finalventの日記

2007-12-15

今日はなにかと激鬱に近いせいかラフマニノフの徹夜祷がいよ〜に美しく感じられた

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ラフマニノフ:晩祷: クラシック: サンクトペテルブルク室内合唱団,ボロディナ(オリガ),マスタヴォイ(ウラジーミル),コルニエフ(ニコライ),ラフマニノフ

 正確にはこのヴァージョンじゃないんだけど。

 ⇒晩祷 - Wikipedia

 

神童貞女讃歌

ちょっとへぇな話

 ネタ元⇒ドリコム退職にあたり-宮崎謙介⇒加藤謙介(@ドリコム)の誰にも見せないつもりの日記

 ぶくま⇒はてなブックマーク - ドリコム退職にあたり-宮崎謙介⇒加藤謙介(@ドリコム)の誰にも見せないつもりの日記

 dankogaiさん⇒404 Blog Not Found:「王様の耳はロバの耳」とブログで言うなかれ

 ぶくま⇒はてなブックマーク - 404 Blog Not Found:「王様の耳はロバの耳」とブログで言うなかれ

 背景はこれかな⇒ドリコム、2007年3月期赤字転落へ--営業不振で売上高は従来予想の6割:ニュース - CNET Japan

 さらにその背景はこれかな⇒Technobahn (Technobahn - 【株式銘柄】ドリコムがまたストップ高∃.....)

 社会人の一般論としては弾さんのいうとおりだろうけど、こうした背景を慮ると、ちょっと一般論や精神論ではこなせない、もっと違う含みがありそうにも思える。

 もっとも、一般論としてはよくあることだろうとも言えるし、こういう思いをじっと秘めている人は少なくはない。

 ざっと見える範囲の反響を見ていると、弾さんの影響も大きいのかもしれないけど、一般的な道義的な話と、この問題のパティキュラな面はあまり区別されていない。

 社会に出て、ある種の修羅場を見ると、呆れるような人がけっこういる。そしてその人たちが不法ではないものの、不道徳極まりなことをやってのうのうと生きている。こんなやつらが社会の勝利者かと思うなら、そういう勝利者に人生で勝つというか、引き返して勝つというか、まあ、勝ち負けではないけど、違った世界観や人生観を持つようになる。

ブログとか日記とか

 どうするかな、と。昨日、いちおうブログサバトっていうか、離れていてというか思った。

 なんとなく極東ブログを続けていく気力みたいのは抜けてきているというか、いろいろ思ってもめんどくさくて書かなくなりつつあるというのと、批判されることがわかっていて書くだけの気力というか、理解されないなとか最初に萎えてしまう。というか、理解されるように書けないわけでもないがそれがつらい感じだ。

 ネガコメだけ書きまくっている人は楽だろうなとかちょっと思ったが、つまりはそういうことだ、つまり、そんなのは書いている意味がない。

 はてながどんどん変わっていく。haikuも面白いと思うし、使い道はあるのだろうけど、というか使い道をちょっと考えてみたい気はするが、スターがどうも受け付けない。

 人を褒めるというか賛意というのを明示する関係というのもいいのかもしれないが、なんか私としては恥ずかしい。もっと暗黙で自然でいいのではないか。

 あと、別にブログシーンにあまりいたくないなという気持ちと、さてさてという気持ちとある。匿名にして別のブログを書くというのも無意味な気がする。私は当初から匿名でやっているつもりはない、ただ、仕事との関連がないのだから実名とかにすることはないんじゃないかくらい。というか、どっかでブログっていうのはビジネス的な展開があるかと思ったが、私の場合はなさそうだ。

 「はてな村」はネタにはなるが、そして実際のところそういうクローズなところもあるが、どうも見渡しが悪い。というか、自分がなぜはてなに居るのか自分でもよくわからない。はてなが使いやすいから惰性というのはある。気まぐれに書きやすい。

 移転とか少し考えたが、結局同じようなものになるので、どうかなとも。

 Twitterについては距離が見えてきた。フォローがすごく大きくなってしまってどうなるんだろうと思ったが、まあ、大丈夫じゃないか。軽い感じの関係性がいいし、自分のようなTwitterの使い手というのは、あれ、部活の部屋のだべりみたいな感じ。

 ただ、Twitterだと、けっこう言っちゃうなというのはあるな。

 私は実生活では凡庸で常識的な人なので(まあたぶん)、この日記のようなことや極東ブログのことのようなことは言わない。もともと10代から20代半ばまで自分の精神生活というか人が知ることがなかった。ときたま詩や短歌を書いて雑誌に投稿して賞とかもらったがそれほど文学が好きというわけでもなかった。というか、あまりそういうところから人との交流をしたくない。

 若い日の恋愛は、今にして思うと、その蹉跌は、自分のそういう矛盾みたいのがあったのかと思う。私は特段芸術的なテイストもないし、日記などで誤解されているかもというほどの宗教的な情熱もない。ただ、矛盾し、混乱していて、それがそれなりの痛い目にあったというだけ。能力もないし凡庸なというか。

 まあ、よくわからないな。

 こうして書いていて通じるとも思わないし、ただ通じないとも思わない。結局のところ自分は相応に歳を取って、若い世代からはうざらがれているということかも思うが、別に好かれたいわけでもない。

 それにしても来年は2008年か。わけわかんないくらい生きてきたなという感じがするし、なんでこんなにネットとかに書いているんだろう、俺。

 というか、だんだん、ネットとかではうまく表現できない部分の比重が多くなりつつもある。「ネットで表現できない」という言い方は拙いのだが。ふと思ったことを言うと、梯子丹のその後というか来年の展開だがなんであれ幸せであればいいのではないか。幸せといのは凡庸なもので自分の硬い否定的な核を失うことかもしれない。そういう核みたいなのがないとおよそ、書き言葉などというものは出てこないのではないか。おセックスをして気持ちよかった人を愛して幸せだったという人は、特段にそんなことを書かない。というかネットでは表現できない。表現するなとは言わないので、また驚くような展開があるのかもしれないが。

 それでもネットから見えない世界というのはある。内面とも違う奇妙な部分だ。善行というのは隠して行えみたいなのに近いかもしれない。普通に凡庸に生きてその意義が言葉に映ってこないなにかがある。

 

追記

 読みましたよ⇒ブログがキャズムを越えたのは誰のおかげだろうか? - どんなジレンマ

 基本的には運命というか、人生のそのおりおりの感覚に流されていくつもりでいます。書きたくなくなったらそのままやめてしまうということに抵抗感はありません。

思ひ出すこと。

 昔の知り合いにおデブな女性がいておデブな猫を飼っていた。

 なんかそれが奇妙に絵になっていておかしかった。

 そのうち、若い男を飼い出した。痩せた男で。

 しばらくして会うと、男の下腹ぽてっと出ていた。太ったのである。っていうか、全身まで太れる時間ではなかったので、まずは下腹から。

 それからどうしたかな。

 そういえば、先日、臍回りを計ってもらうという機会があり、計るのは若い女性だったんだが、73センチとかつぶやいてから、少し、え、嘘っみたいな顔していた。

へぇそりゃ目出度いと思いきや

 間接的⇒このページはまだブックマークされていません。 : はてなブックマーク - ソーシャルブックマーク

 ちなみに。

 私は10年うさぎを飼ってましたね。正確には私がではなく、実家にいただけだけど。

 情が移っていけませんな。死んでしまってこころにぽっかり穴。もう二度とこりごり。

 つうわけで、動物園にたまに言ってみんなに挨拶するくらい。

ヨーロッパ詩人かあ

 ⇒代表的なヨーロッパの詩人 : 2007-12-14 - Sweetness

 「ヨーロッパの詩人」というくくりが面白いというか、そういう発想する人がいるのかと思った。

 というかなんとなくこれ日本臭い印象もある。というのと、少なからずがキリスト教の背景がないと読めないかなとも思ったが、まあ、まいどの話になりそうなので、それはそれ。

 でと。

 くくりの都合上、米国詩人はいないのか。

 ホイットマンは読んでないと日本の近代文学がわからないかもしれないなと思う。

 ホイットマン⇒ウォルト・ホイットマン - Wikipedia

 ホイットマンの詩は現代日本語に訳せばそれなりによいのではないかな。

 米人との交流でというか、昔先生だった人やその配偶者のことを思い出すとロバート・フロストを思い出す。常識の一部だったのだろう。

 ロバート・フロスト⇒ロバート・フロスト - Wikipedia

 自分より少し上の世代ではプラスの詩を暗唱している人がいた。

 シルヴィア・プラスシルヴィア・プラス - Wikipedia

 私個人としては、というか、かつで世にしられぬ詩人なりし私(反語ですよ当然)は、カール・サンドバーグから強い影響を受けた。日本語のウィキペディアにはないな。

 Carl Sandburg⇒Carl Sandburg - Wikipedia, the free encyclopedia

 ぐぐったらへぇなエントリをめっけ。

 ⇒kitten diary: サンドバーグを読んでいる日記

今日の大手紙社説

 大手紙にはとくに話題のない一日だった、ということだろう。

日経社説 許せぬ防衛省の漏洩体質

 小池百合子元防衛相は、8月の内閣改造で留任を求めない理由に、この問題に対する責任を挙げた。それを冷ややかに受け止める空気が防衛省・自衛隊にはあった。情報流出に対する感度の鈍さの証左だった。大臣が職を去る重大さを、あの時点で認識すべきだった。

 これについては私は以前、小池の対応でよかったように思っている。というか、あの時のメディアは変だった。

日経社説 参院は速やかに給油新法への意思示せ

 日経もだいぶじれてきているようだ。ただ、この問題は衆院で通せというのも憲法遵守ということではある。というかこうした事態のために衆院の優位がある。

産経社説 【主張】サブプライム対策 もう対岸の火事視できぬ - MSN産経ニュース

 ちょっと騒ぎすぎな感じがするが、だんだんとサブプライム問題だけではなくなりつつある、というかトリガーをひいている感じはある。

 対応の風景をを見ているとなるほど日銀って変な組織だなという印象は深いが、日本がそもそも変な国。

毎日社説 社説:薬物大リーガー 日本も対岸の火事ではない - 毎日jp(毎日新聞)

 興業なんで驚くべきことでもないと思うが。

 関連して。

 その後もいろいろ賛否のコメントをいただく。

 ⇒極東ブログ: 国体からクレアチンを排除すべきだ

 まあ、今の自分だったらこういうエントリは書かなかったかな。

読売社説 慰安婦決議 欧州での連鎖反応が心配だ : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 慰安婦問題への関心が、ヨーロッパで特段に高まっているわけではない。欧州議会の決議は、少数会派の緑の党が推進し、採決の際に出席した議員は全体の1割にも満たなかった。

 しかし、国際人権擁護団体の「アムネスティ・インターナショナル」が、各地でオランダ人などの元慰安婦の証言を聞く公聴会を開催し、慰安婦決議の採択を各国の議会に働きかけている。中国韓国系の反日団体も背後で動いている。

 へぇという感じで他ソースから事実の確認ができないのでなんともわからない。

 ただ、この決議はそれほど問題にならないのではないか、というのは他の問題に埋もれていくのでは。

朝日社説 南京事件70年―数字の争いを超えたい : asahi.com:朝日新聞社説

 数字の探求は専門家に任せるべきだ。実は中国の学者の間にも、一つの数字にこだわらず、より実証的な研究を求める声がある。冷静な学術研究を通じて、いずれ数字は変わっていくのではないか。

 両国の政治にとっていま大事なのは、この事件を日中間の障害とせず、和解に向けて手立てを講じていくことだ。

 まったくそのとおり。

ログイン、快晴

 四時頃ふと目が覚めて、このまま起きてしまうのかなとしばし座禅。眠気が出てまた寝た。夢はなにかみたていたがわすれた。

 快晴。富士山はぼんやりとしている。新暦でいうのもなんだが14日といえば赤穂浪士みたいな話が昔はよくあったものだ。最近では聞かない。

himorogihimorogi 2007/12/15 10:55 >まあ日本の新聞とか関係ないでしょ
>朝日社説 南京事件70年―数字の争いを超えたい : asahi.com:朝日新聞社説

欧米のメディアの統合による報道の劣化と、メディアトップへの中国系の食い込み(婚姻などで)によって、華僑のプロパガンタがそのまま通るようになる予感(というよりすでに現実化)がしてます。
実際先の大戦ではそれでやられてしまったわけですし、今日でも東南アジアでは昔から華僑がメディア握ってるので、東南アジアでの報道は地域の空気より華僑の意思を反映したものになりがちです。

a-kikana-kikan 2007/12/15 10:57 なんか頑張ってほしいなあ。徒労感ってだれでもあるだろうし、いつぞやコージートークを紹介してくれてましたよね。こんなショートムービーを見ると元気が出ませんか。
http://www.teamdedododo.com

finalventfinalvent 2007/12/15 11:45 himorogiさん、ども。いろいろ思うことはありますが、いずれ歴史がなんか暫定的な答えを出すでしょうし、日本人オワタかもですよ。

finalventfinalvent 2007/12/15 11:46 a-kikanさん、ども。徒労感もですが、ちょっと自分の立ち位置がネットいうかブログに引っ張られているかなという感じです。ネットとも長い付き合いだけど、ある意味、ある部分あまり影響受けないんですよ。曖昧な言い方ですが。

kagamikagami 2007/12/15 13:08 私も犬猫飼っているんですが、可愛いですね(^^)ゾーエーを肯定的に捉えた神話学者カール・ケレーニイは、個的なものを複数性によって越える連続的な生ゾーエーは個人間や人間同士の党派を越えるだけではなく、様々な種等すらのカテゴリを越えた複数の生命群にコミットメントすることによって現れると云っていますね…。きっと、うさぎさんの生は、またどこかで流れていると思います…。
http://www.amazon.co.jp/dp/4560024197
手塚治虫はケレーニイの神話研究を知らなかったのではと思うのですが、ケレーニイの古代神話研究結果があまりに「火の鳥」と類似していて、非常に驚きました…。

ziomziom 2007/12/15 16:33 確かに日本を終はらせたのはあの世代でせうね。大学で政治ごっごしちゃあかんのですよ。

finalventfinalvent 2007/12/15 16:40 kagamiさん、ども。ええ、ごく小さい生き物からとてつもなくいろいろなことを学びました。その生がいもあるというのは感覚としてはあります。そして喪失感もまた。

finalventfinalvent 2007/12/15 16:41 ziomさん、ども。理科系はまだマシみたいなんですけどね。まあ、言っても通じないですよ。というか、そいう断絶間はお互い様かな。団塊の世代は貧しさは知っていても戦争はよくわかっていないように思えますね。話が散漫になりましたが。

finalventfinalvent 2007/12/15 21:58 hrkt0115311さん、ども。ご心配ありがとう。ある時期(というか大病して)から、無理はしないで流されて生きるようにしています。

ziomziom 2007/12/15 22:12 団塊の問題は、少なくとも団塊以外は団塊の価値観を理屈上は理解できる(感覚的には無理です)が、団塊は自分以外の価値観が存在すること自体を知らない、です。これってマーケッティングの宿命で、日本の業界は常に団塊世代をマーケット戰略の中核に据ゑてきた。たった3年間で1000万人近くゐるのですから、ここに焦点を合はせるのは利益を追求する企業なら当然です。だから、団塊はテレビを付けても見たい番組がある、町を歩けば欲しい商品がある、教育問題から始まり、住宅問題、年金問題と、政治家はいつでも自分達のライフサイクルに合った問題点を取り上げてくれる。一方、そこから外れると、テレビは面白くない。欲しい商品もない。政治家には声が伝はらない、となってしまふのです。

finalventfinalvent 2007/12/16 08:27 ziomさん、ども。ええ、大衆メディアやいわゆるニュースというのはかなりが団塊世代向けという感じがしますね。そして彼らが実際のところそのイスタブリッシュなんで、勝手にしろとなっていくのでしょう。どうしようもないなという感じです。

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