finalventの日記

2009-09-06

ところが答えたりして

 韓リフ先生⇒■[雑談]よくわからんから相談(と書くと誰も答えてくれないネットの罠w) : 2009-09-06 - Economics Lovers Live#p2

 それはまあ半分冗談(半分本気w)としても、こういう依頼にどう対処していいのかよくわからない。そもそもこのブログ、結構いろんなところの媒体で有料で書いたものを一定期間経ったということで、暗黙ないし明白な許可のもとに転載したり、あるいは草稿(つまりこれから蔵出しする予定)のものを先行公開?しているものもかなりあるんだよね。そこらへん、いちいちこちらで「この記事は転載いいっす」というコストもあるしなあ。

 みんなはどうしてんの? あるいはどう考えてるのかなあ 個人的にはこのブログの記事はここだけで、というのがいいような気がするのだが。

 私の場合:

 編集権といういうほどではないけど、自動的に転載されると、(1)追記などタイポなどの変更しづらいこと、(2)どっちが本当という言責のバージョン管理、の2点を考えて、自動的な転載はお断りしてます(大手サイトでなくて無断でやっている人はいて、困ったなと思っているけど)。

 稿料の有無・多寡の問題はあるけど、エントリ単位で転載というのは寄稿して受けます(たいてい)。

 ま、ブログの運営によりけりでしょうが。

今日の大手紙社説

 特になし。

毎日社説 社説:視点 国連軍縮会議 もっと「核の傘」を語ろう=論説委員・布施広 - 毎日jp(毎日新聞)

 それに、長期的課題として世界の核廃絶を求めつつ、いま現在は「核の傘」によって国の安全を守ろうとするのは、次元の異なる問題である。広島長崎に次ぐ第3の被爆を防ぐことを考えれば、決して矛盾でもジレンマでもないと私は思う。

 普通にジレンマだと思うが。

 それとお忘れ無く⇒第五福竜丸 - Wikipedia

読売社説 公明党敗北 出直しに与党経験を生かせ : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 政策対応にも、問題はなかったか。例えば、米同時テロ後のアフガン戦争やイラク戦争といった節目で、創価学会員に根強い「非軍事・平和」志向に押されるまま、自衛隊の活用に常に消極的な姿勢を取った。

 むしろそれが現実的な政党としての成長を意味していた。

 麻生政権が2兆円もの巨費を投じた定額給付金は、公明党が主導したものだ。景気刺激効果は限定的と言われ、バラマキ的政策と批判を浴びた。

 批判のほうが失当していた。これは単に減税というだけだった。

 公明党はどうしてもS学会と表裏一体となる。しかし、その利益のポジションだけ純化できれば、都市民の重要な政党たりえる。そのためには、別の意味で大きな時限爆弾的な変化を乗り越えられるかにかかっている。だめだろうと思うが。似たケースでいえば、日共も類似のものがあるし、連合もそうだ。党派を開き、それを市民にどう開いていくかという課題が定着すれば公的な意義を持ち得るのだが。

朝日社説 新政権の日本―育て、大きな民主主義

 特にどってことない社説なのでするーと読んでいて、おやと思った。

 小さな政府か、大きな政府か。どの国でも議論が尽きないテーマだが、どんなサイズの政府であれ、参加度の低い「小さな民主主義」では力強い政策は生まれにくい。政策の効果も限られよう。多様な人材による多角的な論議に支えられた「大きな民主主義」を根付かせて初めて、日本を変えられる。

 そこはまったく違う。民主主義というのはdemocracyの訳語がわかりづらいのかもしれないけど、大衆制度という語感があり、原型を持つスイスがわかりやすいが、直接国家には上がらない。

 「参加度」というなら、社会やコミュニティの問題で、あって、「国家」に「大きな民主主義」を求めると独裁への傾向が生じる。というか、democracyの制度面というのはその独裁をいかに歯止めを掛けるかという制度になっている。

 朝日新聞の執筆子でもこういう基本の感性っていうのはないものなのかとちょっと落胆した。

 スイスについては⇒極東ブログ: [書評]スイス探訪(国松孝次)

晴れ

 秋空。街路のコスモスが美しい。昨日は久しぶりになってしまったが泳ぎに行った。筋力が落ちてしまったので無理せずのんびりと過ごす。戯れに潜水して上を見上げると鏡になった水面が美しい。そこに異世界の幕があるようだ。今朝になると体にほどよい疲れ。夢は覚えていない。

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