finalventの日記

2009-03-09

50年生きてみると

  • 生きているもんだという驚愕感がある。
  • 私は20歳まで生きられないなと思っていた。ティーンエージで自殺してもなんら不思議でもなかった。ただ、50歳まで生きて見ると、そうでもない、いわく言い難いものが自分を守っていたとしか思えないものがあると思うようになった。スピリチュアルになってしまうのもどうかと思うけど、今どれほど生きづらい人でも今気がつかない大きな力のようなものをいつか感じる可能性はあると思う。
  • 邱永漢も言っていたが、青春で無謀な人生を選んでも、身体は50歳までは生きられるがそのあたりで死ぬ。むちゃくちゃやっても50歳まで生きられるという人生もあるのだろう。下天とはそういうものなのでしょうね。信長謙信も50歳で終わりと思って生きていたいようだし。
  • 無謀な人生というのは、意外とテンプレで、飲む・打つ・買う、つまり酒、賭け事、女。それと加えるなら自意識過剰
  • 自意識過大というか自分の才能に賭けられる人は本当にそれが才能なら、50歳くらいで自滅するか、あるいは自分というのを実は失う。「はてしない物語」(参照)にその秘密が書いてある。
  • 酒というのはどうしようもない。どうしていいかわからない。しいていうと、旨い酒と旨い飲み方を覚えなさいとしかいえない。まずい酒だとわかって飲んで苦しんで死ぬ人は少なくない。
  • 賭け事も酒と同じ。免れた人生はそれだけでラッキー。
  • 女。女性にとっては男と言えるかどうかはわからない。男女というのは30代に入って、生物的なら子どもをなしてみたいな時期になってから、魔の時期がある。まあ、これは簡単に言えるものではない。非モテとかいう人は実はけっこう守られているというか進化論的な有利があるのだなと個人的には思う。
  • 50歳まで生きられなかった人に、奇妙な罪責感と優越感ではないが、偶然に私は生きているな、恵まれているなとは思うようになるし、うまく言えないのだが、優越感とは逆に、彼らのほうが人生の完結度を示していて、呆然とするものがある。中島敦全集を読むとよいよ。
  • 20年くらいの時間は大した時間ではないなと思うようになる。これは愕然とそう思う。志のある人は40歳までは迷っていてもいいのだろうと思う。
  • 正直者がバカを見ないかもしれないなと思えるのは、50歳くらいからではないか。ひと昔前みたいに子どもが40代で成人しているとやや前倒しというか。ようするに正直者というのは人の生き方であって、人が人に連なる生き方の問題。つまり、バカを見ない人は自分自身だけがバカをみないと思っているだけのことであって、人なんてものは、人の交わり、連なりのなかに消えていくものなので、その消え方の最適戦略として、弱者でもそれなりに取れるのが正直者ということ。
  • 正直者というのは、続けていくと、自分への確信が年率0.01%くらいつく。もうちょっというとたとえば、いかなるときでも私はその点では卑怯なことはしないよというのがあれば、その点から卑怯な攻撃を受けたときに自分を越えた強さが現れる。これは自分としては聖書というかパウロから学んだ。自分が弱いとき聖霊が代わりにそこに立つのだから安心しなさいと。また弱さであってあなたへの恵みはもう十分なのですよ、と。
  • たいていの人の人生は失敗ばかりの人生になると思う。残念ながら40歳越えると失敗は見え始め、50歳では失敗が完成する(例外もあるかもだけどね)。しかし、その失敗を心理的に合理化するのとは違って、50年も生きてみると、その失敗によって刻まれた人生の不思議さを思うようになる。へぇ、私ってこういう人生を歩んだのか、みたいな。へぇ、こういうストーリーでしたか、ほぉ、みたいな。

 なんか説教みたくなったし、だらだら書きそうなのでおしまい。

edouard-edouardedouard-edouard 2009/03/09 10:31 正直者でありつづけること、あるいはそれを志すことが、与えられている人とそうでない人がいるように感じることがあります。その点では卑怯なことをしないよと思える一点を持つことができるような、そしてそこに自分を超えた強さがよりそってくれるような人間とそうでない人間。ある種の凡人は自分の凡人生を目の前にした時に、ああ自分は早くこの世の舞台から去ることも許されていないし、冗長な、しかしそれなりに凄まじい生を送るほかないんだな、と直観し、凡人的な絶望を抱いてしまう。絶望の名には相応しくないような、半分がぬるいルサンチマンでできたような絶望のまがい物。でも死は、さらっと、唐突に静かに到来してくるのかな、とも思います。それが魔なのかどうかはまだわかりませんが。神谷美恵子は、すでになされてしまった自殺を責めることをしなかった。責められないと判断した(「責める」という言い方ではないが)。そのことをどう受け止めればいいのだろう、と悩んでいます。
私的で一方的な心情吐露になってしまいました。ご判断によっては削除ください。お手数をおかけします。

finalventfinalvent 2009/03/09 14:09 edouard-edouardさん、ども。ええ、そこはとても難しい問題だし、こう言うのは必ずしも適切ではないのですが、啓示に関わる深淵というようなものがあります。理由付けをいっさい受けつけない現前です。そして、死には私には知り得ない謎があります。死というのを近代人は簡単に考えすぎているとすら思います。さらに自殺についていえば、これは他者の自殺ということですが、すでに死なれてしまったとき、そこはその死者の魂にとってすでに終わりなのか? こう言えば、死者の魂が実体的に存在しているかのようですが、そういう問い掛けを、ある意味越えたところで、時を逆転させるような救済の光といったものの可能性があるように思われます。比喩的に言うのなら、生者は死者の魂を救うことがその残された仕事のようなものではないか、と。

h0wh0w 2009/03/09 16:59 一度、極東のほうにコメントしたhowを改めh0wです。横やりコメント失礼します。
 
 逆のことを考えるのは楽ですが、あえて、ひとが思ってる以上にひとは他人を理解できる。ということは起こることがあると思います。そこに死についての何かがある気がする今日この頃です。

finalventfinalvent 2009/03/09 22:19 h0wさん、ども。ええ、それはあるかもしれません。言葉にするのはとても難しい問題に思えます。

hidecrhidecr 2009/03/09 22:33 同じ50まで生き恥さらしてきた身からすると
まだ50だよ 江戸時代なら人生50年とか言ってたけど 今は人生100年 折り返し地点に来ただけ
人生達観したような気になって悟った気になってたってしかたないじゃん
自分のいきたいように生きる! 
それだけ
50だからって妙に年寄りぶって保守に徹する必要はない 
やりたいこと 思いついたことがあればとにかく挑戦しれみればいいだけの事
失敗だってあるけど 精一杯自分の信じる道を生きてれば それは人生の糧 プララスになるがマイナスにはならない
そういう考え方で日々生きるだけ
そんなだから同世代の友達はいない いつもバカ言い合って酒を飲むのは20代30代の友達ばかり

3歳年下の嫁は 自らを『大人げない大人』と言う貴腐人(腐女子の年寄り)
結婚生活20年以上の今でも新婚生活のよう
finalventさん的な感覚で言えば 私はまだ30代くらいの精神年齢なんだろう(実際今の勤務先の専務は私の実年齢知らずに会社に誘ってきてさんざん話した末 年齢を聞いて自分の思ってた年齢よりはるかすぎるくらい上で愕然としてたし)
50だからと そういう固定概念でものを考えるのはプラスにはならないと思う
年齢関係なく 自分の考えやりたいこと 好きなこと そういうのもを素直に認めて 否定しない人生 それが周りにも実年齢以上に若々しく見えるんだと思う

50になったからといって なんか構えすぎてるようなきがします 
もっと自然体にじぶんらしく行動し考えたらいいのではないでしょうか

T_UronT_Uron 2009/03/09 23:42 はてしない物語ってそういう話だったんですか…
小学生の頃読んで、まったく頭に入っていかなかった覚えがあります。
亀とか鏡が出てきたような。

ある意味人生って共産主義みたいだなぁ。
偉い人も、死んだら終わりですもんね。死ねば平等ですよ。

この世界のルールって
死んでもなにかを残したかった人が
作った残り物で成り立っているような気がします。

自分は無宗教なので特にそう感じるのかも。

何処かの記事でテロメアを延ばせたとかありましたが
実際、代替医療などで人間が不死になったらどうなっちゃうんでしょう。

マジで危機感を覚えます。

finalventfinalvent 2009/03/10 10:26 hidecrさん、ども。若々しいごようす、羨ましい。私はどうも死後の世界をたらたら30年も生きているような感じいます。

finalventfinalvent 2009/03/10 10:27 T_Uronさん、ども。「はてしない物語」は恐ろしいほどの深みがありますよ。

onyonyonyony 2009/03/10 10:35 つい最近、二十歳になりました。
>>正直者というのは、続けていくと、自分への確信が年率0.01%くらいつく。
非常に、自分にはかけていた気持ちなのですが、
だまされたと思って、少しくらいは正直になってみようと思います。

元が0じゃあ利息つきませんしね・・・
ありがとうございます

finalventfinalvent 2009/03/10 10:38 onyonyさん、ども。定点観測みたいなことができる何かがあるとよいかも。利率は低いから目立たない。

buddhistbuddhist 2009/03/10 16:04 はじめまして。天命を知るといわれる50代になると、今まで見えなかったいろんなものが見えてくるのでしょうね。満足と後悔の天秤がどちらに傾くか、これから審判を受けるものとしては、いささか恐い気がします。正直に生き救われたいものです。

jolt8jolt8 2009/03/10 18:39 泣いた

finalventfinalvent 2009/03/10 20:53 buddhistさん、ども。人にもよるのでしょうが、多くの人が自分の心の幼さに愕然とすると思いますよ、50歳なっても。

finalventfinalvent 2009/03/10 20:54 jolt8さん、ども。まあ、生きて見るものですよ、どう泣くのであれ。

lasmalllasmall 2009/03/14 11:30 この手の話でエンデというと「鏡のなかの鏡」に収められているジンと少年の話を思い出します。
初めて読んだ時、「郷愁を忘れちゃだめだ」って言葉が、ずっと響き続けて感じられたのですが
十年も経つと別の感じ方をするようになり、じゃああの頃にあの響きをどう感じたのか、と考えてみると上手く思い出せない。たぶん、何か欠けたり埋まったりしてるんでしょうね、こういうのも。今は、むしろエンデ自身の悲しみというか、あがきのようなものを感じます、錯覚なのかもしれませんが。

finalventfinalvent 2009/03/14 21:45 lasmallさん、ども。私にはエンデという人がよくわからないなと思うことがあります。彼が説明する以上のなにかが作品に結果的に表現されているような。その「悲しみ」も錯覚ではないのかもしれませんよ。

summercontrailsummercontrail 2009/03/22 19:58 finalventさん、こんばんは。本のまとめ買いにあたって、finalventさんお薦めの本で見落としなかったかなとさかのぼっている間に、このエントリに再会しました。たくさんのブックマークがついているのはやや意外でした(こういう感性ってあまり理解されないかもなと思いながらこっそり大いに共感しているクチなので、昔から)。
>しかし、その失敗を心理的に合理化するのとは違って、50年も生きてみると、その失敗によって刻まれた人生の不思議さを思うようになる。へぇ、私ってこういう人生を歩んだのか、みたいな。へぇ、こういうストーリーでしたか、ほぉ、みたいな。
 というのは、まだ50歳には遠い私もしばしば思います。もっともその感慨のような思いもまた突き崩されることを待望してもいるんですが( http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20090317/1237251003 との関連も自分で感じるので)。

finalventfinalvent 2009/03/22 20:41 summercontrailさん、ども。あるいは私がこの世にいない頃ふと理解される……いやそんなナルシズムもそれほどはありません。ただ、人生にはなにか不思議というものはありますね。別段偽科学とかオカルトか、そういうことではなく、普通に生きるだけで納得せざるを得ないなにかを。

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