誤解を招きようもなくクリアだ。つまりそれはそのままだった。彼女は、己の真空を身体に引き寄せて、そして実際的には自殺してしまったも同じになった。自分が弱いこと無であることを身体性に及ぼしてしまう、ある種の炎のような恋情のようなものが彼女のなかに発生した。パウロはなんと言うだろうか。マリアはなんというだろうか。イエスはヴェイユのなかでどのように語ったのだろうか。

 私は率直に言えばヴェイユのなかに悪魔的なものを見る。だが、かく言う私にも、またあのパウロですら、ある種の悪魔的なものから無縁ではなかっただろう。力そのものが悪をもたらすのか、弱さのなかに立ち現れるイエスはそこをどう私に伝えようとしているのだろうか。私はそこが今もわからない。

話題の「雑魚」

 雑魚であることはとってもよいと私は考えているし、私など雑魚だろうと率直に思う。お前雑魚とか言われると、そういうお前さんは雑魚じゃないんだろなとか思うが、これも率直に言えば、雑魚でしょ。

 システムスルー力ではないけど、ある水準のPVのないブロガーはネット上での自己認識がシステム的には正規化されていないし、その偏差の外側に強烈な自己主張というか他者への悪意を出されても、それは違うでしょう。増田2ちゃんなどでもそういうふうな機能として発現されることはそれ自体が痛すぎでしょう、と、まあ、特に言うほどでもないのだが。

 単純な話、雑魚というのは内容というより、いかにして語り、伝えるかということにもかかっているし、その一つのネット側からのリフレクトとしてPVなどがある。ただ、これもきちんと考えれば下のエントリでも書いたようにコヴァートな悪意であったりもする。

 ただ、それでもなんらかのネットプレザンスがなければやはり雑魚は雑魚だろうし、そこからきちんと正規化して脱雑魚化しない人は雑魚過ぎなんだろうと思う、というか、言葉というのは案外、そうした公を志向する本質的な機能がある。

 ま、とはいいながら、そういうふうにひやっとして見ると、私が私を雑魚と自認するのは奇妙な歪みはあるだろうし矛盾はあるのだろうな。

このところゴミコメント認定の範囲を広げています

 極東ブログのほうに、ゴミコメントと言っては失礼かな、ただ、エントリとは関係なく、私という存在についてのコメントが入ることがあって、とりあえず当面の話題に関係ないので消去というか非表示にしています。

 私が「私」という視点で書いているので、私に関心を持ってしまうのはある意味しかたのないことですが、私としてはだんだんそういうスタイルで書きつつもある種の無私感があり、むしろ、私が思ったことをWeb2.0というかウィキペディア的に共有・編集・創造して欲しいので、私に向かう視線というか言葉(罵倒的であることが多いけど)は、ただの無意味な雑音に思えます。

 あまり否定的なことやそうしたネガティブに私に関心を持つ人を刺激したくないけど、多少ルールを変えます。本質的なルールを変えたわけではないので、あまり明示しませんが。

梅雨に入ったかな、曇天から雨か

 ニュースは見てないが、天気図を見るとややそんな感じだ。今日はこれから雨が降りそうだ。昨日のニューズウィークを見て、ああ明日は木曜日かと思った。今週は速かったな。いろいろ動きがあるにはあった。疲れもした。

 否定的なものや情報とどうつきあっていくのか、そう言葉の上で考えていけばいろいろと言葉も紡ぎ出されるだろうが、まずあるのは感情のいらだちのようなもので、そしてそれはとても等身大の自分に近い。そして否定的な感情はすでにそうした否定的な情報の受容であり、少なくとも主観的には否定的な情報があると見なしている。そのあたりの自分の認識の誤差をその否定的な感情のなかで修正するのは、多少努力がいるし、そうした努力を無意識に働かせているのも疲れることではある。

 こうした状況はネットばかりではなく、むしろネットは社会のそうした陰を色濃くしているのだろうが、たぶん、そうした否定性はある倫理の崩落かもしれないと思うし、では私にそうした倫理があるのかと問われるとまた言葉は空回りしていく。

 ネットの罵倒とかがこのところ話題のようだったが、ぶくまやエントリのオヴァートな罵倒(それはほとんど問題ない)や、あるいは増田2ちゃんなど匿名が企図されている罵倒(それはただシステム的な強度だけが問題)など、ある意味どうでもよく、コヴァートな罵倒としての集合性が問題だろう。どうしてこんな下品な話題にぶっくまーくが300個やめてちょーだい♪的な状況だ。それを衆愚と言ってもいいし、それらを批判することも言葉の遊びとしてはできるが、問題はこの無自覚なコヴァートな悪意を自分というか発言者というのはどう考えたらいいのだろう。それは反面支持ということとも同義でもあるし、なんというか、孤独感のもつある種のいらだちと、少なくとも私のなかでは結合している。率直に言えば、私は他者と対話しているというか言葉を投げ合ってもそれほど通じてるとは思わないし、人は私の言葉が不完全だと批判することが多い。だが、そのとき、私が見ているものは、人々というプラスチックの仮面に覆われたオブジェのようなもので、そこで私は孤独に震えている。あるいは、プラスチックの仮面を剥いで現れるあまり露骨な暴力だ。だが、たぶん、その暴力性は愛というか恋の情熱とも関連しているのだろう。

vardavarda 2007/06/14 09:53 こんにちは。「雑魚」になり損ねた、ダメダメ雑魚もどきです。
つい、かーっとなって怒りがあっという間にMAXに達し、かなりの時間が経たないと冷静になれません。
そのせいで、自分のブログでも、よそ様でもかなり迷惑をかけてきました。
冷静になると、「もう二度とやっちゃいけない」と反省するのですが、気がつくとまたやっちゃってる。
どれも感情的なもので、私の方が悪いんです。
怒りを抑えられるようにもっと感情抑制出来るようにならなければ、「雑魚」にすらなれません。
最近は、よそ様のブログで迷惑をかけることはかなり減ったと自分では思っております。

itfitf 2007/06/14 10:58 他人の説がよく分からないが自分の考え。美人と言うのは獲得における希少性ですね。男性視点だと自分のイメージ(容姿、収入、性格など)が悪いとその分美人の希少価値は高まる(つまり美人の価値は女性から見た自分のイメージと関係する。恋愛市場での美人の増加や一般化とは何の相関関係もない)。女性視点だと美人は先天的なものだから希少価値は人によってとても高い。後天的なものと考えるなら、コストパフォーマンスで美人の価値が決まるけど、どう計算するんでしょう。(お金をかけることによってなれる美人というものがどれほど可能性のあるものなのかイメージするのは難しい。コストパフォーマンスというと美人は獲得できる、投資対象であるということが自明の前提になってるがそれはさすがに・・・。)後オタク世代という言葉が良くわからない。オタクは例えば同世代の人間でもほとんど見たことがないほど希少なのでオタク世代という言葉はやはり無理があると思う。世代というほど一般化できない。オタクどうこうよりオタクを探す事のほうが難しい。後、20代の女性が若さについて達観するというのもわからない。若い女性は何もしなくても若いわけだから。拘る理由も、諦める理由も、対策を考える動機もない。恋愛市場で昔と決定的に違うのは上の世代を見て、学習し、結婚に対して慎重(子育ては母親に凄く負担が掛かるから自由が減る等)、もしくはカジュアル化(例えばすぐ離婚するとか)してることでしょう。美人に対しては構造自体は特に変わってませんが、変わってるのはヴァリエーションが増えたとか(ロリとか熟女とか)。

finalventfinalvent 2007/06/14 14:22 vardaさん、ども。怒りというのは基本的には内発的なものですよ。自分を見つめる機会です。ただ、相手がプロ級だと逃げるが吉です。

finalventfinalvent 2007/06/14 14:24 itfさん、ども。私は冗談で「美女一定の法則」というのを考えているのですよ。社会要因で一定数に決まっていると。貨幣と同じ共同幻想の一種だと思いますというか、まさに美女とは貨幣なんじゃないかな、と。ま、ちょっと変な考え方ですよね。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/14 14:26 ある本の一節の、『話の中に私を見るな、それは無意味だ』というのを思い出しました。まあ関連性は無いかもですが。
罵倒は、確かに見ていて気分の良いもんじゃないですよね。
ただ、ネット社会に訴えたいとかじゃないんですが、倫理とかは、必要無いから大事なのにとか思うと、その一線を軽く越えるのってどうなの、と思ったりします。世界的に匿名の規範意識なんてそんなもんなんですかね。

finalventfinalvent 2007/06/14 15:15 sakaepikurosuさん、ども。ちょっと話がずれるかもですが、この日記はけっこう自己表現だけど極東ブログとかそれほどでもないかな(そう読まれてしまう書き方しているわりには)とか思うので、罵倒的コメントもらっても、で、事実は何?とか思う。事実が違っていたら直す。そんだけ。ご意見とかだと、じゃ、そういうご意見をコメントに残しといてね、みたいな。一種の共同作業的というか。コメントでしかも匿名で自己表現とか自己主張とかされても、ちょっとね。

finalventfinalvent 2007/06/14 18:32 spontaさん、ども。十分に理解しているわけではないと思うのですが、例えばspontaさんの指摘に共感する部分は多いのです。外しているかもしれないのですが、私などは、若者というのは粗暴であっていいと思っているのです。そして粗暴であるための道具を持たせるべきだと、それがIT技術でありマネー技術であってもいいじゃないか、大枠として認めようじゃないかという思いがあります。ちょっと爺臭いことをいえば、人生の大きな力というのはIT技術だのマネー技術などで動くものではありません。しかし、そういうものにぶつかる前にあるいはぶつかりつつも、世界史のほうを動かして欲しい。君たちはエンジンなんだと思うのですよ。私が見渡せる範囲のIT技術でも変なことはいろいろあります。しかし、ええい、今は目を瞑れとか思いますし、そして、私はそれらをふっきってでも前に進めたらいいと。私としては、そこから持ち落ちることでそれを落としちゃいけないだろうというところをできる範囲でカバーするだけです。ちょっと別の角度からいえば、spontaさんはとても幸せな位置にいるのですよ(皮肉ではありません)。そこは実はもう若い人たちが想像しずらい世界かもしれないのです。

pakopokopakopoko 2007/06/14 19:52 ちょっとズレたところでコメントして申し訳ないのですが、怪物みたいなのに魅入られないようにするためには、強くなるのと弱くあるのと、どちらがいいのでしょうか。個人的なことで言えば、強くなろうと努力してきたのですが、今日のfinalventさんの日記を読んでハッとして、随分考え込んでいます。

kurosiosadakitikurosiosadakiti 2007/06/14 20:10 何でしょう。ブログって結局ツールなんだなぁと。実は2chとブログは切っても切れなかったりテキストサイトからの流れがあったり。昔だったら2ch→webスペースでまとめサイトが、wikiやブログになったり。日記サイトやらテキストサイトからブログに移行したり。ニュースサイトとかもブログを利用してるし何でしょうね。この独特感は。

finalventfinalvent 2007/06/14 20:17 pakopokoさん、ども。あまりナーバスに考えるのもどうかと思うのですが、強さというのは結果論です。弱さというのは逃避や防御だったりします。傷つきたくないとか。簡単な答えはないんだと思いますよ。

finalventfinalvent 2007/06/14 20:18 kurosiosadakitiさん、ども。流れていく感じと変わらなさみたいなものでしょうか。私はなんとなくTwitter的な方向(feecle)にずれつつあります、意図的ではないですが。

kinghuradancekinghuradance 2007/06/14 20:47
>ある種の過渡期なのか、衰退期なのかよくわからない。
>私としては、お仕事でブログやってるんじゃないから
>お仕事っぽい攻撃に向き合うのは難儀。洒落、わかれよ、
>とか思うくらい。
ブログの一連の流れとしては「幼年期の終わり」ということを感じますが、何だかんだ言ってもたぶん強い情熱を持って書き続ける人がいる限り、ブログというものは簡単に衰退しないと思うのです。
むしろ、「衰退」といえば既存のメディアの方が加速度的に劣化しているのだと思います。
ドラマを見ても、ニュースを見ても、バラエティを見ても「何なんだこれは」というクオリティのものを頻繁に目にするようになりました。
「ブログ全体がある程度の発言力を持つことにご不快なというか不都合な勢力」はネット界隈に介入するよりむしろ先にそっちを何とかすべきではないかと思うのです。
ネットは所詮雑魚の集合体。但し、雑魚の群れは雑魚の群れなりにけっこう強力だったりもしますけれども。

yukattiyukatti 2007/06/14 21:03 部分的な反応で申し訳ありませんが、ブログについて。トラックバックがスパムでこんなに使えなくなるものになるとは正直予想していなかったというか、以前(2,3年くらい前)までの「トラックバックで解決できることはいろいろある」と考えていた自分のウブさにがっくり来ます。
>っていうか、この手の類似ブログのマップって一時期流行って廃れたのでは、というか、関連性みたいのをどう計算しているかだけど
については、ちょうど一昨日いしなおさん(RSSフィードからエントリーごとに含まれるリンクを解析する『blogmap』を以前提供されていた)がblogmap破綻とその後の朝鮮について書いておられたのが興味深かったです。耐spamがやっぱり問題になっているよう。あと、
>feecleの宣伝塔っぽくもなるのかと思ったけど、そうでもなさげ、かな。
どなたのヒトコトに書き込んだか失念してしまったんですが昨日・一昨日くらいに「feecleをはじめたきっかけは?」みたいな質問があって、そこのコメントに「finalventさんの日記がきっかけ」と答えていた人多かったですよ。わたしも直接はそうです。

yukattiyukatti 2007/06/14 21:04 書き忘れてしまいました、いしなおさんの該当記事 http://tdiary.ishinao.net/20070612.html#p01

sparkspark 2007/06/15 06:42 この記事見て
http://d.hatena.ne.jp/hobo_king/20070613/1181724840
ラノベ方面は範囲外でしょうが、文学全体で俯瞰したときに、
こう言う哲学との境目が絡んできそうなのは、
finalventさんの考察があったら面白そうとか思いました。
興味なければスルーで

finalventfinalvent 2007/06/15 09:31 kinghuradanceさん、ども。ええ、ただそのあたり(ブログ界)、なんというか、大衆に開かれてない距離のようなものを感じるんですよね。そういうとき、私は、そっちに動いてしまう。

finalventfinalvent 2007/06/15 09:33 yukattiさん、ども。え?そうだったのとかちょっと思いました。でも、ノリがいわゆるブログの世界と違うような。あるいはエキサイトとかだとfeecleみたいな感じがあるのかな。個人的にはむかしのはてなの感じに似ていていいなと思います。いまのはてなだと、読む人/書く人/話題というのがなにかしら構造化されているような感じがしてうまくいえないんですが。

finalventfinalvent 2007/06/15 09:34 sparkさん、どもラノベはまったく見てないんですよ(プリキュアは見てたりする)。ただ、若い人の感性のあるところはまず肯定していいと思ってます。というか、機会があれば。

2007-06-13

フォー

       finalventって
       コメ食わないのかな
           ∧,,∧   lヽ⌒ヽフ
          ( ´・ω・) (・ω・ )  食うって言ってたよ
          (っ=|||o) (っ=||| o)
        ̄ ̄ `――´ ̄ `――´ ̄\
       
       ほんと?
           ∧,,∧   lヽ⌒ヽフ
          ( ´・ω・) (・ω・ ) ベトナム・フォーとか。
          (っ=|||o) (っ=||| o)
        ̄ ̄ `――´ ̄ `――´ ̄\
       
       フォッフォッフォーなんちて
           ∧,,∧   lヽ⌒ヽフ
         (V) `・ω・(V) ( ・ω・)
         ヽ     ノ (っ=||| o) ズルズル
        ̄ ̄ `――´ ̄ `――´ ̄\
       
       それってコメかよ
           ∧,,∧   lヽ⌒ヽフ
          ( ´・ω・) ( ・ω・)  コメから作るよ
        ズー(っ=|||o) (っ=||| o) モグモグ
        ̄ ̄ `――´ ̄ `――´ ̄\
       

罵倒の言葉があるとして

 ああ、これは誤解だなと思う場合でも、

  1. 誤解を解くだけの聴く耳なさげ
  2. 誤解を解くだけの理解力なさげ

とかだと、まあ、しかたないんだろうなと、でもそう言うとなんだかバカにしているみたいに思われそうだし、誤解広まるし、だまって通り過ぎる。

 

            .   /⌒ヽ
              /    ) だまって通り過ぎる
              |    /
              | /| |
              // | |
             U  .U

 

 あと、匿名の罵倒というか、私の見えないとこの罵倒とか、うーむ、存在しないも同じだし、以前も書いたけど、システムスルー力というか一定以上のPVをもたないブロガというかエントリというかそういう弱い位置からの罵倒というのは、誤差としてまるめて、無し、としていい気がする。ただ、これも言うとなんだかPV取れないのをバカにしてんのかとかお前はPV取っていい気になっているのかとか云々とかなりそうなので、だまって通り過ぎる。

 

                    .   /⌒ヽ
                      /    ) だまって通り過ぎる
                      |    /
                      | /| |
                      // | |
                     U  .U

はてな怪人列伝

 とか裏ヘルプにあるといいんだろうな。

 はてなって怪人大杉だし、まあ、大杉でもいいのだけど、それが奇妙な納豆ワークになっているから知らないで寝っ転がると、やわらかな猫のうんちとかあったりすんだよな。

 そういえば、たまに、finalventって何このキモイ人、とか、なんでこの人人気があるの、とか、エントリ読んでも全然わかんない、とか、言われる。まあ、はてな怪人列伝があれば、うんこ踏まないでもよかったにね、残念。

 とかいうけど、私もけっこうそのあたりわからずに、ナイーブにそれはないでしょとか、それは違っているとか怪人にはてなトラバしちゃうことがあって、finalvent先生空気読んでくださーい、とか、学級委員長に言われる。いや、すまそ。

 っていうわけで、はてな怪人列伝とかあるとよいのかもだけど、ま、冗談で、あったらあったでぶきみか。dankogaiさんは、id:dankogaiだったりするのも普通は通じないか。

 っていうか、ぶきみ以前に恐いよな、普通の人は変身ベルト持ってないし。

 

追記

 冗談でid:dankogaiと書いたら、存在していた。そまそ^2

おはよう増田、釣られるよ

 ⇒全はてな村民入場!!

 ⇒はてなブックマーク - 全はてな村民入場!!

 各怪人についてちょっと読みが足らんような気もするし、幾人か重要人物が抜けているような気もするが、まあ、それこそWeb2.0で編集してみては。というか、はてなって怪人大杉

 で、と。

めい土の土産に最終弁当とはよく言ったもの!!

達人のほのめかしが今 ブログでバクハツする!! 極東ブログ d:id:finalvent先生だ―――!!!

 昭和天皇の葬式というか天皇の場合は葬式とかいわないのだが、八王子の陵におさめるとき今上が祝詞のようなものを天皇家の伝統として読み上げた。詳しい内容は公表されていないのではないかと思うが、その内容には、二度とこの世に蘇るな、みたいな一節があったという。そうではないかと私も思った。古事記にもある(ちなみに古事記は平安初期の偽書)。

 日本の民俗にもたしか、死者にあえて毒を飲ませるというのがあったかと思う。最終弁当は冥土の土産ではなく、もう生き返るなよと死者たちに飲ませる引導であればと思う。まあ、私こそがハーデスなのだろうが。

 と、君、ハーデスは知っているよね、知らないで、「達人のほのめかし」とか言っちゃだめだよ。さあ、ウィキペディアで勉強してみよう。するとほのめかしの裏がきちんと読めるようになれるっ手羽先の甘煮。

日経 春秋(6/13) : NIKKEI NET:社説・春秋 ニュース

世界的に魚介類の人気が高まり、日本の業者が買い付け競争に負けている――。さきの水産白書はこう指摘した。供給は絞られ、争奪戦の旗色も悪いというダブルパンチだ。われら魚食民族が安心できる知恵はないものか。

 食える魚を食えばいい。養殖もできる魚もある。嘆いてもしかたのないものはしかたがない。

 鰻についていえば、現在流通している調理済み鰻では旨くない。鰻を感動的にうまく調理できる技術のほうが問題のようにも思う。まあ、金持ちは美食でなくてはならない。

日経社説 銀行の信頼崩す三菱UFJ

海外業務も処分対象になった。昨年12月に米金融当局も処分したニューヨーク支店の資金洗浄対策の不備に加え、上海など海外拠点で行員の不正が相次いだ。強みだった旧東京銀行の拠点網が問題の温床となったのは皮肉なことだ。統合後、行内で不協和音が強まっているとの指摘もあり、来年中を目指すシステム完全統合にも不安を残す。畔柳信雄頭取ら経営陣は体制刷新も辞さず、不祥事を根絶する覚悟を示すべきだ。

 薄目で見ると人事管理の問題のようでもあるし、それこそ大きな問題でもあるのだろう。というか、有能な人が流れているようにも思う。投信かよとも思うし。

産経社説 【主張】総連本部売却 元長官は経緯を明らかに

朝鮮総連在日本朝鮮人総連合会)の中央本部(東京都千代田区)の土地と建物が、元公安調査庁長官が社長を務める投資顧問会社に売却されていたことが明らかになった。両者の関係を考えると、疑惑を招きかねない取引である。元長官には説明責任がある。

朝鮮総連中央本部の土地と建物は東京都から固定資産税を課され、期限までに納税しなかったとして差し押さえられていたが、最近、全額納付され、差し押さえが解除された。また、朝鮮総連は、経営破綻(はたん)した在日朝鮮人系の信組から不良債権を引き継いだ整理回収機構(RCC)から、約628億円の返済を求められている。今回の取引は、朝鮮総連が資金繰りに追われている時期と重なっている。

 興味深いが、というに留めよう。

毎日社説 成長率先進国一 円安も低金利も納得いかぬ

 いつもならまたかよ毎日新聞と快活に思えるところだが、少し傾聴してもいいかなと思う。

経済情勢が好調で予算による需要追加が不要ないまこそ、格差対策など構造にかかわる手立てを本格的に打つべきだ。それが巡り巡って、内需の振興にもなる。

 経済界のみならず、政府部内には景気拡大を持続させるためには、為替相場を現状の円安水準に維持しておく必要があるとの主張がいまだに根強い。輸出への配慮からだが、これは間違いだ。実効為替レートはプラザ合意以降の安値水準にある。日本経済が依然多くの問題を抱えていることは確かだが、それを打開することで自国通貨も国際的に評価されることが経済の健全性の証しだ。

 まあ、頓珍漢なことも言っているのだが、「輸出への配慮」という点では私は毎日新聞の肩を持ちたい。

 日本の消費者はなぜ貿易によってもっと豊かな消費生活が歩めないのだろうといぶかしく思う。

朝日社説 自殺対策―20%以上減らすには

 まあ朝日新聞のこの手のネタに言及するのは野暮というものだが。

 昨年は生徒や学生の自殺が増え、統計を取り始めた78年以降で最も多くなった。小学生も14人、中学生は81人もいる。将来ある若い命が失われていくのは残念としか言いようがない。

 大綱は、心の健康や人格形成を手助けすることの重要さを指摘している。それに加え、幼い頃から命の大切さをもっと教えることも欠かせないだろう。

 中高年の男性の自殺は、依然として多い。健康への不安が増す60代だけでなく、働き盛りの40〜50代も自殺する人が後を絶たない。

 78年は私の思春期の終わり青年期の始まりだった。まさに私が自殺すっかなと思っていた時期だった。亀井勝一郎が青年期がもっとも死に近いと言っていた。暢気な亀井ですらそんなことはわかっていた。

 その時代の少年・青年である私が今年は五十歳になる。若い日の自殺には、こういうと誤解がされるだろうが、美が欠かせない。死それ自体が美しく見えるし、ある種の美を求めずにはいられない。だが、四十代も越えるころから、大半の人にはおよそ青年期の美を見失うし、それゆえの死からは遠ざかる。そして重苦しい鈍い絶望がやってくる。酒のうんちくを語り外車を乗り回し商売女とちゃらちゃらやってみせても、そこに絶望は静かに沈んでいる。

 つまりはそういうものと向き合うことが生きるということだという他はない。

 若いとき、古典を読んでおけというのは、なにが人生の季節の課題なのか、死者たちが限りない善意で伝えているからだ。

晴天、風は強くなりそう

 昨晩は寝付かれない夜になるのだろと思っていたが存外に寝た。身体の疲れと心理的な疲れがあるねじれのようになっているように思えた。いろいろ少し未来のほうに不安も見え、それが実はネットとはそれほど関係のない自分の問題なのだと思い返す。

 世間も、こうして見るブログの世界も自分にはわからんな。若い人たちがいろいろやればいいんじゃないか。私が引くべき時期なのか……そうも思う。ただ、できるだけ飾らずにこのいらだちをそのまま進めてみてもいいのかもしれない。

enemyoffreedomenemyoffreedom 2007/06/13 13:42 弾さんはけっこうぶくま使ってますね

finalventfinalvent 2007/06/13 17:39 enemyoffreedomさん、ども。かならずセルクマですよね。ダイアリーがあるとは知らなかった。

2007-06-12

はてなQより 記憶力アップについての本を探しています。

 ⇒記憶力について 記憶力アップについての本を探しています。 この分野の評判の良い本、有名な良書をアマゾン内限定でリンクをお願いします。脳の仕組みとかでも 結構です。.. - 人力検索はてな

 版を重ねて、国際的に評価が高いのは↓かな。

cover
トニー・ブザン 頭がよくなる本: トニー ブザン,Tony Buzan,佐藤 哲,田中 美樹

 向き不向きがあるし、日本人向けじゃない印象もあるけど。ま、読んでおいて損のある本ではないよ。

 内容は、速読、記憶強化、思考強化(マインドマップ)の三点。

 ちょっと読むとそれほど独創的ではないように思えるけど、実践手順がしっかり書かれてないせいもある。

そういえばアメリカ人と話していて

 この人ってなんか根源的に謙虚だなと思う人がけっこういた。

 すごくプレーンというか。

 偉ぶらないし、そして、見せかけの権威とかはあまり感じないというか。

 言われたことをきちんと検討して、違うなら違うとか。知らないなら知らない。どう思うとかいうと思ったことを言う、それ以上なし。

 もちろん、すべてのアメリカ人がそうだというわけじゃなくて、すげーひどいのもいっぱいいるんだけど。

 それにしても、うぁこのアメリカ人の謙虚さっていうのは日本人にはねーなというのがけっこうある。あれはなんなんだろう。ある種、幼稚園児みたいな大人というか。

 "You"って人称自体に私はなんか謙虚な響きを感じることが多いな。

 ただ、その謙虚さって、ちょっと言い方が悪いけど、恥じらいというかなくて、セックスとかの話でも、いや、恥じらいとかあるのか、と思い出すけど、そこもまたプレーンに語り出してしまう。いや、そこまで聞かなくてもいいんだけどみたいな部分もペロンと語ってくれたりするわけで、うっぷす、私ゃこっぱずかしくてそこまで言えませんてば、みたいな。

自己評価の歪みと匿名

 まあ、自分については匿名で書いているつもりはない。芸能人が芸名つかうみたいなもの。芸人はそこに居る。つまり、隠れている気はない。

 で、と。それほど他人のブログとか日記とか読んでいるわけでもないが、このところfeecleとかやっていると、その人と可視な部分のズレが少ない。というか、逆に、そのズレなさから、ブログとか日記になにかズレを意識してしまうことがある。

 簡単にいうと、ブログとか日記って、「俺様」が多いな、と。「俺様」というと男性のようだから、女性は「私様」だろうか。女性というのは、特に若いときは、リアルの世界の美醜だけで存在が維持されるので、美人はけっこう単純に「私様」でいられるし、またそこそこ美人で頭がいいと来ればべたな「私様」ができる。まあ、若いっていうのはむごいもんだなと思うけど、人生は意外に公平なもので、30年もすれば死にたくなるようなことが累積するよ、とかね。

 で、と。別に男女と限らずで総合して「俺様」なんだが、日記やブログって「俺様」とかやっていても、だれも読まないというかPV二桁ショボーンとかだと、さすがに「俺様」ですら、「世間っていうか衆愚どもは俺様を見る目がない」とか思う、あるいは「俺様って人気ないのか」とか思う、のではないかと思うが、あまりそう思う人を見かけない。なぜなんだろうとか、そのあたりで、「俺様」は人気がないと気を引くためにアグレッシブなご活動を始めてしまうからだろうか。

 あるいは、俺様がけっこう匿名化するからだろうか。増田とか2ちゃんとか。匿名で「俺様」こいたら矛盾だろとか思うのだけどそういう矛盾感のセンスがないから匿名「俺様」ができるし、彼または彼女自身してみるとなんとなく「俺様」満足度が高いのだろうか。

 というか、そのあたりの自己評価の歪みってなんなんだろ。

 いや、ぶっちゃけ言うと、PV低かったらブログや日記で「俺様」吹かしても、それってただの自己認識できないという事実だけなんだってば。

 そいと、匿名で「俺様」吹かしたらそれってべな矛盾だってば。誰もその「俺様」を認識でなきないんだし、批判対象にさらされもしない完璧に閉じた「俺様」なわけで。

 で、ま。

 そういう「俺様」批判がしたいわけではなく、なぜ文章だと「俺様」になってしまうのだろう。

 なぜfeecleだと「俺様」が減少するのだろう。(mixiはどうなんだろ、知らないけど。)

 と、いうあたりで、ご期待の向きがあるかもだけど、finalventだって「俺様」じゃねーの、朝日新聞とか低能だと思って叩いているんじゃねーの、リアルの世界からすればアルファーブロガー気取りでいたって目糞だよ、と。

 まあ、そうかもしれない。

 でも、私は個人攻撃とかしないけどなぁ。公に向けられた言葉あるいは公の問題以外に批判意識を向けてないと思うのだが、そのあたり自己認識が狂っているだろうか?

 じゃれあい程度にカノセさんのぶくまコメントについて遠回しに本人が気分を害さないように心配りして薄っらおちょくるとかする程度だけな(いやこれは冗談)。

 ま、なんか変な感じがする。

 ま、暫定的にいうと、私の発言はある種のイデオロギーとか利害関係に都合が悪いことがあるんじゃないだろうか。でも、最近はできるだけ中国様にもべたに経済がクラッシュしないように心配りしているんだけどなぁ。ダメ?

はてなQより ジーザス・クライストがなんでイエス・キリストになったのですか?

 ⇒ジーザス・クライストがなんでイエス・キリストになったのですか? しかもなぜ未だにイエス・キリストのままのですか? .. - 人力検索はてな

 実は意外に難しかったりする。

 ⇒共同訳聖書 - Wikipedia

この共同訳聖書では固有名詞の表記について、従来カトリックでは「イエズス」、プロテスタントでは「イエス」という表記を使用していたところ、そのどちらでもない原音に忠実な「イエスス」という表記を採用した。他にも「マルコス」、「ルカス」、「ヨハンネス」、「パウロス」など多くの固有名詞についてこの方法がとられたが、これらの独自の原音に忠実な人名表記は耳慣れずなじめない。典礼に使いずらいなどとして嫌われた。

 ちなみに、アリストテレスは英語で、Aristotle 。

そういえばこれ時間論

cover
時間はどこで生まれるのか: 橋元 淳一郎

 面白いといえば面白かった。

 私としては、大森=中島ライン以上はないようにも思えたが。

 というか、大森と中島は違う。本書は微妙に中島に近く、意外と大森に近いようで遠い。

 大森荘蔵という人は、なんか、変な人だったな。

 ま、道元もそうだが、時間は存在しない。

自分も若い頃そうだったのだろうけど

 若い人にとって(とくに若い女性)、ある年齢以上の人間は存在してないのな。

 話にもならないし、道を歩いていても目に入らない。

 まあ、そういうものだろうな。

 つうことで、私のぼやきなども若い人にはなんのことやら。

 でも、みんな歳を取りますよ。そこまで生きていられたらラッキーって思えるような歳を。

 で、と。

 そういうふうに私はもっと老いて、もっと、見えないというか醜い存在になっていくのだろうなと思う。そしてそれについては、受容以外の選択はない。

 いや、忘れるという選択もあるかな。

 自然に、生きていることを忘れるというか。あるいは、人とか社会とかのはミニマムにしか関心をもたないとか。

 現状それに近いが、老いていくというのは、どうしてもむしろ人とか社会とかにひっかりのようなものを求める、深い孤独というかさみしさがある。

 若いときの孤独とは違った、つらい孤独だな。そこを思い出で埋めるか、思い出を放り出すか。たぶん、放り出したほうがいいのだろう。

そういえば疲労なんだが

 喉がちと腫れているっぽい。要注意。だが、身体のほうはそれほどでもない。昨日、全身筋肉痛とか言っておきながら、それでもまた結局泳ぎまくった。今朝はひどいことになっているんじゃないかと思ったがそうでもない。

ちょっとナイーブにいうと

 なんというか、リアディゾンでも私はその顔から心情が読めない。ほとんど外人の顔から感情が読めない。アジア人でもそう。で、じゃ、実際、他の日本人と比べて私の対外人的な表情読み取り能力が低いのかというと、そこはそれほどそうでもない。

 うまく言えないのだけど、外人の映画とか見ていると、表情を見るだけで疲れてしまうことがある。矛盾した言い方だけど、心情は読みやすいように読めてしまって。で、演劇というのはその読みやすさと演技者の主体の微妙なズレにあるはずなんだけど、そこもな、と。

 で、と。

 歳のせいもあるのだろうけど、外人には萌えない。じゃ、日本人なら萌えるのかというと、まあ、そうかな。若干私はエスニックシフトしているが。

 で、と。

 で、わかんないのが、おセックスの情感というか。外国人の愛し合おうよみたいのの、あのむさぼるような肉体への感覚が、よくわからん。なんかもうむさぼるというか、孤独の痛みみたいのが露出しているみたいなというか。ブリキの太鼓の映画で、主人公の母親が不倫するところのシーンなんか、無表情に、ひたすらプールの着替え室みたいに脱いで抱き合っていた。ああ、あれが西洋人ってものかなと思った。

 西洋人のAVとか日本人のAVとかまったく見たことがないわけではないが、やはりそこはすごく違う。それと日本人のAVだと、うーむ、視線というか対象性というか、おセックスというのはああいうもんじゃないでしょとフツーの人は思うのではないかと思うが、よくわからん。

 そういえば、私の青春時代は、日活ポルノロマンだったか、そういう時代だった。これがなんつうかいかにもアジアンな肉体のお姉さんたちが情感のストーリーのテンコモリのなかにぎくしゃくと投げ込まれる。で、それからビニ本とかなくなり、エロ映画もなくなって、あの情感みたいなものもなくなった。

 あれはなんだったのだろう。ただ、それも、おセックスとは違うように思える。

 生きるってよくわからんな。

 50歳まで生きてみて、赤玉近くなっても、皆目わからん。

 女性経験の数が多ければわかるもんでもないと思うが、そのあたりもご勝手にの部類だろうし、ま、私にご不満とかないですよ。人生オワタ\(^o^)/だしね。

 ちょっと関連⇒極東ブログ: 遠藤周作「沈黙」の自筆草稿発見に想う

外人との付き合いも本音でとか裸でとか

 裸でとかいうのは別の意味になりそうなんであれだが。

 「罵倒される。だったら、罵倒しかえせばいいジャン。対等じゃん。そしてとことん罵倒しあったら愛し合おうぜベイビー。」っていう関係を外人と結べるかというと、私は、ギブアップ。

 どこかで民族の悲哀みたいの背負っている部分というのがどの民族にもあって、そこの部分はどうしても触れられないし、理解できない。

 まあ、私はダメだったな。(両親がハーフとかだと別かもだけど。)

 若い人はでもいろいろやってみるといいと思う。でも、たぶん、そういう民族の悲哀みたいな部分になると、ずぼっと同化してしまって、そして半分くらい同化したところで、ああ、私って本当には同化できない自分の民族性や歴史性を負っているんだというところで、嘆くか、それを抑圧して同化につっぱしるか。

 なかなかね。

 他者との出会いとか、他者性とか、偉そうに語れるけど、なかなかそう行かないよ。国際線ではキチンのローストを出すしかないんだし。

ま、そうも言えるかも

 あまり深く突っ込みたくないけど。

 で、たとえば、罵倒される。だったら、罵倒しかえせばいいジャン。対等じゃん。そしてとことん罵倒しあったら愛し合おうぜベイビー。

 って、言えるかなんだよね。

 日本人としてじめじめうじうじぐだぐだべちょべちょ生きてくると、なかなかね、そういかない。

 なんでそう行かないかというと。

 と考えるに、罵倒とかって、その向こうに人が見えるかどうかなんだろうとちと思う。

 ネットでもそうだけど実際には日本社会の陰湿な権力構造と同型なんで、罵倒とかが個人=人間の実体性がないんだよな。増田から個人攻撃とか、2ちゃんから個人攻撃とか。その点、ぶくまはまだいいよな。むかついたら、そのぶくまのidのダイアリーに糞とか投げ返せばいいだけじゃんとか。というか、ダイアリー書かないやつにオヴァートなぶくまっていうのを禁止にしてもいいというか、あるいは個人的に不可視にするオプションとかあってもいいかも。

 個人的には、私の場合、そういう実体的な個人から罵倒とかおちょくりとか、へへぇ言うじゃーん、とか思う。匿名とかだと、それはちょっとなと思う。で、そういうのはけっこうどうでもよくて、というか、ご勝手にどうぞなんだけど、実際には罵倒とかいうのはツールっぽくてしかもグループで動き出す。イナゴを先導するコアグループがいたり。

 なんか俺思うんだけど、3人集まると必然的に悪な。

晴天 そしてfeecle雑感

 暑くなるそうだ。

 feecleがもうちょっとコミュ的機能(つまり、コメントトレース的な機能、つまり、自分が付けたコメのレスが見やすい)となると、あとは、マス的な制御になるか。すでに、フレンドというのをやめてリンクとのみしているがそのあたりが微妙。ええと、ああ、そうそう、つまり、ブログだと、PVというのが大きい。つまり、人気ブロガーみたいなものがある程度できる(もちろん、大手サイトとか見ると目くそほどだが)。feecleもそうした人気ユーザーができたとき動きがどうなるのか。ってか、別に自分が人気者で行こう!とか思わないけど、自分が使いこなせるようになるか。

 と、こうした問題は私がmixi経験が事実上ないので(idはあり、まったく使ってないわけでもないですが)、私だけが知らないのかもしれない。ただ、率直にいって、mixiのクローズ感はちょっとなという感じがする。

勉強楽ちん増田

 増田⇒勉強の仕方が解らん

 私は勉強をしたことがない。学校ではノートはいつも白紙だったし、授業中はいつも別のことを考えていた。

 それでもそれなりの成績を取れていたのは教科書を読めばほとんど問題なく理解できていたからだ。

 学校の勉強の枠だとそうかも。

 ⇒極東ブログ: [書評]脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める(築山節)

 ↓は同書より。

 ところが、世の中にはうらやましいほど要領の良い人たちがいて、比較的初歩的な仕事であれば、そんな整理をしなくても、直感力と応用力の高さで何となくできてしまう。学生時代で言えば、計画的に勉強しなくても試験では結果を出せるようなタイプです。そういう人たちは、整理しない分仕事が速いので、若い頃には優秀に見える場合があると思います。

 しかし、そういうやり方が通用するのは、はっきり言えば、若いうちだけです。

 ↓は私の考え。

 自分が得意ではないものを学んでいくと、自分の学習ストラテジーというかメタ学習のパターンが見えてくるので、これはけっこう面白いものだ。

日経社説 粘りをみせるGDP成長率

 好事魔多し。新たなリスク要因は世界的な長期金利の上昇かもしれない。景気が底堅いのは良いことだが、一方で米連邦準備理事会(FRB)による利下げを期待していた金融市場参加者の当てが外れ、次々と金利見通しの修正を迫られた。債券が売られ、長期金利の上昇が米国株などにも重しとなっている。

 日本の長期金利も上昇している。この程度なら企業活動や住宅投資に水を差すことはあるまいが、日銀が追加利上げを視野に入れ始めたとの観測も手伝って、円安に歯止めをかける要因になることは考えられる。政府や日銀は、景気の変化を市場がどう織り込んでいくのかにも目を凝らしておくべきだ。

 ま、当面はそんなところかな。

 中国っていつまで中国劇をやってられるんだろう。

日経社説 コムスン利用者に介護を絶やすな

 それで対応できる問題じゃないと思うよ。

 企業努力と同時に、労働市場の開放を急ぐことも必要だ。昨年フィリピンとの経済連携協定(EPA)でフィリピン人看護師介護福祉士の受け入れが決まった。だが今春からの受け入れ予定は来年にずれ込みそうなうえ、介護士の枠はわずか600人。受け入れ拡大も急務である。

 そこをきちんと主張できるものかいな。

産経社説 【主張】介護保険不正 第2のコムスンを許すな

 この問題産経のほうが朝日みたいになっている。

 というか、朝日は案外内情を知っているのだろうな。

毎日社説 日豪関係 戦略的な意図を知りたい

 またこれだよ。

両国は民主主義など共通の価値観を持ち軍事面ではともに米国との同盟関係にある。とりわけ経済面では関係が深く豪州にとって日本は最大の貿易相手国だ。日本は自動車を中心に輸出し石炭、鉄鉱石は総輸入額の5割以上を豪州に依存している。経済連携協定(EPA)交渉も4月末に始まった。

 なぜ農業に触れない?

 ⇒finalventの日記 - 読売社説 日豪安保協議 戦略的な枠組みに発展させたい

朝日社説 多重債務―「人助け」の輪を広げよう

 これもちょっとないんじゃなか的な社説。多重債務=困っている人、というのは間違いないし、困っている人を救うのは社会正義だ。が、多重債務に至る過程はそれぞれに問われる部分がある。また、この問題とグレーゾーン金利の問題は論理的につながらない。

 朝日もまるわかってないわけはないのだろうが、戦前戦中のように空気に乗って書いているのだろう。

朝日社説 がん対策―たばこ規制がないなんて

 ちょっとこれはないんじゃないか、というか、ひどいかつめちゃくちゃな議論。

 基本的にたばこを吸ってそれが原因で寿命を縮めたとしても、それは本人のご勝手の問題。

 もちろん、それによって国の負担=税が増えるのはやめてくれ、というのはある。が、これね、喫煙率というのはどうも下方に鉄板がある。ちょっと資料を探すのがめんどいので粗く書いてしまうと、その下方鉄板に近づくにつれ、喫煙撲滅運動は無意味かつファッショのようになる。

 問題は、公の場において喫煙者が他者に受動喫煙など不利益を与えなければいい。

 というか。

 問題というのは、「公」だけが問われる。

 ついでに。誰かが誰かを罵倒したとき、ただ一律に罵倒=悪とかするのではなく、それが「公」に投げ駆られた意見であるとき、「公」をリフレクトして批判が可能になる。それが罵倒に見えることもある。

saihousaihou 2007/06/12 12:48 >ああ、私って本当には同化できない自分の民族性や歴史性を負っているんだというところで、嘆くか
その嘆きをいっそしみじみと感じる毎日です。
私が周囲のアメリカ人に対して感じる「越えられない溝」は、アメリカ人同士の間でも存在しうるものかも・・・・・・と思うのですが、その溝に対する姿勢の違いに「ああ、背負ってるものが違うんだな」と痛感します。私は溝を目の前に立ちすくみ哀しい気分になりますが、アメリカ人は(溝を越えるにせよ、越えないでこちら側に留まるにせよ)「だから何なの?」という感じに見えます。「だから何なの?」も何もそこに何の感慨も抱かない(何らかの感慨を抱く人がいるにしても、少なくとも、そこに何の感慨もないということの方が「正しい反応」として一般的に受け入れられやすい)、といった方が正確かもしれません。
と言いつつ、カウンターカルチャーショックのことを考えると日本に帰るのも怖くてたまらず、たまににっちもさっちもいかない気分になります。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/12 13:31 洋画とか理解できるので、感性には共通する部分があると思うんですが、性とかは恥じらいがない感じですね。獣、みたいな。あと、アメリカとは違って何かフランスとか品があるというか、エロいなと思います。

finalventfinalvent 2007/06/12 14:59 saihouさん、ども。先日、「森有正先生のこと(栃折久美子)」を読んで、森は晩年日本に本当に帰るつもりだったんだとあらためて思いました。あと、レオナール藤田とかのことも。それでもパリのアメリカ人じゃないけど異境の人にはパリはいいかも……。話がだらけるけど晩年のラフマニノフの話とか聞いてやはりロシア人にもアメリカは異教かとか。その点、中国人や韓国人はけっこうよくやっているなの部類か……いろいろ思います。難しい問題ですね。

finalventfinalvent 2007/06/12 15:00 sakaepikurosuさん、ども。フランスのあのエロというのは、率直に言うけど、40代半ば過ぎたらもうついけん、だった。家畜文化というか、ああ。

antonianantonian 2007/06/12 17:44 成程。遠藤はフランスエロにしてやられたのか・・・。
人間の獣性というものを考える時、フランスエロは深いけれど、「ベティ・ブルー」は美しいと思っても、理解出来ないような。フランス人の業の深さてなんだろうなと思います。

mtfyfmtfyf 2007/06/12 18:34 日本のピンク映画及び日活ロマンポルノは海外のポルノとはちょっと違うかと。まず70年代頃までは反体制と結びついて評価され、「キネマ旬報」や「映画芸術」等の雑誌で一般映画と同等に盛んに論じられました。第二に、邦画の衰退で満足に映画を撮れなくなった才能ある監督がこの業界に流れ込んだということ。この業界はある意味寛容?で何分かに一度裸を入れとけばあとは何でも撮ってよかったんですね。だからポルノという衣を被った実は一般映画が撮られていて、その結果邦画史に名を残す名作が生まれたり、現在第一線で活躍している周防や黒沢みたいな監督もこの業界から輩出されました。第三にピンク映画は今も撮られていて、一般映画に負けない質の高い作品も多々あるということ。年に一回池袋新文藝座でピンク映画大賞とかやってますから一度ご覧になっては如何?

finalventfinalvent 2007/06/12 18:51 antonianさん、ども。「ベティ・ブルー」は映画のほうを見逃したままなんだけど。原作はかなり好きですね。37.2C Le Matin 「37.2℃ 朝」、すごいタイトル。

finalventfinalvent 2007/06/12 18:53 mtfyfさん、ども。へぇ〜です。現代のそれって見てみたいですね。なんか人間的な息づかいみたいのがきちんと描かれていそうな。

realseleconrealselecon 2007/06/12 21:47 コムスンと関係なく、日経社説と少し関係ある程度の話なんですが、うちの母親は60過ぎてるんですけど、介護のお仕事してるんですよ。
今でさえばばぁが主力でじじばばの介護をしている現状を今後どうすんだろうねとふと思ったりしました。

finalventfinalvent 2007/06/12 22:24 realseleconさん、ども。そういえば私の母も60代では介護のボランティアとかしてました。70過ぎたらさすがに無理になったようです。どうなんでしょとか思いましたね。まるで希望がないですが。

synonymoussynonymous 2007/06/12 23:53 >ある種、幼稚園児みたいな大人というか。

まぶしい人たちですよね。日本人があこがれたアメリカって、案外ああいうものかもしれません。

kokaikenkokaiken 2007/06/13 01:49 「ベティ・ブルー」、インテグラルと称される再編終版は原作に近いナと感じました。劇場版もまとまっていて悪くないと思います。ナツカシス…

castlecastle 2007/06/13 04:46 >矛盾感のセンスがないから匿名「俺様」ができるし
身体的他者(暴力?)が消える感覚のように思いました。
年金の話は興味深かったです。そういえばかなり以前に書かれた、日本で進んでいる残酷な少子高齢化対策(成功したら政治的な天才とか)というのは年金問題のことでしょうか? なんだかふと思い出したもので。

2007-06-11

もはやエハラーのようなことしか語っていない

 finalventオワタ \(^o^)/

ちょっと変なことを書く

 以下の話は、変な話なので、そのままマジで受け取らないこと。

 では。

 さて、もしこの世に真実というものが書かれて存在している。あるいは秘儀なりが隠れているとする。

 もしそうであるなら、人はそれを探し求めるだろうし、それがもし真実であれば、人が単純にアクセスできないところに隠されるだろう。

 それはチベットの山奥に埋められているのか?

 そしてそれは世の中の要請によってときたまカプリシャスに出現するのか。

 そんなことはない。

 そんなところに隠せば、それは消えてなくなってしまう。

 それが真実であれば、それは伝承される確信を含み込んでいる。

 そしてそれが真実であれば、それが誰もが見いだしうるところに隠されている。

 そしてそれは、単純に暗号化はされていない。コードがあれば読み出しうるようにはできていない。

 ではそれはどのように見いだされるように隠されているか。

 それは人がその存在を変化させたとき、その時に以前からあったその書物の中に突然現れるように書かれている。

 コードとは存在の変容である。

 そして、その存在の変容への道筋もまたそこに明示的に書かれていなくてならない。

 つまり、明示性を存在に引き受けることが秘儀のイニシエーションだし、そこに至る人が少ないことも確信されている。

 おしまい。

騙すことが仕事の人間に騙されまいとしても無駄

 以前も書いたけど。ま。

 騙すことが仕事の人はプロなのだ。それで食って、生きてきたのだ。

 それに対して騙されまいとして生死をかけてきた人は少ない。

 で、騙すということは悪だ。

 これは悪いという意味でなく、実体的な本質的な悪だと私は思う。

 この世の中には悪が存在するとしか思えない。

 もっとも、世界が善悪の戦いといった二元論なのかはわからない。悪の存在とはむしろ生活経験的なものだ。

 で、悪の最大の属性は力だ。

 彼・彼女はその力で覆われている。

 たぶん、悪に食い尽くされてしまった人なのだ。

 力そのものが悪であるかどうかはわからない。ただ、悪とは力だ。それにかなう力を得ようとすることでまたその人も悪になってしまう。

世の中には他人の弱みをうまく見つけ出す才能の持ち主というのがいる

 それは、けっこう、天才的に、芸術的に。

 そして、そういう才能に溢れた人は、その才能に依拠して生きるようにもなる。

 で、と。

 人は自分の弱みというのを覆い隠すように自我を形成しつつ、その暴露の恐怖を感じ取っている。だから、人の弱みを見つけ出す才のある人にその恐怖を投影して恐れる。

 これは、恐れるなというのが無理。

 そのために、弱みを持つ人は、それが弱さでないかのように自我を強化することがある。

 では、その自我強化と、弱点突き芸人の芸と戦ってどっちが勝つか。

 これは、弱点突き芸人のほうが勝つ。

 普通の人は負ける。

 というか自身の弱点で滅びる。

 あるいは、人は悪には勝てないようにできている。

 弱点突き芸人というのは悪だ。そしてそれは悪ゆえに人を魅了する。

 もし、戦うなら戦略は逆の構図を採らないといけない。

 悪のターゲットは己の中にあるのだと知ること。しかし、克己というだけではなく、その弱点は弱点として認めるように自己を解体していくか、あるいは自分の弱みを認めて逃げた方がいい。

 悪から引き下がるとき、ようやく悪が、その人を魅了していた理由がわかるようになる。

 簡単に言えば、誰かがあなたを罵倒したなら、あなたは彼/彼女が享受できない幸運を得ていたということだ。それは愚かしくも幸運であったということかもしれないのだから、その愚かしさの支払いをしないといけないのかもしれない。

 そして、そこで立ち止まる。

 あるいは、そこで立ち去る。

 それ以上のことは、たぶん、人にできることではないのではないか。

今日の孤独じゃないぶくま

 ⇒はてなブックマーク - こんな書き方をするblogは高確率でヤバい

2007年06月11日 kanose 個人サイト, 政治 どこだろう

もしかすると大発見かも

 ⇒livedoor ニュース - 白人が白くなったのは6000年前?

新華社ボン(ドイツ):ドイツ「ヴェルト・アム・ゾンターク」紙は先ごろ、アメリカアリゾナ大学のノートン教授が率いる研究チームが「欧州人の肌の色が白くなったのは6000年前」とする研究結果を発表した、と伝えた。

研究チームによると、欧州人の肌色を決める遺伝子は、すべての欧州人が同じ配列を持ち、突然変異のあとが見られない。そこから、この遺伝子は比較的新しい遺伝子で、6000年以上経過していることはない、という結論を出した。

 コメント無用之事。

もはやAAしか出てこない

 finalventオワタ \(^o^)/

ブログでなにか稼ぎたいと考えている方」なのか

 いや稼いで悪いと思わん。

 っていうか、私も支援していただいている。

 そいでもなぁ。

 ⇒はてなブックマーク - ブログでなにか稼ぎたいと考えている方が必要な事前知識28個*ホームページを作る人のネタ帳

 ちょっとなぁ。

 クマった時はクマが一言

           ∩___∩
           | ノ  _,  ,_ ヽ 
          /  ●   ● |
          |    ( _●_)  ミ 商いちゅうもんは飽きないことが肝心
         彡、   |∪|  ノ  
     ⊂⌒ヽ /    ヽノ  ヽ /⌒つ
       \ ヽ  /        ヽ /
        \_,,ノ      |、_ノ

もはや祭りだ

 ⇒404 Blog Not Found:年金を反古にする権利は当然存在します

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        Λ_Λ . . . .: : : ::: : :: I don't know how to dance.
       /:彡ミ゛ヽ;)ー、 : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::     
      / :::/:: ヽ、ヽ、 ::i . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::  
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 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ

 猫猫先生は偉い⇒猫を償うに猫をもってせよ - なぜ急ぐ・・・?

微量にwktkニュース

 ⇒「やじうまプラス」二木啓孝氏、参院選出馬へ:社会:スポーツ報知

 テレビ朝日系情報番組「やじうまプラス」などで活躍中のジャーナリストで、「日刊ゲンダイ」ニュース編集部部長の二木啓孝氏(57)が同社を退社することが10日、分かった。参院選に出馬するとみられる。二木氏は今月中に会社を辞める見込みで、かねてより親交がある田中康夫氏が率いる新党日本からの立候補が濃厚だ。

         ,-ー─‐‐-、
        ,! ||     |
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       .|:::i ./ ̄ ̄ヽi
       ,|:::i | (,,゚д゚)||  < You call me?
       |::::(ノ 濃厚 ||)
       |::::i |..ソ ー ス||
       \i `-----'/
          ̄U"U ̄

まあそうかもね増田

 今日の増田⇒ネットでやりとりされるネガティブコミュニケーション

 Hatenaの中で変なのが多いところははてなブックマーク匿名ダイアリーかな。ブックマークの方は一応IDと関連付けられているのだけれど、結構多いみたいだね。キャラとタグが出来ちゃってるからやめるにやめられないんだろうな。

 ダイアリーなら無駄な事だってわかってほとんどの場合単発のエントリで終わる事が多いけど。

 ダイアリーが読まれないというのはあるのだろうと思う。「こんなに偉い俺様なんだからみんな俺に罵倒されろよ」みたいなご不満とか。

ダークさやひねくれた感じがギークっぽい日本のネット社会の空気を変えられるかな。

他の事していればいずれこのくだらないネガティブなものも解決するような気もする。

 そうねぇ?

 水泳とか。

今日の孤独なぶくまかも

 ⇒はてなブックマーク - ブログを書く時間をどう捻出してる?

2007年06月11日 catfrog 寝る時間を削り、飯を食わないで書く。これしかないよなー。

 書く速度を上げるといいんですと、とか、誤字脱字王の私がいうとアレだけど。

 そういう意味じゃなくて、実は書く時間より、情報サーチ・整理を高速化するといいのではとか釈迦に説法偉大なるマホメット。

はてなQより 電子技術者ですが、プログラムを作成するソフト御座いますか?

 ⇒私は、電子技術者ですが、ハードの回路は、長年設計してきましたがソフトは全然苦手です。 何か簡単なプログラムを作成するツールかソフト御座いますか? 遊び感覚のほうが.. - 人力検索はてな

 意外とSchemeだったりするのだけど。

 制御とかだと依然BASICが便利だったりするのだけど。

 ただ単独アプリを作成したいのなら……なんなのでしょうね? 意外とDelphiなのかも。

新聞休刊日

 だった。

曇天、でも晴れるか、雨っぽいな

 昨晩は食事がステーキだったのでワインを少し飲んだ。このところ寝る前に乾きをいやすようにビール小瓶を一つ飲むが習慣的になりそうなので、やめてお茶でも飲んだ。寝付かれないだろうと思ったが、早々に寝てしまったようだ。

 朝起きると、うひゃまた全身筋肉痛。身体は疲れていたのか。前回ほど痛くはないが、なんか歳かな俺とか思うが、朝立ちは良し。

 若いフリもできる歳ではないがそう身体が老いてもいない。心の老かたはなんとも微妙だ。うまく言えないが、恋のような狂気ではなく、静かに人を愛したり、あるいは世の中できるだけ平和であってくれ(私は消極的な平和主義だよ)と思う思いのなかにこの世にあることの切なさというか老いがあるな。

 さて目が覚めて、と、ケータイfeecleにアクセスし、起床、とでも書こうかと思ったらメンテらしい。なんか少しさみしいような感じもした。みんな起きたかぁ月曜日。

 ぼんやりとネットを見るが、さして心にひっかかることなし、新聞社説なども巡回する前にぼーっとする。いくつか書くと炎上するようなネタがないわけでもないなと思うが、弁当さんはすっこでよっと♪かな。

 たまたまはてぶ人気を見たら「池田信夫 blog はてなに集まるネットイナゴ」があり、昨晩のエントリだったのか。昨日は見てなかった。アイロニカルにけっこうなぶくま人気になっている。批判ではないが池田さんはもうちょっとネットのフットワーク感があるかなと思ったが、まあそれも芸風というところか。この話題も、弁当さんはすっこでよっと♪カップヌードルカップヌードル。

 ぼうっと、システムと思想について思った。まあ、あまりまとまらない。昨日「finalventの日記 - なんとなくはてなの暗さ重さを感じるようになった」を散漫に書いた。いくつか整理して書くべきことだろうとは思う。とういうのも、すでに私は、システムが集合知をハーネスしうるというのを前提としている。ツールが思想に影響を与えるとは面妖なという風情であるが、考えてみれば、印刷と聖書はそのような関係にあった。中世においてまた初期教会においても聖書というのは読まれていなかった。トルコを旅して初期教会やその後の東方教会を巡りながらキリスト教とは紙芝居とまではいわずともイコノロジーというか、絵と絵による語りの世界であったと思った。そしてそれは西欧においてはつい最近までそうであったのではないか。キリスト教とのはグラフィックな宗教だった。

 が、聖書が印刷された。印刷というシステムにおいて、Sola Scripturaの意味が変わった。これは本来は解釈権は教皇が持つということだ。が、それが、ただ聖書のみとなり、経典と人々の関係がフラットになった。その意味で、フラット化というのは、まさにここにあった。仏典なども似たようなもので、特に日本に限定さればそれは音声として読まれる呪術であったし身体技法であったが、それが天台の学問化からフラットな経典になった。天台そのものが仏教のフラット化でもあったのだろう。なんかこの話が長くなりそうなので略。

 そういえば、私は「 二十歳の原点: 本: 高野 悦子」をティーネージのころ赤い傍線を引きつつ泣きながら読んだものだった。姉萌えっぽい面もあったか。今でもあれは読むのが悲しいしなかなか読まない。で、私が高野悦子に求めたのは、ある意味、今のはてな増田のようなシステムがフラットに私に告げる、なんというか、普通の人の生きがたさの痛みや喜び(嫁とのセックル快感とかね)だった。

 いかにもfinalvent風にいうなら、価値のある言論が糞なのである。名文がゲロなのだ。人はもっとフラットにそのドアの向こうに立ちすくんでいる裸の恋人の声が聴きたい。それを聴くことで生きられたり繊細な正直さとでもいうべき倫理をCastle of Cardsにしていく。

 おそらく罵倒や憎悪とは、私自身にも公平以上に配分された孤独や痛みだ。それを癒すというか応えるには孤独や痛みへの渇望が起きる。だが、それがうまくつながることは少ない。

ApploodApplood 2007/06/11 12:08 二木の件、団塊の勘違い劇場第一幕が始まった気がします。

finalventfinalvent 2007/06/11 14:02 Apploodさん、ども。支持がどのくらいあるのでしょうかね。そのあたりは、振り返って見物かも。

satohhidesatohhide 2007/06/11 16:17 >濃厚
本人は千%無いと言っているそうですが
http://eiji.txt-nifty.com/diary/2007/06/slugging.html

finalventfinalvent 2007/06/11 18:31 satohhideさん、ども。微量にwktkニュースなのでしょうね。新党日本では議員になれないでしょうし。

itfitf 2007/06/11 18:52 「信じてたのに、裏切られた」「社会なんてウソだよ、だから気に入らなければ作り変えれば良いの」 社会には様々なルールがある、先ず倫理で教育、で上手く制御できないんで損得で動機付け、後は初期設定をいじったり。まぁ何も考えないでも、システムは普通の平凡な生き方をすれば平均的な生活より得するように組まれてるから、その方法で。でも私が気になるのは常に、向こう側・・・と言うのは嘘。ただ可能性の限界は知りたい、これから発見される、一人で淡々と生きているそれを出来るだけ早く見つけたい。

finalventfinalvent 2007/06/11 20:27 itfさん、ども。まあ、みなさん歳を取って生き残るということは淡々と、ということでは、と。

kerodonkerodon 2007/06/11 21:27 こんにちは。ネガコメ旅団の私ですが、これはネガコメではなくて、ちょっとお聞きしたくて。

>世の中には他人の弱みをうまく見つけ出す才能の持ち主というのがいる

私もその「才能の持ち主」認定かも知れませんが、例えばfinalventさんは、毎朝、新聞社説に対して、感想をお書きになります。時として(というか、ほとんどというのが私の認識です)、それは、社説書き手に対して痛烈な批判になっていますよね?

私はfinalventさんの感想に対して、賛同することもありますが、その感想は、社説の書き手の弱み(見識・知識の無さ)を見つけ出して、finalvent日記というブログを通じて喧伝しているのではないでしょうか。結果として。

無自覚に他人を傷つけること。

これは、研ぎ澄ませたメスを首筋にすべらせて、無表情で背を向けて立ち去る恐さを感じます。

sakaepikurosusakaepikurosu 2007/06/11 21:27 最近ネガネガ系多いんですか。何か他者との関係性の距離感のネットとリアルの差異のような気がします(思いつきなんですが(汗)。ただ、池田先生が罵倒に反応するって事は同じ位置でそれらを見てるのかなとか。
あと、騙しは騙しでも余命とか告げないのはアレですよね、ね。

finalventfinalvent 2007/06/11 21:42 kerodonさん、ども。ええ、そこに私の「悪」が存在すると思います。

finalventfinalvent 2007/06/11 21:46 sakaepikurosuさん、ども。私は池田さんについては、単にネット空間の言語活動・現象というものに慣れていないのだと思います。ただ、こういうとかえって失礼かもしれませんが、この空間の文法や活動の空気のようなものを読み取る能力はないのだろうとも思います。もちろん、そんなもの不要だという議論もあるでしょうが。もうちょっと言うと、ネットの内部の人のように見えるけど、ネットの外部の人なのだろうと思います。現状ではまだまだ多くの人がそのように存在していますし、その比率のようなものは変わらないのかもしれません。

luxonluxon 2007/06/11 21:53 >他人の弱みをうまく見つけ出す
「羊をめぐる冒険」の最初の方で、主人公に友人捜しをさせるために組織の男が主人公を脅すときに、こんなことを言いますね。我々にはそういう能力があるんだよ、と。
通常の生活を送っていれば単なる属性なのに、つけ込もうとするヤツから見るとテコの支点になるようなもの...誘拐されたら困る家族がいるとか、あまり世間に知られたくない趣味があるとか(笑)
未熟さ、不完全さも、まぁ(誰だって不完全なので)属性といえば属性ですよね。で...finalventさんの「悪」は...と、ここから先に展開できない、かなり不完全な頭脳です。

antonianantonian 2007/06/11 22:27 わたしが中世的文化が好きなのは、視覚でしかものを把握出来ないからなのかもしれません。文字を覚えられない。全て視覚で記憶するので、アルファベットが苦手だったりします。その苦手な文字にも色がついていますし、形がある。音も同じように色があり形がある。

自身のどこかで、文字、書かれた言葉を信用していないんですよ。曖昧さがなさ過ぎる為に、陰影がなくなるようなそんな気がしてしまうのです。イコロジーによって知る物語の方によりリアルさを感じる。ダイレクトに知ることが可能になる為に。そして、その方がわたしにとってはフラットなのです。

kero20kero20 2007/06/11 22:37 ゲド戦記のラスト思い出しました。
あ、映画のほうじゃないですよ

himorogihimorogi 2007/06/11 23:14 どれだけ本気でプログラムしたいかにもよるけど、とりあえず万人向きなのは ExcelVBA だと思います。Excel はマクロ記録で簡単にプログラム作れるのがど素人には便利。仕事したくない(モチベーション高まらない)ときも ExcelVBA 使えばなんとか形にはなる。

himorogihimorogi 2007/06/11 23:50 あー、でも ExceVBA は結構カオスだしなー。やはりブラウザで Javascirpt かな。

finalventfinalvent 2007/06/12 08:57 luxonさん、ども。ちょっと踏み出していうと「悪」なるものに侵食される存在というのは興味ありますね。匿名とかで隠れて「悪」を出すとかはたぶん可愛い部類かなとも。ちょっと話がそれてますが。

finalventfinalvent 2007/06/12 08:58 antonianさん、ども。ちょっと笑話。最近、ユリの花とかみるとマリア、純潔とか連想している自分がいて。

finalventfinalvent 2007/06/12 08:59 kero20さん、ども。ゲドIでしょうか。影ですよね。ゲドがすごいのは、それがさらにさらに続いていく。そしてゲドが龍の女を生み出すわけです、よ、結果的に。

finalventfinalvent 2007/06/12 09:00 himorogiさん、ども。VBAはオフィスがないと動かないし……JavaScriptはちょっと言語と呼ぶにはツールがなさすぎ。というか、AcitiveX途中でやめて.NETをサポートしないし、ぐだぐだ。

pepetiopepetio 2007/06/12 10:25 [SeaMount]
「変なこと」
『極東ブログ』([書評]日本語の語源)の方でも感じてしまったのですが、「変なことを」書くタイミングに来られているのかと勝手に思っています(っていうか期待している)。

“オワタ \(^o^)/”宣言した finalventは怖いぞ!? (^_^;)

BPM280BPM280 2007/06/12 10:59 >ちょっと変な話
P.K.ディックの「ヴァリス」を思い出してしまいました。
あのティモシーリアリィばりな、しかしちょっと笑い飛ばせない、私にとってはある種のホラーとしか思えない作品を。とある人はこの作品を神学ガジェットと評していたような記憶がありますが、あのまるで啓示を受けたかのような、グノーシス?っぽい世界には妙に共感できるとこがあります。
Finalvent翁はピンクの光線を受けたことがあるんでしょうかね。

antonianantonian 2007/06/12 17:33 >最近、ユリの花とかみるとマリア、純潔とか連想している自分がいて。

それはよくない病に罹られましたね。解脱しないと。

finalventfinalvent 2007/06/12 18:54 pepetioさん、ども。ええ、なんか変わっていくような予感です。変わらないかもですが。

finalventfinalvent 2007/06/12 18:56 BPM280さん、ども。三部作はえっこうインパクト受けましたよ。ピンクの光線の経験は、ないですよ。いや、あるかな。……ま、あまり経験を重視しなかったりして。

finalventfinalvent 2007/06/12 18:57 kagamiさん、ども。ええ、四つ葉のクローバーというか、四位一体というか。悪はそれ自体が力でもありますね。

finalventfinalvent 2007/06/12 18:57 antonianさん、ども。それが、もっとひどくなりそ。

pepetiopepetio 2007/06/12 20:17 [SeaMount]
「コメント無用之事」
報告のみです。“岸田秀公式サイト”の掲示板に、元ニュースを貼り付けさせていただきました。

2007-06-10

まあね増田

 ⇒finalventは何故か増田も気にかけてるんだね。

 爺が言ってるように腐ったコアが出来てるな、どこも一緒だし、しょうがないと思うけど。

 所詮現状じゃ2chと一緒、意識で踏ん張ってるだけで、あそこみたいになんでもありで安易になったら一気に崩れる。もう半分以上ここも崩れかけ終わったところか。

 かもなぁ。

 で、ちょっと誤解されるかなと思うけど、ちょっと例題として突っ込むとだね。

 たとえばこれね。

 増田⇒バカどもだらけでうんざりするぜ

 この増田ちゃん、けっこう偉そうなわけですよ。それなりに知識もある。でも、その水準の話っていうのは、はてなIDがあるならきちんとダイアリーに書けよと思うというか、そうして発言に名前の責を持つべきタイプの話なわけだよ。

 もっとざっくりいうと、増田に向かってお前無知とか言う場合、自然に俺だって私だって無知が漂うように同じ地平の心得というかで書くのでなければ、記名された意見に近いわけだよ。

 で、さらに、たまたまご愛敬で私がバッシングされてもいるけど、増田で記名者のバッシングしたらそれはアレだろくらいは思えよ。

 もちろん、罵倒とかあってもよいと思うんだけど、増田の中にいるということは、ワン・オブ・マスダズなわけなのに、尖った俺ってみたいのが世を忍ぶ仮の姿みたいな隠れで出てきたり、なにげにそのあたりのネガネガのサークルというかグループっていうかつるみっていうか、すんなよ、ってか。

 もうちょっと言うとだね。

 増田というのはナイーブだよ。同じ増田なら罵倒したって増田に同じ位置にいるっていう愛が必要だろ。

 finalventを叩いている分にはいいけど、それやったら他のユーザーとか増田がびびるっていうか、同じように仮面増田スーツになってしまう。

 でも、それって増田かぁ? だよ。

 そういう虚勢のネガネガってもう止めようと思うし、まあ、実際には止められないなら、そういうネガネガが出ないようなシステム作っちゃえよとか思うわけだよ。

 ま、余分だけど、俺を罵倒したお利口な増田ちゃんに別にどって思ってないよ。一例だよ。

 っていうか、書くときはあっちにまとめて書くよ。偉そうなやつはブログ書けってば。

 例えば⇒極東ブログ: お菓子のような避妊薬

世の中は嘘でできている?

 ⇒たけくまメモ : 最近の雑感

それで、俺がバブル前夜だった10代末からず〜っと思っていたことは、「世の中は、基本的にウソでできている、覚めない夢なのではないか」という漠然とした感じでした。これは、思春期の子供がよく抱く妄想なんだそうですが、俺は40をとうに越えてもまだ拭えないでいます。

 私はちょっと違うかな。

 世の中、嘘が多いなとは思う。覚めない夢というより、ちょっと正直なことをいうと転生の感覚のようなものはある(感覚としてだけね)。

 私が思うのは、なんというか、私は一種の独我論者もであるので、世界というのは私だけに与えられているとまず起点として考える。世界は私からしか見えない。しかし、どういうわけか、私の人生は世界の運動の端役というかゴミだった。なんかとてつもなく不出来な間違った小説を読んでいるような感触はある。ただ、じゃあ、私が普通の物語のように世界の主人公であるべきかというと、そこはそう単純には思わない。このあたりが実に微妙。

 私が好きな人は私を好きではない、ま、よくあることというか、普通にあることだが、「私が好きな人」は私の世界のなかに他者としている。それは、なんというか、私の世界の中だけで他者としての意味付与されている。

 そのあたりの受容の感覚に、どこかしら狂気の扉がそこここに開いているような気がするというか、恋とかはどこかしら狂気だ。だが、その狂気なくして世界が私に意味を持つことはない。

 この問題は、実にやっかいな問題だなという以外ないが、しかたない。

 こう書いてもうまく言えてないし、誤解されるかもだけど、ま、いいや。ついでにいうと、世界はどこかしらその構造故になんかテレパシーみたいなことはあるんじゃないかと思う。ま、べたにテレパシーがあるとか言わない。茂木っちみたいに偶有性とかで留めておくべきかもだけど。

まあそうなることはわかっていたのだけどね

 ⇒コムスン指定打ち切り、利用者の不安広がる : NIKKEI NET:社会 ニュース

人口の27%を65歳以上の高齢者が占める北海道室蘭市。約百ある介護事業所のうち、自宅での入浴介助を手がけるのは「コムスン室蘭ケアセンター」だけで、22人の利用者から「サービスがなくなるのか」と案じる声が出ている。

 ⇒県内、動揺広がる コムスン指定打ち切り

約一年半、コムスンを利用したという同市の五十代の主婦は「ヘルパーさんもいろいろ。それはどの事業所も同じで現場は一生懸命やっている。ただ、私の担当は四人も変わった。うち、二人は精神的なものが理由と聞いて、仕事がきついのかなと思った」と振り返る。また、同市の男性(29)は「コムスンは二十四時間対応なので助かっていた。だが、(私が)時間的に長く利用しないと金にならないとヘルパーに言われ、利用をやめた」と話していた。

 ⇒コムスン処分に困惑 : コムスン処分に困惑 -動画ニュース STV

)「こちらが利尻富士町のコムスン事務所。きょうも通常の業務が行われています」利尻富士町では2年前から訪問介護サービスを全面的にコムスンに委託しています。24時間、土日も業務というのがウリでした。しかし今回の国の処分で4年後には事業所の指定が打ち切られる見込みです。"大手"という信用が委託の決め手だったという町では突然の事業所打ち切り問題に戸惑いを感じています。(桜庭福祉課長)「委託する側としたらびっくりですよね。事務所として説明責任があるので来てくれと要請している」町内には、コムスン以外に受け皿はありません。町では、サービスが継続されることを期待したいと話しています。

一行レシピ

 ⇒【2ch】ニュー速クオリティ:1行レシピ

 ⇒はてなブックマーク - 【2ch】ニュー速クオリティ:1行レシピ

 ほいじゃ、私も。

 

 シャトーブリアンフォアグラトリュフのソース。

 

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   (6-------◯⌒○- |     ______________
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    \   \_/ /   < かあさん、肉に火が通り過ぎだ。
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釣られとか思わないわけでもないがbewaadさん偉いよ

 わたしゃスルーしたけどね(でも今頃釣られる)。

 ⇒「年金を受け取れる権利」は当然存在します | bewaad institute@kasumigaseki

 制度上としての制度と、加入者の信頼の問題は別。

 ぶっちゃけいえば、年金は国家が存続する限りもらえる(つうか税の配分までおまけ付き)。ただ、その時のカネの価格がどうよということだけが問題、つまり、シニョリッジというかね。

 まあ、毎回釣られるbewaadさんに頭が下がります。ある意味、ブログ守護神でしょうな。

 でもま、この件についていうと。

 ⇒はてなブックマーク - isologue - by 磯崎哲也事務所 : 「年金を受け取れる権利」なんて、もともと存在しない

2007年06月08日 I11 年金, 賦課方式, 磯崎哲也, 妄言 賦課方式であることは間違いないが、「年金受給権」という権利は法律上の権利としてちゃんと法律条文に明記されている。磯崎哲也は再配分方式の議論と権利の議論とを混同している。磯崎はほんとに税理士なのか???!

 I11さんまでいつものユーモアを抑えてべたな正論吐いているから、釣りは釣りかな。

これってもう泣けそう

 ⇒livedoor ニュース - <パスモ>スイカも所持75% 併用ニーズ見誤り

首都圏の私鉄・バスの共通ICカード乗車券パスモ」を運営する「パスモ」が行ったアンケート調査で、パスモ購入者の約75%がJR東日本の「スイカ」も所持していることが9日、分かった。「相互利用が可能なスイカの所有者はパスモを買わない」という当初の見通しの甘さが裏付けられた格好だ。 

 そういえば、先日、ATMのところで婆さんがぶつぶつ言っているのでなんだろと困ったことでもと思ったら、数字でやんの。ずんとぶっとんだ。

私は他者との関係においてスタイルはもたない

 というかそれに忌避感がある。対人的な美学はもたないというべきか。

 そのあたりの奇妙な錯綜感がネットのなかで見られることが多いように思うというか、本当に自己を壊して投企というか、実存的な可能性を進めていく人は少ない。たぶん、エクリチュールが本来的にスタイルという権力を人に強いるからだろうし、そのなかで人はスタイルの司祭になり、各種の手法で人を支配する欲望にからめとられてしまうのだろう。

 たぶん、コミュニケーションという言葉で覆われているのは、ある種の権力だし、空気を嫁など、本当は噴飯以外のものではない。

 そうした投企というものは、ハイデガーはおそらく自身では理解していただろうが、性の本源的な働きに関連していて、人は性の衝動によって、自己身体という文脈を投企させらるのだ。

 あるいはそのために、世界の側が、「私」にとって限りなく性的であるような力を投げかける。

もっと近づいて(Kiss & Cry) 我慢しないで(You & I)

少し怪我をしたって まぁいいんじゃない Kiss & Cry

Don't worry baby(Kiss & Cry) 考えすぎたり(You & I)

思ってばかりいたって 寂しいんじゃない Kiss & Cry

 そのように世界がなぜ「私」を魅惑するのか。あるいはそう感じられたとき、人は身体を投企していく。

不良も優等生も先生も 恋に落ちれば 同じよね

 

鼓膜に当たるバスドラムと 心地良くつくハイハット

蕩ける様なB-section, B-section, B-section

あなたの笑顔が僕の 心にクリティカルヒット

いつの間にやらHigh tension, high tension, high tension

 この女の子はなぜこんなことを知っているのだろう。いや、おそらく彼女だけではなく、かなり多くの女の子が知っているし、だから、まあ、少し比喩的にぼかしていうと、不良も優等生も先生も、みな、性的に陥落させようとする。というか、彼女自身がそのインセストの性的な欲望に抗しがたくなる。なぜ? 心地良くつくハイハットだからだ。ドラムは身体のなかでなっているし、性がうずく。

被害者意識って好きじゃない 上目使いで誘って共犯がいい

 たぶん、それが、生=レーベン、というもののある露骨・出現なのだろう。ドイツ哲学者たちはそれを小難しい言い方で抑えようとした。が、結局根にあるのはそれだ。ヘッセがかろうじてヘルミーネにわたしとセックスしないと語らせてみせた。

 たぶん、中年の男たちに死や、不埒な事件を起こさせるのは、そうした部分の死の側からの身体の棄却の原理が働くからだろう。男たちはどこかで死んでもいいやこの糞世界と思っている。

 出口はない。

なんとなくはてなの暗さ重さを感じるようになった

 なぜだろう。feecleのせいかな、他の個人的(性的)な気掛かりのことか。よくわからない。twitter的なものはなにかネットの意識を変えるのだろうか。あるいは今頃私はmixi的なネットワークの領域に入ってきたのか。なんとなくだが、はてなをはじめたころの親密さの感覚もある。

 はてなが変わってきたのかもしれない。ぶくまについては批判はない。どうにでもなればいいんじゃないかと思いつつ、じゃ、自分ではどう思うかというと、あまり関心が持てなくなりつつある。

 増田は? 増田もなんかテンプレ化してきているように思う。話題のテンプレというより、参加数のシュレショルドと実際には、Mr/Miss増田というかコアが生まれつつあるのだろう、そのあたりの活動が臭いというかうるさいというか。そのあたりは、増田から出たらいいんじゃないかとも思う。たぶん、増田はシステム的ななにかの工夫が必要なんだろうと思うがそれがなんだかわからない。mixi/twitter的には話題から偏差を掛けたお気に入り増田トレースの仕組みがあるといいのかもしれないが、どうやるのか、それでいいのかもわからない。

 ああ、なんとなく思ったが、誤解しないでほしいが、マルコ青年の活躍が目につく。彼はもともとねらー的な人だったのではないかと思うが、ブログのほうが活気づいているようにも思えるし(たぶん、本格的な思考志向の人なんだろう)、反面フットワークとそのフットワークと思考の速度のなかで現れる他者にある異和感があるのだろう。そのあたりは、なんというか、案外本質的な問題かもしれない。ま、マルコ青年の話はそのくらい。悪意でも批評ってことでもないので軽くね。

 さよならを言った人のことは私は言及しない。ただ、その中間的なというか、ほぼさよならを言ったブロガーもいないではない。たぶん、私はfinalventにも少しさよならを言いつつある。自分を偽装的に彼と呼ぶのはなんだが、彼はまた彼の孤独のなかでそれほど受けもしない文章をまだ書くのかもしれない。

 ブロガーが自滅していく、とも思わない。だが、何かの流れでどんどん過去に押し流されていく印象はある。そんなものかもしれない。

 そういえば検索などでときたま2ちゃんスレがヒットして読むことがあり、その最近スレはと覗くことがあるが、あるいはまとめサイトで2ちゃんスレも読むことがあるが、異和感というより遠い。全体のPVが落ちているらしいがよくわからないし、総じてうまく表現できないのだが、老いている印象がある。ねらー的な固まり、あるいはねらーとして存在することがネットのある動向から老いのような印象を与えるというか、ねらーはねらー的な発言を強いるある種の権力の内側に捕捉されているのではないか。まあ、ねらー批判にとらないでほしいが、ようするにこれはシステムの問題ではないか。

 web2.0だのよくわからんといえばよくわからんし、以前、洒落で「極東ブログ: グーグルは何かを知ろうとしている」を書いたが、洒落だけで書いたわけでもない。というかまじでオントロギーの話を書いても通じる人は可視にはならない。ま、それはそれとして、オントロギーの領域なのかよくわからないが、電子的に作成されたコミュ、あるいは集団思考プラットフォームというのはその設計で存外に大きな、思考介在的な権力を持つように思える。現状では、Googleは私と近い。

 セカンドライフ? まるでわからない。やればまるでわからないわけでもないだろう、というか、欧米人の身体的な性欲幻想にマッチはするだろうが、日本的な性幻想性にはマッチしないだろう。もっと日本人の性はアニミズム的であり、そのアニミズム的なエロスを解放するような幻想性でないとノリがわるい。もう一つの生命、もう一つの世界、というふうなリアル人生・世界的なものアンチテーゼというのは日本的ではない。そして、たぶん、この日本人の奇妙な性幻想がおそらく世界を圧する創造性の端緒にはなっていくのだろう。

 梅田さんがよく若者に未来があるとして、そして語りやすく、知の切り口を開く。しかし、彼自身が若さに期待してるものは知の高度化ではない。もっと、自由といったもののなにか近くそれはたぶん彼の20代から30代の人生の基礎のなかで直感されたものだ。彼と限らず、人は、あるいはある種の人は、自由という難題を背負い込む。

 この電子的な世界がどのようにその多様な自由を実現していくのだろうか。それは新しい各種の権力=力、との関係に置かれている。

 話が飛躍するが、ジャーナリズムや思想といったものが問題なのではなく、電子情報的なシステムがハーネスする自由と幻想のある混合のようなものにどう自分を巻き込んでいくのか。その巻き込みなかで、本当の意味でのリアル世界(本当という意味は社会的なスターテスではない、食ってセックスして子を育てるということだ)にどうリフレクトされるのか。そのリアルの領域のなかでどのような自由のツールになるのだろうか。

社説特になし

 陳腐な話題に思えた。コメントもまた陳腐になるので、略、と。

曇天、でも、通り雨かな

 いろいろ思った。このところ寝る前にビールを一缶飲むのが癖になりつつあるので、癖というのもなんなのでやめとくか。それとも水泳のあとビアガーデンでも物色するか、でもそうすると食事が乱れるしとかとか。で、昨日は奇妙な乾き感もあって、あと半缶ほどのみ、なんとなく寝てしまった。裸に近いかっこうで寝たので身体が冷えたのか明け方目が覚めると喉が少し痛かった。いい気になって若いノリで生きていくことはできないなと苦笑しつつ、ぼんやりした頭にぼうっと宇多田の曲とかぶちこんで目覚め、いつもの朝食。この数日feecleは食事ブログになりつつある。実際自分がどんなもの食っているのか自分でもあんまり自覚してないからいいかな。けっこう食は波がある。

 ぼんやりといろいろ思った。身体がだるっとしているせいか朝立ちが弱い。と思い返すと、昨日もけっこう泳いだのだった。どうも身体にスタミナというか持続力がないな息が上がるなとか思いつつ、結局一時間泳ぎ通した。筋肉痛とかはないが、これから出るのか。体脂肪率は18だった。まだ落とせるというか落としたほうがいいようにも思うが、案外よくわからない。水泳ではあまり脚を使わない泳ぎが多いのだが、その分、脚のエキササイズにはならない。別のトレーニングでもするか。というあたりで、30代のころのボディワーク趣味っぽくなってきている。ということは、ヨガを戻せよか。

finalventfinalvent 2007/06/10 14:09 daisukidaisukiさん、ども。ええ、先日の、べたな啓蒙が必要かな、とかの関連でした。

finalventfinalvent 2007/06/10 18:24 spontaさん、ども。実体的なオカルトとかではなく、我々の無意識の神話的な構造なんだろうと思いますよ。

2007-06-09

増田かく思う

 増田⇒そんなに強くない、人も多いと思う

ネットに書き込むってことは、自分の書き込みに対してあらゆる罵詈雑言が

浴びせられるかもしれないってことを覚悟することだ。

もちろん、それに反論するもよし、無視するもよし、場合によっては訴訟に持ち込むも

よしだけど、まず罵詈雑言が浴びせられたという事実に強いショックを受けてしまう

ようなナイーブな人には、やっぱりネットっていうのは向いていないんだと思う。

 たぶんそうなんだろうと思う。

 で、罵詈雑言を投げかけたほうが勝ちってことでFA。

誰かのためじゃなく

自分のためにだけ歌える歌があるなら

私はそんなの覚えたくない

だから For You

 

           ___  読めませ〜ん
          ‖    |     ∨
          ‖空気 ∧_∧   .ヘ∧
          ‖ \ ( ・∀・) (゚A●)
          || ̄ ̄⊂   )  (   と)
          凵    し`J   U U

コムスンについてちと調べてネタにすんのはやめようと

 かく思った。

 正義が正義面して、しかも、罰まで可視になって、水に犬は溺れているわけですよ。こりゃもう叩け叩け叩け、おいらにゃぁ〜♪ 獣の血が騒ぐ〜!! だけど・・・ルルルル〜♪な世界なわけだよな。

 参院選のせいなのか、まあ、なんかワタシ的には、世の中狂っているみたいに見えるが。ってな時は、すっこんでいようっと。

 

 弁当さんはすっこでよっと はてなさんはインターネット

 お母さんはダイエット、ダイエット、ダイエット

 ネガコメは夜のパイロット Google嫌いなラッダイト

逆に一行以上書くのもなみたいのがあるかfeecle

 どう使ってもいいのだけどね。

 ケータイで使うのをメインにしたいせいもあるけどね。

 話は違うが。

 SNSって参加者が二人になったらメールだよな。愛の世界ってやつだ。違うか。

 と、ここでまた話がそれるが。

 お前の書いていることわかんないふうに言われることがあるが、ほいでも、そういう人ってもしかして他の人はわかっているのにその人だけわかってないかもみたいなフィードバック機構は弱いんだろうな、と。ええと、何が言いたいかというと、わからんエントリとかほのめかしエントリとかなんでもいいけど、ネガネガタグのエントリって、実は、それほどネガネガでないかもというのは、開かれているわけだからだよ。

 つまりぃ、こいつアホだわ、とぶくましても、そうでもねーと思っている人もいたら、それなりに開かれているわけよ。

 この部分が、SNSとかメールとか、うまく開けないんじゃないか。

 ってか、愛とかだと開かないものか?

 ってか、愛とかって相互の幻想か。

 ってか、なんで私は愛にこだわっているのか。日清カップヌードル食い過ぎか(そんなでもないと思うけど)。