finalventの日記

2008-04-30

FTは日本のインフレを祝す

 ⇒FT.com / Comment & analysis / Editorial comment - Inflation is good news for Japan

Hooray for inflation! Rapid rises in the price of food and oil, combined with a slowdown induced by the credit squeeze, are bad news for most of the world. But for Japan – mired in deflation for the best part of a decade – they are also an opportunity to establish expectations of a sustained rise in prices.

 

Much higher prices for spaghetti, gasoline and other foods and fuels caused Japan’s headline inflation rate to hit the dramatic high of 1.2 per cent in the year to March 2008. That is low compared with the 1-3 per cent range most developed country central banks are comfort­able with, but the highest inflation Japan has had for 10 years.

犬で子どもアレルギー予防?

 ⇒AFP: Puppy love: Pet dog nips child allergies

PARIS (AFP) — Take a bow-wow, Fido. Scientists have found that Man's best friend is also good for his children too, for young kids who live with a dog may get an immune-system boost against asthma and other allergies.

 喘息という文脈で読むとちと物騒かな。

日本語で言うと腰痛ベルトってやつかな

 ⇒Lumbar Supports Not Particularly Effective For Low Back Pain

ScienceDaily (Apr. 24, 2008) ? Lumbar or lower back supports ? those large belts that people wear around their waists when they lift or carry heavy objects ? are not very useful for preventing low back pain, according to a new systematic review.

竹熊先生の、気持ちはなんとなくわかる的

 ⇒たけくまメモ : 【業務連絡】そろそろ生き方を変えます(希望)

いざ50を目前にすると、さすがに「引退」を宣言するのはちょっと早いかもと怖じ気づいてきます。まだこの世界でやり残したこともあります。ですので、少し穏便な表現をとって「そろそろ生き方を変えます」と宣言しておきます。具体的にどう変えるのかは、「たけくまメモ」をお読みくださればそう遠くない時期になにか書くかもしれません。

 

思えば、俺の人生のピークは29歳から36歳くらいまででした(とりあえずこれまでは)。40歳からはろくでもないことばかりでした。「たけくまメモ」を始めて、個人的には少し気が晴れてきたんですけど、あくまでこれは「趣味」ですからね。今のところは。

 気持ちはわかるな。

 私は今思うと40代もそれなりに良かったかな。って、ブログ書いていたのは今振り返ると40代後半ということになる。

 沖縄時代が前後アバウトにして10年ということかな。竹熊先生は、「人生のピークは29歳から36歳くらい」とおっしゃられるけど、私はそこから10年沖縄時代というか人生の異質な時間があった。

 私は、「そろそろ生き方を変えます」はよくわからない。じわっと変わってきそうな部分はある。それと、竹熊先生は、これは、「業務連絡」なので、そういう含みなのだろう。日垣隆梅田さんも、50あたりでライフワークの体制に入るようだ。

今日の大手紙社説

 特になし。

日経春秋 春秋(4/30)

現代ニッポンには、こんな切ない話は無縁かもしれない。けれど中米でアフリカで食糧危機が広がり、一片のパンを夢想する民衆は少なくない。往時、飢えに苦しんだ青木博士は何も手につかず「文学も糸瓜(へちま)もあったものでない」と自嘲(じちょう)した。とにかく、空腹を満たすのが先だ。そう願う人々が今も世界中にいる。

 「空腹を満たすのが先だ。そう願う人々が今も世界中にいる」はそうなのだが、戦後の日本とは違う側面のほうが多い。

産経社説 【主張】背骨混入牛肉 遺憾だが冷静な対処必要 - MSN産経ニュース

 産経が出遅れたのはなんでだろう。空気読んでいたのかな。

 当該工場から輸入した700箱(計17トン)のうち背骨の混入は1箱だけだったものの、全量が直ちに廃棄された。政府も検疫体制の強化とともに、同工場からの輸入は当面、全面停止とした。適切な措置だ。なにより消費者の口に入らずに済んだのは幸いだった。

 それはそうなんだが、この骨付き肉、たぶん、吉野家が買っている安肉より上等な部位だと思う。つまり、米工場側としてはそれが米国内向けだったら消費者のお得だったはず。もっとも日本は日本。規則は規則だけど。

毎日社説 社説:物価上昇拡大 「しょうがない」では済まない - 毎日jp(毎日新聞)

 これまでの政府のデフレ脱出戦略は経済活動の活性化が、賃金上昇などを通じて消費拡大をもたらし、需要サイドから物価が正常化していくというものだった。ただ、原油価格の急騰がきっかけであっても、日本はもはやデフレ経済ではない。国際的にも新価格体系に移行中であることも間違いない。

 デフレだと思うよ。

 そして賃金は上がらないからもっとひどい状態になってきている。

 福田康夫首相は最近の物価上昇を「しょうがない」と表現したが、その認識は誤っている。1〜2%の消費者物価上昇ならば、日本銀行にとっても、インフレ目標設定論者にとっても、望ましい水準だ。ただ、その場合でも、中身をよく見なければならない。

 デフレ下で明らかになったことは、技術進歩の速い情報技術(IT)関連商品・サービスの物価下落と、教育費などの上昇である。食料や衣料品の物価水準は大きく変わっていない。パソコンや薄型テレビ、携帯電話料金などの大幅値下がりによるデフレだ。

 おや、毎日新聞に「インフレ目標設定論者」なんて出てくるのか。そしてデフレ認識もあるじゃん。

 それだけに、物価安定は一層、重要になっている。景気が微妙な局面に入りつつあることは事実だが、政府も日本銀行も従来以上に、物価に軸足を置いた政策運営を心掛けるべきだ。

 それはむりだと思うよ。

 それと、今の投資マネーによるチキンゲームは秋口にクラッシュするんじゃないかな。

 というかそういう読みもすでに織り込まれてつつあるような雰囲気もする。

読売社説 電動車いす お年寄りの転倒を防ごう : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 重大事故が起きた時、メーカーなどに国への報告を義務付けた改正消費生活用製品安全法が施行された昨年5月以降、11件の電動車いす事故が報告された。そのうち6件が死亡事故だった。

 運転操作を誤って、縁石に乗り上げて転倒したり、道路脇の溝に落ちるなどの事故が目立つ。時速6キロ以上で走る危険な“暴走族”もいるという。

 軽微な事故も含めると、事故は相当数に上るはずだ。歩道を走行中、人やベビーカーにぶつかるなど、加害者になる例もある。

 たしかによく見かけるようになった。そして、私の印象では、率直にいうと傍若無人というケースが多い。後ろが見えないせいもあるのだろうが。傍若無人でいえば自転車も同じで、観察していると電動車椅子が勝つ。勝つというのもなんだが。そして、歩行者だけがいつも困惑している。

 電動車椅子ではないが、老人の非横断歩道の横断もかなり見かける。よくあれで事故にならないなというのを一日になんども見かける。人に話したら、いや事故は多いんだよと言っていた。見かけたことはないし、見かけたくもない。

晴れ

 暑くなるらしい。夢はあらかた忘れた。勃起の仕組みがどうたらというものだった。

2008-04-29

鉄人28号 白昼の残月、見たよ

 ⇒映画「鉄人28号 白昼の残月」-オフィシャルサイト-

 ⇒鉄人28号 白昼の残月 - Wikipedia

 面白かったかといえば面白かった。

 スケールはテレビシリーズのほうが大きかったように思う。

 もう一度見たいかというと、これはちょっと微妙。

 というあたりの、痛い部分が自分に突き刺さるところはあった。

 バックモンスターはかなりよかった。

これはニュースだ

 これ⇒asahi.com:チューリップ600本切断 警察駆けつけたら実は… - 社会

 園芸少しでもやる人ならみんな知っているけど。

よくわかんないけど

 呼んだ?⇒続・自殺もまた自己表現である - らめぇ

 で、私としては、読んだ。(idコール、来なかったぽいけど)

 よくわかんなかった。

 ダルフールなどで虐殺される人の死と、先進国自殺の死、それは死という切り口では一緒かもしれないけど、というか、そういう切り口は私には皆目わからない。私は、人が組織的に殺害される状況は人倫というか私の生命観にとっても危機だというくらいしかわからない。

 それとね。

そして写真の発表後、ケビン氏は「なぜハゲワシを追い払い、少女を助けなかったのか」という激しい批判に晒され、程なく自殺した。旱魃とともに飢餓の原因となった第二次スーダン内戦はその後さらに10年続き、ようやく終結したそばからダルフールで新たな紛争が発生。すでに18万人以上が殺害され、ここでも深刻な飢餓が進行中である。

 ブッブー! (通じてる? 最低値の数が違うよ、飢餓もだけどもっと直接的にひどい問題があるよ、そういうのを雑駁に扱う精神はどうかと思うよ。)

 で。

 たぶんずれるのだろうと思うけど。

 昨日のエントリでもちょっと思ったけど追記しなかったけど。

 けどというのは。

 少なからぬ人は、静かに消え入るように忘れ去られるように、あるいは姿は見えつつ、良き隣人のようでありながら、その心は凍り付き、死を静かに願うような無意識のなかでフェードアウトちゃうんですよ。

 それは自殺には見えない。まるで人生まっとうしたかのように見える。

 しかも、本人もそれを絶望の最果てとは思っていない。で、本人がそう思わなければそれでいいジャン的に。

 でも、そこが微妙で、その絶望の凍てついた階梯に、ふと、自分が気が付くことがあるんですよ。うぁああ俺、死につつあるじゃん、的に。

 そこで地の底から絶叫しちゃうことってあるんですよ。

 生きなくてはならないとか倫理とかめんどっちいことじゃなくて、物凄い嵐みたいなものに急き立てられて、まるでこいつ自殺すんじゃねーのみたいな狂気のように見えるというか。

 でも、そこから、生き始める人がいるし、生の意味というのは、死のように暴虐な何かの力でもあるんですよ。

 「お前、絶望してんだよ、生きろよ、なんのためのマンコだよチンコだよ、マンコチンコマンコチンコ」みたいな世界があるんだよ。そうした狂気みたいなものが生の意味を開示するような何かを、知というのはズルこく死に取り込んでしまうんだよ。

 ちがうだろぉぉおおおマンコチンコマンコチンコマンコチンコマンコチンコ!

そういえば下関条約

 先日下関条約をぼんやり考えていて。

 ⇒下関条約 - Wikipedia

清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。(第一条)

 というのは第一条にある。

 もちろん、これは日本の朝鮮支配の言い草なのだが、が、というのは、これがないと朝鮮は清国の属国だったのだろうか。

 というか、この第一条の含みはどうなんだろとかちょっと思った。

 逆に日本の朝鮮支配は許せん、ま、それは許せんというのはわかるが、ではそれを理論上ちゃらにすると清国を継承したと豪語する中国は朝鮮に対する支配の権限をなんらか持っているのだろうか。

今日の大手紙社説

 政局と夫殺しと精神鑑定判決の問題。自分の関心を引かないというくらいか。

日経社説 金融不安に伴う資源高の影

 この社説がどうというわけではないのだが、で、日本は?というのが見えない。

産経社説 【主張】昭和の日 あの一体感取り戻したい - MSN産経ニュース

 いつもならスルーしてしまうのだけど、このヤキの回りかたはすごいものがあるな。

 ことに、戦後の復興から高度経済成長を経験した人々にとっては「よくぞ生き抜いた」との思いが強いに違いない。その「力」となったのが、国民の中心に昭和天皇がおられたことである。

 戦後の国づくりをめぐっては、敗戦によりそれまでの価値観の多くが否定されたこともあり、さまざまな考えの違いがあり、対決や抗争があった。それでも大多数の人が前向きに取り組むことができたのは、国民の間に天皇を中心とした求心力があり「一体感」があったからといえる。

 このことは、実に多くの人たちが、昭和天皇の全国御巡幸によって励まされ苦難に立ち向かうことができた、と述懐していることからも十分わかる。

 昭和天皇の全国御巡幸はGHQ政策としては成功だった。が、私はその時代を知らない。私はそれなりに昭和の時代を生きてきたが、庶民は天皇家に距離をもっていた。昭和の一体感なんていうものは産経の言うようなふうにはなかった。むしろ戦後の焼け野原で食うに困るの状況は壮絶なものだった、それが歴史に残した影響はそれなりに見聞きした。

毎日社説 社説:夫殺し判決 精神鑑定のあり方が問われる - 毎日jp(毎日新聞)

 もちろん判決精神鑑定に束縛される必要はない。一般的には鑑定医ごとに判断が分かれることが珍しくなく、裁判官が総合的に判断するのは当然だ。責任能力を裁判所が判断することは判例上も確立されている。だが、今回は2人の専門家の鑑定結果が一致し、裁判所も鑑定の信用性を認めて、犯行直前に短期精神病性障害を発症していた、と認定した。それでいながら、刑事責任能力を認めたのだから判断は複雑だ。

 この問題は難しいなと思う。理性的に考えれば無罪となるべきだと思う。が、印象としては今回の裁判は正しいのではないか、つまりぼやけた言い方になるけど、精神鑑定と裁判は独立してよいのではないかという印象がある。

曇り

 晴れるらしい。低気圧が西から移動してくるのは明日あたりか。

 夢は忘れた。けっこうディテールがあったようだが。このところ夜の街を散歩する。風が気持ちよい。

2008-04-28

なんとなく

 ⇒また塩豚を作りました! - 怪獣ヒロンの「こんな私を笑って」

 スーチカーだと塩をして水を抜く。

 あと、この方式だとたぶん味噌豚が吉かも。

僕は自殺というのは自己分裂じゃないかと思っている

 自分は生き延びているから違うかもしれないし、自殺というのは結果であって、プロセスは多様かもしれないし、それをいうなら同じプロセスでたまたまダセーで生きていることもあるかもしれない(俺っぽい)し。

 でも。

 僕は自殺というのは自己分裂じゃないかと思っている。

 「僕は死ぬ」というのじゃなくて、分裂した自分が「死ね」と言っているのだと思う。そのボリュームを下げるとなんとか生きられるというか、そもそも他者が示した死を僕は確信できないんだよね。

 分裂した自分というのは、いちおう無意識といってもいいのだろうと思うけど。

 けどというのは、ネットとかやっていて、死ね死ねよく言われるのだけど、それも、結果的には自分の無意識と同質のプロセスなんじゃないかと思う。

 ある人は別の人の死の分裂を引き受けるというか。

 引き受けさせてしまった私のカルマは深いというか。

 生きるというのは、してみると、ダセーでなければ、統合ということになるのだけど。

 たぶん、それは自力では無理なんじゃないか。

 というのが青春をかけた自分の神学的追求の根幹でしたね。

 ティリヒはある意味でそれを存在への勇気とも言ったけど、彼は恩寵を根においた。

 僕がせいぜい言えるのは恩寵というか奇跡というのものがあれば人はその分裂から救われるかなくらいだろうか。

 あと。

 プラクティカルには、自殺の予防の基礎なんだけど、自殺が自己表現的な部分である場合は、ようするにコミュなんですよね。

 ただ、結果自殺された人がいると、ああああ俺はコミュ失敗だったのかと自責の連鎖になってしまうのは違うけど、コミュをどう受け止めるかは自殺予防の基礎テクなんだろうけど、ただ、あれ、そこまでコミュを受け入れられる人って少ないと思う。

 人間どっかに分裂はもっているし、どうも分裂の力というのは統合の力の一体かもしれないので、生きることそれ自体を信仰的に善と受け入れる困難さと同質の難しさがある。

 ただ。

 こうしたプロセスのなかで、悪というのはあると思う。

 悪というのはこのプロセスにおいては勝利なんだと思う。げろっと結論に飛躍すると、自殺が勝利であるような陶酔において悪魔が現れるのだろうと思う。死の勝利というか。

 椎名麟三は、復活のイエスとはユーモアだと言った。今ふうに言うと……だからさぁ、俺、死から復活したわけよ、信じないわけ、ほれ、スネ毛だってあるじゃん。刺されたところ、ほら傷残っているじゃん。さわってみ。何、俺が幽霊? おい、その焼き魚くれ、食うから……むしゃむしゃ。

 椎名麟三は復活のイエスに笑った。そして生きた。復活のイエスを彼は信じた。もっとも、それですべての苦悩が終わったわけではないのは、赤岩栄や田川健三の物語があるにはあるけど。

cover
私の聖書物語 (中公文庫BIBLIO): 椎名 麟三

増田的 Omni animal post coitum triste est

 ⇒この変態の記事だけど

 ⇒はてなブックマーク - この変態の記事だけど

 

追記

 間違った。

 omni animal → omne animalium

増田的恋愛観

 とひとくくりにはできないだろうけど。

 ⇒恋愛はネタなのさ

物語において恋愛を持ち出せば、ほとんどどんな人間関係展開だって可能になる。腐った卵より醜悪で、サイコロや大気より乱雑で、麻薬より精神を蝕むものだ。この極上のネタを求め、また誰かがあなたの恋愛模様を味見しようと、目を光らせている。

 私はそれは、たぶん、親子関係の問題じゃないかなと思っている。

 つまり、若い人というかレンジを広くとってもいいけど、恋愛というのは、自分の生存理由、つまり、おかーしゃんとおとーしゃんのおせっくす、の、了解ということだろうと思う。

 そこにどういう恋愛があったかという了解が自己了解の微妙な起源になっているのを、なんとなく自我の側から疎外したいから、恋愛が物語りになってしまうのだろうと思う。

 そして、性欲とかはあるからさらに浮いてしまうし、そしてそのカルマ的な結果で、また、みんなその親のように生存の流れのなかに組み込まれる。

増田とついった今北産業

 ⇒増田とTwitterの違いを3行でよろしく頼む(俺はTwitterユーザー)

 増田は表向き匿名日記なので、内容のポインタで繋がる。つぃったは表向きリアル人間コミュなので人間ポインタで繋がる。どちらもつながりが微妙にバッファされるので、理解しづらいけど、バッファの感覚が2ちゃんとかミクシみたいに重くない。

そういえば

 実家の整理で中二のときの日記があったのだが、見なかった。何かいてあいるかはだいたい今でも覚えている。そしてある部分はなにも変わらない。

 あれをブログかなんかで公開すると面白いかなとちらと思うが、そう思ったせいかまた消えてしまった。

 そういえば大学生のころの日記もあった。性と信仰のぐちゃぐちゃしたものだった。これも見ない。これなんか痛すぎるな。と、これもまた消えてしまった。

 ある部分は成長しない。というか、僕はあんまり成長するタイプの人ではない。恥多き人生でしたは太宰だっただろうか。でも、それが僕という人なんだし、No way out

増田的年齢

 ⇒いつからか

それほどセックスしたいとは思わなくなった。単に年くっただけかもしれないけど。なんか穏やかな気持ちが心地好い。街中で綺麗な人とか見ても何も感じなくなったし。

 こういうと恥ずかしい話だし、うまく言えないのだが、僕はそうでもない。もちろん、若い時とは違う。なんというのか、僕はこの年こいても定期的に動物園とか言って動物を見ているのだがその延長のように若い人たちは美しいものだな花みたいなもんだなと思う。で、それにあこがれるかというとちょっと違って、それは終わった感はあるにはあるけど。

音楽にはそれがない、ずっと続くんだよ、これほどの快楽は無いよ。それにバリエーションも豊富。

 僕は自分のなかに天国を作ることができなかったし、たぶんだめだろうと思う。しいていうと読書くらいだけど、読書もどっちかというと地獄の確認のような部分は多い。ああ、古典は年相応に天国っぽくなかったかな。

 ときたま、僕は趣味ないんですよとぽろっと言ってしまって笑われることがある。でも、あまりないなと思う。

 音楽については、シンセ音楽が聞きたい。人類が過去不可能だった音楽の可能性が聞きたいと思っている。

今日の大手紙社説

 衆院山口2区補欠選挙などが話題。私は関心ない。というか、民主党がきちんとマニフェストをまとめてくださいねと思う。

日経春秋 春秋(4/28)

首都圏以外の方にはなじみが薄く恐縮だが平日昼前に「ちい散歩」というテレビ番組がある。俳優の地井武男さんが東京周辺の街をぶらぶら歩き、人や花との出会いを楽しむ。2年前にひっそり始まり、いま視聴率はこの時間帯でトップクラス。意外な鉱脈を発掘したと業界の関心を集める。

 こういうといけないなとは思うのだが、私の散歩コースにもこの手のご老人がリュックサックを背負って行進されるので、風情がなく呆然としてしまうことがある。行軍というか予定をこなすという雰囲気だ。年を取ると備品なく歩くことができないというのもあるし、電車など乗り継いで来られるのかもしれないが、ガイドブックと参照して散歩のかたも多く風情というものがないなあと思う。ほらみなさんの足下にガイドブックにないすみれが咲いてますぜ。

曇り

 晴れるらしい。天気図を見ると気圧の分布が複雑。沖縄はもう梅雨入りか。

 夢は何本も見た。教育関係が多かったように思う。が、明け方音楽を聴いていて忘れた。

 昨晩夜の散歩をしていたら、春というか若いカップルを何組か見かけた。若いな。自分もあんなふうな時代があったとか思ったのだが、あまりもう記憶の一体感はない。暗がりに大きな影があって、デブ?とか思ったら、熱中接吻中だった。あーあ。

 そういえば、最近代々木公園とか散歩しないが、よくいたものだった。かく言う自分も(ry

2008-04-27

「老鼠倉」と書いてなんと読む的

 ⇒中国証監会、ファンドインサイダー取引処罰を本格化

 新華社北京4月21日発 (記者 趙暁輝 陶俊潔)中国証券監督管理委員会は21日、基金管理公司職員の唐建氏、王黎敏氏の「老鼠倉」(インサイダー取引案件に関する処罰決定を公表し、違法所得を取り上げ、50万元の罰金を科する上、市場禁入を実行することとなった。証券監督管理委員会がインサイダー取引に対する処罰として初めて。

チベット報道はワンパタンが多いがおっとこれはヲチ

 べたで孫引きなんで引用するよ。

 ⇒時事ドットコム:ラサ暴動で現地当局の対応批判=中国高官が異例の発言−香港紙

2008/04/26-16:30 ラサ暴動で現地当局の対応批判=中国高官が異例の発言−香港

 【香港26日時事】26日付の香港紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストによると、チベット族が多い中国青海省の政治諮問機関人民政治協商会議(政協)のバイマ主席(閣僚級)はこのほど、同紙のインタビューに応じ、隣接するチベット自治区のラサで3月に起きた暴動について、現地当局の対応の遅れを批判した。

 中国高官が他の地方・部門を公然と批判するのは異例。共産党政権内部で、チベット族の騒乱が拡大して国際的非難を招いたことに関し、チベット自治区当局の責任を問う声が出ている可能性がある。

産経的勢力焦るの図かな

 ⇒東シベリア油田開発着手へ、平和条約置き去りの懸念 (1/2ページ) - MSN産経ニュース

日露両国が26日の首脳会談で、東シベリアの新規油田開発の着手に合意したことにより、今後、両国間のエネルギー協力に弾みがつく可能性が出てきた。ただ、日露が領土問題未解決のまま、巨大投資を必要とするエネルギー分野での協力に踏み込んだことは、ロシアに平和条約不要論を高めることにもなりかねない。日本側は、平和条約締結の重要性を今以上に強く求める必要が出てきた。

 福田が消えるとしたら案外このラインだったりして。ただ、ここはあれ、原子力問題も関係しているからふんばるか。

 朝日は逆。

 ⇒asahi.com:日ロ共同油田開発に合意 首脳会談、北方領土対話継続も - 政治

ロシアを訪れた福田首相は26日午後(日本時間同日夜)、プーチン大統領とモスクワ市郊外の大統領公邸で会談した。両首脳はアジア太平洋地域での両国の関係強化の具体策として、東シベリアで初の油田の共同開発を進めることで合意。北方領土問題の解決と平和条約締結に向けた対話を継続することでも一致した。

今日の大手紙社説

 長野聖火がテーマ。私は関心ないな。Timesを読んでいたら、妨害は日本の右翼みたいな話はあるにはあった。

日経春秋 春秋(4/27)

確かに、例えば古代日本の文学作品である「万葉集」はみんなで楽しむために編まれた。▼万葉の歌は民謡でもあった。「多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだ愛(かな)しき」は「多摩川にさらす手作りさらさらに」「さらさらに何そこの児のここだ愛しき」と「さらさらに」を繰り返す労働歌だった(佐佐木幸綱「男うた女うた」)。琵琶法師が語る「平家物語」も耳から入る娯楽作品だった。

 平家物語は案外難しい。万葉集については、これはまあ違うと言ってもいいかな。最近の学説はどうか。万葉集というまとめにも問題がある。基本的に現存するのは奇跡に近く、仙覚は偉かった。

 ⇒仙覚 - Wikipedia

 で、万葉集なのだが、巻1、2あたりは国選というか国家との関わりが強い。天智系と天武系の微妙な軋轢を残している(額田王の伝説あたりはけっこうどうでもよいが)。

 春秋子が引かれている民謡だが、これが微妙で、ざっくばらんにいえばこれはコロニアルな問題。つまり、国家が東国を統括する文化的な統一というか支配の一形態にある。つまり、こうすること(歌として収録すること)によって、天皇の歌との結合と、徴兵・徴税に結合していく政治性が根幹にある。ただ、これが実質国家側から日の目を見なかった。

 ちょっと学問的に危うい言い方になるが、いわゆる五七調が成立したのは、天智王朝のサロンであろう。しかも、基本的に短歌というのは、長歌のコーダだし、長歌は漢詩に対する女のサロン文化だろう。これを単一の形式にしたのは人麻呂だろうし人麻呂の歌形成過程にはそういう漢詩からの脱却が見えないわけではない。

 東歌がだからこの形式にまとまるはずはないので、非常な作為がある。国家的な作為。

 いずれにせよ、万葉集は、特に後半になるにつれ、家持の私家版になる。たぶん、過程には旅人と長屋王の問題が潜んでいるのだろう(長屋は親王であり、とすれば父高市は皇位についていたはず、おそらく「持統」が高市なのだろう)。つまり、聖武天皇称徳天皇を巡るクーデターなどもだ。あれもいま一つよくわかっていないというか。史学的に黙殺されている。

cover
正倉院の謎: 由水 常雄

 余談めくが、春秋子のようなのんきな万葉観は実は明治期につくられたもので、その明治王家の文化的なコロニアリズムに合致していたものだ。そしてこれは本当に悲劇なのだが、民衆、特に徴兵に色づけられた大衆の愛が万葉集的なもので陶冶というか統制されてしまったことだ。恋愛の情感がこうして天皇制文化装置のなかに吸収されていった。もっとも今にいたるまで日本には性と歌のアンダグランド文化というものはある。が、その宥和のなかでうまく国民文化は形成されなかったのではないかな。

 私は万葉集が好きだった。茂吉のあれは高校生時代に全部そらんじることができた。

 でも、万葉集が民衆の歌とか言われるような時代は、終わりにしてよいと思う。

 

追記

 ちょっと読み返していて気が付いたのだが、「ここだ愛しき」を春秋子、読めているかな。「いとしき」とか読まんでくれ。ここは、「ここだかなしき」と読む。この「かなし」は沖縄の言葉に残っている。

 いちゅんどうや

 かなし 

 まちみそうりさとめ

 にしんじょうぬいえだや 

 うとぅむさびら  

 「にしんじょう」が漢字で書けたら沖縄を語ってもよろし、かな。

読売社説 ブラジル移民 百年の歴史を生かしたい : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

日本人がブラジルに移住して100周年を迎えた。日本からブラジルへの最初の契約移民781人を乗せた笠戸丸が神戸を出港したのは、1908年4月28日のことだ。

 クリップ。

 ブラジルとの関係は日本にとってとても重要だし、移民の人とのつながりも。とはいえ実態の文化的祖国である日本の対応はというと泣けてきそう。

 とはいえこの問題は難しいな。というのは、今の日本人はサッカーとかをのぞけば事実上ブラジルに関心ないし。

曇り

 午後は晴れるらしいがそれほど気温はあがらないかな。夢は覚えていない。昨晩は、なんとなくくたっと寝て、朝は普通に目が覚めた。心のなかにいろいろひっかかりのようなものはある。

 そういえば体重計の電池が切れていたのをリニューして計量してみた。二週間ぶりくらいに計測したが特に変わってないというか少し減っていた。もうちょっと絞ってもいいかな。61kg、17%。筋力が付くとそれなりに体重は下がらない。体重を下げることが目的ではないし。腹回りもたぶん細くなってきていると思うがと計ると、臍回り72cm。

2008-04-26

ほぉそんなものが

 ⇒'Expelled': No intelligence allowed - San Jose Mercury News

Droning funnyman Ben Stein monkeys around with evolution with the new documentary, "Expelled: No Intelligence Allowed," a cynical attempt to sucker Christian conservatives into thinking they're losing the "intelligent design" debate because of academic "prejudice."

 ⇒Intelligent Design Propaganda Is Coming to a Theater Near You | Movie Mix | AlterNet

今日の大手紙社説

 北朝鮮シリアの核施設問題が共通話題。この件ついては朝日のところにまとめて書いた。過ぎ去ってしまったことは過ぎ去ってしまったが、私がブログで見ていた世界、それは本当なのだろうか、どう私は正気を保っていられるだろうと疑念に苦しんだ問題の一部がある程度可視になる奇妙さを思う。むしろ、今日の社説の論調の背後に私はイスラエルイランの問題を見ている。

 ブロガーとやらをやっていていろいろひどいことを言われた。支持してくれた人もいた。自分がなぜこんなことをやっているのかけっこう苦しかった。でも、そこから少しずつ世界の姿は見えてきた。もう見終わったとは思わないけど、自分がこっそりぼろぼろになった部分はある。

日経社説 Jパワーで中止命令出す前に

 これを受けて、政府は投資の中止命令を出す方針だ。これまで「抜かずの宝刀」だった外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく中止命令の初の発動となる。

 理由として、政府は電力供給や原子力政策に支障の出る恐れをあげる。Jパワーは青森県原子力発電所を新設し、プルトニウム燃料の利用に取り組む計画だ。さらに広域の送電網を運用し、日本全体の電力供給に大きな役割を果たしている。

 日本の権力が露出されるようでいて面白いといえば面白い。「政府は電力供給や原子力政策に支障の出る恐れ」かあ。

日経社説 ブッシュ政権は対北強硬路線に戻るか

 表題で少し脱力した。ブッシュ政権はもう事実上終わっているのに。

毎日社説 社説:北朝鮮「核支援」 米政府の沈黙が長すぎた - 毎日jp(毎日新聞)

 くさした言い方になるけど、「米政府の沈黙が長すぎた」ではなく、ブッシュ政権はそれなりにシリアにも北朝鮮にも慎重だった。そして、この情報は朝日のところで書いたけど、不確か情報の綱渡りようだったけど理路を辿ればある程度見えていたことだった。こういうといけないのかもしれないけど、情報をきちんと伝えてこなかったのは君たちジャーナリズムではないか。

読売社説 シリア核支援 「北」は拡散にも関与したのか : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 すでに朝日のところで書いた以上はないのだが、問題はすでに核拡散を越えて、北朝鮮の国家崩壊・暴発に近くなってきている。暴発がないことを望みたいし、悪い言い方だが暴発はかつて想定されたほど日本には影響はないのではないか。ただ、長期的には影響はもちろん受ける。その前にこの問題は中国問題化している。

 ⇒極東ブログ: 遼寧省の鳥インフルエンザ発生からよからぬ洒落を考える

 北朝鮮は「東北の4番目の省」になるしかないが、それが北朝鮮の内部に権力闘争をもたらしている。不毛な権力闘争でまた民衆に被害は及ぶ。

 中国としてはしかし現状、東北3省も爆弾状態になっている。

読売社説 チベット対話 もっと早く決断すべきだった : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 この間、中国政府は「五輪直前という時期を利用した計画的な策謀だ」と非難するばかりだった。そもそも武力弾圧には限界がある。中国政府は、もう少し早く対話姿勢を打ち出すべきだった。

 そう話は簡単ではない。

 私はこの問題を実は依然このスキームを念頭において見ている。

 これ⇒極東ブログ: チベット暴動で気になること

 かならずしもこれだというわけではないが、仮にそいうスキームで見るには、むしろ北京側が肉を切らせて骨を断つように微妙にシフトしているかもしれない。というか、このまま愛国心ナショナリズムが暴発すれば、軍側ですら制御できなくなる。すごいチキンゲームをしているというか、愚かだなとは思う。

 ただ。

近く開催されるダライ・ラマ側の代表と中国政府側との対話は、必ずしも楽観できない。

 原則としてチベット支援者が求める結果にはならない。むしろ、ダライ・ラマは暴動を悲しみ、オリンピックを期待しているという言辞を引き出せば最善でしかない。

朝日社説 高齢者医療―このままでは台無しだ : asahi.com:朝日新聞社説

 新しい制度では、県単位で保険料が一本化されたうえに、市区町村独自の税金の投入がなくなった。お年寄りには所得に応じた負担を広く求めることになった。お年寄りの負担は総額で見れば、ほとんど変わらないが、人によって増減はさまざまだ。

 総額では変わっていない。

 新しい高齢者医療制度は、従来の老人保健制度に比べ、現役世代とお年寄りがどれだけ負担し、税金がどれだけ使われているかが分かりやすくなった。世代間や世代内の負担の不公平もある程度是正された。

 だが、そんな意義や利点も、不信や不安を放置したままでは伝わらない。

 まずは、お年寄り一人ひとりの目線で負担の仕方や実態などを説明し、納得を得る。それをしなければ、せっかくの制度も立ちゆかない。

 という「納得」は何を意味しているのだろうか。

朝日社説 北朝鮮とシリア―ぞっとする核拡散の闇 : asahi.com:朝日新聞社説

 空爆された建物や、原子炉と見られる内部の写真まで公表された。北朝鮮黒鉛減速炉とそっくりだ。北朝鮮とシリアの核開発担当の高官だという2人が肩を寄せて立つ写真もある。

 どうやってこんな写真を入手できたのか。スパイ小説を地でいくような離れ業に驚かされる。

 シリア側はさっそく否定した。北朝鮮もかねて、核技術や物質は輸出していないと強調してきた。

 だが示された資料を見る限り、両国の主張は信じられるものではない。米政府は「この型の炉は過去35年間、北朝鮮だけが建設している」などとして、北朝鮮の関与を強調した。

 私としては今頃感はある。ただ、朝日新聞がこの問題に触れる時が来たのかなという感慨はある。

 2004.05.19⇒極東ブログ: 北朝鮮竜川駅爆破とシリアの関連

 2007.09.18⇒極東ブログ: イスラエルによるシリア空爆からシリアと北朝鮮の核コネクション報道のメモ

 2007.09.20⇒極東ブログ: シリアを巡る怪事件メモ

 2007.10.15⇒極東ブログ: イスラエルによるシリア空爆の対象は北朝鮮設計の原子炉だったか

 竜川駅爆破に関連して気になるのは。

 2004.09.13⇒極東ブログ: 北朝鮮北部の両江道爆破事件は核実験か

 2005.04.30⇒極東ブログ: 北朝鮮核化の新動向

 2006.10.09⇒極東ブログ: 北朝鮮核実験実施

 依然わからないことは多いし、私としてはこの問題は基本的に終わっている感じはある。振り返るとひどい揶揄を受けたことがあるけど、全体構図が少しずつ明らかになるについて別の印象はある。

 少しずれるが

 イスラエルは半ば公然の核保有国であり、それに対抗して中東の国々が核を手にすれば、事態は制御不能に陥りかねない。イランは国連制裁を受けながらも、ウラン濃縮を進めている。

 現時点の問題でいえば、イランがまた非常に難しい地点に来てしまった。ある意味で、イランの普通のナショナリズムとでもいうのか、そういう部分で核が推進されていく。中ロはそれはそういうものだろうとしかみていない。危険はむしろイスラエルにある。今回のシリア施設の再騒ぎも実はイスラエル問題だ。

曇り・ログイン

 眠りが浅い。お酒を飲むと眠りが浅くなる傾向があるが、夕食に白ワインを軽く飲んだくらいだ。無意識のなかにまたいろいろスケジュール的なものを抱え込んでいるからだろうか。身体の鈍い疲労感もある。こういうのはむしろ泳いだほうが抜ける。

 夢は覚えていない。

2008-04-25

ブログサバト

 と、書くのを忘れていた。

 金曜日。

 ゴールデンウィークってやつですかい、日本は。

増田的人生の風景

 ⇒過去の女性が気にかかる

元カノがブログで結婚するとのことを知った。

俺、既婚者なんだけどちょっと動揺した。ほっとした側面もあるが。

今の妻に不満は全くない。俺には勿体無いくらいの妻だ。

なのに、何でだろう。あのとき俺の胸にぽっかり開いた大きな穴が未だに塞がっていないことに気づいてしまった。

 現実はもう全然違う人になっているんだけどね。

今日の大手紙社説

 脊柱混入米国牛肉とJASRAC問題がメイン。牛肉問題は、韓国を含め他のアジア諸国で事実上米国牛肉が解禁されていくなかで、結果的に日本人を閉鎖的にさせるナショナリズム的な機能があって香ばしい。JASRAC問題はよくわからない。

日経春秋 春秋(4/25)

こういう話を書き始めると、例の歌詞を持ち出したくなる。私のお墓の前で……。おっと、ここは用心しなければならない。音楽は著作権で守られ、曲も詞も使うには制約がある。それを管理して使用料を徴収しているのが日本音楽著作権協会JASRAC)だ。方々に目を光らせ、ちょっとコワモテである。

 nifty時代は歌詞の一行でも引用すると大騒ぎだった。

日経社説 ネット時代の音楽著作権管理めざせ

 著作権管理事業は作家や音楽家に代わり、権利処理や使用料の回収などを行う。音楽では1939年に設立されたJASRACが独占的に管理を担ってきた。ところがネット配信の普及を狙う音楽出版社などから自主的な管理を希望する声が拡大し、2001年の法制定で管理事業が認可制から登録制となった。

 公取委が問題としたのは同協会が放送局などと交わす「包括的利用許諾契約」だ。著作権料は本来、使った分だけ払うものだが、同契約では経費を除いた事業収入の1.5%を支払えば、同協会の楽曲は何度でも使える。結果として追加支出が必要な新しい管理事業者やその楽曲が締め出されているというわけだ。

 法制定により、出版、音楽、映像など20以上の管理事業者が登場したが、音楽分野ではJASRACが今も95%以上のシェアを握る。

 へぇと思ったのでクリップ。そのくらい。

 合わせて読みたい⇒解説:JASRAC立ち入り 「競争を阻害」公取、5年前に指摘 契約手法改善なく - 毎日jp(毎日新聞)

 JASRACと放送局側は79年から、曲数に関係なく一定の料金を徴収する「包括的利用許諾契約」を続けてきた。しかし、公取委は03年3月に公表した「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会報告書」の中で、この契約を「競争阻害要因となり得る」と指摘。新規参入業者と利用者(放送局側)が曲別契約をすると、その分だけ「利用者が支払うべき使用料が増加してしまう」からだ。

産経社説 【主張】大間原発許可 原子力政策に重要な一歩 - MSN産経ニュース

 資源小国「日本」の原子力政策にとって重要な一歩である。

 経済産業省はJパワー(電源開発)が青森県大間町に建設を計画している原子力発電所の設置を許可した。

 大間原発は使用済み核燃料から再処理して取り出したプルトニウムウランでつくる混合酸化物(MOX)燃料だけで動く世界初の商用炉で、日本の核燃料サイクル政策が大きく前進することを意味している。

 エネルギーの安定確保には、核燃料サイクルが重要である。青森県六ケ所村には日本原燃の使用済み核燃料再処理施設があり、今夏の本格操業をめざしている。しかし、燃料があってもそれを使用できる原発がなければ核燃料サイクルは実現できない。

 クリップ。微妙。悪いとは思わないけどどう議論していいか複雑。

毎日社説 社説:硫化水素自殺 死を誘発するサイトの罪深さ - 毎日jp(毎日新聞)

 ⇒自殺対策支援センターライフリンク 「いじめ自殺」報道のあり方

 話がそれるけど。

 小学生のころから試験管セットをもって実験とかしていた科学少年だった私は今回の騒ぎがなんというのか、科学の基本がわかってないというなんじゃないかという印象がぬぐい去れない。化学ではやっちゃいけないこときけんなことをちゃんと教えるしそういう階梯がある。危険もだけど、少量でも硫化水素なんか作るなよ、臭いしとか思う。

毎日社説 社説:米国産牛肉 単純ミスでは片付けられない - 毎日jp(毎日新聞)

 しかし、BSE問題について日米がたどってきた経過を考えると、単純なミスと言って片付けられる問題ではないだろう。

 中国産の冷凍ギョーザや相次ぐ食品偽装問題で、食の安全に対し消費者は敏感になっている。スーパーの間で、再び米国産牛肉の販売停止の動きが広がっている。消費者の信頼を保つため、できうる限りの対応をとるのは当然のことだ。

 もう何が安全な食い物なのか話がめちゃくちゃ。

 再発を防ぐには、米側の取り組みが第一であることは言うまでもない。原因の究明と再発防止策の徹底を求めたい。

 その最善を尽くしてもこのエラーが起きるということ。そしてそのエラーは吉野屋の面子で食い止められた。吉野屋ってすごいなそういうコストかけてるんだ、吉野家で食おうというなら話はわかる、とはいえ私はあれあんまり好きじゃないけど。

読売社説 米産輸入牛肉 危険部位は見つかったが : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 米国内では、同様の骨付き肉は普通に売られている。このため農林水産省は、ナショナルビーフ社が輸出の際、米国内向けの牛肉を誤って梱包(こんぽう)して出荷してしまったのではないかとみている。どうやら単純なミスのようだ。

 米人が普通に食っているものが日本にまざって大騒ぎという構図。

 今回も、加工前に背骨を見つけ出した。危険な牛肉が消費者の口に入る可能性はまずない、ということだ。消費者は、冷静に対応すべきであろう。

 日米間では、米国産牛肉の輸入条件緩和について協議が続いている。背骨混入問題と条件緩和は分けて考えるべきだ。

 日本の「月齢20か月以下」という輸入条件について、米国側は撤廃を求めている。撤廃の要求を受け入れるのは無理だが、国際標準は「月齢30か月未満」だ。日本が「30か月未満」を受け入れても、問題が生じることはあるまい。

 読売の肩を持つわけではないけど、これはごく正論だと思う。というか、国際標準の非関税小障壁を騒ぎ立てているこういうのこそナショナリズムなんじゃないの。米人は骨付き肉を食ってもいいけど日本人はダメ、と。で、その理由が国際的に全然通じない。

 国際標準に則ったら(それが科学的ということ)、食べたくない人がいるならそういうチョイスを日本の消費者に与えるというだけでよいと思う。

朝日社説 米国産牛肉―牛丼ファンを泣かせるな : asahi.com:朝日新聞社説

 米国から輸入された牛肉に、またまた問題が見つかった。商社を通して牛丼最大手の吉野家に納入されたバラ肉700箱のうち、1箱に背骨付きの肉が入っていた。

 陰謀論を採るわけではないけど、今回のこの騒ぎにどうも胡散臭い印象がぬぐえない。

 というのも⇒asahi.com:吉野家向け米国産牛肉に特定危険部位 - 食

 伊藤忠が昨年8月、同工場からバラ肉700箱(約17トン)を輸入し、吉野家は加工工場「東京工場」(埼玉県大利根町)に保管。今月21日に箱を開けた際、1箱(27キログラム)に脊柱が含まれた腰部の肉を見つけた。残り699箱の肉には問題がなかったが、近く廃棄する予定だ。

 輸入されたのは半年も前のことだ。今月21日に箱を開けたというのがどうも。

 そしてこのタイミング、韓国を含めアジアで米国牛肉が解禁というタイミングで出てくる。BSE問題はいつもそうだけどタイミング良すぎ。

 ただ、この社説悪くないのは次の点をきちんと指摘していることだ。

 米国側には、米国人が食べているのになぜ日本では売れないのか、という疑問があるかもしれない。

 米国では、30カ月未満なら、危険のある部分でも除く必要はない。BSEの最も多い欧州でも制限は徐々に緩められ、24カ月未満なら、背骨のついたTボーンステーキも食べている。

 欧州に比べ、日本でのBSEの発生ははるかに少ない。日本の基準が世界一厳しいことは事実だ。すべての牛を調べる検査も世界一厳しい。リスクをとことん減らそうという考えに立っている、ということだ。

 そして公式には米国のBSE発生はさらに少ない。

 「リスクをとことん減らそうという考えに立っている」というのは科学的にナンセンスなのだけど、こういうところは偽科学・似非科学批判の人たちは批判しない。

朝日社説 北京五輪―いよいよ、聖火が走る : asahi.com:朝日新聞社説

 振り返ってみれば、そもそも政治とは無縁だった大会の方が珍しい。

 競泳の前畑選手が金メダルを取った36年のベルリン大会は、ナチスの宣伝に徹底的に利用された。

 中国台湾問題を理由に開幕直前に参加を見送った56年のメルボルン大会。テロイスラエル人選手らの命が失われた72年のミュンヘン大会。冷戦下で東西両陣営のボイコット合戦にさらされた80年のモスクワ、84年のロサンゼルスの両大会……。

 主役は選手だとしても、世界の人たちの記憶には、競技場外の事件や国際社会の争いと合わせて刻まれていく。それが五輪なのかもしれない。

 この社説の筆法はWPやNYTの社説とよく似ている。パクリとまでは言わないけど。

 たとえば⇒Pageantry and Protest - washingtonpost.com

Apologists for China claim that the Olympics are not the place for political protests. That's nonsense. The Games have always had a political dimension, especially when emerging powers have used them to announce their arrival on the world stage: Japan in 1964, South Korea in 1988 -- or Nazi Germany in 1936. The torch relay was invented by Adolf Hitler, who routed it through countries he would soon invade before overseeing a final leg featuring a blond, blue-eyed runner ushering the flame into Berlin's Olympic stadium.

曇り

 天気図はこの季節にありがちな印象。夢は覚えていない。

2008-04-24

技法の差だと思うよ

 ⇒洋菓子と和菓子の違いは!? 大人マジック(雑学ポータルサイト)

 中華料理とは何かにも関係するけど。

 ただ技法も交流がある。

 となると、技法の統一的な体系なんだろうと思うね。

なんとなく変な連載

 ⇒悲劇の画家”モディリアーニの新たな一面を探る。 : NIKKEI NET 特集

 モディリアーニは、たぶん、映画のせいだろうがあるイメージがつきまとうし、関連書を読んでもいろいろ伝説がつきまとう。が、その作品からにじんでくる悲しみとエロスみたいな、どうにも言い難いなにかがある。

久しぶりに宮本亜門を見る

 ⇒NIKKEI NET 日経WagaMaga: アタマとカラダを刺激する、大人のためのコミュニティー

 沖縄で暮らしていたころ、なぜか彼とはすれ違った。邸宅の横の喫茶店にはよく行ったものだったが、車はあっても人気(ひとけ)はなかった。あの邸宅まだあるのだろうか。

今日の大手紙社説

 PCI事件が共通の話題かな。汚職の構造はどうかと思うけど、本質的な問題はこの事業の実際的な不可能さなのだろうと思う。むずかしいな。

日経春秋 春秋(4/24)

 移民きみら辿(たど)りきたりし遠き道にイペーの花はいくたび咲きし――横浜のJICA・海外移住資料館で開催している写真展「新世界に渡った日本人」の会場入り口には、1998年の歌会始皇后さまが詠まれたこの歌を掲げてあった。

▼イペーはブラジルの国樹ともいえる落葉高木で黄色や桃色の房を枝いっぱいにつけ、日本での桜のように、見る人にさまざまの事を思いださせる花らしい。

 執筆子、沖縄を知らないのだろう。沖縄にはイペーはあちこちよく咲いている。そして、うちなーんちゅうは言うのだ、「……(略)

産経社説 【主張】日本タンカー被弾 「不法」に無力な不備正せ - MSN産経ニュース

 公海上で日本の船舶などを守る法的枠組みに不備があると言わざるを得ない。問題を浮き彫りにしたのは、日本郵船の大型タンカー「高山」が中東イエメン沖で不審船から銃撃を受け、被弾した事件だ。

 陰謀論はとらないのでこれは偶発ではないかと思う。

 問題はまだある。新テロ対策特別措置法は海自の活動を給油支援に限っている。国連安保理は海賊被害の続発を受け、加盟各国にパトロールなどの海賊対策を求める決議の採択を目指しているが、現状では海自はパトロールすらかなわない。

 この話だが、以前ちょっこし触れたけど実際には日本は米国に依存している。そのあたりの米国の手を緩めれば日本はけっこう誘導できるというか、ABCD包囲のようなことができないわけでもないように思う。しかし、この問題も放置されるのだろう。投げやりでいうのだが、日本は幸運を頼んで生き延びていくというのもよいのかもしれない。

産経社説 【主張】遺棄化学兵器 検証なき巨費投入は問題 - MSN産経ニュース

 もともと、この事業は中国側の言い分をほとんど受け入れる形で始められたものだ。終戦時、旧日本軍化学兵器を含むすべての武器を中国軍旧ソ連軍に引き渡しており、「遺棄」には当たらないとの見方もあったが、引き渡したことを明確に証明する書類がないとされ、中国にのみ有利な処理策が進められてきた。

 しかし、最近、「遺棄」ではないとする証拠が防衛省防衛研究所などで次々と見つかっている。昨年も、中国大陸で旧日本軍が化学兵器を中国側に引き渡したことをはっきり示す文書が、防衛省の関係団体が外務省の依頼で行った調査資料の中に含まれていることが、ジャーナリストの取材で明らかになった。外務省はこれを公表していない。

 賛成するわけではない。ただ、こうしたロジックが頓挫とともに浮上してくると、かえってろくでもないことになりそうだなとちと思うので、クリップという程度。

毎日社説 社説:PCI事件 戦後処理事業で不正とは - 毎日jp(毎日新聞)

 旧日本軍が終戦時、中国に遺棄してきた大量の毒ガス兵器を日本政府が回収し、処理する事業が事件の舞台になった。1997年に発効した化学兵器禁止条約によって、早期処理が日本の責務となり、99〜06年度で470億円もの国費がつぎ込まれてきた。

 その事業を国から委託されていたPCIのグループ会社が一部を外注する際、グループの別の会社を介在させる形にして1億2000万円を抜き取ったというのが元社長らの逮捕容疑である。中国で遺棄兵器による死傷事故が後を絶たず、一刻も早い処理が求められている中で、事業費の一部を流用していたとすれば言語道断だ。

 ちょっと放言になるかもしれないけど、不正自体はそれほどたいした規模でもなく、ありがちなケースだったのではないか。

 NHKラジオで聞いたのだが、今回470億円もの国費がつぎ込んだわりになんの成果も上がっていない。成果が上がる気配もないらしい。理由はどういう事業になるか世界的に前例がなくわからないらしい。へぇと思ってきいていた。

 今後数千億という金額が投じられるならその1.2億はわずかな額だろう。もちろん放置していいわけではないし、事業が進まない原因はそこにあるのかもしれない。

 でも、この話、悪人を懲らしめてどうとなることではないようだなという印象はもつ。

 処理事業は今年度予算でも154億円を計上し、当初から新たな巨額の利権を生むのではないかと政界などでささやかれてきた。事業の透明度を高めることが不可欠だ。

 という話を進めても、これも京都議定書のように頓挫の運命にあるのかな。

 いろいろな問題が普通に考えれば頓挫するとわかっていてしかも頓挫したとき日本にかなりの打撃が来るとわかっていてその対処がされているとは思えない。

読売社説 遺棄兵器処理 不透明な利権構造に迫れ : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 旧日本軍中国に遺棄した化学兵器の処理事業に絡み、東京地検特捜部は、大手コンサルタント会社「パシフィックコンサルタンツインターナショナル」(PCI)の元社長ら4人を特別背任容疑で逮捕した。

 中国・吉林省のハルバ嶺には、旧日本軍の遺棄化学兵器が、30万〜40万発埋まっているとされる。日本政府は、1999年に中国と交わした覚書に基づき、事業費をすべて負担して処理事業を進めている。06年度までに471億円が投じられた。

 今後、行われる発掘、回収と無毒化処理には、さらに、数千億円がかかるとされる。

 この事件も背景を知らない。しかし、こういう問題でも利権はあるのだろうな。一見正義に見えるような議論の背景にはけっこう利権がある。

 私が比較的よく知っている分野で、一見正義に見える背景にそれはないだろ的な利権の構図を見たことがあった。見方によっては利権でもないのかもしれないが。

朝日社説 淀川のダム―「待った」に従う時だ : asahi.com:朝日新聞社説

 淀川水系で国土交通省がつくろうとしている四つのダムに、ほかならぬ国交省の諮問機関から「待った」がかかった。

 住民や学識経験者らで構成される流域委員会がダムの費用対効果を考えて、「ダム建設より堤防の補強をすべきだ」との意見書をまとめたのだ。

 背景を知らないけど気にはなるのでクリップ。

 私もある審議会みたいのメンバーになったことがあるけど、意見とはほとんど無意味だった。

曇り

 小雨になるもよう。風も強くなる。昨日泳いだあといつもより疲労感が少ない感じがした。筋力がついているのだろうか。若干そんな感じもしないではない。体脂肪をきれいに落とすといったことは考えていないし、この年ではなと思うが、そうでもないのかもしれない。

 夢は、水泳のことだった。プールサイドでおっしこする子がいて水で流すというシーンがあったが、ほかはよく覚えていない。

2008-04-23

はてダってa要素のname属性が普通に効くのか

 あたりまえは当たり前だけど。

 

 こんなふうに⇒へへへ

 なんか合理的な「はてダ記法」はないんだろうか。

 エントリの従属性はないっぽい。つまり、やはり日付管理。(でもないかな。)

 こうすればいいのか⇒ふふふ

 長いとことはてダを使っているけど、わかんないことだらけ。

 小見出しにnameが効くかな。

どうかな*

 どうでしょ?

 だめでした。

 

 ないのかな⇒はてな記法一覧 - はてなダイアリーのヘルプ

増田はてダコメント論

 ⇒はてなダイアリーユーザーってなんでコメント欄使わないの?

 使っている人もいると思うけどというか、よくわかんないな。

 トレーサビリティが低いの確かなんで、なんかシステム的な対応があるとよいのかも。

 あと、コメントというのは本来は字義通りコメントなんだろうな。

物が豊かっていうのが逆にイメージわかないんだけどね

 ⇒日本は物が貧しい - 萌え理論Blog

 難癖ではないよ。読んでいていて、じゃ、物が豊かってなんだろと思って、逆にイメージわかないんだけどね。

 米国風の消費社会がそうかとも思えないし。

 西欧は実際には依然階級社会だし(実は左翼指導者も固定化した階級だったりして)、すると、その中流階級が、物が豊かなイメージかというと、ワタシ的にはそうでもないし。

 中近東とかインド的なマハラジャとかはそうでもないだろうし。

 わかんないです。

 しいて思うのは、居住空間かな。

こういうのどうなんだろうか

 ⇒404 Blog Not Found:タイガー魔法瓶、うちも修理してもらったよ!

 弾さんらしい暢気さがあっていいのかもしれないし、これがWeb2.0というか、プロシューマーってやつですか。

 アルファブロガーなんてけっこうどうでもいいと思っていたけど、ある一定以上のネット影響力のある人とヴァイラルの問題は、案外、きちんと考えなおしたよいのかもしれない、っていう話に俺っちとか入ってくるのだろうか。

 わかんね、とか、オチにしたいのだけど、ちょっと違うのかもしれへん。

ジンバブエ、やばくなってきた

 ⇒BBC NEWS | Africa | Churches fear Zimbabwe 'genocide'

Church leaders in Zimbabwe have called for international action to prevent post-election violence developing into genocidal proportions.

 もうちょっとなんとかなるかと思っていたのだけど、深刻な事態にならなければいいけど。

 

 中国もそれなりに対応(っていうか遅すぎなんだけど)。

 ⇒BBC NEWS | Africa | China may recall Zimbabwe weapons

The ship carrying weapons to Zimbabwe may return to China after being prevented from unloading in South Africa, a Chinese official has said.

ダルフール危機の死者数の妥当な数は、30万人なりました

 ⇒BBC NEWS | Africa | Darfur deaths 'could be 300,000'

An estimated 300,000 people may have died as a result of the Darfur conflict, the UN head of humanitarian affairs John Holmes says.

 

That is an increase of 50% from the previous figure of 200,000 killed in the five years of fighting in the region in western Sudan.

 

Mr Holmes gave the revised total to a meeting of the United Nations Security Council in New York.

 以降、「20万人もの死者を出したされる」みたいなことを日本のマスコミが言ったら、チェックいれますよ。

 

 ダルフール近況⇒VOA News - UN Says Situation in Darfur Worsening, Deaths Mount

U.N. officials warn that the conflict in Sudan's Darfur region is getting worse. They told the Security Council Tuesday there must be an end to violence and real steps must be taken toward a political settlement or the situation could deteriorate even further. From United Nations headquarters in New York, VOA's Margaret Besheer has more.

ブログは二段組みぐらいがいいような

 ⇒たけくまメモ : 【業務連絡】レイアウト変えてみました

 なんか、ブログのデザインの基本ってよくわかんないですよね。

今日の大手紙社説

 母子殺害死刑野村證券ATOKってすごいな)インサイダーの話だけ。死刑判決については朝日・毎日対読売産経との差異があるものの、予想を超えた部分はない。率直にいうとつまらない。日経の社説に考えさせられるものがあった。難しいといえば難しい。

日経春秋 春秋(4/23)

母子殺害の犯行時、18歳になったばかりだった被告にきのう、広島高裁が死刑判決を言い渡した。「けじめがつきました」という本村さんの言葉を「そうだろうな」と聞く。その一方で、仏文学者渡辺一夫の「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」と題した随筆をふと思い出しもする。

 文章としてはつたないが、私は学生のころひと冬図書館にこもって渡辺一夫全集を読んでいたことを思い出す。具体的に個別の記憶はあまりないが、渡辺一夫がいいそうなことだなと思うし、そういう部分は私の、一部にすぎないのかもしれないが、血肉になってきたかなと思う。

日経社説 国民の感覚を映した死刑判決

 また殺人事件の判決を一般国民はどうみているかを調べると「重い」は3%「妥当」は17%しかなく、「軽い」が80%に達した。

 光市事件のような未成年者が犯した殺人では裁判官と一般国民の考える「適正な処罰」に相当大きな差がある、と推測できる調査結果だ。

 死刑は憲法が禁止する「残虐な刑罰」にはあたらない、との判断を初めて下した48年の最高裁大法廷判決には「ある刑罰が残虐であるかどうかの判断は国民感情によって定まる」との補足意見がついている。

 これを敷衍(ふえん)すれば、死刑適用を判断するには、裁判官は専門家の「量刑の適正感」でなく、国民の「何が適正な刑罰か」の感覚をくむべき、といえよう。さらに刑罰全般についても専門家の「適正感」が妥当か一般国民の感覚と常に照らし合わせる必要がある。裁判員制度を始める理由の1つがそこにある。

 読み応えのある指摘だが、私の判断は保留なのでクリップ。

朝日社説 インサイダー取引―野村の担当者がやるとは : asahi.com:朝日新聞社説

 朝日新聞は驚いてみせるけど、私はそんなの普通のことだと思う。普通に悪いよということだけど。

 この社員は、こうしたインサイダー取引を気づかれぬよう、別人名義で取引したり、2人の知り合いへ繰り返し極秘情報を流して売買させたりしてきたとみられる。

 こういうことはよくあることだろうと思う。私は株にはもう関心はないし、今回の普通のことがよいとは思わないけど、実質暗黙の社会の慣行だったのだろうと思うし、社会の総意でそういう悪い慣行を止める時期に来たらやめればいいだろうと思う、くらいかな。

 社会の悪というのはそれなりに社会を維持させる微妙な見えない働きをしていることがある。この点については、私は自分なりにだけどハイエクから学んだ。

朝日社説 母子殺害死刑―あなたが裁判員だったら : asahi.com:朝日新聞社説

 私は死刑廃止論者で、かつ未成年に死刑は適用すべきではない(未成年は社会が責務を負わなければいけない)と考えるのだが、が、というのは、朝日新聞がいうように「あなたが裁判員だったら」というなら現行の法と社会通念に照らしてそのとき、他の裁判員と対話して考える。O・Jのとき陪審員たちはたしかTVなどマスメディアは見ていなかった。私もそうすると思う。たぶん、最高裁が今回下したように現行法の法理では死刑になるのではないか。つまり死刑廃止や未成年ということは、個別のケースの法の判断とは別の問題だろうと思うからだ。

 そう思うと朝日新聞のこの社説はなにかとても重要な点を失当しているように、私は、思う。

晴れ

 薄曇り。風は出そう。夢は忘れた。

 昨晩は寝付かれなかった。ビールを飲む気もないし、お気に入りのフルーツワインも冷やしてなかった。酒棚を物色すると昨年のカンパリの残りがありペリエで割って飲んだ。カンパリの季節か。

 精神的な疲労感はある。俺は本当に老人になっていくのだろうかとぼんやり思った。ネットでは爺だの老人だの言われるけど、それも否定しないけどそうくさす人と私の精神的な年齢を実際に感性の点で比較すると、比較にもよるだろうけどどうなんだろうと思うことがあるが、言っても詮無い。自分は精神的・感性的に若いと言いたいのではなく、単純にあまり年を取ってない気がするのと、むしろ美的な感性は強くなっている部分が微妙にある。自分だけがそう思っているのかもしれないと思うけど、人と行動しているとあれ?他人は気が付かないのかという違和を不思議に思うことがある。

 それはそれとして体が老いていくのは確かで、老人にはなるのだろうが、自分が老人であるイメージがよくわからない。そういうのを具体的に想定して生きてきたわけではない。無意識での拒絶はあるのかもしれない。人に、僕は年寄り臭い?と聞くと身のこなしが軽いからそうでもないと言われたこともがある。敏捷ではないが所作は軽いと思うが、が、どこかで崩れていくのだろうな。あるいはじわっと崩れてある崩壊点がくるのかも。

2008-04-22

異論というほどでもないけど、ちょっとコメント

 ⇒マフィアの論理とナショナリズムの原理(正義の実装) - 地を這う難破船

 2点。あまり異論というか批判、非難にとらないでくださいね。

(1)「私にとって信頼の論理とは、マフィアの論理の別名でもある」について私がわからないだけかもしれないけど、私の理解では、マフィアは国家または国家間の寄生であって、国家的な義、つまり、市民を社会から守るという機能はできてない。つまり、マフィアは社会の延長であって、公の義が疎外されていない。

(2)アウシュビッツをジェノサイドと捉えるなら(どうもジェノサイドの基本を理解されていない人は多そうだけど)、

国家においてコーサ・ノストラの範疇と民族の範疇を端的かつ徹底的に一致させたとき、「国民の国民としての正義」の国家を単位とする限界なき――すなわち「国民国家」としての憲法的規定なき――独裁国家において、マフィアの論理が発動したとき、アウシュヴィッツへの一里塚が見出される。冥土の旅の一里塚が。

 修辞がよくわからないのだけど、たとえば、ダルフールで行われているジェノサイド(これはもはやどう見ても実態はジェノサイドでしょう)は、その構図に当てはまっていない。むしろ、私たちの現代世界のアキュートな問題に、東さんもかな、過去や日本の体制を基軸としたナショナリズム考察の射程が届いていない。というか、それがアキュートな世界問題なのだということの思想的な意味が了解されていないように思えます。(ある思想的な「問題(ナショナリズムとか)」がまさに日本の知の水準でのみ問われるという、問題化の擬制装置による日本の知的閉鎖性は実際には現代版のナショナリズムの変奏に過ぎないのではないですかとも思う、アキュートな世界像に届かないし。)

 ダルフール・ジェノサイドについてば、世界構造的には、米日中が結託(グローバルな経済体制)することで実際には中国の資源ナショナリズムを是認しそれが資源国の利権という軸を生成することによって独裁国家を保護する、その反映としてジェノサイドが生まれてしまう。つまり過去のドイツや日本のような特定国家の内発のナショナリズムではなく、現在は世界構造がそうした独裁国家(的ナショナリズム=利権の要請)を周辺に生み出させ、そしてしかも米日中(EUも)が現実にはそのローカライズし封鎖されたジェノサイドを温存する構造にはまっている、というのがアキュートな問題だと思うのですよ。(ダルフールの人々をジェノサイドに追い込んでいるのは国家を介した形での私たち日本人なのですよ。ただ、問題は、その国家の介在性の意味と、その責の了解として日本人が問われるということになるのだろうと思います。)

 

追記

 sk-44さん、応答ありがとう。

 ⇒マフィアの論理とナショナリズムの原理(正義の実装) - 地を這う難破船

 率直にいうと、半分くらいしかわからなかった。sk-44さんが私のエントリを丁寧に読まれているのはよくわかるのだけど、論旨の展開となる前提のなかにそれが織り込まれていないように私には思えて、私に同意してくださいとはつゆも思わないのだけど、思想の分岐点が見えないままに進んで行かれるなという印象がありました。率直にいうと、日本の現代思想の前提を私は皆目知らないというか気にかけずがいけないのかもしれないけど。

 具体的な部分の一例で言うとこれは応答のほうではないけど。

 ⇒マフィアの論理とナショナリズムの原理(正義の実装) - 地を這う難破船

国家は起源においてマフィアの論理を胚胎しそれを支柱とするがゆえに、ナショナリズムとして現れる国家は無力化されるべき、とする考え方。国家とは起源においてマフィアの論理に対する掣肘として「作為の契機」において構想されたものであり、そうあるべき、ゆえにナショナリズムがマフィアの論理を包摂するものではない、とする考え方。近代国民国家を前提するなら、後者であるけれども、ポスト近代の前提においては、前者となる。すなわち、前者における国家とは極端に言うならローマとその大義に遡るから。

 皮肉なコメントにとらないでほしいのだけど、こういう文章を読むと、私は、「近代国民国家を前提するなら、後者である」でFA(ファイナルアンサー)、終わりと思うのですよ。それとそれは終わったうえで歴史を見ると、前者が「ローマとその大義」というならそれは率直にいうと粗雑すぎる。ローマとは原義では共同財産のことなんです。いわゆる帝国ではないのです。ただその議論の文脈は現状のそれとは関係ないでしょう。

 で、そこでFAしちゃっているので、そこの見直しみたいのがないと、私はうまく理解できないのです。

 今回の応答部分では。

 ⇒finalventさんへの返信 - 地を這う難破船

「個人の価値の、つまり友人とかの選択とか、情報の選択という場合の信頼性というのと、国家=公、の信頼性とは別」と考えるか、そうでないと考えるか。私は、そうでない、ということがありうると考えるのです。梅田望夫氏が指し示すようなGoogleWikipediaの時代において、決定的に「別」となりうる、という認識的な前提に、私は同意します。が。再び引用させていただきます。

 まず、「梅田望夫氏が指し示すようなGoogleやWikipediaの時代」の限定性は単純に理解できないのです。これは、単純に市民革命後の近代という時代の前提ではないの?と思っているくらいなのです。

 次に、近代国家の前提であれば、そうではないことは近代国家の否定ではないの。でも、近代国家の前提の上で、失礼な言い方だけど、安閑と意識されず議論されている部分が多いと思います(私も安閑しているけど、でも私は意識的に)。

 信頼(trust)というのは、社会=マフィア的共同体を含め、そこから国家=公=公の義、が成立するために、公に向けて、構成員から委託(trust)されたものとして成立する。それが、市民契約ということです。

 だから、国家の委託性、そしてその委託に依拠したがゆえの公の義が、市民を社会=マフィア的共同体、から守るということが、よく理解されていない人が多いように、私から見えます。

 別の言い方をすれば、友愛の原理がまさに原理として多様な利害の調停性を是認する部分にまで疎外されたときtrust(信頼=委託)として国家が成立する。その意味で、友愛が遠隔=疎外化される契機が必要になる。

 最初から国家の信頼=委託を抜きに、社会をべたに延長すれば、社会内の信頼のグレーディングになってしまう。でも、市民社会・近代国家というのはそういうものを疎外=超克して成立したわけですよ。

 ちょっと言い方がきついかもしれないけど、むしろそうした社会内の信頼のグレーディングが問題として、つまり問題偽装として問われるところが、実際には現在のナショナリズムとして機能してしまうのです。

 そうではなく、私たちはむしろ、私たちというのは日本国憲法のように世界平和理念を内包した特殊な市民契約をもった国民は、国民の公の義として、その世界にむけてどれだけ、平和を実践できるかそこに存立が問われるわけですし、問題化されるべきは、そうした外界と日本を隔絶する信頼のグレーディングではなく、日本国家が機能しうる最低綱領としての国家の信頼=委託を再確認することではないでしょうか。

ああああああ、吉野裕子先生!

 ⇒asahi.com:タブー破る新説次々、民俗学者の吉野裕子さんが死去 - 関西

 50歳から独学で研究を始め、タブーを破る新説を次々と打ち出した民俗学者、吉野裕子(よしの・ひろこ)さんが18日、心不全のため奈良市内の病院で死去した。91歳だった。葬儀は故人の遺志で行わない。お別れの会を予定しているが、日時・会場は未定。自宅は奈良市大宮町。

 お年だからとは思っていたけど、最近全集も出てきたし、鳥越先生のようにお元気でいらっしゃるとばかり思ってました。

 95年に東京から奈良市へ転居。生前、「素人の晩学だったからこそ、学界の既成概念にとらわれなかった」と話していた。昨年1月から「吉野裕子全集」(人文書院)が発行され、最終の12巻の発行を今年6月に控えていた。

 吉野先生には直接学んだことはないけど、学恩ということでは感謝の言葉に尽くせません。ありがとうございました。

 ⇒「 扇―性と古代信仰 (1984年): 吉野 裕子: 本」

 私が沖縄に出奔した大きな理由ではないけど一つの理由がこの本。この本の新垣先生の息子さんにお会いしていろいろお話を伺いました。

フランスはガチ

 ⇒BBC NEWS | Asia-Pacific | French capital honours Dalai Lama

The Dalai Lama has been made an honorary citizen of Paris, as anti-French protests continue in China.

よくわかんないけどアフィリ・トラップが増えたなあ

 サーバーでなにげに飛ばす前にアフィリ踏ませたり、iframeかましたり。特段に調べる気はないけど、ざっと見ているだけでも増えた感じ。

 っていうか、はてな村とかにいるとあまり感じないけど。っていうか、表向きのAdSenseなんかむしろ逆の機能をしているんじゃないかな。

 しかし、アフィリ・トラップなんかでかせげるのだろうか? いちおう踏ませておいてクッキーが生きている間に大きな買い物をしてそのキックバックを得るといいかを広く薄くやるつもりなんだろうけど、けどっていうのは、それってアフィリ業者にとってメリットないんでない? つまりその手のアフィリをやるとアフィリ市場自体が縮小してしまうというか。

 あと、アフィリってよくPVに比例するとかいうけど、かなり違うんじゃないかな。むしろなんか微妙に善意みたいなものの承認かも。

 なんかあれです、江戸の商人の倫理はアフィリにも活きる、って感じかな。よくわからんが、これも。

本を読む数が減るのは痛い

 っていうのは30代後半からはあるかな。

 ⇒切込隊長BLOG(ブログ): プライベート玉突き問題

 若干文脈は違うけど。

 私は30歳まではなんとかアカデミズムにしがみつけないかなと悪戦苦闘していたので20代後半はまだ専門分野とか論文とか取り寄せて読んでいた。あのころの取り寄せの苦労を思うと今のネットの世界は天国ともいえるかもしれないけど、その分、みんながブーストして底上げになっているから、その程度の知的努力ではアカデミズムの差異が出ない時代でもあるんだろうけど。

 20代なかでいったん学問に小休止を打たざるを得なくなって、あれ、もしかして俺って自由に本読んでいいのかとびっくらこいたことがある。そのころ、吉本隆明とか読み始めた。考えてみると、学生時代は文庫・新書か図書館くらいで単行本は買わなかったかな(あるいは大衆)。吉本隆明とか文庫にほぼなかったし。反面、小林秀雄は十分あったし、世界文学なんかもあった(訳がひどかったけど)。

 アカデミズム的な世界にピリオドを打ったのは父親が死んでからかな。それまでも実家にいつかなかったけど、東京を抜け出した。一人暮らしの奇妙なせわしなさ(当時はコンビニとか今ほどじゃないし地方だし)と退屈さとそれなりにネットはあったみたいななかで、よくお料理をした。まあ、それは以前書いた。

 たぶんその地で適当に埋没していくだろうと思った。結局埋没はしているんだけど、紆余曲折がいろいろあった。今思うと若いって無謀なものだな。

 話を戻して、自分のカネで好き勝手に本を読むようになって、なんというのか、ああ俺、堕落したなとか思うようにもなった。その内、知的な興味はどんどんぐちゃぐちゃになっていった。気が付くと随分アカデミックな世界からも離れたなと、と、ふと思ったけど、そのころ、実は第二のアカデミズムに近い分野に取り組んでいたか、半導体設計。なんだかなあ。

 そしてさらに時が流れた。そういえば、思い返すとときおりまとまった時間を作って、学びに行ったりもしたか。なんか思い出が多すぎ。

 まとまんないや。

 本っていうのは読む数の問題ではないとはいえるし、今の自分となっては、道元とかちまちま読むのが甘露のごとくでもあるけど。そこにまだ落ち着いてないな。

今日の大手紙社説

 李明博大統領訪日が話題だが特に留意するべき点はない。チベット問題もだがこれも特にない。

 ナショナリズムとレイシズムの危険性とか問題になるなら今まさに中国がその状況にあるのだけど、というか華人チベット人への対応は非常に問題だと思う。

日経春秋 春秋(4/22)

そういう自然なつき合い方ができるのが「日韓新時代」だろう。ならばずっと懸案になっている天皇陛下訪韓も、双方が知恵を出し合って話を進められぬものか。李大統領は陛下との会見で訪韓への期待を口にしたという。あれこれ練習問題をこなしてきた日韓である。そろそろ難しい応用問題も解けるはずだ。

 ちなみに⇒時事ドットコム:「訪韓招待には感謝」=両陛下、李大統領夫妻と会見

宮内庁によると、大統領が訪韓を招請したのに対し、陛下は「自分の外国訪問は政府が検討し、決定することになっていますが、ご招待には感謝します」と答えたという。

 そういうこと。

朝日社説 日米韓の連携―これで北朝鮮を動かせ : asahi.com:朝日新聞社説

 理念が先行した盧武鉉前大統領の時代にぎすぎすした日米との関係の仕切り直しでもある。首脳会談を通じ、その目的はほぼ達成したといえる。

 そんなので達成されるわけもないと思うけど、暗黙裡に盧武鉉はだめだったなと朝日新聞も認めるの図ということろかな。現実的に見るとその場その場で朝日の対韓論評は変わるということか、そうでもないか。

朝日社説 内閣支持率―「25%」を読み解けば : asahi.com:朝日新聞社説

 いやはや。

 このままでは矛盾が投げかける影は広がるばかりだ。さて福田さん、どうします?

 なーんとおっしゃる朝日さん♪

ほぼ快晴

 高気圧が来る。気温は温かいが、風も。

 夢は、なにか地方の公共向け演芸会のようなものに出席させられた私が、つまんなくて手持ちの「うる星やつら」とか読んでいると、後ろの老人に、こらそんなものを読んでいていかんと怒られた。エロ漫画だと思っているらしい。まいったな。話の前後はもう忘れた。

2008-04-21

そういえば思想というものに

 そういえば思想というものに関心がなくなってきた。哲学にもそうなので、一般的な老化の現象かもしれない。反面歴史には関心が深まるし。やばいかな俺。ま、どうでもいいけど。

 西洋人の思想っていうのは、なんか、オカマのぞっとするような悲しみみたいなものがないと無理なんじゃないかっていう気がする。

 そうじゃない思想というのもあるのだろうけど。

 どうも友愛原理というのはオカマのそれと原理的に同型なんじゃないないだろうか。つまり、国家原理というのは、オカマの問題なんじゃないか。

 レズビアンの問題と言い換えられるかよくわからないけど。

 たぶん、日本だと、70年代以降かな、60年代は思想も哲学も基本的にマルクス主義だったから。で、70年以降、おフランス思想みたいなのが入ってくる。その前に、戦前ベルクソンブームみたいなものもあるにはあるけど。

 おフランス思想というのは、単純にいうと田舎の思想で、ドイツの引け目のなかにいたわけで、基本的にはこれもマルクス主義の亜流みたいなものだったのだろう。亜流っていうのもなんだけど。ヘーゲルみたいなものがべたにフランスに入ったかわからないけどというかべたにコジェーブとかで入ったというべきでもあるのだけど、戦後のなかでどうもマルクス主義ちがうんでねが出てきて、そういうなかでハイデガーの人間論みたいなものが、対マルクス主義的な枠組みで出てきたのだろうけど、結局ハイデガーはむしろアンチヒューマンな哲学なのでその射程は最初から、いわゆるポストモダニズムというのは内包されていたのだろう。

 で、そういうの、日本の70年代以降は、ようするに中産階級の知的余剰という意味しかないし、80年代にはただのお遊びになってしまった。その後は、どうなんだろ。っていうか、根っこにあった問題意識みたいのは消えてしまったのだろう。

 っていうか、思想も、思想業界みたいなんじゃないかな。っていうか、そのあたり結局業界倫理みたいのが先に立つのではないかな。わからん。

 

追記 ナチズムとナショナリズム

 ⇒Nazism - Wikipedia, the free encyclopedia

Nationalism

Hitler founded the Nazi state upon a racially defined "German people" and principally rejected the idea of being bound by the limits of nationalism.

(ヒトラーはナチ国家体制を人種的な”ドイツ民族”で定義し、基本的にナショナリズムの限界によって拘束される考えを拒否した。)

物騒な話題の雑感

 えっと、特にどうたらいう文脈でもないけど。

 「動物化」というのはわからないといえばわからない。勉強が足りませんなこりゃというのは率直に認めるけど、対立する概念が「人間」であるなら、そういう人間は、フーコーじゃないけど終焉したのではないか。

 近代が「人間」を作り出し、それが終焉して、管理化された動物的な存在が現れるということなのか、私としては、人間の終焉の後に出てきたのは、断片だと思う。知性や技術によって断片化した存在。あるいは経済によって断片化した存在。

 かつては、というかルネサンス的な人間では、そうした断片を恋愛とかまさに人文みたいなもの、あるいはドイツ教養小説ビルドゥングスロマン)みたいなもので統合された人間を描こうとした。でも、それはかなりもうダメなんじゃないか。

 では、人間は断片化されっぱなしなのか。そこはよくわからない。というのはこれは技術=ゲシュテルという存在の開示と関係していると思うからだ。単純な話、GoogleWikipediaみたいのは断片の非人間性をブーストすることで無駄な断片性をむしろ抑制して人間に人間的ななにかを返却しつつある。両義的なんだけどね。

 いずれにせよ、私は、動物化対人間、というような枠組みでは現在を見てない。

 あと、信頼というのは度数的になる場合、実はその度数によって、人間個体間が関数化されている。つまり、人間の信頼は計量的になってしまう。むしろ、人間を作り出した近代は国家=一般意志を介在させることでそこから個を救い出した(非計量的に)。で、これはかつての中世的な神と人とのλ(Λ)的な関係性でもあるというか、中世においてやλ的な関係ではなくて、ゲマインデと神の関係があった。その意味でλ関係はプロテスタンティズム的というか近代的なもので、絶対神というのが地上の教会から隔絶されたときに必然的に出てくるものだったのかもしれない。その意味で、友愛原理というのは、背景に絶対神的な信仰の共有があるというか、密儀をかならず持っている。

 近代におけるナショナルなものは、むしろ中世的な階層性あるいは重層性を包括するところで成立した。ドイツなんか実際には、プロテスタントの文化とカトリックの文化は別だし、国家が成立するにはその統合性が求められた。ところがそれがプ文化とカ文化を統合するというよりうまく機能せず、むしろその暗在的に統合を実質担っていたのがユダヤ文化だった。その意味で、近代にいたるドイツ文化というのは、実はユダヤ文化と言ってもいいくらいかもしれないが、そこで国家の統合性が逆に機能してそこを排除してしまったのではないか。

 話はずれる。

 アウシュビッツというのはジェノサイドなのだが、ジェノサイドという行為はけっこう西欧において頻繁に起きるし、中近東でも起きる。どうも元の概念は旧約聖書のようでもある。つまり、ユダヤ教キリスト教イスラム教にこれらは同じ根をもっているっぽい。このあたり、日本人はジェリコの戦いとかあまり普通に知らないっぽい。日本人キリスト教徒もあまり考えてないっぽいというか、信仰とのこの問題の関係がよくわかってないっぽい。

 とか思ったら、それなりにウィキペディアに記載があった。

 ⇒エリコ大虐殺 - Wikipedia

エリコ大虐殺(-だいぎゃくさつ)は紀元前1300年~1200年前後のパレスチナで行われたとされるカナーン人の大虐殺である。イスラエル人の指導者ヨシュアと古代イスラエルの連合軍によってなされた。聖書によればエリコ市民は女性や子供・乳幼児も含めて全員虐殺されたという。

 史実ではない可能性は高いのだけど、このとき聖書の神はこの虐殺を命じている。このあたりの感覚が日本人にはわかりづらい。

 これは、あの忌まわしい言葉、ethnic cleansingが関係している。この現代語の背景についてはいろいろある

 ⇒民族浄化 - Wikipedia

 で、ここで日本人にわかりづらいのは、いずれにせよ、

 ⇒聖絶 - Wikipedia

この意味の聖絶は、通常は、イスラエルに敵対する異民族(通例は町単位)に対して、「彼らを聖絶する(一般の翻訳聖書では「滅ぼし尽くして神へ捧げる」)ので自分たちに力を与えて欲しい」というように神へ誓願する形で行なわれる(民数記21:1〜3)。聖絶対象とされた敵対異民族は全員が剣で殺され、また家畜も含め生けるものは全て殺戮された。通常の戦闘では許される女子ども捕虜も、また家畜などの戦利品も、聖絶においては自分たちの所有物とすることは許されず、全てが神への捧げ物とされる。それ以外の剣でもって滅ぼせないものは火をもって焼き尽くされ、また、燃やすことの出来ない金銀財宝などは神殿の奉納倉へ納めて、「呪われた汚らわしきもの」として民衆の手からは隔離されなければならなかった。そして、聖絶のものを私物した者は、神の怒りに触れるものとして、罰として処刑された。

現代のキリスト教、ユダヤ教では聖絶を表向き肯定する意見は比較的少数派である。しかし、神学上の解釈に於いては猶「この聖絶は神の御心に沿ったものであり、現代では許されないことだが当時は正しかった」とする意見が根強い。しかしこの聖絶という行いは現代風に言えば間違いなく「民族浄化」に他ならず、ユダヤ人ホロコーストを想起させざるを得ない行いである。聖書の無謬性を重んじるか、普遍的人道を重んじるかでクリスチャンやユダヤ教徒の解釈も割れている。

 このあたりの考えかたの歴史背景というのが根深くある。

 

追記

聖絶には「呪われた汚らわしきもの」というのを清めるという発想がある。血統を根絶する=その子孫を残さないようにする、というのが清めるに結びつく発想の原形からこうした諸宗教の発想が出てくるのであって、特定宗教が聖絶を作りだしというのではない(特定宗教が限定ではないんじゃないかということね)、というか、すでにあった俗習的な発想が宗教的な比喩の段階に登るというのが聖絶の意味だろうと思う。このあたりの発想は、たぶん、日本人には理解を絶しているだろうと思う(日本人の「清める」はみそぎとかね)。

東浩紀さんへの返信

 ⇒東浩紀の渦状言論: finalvent氏への応答

 応答ありがとうございます。たぶん、背景の問題の根が深そうなのでごく簡単な返信を書きます。

ナショナリズムの歴史が全体主義の歴史と密接に繋がっていること、そしてその臨界点がナチスドイツ強制収容所であることは、思想史的にはよく言われていることなのではないでしょうか。そもそもナチスの「ナチ」は、ナチオン(ネイション)のナチですし。

 としてそういうこともわかっていないfinalventみたいなのがいるブログだと議論がしづらい(とか書くと皮肉みたいですがそれほどの意図はないです)……として。

世界は複雑であり、学問は専門領域に分割されていて、いちいち文脈を押さえないと議論に参加できないのではあまりに不自由で、したがってすべての反論可能性に開かれているブログはすばらしい場所です。しかし、やはりそれでも、コミュニケーションのコストを低くするためには、他人の主張を批判するときにはあるていど前提を読んでほしいと思います(それこそ信頼社会として?)。

 ということの一般論は了解するのですが。

 がというのは、ナチスドイツの本質を「ナチ」の語源から理解せよというのが前提というのは違うと思いますよ。

 ナチスドイツの本質は、ウィキペディアの記載で「ナチス」を検索しても、

 ⇒国家社会主義ドイツ労働者党 - Wikipedia

国家社会主義ドイツ労働者党

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(ナチス から転送)

 というように転送されてしまうように、その前提は、いやウィキペディアが正しいというわけではなくてごく普通の理解の一例としてですが、「国家社会主義ドイツ労働者党」です。

 つまり、ナチスというのは、ナショナリズムの範型ではなく、国家社会主義のもつ一形態ですし、むしろそうすることで、スターリニズムなども同一の枠組みで見えてきますし、日本の戦前の状況も見えてくるでしょう。

 というわけで、「他人の主張を批判するときにはあるていど前提を読んでほしいと思います」ということに比していうと(なんかこれも皮肉っぽくてすいません)、「他人の主張を批判するときにはあるていど普通の学問的成果を前提を読んでほしい」と思います。

 もうちょっとウィキペディア的に補足すると。

通称の由来:「ナチ(独: Nazi)」とは、当時の対抗勢力がナチ党員に付けた蔑称であった。ドイツ社会民主党員は同じように Sozialisten を短縮してゾチ (Sozi) と蔑称されていた。ナチス (Nazis) は複数形である。ナチスの呼称は日本で戦前から使用されている(後述の「文献」参照)。現在は英米でも Nazi Germany のようにドイツ語の Nazi がそのまま使用されている。ドイツでは現在は、Nazi よりも Nationalsozialismus の略号である NS を接頭語に例えば、NS-Deutschland のように造語される。

 であって、東さんの

そもそもナチスの「ナチ」は、ナチオン(ネイション)のナチですし。

 はちょっとずれていて、もとは、Nationalsozialismus、つまり、やはり、国家社会主義から来ています。

 で、私が思想界の常識を知らないだけかもしれないけど、問題は、国家社会主義がなぜアウシュヴィッツに結びつくかということではないでしょうか。つまり、東さんがおっしゃられるナショナリズムからアウシュヴィッツに結びつくという観点は基本が失当されているように私は思います。

 この事はたぶん、国家観に由来するとも思うのですが。

 国家がどのように成立するかというとき、ナチスのように血統的な民族の幻想を起点とする場合と、フランス革命以降の近代国家における友愛の原理によるものとは違いがあります。

 この点は、実際フランスのレジスタンス愛国的なナショナリズムから起きたことでもごく単純に理解できることだと私は思います。もっとも、フランスの場合はパトリオティズム(愛国主義)であって、ナショナリズム(国家主義)ではないといった議論も可能かと思いますが、であれば、その差異は、やはり、血統的な民族幻想か友愛の原理の差異になるでしょう。そしてどのどちらもやはり国家を基軸とした運動です。

 ちょっと余談になりますが、実際の当時の(けっこう今でも)ドイツのコンテクストに戻すと、友愛の原理はプロテスタント文化とカトリック文化に分裂しておりそのグリュー(糊)の役割をユダヤ人文化が担っており、そのグリューを反ユダヤ主義によって切り離すことで友愛の原理が消失されたことが、友愛という国家原理が機能しなかったことではないかと私は考えています。むしろ、白バラなどもドイツ青年運動に起源をもつナショナルな運動と見ることもできるかと思います。とま、余談でしたが、このように個別の歴史事象には個別の背景もあります。

 あと、信頼の件について、「trust」とされるわけですが、そのあたり単純にわかりませんでした。trustは日本語の「信頼」の含みもですが、「委託物」の含みがあり、国家の原理では、本来個人が持つ権限を国家に委託する構図があります。つまり、国家はそれを委託されるがゆえの信頼という構図があり、この問題では、まずそうした国家の義が問われ、そして国家の義とは、市民を社会から保護することにあります。今回の文脈でいえば、社会のなかで信頼が度数的に問われていることで市民に差異が生じる場合、国家はまったくそれを無視して義を執行し、市民を社会から守ることが責務となります。

 

追記

 東さんのエントリの追記、読みました。泥沼化させる意図はありませんし、私としても、「あとは読者が判断するでしょう」でまったくかまいません。ちょっと困惑させることになって失礼なことをしてしまったなという反省はあるので、その点は申し訳なく思っています。

 ごく単純な確認というだけですが(議論を広げるというのではなく、相違点の確認というだけです)。

いずれにせよ、「アウシュヴィッツはナショナリズムとは別の話だ」というのがfinalventさんの主張で、その両者は深く関係しているというのがぼくの主張で、そここそが大事な相違点です。ほかは枝葉末節にすぎません。あとは読者が判断するでしょう。

 ええ、その相違はそのまま残ります。私は「アウシュヴィッツはナショナリズムとは別の話だ」と考えています。広義にも別だし(ジェノサイドはナショナリズムから起きるとは限らない)、狭義でも(この点は文化差と白バラで少し言及したとおりです)。

 違った考えがあって私はまったくいいと思っています。

 お仕事頑張って下さい。

グルジェフのことちょっと

 コメントもろた⇒極東ブログ: 河合隼雄先生のこと

そう考えると、結局、グルジェフが教えていた神秘思想の多くは、後の時代にどういうふうに捻じ曲げられても、それほど有害ではないような、どうでもよいことがたくさん含まれているということなのだろうと思います。肝心なのはエッセンスです。人間の実存への真剣な関心です。

 ええ、私もそう思うようになりました。というか、年を取るにつれてベルゼブルがわかってきた部分があり、不思議な感じがします。あれを多くのグルジェフィアンは神話あるいは寓話として解釈し、それを信じてしまう。グルジェフはそういうバカなことすんなよという意図もあったのではないでしょうか。あれをベタに信じることはできません。しかも勝手に解釈もできません。では、というあたりから本当にグルジェフに向き合う部分はあるなと思います。

 最近、グルジェフについてはれいの三浦俊彦の本もだけど、ぼんやり考えることはあります。うまく言えませんが。

問題の背景がよくわかんないけど

 ぶくまでみかけた⇒東浩紀の渦状言論: 信頼社会は不安社会よりいいのか?

つまりは、信頼ベースの社会というのは、基本的に信頼の適用範囲を限定した社会にならざるえません。

 ここだけが重要っていうことではないんだけど、なんか基本がずれている感があるので。

 信頼というのは、個人の価値の、つまり友人とかの選択とか、情報の選択という場合の信頼性というのと、国家=公、の信頼性とは別で、こちらは限定というより、公義のなかに信頼性が自然に含まれているものでないといけない。たとえば、あの裁判官は信頼できないというのは別段公言してもいいけど、裁判制度が信頼できないというのは違う。もしそうならそれを公義に信頼に足るものにしないと。(あと貨幣が信頼できるというも公義のうちかな。)

 で、信頼の社会というのは、実際には、そうした公義だけの問題ではないんだろうか。

不安ベースの社会は、人間を人間扱いしない、ぼく風の言い方をすれば「動物」扱いする社会です。

 ここも発想の枠組みが違いすぎてよくわかんないのだけど、人間を人間扱いするというのは、むしろ国家の公義性に矛盾してしまうのではないだろうか。法の女神が目隠ししているように特定の誰かを見ないことが公義に含まれる。

 もっともこの人の「人間」は「動物」に対応しているのだけど、たぶん、この「動物」というのは「家畜」のことで、自然界の「動物」ではないのではないかな。ちょっと極言すると、むしろ公義というのは家畜的に見るということが含まれるというか、そこは自由の裁量によると思う。

大袈裟に言えばアウシュヴィッツの教訓はそこにつきるわけで、だからぼくは、日本に対する愛とかなんとか以前に、ナショナリズムの論理が嫌いなのです。

 ここもついてけない部分、アウシュヴィッツとナショナリズムは別の問題だとしか私には思えない。

 それと、ここは私が間違っているかもしれないけど、ナショナリズムというのは、友愛原理でなければどこかで血の共同体の延長(単純な延長ではないけど)的な意味合いがある。単純な話、自分の子と他人の子への対応は違う。そこの区別は、どこかしら血族的な差異が出てきてしまうし、むしろ近代国家はそうした差異を公的には抑制するか、家族的なセクターに封じる必要がある。

 というあたりで、この方、東さんというのかな、たぶん娘さんなんだろうと思うけど、トップに写真を貼っているあたり、サブリミナル的にむしろナショナリズムを説いてしまっていることにならないのだろうか。誤解されそうなんで付け足すと、個人のそういう家族セクター的な愛情みたいを抑制しないとこうした分野を語ることにうっすらナショナリズム的欺瞞が入ると思う。

なんとなくだけど車は奥様アイテムのような

 ⇒痛いニュース(ノ∀`):若者の“車離れ”加速…ネット世代は、自動車に対する価値観違う

 郊外系のショッピングセンターとかいくと、なんとなくだけど車は奥様アイテムのような気がする。まあ、そういう場所だからとういことかもしれない。

 スポーツ・ジムなんかもそんな雰囲気。あとクッキングスタジオみたいのがいつも混んでいたり、子どもの遊び場系も混んでいたりする。

 そういえば、一度だけ、渋谷にあるこどもの城? とか行ったことがあるのだけど、セレブな奥様の佃煮状態だった。一緒に行った女性は、ここは愛子様もいらっしゃるのよと言っていたがまさかね。

安倍政権より落ちたかな

 ⇒asahi.com:内閣支持25%、不支持60% 本社世論調査 - 政治

 朝日新聞社が19、20の両日実施した全国世論調査(電話)によると、福田内閣の支持率は25%で、3月29、30日の前回調査の31%を大きく下回り、内閣発足以来、最低だった。不支持率は60%(前回53%)。内閣支持率が20%台に落ち込んだのは、07年7月に自民党が参院選で大敗した直後の調査で、安倍内閣の支持率が同内閣で最低の26%となって以来のことだ。

 他紙の調査ではぶれがあるようだけど。

◆75歳以上のお年寄りを対象にした後期高齢者医療制度が4月から始まりました。このことを評価しますか。評価しませんか。

 評価する 18 評価しない 71

 このあたりは国民はどうよと思うけど。もっとも朝日の質問も誘導的で、今回のドタバタは、基本的に政府側の説明の問題であって、制度の問題とはやや違う。そのあたりむしろ、朝日新聞を含めたマスメディアの側に問題の比重があるんだけど、こういう質問にしちゃうとそこが隠蔽されてしまう。

今日の大手紙社説

 特になし。なんか常識がずれているような社説が多いような感じがしたが、私の常識がずれているのかも。

日経春秋 春秋(4/21)

 正直に白状すれば、迷惑メールの数は本物よりずっと多い。支配人や女優にアドレスを教えていないのに、なぜ届くのだろう。専門家に聞くと、うっかり閲覧すると自動的に情報を盗み出すサイトが多いそうだ。ひとたび流出すれば、カネの亡者が群がってくる。怪しいページを訪れた覚えはないのだが。いや、多分ない、と思うのだが。

 社内にこんなこと書いちゃだめですよと止める人はいなかったのだろうか。XSSでも個人のメールアドレスは組織的には取れませんてば(ゼロとは言わないけど)。

日経社説 根が深い食糧危機、国際協調で対応急げ

 日本も安閑としてはいられない。今回の危機は、食料自給率がカロリーベースで39%まで低下した日本にも食糧危機が起きうるという警鐘と考えるべきだ。生産性を高め、国際競争力のある農業にするための日本の改革の遅れが心配である。

 批判する気も萎えるのでクリップ程度。日本の農業はもっと付加価値の高いセクターに移行すること。

産経社説 【主張】社保庁処分者採用 これでは改革の名が泣く - MSN産経ニュース

 社会保険庁の政府管掌健康保険部門を引き継ぎ、今年10月に発足する「全国健康保険協会」(協会けんぽ)に採用される社保庁職員1800人が内定した。

 このうち71人は、過去に年金記録ののぞき見や、国民年金保険料不正免除・猶予などで減給や戒告処分された人たちだ。訓告などの内部処分者317人を含めると、処分経験者が約2割を占めた。

 とりあえずクリップ。印象としては微罪・誤差の範囲のようにも思えるが。

読売社説 世界的食糧不足 決して対岸の火事ではない : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 放棄地を農地として維持できれば、食糧不足の時に主食のコメを生産でき、万一の備えになる。

 コメはかなり人を救うことができる。

朝日社説 芸術助成―社会に、懐の深さを : asahi.com:朝日新聞社説

 第2次大戦中、日本では第一線の画家たちが戦地に派遣されて戦争画を描いた。それらは当時称賛を集め、戦後は逆に批判の的となった。だが、いま改めて見ると、人間の真実や戦いの悲惨さを語りかけるものも多い。作品の受け止め方は時代によっても変わる。

 でもここで朝日は藤田の名前を出せなかった。

 ⇒戦争を背負った画家/藤田嗣治

cover
藤田嗣治「異邦人」の生涯 (講談社文庫): 近藤 史人

曇り

 午後は20度くらいまで上がる。低気圧がゆるい動きをしている。雨はなさそう。

 夢はさきほどまで覚えていたが忘れた。

2008-04-20

プロと呼ぶには照れる程度の仕事をする人の13の特徴

inspired by 単なるプロフェッショナルをはるかに超える、「感動を生む仕事」をする人の13の特徴 - 分裂勘違い君劇場

感動を生む仕事をする人 プロと呼ぶには照れる程度の仕事をする人
1. 人間と社会に対する容赦のない洞察を積み重ね、結果として人間的に成長する

1. 現状をひたすら維持する。それだって徐々なる低下に抵抗してがばってんだ象。

2. 自信や誇りにとらわれず、現実をありのままに直視する

2. 親しい人には泣き言をこぼすが、飲み会ではだまって飲んだくれている。

3. 目標よりも目的にこだわり、より本質的な目的とは何か?と問い直し続ける

3. 自分は父親・母親よりましな社会人になっているかな、とたまに問い掛ける。

4. 人々の幸せとは何か?役立つとは何か?について洞察を重ね、より本質的なレベルでの幸せを追求する

4. 人々の幸せとは何か?役立つとは何か?自分の幸運に感謝し、不運な人のことを思ってたまに祈る。

5. 目の前の可能性に安易に飛びつかず、より優先して挑戦すべき可能性を見極めて挑戦する

5. 目の前の不運にあまり逆らわず、流されるのもなんか意味があるんじゃないかと流されてみる。

6. それが仮説でしかないことを骨の髄まで自覚しながら、渾身の一撃を打ち込む

6. 人にはそれぞれ背負ったものが違うのだから、他人と向き会うときは半歩身を引く。

7. 生きる姿勢が優れているために、自然体の行動が、結果として高度な自己鍛錬になっている

7. 生きる姿勢がだらけているので、だらけた人も同じ仲間じゃないかとできるだけ許すことにする。

8. 無理のない自然体の行動が、結果として、高いレベルで最適化されている

8. 無理のない自然体の行動でヘマしたときは、まあそれ以上できないことだしなと諦める。

9. 単なる成功ではなく、成功の質にこだわる

9. 単なる成功ではなく、成功を支えてくれた人にこだわる。

10. 気の向くまま自然に行動しているが、結果として効率のよい自己投資になっている

10. 気の向くまま自然に行動できたらいいなと思いつつ、たまに温泉にふけることにする。

11. 使命に縛られずに、その時々で、最も意味のあることを成し遂げようとする

11. やるべきことは右から左へと淡々とこなす。

12. そもそもの目的を問い直し、「出来る方法を考える」必要自体を無くしてしまう方法を考える

12. 自分に振られた書き割り以上のことはしない。

13. 大木の枝のように広がる、無数に分岐するシナリオが絡み合う森が、脳の中でダイナミックに組み変わりながら蠢いている

13. 大木の根のように広がる、無数に分岐する無意識が潜む大地が、人との関わりでダイナミックに組み変わりながら蠢いている

ちなみにWHOは

 ⇒硫化水素どうしてくれよう - 雑種路線でいこう

繰り返しネットに製造方法が云々と強調するんだが、もはや硫化水素の製造方法がネットに乗っているというアテンションを高めているのはテレビや新聞であって、そろそろマスメディアも製造方法を踏み込んで説明してないから免罪とはならないんじゃないかな。いまやマスコミ報道で知ってググった奴の方が多い気がするんだけど。

自殺教唆が表現の自由で守られるべきかというのは、倫理学にも法学にも疎いわたしには判断のつかない難しい議論だが、だからこそ個別のケースで裁判所が判断すべきで、何かにレッテルを貼ってともかく自殺に誘引したら有害だという議論は安直すぎる。自殺件数の推移をみる限り、若年自殺も太宰治とかアイドルの自殺報道が引き金となっていることを考えると、そんなこと誰も考えないだろうが、いくら自殺の誘引として有意の相関があるからといって、例えば太宰治とか三島由紀夫を発禁にするのは明らかに表現の自由に対する侵害だ。

 賛否は保留してなんだけど。

 こうゆうのがある⇒「「自殺を予防する自殺事例報道のあり方について」のWHO勧告(2000年) 」 自殺対策支援センターライフリンク 「いじめ自殺」報道のあり方

サバテカルについて

f:id:finalvent:20080420173015j:image

 

(僕が学生のときは単に「リーヴ」と言ってた。)

いやその

 (日本国は正義があっても戦争に協力しちゃあかんのだけど。)

「時間は連続ではない」なのか?

 ⇒勉強、学ぶ - naoyaのはてなダイアリー

空間は連続ではない。空間を細かく細かく区切っていくと、これ以上細かくできない、という単位になる。時間と空間は区別されない。従って、時間は連続ではない。計算機は人が感知できないスピードで非連続な時間を連続的な時間に見せかける、それとこの世界も同じらしい。近頃の物理学はそんなことまで明らかにした。時間が非連続、そんな見方で見ると、色々なものが違って見える。

 模疑っちふう? それはさておき。

 「時間は連続ではない」なのか? 

 っていうか、野暮なツッコミ?

 「近頃の物理学はそんなことまで明らかにした」というけど、物理学というのはこれこれのモデルを立てて(それを数学的にモデルにして)、それが我々の宇宙にどの程度合致しているかテストして、そのテスト結果と限界をもって了解とすることで、そのモデルを理解像とすることなので、物理学で「そんなことまで明らかにした」ということは原則的にない、気がする。

 「時間と空間は区別されない」はそういうモデルを作ってみたということではないかな。

 という以前に。

 「空間を細かく細かく区切っていくと、これ以上細かくできない、という単位になる」ということは、連続っていうことではないの? (あるいは単位? アトム? モナド? みたいなころっとうさぎのウンコみたいなものになるのか?)

 それと、少なくとも物質というか量子は非局在なので連続なのでは?

 というのと。

 時間の問題は、マクダガートの時間論ではないけど、それを意識する意識を抜きに存在するというか、それを抜きにモデル化したモデルに時間を問う意味があるのか、よくわかんね。

 ま、ちと、そう思った。(もうちょっと言うと物理学における時間とは空間化された時間なのではないかとベルクソンふうにちと思いもした。)

 

追記

 へぇ⇒時空の原子を追うループ量子重力理論:日経サイエンス

 量子ゼノン効果とかもだけど、また勉強せなあかんな、こりゃ。

いつ頃からかな。

 若い時には評点的な自己嫌悪があって、つまり、あれとこれは自分の嫌いなところ。そこをなんとかできたら未来があるみたいな。

 でも、いつ頃からか、自己嫌悪が全身を覆うというか、ああ、もう俺全然だめ、終了っていうなんかウワバミ色のスライムになったような感じで地面にへばりついてしまう感じがして、もうなんか救いようなさすぎ。

 鬱は鬱なんですけどね。

 ただ、なんかこれまでのところ、私は病的な鬱にはなってなげで。なんか楽観的というかなんかで救われている。そういう部分が自分のメリットなのか生存戦略なのかよくわからないけど。って、ずるこいな俺とかももちろん思うけど。

 で、恋愛とか愛情とかもそうした自意識の相関にあって、そのあたりの自分のどどどどどだめ度の関数かなという感じもしないでもないっていうかそりゃそうでしょ。

 なんかもうちょっと内面があるんだけど、うまく言えませんね。希望とかじゃないんだけど、うまく生き延びる知恵みたいのはありそうなんだけど。

 ええいとか言うと、たぶん、誰かを愛する度合い(愛が度合いっていうのもなんだけど)、で、なんとか生き延びるんじゃないか。で、その愛するっていうのが若い時みたいに、ただ惹かれるというのを愛すると誤解してオナれるようになるんじゃなくて、それを大切に思うからできるだけコミットしたいなみたいな部分というか。

 猫と飼っている人とか猫と飼っている人とか猫と飼っている人とか猫と飼っている人となんかだとそういう部分の愛情の緩和みたいのでつないでいるんじゃないか。で、それは自然の木々でもあってもいいのだけど、「環境」とか「平和」とか「クジラ」とか言い出すとなんかそれはすっかりアッチの方向なんだけどって騒ぎ出すのはみんな気違いっぽい希ガス

釣りかな微妙な増田

 ⇒浮気してみてわかったこと

 ある暢気さがにじんでいて釣り感は少ないのだけど。

 ぶくま⇒はてなブックマーク - 浮気してみてわかったこと

 ぶくま側から見ると、過去の釣りエントリと同じ兆候。

 このあたり、意味論的な処理をして、釣り度が算出可能な気がする。

 で、当のエントリの内容だけど。なんつうか、微妙に関心がわかない。

2008年04月19日 kokorosha 他の男を知らないまま5年経過した状態で、上手い男と出会ってセックスして「え…セックスって…こんなに気持ちいいものなの?」的なシチュエーションはすごく萌える

 真偽は別としてシチュエーションとして萌えるかというと、私はけこうないかな。

 世の中をまたーりとみると、二股かける女は五万といるし、打算と恋愛の差がわかんない女も五万といるし、結婚してから好きじゃなかったこの男と思う女も五万といるわけで、そういう五万の総和の世界からみると、よくある凡庸なケースかな。

 ただ、人から見て凡庸っていうのと、内部を思って、地獄だろうな河合ソースっていうのが私にとって増田への関心だけど、このエントリはそれないなあ。二股されている男というか5年越の男にちょっと共感しないでもないけど、ちょっと鈍感過ぎな感じかというあたりで釣られ度数がアップ。

 ワタシ的には「それはもう恋でも愛でもないのではないか」でFAなんだけどね。あと30年くらいして生きていて、そうではないものに恵まれるとよいのだけど、人生こればっかりはってなんか爺臭いのでおしまひ。

「様相実在論」を理解しているというわけでもないけど

 ⇒「現代思想」2001年11月臨時増刊号なんてどうすかね - kugyoを埋葬する

 可能世界実在論ともいうのかな。

 一般的な意味でのロジカルにはこれらは確率の意味論だろうと思う。エヴェレットの多世界解釈なんかも、結局は、量子力学の確率の意味了解の違いで、確率から見れば同値というか。Historical Sum(経路積分)とかの考えは終末論的というか。すべての確率が終了すれば量子論と実在論は合致するというか。

 で、これは未来という時間における「真」の分布の了解なのではないかな。(終末論と同じ意味合いで。)

 というあたりで、確率論の不毛(「明日の雨は60%」の意味はゼロ)、時間の不在といった大森荘蔵・道元的な観点からは、ナンセンスなのではないか。曖昧な言い方だけど。

 これは別の言い方をすると今というこの時の意識と私の意識がどう未来に自身を見るかという、自意識の構造になるのでは。

 で、人類意識というはこうした全体的な構造を理解するように、実は輪廻転生を自然に受けいれるように構造化されているのではないかな。

 三浦の議論をよくフォローできたわけではないけど、実態としての人類の倫理は、実際のところ輪廻転生の信念に依拠しているというのは確かなのでは。

 疑似科学批判のレベルで輪廻転生はあるとかという意味じゃなくね。

今日の大手紙社説

 特に共通の話題はない。いくつか個別に面白い話題があった。その意味では読み応えはあった。

日経春秋 春秋(4/20)

罵声(ばせい)が幅を利かせ、教師や医師、接客業で働く人々が燃え尽きる社会も疲れるが、正当な理由から声を上げた人が白い目で見られる世の中も息が詰まる。異なる意見や立場を理解する想像力を皆が持ちたい。「寛容さのない環境から未来は生まれない」と安藤さんも祝辞で語っている。

 言葉の上ではそうだが我々の直面する現実は難しいなと思う。

日経社説 米韓が同盟再強化、次は日韓

 ある意味で韓国の変わり身はエレガントだったようにも思う。あのまま反米になっていくわけでもなかったのかというか。ただ、社会的な歪みというか無理も大きく、その反動に揺れるだろう。

産経社説 【主張】学校裏サイト いじめの温床絶つ努力を - MSN産経ニュース

 特に内容はないのだが。

 ネットやゲームのバーチャル(仮想)世界に親しむ子供たちの実体験不足が懸念されている。自然や現実社会との触れあいを通して豊かな人間関係を育てる重要性を社会全体で再認識したい。

 という結語はなんかネタな風味がある。

読売社説 人民元上昇 綱渡り続く中国の過熱経済 : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 中国通貨・人民元の対ドル相場が初めて、1ドル=6元台に上昇した。

 ところが、元はドルに対しては上昇しているものの、対ユーロでは元安が続いている。これが、輸入インフレをうまく抑制できない原因の一つになっている。

 ここが難しい。ドル資産も結果的に関連しているのだろうか。日本の場合はそのあたり微妙な均衡を持っている。

 中国当局は、金融引き締めに懸命だが、問題は、その効果が限定的なことだ。もう一段の利上げの必要性を指摘する声もある。

 ただし、元高と利上げが行き過ぎると、急激に景気が冷え込み、失速状態に陥る恐れもある。

 景気を先取りするとされる株価には、すでにその兆候が表れている。上海株式市場の株価指数は、ピークをつけた昨秋から半年で半分になった。バブル崩壊ともいえる状況でないか。

 個人消費など内需が主導する安定した成長に、うまく軟着陸できるか。中国経済は今、極めて難しい局面を迎えている。

 個人的にはダメなんじゃないかなと思う。ダメであってくれとは到底思わないけど。

朝日社説 禁煙条例―松沢知事、がんばれ : asahi.com:朝日新聞社説

 喫煙者の喫煙行動はそうした対応では変わらない。もちろん、私など受動喫煙がとてもいやどころか街路の100m先のタバコの臭いすら嫌悪するのだが、それとこれとは別で喫煙者を構造的に追い詰めてもしかたがないと思う。

 日本ではいま、若い世代の喫煙率がじわじわ上がっている。気がかりだ。神奈川から、脱たばこ社会に向けての着実な一歩を踏み出していきたい。

 むしろ、若い世代の喫煙率の上昇の意味を考えたほうがいい、我々の社会が。

 関連⇒極東ブログ: たばこという社会福祉(もちろん皮肉)

 そういえば西岡常一は80歳を越える生涯タバコを吸い続けた。癌もした。天寿と天命を全うした。

 ⇒極東ブログ: [書評]宮大工西岡常一の遺言(山崎祐次)

朝日社説 裁判番組―放送局は知識と冷静さを : asahi.com:朝日新聞社説

 法廷のイラストが映し出される。殺意を否認し、遺体をドラえもんが何とかしてくれると思った、などとする被告元少年の主張が伝えられる。被害者の遺族が憤りを語る。そして、司会者らが「笑わせんじゃないよ」「世も末」と被告と弁護団を非難する。

 山口県光市で起きた母子殺害事件の裁判をこんな風に取り上げたテレビ番組を見た人は少なくあるまい。

 全然見ていない。

 これは新聞を含む活字メディアにとっても切実な問題だ。

 番組を見る側も報道や情報を読み解く力を磨かなくてはなるまい。委員会が問題にしたような番組を支持する声もテレビ局に寄せられるという。だが、そうした番組がはびこり、放送への規制を招けば、知るべきことが伝わらない社会になりかねない。

 感情的な表現に陥らない冷静な番組こそが、視聴者の利益になり、自由な報道を続けられる道でもある。

 私から見ると朝日新聞の報道はしばしばその批判が適合するケースがあるように思える。

曇り

 雨は降らないらしい。高気圧の移動がある。

 時の流れは速く、深く苛立ちがある。

 朝方ぼんやりと自分が置かれている外的な状況や内的・無意識の欠落を見つめていた。無理をしているなという部分と、悪意とも違うのだが悪の要素と自分が与えられている愛情を受け入れないかたくなさが身体を害しているようなそんな思いにフロートしていた。自分がある意味で真実として生きていないならそれはなぜなのだろう。それを合理化するような自身への心理的な虐待みたいなものはなんなのだろうか。

 夢は2つ。私は医学生なのだろうかスライドを見て講義を受けている。大腸内における大便の形成についてだ。どのようにそれが軟度と硬度を持ち形成されていくか、患者の糞便排出時の筋肉と便秘が続く場合の大便の構造変化について。私は、ああそうなのかと見ている。もう一つは、アンテナと漢字の形成について。これも私は講義を聴いている「土」という漢字は大地から伸びたアンテナであるらしい。漢字の本質はこのように大地から天に向けたアンテナ的な構成に重要性があるというのだ。「土」は簡素に本質を表し、「高」は大地の載せもののような構築を持つ。「壺」は一般に言われているような容器というより、大地に置かれて天に向けた構築に重要性がある。

2008-04-19

おまえだろとか言われそうだけど

 ある分野で優れていても他分野ではごく基礎的な知識が欠落している人が偉そうっぽく語っちゃうっていうのはどうなんだろとかちょっと思った。いやそれはそれでいいんだろうなというか、おまえだろとか言われそうだけど。

 まあ、いいか。いいや。よしっ!

ありがちな増田

 ⇒さて今朝もくだらんことで妻と口論になった。

軽い気持ちで念押しに言った一言で、あんたは妻の私を信用していないのか、信じられない、別れる、などと水をひっかけられたナトリウムのごとく炎上するのだが、以前でこそこんなことで別れられてはたまらないと、慌てて取り繕ったりなだめたりしてみたものの、概ねそれは逆効果であることがわかりつつある。だいたい自分でも納得しきれないことを謝る、というのはどうしても不自然な謝り方になるので、最終的には無意味だったりする。

 渦中にいるとつらいと思いますよ。

 個人的にはこれがためになるとは思うけど、解決するとも思えないし、意外と読みづらい本だし。

 これね⇒Amazon.co.jp: 2日で人生が変わる「箱」の法則: アービンジャー・インスティチュート,門田 美鈴: 本

 関連⇒極東ブログ: [書評]2日で人生が変わる「箱」の法則(アービンジャー・インスティチュート)

アドセンスを貼ってみた

 正規の方法というかはてなGoogleが推奨する方法で貼れなかった。なぜなんだろう。feecleでのトラブルから推測するとはてな側に最近のGoogle AdSenseに対してなんか未対応があるかも。

 デフォではてなが出してくるコードを取得して色を合わせてみたい。AdSenseはうざいと思えばウザいので不快に思う人がいらっしゃるかも。ただ、RSSに全文フィードしたし、そっちのほうにはAdSenseは入らないようなので勘案してくださいませ。

ダライラマと心の平和

 ダライラマが偉いなと思うことはいろいろあるのだが、彼は、今回の件で、泣きたくなるような気持ちもなるが、それでも瞑想して心の平穏を保つと言っていた。

 日本人のチベットシンパというかいろいろあるのだろうけど、はてな経由でYouTubeかなんかでちらみしたけど、今回の争乱の関係で坊さんが泣いていた。あれとダライラマはすごく違う。ダライラマはあの惨事を認識しつつ、心の平穏を保ち、「よく眠れる」とまでいう。

 彼の心のなかに仏教の平和というものがあるのだろうし、そのあたりにすごいものを感じる。

 日本の仏教とチベットの仏教とかいろいろいわれるけど、日本でいう心の平穏みたいなのと、坊さんでも泣いちゃうっていうのはなんなんだろうかとは思う。

 非難しているわけではないよ。

チベット仏教というか天台というか

 もろたコメントより⇒極東ブログ: チベット的癒しの話

今のチベットとチベットの人たちにとっては、天台智者大師と賢首大師の教えどころではないと思うのですが、今後のチベットと日本のあり方(それは中国と日本のあり方でもあるのですが)を考えると、チベットでの天台智者大師、賢首大師、慈恩大師の教えの受容の仕方の各論の概略がとても気になるのです。

 私も詳しくないけど、似たような疑問を持ったことがあるのでちょっと。

 天台は、私の誤解かもしれないけど、それまで大乗仏教を、ある意味で国家的に統制しやすくするとも言えるのだけど、五時八教的な統合をした点に意義があると思う。その意味で、天台宗というのは、後の宗派概念ではないと思う。さらにいうと天台的な考えは今日的な意味での宗教とも違うだろう。これは日本の天台宗でも同じ。

 問題はというか、こうして統合されるということは、朱子学でも類似なのだけど、道教的なコスモロジーとローカルな俗習が混じることになる。

 で、チベットでの天台的な部分だけど、天台を構成する基礎的な大乗学はゲルクなどに統合されている。起信論などもきちんと学ばれているようだ。そしてその上に、密教的な部分の発展があると見ていいと思う。このあたり、派によって違う部分もあるし、日本で知られているチベット仏教は中沢新一とかへんてこな感じに入っているけど、意外とゲルク派は正統。

 ダライラマという人はこうした分野の学識が実はきちんとあって、いわゆる活仏だから偉いというより西洋の仏教学者にとってはまさに先生としかいえない知的レベルにある。

 ざっくりいうと、チベット仏教において天台的な統合はそれ以前の大乗学がしっかりしていることで内包されていると見ていいと思う。

なんとかが曰く的

 先日のこれ⇒「多宇宙と輪廻転生―人間原理のパラドクス(三浦俊彦)」読んだよ - finalventの日記

で、分析哲学のある部分は、きちんとヴィトゲンシュタイン以降も続いているんだなと思ったし、そのあたりの先端の議論はどうなんだろう、三浦のいうように人間原理なんだろうかとちと思った。哲学は嫌いではないが、派は所属していたこともないし、主要学会もわからない。

 そういえば日本人というか若い哲学好きの人たちというべきか、ヴィトゲンシュタインが最先端みたいに思っている人あるいはそこに大きな真理があるとか思っている人がいるみたいだけど、たしかヴィトゲンシュタインはポパーに論破されちゃったんじゃなかったか。で、ポパーは3つの実在論とかいってエックルズなんか面白い?議論をするし、80年代には翻訳とかもあったんだけど、あのあたりって日本でフォローされている風はない。

 ポパーというとすぐ反証可能性とか出てくるけど、たしかポパー自身もクーンやファイヤアーベント(そういえば彼はポパーの弟子か)の影響を受けて晩年のポパーはちょっと違った考えになっている。

 でと。

 ネットかあるいは新書とか新聞でもそうか、なんとかが曰く的的に権威的に語られるパターンってあって、マルクスとかレーニンとか、ハイエクなんかもそうかな。率直にいうとマルクスってかなり古い人なんでエンゲルスと一緒に「科学」とかこいても現代の科学ではないし、なんつうのかそれなりに優れた思想家でも時代の制約はある。あまり言われてないけど、プラトンなんかいちおう哲学者だけどべたに読めばオカルトでしょ、ありゃ。

次はスター導入?

 エントリベースにデザインをリニューアルしたら、コメントとぶくまが同じような位置になるのでぶくまの便宜も付加した。率直にいうと何userがぶくましているなんていう情報は僕には関係ないよと思っていたのだけど、エントリベースのデザインだとコメント数が表示されるのと何が違うということになるわけだ。

 で、次はスター導入? それはどうなんだろ以前に、私がスターを理解していない。

 このところのはてなのいろいろな新機軸はよくわからないものがある。ハイクとか最初は興味本位に書いてみたけどダイアリーとの連携がとれないのでやめた。

 AdSenseは試したけどうまくいかない。また試みるかも。AdSenseもうざいといえばうざいけど、RSS配信には含まれないんじゃないかな。どうだろか。

Webページデザイン

 さすがにこのWebページのデザインもダサイな重たいなと思って、昨日少し考えたのだが、結果的にはうまくいかなかった。レディメードなデザインを使う気はないし、ここは自分の目に合うという配色にしているので。

 とはいえレディメードなデザインをもとにCSSをいじったのだが、うひゃあ、safariとかの互換性で見ていくとまいってしまった。むしろ、今のCSSのほうが歴史進化しているので意外にタフなんで戻した。

 とはいえちょこちょとCSSに手を入れている。CSSも難しくなったものだなとか思った。見た目はできるだけ以前と変わらないようにしたし、機能的にもあまり変わらないようにした。

今日の大手紙社説

 特に話題はない。胡錦濤訪日でぴりぴりしている感じがする。

日経春秋 春秋(4/19)

ノルマルパラフィンを原料にした、SCP(単細胞たんぱく)である。蝋(ろう)のような炭化水素のパラフィンを栄養源とする微生物を、タンクで大量培養し、細胞内にたんぱくをため込んだ微生物を、人や牛がいただく。飼料としては有効とされたが、石油たんぱくという呼び名も災いして、日本ではさたやみに……。

 そんな時代があった。そのころは世界は氷河期がくると言われていた。ローマクラブは……どうでもいいよ。

毎日社説 社説:高齢者医療 安心の仕組み 医療費の抑制はもう限界だ - 毎日jp(毎日新聞)

 医療崩壊ともいえる現象が一気に噴き出したのだ。小児科や産科の医師が不足し、救急医療の現場では患者がたらい回しにされるケースが相次いでいる。病院経営の赤字が膨らみ、勤務医は過酷な仕事に疲れ果て、開業医をめざして病院から去っていく。少子化対策が声高に叫ばれるのに、現実には医療ミスの裁判を恐れて産科医が減っている。

 これはさすがに毎日新聞がよく言うよだろうな。そう少なからぬ医師に見られていることを毎日新聞は知らないのかもしれない。知りたくないのかもしれない。

読売社説 長野聖火リレー ついに善光寺も辞退した : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 まったくの余談だが、善光寺天武天皇との関係がある。ウィキペディアを覗いたが書かれていなかった。たしか書記には天武天皇はあの地に大本営ならぬ遷都をもくろんでいたとあったかと思う。異様な記述でありトンデモ的なロマンを誘う。天武天皇といえばトンデモに見られるが伊勢神社も彼が事実事実上造り出したものだったと言ってもいいだろう。アマテラス神は持統天皇に擬されている。そしてあの神社は諏訪に関連を持つなど。

 私は天武天皇は唐の傀儡だろうと見ている。そうした史観中国が知ると面白いかもしれないが。

朝日社説 教育基本計画―中教審はどうしたのか : asahi.com:朝日新聞社説

 教育問題には関心がない。が、読んでふと気になった。

 教育現場が抱える課題は多い。とくに深刻なのは学力低下問題だ。学力格差をどう縮めるか。考える力をどう育むのか。そのためには、教師の数や質の向上が欠かせない。

 学力低下は問題だろうか? 学力格差? 私が気になるのはむしろ20代後半からの自己学習だろうと思う。それはそれとして。

 だから、この答申で最も注目されたのは、教員を増やすなど予算のかかる措置が具体的にどう描かれるかだった。日本の教育への公的支出の割合は、先進国のなかでも低い。教育への投資は、日本の教育を底上げするには避けて通れない課題である。

 ところが驚いたことに、答申には具体的な提言が見あたらないのだ。

 教育への投資が低いことは確かだし、そこを改革しなければならないのも確かだが、その基軸が学力低下・格差であってよいのだろうか。朝日新聞はそんなことを考えていたのか。

 公的支出を教育分野に増やせばいいというのはまずその教育分野の実態とプランのなかでどのように経費が必要になるかが問われる。

 そして教育の名のもとに国家を膨らませていくのは基本的には賛成できない。公教育は地域に還元すべきだし、地域の中からの創発を待つしかないのではないか。

曇り、ログイン

 このところ1時間くらいじっと静かに瞑想していられる時間が心の避難所のように思えてくる。意識的には大きな危機はないし、ごくごく平凡に時は流れ、私の存在はかすれるように消えていくのだろうし、そのことになんの不安もない。ネットはそのなかであまり大きな意味を持たない。どこかで自分の表現であったネットの場が、どことなく強いられたもののようにも感じるのは、具体的なネット上の人の関係というより、人々の関心というものの違和感だろう。たとえば靖国神社など私はまるで関心がない。中国や日本の動向についても、本当ところ関心ないのだと問われればないとも言える。そんな感じだ。

 反面、美についてはよりクリアになる部分とそこへのねじれたような渇望があってもどかしい。この点については若さというものへの羨望はあるのかもしれないと思った。実際にそうした日々においてそれは直接的な苦悩でしかなかったのに。

 夢は覚えていない。日銀が出てきたような気がする。物思いに沈んでいるうちに忘れた。音楽を聴こうかと思って奇妙に不愉快になって目覚める。今日は土曜日であった。

2008-04-18

ブログサバト

 金曜日。

 ちょっと日記(ブログ)の運営から出てくることになるかもしれない(出てきたいわけじゃないのだけど)。

ブログモードに変更しました

 ブログモードだと、よりエントリーベースになるかなと思います。

 これでしばらくランしてみます。デザインの変更は数年ぶり。

 併せて、トラバとぶくま対応にしてみました。(エントリベースで見るならコメとぶコメの差はないんじゃないかな、と思ったので。やってみるとけっこうはてな濃くなった印象。)

 併せて、RSS全文配信にしました。

 コメント欄も非はてな利用者に開放しようかと思ったけど、以前、カタリ(偽装)があって結果的に管理者として人に迷惑をかけてしまったのを思い出し、この点はとどまっています。

微妙かな

 ⇒軍需産業は戦争を欲していない : 週刊オブイェクト

 微妙なのは以下の3点。

今日の大手紙社説

 名古屋高裁の違憲判断が共通の話題だが個別に触れた。

日経社説 違憲判断を機に集団的自衛権論議を(4/18)

 この冒頭のまとめはうまい。

 航空自衛隊がイラクで行っている空輸活動には、憲法上許されないものが一部ある、との判断を名古屋高裁が示した。

 基本的にこれ以上のことはない。

 私たちは国連平和維持活動(PKO)や多国籍軍の平和構築活動に対し自衛隊が協力をするに当たり、戦闘活動には参加すべきでないが、後方支援には幅広く参加すべきであると考えてきた。

 このためには集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更が必要となると指摘してきた。

 今回の高裁判決は、むしろ憲法解釈変更の必要があるという結論にもなる。ただ、憲法解釈とは司法の歴史の積み上げなので、現状どうとなるものでもない。

産経社説 【主張】空自派遣違憲判決 平和協力を否定するのか - MSN産経ニュース

 基本的には読売と同じだが。

 憲法9条で禁止されている「武力による威嚇又は武力の行使」は、侵略戦争を対象にしたものと解釈するのが有力だ。国際平和協力活動を違憲という判断は日本が置かれている国際環境を考えれば、理解に苦しむ。

 ここは難しい。私の考えでは自衛隊による国際平和協力活動は違憲性が高いと思う(自衛隊は憲法の外部にある)。

 「自衛隊違憲」判断は35年前、あったが、上級審で退けられた。今回は、統治の基本にかかわる高度に政治的な行為は裁判所の審査権が及ばないという統治行為論を覆そうという狙いもあるのだろう。傍論に法的拘束力はない。

 これは意外に重要で、今回の判断は判決には関わりないし、法的拘束力はない。つまり、そこからは市民の政治の問題になる。

毎日社説 社説:イラク空自違憲 あいまいな説明は許されない - 毎日jp(毎日新聞)

 これも少し細かく見ていこう。

判決はまず、バグダッドで米軍などと武装勢力との間で激しい武力衝突が起きていることを指摘し、特措法でいう「戦闘地域」にあたると認定した。そのうえで、「多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸する活動は、他国による武力行使と一体化した行動で、武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」とした。

 これは正しい。

 政府と同じ憲法解釈で特措法を合憲としたとしても、活動を「非戦闘地域」に限定した特措法と、武力行使を禁じた憲法9条に違反するとの判断である。

 これも正しい。ただし、憲法9条に違反はバグダッドへの武装兵員の空輸。

 重要なのは、判決がイラク国内の紛争は多国籍軍と武装勢力による「国際的な武力紛争」であるとの判断に基づき、バグダッドを「戦闘地域」と認定したことだ。政府がイラクでの自衛隊の活動を合憲だと主張してきた根拠を根底から覆すものだからだ。

 ここに論理飛躍。

 さらに、判決が輸送対象を「武装兵員」と認定したことも注目に値する。政府はこれまで、空自の具体的な輸送人員・物資の内容を明らかにしてこなかった。小泉首相は、当時の記者会見で「空自による物資の輸送はしている。しかし、どんな活動をしているかは部隊の安全の面があり、公表できない部分もある」と述べていた。

 この指摘は微妙。今回の判断では、むしろ自衛隊の海外派遣を認めることになっており、その際の自衛隊員の自衛については論理的に含まざるをえず、それは武装兵員ともなりうる。問題はよって武装兵員ではなく戦闘地域の認定になる。ここで難しいのはそもそも自衛隊が派遣されるというのは民間とは違うので安全地域ではない。安全地域と非戦闘地域の判定は難しい。

読売社説 イラク空自判決 兵輸送は武力行使ではない : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 だが、多国籍軍による武装勢力の掃討活動は、イラクの安定と安全への貢献を求めた2003年5月の国連安全保障理事会決議1483などを根拠としている。イラク政府も支持しており、正当な治安維持活動にほかならない。

 これは非戦闘地域認定とは関係ない。

 仮に掃討活動が武力行使だとしても、憲法上の問題はない。空自による多国籍軍兵の空輸は、武力行使と一体化しないからだ。

 それはありえない。

 だが、イラク特措法に基づく基本計画は、空自の活動地域をバグダッド空港に限定している。空港は、治安が保たれ、民間機も発着しており、「戦闘地域」とはほど遠い。空港が「戦闘地域」になれば、空自は活動を中止する。

 それは議論的に無茶苦茶。米軍に守られた建物は非戦闘地域とかになるわけもない。

朝日社説 米の脱温暖化策―世界を読めない大統領 : asahi.com:朝日新聞社説

 来年初めにブッシュ政権が終われば米国は変わる、という期待は強い。たしかに次の大統領になろうとする3人は、だれも現大統領よりは脱温暖化に熱心のように見える。

 だとしても、それまでの時間を空費してはいられない。

 脱温暖化がテーマとなる洞爺湖サミットには、大統領をめざす候補たちも呼ぼうではないか。

 数ヵ月でどうとなる問題ではないから慌てることはないし、「大統領をめざす候補たちも呼ぼう」というのは内政干渉に近い。もしそれが認められるなら、フランスの大統領を目指したルペンとか呼ぶ? それはないでしょ。

朝日社説 イラク判決―違憲とされた自衛隊派遣 : asahi.com:朝日新聞社説

 要旨を読んだ程度なのだが、この社説については少し細かくメモを書いておいたほうがよいように思えた。

 あのイラクに「非戦闘地域」などあり得るのか。武装した米兵を輸送しているのに、なお武力行使にかかわっていないと言い張れるのか。

 戦闘が続くイラクへの航空自衛隊の派遣をめぐって、こんな素朴な疑問に裁判所が答えてくれた。いずれも「ノー」である。

 まず、「あのイラクに「非戦闘地域」などあり得るのか」だが今回の判決では判断は難しい。バグダッドについては戦闘地域として認めているし、具体的には米兵の移動もその文脈、つまりバグダッドについて語られている。

 イラク全体が「非戦闘地域」という判断かという点をどう読むかは難しい。私の推測ではイラクを戦闘地域と非戦闘地域に分けることが可能ならという前提がイラク特措法への判断の留保になっていると思う。

 ただ、概ね、イラク全土は戦闘地域と見てよいという理解は外しているものではない。

 次に、「イラクへの航空自衛隊の派遣」についても類似の構図で、バグダッドという地域への米輸送については言及されているが、「イラクへの航空自衛隊の派遣」全体についてはこの判決からは読み取りづらい。

 差し止め請求は退けられ、その意味では一審に続いて原告敗訴だった。だが、判決理由のなかで憲法などとのかかわりが論じられ、派遣当時の小泉政権が示し、その後の安倍、福田両政権が踏襲した論拠を明確に否定した。

 この判決からはそこまで大きな議論はしづらいかと思う。その後の文脈に次の言葉が出てくるのは修辞に偏向を感じる。

 判決は、イラクの現状は単なる治安問題の域を超え、泥沼化した戦争状態になっていると指摘した。とくに航空自衛隊が活動する首都バグダッドの状況はひどく、イラク特措法の言う「戦闘地域」にあたるとした。

 今回の判決ではこの限度内に留まっているというのを先頭にして議論すべきだった。

もう一つ、多国籍軍の武装兵員を空輸するのは、他国による武力行使と一体化した行動であり、自らも武力を使ったと見られても仕方ない、つまり憲法9条に違反するとした。

 これは、つまりこの「多国籍軍の武装兵員を空輸」については、私も憲法9条に違反であると思う。

もともと、無理のうえに無理を重ねた法解釈での派遣だった。当時の小泉首相は、非戦闘地域とはなにかと国会で聞かれ、「自衛隊が活動する地域は非戦闘地域」などと開き直ったような答弁を繰り返した。

 これは朝日新聞の意見。

 本来、政府や国会をチェックするのは裁判所の仕事だ。その役割を果たそうとした高裁判決が国民の驚きを呼ぶという現実を、憲法の番人であるはずの最高裁は重く受け止めるべきだ。

 これは法理としては違うと思う。民事は基本的に関係者の利害を争うべきもの。

 雨量はそれほどのことはないが風は強くなりそうだ。

 夢は少し入り組んでいた。夢の中で夢を見ていてそれを私が集会で説明するというもの。夢のなかの夢では、なにか男女関係や夫婦関係の学習会というか芝生の公園での講習。簡単に自然にふれあったのち、講師に指定された男女が抱き合って少し芝生の斜面を転げてみるというもの。私の相手は中年の天然パーマの少し太めの女性。そのあと講師は、今のパートナーでよかったですかと問う。私の相手だった女性は少し顔を赤らめているのを私はさっと盗み見る。講師は、次は好きな人を見つけてくださいという。彼女は不動産営業マンみたいな男性を指名したようだ。私はというと特にそういう希望はないので困っている。するとひょろっとした20代後半くらいの男性が私を望んでいる。え? これは男女関係の講習ではないの?と疑問に思う。その先の記憶はない。そしてその夢を今度は私が講師になって語る。男女関係には複雑な無意識があるといったこと。こちらの集会は女性ばかり。具体的に何を語ったかはよく覚えていない。

TheIneleganceTheInelegance 2008/04/18 10:09 空自の話は私も全く同意見ですね。一字一句禿同過ぎて何もコメントすることありませんが。

realisterealiste 2008/04/18 11:40 大体私にはもうストーリーや教説は通用しないんですってば。なぜバルカスや弁当さんはいまだに法律やマスコミ情報やレッテルを使うのか。それらを使えば使うほど自分のために意見を述べていると映る。実態には何があったかといえば二転三転する政治と中年および老人による舵取りの失敗である。若者は中年や老人の指導を半信半疑に信じて(というより若者の立場からして信じざるを得ない)煽てられて育ってきたのに話が違うことになっているので老人どもに怨恨感情を持っている。そしてかかる事態は人生を左右するものであるから老人に対して復讐感情を持つのもやむをえない(人間とはそういうものだ、そもそも大人どもの教えに従ってきた者を保護しないのは一種の信頼保護原則に反しており、普通なら不法行為に当たる。不法行為制度の根底に復讐感情があるとすれば、国家がおとなどもを処罰してくれないのであれば行き場のない復讐感情は自力救済となって表れるだろう)。ゆえに私が職員を殺害したいというのも合理的なことです。てめえらの地位を保守しようとしてんじゃねえよ糞老人。お前らにあるのは若者を誑かせつつ自分のみを守る保身意識だけじゃねえか。死ね。こちとら我慢の限界だからいつ刺されてもおかしくないと思え。

realisterealiste 2008/04/18 11:57 バルカスの糞はいうにおよばず、弁当氏やここの取り巻きの老人どもは、ありったけの知識と屁理屈を駆使して自己保身という結論を飾り立てる詐欺師である。第一、下手な屁理屈を述べても私には通用しないことが分かっていない。私は精神年齢で言えば7〜80歳ですよ。何が本当で何が嘘かなんてぱっとみれば見抜きます。いい加減、本音を嘘で飾ろうとするのはやめてもらいたい。私があなたがたを悪辣な語彙で罵倒したときは、あなた方がウソをついているときです。私にはばれるのだから観念して正直に対話することでしょう。

UG35UG35 2008/04/18 13:14 >realiste
ケロロかおまえは。

antonianantonian 2008/04/18 13:32 マリオ・バルガス・リョサに怒っているとはすごいなと思ってしまいました。

イラク派遣の違憲については今一つ要点が判ってなかったので社説突っ込みありがたいです。

realisterealiste 2008/04/18 13:48 >UG35
ゴミは死ね。

2008-04-17

ごく印象なんだけど

 ⇒404 Blog Not Found:経済の「複素」像 - 書評 - 「お金」崩壊

 読んでないんでなんともだけど、トンデモな香りが。

空自イラク輸送活動について名古屋高裁の判断、メモ

 ⇒空自イラク輸送活動、名古屋高裁が「憲法違反含む」と指摘 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 判決は、現在のイラクの状況について、「多国籍軍武装勢力との間で、国際的な武力紛争が行われている」と指摘。そのうえで、航空自衛隊の活動について、「空輸活動のうち、少なくとも多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸する活動は、武力行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」と判断した。

 ⇒イラク派遣訴訟控訴審判決要旨

 自衛隊の海外での活動については(1)武力行使目的の「海外派兵」は許されないが、そうではない「海外派遣」は許される(2)他国による武力行使への参加に至らない輸送や補給などの協力は、他国による武力行使と一体となるようなものは自らも武力を行使したとの評価を受けるため許されないが、一体とならないものは許される(3)一体化の有無は、戦闘活動の地点と行動場所との地理的関係や行動の具体的内容、協力する相手の活動状況などを総合的に勘案して個々的に判断される。

イラク特措法はこうした政府解釈の下、人道復興支援活動または安全確保支援活動を行うこと(1条)、活動は武力による威嚇または武力の行使に当たるものであってはならないこと(2条2項)、戦闘行為が行われることがないと認められる地域で実施すること(2条3項)を規定。「国際的な武力紛争」とは国または国に準じる組織の間で生じる国内問題にとどまらない武力を用いた争いだ。

 航空自衛隊は、米国の要請を受け06年7月ごろ以降、バグダッド空港への空輸活動を行い、輸送機3機により週4、5回、定期的にクウェートの空港からバグダッド空港へ武装した多国籍軍の兵員を輸送している。

 空自の輸送活動は、主としてイラク特措法上の安全確保支援活動の名目で行われ、それ自体は武力の行使に該当しないとしても、現代戦では輸送なども戦闘行為の重要な要素であり、多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っているといえる。

 空自の空輸活動のうち、少なくとも多国籍軍の武装兵員を、戦闘地域のバグダッドへ空輸するものについては、他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない。

 空自の空輸活動は、イラク特措法を合憲としても、武力行使を禁止した同法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、憲法9条1項に違反する活動を含んでいる。

 控訴人らの切実な思いには平和憲法下の国民として共感すべき部分が多く含まれるが、本件派遣によって具体的権利としての平和的生存権が侵害されたとまでは認められない。損害賠償請求で認められる程度の被侵害利益がいまだ生じているとはいえず、本件損害賠償請求は認められない。

プーチンのうわさ

 ⇒Vladimir Putin 'to wed Olympic gymnast half his age' - Telegraph

Now all Moscow is ablaze with rumours that Vladimir Putin, 56, and the flexible 24-year-old Alina Kabaeva have decided to tie the knot.

 ⇒プーチン大統領が離婚? メディアも大騒ぎ - MSN産経ニュース

今日の大手紙社説

 話題は、英投資ファンドのザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)がJパワー株20%買い増し問題。たしか石油系の電力はけっこうオイルマネーが入っているのだから、やはり裏は核問題かなとか思う。この界隈の問題はジャーナリズムがきちんとチキンなんでよくわからない。ただ、技術的にはけっこうフォローされているのでそのあたりから追うとわからないではない。名前を忘れたが以前、ブーちゃんとかいう犬を買っている官僚さんみたいなブロガーがいたが、この手の問題に正論めいて微妙に体制的だったような記憶がある(違っているかも)。

 体制的であることが批判の対象ではないし、テクニカルな点で正論という議論はなかなか論破しづらい。ただ、結果の構図が現状維持の場合、あるいは仮想的に話がそらされているときなんか胡散臭い物を感じる(という点で私の議論を同様に思う人もいるのだろうが)。

日経春秋 春秋(4/17)

中高生のおしゃべりのたぐいだろう、などと見過ごしてはならない。そこは悪意と不道徳がまかり通る無法地帯だ。個人攻撃の書き込みだけではない。正視に堪えぬ画像が投稿される掲示板がある。女生徒が不用意な自己紹介写真を張り付けているサイトもある。この罪深さを、さて大人は分かっているだろうか。

 ピントが外れている感はあるのでクリップ、と。

重松さんの小説で、主人公は級友と闘った末に転校する。「あんな連中と付き合うのはセイシュンのむだづかいだ」。そして表題作の「ナイフ」では、ふがいない父親が息子をいじめから守り抜く覚悟をする。子どもも先生も親も、そういう勇気を持つしかない。ハブるべきは闇のサイトだと意を決するしかない

 別段そんなに闇のサイトということはない。そして時たま見せしめにつり上げられた若者はチキンしかいない。というか、なんかそういうルーチンでこなせなくなりつつあるのだろうな。

日経社説 中国経済なお過熱の懸念

 景気の過熱とインフレを抑えつつ景気の急減速を避けるには、細心の経済運営が必要になる。3月に「今年は経済運営が最も困難な年になるかもしれない」と語った温家宝首相の手腕が問われている。

 温家宝は死を覚悟して政治家はっているが微妙にチキンなところがあるのでどうなんだろう。オリンピックまではもつ可能性は高いだろうがと言いながらこの手の問題は突然瓦解することもある。

産経社説 【主張】映画「靖国」 助成金の適否を検証せよ - MSN産経ニュース

 産経の意見に同調はしない。

 これに対し、李監督は「(刈谷さんに)どんな圧力があったのか。作品が成立できなくなるよう働きかけられたとしか受け取れない」と言っている。政治的圧力があったかのような発言だが、これは監督と出演者の問題であり、論点をすり替えてはいけない。李監督は、刈谷さん夫婦の疑問に真摯(しんし)に答えるべきである。

 また、靖国神社は、境内での撮影許可の手続きが守られなかったことを問題にしている。同神社によると、制作会社から10年間に撮影許可申請が3回出されたが、映画「靖国」の制作を目的とした申請は一度もなかったという。

 通常の参拝風景はともかく、戦死者の写真や遺品が展示されている境内の見学施設「遊就館」などの無断撮影はルール違反だ。

 それが問題なら民事裁判を起こせばいいのではないか。普通の娯楽映画と特段変わったルールを持ち込んで議論することはないだろう。

毎日社説 社説:大流行前ワクチン 希望者全員接種も検討を - 毎日jp(毎日新聞)

 表題を見ると「希望者全員接種も検討を」とあるが内容はのらりくらりしてよくわからない。

国はパンデミックワクチンを全国民分用意する方針だが、全員分を作るには1年半かかるといい、大流行が起きたら間に合わない。プレパンデミックワクチンに、ある程度の効果が期待できるなら、多少のデメリットがあっても接種したいと考える国民は多いはずで、その希望は無視できない。

 医学的と公共性に妥当な水準が出てない時点で希望者にはと社説で提言するのはいかがなものだろうかと思うが、そういえばこれ浜六郎先生支援の毎日新聞か。

読売社説 高齢者医療制度 混乱の原因は“お役所仕事”だ : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 年金からの保険料天引きについても、これまでの保険料に加えてさらに徴収される、と誤解している人が少なくない。

 介護保険料はすでに年金から天引きされている。同様に、保険料を窓口で払う必要がなくなったということなのに、基本的な点さえ十分に周知されていない。

 昨年夏の参院選後に政府・与党が急遽(きゅうきょ)、保険料の減免策を打ち出したことも、複雑な制度をさらに複雑なものにした。

 へぇ。というか自分もそういうあたりを詳しく知らなかった。今回のこの騒ぎはどうもタメ臭い感じはするが。

朝日社説 学校裏サイト―いじめの芽を削除しよう : asahi.com:朝日新聞社説

危ないサイトに囲まれた子どもたちである。ネット上でいじめを見つけたら、すぐに学校に知らせよう。面と向かって、いじめを止めるのは勇気がいるかもしれないが、知らせることぐらいはできるんじゃないか。それがいじめの芽を摘むことになる。

 実態を知らないというのは暢気なものだな。

 でもないか⇒asahi.com:学校裏サイト、9割が「2ちゃんねる」型 文科省初調査 - 社会

 ところで、この日記もコメント欄に特定の個人を対象ではないとしても「殺す」とか書かかれたコメントは削除という方針にしたほうがいいかもしえれないなと思う。

朝日社説 Jパワー株規制―これで公益が守れるか : asahi.com:朝日新聞社説

 守るべき「公益」が何かも検討すべきだ。大間を含む政府の核燃料サイクル政策が妥当か、議論が残っている。見直しの余地はないのか。経済産業省に天下り先を守ろうという下心はないのか。そういう疑問にも政府はきちんと答えなければならない。

 この話題はワッチしているが、よくわからない部分が多い。朝日もそのあたりの勘は当然あるだろうが、このようにほのめかしてしか書いていない。書けないのかもしれない。ちょっと踏み込むと、日本の原子力中国にとってもメリットも多い。

曇り

 午後から雨になるらしい。夢は覚えていない。睡眠時間がやや少ない傾向にあるが、瞑想的な時間も取るのでそういうものかもしれない。

finalventfinalvent 2008/04/17 08:45 realisteさん、ども。最後の一文まではほとんど同意していいんだけど、そろそろご時世なんで最後の一文みたいのが入っていたら削除します。realisteさんがというルールじゃなくてね、誤解なきよう。

finalventfinalvent 2008/04/17 08:58 realisteさん、ども。ああ、そこも通じないか。そうなるとアク禁にするしかないかな。とほほ。あのね、人前で、誰かを殺すとか言うもんじゃないんだよ。もちろん個人特定してないというのだけど、個人特定したらベタな犯罪だし、それと、ここは文学じゃないんだよ。っていうかコメント欄の責任者は俺な。ある場所で言いたいことが言えるような気がしたら誰かがケツ拭いているんだよ。真の正義者なんて怪傑ズバット以外いないってば。

finalventfinalvent 2008/04/17 09:08 realisteさん、ども。「そういうことを言われるならば、ネット社会にうずまいているあくどい表現を全部規制してくださいよ(学校裏サイトまで含めて)」そんなの私の責任の範囲外。そしてここは私の責任の範囲内。つうわけで、アク禁にするよ。悪く思うなよ。realiesteさんのダイアリーに「誰々を殺すってなことをfinalventの日記のコメント欄に書きませんよ」ってトラバくれたら、アク禁解除するよ。っていうか、この手の問題はまず自分の足下からだよ。

nomurayamansukenomurayamansuke 2008/04/17 09:08 >ズバット
ワロタw でもズバットは微妙な感じが。あれ見てたのは自分五歳くらいのときかな。

finalventfinalvent 2008/04/17 09:14 nomurayamansukeさん、ども。先日NHKでやっていておかしかったですよ。

raijinraijin 2008/04/17 09:16 絶対的正義なんて物語の中にしか無いし、テレビアニメでさえもガンダム以降相対的になってるのにねぇと思うのですよ。
どうも、彼の中には真の意味での他者がいないんじゃないかと思うんですよねー。

finalventfinalvent 2008/04/17 09:21 raijinさん、ども。自身が絶対的正義だと思うというのはあってもいいかと思います。ただ思うこととそれ言うことは違うわけで、それを言うというのはけっこう微妙かな。ただ、社会コード内なら何言ってもいいというか、その管理者のケツ拭きの範囲内なら。

raijinraijin 2008/04/17 09:33 了解です。
ただまあ、異性を見て妄想するとか、罵倒する上司を妄想の中でたこ殴りにするとか、そういったことはふつーにあると思うのですが、”普通なそんな事言ったら駄目だ”程度の社会性は持っているものだと思うし、また、絶対的正義と内心思っても良いけど、普通は、”そんなのあるわけないじゃん”という自己の中の客観性によって抑制されて言わないし、さらに普通は”そんなの言ったら駄目だ”という二重のロックがかかる訳なので、なんか、うーんといった感じです。

finalventfinalvent 2008/04/17 09:37 raijinさん、ども。心の中とその社会的な延長である文学というのは自由でなくてはいけないと思う。あと、こういう問題はネットの問題というより表現の自由ということの持つ本質的なパラドックスなんだろうなと思います。たぶん、システマティックあるいはルール的にに考えるのではなく、誰がケツを拭くという責任者の問題でしょう。

aeshaftaeshaft 2008/04/17 10:53 「怪傑ズバット」を知らなくてググりました。私が精子にも卵子にもなっていない頃の物語でした。

antonianantonian 2008/04/17 11:18 こんにちは。本家のイタリア分析は参考になりました。いましたねぇ北部同盟・・・。あとオリーブ・・・。ブローディ政権があんなこんなで分裂し今に到ったわけだが。しかし北部同盟的なナショナルな空気はイタリアの異常なまでの中国移民の増加などでかなりキてるのかとも思いますが、ベルル以上の爆弾政党だし。また同じこと繰り返すんじゃ。

しかしネットでも実存でも、己の行動の責任の取り方、負い方というのは同じですね。で、村社会的なものがどこでも存在してたりするし、実存と同じ現象がそこにあるだけなんで、特別ダークというか闇世界があるとは言えないですね。実存にだって色々な形で闇がある。
ただネットというのは参加人員が大きいだけにまぁ大変というか、己の言葉がログに残ったりもするしで、ネット世界式の振る舞い方を学んでサバイブしていくしかない。

いやね実存でマスメディアに目をつけられることの恐怖の方がはるかにすごいです。恐怖の闇の大王的な。そういう時ハブるべきはマスコミだとか思いたくなりますよ。

finalventfinalvent 2008/04/17 13:13 aeshaftさん、ども。最近が学校で教えてないんですね。

finalventfinalvent 2008/04/17 13:16 antonianさん、ども。イタリアについては当面大連立があるかでしょうね。ネットの世界は変わったな感もありますが、まあ、こんなものでしょう。

realisterealiste 2008/04/17 14:16 finalventさんも所詮老獪な老人だと見え透いてきたので呆れました。こうなったらもう文部省の職員をナイフで殺すしかないな。どいつもこいつも逃げてばっか。うんざりした。

realisterealiste 2008/04/17 14:27 <模範解答>
ああ、奴らはクズだから殺してよいですよ。彼ら自身もゆとって一日中2chで若者を操作していましたし、ゆとり世代を利用してゆとり教育をしましたが失敗しましたし。そのくせ失敗の責任は若者に押し付けています。生きている価値がないので、一思いにナイフで殺しちゃってください。

realisterealiste 2008/04/17 14:30 <模範解答>
ああ、大人は省察なんかしている余裕がないのですよ。毎日新聞読んだりニュースチェックしなきゃならないし、言葉はそのまま脊髄反射で理解していないと仕事が滞りますので。あなたはお若いし余裕がおありなのでしょうからレッテルをはがして省察をすることができるかもしれませんが、我々大人は思考の奴隷ですので、省察などは無理です。だから「学歴」なんて二文字を見ただけで、文脈やあなたのブログをよく省察してその意味を考えるのでなしに、固定観念から脊髄反射してしまうのです。私が学歴に反応したのも無意識でコンプレクスがあるからでしょう。いずれにせよ大人の頭はそういう風になっているので、社会に出てからも不用意な発言は止められたほうがよろしいかと。大人は省察できませんで、文字どおりに受け取る馬鹿ばかりですから。

mtfyfmtfyf 2008/04/17 18:56 一応ドキュメンタリーだし出演料を払っている訳でもないでしょうから、刈谷さんから了承を得るのは当然ではないでしょうか?で、李監督は政治的圧力というけど、一体刈谷さんにどういう政治的圧力をかけることができるのか知りたいものです。年金を払わないとかいって脅かす?90歳で、典型的な職人さんでしょう。政治的な問題には一切かかわりたくないタイプの人とみるのが普通ではないでしょうか?こういう人が如何なる内容であれ「靖国」というタイトルの映画に簡単に出演をOKしたことの方が自分には不思議に思えます。映画自体の上映に関しては正直どうでもいいと思っていますが、上映中止になるや「言論表現の自由の弾圧」「政治的圧力」「検閲」などと主張しまくる人たちにはうんざりしています。それなら「弾圧」や「圧力」や「検閲」があったということをきちんと証明してほしいものです。

oguoguoguogu 2008/04/17 19:20 『日本の原初力』は、原子力のタイプミスですよね。
細かくてすみません。

kinginsunagokinginsunago 2008/04/17 19:30 >antonianさん
イタリアの場合は、アジア系よりアルバニア移民の方かと…あと北アフリカ系かな?ってこれはイタリアだけでなく何処の宗主国もか…

kinginsunagokinginsunago 2008/04/17 19:40 >温家宝
彼の処世術には只感心するばかりなり…逃げ足の速さも(苦笑

finalventfinalvent 2008/04/17 19:59 mtfyfさん、ども。ええ常識的にはそうだと思うし、つまり泣き寝入りということなんだろうなと推測します。ただことを起こすなら結局民事なんだろうなというか。

finalventfinalvent 2008/04/17 20:00 oguoguさん、ご指摘ありがとう。修正しました。

finalventfinalvent 2008/04/17 20:01 kinginsunagoさん、ども。周恩来もそうだったけどなかなか逃げ足というのも厳しいものがあるな、と。というか、華人の評価は難しいです。

himorogihimorogi 2008/04/17 20:32 TCI ですけど、中国の電力会社にも投資してたりするので、多分 JPower への投資は、JPower のリソースをそういうアジアの投資先に仲介して、そっちらからリターンを得る、というシナリオを本来描いていたのではないかと。最近の記事では JPower の海外展開批判してましたけど、以前の TCI の発言は全く逆のことをいってたのがあったような記憶があります。

いずれにせよ、いまどこも修羅場ですから本来のシナリオ捨てて取れるもん毟らないとヤヴァイ状況なのでは。

himorogihimorogi 2008/04/17 20:49 そういえば今日は17日だ。

finalventfinalvent 2008/04/17 21:16 himorogiさん、ども。TCIですが、どうなんでしょ。17日だ、は、あれですか、明日……。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/04/17 22:25 「こうなったらもう文部省の職員をナイフで殺すしかないな。」

 このようなコメントを赦すことは出来ません。管理人の責任も問われかねません。
 はてなにrealiste氏に関する情報と私の意見を通報しました。

castlecastle 2008/04/17 22:27 昨日は丁寧な返答を頂きありがとうございました。話としてはスケールが大きいのでいまだ未消化な部分が多いです。
個人的に理屈として気になった点が少しありました。それは、日本人における「作為の契機(国家創作能力)の有無」についての部分です。外部としての創作力、つまり軍事力はハードに相当するように考えましたが、軍事力がないから日本人は作為の契機(国家創作力)がないというつながりとなり、この軍事力を持つためには軍事力のコントロールを日本市民が持つ必要がある、という話として理解したつもりです。
ですが、気になるという点は、そのようなスケールの判断を下せる日本市民というものがあるのかな、というところでした。個人として判断を下すには情報が必要ですし、その情報を得るためのマスメディアは…現状使い物にならないどころか足を引っ張るようなイメージが強まっています。総体的にメディアアニマル化しているような状態は、作為の契機という概念とどうにもうまくかみ合ってくれません。ソフト的な国家創作能力がないということになるのかなと。だからつまり、たぶんfinalventさんのおっしゃった「日本市民の成長」という部分がどのようなことを指しているのかを自分では汲み取れなかったではないかと思います。
それと、民主党は労組で、格差社会化における裏表らしく、しかも労組は社保庁並にスキャンダルを抱えていると色々不安になる話を聞きます。とはいえ、第3の政党なんて期待をもつとファシズム的なものが台頭といった冗談みたいなことが本当にきかねないと感じ、複雑な心境になれます。

finalventfinalvent 2008/04/17 22:47 Barl-Karthさん、ども。この件ですが、いったんrealisteさんご自身が了解され削除された後、また別途書き込まれており、困惑しました。取りあえず、一両日くらいは待ってみます。

finalventfinalvent 2008/04/17 22:48 castleさん、ども。前回うまく書けてないかもしれないので、もう一度書きます。
 日本は憲法上の制約から軍事力(核を含め)持つことができません。それゆえに通常の国家のような外交戦略は採れません。なのでいっそう厳しい外交戦略を採る必要があるだろうというのが、ひとつ(ただし戦後史を見るかぎりそれはほとんどダメでした)。その裏面として憲法を改定すれば軍事や核化は可能だろうけど、今となってはあまり利点は少ないだろう、と。
 いずれにせよ、こうした判断を下すには、行政へのグリップを市民に取り戻す必要があり、それにはまず政権交代がメルクマールになるだろうと考えます。その意味で、日本市民の作為の契機はまず政権交代に集約されるでしょう。
 ただし、以上の点についての理解と、日本の市民社会の成熟の問題はいちおう切り離せます。
 特に、「そのようなスケールの判断を下せる日本市民というものがあるのか」だけとりあげると、率直なところ難しいと思います。
 そうした、市民の成熟は、かなり厳しい状況になってわき上がるだろうと思うので、そのときまでにどうだろうか? 
 戦後の焼け野原を思えば、そのくらいのきつい民族体験を再度繰り返してそれでももう一度国家として立ち上がると信じるしかないかな、そうであれば、市民が自分たちの責務としてその作為の契機に向くべきだろうと思います。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/04/17 22:49 苦情’info@hatena.ne.jp’

http://d.hatena.ne.jp/realiste/

はあちこちのブログを荒らし,例えば,「死ね」,「自殺しろ」

とコメントに書き込んだり,

特定省庁の職員を「殺す」

と述べたりしています。

このような行為は,明らかな違法行為だと思います。これを見逃すと「はてな」の責任も問われるでありましょう。

http://d.hatena.ne.jp/Barl-Karth/

hatediaryhatediary 2008/04/17 22:56 ああ、なんというか、もったいないなあ。
最初の内こそ書き込みがあった頃は??って感じだったとはいえ、途中から(ズレてる感はどうしても否めないながら)頑張って書いてるなあ、と感じていたのですけれど。
にしても、これだけ何かを(それが個人なのか、ほかの何かであるにせよ)憎んで見せることができるってのはとてつもないことだ(善い悪いと判断しかねる)と思いました。
しかし、本当にもったいないです。

realisterealiste 2008/04/17 22:56 東大法学部卒の資格は違法性阻却事由

realisterealiste 2008/04/17 23:01 冗談はさておき、realisteの本件書き込み行為等が犯罪に当たるかどうかを検討する。
1 省庁職員を殺す等は、全体観察法によれば明らかに表現の自由の範囲内であり、インターネット社会の通念に照らせば、許容範囲内であって、適法である。これを処罰することは恣意的であり、許されない。
2 死ね、自殺しろ、等は、2chでは平気で使われており、合法であることは明らかである。これを処罰することも恣意的であり、許されない。
以上

realisterealiste 2008/04/17 23:03 素直に、正義心に出た行為と思うことができないんだろうな。ああ、そう思うと何かと不都合なのか。弁当爺も所詮その程度の人間か。

realisterealiste 2008/04/17 23:09 ちなみに、上記2点を罰するには
1 具体的日時を書き込んだ上、他の事情を総合勘案しても、表現の一部ではなく、相当程度に殺害予告と解釈できる場合でなければならない(例 今日の午後6時に政治家を殺害する その他一切の書き込みなし)
2 死ね、自殺しろ、は、それらによって本人が圧迫され、自殺を決意した場合でなければ処罰できない(自殺教唆罪の裁判例参照)


更に近時の下級審裁判例のいうようにネット情報は信頼性が低く処罰のハードルは相当高く設定されている。具体的にも、2chや学校裏サイトの悪辣な表現が容認されておきながらかかる正義心に出た書き込みを罰するのは差別的処遇に等しく憲法の精神に徴して許容されない。関係者は心すべきである。

junmykjunmyk 2008/04/17 23:15 ども、こんばんわ。
なんだか今日のこの騒ぎでお里が知れちゃいましたね。
ネットも淡い信頼と友情なのですが、信用失墜も実世界と同じで急速ですね。
世のなか他人を蹴落として地位をつかみ取れる人は一握りの幻想で、
誰かに押されて(ケツ拭きしてもらって)立ち回っていることをトーダイ卒でも知らないかんですな。
観音埼、野島埼、樫野埼、神子元島、剱埼、伊王島、佐多岬、潮岬のあ法科ね。

ところで、明日雨ですが、また朝から東京に出張です。
iPodに宇多田さん入れました。
彼女タフになったという噂ですが、笠置シヅ子化w?

nomurayamansukenomurayamansuke 2008/04/17 23:16 将軍様、味噌っかすが犯罪に問われないのは違法阻却じゃなく責任阻却だぞ。

realisterealiste 2008/04/17 23:18 弁当も取り巻きもレッテルで言論封殺する程度の糞老人なんですね^^ここはクズの巣窟ですね^^死んだらどうですか^^

realisterealiste 2008/04/17 23:27 君らは何もかもにおいて私より劣位なんすから私の言うことをそのまま受け入れればいいのですよ。グダグダ理屈いってレッテル貼ってる時点でお前らも役人と一緒じゃん。自覚あんの?やってること一緒だっつってんだよ。

realisterealiste 2008/04/17 23:47 >2008/04/17 22:48

この書き込みはクソワロタ。市民社会ってwwwwwwwどこに市民が存在するんだよwww佐伯啓思の『市民とは何か』くらい読んでください。君らは市民面してますが省察も何もない、たんなる政官財の奴隷じゃないですか。
いや50にもなってこんな恥ずかしい言論を真顔でしないで欲しいものですわ。

realisterealiste 2008/04/17 23:54 老人の思考回路


叩く結論先にありき。



相手の書き込みの中からそれに都合のいい文言を拾ってくる





それをレッテルに落とし込んで組み立てる





こんなことしてるから子どもに刺されたりするんだよ。立教大学の民事訴訟法の学者が殺されてなかったっけ。自業自得だよ。お前らもそのうち純粋な子どもに殺されるよ。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/04/18 00:40 realiste宛

 刑法上の構成要件に該当し違法性があるかを論じているのではない。不法行為の正否が問題なのだよ。realeste学士は,いやしくも学士の学位(法学)を東京大学から与えられているのだから,分かるだろう。

https://www.hatena.ne.jp/rule/rule#kiyaku11

第11条(当社への連絡)
ユーザー名やパスワードを紛失された場合、本サービス利用に伴うユーザー遵守事項に他人が違反しているのを発見した場合、その他当社に対する問い合わせが必要な場合は、以下のメールアドレス宛にご連絡ください。また、本サービスにおける記載内容の削除を求める場合は、以下のリンク先で表示する申立手続を遵守してください。


第6条(禁止事項)−抜粋−
ユーザーは、本サービスを利用するに際し、以下のような法律違反行為を行ってはなりません。

名誉毀損行為、侮辱行為や他者の業務妨害となる行為

その他犯罪に関わる行為あるいは法令に違反する行為

犯罪予告、犯罪の指南等、犯罪を引き起こすおそれのある行為

人種、民族、信条、性別、社会的身分、居住場所、身体的特徴、病歴、教育、財産及び収入等を根拠にする差別的表現行為

倫理的に問題がある低俗、有害、下品な行為、他人に嫌悪感を与える内容の情報を開示する行為。

迷惑行為、嫌がらせ行為、誹謗中傷行為、正当な権利なく他者に精神的被害・経済的被害を与える行為

himorogihimorogi 2008/04/18 00:40 >老人の思考回路
年寄りは経験値で年金もらえるんですよ。ゲームと同じというか、ゲームがリアル社会を模してるわけだから当たり前だけど。

realisterealiste 2008/04/18 01:01 はてなの約款の不明晰さも然ること乍ら、常識で考えてこの程度のものが不法行為に当たるはずがない。不法行為とは社会通念に照らし、「度を越えて」他人の権利利益を侵害することであるが(通念上許容範囲なら不法行為に当たらない)、この程度の表現行為はネットをみればどこにでもある。私のブログなど何度誹謗中傷行為に遭ったか分からない。いい加減都合のいいことをいうのは止めたほうがいいですよ

realisterealiste 2008/04/18 01:10 老人は小難しい法律条文掲げれば若者を
びびらせられるとでも思ってるのか
相手を考えろ
何やっても通用しないんだから
さっさと屈服すればいいんだよ俺に

antonianantonian 2008/04/18 01:33 バール先生>あああ。ついに、バール先生が来てしまった・・・・。
窮状を見かねて出てこられたようですが、現時点ではinalventさんにまずお任せした方がいいと思います。

antonianantonian 2008/04/18 01:34 fが抜けました。失礼いたしました。

Barl-KarthBarl-Karth 2008/04/18 01:40  ちょっと前に,ノシ の件で,ゲシュタルトの話を書き込んでいたのです。>アントニー姉妹

realisterealiste 2008/04/18 01:45 道義にかなったことをしようと思うことがなかったばかりに、一度も道を踏み外さなかった人がいる。(ゲーテ)
食いもんのことしか考えてなくて、政治の記事はネタで書いているだけのような人はいいですなあ。一見正義者のように思われますから。

realisterealiste 2008/04/18 05:56 調子に乗って法律で威嚇したところ法律で論破されて恥ずかしい思いをした老人どもですが、別に文部科学省の職員は殺されてもよいと思いますよ。クズしかいませんから。普通の市民は実態の政治陰謀を知らず、表面しか見てないので(心理的に裏側をのぞけないので)黙っていますが、陰謀を見抜いている人は今すぐにでもナイフを持って刺殺しに行くと思いますよ。歴史上そういう若者は何人もいましたし。大体、お前らクズのくせに何を偉そうな態度をとっているのですか?君たちがすべきことは、まず自分がクズだと認めたうえで、私のいうことを聞くことです。まず人格を捨ててください。

realisterealiste 2008/04/18 06:01 現代社会において、最高学府の最高学部を卒業しながら、体制に併呑されず、自分の正義心というものを有しているのは私くらいなもので、その若い正義漢が政治家を刺殺するなり実権を奪取することはこの国がよくなるための合理的判断であって、それを法律で禁圧することはBarl-karthのような体制側の老人の既得権益保守になりこそすれ日本の為にはならない。中年にもなってそんなことも理解できないbarl-Karthの人徳の低さには呆れるばかりです。老人は自分の身を守ることしか考えていない。表面上何を言おうともだ。頼むから集団自殺してくれ。

finalventfinalvent 2008/04/18 07:04 hatediaryさん、ども。こういう事態にいいアイデアはありますか?

finalventfinalvent 2008/04/18 07:05 junmykさん、ども。東京はけっこうな雨です。雨もよいものだといえばそうですね。音楽は美しく聞こえたりします。

finalventfinalvent 2008/04/18 07:05 nomurayamansukeさん、Barl-Karthさん、antonianさん、ども。Webサービスの規約的な問題部分と、私の日記(ブログ)の運営の問題と、realiseteさんとの対話の問題と三相があるように思えます。私としては、realisteさんとの対話がまずコアに来るのだろうと考えますが。

finalventfinalvent 2008/04/18 07:07 realisteさん、ども。「省庁職員を殺す等は、全体観察法によれば明らかに表現の自由の範囲内であり、インターネット社会の通念に照らせば、許容範囲内であって、適法である」これはそうかなとも思います。でも、「これを処罰することは恣意的であり、許されない」ですが、処罰はないです。アク禁は処罰ではないですよ。次に、アク禁がそれに準じるとしても、それはこの日記(ブログ)の運営の判断です。つまり、私が、どう考えるべきかなということ。難しいなと私は思っています。
 次に「素直に、正義心に出た行為と思うことができないんだろうな」、ですが、いえ、私はrealisteさんの正義心だろうなと思っています。ただ、私はそういう正義心をそれほど評価しないのと、正義だから許されるという5・15青年将校のような信条はないし共感もしません。「弁当爺も所詮その程度の人間か」は、私がrealieteさんの正義心を理解していないという判断の点では誤りだけど、これを日記(ブログ)運営上、アク禁にするかどうかと逡巡する程度の人間であることはたしかです。
 おまけ・「正義心に出た書き込みを罰するのは差別的処遇に等しく憲法の精神に徴して許容されない」ですが、憲法というのは国家権力の歯止めとなるための規定で対象は国家権力に向かうのが一義です。

haineko2003haineko2003 2008/04/18 07:17 どう言ったらいいのか。
ことばが通じないけど、ものすごくまじめな人であることはわかると思う。


自己中じゃないの、専制君主じゃないんだから、とかいう人には、「お前らのほうがごーまんなんだよ。内心みんな同じじゃないか」みたいな感じで、相手が偽善的にみえているんだと思う。

で、才能がすごい。

わたしなんかは、その1/100にも満たないけど、中学生ごろまでは勉強しないでも先生の言うことがよくわかって、いつも試験ではいい点しかとっていなかった。
勉強しなくても相手の言うことが理解できる人っているんだよ。


わたしは高校生の時代で落ちこぼれてしまって普通の努力家になったけど、高校時代にもそういう人は何人かいた。
20歳こえてもそんな天才的な人はいる。

筒井康隆さんなんか小学校時代にIQ178だったみたいだけど、思春期から青年期あたりとても苦労してる。

で、どうなるか、なんだけど、「くれぐれも、お体ご自愛下さい」しか言えない。
力になれないで、ごめんね。



「まじめすぎるんだよ」なんだけど、そこがいいところなんだ。

わたしはわりといいかげんな人だけど、まじめな人を馬鹿にしたり、排除したりする人には殺意を覚えてしまう。


あ、きのうのエントリーのコメント欄におくればせのお返事書いておきました。

raijinraijin 2008/04/18 07:46 >>haineko2003

うーんちょっち意味不明です。

自分の中の考え方と、社会の一般通念が違うことは殆ど当たり前のことで、普通の人はそれをあたりまえとして認識しているわけです。世の中を斜めに見て冷笑しているニヒリストも、自分の考えが現状の社会において通用しない可能性があることを理解している。
それはまじめとかいう問題ではなく、他者の認知をはじめとする社会性の獲得の問題です。
60年代に安保闘争を戦った思想者、その中でもテロルに傾倒した人たちも、すくなからす他者を認知し、オルグする能力を持っていたからこそ、あの規模の運動になったと思います。

こういった他者の認知及びそれに対する距離感のとり方がある程度苦手な人っています。一定以上になると高機能脳障害に分類されます。まあ、このての問題って、だからお前はXXXじゃねとレッテルをすぐしてしまいますが、私がここであえて持ち出したのはそうすることじゃなく、自分がそういった傾向があると認知し、自分の立ち回りを多少なりとも考えることです。雰囲気読めない人なら読めない人なりに、自分で配慮しないと、本当に村八分にされかねません。

realisterealiste 2008/04/18 07:55 hainekoさんのもraijinさんのも、レッテル貼りにすぎないと思います。私はほめられるかけなされるかなんて関心がなくて、要はその人がどれだけレッテルをはぶいて真剣に議論する気があるかに興味がある。この点、finalventさんは、レッテルを剥いでその裏面にあるものを噛み砕いて理解するだけの能力があり、それゆえに評価してきたが、最近はブログ運営上の事情という政治的考慮でなんだかレッテルが増えた。残念です。

raijinraijin 2008/04/18 08:52 そうですね。ある一つの才能に秀でた、まさに神に愛でられたともいうべき人はいます。そういう人の中で、コミニュケーションに長けた人もいますが、苦手な人も多いとは思います。
私の元専門の生物学の分野では、前者が利根川進や小柴昌俊、ジェームズ・ワトソンで後者がフランシスクリック、田中耕一あたりでしょうか。

僕はどのような才能であっても、それはその人に偶然にせよ、必然にせよ与えられたものだから、その人一人にしか真価はわからないかもしれないけど、尊重すべきだし、すばらしいと思っています。

ただ、どのような人であってもその社会に生存するためには最低限度の社会性と他者の認知が必要になると思っているだけです。
ということで天才だからすべて免罪させるわけでなく、天才でも一般人でも、評価する基準は一緒ですということを言いたかったのでした。長たらしくですみません。


まあ、僕的にはワトソンが研究者の理想像ですねぇ(ワトソンの書いた「二重螺旋」という文庫をお読みになるとわかるかなと思います)

raijinraijin 2008/04/18 09:21 ロザリンドフランクリンは、二重螺旋の中ではかなり印象悪く書かれているようです。しかし、実際には、後年二人は和解し、共同で研究等も進めようとしていたことも最近の文献では出てきていますね。

ただまあ、ローザのX線解析の写真では二重とも三重とも四重とも分からなかったんですよね。それを二重と決めたのは科学者としての直感だったのでしょうか。

antonianantonian 2008/04/18 11:58 finalvent様>
finalventさんがそれを負うと決意なさっておられるのは驚嘆に値します。言論の誠意、対話というのは確かに大切ではありますが、くれぐれも消耗なさらないでください。ただでさえアルファブロガーが身体壊すネタがメディアで紹介されたりしたばかりですからね。笑)

2008-04-16

うぁっこれはひどい

 ⇒Editors: Vital Vioxx Details "Manipulated", JAMA Editors Call For Clinical Trial Reforms, Alleging Vioxx Withheld Data On Deaths - CBS News

Two studies appearing in the Journal of the American Medical Association have prompted the journal's editors to call for "drastic action" to prevent drug companies from misrepresenting data from clinical trials.

 

The two investigations involve the pain medication Vioxx, which was taken off the market in 2004 after being linked to an increased risk of heart attacks and strokes among long-term users. The revelations are the latest to come to light from lawsuits brought by people who claimed they'd been harmed by Vioxx.

 

Researchers charged that the drug's manufacturer, Merck, withheld key data from Vioxx trials from federal regulators and misrepresented the Vioxx research. The JAMA editors agreed, but they added that the problems are pervasive within the industry and not confined to Merck.

ブログを続けるための5つの注意点

inspired by 宴の支度 (1) ブログを続けるための5つの注意点 | Lifehacking.jp

 

1. テーマを絞らない

 絞ると無理が出てくる。自分の関心や気分で気楽に書いた方がいい。

2. フィードバックは生暖かく見る

 マジに見ていくと疲れる。世の中いろんな人がいる。

3. 他のブロガーを気にしない

 みんながダンコーガイになれるわけないっしょ。

4. ネガティブなことも書く

 っていうか、他人のエントリにネガコメはっているよりナンボかまし

5. 惰性で書く

 努力って実際にはけっこう惰性が本質だったりする。惰性で何がわるいんだよぷんぷん

ある意味フラット性のよさかな

 弾さんの⇒404 Blog Not Found:真実の苦さ - 書評 - チョコレートの真実

 またやっかみみたいだけど弾さんとか分裂君とかノンポリではないけどよき意味での市民的な人だから、イデオロギー的な枠組みそのものがうまく理解できてないっぽい。それでいいじゃんとか自分も思うのだけど。

 逆に某氏某氏某氏とかぜんぜん違うよっていうか、たとえばこの手の話題だとフラットじゃなくてズボット入って自己価値性と一体化してしまう。とかいうとほのめかしみたいだけど、傾向としてということなんで特にどのブロガーってことじゃないです。

 まあ、ブログの風景っていうだけのことだけど。(こういう風景はかつては見えなかったなとも。)

こういう話も載せている朝日新聞

 ⇒asahi.com:仲間監視命じるメール - カウントダウン北京 - 北京五輪への道

 中国人って日本が日本人だと思うような感覚で中国人だとは思っていない。

 中国人は日本人とは違った意味で意外と倫理的というかそうでないと生きられない普遍的な倫理性をもっていて、そういうのに触れると日本人は過剰に親切だと惚れ込むけど、中国人は案外気にしていない。

 基本的に非西欧のどの国の人も近代化について日本のような独自の路線を取る余裕がないから理路正しく啓蒙的に説明すると理解してくれる。理解してくれてもアクションしてくれるとは限らないので、日本人は理解されないとか思うけど、それもそうではない。

 基本的に西洋人にとって国家とは作為の疑似物だし、アジア的な地域では国家とは他人事なんで国家とか民族との同一性は意外に少ない。そうは見えないこともあるんだけどね、民族性とかで。でも、実際にはその民族性というのは氏族と宗教性みたいなものの直接性だったりする。

どうでもいいといえばどうでもいいけど

 政治分野以外で外信から日本を見ていると日本ってほんとんど理想的な国だな、これでも。そして海外に出ている日本人がまたほとんど理想的。かつ文化もそう。これじゃ、なんか理由をつけて叩きたくもなるかなとか思えてしまう。

 幸せってそれが失われたときに気が付くものなんだろうけど。

増田的な増田

 ⇒

あああああああ

勝ち組が羨ましいよおおおお

ポストがある奴が憎いいいいいいい

金がある奴が憎いいいいいいい

俺は何もねえ。あるのは糞どうでもいい大学の

卒業証書とバイト歴と運転免許証だけだ

うわあああああああああ

 イミージェットな対策はないし、一生そんなものかもしれないけど、っていうか、どっかで、30代半ばかな、腹を括るしかないかな。

 ぶ男でも腹をくくった男はモテるよと言ってみたい気がするけど、現代日本語の「モテ」の意味にはならないか。モテってちゃらちゃらした男女が誘蛾灯に誘われるようなものになってしまったし。

 そういえば学歴ロンダリングという言葉もネットとか見て知ったな。実態はけっこう昔からあったというか、親がしっかりしているとうまく采配させたものだった。

 とかとか書いているとなんか嫌われますよね。没るかな。ま、なんとなく載せておくかな。

今日の大手紙社説

 ぐしょぐしょ書いたけど、特に話題はないというか、なぜ日本の大手紙がイタリアに関心もつのかよくわからない。

日経社説 伊新政権に構造改革の重責

 たぶんイタリアはダメだと思う。たぶんこれにスペインが続くと思う。それからオーストラリアが続いて、日本がさらにどひゃんとダメになると思う。

日経社説 若者らの職探しの選択肢を狭めるな

 特に異論はないんだけど、若い時の仕事って考えてみるとその後の人生勉強の基礎みたいのがあるからある程度そういう観点から教育的な場にいたほうがいいかな。自分とかは失格者だけど、ある程度の年配層の人と触れて世の中や人生の色合いみたいなものを学べる職場というのがよいと思うけどっていうか、30年くらいまえのテレビドラマで描かれる世界ってそんなものでしたね。

 人間若いころに色恋でどんぱちやる人がいつの時代もあり、そしてそれで一生ばちばちやっているやくざもんとかとかとかあるけど、意外とそれはそれですんなり収まって市井にぽちゃんと生きている人たちがいたものだった。ええおっさんおばさんだけどどことなく色香というか深みがあって、ちょっと話を聞くと、えー命懸けで駆け落ちとかしたんだみたいな。そういう人が市井にぽちゃんといることで、なにか市井のそれなりのある根幹的な自由みたいなものが維持されていたような気がする。

 気のせいでいうと商売人に多かったような気がするし、団地とかと商売人が共存できる地域があったころはああいう世界があったな。いつごろ消えたのか。

 私が東京を出奔する15年前ごろだったか、銭湯の風景が変わった。いや風景じゃなくて銭湯のなかの人が変わったというか。20年くらい前だと銭湯にいくと、いい男がいた。いや日本人だから西洋的なよさじゃないのだが、なんか体がよいのだよ。女のほうはそれとなく湯上がりとかで見るのだけど、きりっとしているのな。微妙にエロいっていうんじゃなくて、なんかうまく言えないが。中年のオッサンオバサンに色香みたいなものがあったな。けっこうだめだめそうに見えるオッサンが裸でささっと風呂の身のこなしを見ているそれはそれで美しい所作だったりした。

産経社説 【主張】教員免許更新 資質向上へさらに工夫を - MSN産経ニュース

 教育問題には関心ないんだけど、ふと思ったが、教育こそもっと民営化して自由な生き方みたいのを広げるべきではないかなというか、教師というのは社会が自然に生み出す部分があるからそういう社会のもつ力を生かすほうがよいと思う。逆にいうと10年くらい教師やって教師が向かない人もいるわけでそういう人を他に転職させる仕組みとかあるといいけど。ついでにいうと、公務員こそワークシェアリングにすればいいのに。まあ、現実問題そうはいってもどうにもならないのは、国家というはこういうところが硬質だからな。だからこそ国家はできるだけ小さくしたほうがいいのに。

産経社説 【主張】後期高齢者医療 冷静に制度を理解しよう - MSN産経ニュース

 毎日新聞社説と似たようなものだけど。

 新制度は医療費の一定割合(当面10%)を高齢者自らの負担とした。医療費が高い都道府県ほど保険料も高くなる仕組みも導入した。少子高齢化で医療費はさらなる伸びが予想される。高齢者に応分の負担を求めることもやむを得まい。新制度のすべてに問題があるわけではなく、制度を廃止したところで問題は解決しない。

 結局どっかから取るしかなく負担者に近いところから取るのもそういう傾向というかそうしないと他の世代にしわ寄せがくる。この問題は前哨戦的なんだけどね。

毎日社説 社説:高齢者医療 広がる怒り 「うば捨て」にしてはならない - 毎日jp(毎日新聞)

 これなんだけど事前にわかっているのだから、きちんと報道してないジャーナリズムも責任重たいと思うのだけどね。

 国や地方自治体は高齢者の気持ちを全くつかめなかった。新制度が国会で成立して2年の準備期間があったが、制度の趣旨や保険料などについて分かりやすい説明がなかった。国会で新制度が決まれば、後はどうにでもなる、とタカをくくり、いきなり保険料の天引きに及んだ。当事者である高齢者の気持ちを逆なですれば、制度がうまく回るはずがない。

 身近な老人に話をきいたら地域差があるとか言っていた。

読売社説 自衛隊海外派遣 「平和協力国家」を目指すなら : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 その前に形骸化しているとは国連の敵国条項をなんとかして国連との関係をきちんとしたほうがいいと思うが。

 あれから4年半⇒極東ブログ: 日本はいまだ国連の「敵」である

朝日社説 イタリア総選挙―政治こそ新陳代謝がいる : asahi.com:朝日新聞社説

 20年足らずで5回も政権が交代すれば、政治は混乱するに違いない。日本から見るとそう思いがちだが、イタリアの有権者たちはあまり深刻に受け止めていないようだ。

 むろん、政権が交代しても低迷していた経済などがバラ色になるわけではなかろう。しかし、政治が行き詰まりを見せれば、総選挙で民意を問い、政権の担い手を変える。政治の新陳代謝である。その仕掛けがこの国に定着したのは間違いない。

 これってイタリア語にしてイタリア人に読まれたら極東にもイタリアンなジョークを回する国があると理解されるだろうな。

 自民党政権の耐用年数は過ぎたと言われて久しい。なのに、なかなか政治の刷新が起こらない。閉塞(へいそく)感を打破するのに必要と思えば、有権者はすかさず政権を交代させる。そんな政治が、ちょっと、まぶしく見える。

 日本語でも面白いし。ちなみに、日本も戦前はそんな感じ。

晴れ

 薄曇り。睡眠がやや足りず、多少風邪気が入ったか。夢は覚えていない。

 朝のちょっとした散歩で道行く人を見るに、若い人が多い。あーあ。

antonianantonian 2008/04/16 09:31 おはようございます。イタリアにとって選挙というか政治はスペッターコロでしかないんじゃ?とよく思いますね。政治分野が駄目なのはイタリアも似たようなものといいますか別の人々がナニかを動かしてるような。ただまぁ仕事の分野でもよくこれで滅びんなと驚く話を聞くことはあります。それでも生きのびてやってる辺りがローマの末裔、都市国家の市民だなぁと感心もします。

finalventfinalvent 2008/04/16 09:38 antonianさん、ども。なんか悪のりみたいですが、ムッソリーニはイタリアンでよかったみたいな。あのあたり国家というのはちょっと無理がありそうですよね。

realisterealiste 2008/04/16 10:08 おはようございます。日本は理想的ではないですよ。最悪です。みえるところだけじゃないのですか。しかも今の50代60代にとって。若者なんてフェイクばらされて失意のどん底かと。私は今すぐにでも政治家を刺殺しに行きたい衝動に駆られています。

realisterealiste 2008/04/16 10:31 あなたのような方は、もう社会的に十分成功なされて、後は引退して高みの見物をしているだけでしょう。幸せかもしれませんが、所詮老人のエゴですね。カオスは全部若者に押し付ける気でいる。老人は何事も、それは確率これこれで起こって大体こうなるもんだ、と冷めた意見を言いますが、若者にとってはのるかそるかですからね。確率1/2。まあ大体一般論なんて自分のために言っているんですよ。

finalventfinalvent 2008/04/16 10:49 realisteさん、ども。「老人は何事も、それは確率これこれで起こって大体こうなるもんだ、と冷めた意見を言いますが」だけど、やっぱり私も老人枠なのでしょうか? それと、作為の契機を中心にすえて考えている私にしてみると、実は、未来予測なんてどうでもいいんですよ。そうなんども言っているじゃないですか。売り言葉に買い言葉みたいにとられると困るけど、べたに事実として、作為の契機を無視しているのは、realisteさんですよ。それは自己撞着ですよ。「政治家を刺殺しに行きたい衝動に駆られています」という若者は昭和史にいっぱいいました。もう昭和史を終わりにしましょうよ。あと、日本はけっこう理想的な国ですよ。realisteさんのお年を知らないけど(案外私より年上?ちょっと団塊世代みたいな発想をされるので)、海外に一人出てみるとか異文化のなかで暮らしてみるとかしたほうがいいですよ。日本のなかいすぎです。日本が沈没したら日本人みんな古代ユダヤ民のようにディアスポラです。けっこうな民族がそうして歴史のなかで消えていきました。私は若い頃フィリピン人やガーナの人と四六時中顔を使わせて作業をしていたことがありましたよ。そういう経験するということも学ぶということですよ。

realisterealiste 2008/04/16 11:30 いえ^^私はただの若者です^^finalventさんより年上なわけないじゃないですか^^未来予測がどうとかではなく、私は単純にこの太平楽が気に入らないのですよ。価値観が一元化していないというか、みんなが共有している意識や信仰がないというか。いわば今までは国家にあった背骨がいろいろな多様な価値を統合していたわけですが、それがメルトダウンして、今あるのは白けた相対主義です。そんな考えもあるねこんな考えもあるね、楽しきゃいいじゃん、というむかつくくらいナッシングな時代。私は何か一元的な価値の元に多様な価値を統合することを夢見て勉強してきたので、非常に気が抜けて腹が立っているのです。

himorogihimorogi 2008/04/16 11:59 中国のは倫理つうより任侠の世界ではないのかな、と。
イタリアもいまだ中世の都市国家群の残像引きずってるのでしょうか。

>realiste さん
>価値観が一元化していないというか
ファシスト?

antonianantonian 2008/04/16 15:45 あの民族の歴史に従ってムッソリーニはサヴォナローラのごとくつるされましたが・・・、イタリアはどこかで中国に通じるかもしれません。政府を信用していない、地縁(都市)という単位で先ず考えるような。双方ともに古代からの伝統を引きずるところがあり、そして単位としてはその方が考えやすいのかもしれない。そういえば飯が旨いのもどちらもそうですね。
実を言うとそういうたくましさというかずぶとさは、いいなぁと思うことがあります。自分にはあまりそういうのが無いなと。

castlecastle 2008/04/16 16:05 お邪魔します。finalventさんが考えるところの作為の契機についてお聞きしたくなったのですが、それを欧米国家に担保させている力というものと、その作為の契機を日本から奪っている力というものは、どのような類のものだと想定しているのでしょうか?
単純な話、日本に作為の契機を獲得させるとしたら、第3ラウンドは不可避という話になるように思えてしまいまして、また、その道を選ばないとするにしても、「選ばない」を決定する「主体性」それ自体を持つには、まず作為の契機が必要ではないかという循環に陥りそうな気もしまして。そうすると突きつめれば作為の契機自体がなんなのかよくわからなってしまいましたもので。

finalventfinalvent 2008/04/16 17:49 realisteさん、ども。こういうところが自分のやや変わった性格かなと思うのですが、「finalventさんより年上なわけないじゃないですか」とは思わないのです。信じてもいないし疑ってもいない。そういう情報はすべて仮説というかコミュニケーションで開示されるについれ仮説を深める(いちおうお若いのだろうなとは思っていますしそういう仮説の上で対話していますが)、そうでなければそのグラデーションにおいて捨象した言葉の関係だけに留めるとしています(男女についても同じ)。コミュニケーションでの捨象性というのは、率直にいうと、realisteさんはご自身に関心がある(おそらく不安からなのではないでしょうか)がゆえに直接的な他者を求めてネットにいらっしゃるのであって、私が過去書いてきたことはほとんど読まれていません。読んでほしいかといえば読んでほしいのですが、読まれなくてもいいし、であればそのように捨象して語るしかないということです。それと、言葉の端にだけつっかかるようにとらないでほしいのだけど、「私はただの若者です」というのは、実は私が青春時代にもっとも嫌悪した自己認識の型でした。たぶん、realisteさんはそういう感性がなく自身がお若くfinalventは老人、そしてそれはリアルの年齢をマップされているのでしょう(精神・感性においてfinalventのほうが若いかもしれないということは想像だにもされないでしょうね)が、私の世代、ちょうど団塊世代から共通一次世代の狭間にあった世代は、社会的自我を得たときに老いていたのです。このあたりの最初から老いていた感じは私の同年齢の人の特徴です。そしてそれに比して、私より年上の団塊の世代は若かったのです。彼らは自身を「若者」と称して、戦争の傷のある大人や老人に戦っていたのです。べたに丸山真男をひっぱたいていましたよ。というか、若者と称するがゆえの、そして自身を正義におくがゆえの戦いでした。私はそれに嫌悪しました。そのもっとも醜いものも見てきました。若者と自称するものがどれほどおぞましい存在かを知ってしまったがゆえに最初から老いるしかなかったし、なにものにも依拠できませんでした。自身を学歴だの共通一次試験だのによって評価することもできませんでした(しませんでしたし)。そういう感性からすれば、realisteさんのスタンスは団塊の世代にとてもよく似ていますいます。

finalventfinalvent 2008/04/16 17:50 antonianさん、ども。そういえばパスタ食い、豚食いも煮ているかも(冗談ですが)。

finalventfinalvent 2008/04/16 18:04 castleさん、ども。ごく単純に言えば、作為の契機、つまり、それを国家を創作する能力の主体とその機能、つまり、内部と外部があります。外部については、ごく単純に軍事力といっていいでしょう。軍事は外交の延長ですが、実際のところ軍事を抜いた外交が存在しないのは現在世界を見てもわかるはずです。が、日本人は歴史の契機からそこを抜いた。ではどのように存続するか。軍事より必死でなければ生きられないのになぜかのほほんと米国の下にある。冷戦構造が利していたし、その間の富を属国として米国に捧げていたけど、この属国の経済力は大きすぎました。というか、米国がアラブ諸国のような非民主主義国家を保持するように、日本もそれなりに保持させてきたし、これからは中国もそうさせるのでしょう。民主主義をちらつかせながら国家として疎外した外国には実際には米国は民主主義を求めていません。と、話がそれましたが、第三ラウンドはその部分に関わります。軍事的なグリップをどう持つか。核を保有するのかというのがまず浮かぶでしょうが、ぶっちゃけていえばすでに日本は核を持っています。世界的にはイスラエルと同じ存在です。同じ程度の対米ロビーを持ちうる可能性すらあったでしょう。ダメでしたし、すでに中国に抜かれていますが。そして現実的には北朝鮮のように核を露出することによって日本は三流国の外交をやらざるをえないくらいなら、現状のように実質核を保有しつつ非核三原則を進めていくほうが有効でしょう。かなりダーティな話ですが、国際間でサバイブすることと日本の理念の相剋では最適解かと思います。そのためにもまず経済力でしょうが。がというのは、ここで内部の作為の契機に移ると、日本市民が国家をグリップしなくてはならない。これは官僚によって日本の利点がブーストされない臨界にある条件が必要になりますが、仮にそうだとすれば、官僚をその機構に還元するように政治権力の主体を取り戻す必要があり、それは端的に政権交代でしょう。私が小沢に賭けているのはそれですし、あの阿呆としかいえない民主党にその未来を見るしかないだろうと妥協するのもそこです。もう日本市民も成長したのだから政治のグリップを得てもいいではないか、それには政権の自律性とその利権の構造をクリアにするための新しい力学が必要になります。具体的に政権交代でしょうし、そして交代させた政権に強い行政能力を委託するしかありません(官僚に立法案を作らせるのではなく)。ただ、以上述べながら、なんといっても日本は本当にサバイブできるのか? その瀬戸際で政権交代のような内部の、かなり痛みのある改革が実施できるのか、そこは率直にいうとかなりぶれるところです。

curefucurefu 2008/04/16 22:00 資質の無い教員が転職できる制度、無い事も無いんですよ。正確には配置換えで事務職に回されるんですけど。でも恐ろしいことに教師の専門性とはどういうものかというのは、学校現場の中では焦点化されないんですよ。何がどうできたら凄い先生で、何がどうできないのはアウトの先生という評価を立てない(精々が学級崩壊させるかどうかという、子どもが忍耐強ければどんな糞でも現場からは排除されないような基準だけ)ので、多くの教師が、自分が教職に向いているのか、自分は何ができていて何ができていないのか認識できないんです。だから勘違いを起こす。教科書丸読みしかできなくて、子ども達は教師を見捨てて無視しているだけなのに「生徒が授業中は静かにしているから、自分の指導は優れているんだ」なんて平気で思う。なので学校の構造をどうにかして、教師が自身をまっとうに評価できるようにしないと、別に制度だけ組んでもあまり意味は無いかもしれません。

realisterealiste 2008/04/17 02:48 最適解は私の人格です。馬鹿なことを言わないでください。私が言うとおりの確固とした社会を作らなければ、日本は今後、場当たり的に国際情勢には適応できても、長い目で見て全く自己が確立されず、不安定なままでしょう。政治はさっさと理念を確立してそれを一貫すればよいのです。一貫性を欠いてまで柔軟に対処していくのが賢いと思っているのは馬鹿な日本人だけですよ。

finalventfinalvent 2008/04/17 07:17 curefuさん、ども。情報ありがとう。ための反論ではないけど、本人自覚に任されるとやはり無理かな。制度の改善かなとは思いました、制度のための制度ではだめでしょうし、実際に強い制度化されると危険でしょうね。

finalventfinalvent 2008/04/17 08:21 haineko2003さん、ども。「こういう人」誰?

haineko2003haineko2003 2008/04/18 05:17 こんにちわ。

>haineko2003さん、ども。「こういう人」誰?

「こういう人」→ルーク・スカイウォーカー。

アナキンVS.ルークの戦いだ、と思ってワクワクしながら読んでました。

こんなコントができたので、よかったら見てください(こればっかしだ)。

http://haineko2003.blog.so-net.ne.jp/2008-04-18

2008-04-15

いいアイデアだと思うよ

 マジで⇒株式会社はてな最強化計画 - ココロ社 ♪ほのぼの四次元ブログ♪

 はてなダアリーとはてなブックマークを同一のレベルに近づけるという点で。ブ米をダイアリーと同一レベルにしたほうがいいと思うということで。(くどいけど、どんなブ米を書いてもいいと思うけど、それぞずらっと並べるのは感心しないよ。)

ちょっと悪趣味っぽいBBC

 ⇒BBC NEWS | Asia-Pacific | China 'gold medal' for executions

death at least 470 people last year, but may have killed up to 8,000, human rights group Amnesty International has said.

今日の大手紙社説

 しょこしょこコメント書いたけど特に話題はない。しいていうと高齢者医療がテーマではあるんだろうけど、これもけっこうどうしようもない問題。

日経社説 縮む流通業、活路はアジア

 大手流通業の拡大路線が転機を迎えた。イオンは今後3年間で傘下の総合スーパーの約4分の1にあたる100店を閉鎖または業態転換する。セブン&アイホールディングスも外食部門などで業績不振の店を順次、閉鎖していく。消費低迷の背景には少子高齢化など社会の構造変化がある。内需型産業の代表とみられてきた流通業は、中国など経済が成長し購買力が高まるアジアでの事業展開に活路を求めることになる。

 大筋ではそうかな。ちょっとディテールはありそう。たとえば、大型モールは地域コミュニティ化しているとか、流通ではなくライフスタイル化しているとか。

 5年前東京に戻ったときは戸配でない新聞は駅にいかないと買えなかったけど、今ではコンビニで買えるし。

毎日社説 社説:高齢者医療 混乱する新制度 政府・与党の責任は大きい - 毎日jp(毎日新聞)

 75歳以上を対象にした後期高齢者(長寿)医療制度が大混乱している。異常な事態が今、起きていると言っていい。新制度による年金からの保険料天引きが15日から始まるが、その前から「保険証が届かない」「ダイレクトメールと勘違いして捨ててしまった」「保険料の計算のミスがあった」「保険料負担が増えた」など、不満や批判が全国から噴出している。「75歳以上を切り捨てる“うば捨て山”の愚策だ」などの指摘もある。新制度への不信が広がれば、高齢者の新医療制度は危うくなる。

 これなんだが、毎日の言い分はそれとして、どうも老人たち文書を読むことに慣れていないっぽい。誰か信頼できる人がこんこんと対面で説明し、ようするにそれも聞いてなくて、その人を信頼できるかという構図になっているようだ。

朝日社説 ギョーザ事件―捜査を長期化させるな : asahi.com:朝日新聞社説

 これは中国側のシグナルかな。端的に言えば、これは中国側で毒を入れたと見るとがもっとも理性的な推定になるし、日本人はああそういうものだなということで定着する。

 さらに深刻なのは、時間がたてばたつほど相互不信が膨らんでしまうことだ。日本では、中国側への不満が沈殿する。中国の人々の間には、日本側の陰謀ではないかという疑心が残る。両国関係への悪影響は計り知れない。

 この問題は日本人の思考からすればそういうどっちもどっちの問題じゃないので、朝日の言い分は普通の日本人には通じない。そのあたり朝日がわからないとするとこれはちょっと経営の問題もあるかな。

 チベット問題でもそうだけど、日本を含め西側諸国さらにアジアでもそうだけど、あの暴動をチベットが悪いというふうな世論はあまりない。ところが中国国内はもう漢民族ナショナリズムみたいな象徴になっている。

 ひどい言い方をするとチベット問題も毒入り餃子も、中国が外の世界を見るならそういうやりかたではダメなんだけど。

 けどというのはあの文化と体制は自縄自縛なんだと思う。こういうとき、本当は日本が助けてあげなくていけない。という点で、この朝日の社説の心情はわかるんだけどね。なんというのか、日本の大衆も中国については親近感をもっている人ですら腫れ物を触るようになってしまったし、それを冗長する仕組みもできてしまった。

 まあ、万事休すといったところかな。

晴れ

 天気図見ると日本海側から高気圧。今日は少し暑くなりそうな。

 夢は覚えていない。昨日は遅く寝たが朝早く起きる。用事で町に出ると通学の子どもたち。そここに大人が立って誘導している。用事の関連で少しく走ることとなった。爽快。

realisterealiste 2008/04/15 09:58 日本の老人はいつまで国をこうしたあいまいな状態にしておくつもりですか。あいまいにしている趣旨および期間について、まわりくどい解説抜きに、要点のみを盛り込んだ形で、3行以内で述べてください。

hnamihnami 2008/04/15 10:49  連日の一日遅れコメントで失礼します。
>「低金利はバブルの原因か?」がそうすんなり読めるわけでもないらしい
 私の感覚からすると、「政府の経済への介入是か非か」というのが数百年続く水掛け論なものですから、ああ大筋は(また)この議論か、と読めるのです。「低金利はバブルの原因だという人もいるので何とかしろ」は介入肯定論の一論拠として挙げられていると。
 それはそれとして、お金を市場金利で貸してもらえる人ともらえない人がいる、という状況を経済学では「流動性制約がある」と表現しますが、流動性制約がある実際の世界では、名目高金利だとキャッシュを常に用意しなければならなくなって、ちょっとした資金繰りの失敗で投売りを余儀なくされたり、ひどいときには倒産したりします。Alan Bondが自己破産したのはオーストラリアの高金利のせいだ、というコメントを呼んだことがあります。低金利が安心して投機できる環境を提供している、というのはそういう意味かなと思いました。

himorogihimorogi 2008/04/15 12:10 >ロシア、新宇宙基地を札幌の西670キロのボストチヌイに建設へ
http://www.technobahn.com/news/2008/200804142254.html
>札幌市から真西に約670キロ

ナホトカ湾東部らしい。
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=42.777259,133.033447&spn=0.418314,0.933838&z=10

ということは、打ち上げたロケットはたいてい本州東部を目指すわけですね。
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=39.095963,133.637695&spn=14.138017,29.882813&z=5

>ボストチヌイは年間20回以上の打ち上げを行う世界でも最も忙しい宇宙基地となることとなる。

ロシアのロケットといえば有害なヒドラジンを燃料としていることで有名だけど、これの被害がまた馬鹿にできない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%B3

こんなもの頻繁に打ち上げられて、しかもそのうち何割かは確実に失敗するわけで、これはMDに対するロシアの牽制と嫌がらせかも。

つーか、ロシアにしろ中国にしろ北朝鮮にしろ韓国(韓国も日本襲撃コースのロケット基地建設中)にしろ、かなり傍若無人な困った国家ばかりが日本の隣国というのはほんとどうにかならんものか。

finalventfinalvent 2008/04/15 12:24 realisteさん、ども。他意なくごく単純に今朝の文脈でいうなら「日本の老人はいつまで国をこうしたあいまいな状態にしておくつもりですか」ではなく、「日本国はいつまで老人をこうしたあいまいな状態にしておくつもりですか」という疑問ではないですか。後者なら3行で答えられますよ、たぶん。(あとまいどながら私を老人に含めていますか? だとするとこの件については前提が成り立ちません。)

finalventfinalvent 2008/04/15 12:24 hnamiさん、ども。当の話題とはそれるのですが、ごく基本的なことが自分はわかってなかったと思うのですが、「流動性制約がある実際の世界では、名目高金利だとキャッシュを常に用意しなければならなくなって、ちょっとした資金繰りの失敗で投売りを余儀なくされたり、ひどいときには倒産したりします」というのは、日本の経済のある側面をとてもくっきりと描いているなと思いました。(そういうふうにして実際には国は民間を制御してきたのかな、と。)

finalventfinalvent 2008/04/15 12:26 himorogiさん、ども。「かなり傍若無人な困った国家ばかりが日本の隣国というのはほんとどうにかならんものか」だけど、沿海州の歴史のようにならなかっただけマシと思うとか。

realisterealiste 2008/04/15 12:28 毎度のことですが、あまり勝手な仮定や解釈や問題のたてかえをされると、曖昧模糊としてきて少しも有益な議論にならないことが分かっていますので、問われたとおりに解釈し(文脈など勘案せず、客観的な社会状況に即して合理的に解釈してくだされば結構です)、要点のみ盛り込んで書いてください。3行は少なすぎましたので、4〜5行に改題いたします。

finalventfinalvent 2008/04/15 12:36 realisteさん、ども。売り言葉に買い言葉ではないですが、「日本の老人はいつまで国をこうしたあいまいな状態にしておくつもりですか」ではなく、「日本国はいつまで老人をこうしたあいまいな状態にしておくつもりですか」という疑問ではないのですか。そこをお答えいただけないですか。というのは、文脈的には毎日新聞の社説ですよね。つまり、「75歳以上を対象にした後期高齢者(長寿)医療制度が大混乱している」ということ。これは国が老人に対する対応ですよね。老人がこのような施策をしたわけではなくて、国が行ったのですよ。話が逆に思えるのですよ。

realisterealiste 2008/04/15 12:39 記事には関係なく、一般的な話です。なぜ今の老人は、若者にこうしろと特に指示を出すこともなく放置しているのか、国政の方向についてあいまいにしているのか、ということです。このことにつき、4〜5行以内で述べてください。

finalventfinalvent 2008/04/15 12:49 realisteさん、ども。こういうと失礼かもしれませんが、「記事には関係なく、一般的な話です」と伺って、なーんだそうことかと得心しました。文脈フリーでいつも議論の蒸し返しですね。これはもうrealiseteさんが答えを出されていて、あとはそれを私が自白調書のように書けというだけのことでしょ。だから、その話はもう終わってますよ。私は自分が本心から思っていない自白なんかしたくないですよ。
 といっても繰り返しかな。realiseteさんが求める自白は以下のようなものでしょ。

・老人が若者を愚かにしておくことで自分たちの特権を維持しやすい
・老人たちが明示的に指示を出しても表面的な反発を買うだけなので表面的に放置する
・老人たちは、しかしその反面、ネットを使い巧妙に若者を誘導している
・老人たちは国政の方向をあいまいにすることでフリーハンドが得られる

(そんなことが可能ならするっと消費税は10%になっていますよ。そうならない現実を直視したほうがいいですよ。)

realisterealiste 2008/04/15 12:57 10点満点で採点いたしました。前半部分の妄想には加点しませんで、後半の4つにつき、それぞれ2点ずつ加点しましたが、文章になっていないのと、余計なことが書かれすぎている点を考慮して-3点とし、5点と評価します。10点の答案を期待します。

finalventfinalvent 2008/04/15 13:13 realistesさん、ども。5点もいただけたら上出来です。率直にいえば5点でよかったと思っています。うまく通じないけど、realisteさんにとっても。
 冗談はさておき。政治というのはダイナミズムです。つまり対立の構造です。「老人たち」という単一の設定をしていると政治というものは見ませんよ、本質的に。

realisterealiste 2008/04/15 13:13 要点を押さえ、具体性をもたせて、文章としてまとめてくだされば10点となります。

himorogihimorogi 2008/04/15 13:16 >沿海州の歴史のようにならなかった

いや、それは単に陸続きか、日本海越えないとやってこれないかの違いでしかないような。
今日そういう物理的な障壁がだんだん重要な意味を持たなくなってきた状況のひとつですね>環黄海、環日本海国家の飛翔体発射基地問題

果たして日本人はそれに気がついているのかどうか。

realisterealiste 2008/04/15 13:18 では質問です。
今の日本が政治的経済的に混迷しているのは、主としてどの年代の責任だと考えますか。もっとも責任が重いと思われる世代(10歳幅で)をあげた上で、その理由を具体的に述べてください。(配点 20)

finalventfinalvent 2008/04/15 13:32 realisteさん、ども。「政治的経済的に混迷しているのは、主としてどの年代の責任だと考えますか。もっとも責任が重いと思われる世代(10歳幅で)をあげた上で、その理由を具体的に述べてください。」 それは簡単です。広義の団塊の世代です。1947-1952年の5年を中心に1945-1955年の10年と見ていいでしょう。理由は、この世代が多数であるというだけで政治的な力を持ちうること(しかも基本的に世代的な利害の差が少ない、というのは社会構造から利害を比較的均質に受け取りやすい)、実際に社会の中枢の各ポジションに配分されていること、戦後教育の混乱で伝統的な価値観が欠落していること、青年期において十分な教育を受けていないこと(まだ大学生が少ないうえに、大学生は大学時代にあまり勉強していない)こと、世代的な連携が強く自己の価値観の世代性を理解していない無知の強さ(「団塊とひとくくりにするな」とかいうけどそのバリエーションは他の世代には通じない)、戦後は終わったの時代以降の欺瞞的な体制のなかで安閑とした人生を送ってきたので政治における作為の契機をえないこと(なのに体制に反対しているというポーズだけ取っている)、そんなところでしょうか。
 ちなみに、その前の1935-1945の世代は、実際には戦争体験がなく戦後のつらさを戦後神話に結びつけることで政治と国家のリアリティを喪失しています。そして、この喪失が団塊世代の先駆的な精神モデルになります。青島幸男、野坂昭如、大橋巨泉、永六輔、井上ひさし、この手あいが団塊モデルになっていったわけで、実は彼らはそれ以前の歴史にあった、左翼革命の蹉跌の欺瞞から大衆化のなかで実質的には大衆蔑視のメディア化の総合で生まれてきたものです(なぜ蔑視といえるかといえば彼らの政治発言はすべて薄ら左翼の啓蒙でしかない)。

antonianantonian 2008/04/15 14:16 そういえば先日消費税が10%越えてしまっている夢を見た。嫌な夢でした。
ベルルスコーニが戻ってくるという悪夢は現実ですか。いやはや。中国人は胎児を食うなどといった暴言を吐いたあの人が戻ってくるという絶妙なタイミングがこれまた。ネタ的というか。いやはや。イタリア情勢にとんと疎くなってしまったのでイタリアにナニが起きてるのかなと思います。

hnamihnami 2008/04/15 14:42  いつごろのことを念頭においておられるかで話は変わってきますが…私も専門ってわけでもないので外しているかも。
 もともと明治日本のまっとうな会社は、長期資金は株式、短期資金は銀行で調達していました。だから「財閥」が持株会社を中心として屹立したわけです。ところが世界大恐慌以降、政府が救済資金を金融機関を通じて融資するようになり、さらに軍需産業への融資もこの形をとったので、間接金融が長期資金の中心になりました。
 戦後、日本の金融市場は海外と切り離され、人為的な低金利下に置かれました。家計を犠牲にして企業を助ける政策です。この結果「お金を貸してあげること」が利権化し、都市銀行を頂点とする金融機関が今から思えばぼろい商売となりました。だからライオンズ石油は大蔵省を怒らせた後、資金繰りに詰まって立ち往生したのです。
 いっぽう、シャウプ税制で相続税が高くなり、土地が実質的に相続税制で優遇されたことと、急速な都市化があいまって、地価も上がり続けました。したがって真面目に業績審査をするより不動産担保を取ったほうが簡単でした。だから中小企業は安心して、法人税を節約する決算政策を取ることができました。
 1980年代以降、金融自由化で日本の金融市場を切り離しておけなくなり、優良企業が海外で社債を発行するようになりました。それを追うようにバブルが崩壊しました。今から思えば海外資金が日本の株式市場に入ってきて、一斉に逃げたのかもしれませんね。
 地価が暴落したため、中小企業を巡る金融システムが崩壊しました。長年の赤字決算を見せられては業績で金は貸しづらいですからね。
 1980年代以降については、政府が資金繰りで民間を縛っている、というのは現実ではないと思います。むしろコントロールしようとすると新銀行東京みたいになると。信用協会もどうなっているんでしょうか。調べるのが怖いです。

himorogihimorogi 2008/04/15 15:00 >中国人は胎児を食うなどといった暴言
しかし、まるっきり嘘でもないというのが。

nomurayamansukenomurayamansuke 2008/04/15 16:34 保証協会は平成11年から12年の安定化特別保証で保険原資がヤバいと言われて、矢継早に改革を打ち出したはず。民間サービサーの導入とか、信用保険法の整備とか、部分保証の導入とか、保証料率の引き上げとか、事故率の低い金融機関の案件への優遇料率とか。新銀行と比較したら可哀想です。新銀行は政治家に食い物にされただけで、今、石原の頭の中にあるのはオリンピックバブル一発逆転じゃないですか。

antonianantonian 2008/04/15 18:15 himorobi様>
それはこっそり言うというのが大人のお約束というか・・・笑)

rice_showerrice_shower 2008/04/15 18:59 Forza!
このオッサンの時だけ、イタリア首相の名前を言える日本人が増える。(欧州蹴球ファン指定)

kazgeokazgeo 2008/04/15 19:26 > どうも老人たち文書を読むことに慣れていないっぽい。

読んで思わず吹き出しちゃいましたが,この老人たちも来年5月から「裁判員」とやらになる,と。すごいことだなー。

finalventfinalvent 2008/04/15 19:30 antonianさん、ども。イタリアある意味でこれっきゃないんでしょうね。もうしっちゃかめっちゃかという感じですよ。

finalventfinalvent 2008/04/15 19:35 hnamiさん、ども。私はうかがった話はウォルフレンの文脈でフォローしたものでした。彼の考えをすべて支持するものではありませんが、80年代半ばまでは今とは違った日本がありましたね。そういえば、佐藤太治ってどうしたのでしょう。再起もかないませんでしたねというか犯罪者になってしまった。なんかすごく昔のことのようにも思えますが。

finalventfinalvent 2008/04/15 19:37 nomurayamansukeさん、ども。新銀行については先日クロ現で見た感じでは裁判の第二幕がありそうな雰囲気でした。現実的には未来展望はない感じはしますが(こう言ってはいけないかもですが、石原さんが口を重くするという点で東京オリンピック構想もよかったのかも)。

finalventfinalvent 2008/04/15 19:38 rice_showerさん、ども。そのノリでいくしかないかも(違うけど)。

finalventfinalvent 2008/04/15 19:39 kazgeoさん、ども。否定ということじゃないけど、いや現実のご老人の生態を巷でみるとけっこうすごいもんですよ。これじゃいいカモ扱いされるよなというか。

nomurayamansukenomurayamansuke 2008/04/15 20:17 一つ付け足しです。保証協会を通じての産業のコントロールという考え方に自分は与しません。国の関心は中小企業に関しては雇用のバッファとして、ミニマムの維持に努めることにしかありません(エッジがライブドアになれば別なんでしょうけど)。就業人口の八割近くは中小だったはず。だから竹中も手厚いセーフティネットを用意して中小を温存したんですよ。保証協会がらみの陰謀論には、正直あまりリアリティを感じません。

2008-04-14

レトリカルなガベージコレクションかなこれ

 ⇒フローリングワイパーの性能が悪い - ノッフ!

 ボケ蛙的に。

 id:finalventは中学の三年間、陸上クラブ活動を頑張って続けたし、文化祭の成功も君が放課後遅くまで残って、みんなで屋上で夕焼けを見たとき、銀色に光る物があって、あれUFOじゃん、ってみんなでさわいで感激した。

行き先のないレス

 メモ書きが残っていた。なんとなく。

甘えた言い方になってしまうのだけど、私たちはどう見てもいい大人なんですよね。そしてその大人枠でそれなりの役をこなしたり、あるいは若い人の各層からそれなりに役のようなものを受け入れる、ネットですら、そして私は爺とか。しかし、そうではないんですよね。自分も若いんだとか言うのじゃなくて、もっとそれなりに若い時と同じように世間や人にむかってヒリヒリと生きている。そういう部分が役みたいなもので相殺されてしまう。しかも、団塊世代のように、率直にいえば視野狭窄的に自己肯定もできないし。そのもどかしさみたいなものはありますよ。静かなダイアリではないけど、私たちの年になればそれなりに社会を見るけどそれでも、自分を見つめて考えなおすし、そういう部分で社会に妥協しない希望みたいなものも見るし。ちょっとうまく言えてないですが、そういう思いにどんと背中を押されることはありますね。

逆ギレだったかな

 ⇒宗男日記から - 鈴木宗男ランド ブログ by宗援会

 11日政府与党は道路特定財源制度を廃止し、2009年度から一般財源化することを決定する。 私はいつも民主主義は手続きと中身が大事であると言っているが、これだけ大きな決定を自民党は党内議論が十分したであろうか。政調会そして総務会決定をするのがこれまでのやり方でなかっただろうか。

 政府も閣議決定はどうしたのだろうか。なんとも急場しのぎの手法ではないか。これまでもふれてきたが、道路財源は目的税である。その目的税を廃止するというのならいったん国民にもどし廃止することが当然の手続きでないか。あっさりと一般財源化を認めるという判断はどう考えても拙速であり、税の基本からいっても正しいことではない。

 そういえばサンデー毎日高橋洋一のインタビューを読んだ。福田も追い詰められて捨て身に出たという話だった。そうだっかもしれない。逆ギレだったか。高橋はこれで民主党の手は詰まるようにも書いていたがどうだろうか。

新聞休刊日

 4月も半ばか。

小雨

 昨晩は寝付かれないのかと思ったが音楽を聴くこともなく寝てしまった。そして早朝に起きるわけでもなし。夢は覚えていない。雨模様は今週中続くらしい。天気図を見ると次々と低気圧がやってくる。

finalventfinalvent 2008/04/14 09:03 godmotherさん、ども。「大人」ってそれなりにね。

realisterealiste 2008/04/14 10:43 finalventさん、ども。我々は「大人」ということだけど理想化された大人ではないんだよね。汚れた大人。現実の政治状況の中でロールプレイする大人。社会に与えられた一種の法人格を纏っているというか、要するに嘘で出来ている。生活の中で、一定範囲で、大人としての役を演じる時間というのがある。そういうときは、その法人格に頭を切り替えて、とにかく演じ切る。その時間が終わったら素に戻るだけですが、法人格の方で一種の善人になるよう強制されているので、元に戻ると灰色な感じになる。素としてはいくらでも黒くなれるんだけど、大人を演じる時間が来るのでそのたび漂白される。その繰り返しですね。だから黒くはなれない。常に灰色に保たれる。あああああ、ですよ。無間地獄。

realisterealiste 2008/04/14 11:04 追記

それなので、俺は大人だ、と子どもに威張れるかと言うと相当怪しい。いやそもそも全然威張れない。子どもも大人もただの法人格になっちゃったわけですよ。ロールプレイングゲームのロールになってしまった。そして、社会によって、それぞれのキャラに一種の役割や法外観を担わされている。それによって間接的にコントロールを施されている(それも完璧ではないなんだけど、ま)。確かに大人は子どもより知識や知恵があるけど、利益主義社会ではそのことさえ相対化されてしまった。つまりは無知な子どもと知恵のある大人との間の相補関係が結局問題となる。無知な子どもをうまく操れない知恵は無駄となる。すると、これはもう、黙るしかないですね。何もかもが操作される概念でしかなくなってます。資本主義の中での要素にすぎなくなった。かつての大人が持っていたようなものはもうありません。今の若者、特にゆとり世代でそういう役割思考が加速されているのではないかと。やはりナッシングになってきているのではないでしょうか。

hnamihnami 2008/04/14 13:01  昨日の「低金利はバブルの原因か?」ですが、編集委員はそれなりのお年の方でしょうから、1980年代あたりの議論を蒸し返しているんだと思います。

 昔のケインジアンは、経済はおおむね政策で微調整できるものだと考えていました。ミルトン・フリードマンやハイエクはそうじゃないが、短期的には影響が出るだろうと考えていました。

 1970年代からスタグフレーションのもとで短期的にも不況とインフレが止まらない時期があり、ルーカスなどの合理的期待形成学派が「政府の行動は市場が読んでしまうから、短期的効果すら出ないのだ」と主張しました。以来、不況を財政出動で支えるような政策は(政治的に正しくても)経済学的にはよろしくない、という考えが主流になりました。

 しかしヘッジファンドの台頭以降、ソロスのようにファンドの中の人も、スティグリッツのような主流の経済学者も、まったく規制ナシなのはやはりまずい、といい始めました。つまり零細多数でなくなった市場参加者構成に対して、何かする余地があるんではないかと。その流れを受けて、資本市場規制を中心に経済に積極介入することを考えてはどうか、というのが編集委員さんの言っていることで、たぶんその頭には1960年代までのケインジアン的感覚と、現代の介入積極論がちゃんぽんになっているのだと思います。

antonianantonian 2008/04/14 13:59 絵を描いていると自分の中に構築されていく「自分的役割」の破壊をしていかなければならない時が来たりします。しかし同時に「自分的役割」を構築していかねばならない時もあり・・その繰り返しですが、根底にあるのは、10代となんら変わらない感性の自分だったりもしますね。

finalventfinalvent 2008/04/14 17:39 realisteさん、ども。大人であるということは誰でも自然にそうなっている部分と大人を演じている部分とあります。それをどう自覚するかという問題もあるでしょう。演じるという点では多分に自分は若い日の感性を裏切っているというのはつきまといます。若い人から嫌悪されている部分についてはその内部で自己批判的に反照されている部分があります。ではなぜダースベーダになってしまったか。自己を正当化するための「愛」でしょう。率直にいえば自己愛を他者に反映する仕込みに年月をかけ、そのネットワークのなかで擬似的な他者への愛に見せかけたわけです。それが大がかりな人もいるし小さい人もいる。でも、いずれ大人としてサバイブしていることは同じ回路にあります。そして今となってはそれを失うための自死の自由は少なくなりつつあります。

finalventfinalvent 2008/04/14 17:42 hnamiさん、ども。hnamiさんのようにご専門の方から「低金利はバブルの原因か?」がそうすんなり読めるわけでもないらしいことはちょっとほっとした感じはあります。ご指摘のように確かに低金利はケインジアン的な発想だというのはわかりますし、なるほどご年配の方ならそういう経済学もあるかもしれません。それでもバブルまでというのはちょっとどうなんだろうとは思いました。

finalventfinalvent 2008/04/14 17:43 antonianさん、ども。ある程度年を取って、自分の創造性(私にはそれはほとんどないのですが)コアのようなものに10代と変わらないものがあるというのはわかる気がしますね。まさ、そういう人生になるとは若いころは思ってないものだったのですが。

hatediaryhatediary 2008/04/15 00:07 またまた、脇から失礼します。
realisteさん、なんだかfinalventさんの口調移ってきてないです?
ここだけかもしれないけど、なんかそんな印象。
ちょこまか群がってウザいとお思いかもしれませんが、
「二人でキャッキャウフフしてもう、キーッ!」
ってなってるってことで、ひとつ。

realisterealiste 2008/04/15 01:10 上にコメントを書きましたが、思考がつたないと思ったので消しました。熟してからもう一度書き直そうと思います。


hatediaryさん、ども。口調がうつってきたというより、少し真似てみただけです。finalventさんは好きです。

saihousaihou 2008/04/15 02:34 先日、或るクリスチャンから「あなたはクリスチャンである」という認定を受けました。
私自身が「私はイエス・キリストを信じています」という意味のことを言ったからなのですが、これは嘘ではないけれど、「本当か?」と自分に問えば本当でもない。私にしてみれば「私は過去の個人的な経験のうちイエス・キリストに支えられたことがあり、その経験は今の私が私であるところの重要な部分を占めているようだ」と伝えたかったのですが、それは結果的に相手には「私はイエス・キリストを信じています」という風にしか伝わらないもどかしさがいまだにあるというか。
例えば「あなたはHeavenを信じますか?」と問われた場合、私には「わからない」としか答えられない。あればいいなと思うし、自分がそこに行ければいいなとは思う。そしてそういう思いは周囲のクリスチャン(アメリカ人のプロテスタント系クリスチャン)とそれほど変わりはないような気はするけれど、でも彼らほど強固に信じているようには見えない。
ただ、これまで自我というかエゴというか自己愛というかそういうものに振り回されて生きてきた感覚が強く、「多分これからもそうなんだろう。人生ってそういうものかも。それはそれで必要なことだし面白くもあるけど、まあしんどいっちゃしんどいよね」という思っているので、願わくば死後の自分の存在はそういうものをそぎ落としたものであって欲しい(ということはそれはもはや「自分」ではないわけですが)。だからHeavenがそういうところなら(キリスト教的に言うとheavenly bodyであるところのholy spiritがそういう存在なら)信じてもいいなあ、という気持ちはあります。
周囲のクリスチャンに彼らがholy spiritをどういうものだと捉えているのか聞いてみたいのですが、パンドラの箱を開けるようで怖ろしくもあり躊躇しています。

話題と直接関係ないコメントですみません。

antonianantonian 2008/04/15 03:51 saihou様>
横入り失礼します。信じるということについてはfinalventさんのコメントを読みたいので、一部分だけ。
holy spiritはheavenly bodyではないのです。聖霊と訳されるそれは、神と認識するのがキリスト教です。「聖霊」「三位一体」という単語をぐぐるといいかもです。天の国での身体というのは、まぁ霊的に聖化されるとかそういうことなんだとは思いますが、聖人化するとか、そういう方向かな?あの世のことはわたくしも判らんです。ま、死に様だけはなるべくよくしときたいなと。

saihousaihou 2008/04/15 09:01 >holy spiritはheavenly bodyではないのです
私もバイブルスタディで説明を受けた時に「あれ?」と思ったのですが、やはり正確にはantonianさんのおっしゃる通りなんでしょうね。(すっきりしました。ありがとうございました。)
おそらく講師も「天の国での身体というのは、まぁ霊的に聖化されるとかそういうこと」という意味で便宜的にholy spiritという表現を使ったのだと思います。
(そういう点であまり厳密な人ではないので講義を受けるこちらも彼女の言葉にそれなりに膨らみを持たせて受け取るようにはしていますが。でもそれがきっかけで「ひょっとしたら結局、霊的に聖化されるってそういうことなのかもしれないな」と思ったりして、上のコメントのようなことを考えるに至ったわけです。自分としてはそれ−自分が自分でなくなること−を望んでいると同時に、何だかとても怖ろしいことだし、普段接している人−アメリカ人。主にクリスチャン−がとてもそういう風に捉えているようには見えず、「え、他の人はどう捉えているんだろう?」ということに興味を持ちつつも聞くに聞けない、というのが現状です。)
ちなみにそれ以前に−確か別の受講者から「三位一体ってどういうことなのか実感としてよくわからない」という質問が出たときでした(米国でクリスチャンとして生まれ育った人にもそういう人は多いようです)−「人間においても『父と子と聖霊』に対応する関係があるのですよ」と説明した時には「soulとbodyとspirit」という風に単にspiritと言っていました。
で、ついでといっては大変失礼なのですが、うかがいたいことがあるのです。
その説明の時に彼女が、
「動物にはbodyとspiritはあるけれどsoulがない。神の存在を認識するのはsoulの部分でそれは人間にしかない」
と言ったのをメモしてあるのですが、家で夫(本人は自分を仏教徒と認識している)とそのことについて(上のコメントで私が書いたことも含めて)話した際、
「むしろ神を認識するのはspiritのような気がするなあ」
ということになり、ああでもないこうでもないと話した挙げ句、マーク・ピーターセン著『続 日本人の英語』(著者は米国出身)を引っ張り出してきてspiritual tramp(<J.D.サリンジャー”A Perfect Day for Bananafish”)について述べてある箇所を確認してみてもむしろ夫の意見の方が近いような説明がしてあるし、だんだんと私も夫が言う通りなんじゃないかという気がしてきました。結局、講師が言い間違えたか私の聞き間違えたか書き留める時に私が間違えたんじゃないかという気がしているんですが、実際のところどういう解釈が一般的なのかご存知であれば教えていただけると幸いです。

finalventさん、長々と失礼しました。

finalventfinalvent 2008/04/15 09:10 saihouさん、antonianさん、ども。ちょっと以下くどいし、また間違っているかもしれないけど、気楽な感じで書いてみます。
 まず、基本的にクリスチャンというのは教会の所属の問題とその教会を社会がどう認めるかという問題で、一義には信仰の問題ではないんじゃないかというのが私の結局至った結論です。当然その意味で所属のない私はクリスチャンではありません。
 ただ、それですべて割り切れるわけではなくて、キリスト教の信仰というのは教会(これは神学的な意味での教会)というものの、つまり「キリストの体」というものを形成していくものなので、一人の信仰というのは逆説があります。
 とはいえ、そういうものがまったくないかというとのも難しい問題ですし(隠者とか)、それなりに自分は神学的に問い詰めてきました。信仰の内面的な表現でいえば、信仰というのは、西洋型のキリスト教がえてしてそうなんだけど、自発の信仰のように見えるけど、そうではなくて、神が人を捕まえるということです。あるいは人が神に騙されるということです。こういう言い方は不信心に聞こえてしまうと思うのですが、聖書はそういうことをきちんと語ってはいるのです。が、こういう言い方は信仰者の躓きになりそうであまりいうべきではないでしょうね。私としては、人生の終わりに、ああ自分が神にとらえれた人だったということであればそれはそれで終わりでいいかなと思っています。実感としては年をとるにつれ、率直にいえば神の恵みというもの、アメージングなグレースというものをそれなりに受け取ったのでありがとうございますという感じがあります。
 キリスト教の信仰というのは難しいといえば難しいのですが、簡単といえば簡単で、イエスが復活したことを信じるかに尽きているわけです。そして復活されたイエスが奴隷である私の主人であるという(なんだかお変態みたいですがこのあたりは古代ローマや中近東的感覚です)ことが信仰、というかこの世のありかたになります。
 で、そういうの(死者が復活すること)は、普通の現代人では信じることはできないのではないでしょうか。というかそれを私は率直に認めたうえで信仰を問うてもいいと思うし、そこで無理せんわいという点でエヴァンジェリックスの人とは違ったことになってしまいます。リベラルな信者は理性のはざまで復活を比喩として理解する人が多いようですが。
 これは別の言い方をすると「トーマスの不信」という話に関連します。使徒トマスは復活のイエスに立ち会わなかったので信じなかったので復活のイエスにあってその聖痕に触れたら信じるという条件を出した。どうなったか。復活のイエスはトマスに現れてそれに触れさせたのです。私はこれは高度な信仰の比喩としていいと思っています。信仰というのはまだ現れぬものを信じることとしてまるで便秘に苦しむように努力する人がいますしそれはそれで信仰なのかもしれませんが、自分が信じられない、信じる条件を見つめて生きていって、もしかするとイエスがひょっこり現れるかもしれません。信じるか信じないかはイエスにませておいていいのでは、と。そういう不信は信仰の大きな意味で内側にあると思っています。
 不思議なことにいちどイエスに捉えられた人生では、生きるにつれきちんとイエスの意味は深まってきて、しだいにこの人が人となった神でありこの人の死が死で終わるとはむしろ信じられない。疑いきれないというリアリティのようなものは形成されてくるだろうと思います。この世にあって、結局人は神を選ぶ、と。カネを神とするか(世の利得)、死を神とするか(権力への最終的抵抗)、イエスを神とするか(心豊かに生きること)、そのくらいしかないな。ラストチョイスもええんでないかというな。
 自分にもっと率直にいえば、イエスという特定の人格はもうすこし曖昧に見てもいいかなとは思いますがこのあたりはキリスト教信仰の臨界点みたいなものでしょう。
 あと用語的な話。Heavenはたぶん(ダジャレみたい)単数形ならGodと同義だと思います。いわゆる天、天界はHeavensで、この感覚が現代人はもちづらいんじゃないでしょうか。もちろん、Heaven単数形で天国という意味もありますし、この天国というのはどうも西洋的な感覚では「義」の意味合いがあります(それでもってこの世で戦争すんじゃないよとか思うけど)。
 Heavenly bodyは、普通の英語の意味では、「天体」というだけです。このあたり、bodyという言葉が実は日本人にはわかりづらいものですが、ガンダムスーツみたいなものです(システムを内蔵しているが意志はない)。天界のガンダムスーツのなかにHeaven=Godがいるみたいな。
 Holy Bodyはまたちょっと違った意味があるのですが、これはここで混ぜるとめんどくさいのでなんか別のおりにでも。
 Holy Spiritは聖霊です。で、これはカトリックもプロテスタントも、antonianさんがおっしゃられるように「神」です。三位一体ということで、父も子も聖霊も神なんです。このあたりは西洋人もよくわからない人が多いので、父たる神と子たる神イエスは別だろとか考えがちでうんざり分派ができています。この問題は本質(ウーシア)という大きな問題もあります。それとフィリオクェ問題というのがあります。ただ、率直にいえば、こういう問題は平信徒が悩む問題ではないし、そこで信仰に躓きを持つべきではない問題だとも言えます。とか、私はめいっぱい躓いてきましたが。
 Holy Spiritは、英語では、古い英語になりますが、Holy Ghostともいます。聖なるゴースト、聖なる幽霊ですね。ただ、このゴーストの概念は、昔の受像性能の悪いテレビで映像がずれるあのゴーストに近い感覚が原義にあります。これはちょっと異端的な言い方になるのですが、その意味で、聖霊というのは古英語的な世界では、ああいうふうに見えるものだったのでしょう。
 (ちょっと余談ですが、Holy CommunionのCommunionというのは交わりであるけど、「食う」感覚があり聖体を食っているのでしょうね。)
 長いわりに大ボケこいているかもしれませんが。

antonianantonian 2008/04/15 13:58 saihou様>finalvent様>
いや、しばらくこういう話から離れていたので、すごくいい話を読ませていただいております。

聖なる身体、聖化された身体というのは、まぁ霊的にも身体的にも清められた完全な存在となるということなんだとは思います。天の国というのは完全世界だとキリスト教では(あるいは一神教の宗教においても)理解されてると思います。仏教的にいえばカルマから解脱した存在となるみたいなそんなシロモノかもしれません。
三位一体はfinalventさんが書かれたように、クリスチャンでも知らないというか誤解してる人は多いぐらいまぁ難解なシロモノです。わたくしも未だ理解出来ていないことなのですが、三位一体とは世界の理でもあり、万物にその痕跡を見いだせるものでもあり、そして神秘という不可知な存在を知る手がかりでもあります。その世界はあたかもゴシックの大伽藍のように複雑で目まいすら覚えるようなものでもあり仏教の曼荼羅絵図のごときモノでもあります。
キリスト教の個性は「人間」というツールを通して世界を見るところかもしれません。それがイエス・キリストであり、イエスの物語であるとは思います。尚、わたくしはキリスト教というのは「関係性」の宗教であると思っています。ゆえに共同体(教会)という問題が問われてくるのはfinalventさんがご指摘の通りです。

「動物にはbodyとspiritはあるけれどsoulがない。神の存在を認識するのはsoulの部分でそれは人間にしかない」
というのは西洋的な感覚ではありますね。霊と魂という区分わけをはっきり持つのは。ただ例えばローマカトリックの聖人聖フランシスコは被造物はすべて神を賛美するといっています。もとよりこの世のものは神がよきものとして作られた存在ゆえにあらゆる森羅万象は本性的に神とよい関係にあると認識していましたが、動物が悪いことをするとやはりその罪を咎めていたようなのでこの中世の聖者の意識の中では動物と人間の区分が意外となかったかもしれません。故に今は動物達の守護聖人になってます。

・・うーん、なんだかfinalventoさんが書かれたことをなぞってるだけみたいになったかも。。。。

saihousaihou 2008/04/15 23:03 finalventoさん、antonianさん、
(昨日の日記なので読まれているかどうかわかりませんが)
どうもありがとうございました。
私の知識といえば、平信徒の人たちがそれぞれある事柄について自分なりにどうとらえていてそれは(平信徒の)一般的な感覚とどの程度距離があるのか、ということを折りに触れて拾い集めているくらいのもので、専門的な(というか神学的な?)知識がほとんどないので、お2人にいただいたコメントで正直理解しきれていないところは多いのですが、いくつかの部分が明確になったので今後の足がかりにしたいと思います。(理解しきれていない部分も今すぐにはわからなくても今後雨がしみこむようにわかる時がくるのかもしれません。)ありがとうございました。
共同体(教会)、関係性のお話が出ましたのでもう少しついでに。
私が自分自身に「お前はクリスチャンか」と問うてみてyesと言えない最大の理由がそれです。
私もどこの教会にも属しておらず、またそうする気も(今のところ)ないのですが、それでも共同体との何らかの関わりをもてるのは今私が米国に住んでいるからだと思います。もちろん、自分の中にある「それは義務を怠っていることになるのではないか」という感じは拭えません。他の人たち(教会のメンバー)の寛容(またはお情け)で関わりをもつことができているともいえます。それでも今のような(私にはちょうどいい距離で)関わりをもてているのは、キリスト教(特にプロテスタント)が多数派の宗教である米国ならではのことだと認識しています。
やがて日本に帰国した時、どういう関わりを保っていくべきなのか(保っていけるのか?)が今後の(そしてその意味において現在の)私の課題となっています。

antonianantonian 2008/04/15 23:58 すいません場をお借りしてるみたいにコメントやり取りします>finalvent様

saihou様>
わたくしは信仰というのはわりと受け身に考えるので、その時が来たら自ずとそうなるし、そうでなかったらまぁそういうもんだったなというか、教会と関わっていくようなことってそういうシロモノだと思ってます。だから今の距離感が今のところそれで心地よいと思えばそのままでいいと思うし、しかしそれってばどこかで潔くない気がして居心地悪いと思う比重が大きくなれば、洗礼なり受けて関わればいいし、日本に戻ってきて、キリスト教関係と疎遠になるならそれ自体はそれまでのものだっただろうし、しかしなんらの関わりをもちたいと願うならば教会に足を運べばよいと。
とにかく己の直感に聞くのがいいと思います。直感というのは神の啓示であり、声を聞くということです。そして呼ばれる時は呼ばれるもんです。まぁギョーカイ関係でない立場からは電波っぽいはなしですが、そういうシロモノなんで。耳を澄ませていなさいとか聖書に書いてあったりするわけです。
んで、クリスチャンといえるのかどうかってのは私自身怪しいなぁと自分でも未だ思ってます。洗礼は受けてますが、まぁ普段はほとんど忘れてるし・・・。

antonianantonian 2008/04/16 00:06 補足ですが、教会共同体と関わらないからといって神との関係性が無くなるもんでもないとは思います。そういうのはその人本人と神様との関係なんで、他者がどうこういえるもんではないなぁというか。

えーと、ここで続けるのは申し訳ないんで、また、なにか判らないこと、聞きたいことなどございまして、なおかつ不良信者なわたくしに聞きたいことなどございますれば、わたくしのブログにもお気軽にお越しくださいです。因みにローマ・カトリックですが、プロテスタントとたいして変わりないところと、違うトコがあるかも。

summercontrailsummercontrail 2008/04/16 22:41  saihouさん、こんにちは。
 タイミングが遅くなってしまったのでここをもうお読みにならないかもしれませんが、antonianさんと同じくクリスチャン(プロテスタントの平信徒)の私としては、ネットを通じたゆるやかなつながり、遠いひそかな祈りの輪をエクレシア(≒教会共同体)としてとらえることにも寛容であっていいかなと思っています。インターネットというメディアが登場した今日ではそういう可能性も開かれているのではないかなと。そういう意味では、心配ご無用です。無教会(派)の高橋照男さんという方が、よくそういうことをブログで書かれています。
 私自身の信仰についてはhttp://d.hatena.ne.jp/summercontrail/20070414/newsweekChristにつたなく書きました。
 finalventさん、どもお邪魔しました ≡3

2008-04-13

盛り上がっているっぽいけど私が関心ない増田の2例

 ⇒ただ、流されるままに生きているひと

 ⇒古文教育は果たして必要だろうか

 関心ないなあ。

うーむちょっと違うんでね

 ⇒404 Blog Not Found:タイプ・クラス・プロトタイプ - OOの語彙

 なんとなく読んでてうーむちょっと違うんでねかとちょっと思った程度のメモ。

Class(クラス)はオブジェクトの設計図

 クラスもオブジェクトなんですよね。

Prototype(プロトタイプ)はオブジェクトの母

 じゃなくて、ただのオブジェクト(インスタンス)なんですよね。

 あと、タイプこそクラスだよ〜んと言っていい気もするんだけど(違うだろうけど)。

お見事増田

 かな。ま、複雑なんだけど。

 ⇒ダライ・ラマ14世と一緒に

カルマパ17世が外遊してるはずなんだが、ほとんど報道されないね。

ダライ・ラマ死後はカルマパが亡命政府を率いることになると言われているのだが。

 ⇒カルマパ17世 - Wikipedia

 ⇒2000年 カルマパ17世亡命 関連ニュース

 ⇒カルマパ17世 チベットから逃走

歴史学とか

 歴史修正主義とかの議論は率直に言って関心ない。よくわかんないのだけど、私を歴史修正主義者だと思って攻撃する人がいるみたいだけど、南京虐殺がなかったとかアウシュビッツはなかったとか思ってもいないしよって言うこともないしそもそもこの手の話題に人権問題以上に関心ない。

 ただ、歴史の新説というのはえてして旧説の批判からできているので、旧説を元にしたイデオロギー的な主張に利さないことはある。ただ、その場合でも、単純に歴史学の枠組みで見ればいいだけのこと。つまり、歴史修正主義がどうのというより、単純に歴史学の枠組みで考えるだけでいいのではないかと私は思う。

 あと、歴史というのはわからないことがあるし、わからない部分には多様な仮説はありうる。それは多様にありうるんじゃないかというだけで、これも歴史学で決していけばいいだけのことだと思う。

 というか、こういうメタな議論そのものにあまり関心ない。

 個別のディテールの複数から見えてくる一般論というものがあり、その一般性からどう見えるかは関心ある。でも、それもつねに特定の歴史対象から思考すべきだと思う。

今日の大手紙社説

 G7で金融危機というのが共通話題なのだが特に惹かれる社説はなかったというか、何を言っているのかよくわからなかった。

毎日社説 G7と金融危機 震源地・米の覚悟が問われる : 社説 - 毎日jp(毎日新聞)

 米国に閉じる問題でもないと思うけど。

 パーマリンクが狂っているのであとで直すかも。

読売社説 ビラ配り有罪 一つのルールが示された : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 立ち入りを強く拒まれている場所でビラを配れば犯罪になる――。日常生活の一つのルールとなる司法判断である。

 そういうことでそれほどどういう問題ではないと思う。私はこれは表現の自由というより、不要あるいは手順を正規化して(郵送などのルートでという意味)伝達されればよいものを戸配で送りつけてくるスパムメールみたいなものだろう。

 ビラ配り側でも言い分はあるのだろうけど、大筋でビラというのが意味を持っていた時代、そういうものの戸配を迷惑と思う時代の変化があり、司法はこういう側面では時代の変化に沿うべきだろうという常識的な判断だと思う。別の言い方をすれば表現の自由が禁止されたわけではなく、郵送にすればいいのだから、コストというか人員コストの問題というかようするに人員の管理コストの問題かな。

朝日社説 食糧高騰―市場の暴走が飢餓を生む : asahi.com:朝日新聞社説

 だが、今回の事態を招いた要因として何より注目されるのは、投機資金が食糧市場に流れ込んでいることだ。米国金融不安を機に金融・株式市場から引き揚げられた資金が穀物などに向かう。価格が上がり、それがまた投機資金を呼び込むという悪循環である。

 基本的にはカネ余りの投機資金が一次産品に流れたというのと投機性が出てきたということかな。別の言い方をすると食料の絶対的な不足が発生しているかというのはまた別なので、以下はかなり悪い趣味といえるだろう。

 地球上を妖怪が歩き回っている。食糧不足という妖怪だ――マルクス・エンゲルスの「共産党宣言」流で言えば、こうなるだろう。

 というか、共産党宣言を持ち出すあたりかなり痛いと思うのだけど。

たとえば、紛争が続くスーダン。難民キャンプにいる200万人への食糧支援がおぼつかない。このままではさらに新たな難民が出る恐れもある。

 これは率直にいうとかなりひどい話で、食糧不足が原因じゃなくて、スーダン政府の空爆や妨害で食料が届かないというのはこの数年続いていた。どさくに紛れてむちゃくちゃなことを朝日新聞はいうものだな。

朝日社説 G7―バブルには治療も予防も : asahi.com:朝日新聞社説

 よくわからないというか何を言っているのかわからん。が、これは私の経済学の無知のなせるところかもしれないが、がというのは大衆紙だしな(俺レベルにわかるように書いてくれ)。

 長期間にわたり低金利が続くという期待が、世界的なバブル頻発の原因の一つといわれている。それをどう解消していくのか。G7は今後、こうした本質的な議論も深めていくべきだ。

 低金利がバブル原因にもなりうるというのはわかるけど、長期の低金利予想が世界的バブルの原因というのはなんかシンプルに違うのではないか。少なくとも長期の低金利が世界的に続いた場合という意味か?

 バブルの基本構造はチューリップ・バブルから変わってないんでないの。

 ⇒チューリップ・バブル - Wikipedia

 ⇒南海泡沫事件 - Wikipedia

 ⇒ミシシッピ計画 - Wikipedia

 肌寒い。夢は覚えていない。寝付きが悪いというか睡眠サイクルが少しずれてきているっぽい。心理的な疲労感は深くありそうだ。

 食事にワインを一杯くらいは食事に馴染むようになったが、それほどお酒が飲みたいわけではない。

kinginsunagokinginsunago 2008/04/13 08:50 そういえば先ほどNHKニュースで海外の米高騰問題をやっていましたね
>食糧高騰―市場の暴走が飢餓を生む
最近、WFPから拠出金増額要請があった絡みで書いたのでしょうけど…これで朝日論説氏は、やはりアフリカ地域の紛争問題にあまり関心が無いということかと(苦笑

jiangmin-altjiangmin-alt 2008/04/13 11:13 オブジェクト指向の用語の混乱は一昔前のマルチタスクの用語の混乱と雰囲気が似てますね。

finalventfinalvent 2008/04/13 12:05 kinginsunagoさん、ども。関心ないのかなと思いますね。チベット問題でもダルフールに言及しても最新状況に関心ない人も多いし。別にそれでどうってことはないけど、朝日新聞にはもうちょっと人権問題に配慮してほしいかな。

finalventfinalvent 2008/04/13 12:06 jiangmin-altさん、ども。マルチタスクのほうはわかんないんですが(スレッドとか?)、弾さんのこれなんかあれ?とか思ったので。

jiangmin-altjiangmin-alt 2008/04/13 12:15 まだ世間ではDOSが全盛だった頃、タスクとかプロセスとかの定義がOSによって違ってたりしませんでした?

finalventfinalvent 2008/04/13 12:28 jiangmin-altさん、ども。具体的にはぱっと思いつかなかったけど、たしかにOSごとに用語が違っていたというか、大型系とマイクロ系では全然違ってましたね。そういえば、”ジョブ”とか最近聞いたこともないですね。”ジョブスケーリング”とか。そっち分野最近のぞかないだけかな。

himorogihimorogi 2008/04/13 13:22 javascript では「関数オブジェクト」であって他の OOP との対照のために便宜的に関数オブジェクトを「function クラス」と言い換えることを濫発するから用語が混乱してるのではないか、とか。javascript だけで説明を閉じれば class という用語を敢えて持ち出す必要はないのでは、とか。

http://developer.mozilla.org/ja/docs/Core_JavaScript_1.5_Guide:Class-Based_vs._Prototype-Based_Languages
>JavaScript のようなプロトタイプベース言語はこの区別がありません。単にオブジェクトがあるだけです。

他の言語のプログラマが javascript を解説することが多いから余計な混乱生み易いのでは、とか。

opechumanopechuman 2008/04/13 14:11 お初です。朝日の長期間にわたり金利うんぬんの話は、朝日の記者が”長期金利に対する予想”と、”金利に対する長期予想”を勘違いしているんじゃないかと。流石にバカにし過ぎですかね。
経済学での議論と朝日の記者の解釈とをそれぞれこうだと予想します。

経済学におけるお話:
本来、インフレのときは長期金利は高くならないといけないのに、それが市場の硬直化により”不当に”低いままだと市場に均衡点が失われ、投資家が投機的な(短期の)投資に走ってしまう
朝日の編集員の解釈:
みんな銀行の金利が低いままだと予想している状況では、多くの人が株や証券などに手を出しやすくなるから、バブルになるんじゃないの?

朝日の記者がここでいう”金利”とはおそらく中央銀行が操作可能なものを指しているんだと思います。それだと文脈上もすっきりするので。ただ、実際に経済学で議論されている話は長期金利の方なので、これは中央銀行ではちょっとどうにもならない。だから、朝日の記者は間違ってるんじゃないかな、と。

長文失礼しました。

finalventfinalvent 2008/04/13 15:34 himorogiさん、ども。ええ、私もそう思っていたので、なんだか反って話を複雑にしているような、と。ただ、今ちょっと思い出したけど、微妙にJavaScript(ver2じゃなくて)にも内部的にはクラスがあるかも。

finalventfinalvent 2008/04/13 15:36 opechumanさん、ども。ああ、それ助かりますというか、それとわかります。朝日のこの話はどっから出てきたのでしょう。誰か偉い人でも言っているのでしょうかね。大衆紙なんだから俺レベルにわからせろとか思う(のでちょっとつけたしときました)。

aeshaftaeshaft 2008/04/13 16:22 女性のスリーサイズと体重は歴史修正主義です。

opechumanopechuman 2008/04/13 17:48 また長い文章ですいません。自分自身は、小野 善康という人の”不況の経済学”という本で、この話を知りました。
小野先生は、日本経済学での”反”主流派として有名な方だと思います、確か。ケインズ主義者ということでいいんですかね。
この本では”市場は需給に応じて価格を瞬時に調整してくれる”という経済学の前提を外して議論してます。
そもそも、日本の大学の学部レベルで習う経済学だと、この市場による価格調整機能を前提にしているので
バブルや不況という現象を説明できないんですよ。
なぜなら、外部性があるケースを除き、瞬時にパレート最適な状態に価格が均衡してしまうので。
小野先生はそんな前提は現実的ではない、というところを出発点に市場では理論的にも不況やバブルが起こりうると論じています。

朝日新聞の編集員はおそらくこの理論を漠然と知っている人から概略だけ話を聞いて
そのあやふやな知識を元にこの社説を書いたんだと思いますよ。
日銀の社員のレベルでも、研究部門にいる人でないと正確には知らないであろう難し目の理論です。

finalventfinalvent 2008/04/13 17:54 aeshaftさん、ども。いやそれは「その男ゾルバ」主義で。

finalventfinalvent 2008/04/13 17:55 opechumanさん、ども。ごく単純に興味深い話だなと思いました。ヴェルナーの理論とかもそうだけど、非主流系の発想というのは面白いけど、素人にはなんとも感です。

realisterealiste 2008/04/13 17:58 こんばんは。とうとつですが、最近、時の経つのが早いのに愕然としています。さっき起きたのにもう寝る時間かようへえとか、え、もう一週間経ったのぐへえとか、え?もうあれから半年?うああ、てな具合で発狂しそうになります。
原因は多分、現実に対処するため、頭の中に固定観念が増えて、概念に対する真剣な省察の時間がなくなったこと(迷いが少なくなったこと)、ただ機械のごとく毎日をやりすごすことが多くなったことにあると思います。
おそらく多くの大人の頭がそういうふうになっていると思いますが、これは正常な人生なんでしょうか。概念を固定して、それで現実に事務処理的に対応する、それによって精神の安定性は得られますが、なんとも非本質的で真剣ではなく、どこへもいけず、しかも時間の速度からして死んだも同然な気がします。

himorogihimorogi 2008/04/13 19:56 まぁ、弾さんとこの、ここで引用されてる箇所は、Javascript の説明の前振りとして一般的な用語解説になってるので、間違いではないみたいですが。
自分は今、専ら jrunscript で遊んでますが、これは Java 上の Javascript なので、Java から Javascript 呼んだりその逆やったりすると余計に説明が面倒臭くなりますね。

realisterealiste 2008/04/13 22:45 自分の評価を維持するためのまわりくどい言い方はよいですから、産業くらいで本質を述べてもらえませんかね。ほんと日本人ってのは嫌いなんですよ。

realisterealiste 2008/04/13 22:47 模範解答だすなら「頭に麻酔打って時間を止めさせられて労働にはげむように政官財が知恵使って工夫しているからそうなる。別にそれが人生の必然ではない。その政治と闘うことが全て。つまり政治家なんだよ政治家。あと官僚と経営者。特にマスゴミ。こいつらが俺らの人生を奪ってるの。それだけ」

finalventfinalvent 2008/04/13 22:52 realisteさん、ども。先ほどのお答えがお気に召さぬようなので削除しました。皮肉にとらないでください。ご自身満足のいく回答を出されているではありませんか。私が何か言うべきなかったと少し後悔しています。

realisterealiste 2008/04/13 22:57 finalventさんが嫌いだから日本人特有の陰湿な悪意でこういうことを言っているととらないでください。問題状況はたんに矛盾しあう政治的価値観の衝突にすぎないのですから。いわばイスラム人と日本人が一緒に生活をしているようなものだと思ってください。私は日本人のやり方を否定しているだけです

realisterealiste 2008/04/13 23:00 私の政治的価値観では、質問にはずばり真理で答えるのが正解です。あなたのようにほうぼうの利益を勘案して多重解釈が可能なようにし批判の来ないような回答にまとめるやり方は気にいらない。真理をずばり述べればいい。要するに日本人のやり方が気に入らない。

finalventfinalvent 2008/04/13 23:18 realisteさん、ども。率直にいうと、realisteさんが好まれる回答はだいたい理解できますし、それは私の信条にはありません。私は自分の信条を否定されるがために述べることはいやだなと思います。第一、私は、ネットを使って誰かと対立したいと思っていません。嫌悪や対立とは未熟であり一種の性的な倒錯だとすら思っています。そうではなく、私は一人でも私が友愛を感じる人といろいろなチャネルで出会いたい。そういう人との出会いがつまるところ私の人生だからです。臨終のとき、私はマリア様の哀れみと、「へへへいい奴がこの世にはいたな」とにんまり笑って死にたいだけです。

realisterealiste 2008/04/13 23:25 ですが人間の世はフラテルニテだけでは回りません、というか、そんなものは虚構です。イスラム原理主義のように俺らの神が絶対であってそれを認めない者には友愛など示さないという思考もありそれが未熟だとは思えない。半端な友愛などより絶対神を信じて生きるほうが面白そうです。人間は民主主義は似合いません。自分のエゴだけで生きるのはつまらなくなるからで、人間は理想なり絶対神を信じなければ生きていけない。その状態な未熟ともいえないと思います。
あと、現世的な友愛状況をみると、それは純正の友愛と言うより政府企業に金と暴力で抑圧された弱者が似たもの同士と手を取り合って生きて行こうという緊急避難的なもののように思えます。

realisterealiste 2008/04/13 23:29 あと、対立したくなかろうが価値観の違いは衝突をもたらします。またネットとは衝突するように意図的に仕組まれています。根源にあるのは意味と意味の対立です。その更に根本には力があります。おこないであるという人もいますが、普通はそんなものは期待できません。基本は力です。

2008-04-12

ひさぶりに夜のポエム

 

遠くから見ると茸のような岩の町の

ときおり硬い金属の音のするような曲がり角を

黒づくめの老婆たちが

網を折るように行き交っていた

私は窓のないバスで見ていたのだが

低い松がひとつあるところで呼び鈴のひもを引いて降りた

鋭角な夕陽が私の影を引きはがそうとしている

どこに行くわけでもないし

このまま夜を迎えるのかもしれないと思いつつ

手に持ったエビアンの蓋をひねり一口飲む

昨晩の大きなうさぎのような少女は

メディナで生まれたのよと言っていたことを思い出す

あなたはなぜ悲しい歌を歌うことができないのと

私を罵ったが私には思い当たることはなかった

それでもこのカードはあなたのカードでしょ

私たちのお母さんじゃないのと

手渡したクイーンのカードが笑っていた

ゆで卵を頬張った男が私たちを見て

そっと目を背けたとき

砂埃を吸った汗の臭いがした

遠くから青いボンネットのトラックがやってきて過ぎる

たぶんメディナはこの近くだろう

砂の臭いがそう思わせる

――わかっているじゃないの

風に織り込まれた彼女はつぶやく

――大丈夫ミサまでには間に合う

serenity

 自分ではほとんど使わない言葉だが、英語聞いていてなんどかキーワードのように出てきて、この語感をちょっと考えた。

 tranquilityとは全然違う。

 placidityには近いのか。

 辞書を見ると、a state of peace and quietとあるから、メンタルな含みがあるのだろうな。

 日本語だと「平穏」だろうか。

 「静寂」ではないな。

 「しずけさ」というのは和語ようでいて日本語の語感はうすい。

 「おだやかさ」というのは近いように思うが、と字引を引くと、葡辞書に用例があり、ほおと思った。

 和英を引くと、穏やかな calm; quiet; peaceful; mild; gentleとくるな。たしかに、gentleという語感に近い。

 西洋の建築とか見ていると、石と空間による、威圧感とも言えない静寂への志向はある。

 serenityはしかし海とか湖の語感がある。

 字引をつらつら見る。serenでa seren summer dayというフレーズがある。うらうらに照れる春日にひばり上がりという感じか。しかし、心かなしもというわけでもない。

 いずれも遠景の感覚はあるな。大森荘蔵の風情(ふうじょう)のような。

 語根は、ラテン語でsernusでClearということ。ほぉ。

 霧晴れる遠景か。

 日本語の穏やかさというのはぼんやりした感じがあり、ちと違う。

いやさ、トラバのゴミっていうのは広告とかのことだよ

 わけのわかんない広告のトラバがすごい多いんだよ。

 ⇒ ゴミの送り方 - けろやん。メモ

の指摘に感謝しろ!というように、id:finalventと書くと多分ゴミが届くと思いますよ。はてなダイアリーでは。

 「回転木馬のデッド・ヒート」はあっちのエントリにトラバしてくれると吉。いちおう許可制なのであとで表示されるはず。

 あと、ここへのトラバは編集画面で見えるのでたいていは見ています。

 この件でいうと、それ以降収録されていたような。

 で、と。

 コメント欄もはてなユーザーに閉じているし、その意味ではここはあまり開放的ではないですね。率直にいって2ちゃんモードになってしまうと対応できないや俺というのはあります。

 あと、あっちのエントリの騒がしいコメントはあとで別位置に移転しようかなと思っています。後の人があのコメント群を見てもあまり益はないし。

うるさいはてダと静かなはてダ

 ⇒たこつぼ - jkondoの日記

多くのイノベーションが、流行に敏感なアーリーアダプターによって発見され、拡大していくのは常であるし、先端的なユーザーに人気があること自体は非常に良い事だ。ここを欠いてはいけないのはもちろんだが、問題はそこから、そこから1000万人、1億人に届くものを作ろうという気持ちを忘れてしまわないようにしたい。そのためには、たとえば自分の恋人や奥さん(旦那)、友人にも使ってもらえるものか、両親、子供にも自信を持って勧められるか、そういう視点を欠いてはいけないと思う。サービスの構想、設計に携わる者は特に、ネットの最新技術や動向を追いかける一方で、きちんと人と接していこう、仕事以外でも人と会い、話していこう、という話をした。

 特に異論はないし、がんばってちょ。

 で、思ったこと。たいした話ではないよ。

 私ははてなダイアリーを2003年8月14日から書いている。で、ここは当初「極東ブログ」だった。

 もともと別サイトに独自CGIを設置し試験していたし、MTもちょっと考えていた。

 独自CGIにしたのはMTはちょっとなという印象があの時代はあった。武田徹さんはいまだに掲示板使っているが当初はそういう形態も考えた。それにしても現代で掲示板っていうのはなんなんでしょ感はある。

 当時のMTはまだまだ理系的というかプログラム志向の人たちの実験っぽかった(のちにkanoseさんが極東ブログを文系ブログとして注目してくださった)。

 がそのうち、やっぱMTだなという感じはつかめた。

 MTをインストールして思ったのは、これはトラフィックが問題だな、という印象はあった。ので、土管屋さんが始めるまでまってようかなと思っていた。

 はてなとの関わりは、人力回答だった。3か月くらい答えていたかな。上位3位に入ったことがある。

 そのきっかけではてなを使ってみた。

 はてな版「極東ブログ」で自分ではブログのつもりだったのだが、はてダにいて思ったのは、コミュニケーションの濃さだった。というか、他の人のダイアリーがどうしても気になるようにできていた。

 当時のはてダは本当にべたなダイアリーだった。もともとtDiaryがそういうものでできていた、っていうか、日付で管理。エントリー概念はなかったし、エントリのパーマリンクもない。

 で、当時のはてダを思い出す。

 静かだったと思う。

 そのうち、はてダが変わってきた。「極東ブログ」はその年の12月にniftyに移行した(そのときからこちらはこんな感じ)。いちおう最上クラスのTypePadなんで月額1000円くらい。ココログに月額1000円払っているというのは俺くらいかな。ま、初期利用者はそうかな。その後のココログについては、けっこうがっかりすることは多かった。

 で、はてダがいつごろからか、友だち的というのか、話題的なクラスターができはじめた。ただそのころは静かだったので、それほどは見えない。無体さんがタホイヤ(たほいや)とかして盛り上がっていたけど現在のうるささではない。

 はてブでうるさくなったのかはよくわからない。そのうち、四月馬鹿で「はてなブログ」というのがあったが、その後、本当にブログ化してしまった。

 もちろん、今でも当時のレベルで静かなはてなダイアリーが存在している。

 そういう静かさに出会ったときは、私は、ぶくまとかしない。

 というか、静かなダイアリーにはぶくますんじゃねーよとか思うというか、いつのまにかそういう自分がうるさい世界の前面に出てきてしまったのでそう思う。

 現実のブログの世界はというと、静かな世界はあるにはあるけど、どうしても喧噪がベースになっているし、書いているとよく読まれたいというよりPVを得たい、ぶくまされたいというニーズは上がってくる。

 しかたないのかもしれない。

聖火リレーとナチス

 ⇒Pageantry and Protest - washingtonpost.com

Apologists for China claim that the Olympics are not the place for political protests. That's nonsense. The Games have always had a political dimension, especially when emerging powers have used them to announce their arrival on the world stage: Japan in 1964, South Korea in 1988 -- or Nazi Germany in 1936. The torch relay was invented by Adolf Hitler, who routed it through countries he would soon invade before overseeing a final leg featuring a blond, blue-eyed runner ushering the flame into Berlin's Olympic stadium. We count it as progress of a sort that 72 years later, a police state can't celebrate itself that way without drawing a few Bronx cheers.

まあそうかな、そろそろ日本もやばい立ち位置

 ⇒CNN.co.jp:国連事務総長、五輪開会式を欠席 数カ月前に中国へ連絡と

国連本部――潘基文・国連事務総長の報道官は10日、事務総長が今夏の北京五輪の開会式に参加しないと述べた。中国政府に対しては既にこの意向を数カ月前に伝えたという。

時代だなあ

 ⇒米兵脱走なら逮捕要請・米側が都道府県警に、日米が基本合意 : NIKKEI NET(日経ネット):主要ニュース−各分野の重要ニュースを掲載

 それはそういうことなんだろうけど、ベトナム戦争のときは、脱走兵は違った意味合いがあった。

昔の郵便局みたい

 へぇ⇒セブンイレブン、学校内などに小型コンビニ・2年で100店 : NIKKEI NET(日経ネット):主要ニュース−各分野の重要ニュースを掲載

 つうかキヨスク

 セブン―イレブン・ジャパンは学校、病院、工場向けに小型コンビニエンスストアの出店を始める。最も狭い場合、標準店(約150平方メートル)の4分の1の40平方メートル程度の「ミニ」店とする。まず2年で100店を出す。地価上昇で用地手当てが難しくなっており、他店と競合が少ない入居型店を新たな収益源とする。

日本だとベースのリスクが意外と低いんですけどね

 ⇒Trans-fats may hike breast cancer risk - Cancer- msnbc.com

WASHINGTON - Trans-fats, which are being phased out of food because they clog arteries, may raise the risk of getting breast cancer, European researchers reported on Friday.

こういうのは陰謀論とは言われないなんだよね

 香織丹御苦労様。

 ⇒チベット騒乱:新華社の公式分析読んでみる?:イザ!

 しかし、そういう考えもあるのかというのはそれなりに読んどくといいかも。

長いです。飽きずに最後まで読んでもらうためには、つっこみやら意訳を入れたいところですが、今回は自重。読者各自でつっこんでやってください。

 ま、そうします。

【ベタなギャグ】日本国民に告げる その2

 われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。

 政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力慾、偽善にのみ捧げられ、国家百年の体計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。

 われわれは今や少数の有志にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。

 法理論的には、日本の現状が違憲であるのは明白であり、国の根本問題が、御都合主義の法的解釈によつてごまかされ、日本人の魂の腐敗、道義の頒廃の根本原因をなして来ているにを見た。もつとも名誉を重んずべき法の正義が、もつとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。

 憲法は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。憲法は国法たりえず、建国の本義を与えられず、権力層の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。

 少数の有志が目覚める時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。少数の有志が自ら目ざめることはなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。

 憲法改正によって、建国の本義に立ち、憲法が真の国法となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。

 われわれは、日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。

 生命以上の価値なくして何の国家だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。

 それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。

 もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望する。

 元ネタ⇒三島由紀夫の檄

 今回はちょっと書き換えが多いけど、大した書き換えるだけでこんなものができるというべたなギャグでした。

 三島の主眼は自衛隊と憲法と日本国家のアイデンティティにあった。が、基本の構図は、理想対現実における、正しいが空理と語られない現実変化の対立で、正しいが空理が過激な思想に転化すること。

 日本はあまり変わっていない。というか、この70年問題がさらに悪性になって広く日本を覆っている。

 まあ、歴史を学びましょうぜ。

 

追記

 参考⇒★★★ 日本再生ネットワーク 「ニュース保存用」 ★★★ : ◆【私の中の25年】三島由紀夫 果たし得ていない約束 恐るべき戦後民主主義

 二十五年間に希望を一つ一つ失って、もはや行き着く先が見えてしまったような今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大(ぼうだい)であったかに唖然とする。これだけのエネルギーを絶望に使っていたら、もう少しどうにかなっていたのではないか。

 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。

今日の大手紙社説

 「道路特定財源の一般財源化」には私はあまり関心がない。決め事だというくらいか。他とくに話題はない。

産経社説 【主張】対北制裁延長 官民で日韓連携強めよう - MSN産経ニュース

 これがまた朝日とは違って明後日向いている。韓国にはそういう意図はほとんどない。韓国ないの拉致問題はむしろ解決が遠のいている。

朝日社説 北朝鮮制裁―柔軟な使い方が肝心だ : asahi.com:朝日新聞社説

 ちょっと直感的にいうと北朝鮮はこのところなんかおかしい。あまり報道されていないが、中国は経済支援を強めている。

 ただ、隣国に制裁を科すというのは、極めて異常な状態であることを忘れてはならない。

 そうでもない。厳密には制裁とは違うかもだけどキプロスとかの歴史など。ちなみにキプロスは進展があった。

 日本政府も今後、独自制裁のカードをうまく使うことを考えなければいけない。申告や無能力化が実現されれば、柔軟に動く。そんなしなやかな外交力を発揮してもらいたい。

 「申告や無能力化が実現されれば」と期待を持っているのは朝日新聞くらいかな。ちょっと現実離れした仮定で期待を述べても社説は無意味になる。

 まあ、その仮定は私も期待するのだけど。

朝日社説 ビラ配り有罪―社会が縮こまっていいか : asahi.com:朝日新聞社説

 この話題をフォローしてないのだが最高裁判決が出たのかな。

 気がかりなのは、今回の最高裁判決で、ビラ配りなどがますますやりにくくなり、ひいては様々な考えを伝える手だてが狭まっていくのではないか、ということだ。これでは社会が縮こまってしまう。

 「様々な考えを伝える手だてが狭まっていく」というのとはあまり関係ないでしょう。むしろ、ビラ配りによって戸口にまで見知らぬ人が来るのを許容するための寛容性に現代の状況からすれば地域は疲れてしまうし、実質ビラ配りはビラの内容より、そのような活動者たちが一種の示威行進しているような部分に影響力があり、実際には地域への威嚇のように思われている現実がある。

 単に時代が変わると考えるだけのことではないか。

ログイン、晴れ

 薄雲が覆っているようだ。明日は雨になるらしい。夢は朝の喧噪で忘れた。

satohhidesatohhide 2008/04/12 08:55 >セブン―イレブン・ジャパンは学校、病院、工場向けに小型コンビニエンスストアの出店を始める。

私の通院している病院じゃもう2年ぐらい前からセブンイレブン出店していますよ。この記事は週末の埋め草記事なのか新鮮じゃない。以前あった院内の売店の方がよかったが代わりに潰された。

finalventfinalvent 2008/04/12 09:03 satohhideさん、ども。そうなんですか。ボケ記事なのかもしれませんね。

realisterealiste 2008/04/12 09:04 finalventさん、もはようございます。

>まあ、歴史を学びましょうぜ。


氏は執拗にこうおっしゃられますが、一応歴史は学んでおります。氏はどうも、歴史を学べ、ではなく、歴史にやられちゃって老化してください、と言っているようにしか聞こえません。私は実存として、歴史にあまりやられたくないので、歴史はまねべども、実存を歴史(特に書かれた歴史)に合わせたいという気はないし、そもそも歴史というのは一定程度フィクションなので、うさんくさい面もある。まあ要するに、自由ということですよ。それがそうであるものは仕方がない。
三島由紀夫については、70年初頭だったら黙殺されたが、今やったら共感する人もいるんじゃないかなどという意見もあります。

rice_showerrice_shower 2008/04/12 09:24 三島ネタ、
「〜『日本』はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。」
死の数ヶ月前の有名な文章ですね。 歴史ではなく現在(いま)...。

finalventfinalvent 2008/04/12 09:29 rice_showerさん、ども。ええ、その意味でという限定だけど、三島は狂人でもないどころか、とても正しかったのですよね。

finalventfinalvent 2008/04/12 09:31 realisteさん、ども。皮肉ではなく「歴史にやられちゃって老化してください」と聞こえてしまうのでしょうね。そこはしかたないのかな。個人的には、私を老人とするのを前提にしすぎているような印象はありますが。ただ、「私の精神はそんなに年を取ってませんよ」とか言ったら、ぷっぷー!それが老人の証拠だぜですよね(なのでそれは言いません)。

realisterealiste 2008/04/12 10:13 ■11.魂のぬけがらとしての空っぽな経済大国 ■

 三島氏が真に恐れていたのは、外国からの侵略や革命ではなかった。もちろんそれらも警戒し防がなければならないと考えていたが、それ以上に氏が心を痛めていたのは、日本が魂のぬけがらとしての空っぽな経済大国に堕して行きつつあることであった。

『このままいつたら「日本」はなくなつて、その代わり、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気になれなくなってゐるのである』(「果し得てゐない約束」サンケイ・昭和45年(1970)7月)。

 いまのままで十年いや五十年くらい経てば、この直感の正しさが、特別神経の鋭くない人にも判るようになるかもしれない。

この文を読んだ時、すぐ頭に浮かんだのはD.H.ロレンスの手紙であった。それを要約すると彼は次のように言っている。

 「私は民主主義というものを見れば見るほど嫌いになる。すべてが賃金と価格、電燈と水洗便所という卑俗な標準に引き下げられてしまう。それ以外の何ものでもない。

ここの生活は給料はよく、服装は立派で、自動車を乗り回している。人はたえず何ということなしに、無意味に活躍している。すべてがまったくからっぽで、ナッシングで、本当にむかつくくらいである。

彼らは健康で、私にはほとんど白痴的と思われる。生活はただ物質的、外面的になって、内面の生活、内面の自己は消滅し、機械仕掛けの人形のように無意味にカタカタと動き回っている。そして意味のある言葉は一語も語れないようになる。にもかかわらずここの人たちは誠実で親切で、仕事には有能で、外面の生活はまことに気がおけない。だがそれでおしまい、その他に何もない。万事が出たとこ勝負で、じれったがりようもない。どうでもよいという気持ちになる。皆がそうなのだ。胸の底では、何もかもどうでもよい。自分の小さなエゴだけが大事なのである。

本当に大事なものがないので、小さなものを後生大事にしているのである。まったくからっぽで人生に『内容』を与えるものに欠けている」。


http://youroan.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/__8238.html

jiangmin-altjiangmin-alt 2008/04/12 10:14 「地域への威嚇」といえば、新聞の拡張員とか、棹竹とかの方がはるかに悪質です。

finalventfinalvent 2008/04/12 10:26 realisteさん、ども。その引用は浅薄といっては失礼かな。三島への思いは伝わるけど、あの時代の問題の具体的な状況や、D・H・ロレンスの思想と実践についてはよく理解されていないと思う(理解していれば「チャタレー夫人の恋愛」の意味がわかる)。realisteさんは歴史を学んでいると仰る。でも、こういう歴史の陰影とその無念を引用でなく語れるようにならないと歴史を理解したことにはならないんですよ。こういう口調は老人的だけど、歴史を学ぶというのは、小林秀雄が喝破したように死んだ子どもの年を数えるような心情がもとになるものなのです。

finalventfinalvent 2008/04/12 10:27 jiangmin-altさん、ども。ええ、それもそうですね。この実態はけっこう深刻なんですけどね。というか、そういう地域の威嚇という観点で見ていくといいかもと思います。

himorogihimorogi 2008/04/12 10:27 「靖国」にしても、私自身は映画の内容や映画の上映自体に興味も関心もないんだけど、それを執拗に事件化するマスコミの振る舞いに、機械化されたロボトミー集団のような気味の悪さを感じてるわけです。マスコミの行動には、個々の事案にケースバイケースで対応する、という自由はなくて、何か「型」を演じ続けないと組織の中から排除されてしまうという抑圧感みたいなものが存在してるんじゃないかなぁ、という印象が、ビラ配りの報道でも感じますねぇ。

nyamanyamanyamanyama 2008/04/12 10:37 こんにちは。
他のはてなブログ二つにトラバ送ったんですけど、どちらも開設者の意図抜きに不受理だったので、ひょっとして〜と思いまして。

realisterealiste 2008/04/12 10:44 どうもfinalventさんも日本の政治家官僚が仕組んだ罠から脱していないというか、要するに議論から論理的に何かを生み出そうという意思がなく、そういう議論に対してはこう答えることになっているみたいなルール化された返答しかされませんね。たとえば上の引用についても、浅薄などと評し、また、歴史の理解とはなんぞやというふうに、無理やり自分の文脈にひきずりこんで、自分の文脈で消化してしまう。それで全体としてうやむやになrます。というのは毎度のことです。
上の引用に対して答えるべきは、現在の日本の空虚ぶりを認識した上で、じゃあどうすればいいかということを端的に述べることでしょう(分からない場合は分からないと言い切る)。どうも、毎度のように、人為的に逃げるような解釈をされ、いつのまにか論点自体が雲散霧消してしまうという、老獪なマジックをみせつけられ、腹が立たないといったら嘘になるような感情を抱いております。

finalventfinalvent 2008/04/12 10:58 himorogiさん、ども。そんな印象がないわけではないけど、けっこうもうどうでもいいやっていう感じですよ。そういう議論に巻き込まれるのもうんざりしてきましたし。実際、この「靖国」だって商用映画のひとつ以上の意味はないんですし、騒ぎたい人はどうぞみたいな。ただ、団塊のニーズなのかなというのも。

finalventfinalvent 2008/04/12 10:59 nyamanyamaさん、ども。特にむずかしい方針というわけでもないんですが、いちおうみたいなことで。

satohhidesatohhide 2008/04/12 11:12 三島由紀夫は複雑な人で、希望の極北と絶望の極北は実は同じ場所にあるというようなこと言っています。それから自分は未来なんかに興味ない、未来はなるようにしかならないと言っています。
またディズニーランドが好きで、意外とからっぽのような世界が好きな人で、今生きていて若かったら、結構楽しんでいたと思う。三島のからっぽの日本論は未来を予見したというより、その当時からあったもので、ただ当時の多くの人々はその感覚についていけてなかっただけのことかと。

finalventfinalvent 2008/04/12 11:16 realisteさん、ども。realisteさんの抱かれる印象がわからないでもありません。ただ、これは鏡像的(お互い様的)でもあるけど、realisteさんは法学的な「真理」感を持ち、finalventとかわかってねーなと思っていらっしゃるのだろうと思いますが、finalventにしてみると、ああまた日本の歴史はrealisteさんみたいな人を生み出してしまった、これがどれほどの悲劇を生んだだろうと思うのですよ。ご理解されないなあと思う。歴史という壁に対して頭を打つ付けるような無念さがあるのですよ。私は理想主義の若者が死に絶える様を多く眺めてきました。
 もうちょっと別の言い方をすると、realisteさんが、率直にいって、やっかいだなと思う心情があるのですが、それは、finalventを敵視しても意味ないのにつかかるなよという感じです。私など本当に意味なんかありません。議論と私へのぶつかりとが、区別されないような展開になると、ああ、なんでそんなこともわからないのだろうと思うのです。
 皮肉や喧嘩腰にとらないでください。私とrealisteさんがここで対立してもまったく意味がありません。もしかすると「アルファブロガーを屠ってやったぜ」勲章を狙うのかもしれませんが、それは幻影です。アルファブロガーなんて意味ないんです。
 realisteさんはだからこんなところでくだ巻いてないで、あるいは老人楽しみとして嫌悪されるかもしれないけど正しくくだを巻くかしたほうがいいと思う。
 そして、日本の現実が問題なら、ネットなんて阻害された仮想の現実にいないで、現実に一撃を与えるなありかたを模索すべきだと思うのです。
 それは革命的なことではなく、たとえば、高橋洋一は既存資料だけで官僚の埋蔵金を探り当てた。それは最高の「知」のもつ破壊的な威力です。realisteさんの資質なら高橋洋一のような芸当が可能なのではないですか。後藤雄一をさらにエンパワーしたような存在になれるのではないですか。もし高橋洋一も後藤雄一もご存じないなら、残念ながらやはりあまり無知には思えます。
 私には自分をかいかぶりません。私にはそのような「知」はありません。あるいは私にあるのはそういう切れ味のよい「知」ではありません。ただ、私は私なりの限界でやることをやるだけなのです。その意味では、これもイヤミな言い方に聞こえるけど、realisteさんが私に問われていることは私が進むべき道のじゃまのようにも思えるのです。もちろん、realisteさんにしてみれば、最悪な老人国を作り上げた老人の一人として屠れということかもしれません。たまらないなと思います。
 私は、歴史を学びつつ、本当に異質な日本人になろう、このドグマのような日本史から脱却してみようと思っています。それは、realisteさんを排除することではないのです。ただ、同調することでもありません。可能な限り、粘り強く語り合い、語ることを公開し、多くの自立的な日本人を誘いたいのです。

finalventfinalvent 2008/04/12 11:18 satohhideさん、ども。ええ、その印象には共感する部分もあります。また、三島は個人的な性的な問題もあったでしょう。ただ、檄をきちんと読まれると一般論で書いてない部分があるのですよね。そしてこれはとてもロジカルに書かれています。

realisterealiste 2008/04/12 11:30 私はfinalvantさんが好きで、質問すればよく答えてくれるのがうれしくて質問しているだけで、それ以外は何の他意もないんですが(上で氏が挙げておられるような裏はありませんしそこまで頭回らない、多分、そういうふうに推測されてしまうのも日本語の無媒介のマジック)、どうも話が難しくなってきたので、本件はここで切り上げる、ということにします。

finalventfinalvent 2008/04/12 11:34 realisteさん、ありがとう。無念だろうなという心情は共感します。つまり、もっと大枠の根幹の問題を壊滅させたいという点。そして老人たちはなんと歯がゆいのか、と。ただ、その意味での限定で「老人」を受けるなら、可能な限り、大枠の問題ではなくスペシフィックな問題は答えたいと思ってます。そして、私は、realisteさんの知が現実を切る鋭利な知になる日を期待していますよ(たぶん、それしかrealisteさんの生き方はないようにもおもいますし、またそこで大きな蹉跌されるなら蹉跌の達人として俺がいますよ)。

realisterealiste 2008/04/12 11:59 satohhideさんが紹介されている

>望の極北と絶望の極北は実は同じ場所にあるというようなこと言っています。それから自分は未来なんかに興味ない、未来はなるようにしかならないと言っています。


は、共感するところがあります。つまり、希望なんてものはそれを観念したからといってストレートにつかめるものではなく、徹底的な絶望の淵に立たされて初めて実質的に手にすることができるという意味でしょうし、未来に興味がないというのは、確率論や一般論で未来を予測し、観念的に人生設計するのではなく、今を生きろ、予測するな、どうせ未来は分からないということでしょう。


finalventさん、ども。お言葉有難く頂戴しました。私は現在を生きる小さな個体に過ぎませんし未来も分かりませんが、精一杯生きようと思っております

summercontrailsummercontrail 2008/04/12 12:04 ブラボー!

himorogihimorogi 2008/04/12 13:14 私もマスコミの偏向を指摘し続けることに正直倦んでしまってますけど、従軍慰安婦問題も当初炊き付けられた時はローカルネタだったから幸か不幸か最初から見聞しつづけてますが、いきなり韓国側が偽証を発掘して否定したのに、報道によって事件化し、事件化したことを報道するというマッチポンプの繰り返しで、事実関係を置き去りにしたまま既成事実化しちゃってるわけです。この構図を見てしまうとやはり黙殺ってのは拙い手ではないかとう気が。

junmykjunmyk 2008/04/12 14:13 >またそこで大きな蹉跌されるなら蹉跌の達人として俺がいますよ

やっ、これは、不覚ながら少し感動してしまいました…… 記念真紀子
桜が散っても青葉がまぶしくなるよい季節です。

aeshaftaeshaft 2008/04/12 15:25 96年当時、既に学習院にはローソンがありました。

rice_showerrice_shower 2008/04/12 17:44 >satohohideさん、
>三島由紀夫は複雑な人で〜
既に不動のスーパースターであったのに、吉行にわざわざ「俺の作品はこんなに翻訳されてねぇ、云々」と過剰に自慢してみたり、石原の議員当選に嫉妬してみたり、ほとんどゼロと言ってよい運動神経でスポーツをやって失笑を買ったり、映画で超ヘタクソな演技をしてみたり.....、そういう俗物を演じていたのか、それとも.....。 確かに、とにかく“複雑な彼”でした。
(残酷で不快に思われる方もいらっしゃるかと存じますが)私は、自決の際、一太刀で介錯されず、束の間つながったままの首で、彼は何を見、思ったのだろう、と考えることがあります。

nomurayamansukenomurayamansuke 2008/04/12 17:47 自分はトラバ送ってないんですが

kinginsunagokinginsunago 2008/04/12 18:36 >昔の郵便局みたい
一方、郵便局はローソンとコンビニ化計画進行中と(苦笑
歴史も、明治以降なら一般人でもちょっと手間暇掛ければ、当時の世相や背景をある程度感じるくらいの資料と生き証人(さすがに明治生まれは難しいか…)に接することが出来るんですよね。、三島由紀夫は、創り上げられた虚像に自らを追い込んだというか追詰められた感が…と言ってみるテスト

finalventfinalvent 2008/04/12 19:21 summercontrailさん、ども。なんというかですね。

finalventfinalvent 2008/04/12 19:22 himorogiさん、ども。この手の話はなんか枠組みが決まっていてそうなると何を言う余地もないような気がしますよ。

finalventfinalvent 2008/04/12 19:23 junmykさん、ども。公園とかでお弁当食べたい季節ですね。絵にはならないけど。

finalventfinalvent 2008/04/12 19:23 nomurayamansukeさん、ども。誤解していたら、ごめんなさい。

finalventfinalvent 2008/04/12 19:24 aeshaftさん、ども。学校の中にですか。そういえばといろいろ思い出す。

finalventfinalvent 2008/04/12 19:25 kinginsunagoさん、ども。三島が生きていたら80歳。つまり、今の80歳ってああいう感じでもあるわけですよ。ああいうの部分が微妙だけど。

antonianantonian 2008/04/12 19:32 三島は山口昌男がいうところの道化だったのかもです。
張りぼてのような西洋趣味も、作られた健康指向も。
ただ言葉の人ゆえの人生であったなとは思いますね。あの思想で視覚芸術の人だったら違っていたかもです。

aeshaftaeshaft 2008/04/12 20:14 学校の建物の中にローソンとキャプテンクックがありました。

finalventfinalvent 2008/04/12 21:38 antonianさん、ども。そうですね、そのあたり微妙かな。あまり深刻に取るのもなんだけど、なんかうまく解釈しちゃうのも違う気がします。

finalventfinalvent 2008/04/12 21:39 BUNTENさん、ども。いやはや世の中ヒジョウーにキビシーですよね。ま、年を取るとあまり世の中に敵対でなくなる?ってこともないか。

satohhidesatohhide 2008/04/12 23:06 三島でえらく盛り上がっちゃいましたね。寝る前に一言。
三島自決の評価は、当時非難された佐藤栄作首相の「気が狂った」が素朴に正解だと思います。ただ、三島の場合、気が狂うことすら意志的で論理的で、だからこそ狂気すら贋物にならざるを得なかったと。これが三島の本質的悲劇性だと思います。
ではお休み。

2008-04-11

ブログサバト

 金曜日。

 欅の若葉が美しい。

ジタバタするほど美味しいケーキ屋さん

 ⇒ジタバタするほど美味しいケーキ屋さんを教えて下さい。 ちょっと凹んでいるので、気分転換に凄く美味しいケーキを今日食べに行こうと思いました。以下の条件でとても美味.. - 人力検索はてな

 条件に合わないので回答にはならないけど、私は生活圏内に一軒ある。シフォンケーキなんか神業みたいな。

 ケーキ屋さんというのは職人芸なんでそう沢山は作れないもんなんですよね。町が静かに守っていかないと。

掲載されなかった部分

 掲載されなくてプンスカということではなく、ただ、こんなものでしたよというメモ。

 ⇒J-CASTニュース : 米国で著名ブロガー死亡相次ぐ 日本でも「ドクターストップ」発生

 

1)「極東ブログ」を運営することで、健康面での悪影響は大きいと思いますか。またこれまでに、ブログ運営をめぐって病気などにかかった、生命の危機を感じたということはありますか。差し支えない範囲でお教えください。

回答

 直接的には健康面での悪影響はありません。極東ブログを始めたのは2003年の8月で4年間は一日も欠かさずエントリを投稿していたのですが、そこには一種の義務感のようなものがあり、体調が悪くても一種の執念で継続していました。5年目に入り、そうした無茶は止め、書けないときは書きません。

 

2)ブログの運営することについて多くの時間が割かれるということもあるかと思いますが、それでもブログを運営する理由は何ですか。

回答

 2つあります。

 1点目は、よりよく生きるためです。よりよく生きるというのは、いろいろな含みがありますが、私はカレル・ヴァン・ウォルフレン「人間を幸福にしない日本というシステム」の次の言葉に賛同したのです。

よりよい人生を生きるために、あなたは日本の変革に手を貸すべきだ――私はそう確信している。そして、日本を変えるなんて個人の力ではとうてい無理で途方もない話だ、といまは思われるだろうが、この本を最後まで読んでいただき、それがいま思っているほど大変ではないことをわかってほしい。

 日本の根本的変革の実現のために、みなさん一人ひとりが何らかの貢献をすべきだと思う。

 私はブログをそういうものとして位置づけています。自分が正しいと思うことや疑問に思うことをできるだけ率直に表現することで日本をよく変えていけるのではないか、もう少し足すと、いわゆる政治的な問題よりも、もっと日本人は精神的に豊かになろう。その豊かさの一つとしてブログの世界があってもいいではないか。じゃ、私から始めましょうということです。

 2点目は、ブログが出版や報道を補うような新しいビジネスの分野になるかなという期待でした。現状ではその展望はあまり見えていませんが、少しでもアフィリエイトなどの市場の動向を知る上で参加していたいというのがあります。

今日の大手紙社説

 結局韓国総選挙に触れたのは読売日経のみ。読売は薄すぎ。朝日と毎日がある政治ポジションでいつも協調したかに見えるのは毎日の経営によくないように思うが自覚はないのだろう。意外でもないのだけど、朝日と産経は実はその政治ポジションの表出でよく似ている。

 その朝日と毎日は「少年調書引用」がテーマだが、この問題は私はよくわからない。

日経社説 李政権 過半数でEPA推進を

 これもご挨拶程度で特に読むべき内容はないが以下はやや。

 総選挙では韓日議員連盟会長への就任が有力な李大統領の実兄、李相得(イ・サンドゥク)氏が再選された。空席だった駐日大使にはハンナラ党議員で知日派の権哲賢(クォン・チョルヒョン)韓日議連幹事長の起用が固まった。対日関係強化に向けた布陣が敷かれる。

日経社説 チベットの人権守り 聖火を揺らすな(4/11)

 これまでのところ、中国政府は高圧的な姿勢を強める一方だ。チベット自治区など騒乱の起きた地域でこれまでに953人を拘束し、ダライ・ラマには分裂主義者との非難を繰り返している。

 中国政府当局者や政府の統制下にあるメディアは、西側メディアのチベット報道を「真実をねじまげている」と批判している。中国側の一方的な主張と報道は中国国内で西側メディアやダライ・ラマへの感情的な反発が高まる一因となっている。

 微妙にそうでもない。今週のニューズウィーク日本版にもあるが、中国にとって行きすぎのナショナリズムしかも人種問題に結びついた漢族意識は統治に非常に問題があり、微妙に対応している。

 ちょっと踏み出していうと、日本のこの件での対中国は毒入り餃子と同じパターンがある。つまり、熱が冷めればまた忘れてしまう。

読売社説 韓国総選挙 どう進める?対「北」政策転換 : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 特に読むべき内容もないけど、朝日はねぐったけど読売は取り上げた、と。

曇り

 晴れるという。夢は教育関係のごちゃごちゃしたものだったが忘れた。身体がなまっているな感がある。

realisterealiste 2008/04/11 09:18 日本人が言語に対して脊髄反射的な解釈をしている現実に対してどう思われますか。つまり、言語に対する解釈が省察を欠く無媒介的なものになっているので、誤解が絶えません。そういう意味でその言葉を使ったのではないのに、世間的にはこう解釈するというのがほぼ固定的に決まっている現実があるようで、誤解でしっちゃかめっちゃかになっているように思います

gastogasto 2008/04/11 11:33 自然科学を研究する立場から一言。
自然科学では言語の定義を厳密にやらなければ、現象を正確に描写できないので曖昧な表現は嫌われるのですが、一般社会におけるコミュニケーションツールとしての言語はある程度やむを得ないのかなと。世間的に暗黙の了解がある場合はそれに従わざるを得ないのではないでしょうか。もしくは、その言葉を使う前に自らその言葉の意味を定義してから使うなどの方法をとって、誤解を避けるかしないと。世間の多数と自分とで誤解が生じる場合は世間にあわせるしかないのかなあ、というのが感想です。

ziomziom 2008/04/11 12:01 中国の聖火リレーですけど、中国人の聖火に対するこだはりは社会人類学として何か論文が書けませんか?仮に日本が同じ立場で、戦争責任云々で妨害され出したら、現場の意見を尊重して、そそくさと、海外リレーを取りやめて、皇居の周りを三周してOKで終る問題だと思ひます。

(そもそも聖火リレーの海外遠征は、以前から妨害行為の危険性を指摘されてゐました。4年前のギリシャは、世界に対して影響力のない国だから問題が起きなかっただけで、アメリカでも日本でもフランスでも同じ妨害は起きたでせう。大国として聖火リレーの5大陸遠征を企画したのは中国が初めてで、中国は不運と同時に認識が甘かったとも言へます。)

また、中国の聖火リレーは、昭和天皇の全国行幸に近い位置づけなのかと思ってゐます。海外で苦労している同胞に、祖国の威光をみせ、また、中華文明復活ののろしと供に将来の版図の整備なのかな。

でないと、あの青い聖火警備隊の行動が理解できません。主催国は聖火リレー警護の義務があると言はれても、それはあくまでも通過国の警察と調整したり費用の工面をしたりする意味で、治外法権を行使して聖火を暴力で守る(ためにはランナーの人権さへ侵害する)こととは違ひます。

チベットのデモなんて些細な問題で、本当の問題は聖火警備隊のほうで、治外法権に関してはここで白黒つけておいたほうが(特に周辺諸国は)いいですよ。明らかに中国には近代法治国家の発想がないことが露呈しました。

nomurayamansukenomurayamansuke 2008/04/11 13:15 どもです。勝手ながらついったーでフォローさせていただきました。ヲチさせていただきます、全裸で。

junmykjunmyk 2008/04/11 13:41 どもです。
日本での聖火リレーは静かな方がよいですね。
聖火ランナーがにこやかに長野の街を駆け抜け、
右手にチベット旗を掲げた群衆が無言で左手の中指を立てる。
騒いで恥を晒しているのが、華僑や留学生や名誉漢族のみというのが、
シュールで好ましいと思います。
道端で見たくもないのに犬の交尾を見てしまったという風情で見物するのも素敵。

realisterealiste 2008/04/11 19:35 gastoさん、ども。言葉の意味が固定しているというのは、一般論ではなく、以下の引用に示されているような特殊日本的な現象です。つまり、ルールになるべきでないようなものもルール化しているという事態です。

引用

ここでは、小さな動作(factum)ないし言葉(verba)をそのまま繰り返すだけでよい、ただちに奇跡とも思える驚くべき結果を招くことができる。否、言葉すら要らない、小さな図像(icon)さえ識別できればよい。ただし決して間違えてはならない。何も考えずにひたすら忠実にその通りにするのだ。そこにいかなるヴァリエーションがあっても君は失敗する。(中略)いずれにしても、そこにいかなる隙間も許されず、他方間髪入れず結果が生ずる、という。この無媒介が人々の思考のすべてを支配している。

行為や結果以前に、分解し吟味し省察する、という自由は与えられない。(中略)一体どこにデモクラシー特有の批判と省察の議論の手続きがあるのか。途方に暮れる。

人々は全ての事柄において実際のものよりも代替物を好む。とりわけ似姿(imago)や画像(figura)である。これらを実在であると信じているのである。否、それも当然で、それらは実際に生きているのである。つまり、自発的に動き、働きかけ、恩恵をもたらし、危害を加える。ならばこれらが写し取った相手方の実在の方は全て不要になるのも当然である。

もっと驚くのは犯罪の種類が大変に多いというところである。私は窃盗すら犯罪と考えなかったローマ人の理論的厳密さを賞賛するが、しかしここでは何が犯罪かということについて厳密な思考が行われている形跡がない。


出典 法学教室2003年2月号「日本法へのカタバシス」(東大大学院法学政治学研究科教授木庭顕・ローマ法学)

nyamanyamanyamanyama 2008/04/11 23:40 こんばんは。
トラックバックを送信させていただいたのですが、はてなって他社ブログからのトラバって受け付けるのでしょうか?また前にも一度送信させていただいたことがあったのですが、成功しててもつまらなかったかも。

finalventfinalvent 2008/04/12 07:23 realisteさん、ども。提示されている疑問は一見簡単そうに見えてかなり難しく根の深い問題です。ちょっと最近のはてな的話題の文脈でいえばその曖昧言語と現実は一つの生存のシステムを築いていると私は考えています。そしてこの先を言うのがためらわれる部分があるのですが、realisteさんの疑問とその解答予測もまたそのシステムの内部にあると私は考えています。と、曖昧に書いて申し訳ありませんが、この問題こそ三島由紀夫問題と私は考えているからです。多くに人は三島事件に衝撃を受け各種の解釈をしました。しかし、ほとんどの人が三島の檄を実際にや読んでいません。意外なことに三島の檄は理路整然とした、realisteさんには受け入れがたいかもしれませんが、realisteさんが縷説される主張のフレームワークをほぼ純粋に取り出し、そしてそれが伝わらない日本社会に向けて、暴力を喚起しそしてそれが不可能であることを知り、ゆえに自決しました。せめて自分の生命をもってその檄の価値を担保とせざるを得なかったのです。その意味では、realisteさんのこの疑問は、歴史に眠りつつある私にとっては、歴史の霊のようにも思えます。以上の話はrealisteさんは満足いかないでしょうが、私なりにその問題を日本の歴史の本質的な問題として、三島由紀夫問題の枠組みで捉えている、という点はお伝えしておきます。

finalventfinalvent 2008/04/12 07:25 gastoさん、ども。私も大筋ではそう考えます。ただ、こうも考えます。科学はモデルを構築し言語をその中に封じている、と。たとえは、F=maは、Fとmとaについては語るのですが、そのFが私たちの生世界(レーベンズヴェルト)における「日常言語」の「言語ーゲーム」において「力」を意味しているわけではありません。比喩です。その意味で、諸科学は正確だけど、比喩なんだ、そして比喩の豊かさがレーベン(生)なのだと、私は逆に考えます。

finalventfinalvent 2008/04/12 07:28 yutakarlson104さん、ども。中国の見通しはおそらく、yutakarlson104さんのシナリオがもっとも近いでしょう。近未来から中期にかけて。そしてその余波はかなり日本に受けるでしょう。山本一郎「俺様国家中国の大経済」は読まれましたか。ネットの切隊さんの作品でネットの文体で書かれていますが、中期スコープはあらかた書かれているように思えました。問題は、実際には、米中日が経済的には一蓮托生になっている構造でしょう。

finalventfinalvent 2008/04/12 07:30 ziomさん、ども。さすがにこの聖火リレーのアイロニカルな絵は私の想像を絶するものがありました。ziomさんが見て取られるように、中国の読みが甘かったのでしょう。私はあとそもそも聖火リレーがナチズムの映像だなと思うとろこがあってあまり好きではありません

finalventfinalvent 2008/04/12 07:32 nomurayamansukeさん、ども。すみません。トラックバック受けつけてないんです、この日記。なんどかやって落ち着かなくて。もともとこの日記の形態はほぼ最古のはてなダイアリーの機能です、裏方の編集機能もそのままです。トラバについては現状では大半がゴミなんでめんどくさいなという思いもあります。といろいろあるのですが、勝手でごめんなさいにまとまってしまいます。

finalventfinalvent 2008/04/12 07:34 junmykさん、ども。華僑たちは案外中共にアイデンティティを持っていないものでした。が、時代のせいかちょっと違う風景もありますね。隔世の感というか、古い華僑たちもそう思っているのではないかな。

2008-04-10

「多宇宙と輪廻転生人間原理パラドクス三浦俊彦)」読んだよ

cover
多宇宙と輪廻転生―人間原理のパラドクス: 三浦 俊彦

「私」 のいない宇宙はありえたのか

超能力も輪廻も終末もオカルトも、『トリック』 も幸福論も多宇宙も。なぜ論理を尽くさないのか? 厳密なロジックで誤謬を暴き、「人間原理」 で錯覚を正し、観測主体(意識)と宇宙とのあいだを解明する。

【目次】

まえがき

序 この世に生まれることの難しさ / 輪廻の必然性

 1 「私」 という不合理

 2 純粋個体と純粋自我

 3 繰り返す 「私」

 4 重なり続ける 「私」

機…暁塾呂板尭駝

1章 語用論的独立性 ――仮説と証拠の、正しい関係

 1 〈手品〉と〈この手品〉

 2 〈予言〉と〈首輪の予言〉

 3 仮説確証のための必要十分条件

 4 〈全体的証拠の同定〉と〈語用論的独立性〉

2章 意識の超難問

   ――疑似問題から純問題へ 「私はなぜ他の誰でもなく、三浦俊彦なのか」 の誤謬

 1 意識の 「超難問」 ?

 2 本物の問題へ――機会コスト、ナルシシズム、そしてカオス

 3 ファインチューニングの謎

供‖娠宙と多精子

3章 強い人間原理 ――多宇宙説がすべてを解く?

 1 ファインチューニングはいかに説明するか

 2 多宇宙は〈この宇宙〉を説明しているか?

 3 逆ギャンブラーの誤謬?

4章 指示の因果説 ――「私」 の誕生 どこに確率が作用するのか

 1 多宇宙、多惑星、多生態系

 2 指示の因果説

 3 多宇宙と多精子

 4 宇宙の全体論

掘(弧世僚末

5章 事前確率と事後確率 ――「論理で終末を予測」 できる時代 その1

 1 「終末論法」 への反論

 2 仮説とデータの依存関係

 3 終末論法ふたたび、そして再反論

 4 終末論法みたび、そして再々反論

6章 終末論法の構成的ジレンマ ――「論理で終末を予測」 できる時代 その2

 1 地球人であることは 「私」 の本質か?

 2 地球人であることは〈全体的証拠〉の一部か?

 3 自己言及的反論

 4 準拠集団の恣意性?

皆既日食の原理

7章 強い観測選択効果 ――「論理で終末を予測」 できる時代 その3

 1 準拠集団の制限は正当か

 2 あなたはなぜ、人間の平均よりずっと知能が高いのか?

 3 ウルトラファインチューニング

 4 皆既日食の原理

8章 SSSA ――皆既日食が本当に意味すること

 1 ウルトラファインチューニングへの諸説明

 2 ファインチューニングは神を反証する?

 3 「強い観測選択効果」 と 「強いSSA」

后〔欧衂洩簑

9章 一人称的確率問題 ――眠りの森の美女

 1 一見単純な確率問題だが・・・・・・?

 2 明晰なあなたと茫然たるあなた

 3 仮説の自己確証


10章 極端な眠り姫問題 ――安眠のための徹底考察

 1 傲慢な思弁、無謀な賭け

 2 コインはいつ投げられるのか

 3 主観的にフェアなコイン

 4 繰り返し実験再解釈、そして終末論法

此[慍転生

11章 霊体、ゾンビ、そして転生 ――「同一人物」 とは何か

 1 グルジエフの原理

 2 魂仮説とゾンビ仮説

 3 有意義な概念的相違

 4 輪廻転生観の論理

12章 いのちと解脱 ――輪廻する倫理

 1 生まれそこねた命と 「二つの常識」

 2 未来世代と過去断罪

 3 自殺肯定論

 4 解脱の倫理

終章 輪廻か多宇宙か

 1 輪廻転生観と様相実在論

 2 輪廻転生観と多宇宙説

あとがき

参考文献

付論 「意識の超難問」 の論理分析

 ディテールまできっちり読み込んだわけではないけど、ああ、そうだよねとそれなりにけっこう納得した。

 つまり、本書のいう輪廻転生。

 私もすでにちょこちょこここだのTwitterとかでもほざいているけど、輪廻転生みたいなオカルトかよ気違いみたいなことをそれなりに理詰めで考えていたので、ほほぉこれはいいツールかもみたいな感じでした。

 でも誤解なきように言えば、別に輪廻転生を信じてるということじゃないので、そこんところはよろしく。

 話を戻すけど、こんなものかな。

 あと⇒三浦俊彦の世界(MIURA Toshihiko's World):〈人間原理〉と〈可能世界〉のページ
Anthropic Principle & Possible World 予備のページ

 「眠り姫」問題は本書の定式どおりなんだけど、中島義道が言っているところとちょっと関連して思うことはあり。

cover
「私」の秘密―哲学的自我論への誘い (講談社選書メチエ): 中島 義道

 ぶっちゃけ言うと、死と眠りは、意識主体からは区別できない。

 ようするにこれは、眠りに関連する意識保持の権利みたいなものと、時間・確率論でもある。

 道元・大森荘蔵的には答えが出ていて、つまり時間の迷いに過ぎない。確率というのは実はなにも語っていないということ。このあたりは、三浦俊彦の議論とちょっとぶつかる。

はてなインテリジェントDBインタフェース

 書かないと機会を逸してしまうかもなので、さらっとメモ書きしますよ。

 まず、最初のインタフェースモデルは、ます裏ページから始まります。裏ページというのは、はてぶのついているページですよ。ちょっと話題になるようなことをブログのエントリに書くとか、面白いニュースがあれば、はてなユーザはぶくまするわけですが、このぶくまによって、ぶくま裏ページができる。

f:id:finalvent:20080410134802j:image

 で、この裏ページに集まったはてな村が、チョーキモ、なんだけど、その抑制についてはまた別途(つうかはてな市民に情報鋭敏値を付けてそれでフィルターすればいい。ネガコメ書いては捨てIDするやつとかダイアリー書いてもないっていうか非市民はリストから表示上はアボーンすればネガコメは消える。それで消えないネガコメは根性ありですよ)として、この裏ページから、どこにも行けない。いやあちこちリンクがあるからどっかページを開くことができる。たとえば、かならずキーワードとタグがありそれぞれリンクになっているからそこから関連情報が開けるかのように見える。

 でも、その先の情報が今のはてなだと現実的には何にもないのですよ。

 これは話が逆というか、このタグとキーワードによって、話題となるWebページのメタデータができているわけですよ。

 だから、このメタデーターを検索に有効利用するようなインタフェースを作れば便利なんです。わかりますか?

 たとえば。

 はてなブックマーク - 津田大介:「青少年ネット規制法」成立はほぼ確実 その背景と問題点 (1/3) - ITmedia News

 があるとする。

 ここで「津田大介」に関心を持つ人ならここから情報が辿れるけど、「津田大介」ではない意見がどうやって探れるかですよ。あるいは、タグの「ネット規制」とキーワードの「高市早苗」でどのような情報を、過去のはてなからマイニングできるか? 

 この単純なモデルでいうなら、繰り返すと裏ページのタグとキーワードでそのWebページのメタデータができているのだから、それを検索に使えるようにするということ。

 もうちょっと具体的には。

 それらの3つ程度の要素を選ぶと、Wikipedia風な情報ポータルのように過去のはてな情報が整理されると便利です。

 で、このとき。

 できたらオントロジーを使いたい。たとえば、「読みたい本」「本」「book」「booklist」みたいなタグをばらかしてないで辞書的に整理して検索の関連にすればいい。

 検索の評価付けは、はてぶ数やはてな市民情報鋭敏値みたいなもので序列化するといい。

 こうした裏ページのインタフェースができたら、そのままオモテのインタフェースにも使える。いかにもGoogleライクなキーワード検索みたいに。

 それと、このキーワード検索のAPIはてなダイアリーのエントリごとに「お勧め情報」として表示するようにするといい。現状では、お隣ダイアリーしかないし、昔のままにダイアリーなんだよ。情報はエントリベースに分けたほうがいいです。

 あと、3つ。

 1 「あとで読む」タグや「これはひどい」タグのように、ある種の話題性タグがある。これは意味論的に処理するのではなく、それ自体が情報価値を持つような処理をするとよいでしょう。

 2 いまのはてぶの面白さは、電車のなかの釣り広告的なビビッドなものだけど、現状、CSSPHP小僧、分裂君・ダンコーガイファンといった、普通の人なら見ないでしょそれみたいのが上位に上がって他の話題を押し下げるからキモイんですよ(両アルファブロガーさんごめんね)。これを抑制するような仕組みがあると、見やすい。っっていうか、はてぶフェミニンみたいなもの作ってもいいと思う。

 3 ちょっと自分でも考えていてよくまとまらないのだけど、「どんな何がしたい」インタフェースがあるといい。「ゴールデンウィーク大阪に行きたい」「チーズ入りのオムレツが作りたい」「PHPのよい入門書が知りたい」みたいに、限定された対象へのアクションから情報が見えるようなインタフェースがあると便利。これは、基本的に過去のキーワードやタグのもつ、行為対象性みたいな部分をオントロジカルに取り出すといい。「大阪」の属性ではなく、「大阪」にどうするみたいな。「オムレツ」の属性じゃなくて、「オムレツ」をどうするとか。プロパティじゃなくて、メソッドを整備するようなインタフェース。

 

追記

 Twitterユーザーをどうはてな村に戻すかについては書いてない。っていうか、そこはちょっと切り口がちがうっていうか、コミュニケーション的な部分。ざっくり言うと、Twitter対抗のサービスじゃなくて、Twitterに寄生するサービスがいいと思うけど、インテリジェントなTumblrみたいな。つまり、キーワードとかでTumblrするような。

それって

 ⇒ほかの言語から引っ越してきた人がつまずきやすい点 - 西尾泰和のはてなダイアリー

座標の値が整数じゃないんだ。きっと単精度か倍精度の浮動小数点数だろうな。

 twip じゃね?

 みたいす⇒305cc BLOG » Flashのピクセル計算の最小単位「twip(トゥイップ)」 その2

メドヴェージェフ(Medvedev)、メモ

 べた⇒ドミトリー・メドヴェージェフ : ドミトリー・メドヴェージェフ - Wikipedia

 べた⇒Dmitry Medvedev - Wikipedia, the free encyclopedia

 ほいで⇒Putin's Choice: A Profile of Dmitry Medvedev - RADIO FREE EUROPE / RADIO LIBERTY

Dmitry Anatoliyevich Medvedev was born in Leningrad on September 14, 1965, the only child of a family from the ranks of the Soviet intelligentsia. His father, Anatoly Afanasiyevich Medvedev, was a professor at the Leningrad Technological Institute. His mother, Yulia Veniyaminovna Shaposhnikova, was first a teacher at the Hertzen Leningrad Pedagogical Institute and then a guide at a city museum. There has been widespread speculation that his mother is Jewish.

 

However, after his selection the Russian Orthodox Church strongly endorsed Medvedev's candidacy and declared that it knows him as a "believer." In an interview with "Itogi" on February 19, 2008, Medvedev admitted that he was baptized at a "mature age." He also implicitly denied rumors that he was Jewish by saying that his maternal grandparents originated from Belgorod Oblast and had the Russian-sounding surnames Shaposhnikov and Kovalyov.

はてな村で書いていてそこが難しいんだよね

 ⇒うさんくさい - jkondoの日記

例えばはてなブックマーク人気エントリーを読んでいる人はほとんどいない(昨日の彼は「そういえば最近はてブというのを見ることがあるけど何なの?」という感じだった)。だから、なんだかよく分からないネットでちょっと話題の揉め事とか、意味も分からず怒っている人の存在すら知らないという人ばかりだ。

 はてなブックマークは意味論的に、いやもっと簡単にいうと、カテゴリー的に分けて、多様な関心のインタフェースを作らないともう使えないレベルになっている。

 それと、やっかみにとられるかもしれないけど、一部のブロガーニュースサイトのファンぶくまみたいのが実際にはもうノイズになっているので、そこを実質抑止というか別カテゴリー化する仕組みがないとね。もちろん、そこが話題の焦点になることが多いので抑止だけでいいわけはないけど。

 ついでにいうと、ネガコメ論がはてな村的に盛んで、いろいろ議論が盛り上がっているけど、普通に見たらあれは異常な世界ですよ。特に、ネガコメが楽しくてブログよりネガコメつけまわっている一群の人を抑止するシステムは必要。っていうか、これもうはてな村的な内部の議論でどうにもならない。(この件ついては以前書いたけど、ぶ米をダイアリーに実質統合させることで、被コメントのエントリーとコメントを同じレベルにしないと)。

 ついでのついでいうと、「はてな村なんてどこにあるの?」「だれがネガコメ5?」とか、そういうレトリカルな疑問もあまりにはてな村。最初にいうとネガコメ5なんてギャグなんだから村の話題だよ。で、はてな村はどこに?だけど、そんなのはてなブックマークに決まっているじゃん。っていうのは、他にどのSBMサービスがあの不気味な雰囲気だせるんだっつうの。だいたい話題のぶくま見れば、IDで認識できるじゃねーの。つまり、村民だよ。はてな村なんだよ。

一日中ネットに張り付いているような人たちが、新しいネタやサービスを追いかけ続けているその後ろに、置いてきぼりにされた大集団、みたいなものがあって、実はそちらがマジョリティなのだ、という現在の構図がようやく最近実感としてつかめてきた気がする。

 遅すぎ。

 それと、置いてきぼりされているわけじゃないのな。

 置いてきぼりとか見ていると幽霊に会うばかり。

 ネットのマジョリティが潜在的になにを求めているか、それにこれまで積み上げてきたはてなアイデンティティがどうサービスとして答えられるか、そしてそれに答えることで、はてなのアイデンティはどうなるかということ。

 ほいで、自分でも矛盾しているけど、はてなのアイデンティティというの半分は「はてな村」ですよ。はてな村の知性をどう、オープンな知性に変換するかというのが求められているとかいうとちょっと抽象的だけど、最低でもインテリジェントなDB化はほしい。

 でと。

 はてな村で書いていてそこが難しいんだよね、というのは、実際、なんたらかんたら言っても私なんかもはてな村にいるわけですよ。だけど、その内部に向けて書いてちゃダメだし、なんつうか、すでにコアなはてな村民は実質Twitterのほうに逃げているじゃないですか。

 ま、ちょっと粗く書いたけどね。

 「はてな村なんてどこにあるの?」「だれがネガコメ5?」とかのぶ米、禁止な。

 

追記

 こう考えちゃうのがいかにも村長⇒はてなブックマークのコメントで傷ついた人を助けたいと思うのなら - ARTIFACT@ハテナ系

はあ、そうだったのですか

 韓リフ先生⇒■[話題]書評って大変だよ : 2008-04-10 - Economics Lovers Live

僕が最初に書評の訓練とその難しさを知ったのは、30になって大学院にはいり、故高須賀義博先生の講義にでたのがきっかけだ。高須賀先生は僕らに「専門家になれば書評を書く機会があるのでいまのうちに練習しよう」と講義のうち一こまをその指導にあてた。いまでもそのときの思い出とアドバイスが僕の書評のベースである。故人に責任をかぶせるつもりではないが、僕の書評が辛口なのは高須賀先生の指導のたまものである 笑。

 はあ、そうだったのですか、って高須賀先生に学ばれたのでしたか。

 ⇒極東ブログ: World 3.0 という雑想

 ⇒ちなみに私の世代的にはこんなあたり… - finalventの日記

 ⇒私が突っ込む話ではないが - finalventの日記

チベット問題クリップ

 ワタシの問題関心としては⇒朝日社説 聖火リレー―中国が試されている