日経 春秋

 喜寿の誕生日の朝、森澄雄さんが詠んだ一句がある。「ありがたき春暁母の産み力」。「朝六時ごろ一所懸命ぼくを力んで産み落としてくれたんだなあ」。思いをそう記している。感謝に始まるお祝いの一日は、なんともすがすがしい。
▼森さんが18日、91歳で逝った。俳人として俳句を作ったことはない。29年間教壇に立ったが教師であったこともない。なにより人間なんだ――。そんな揺るがぬ信条を持っていた。義理あって都立高の校長試験を受けたが、校長などになりたくないので白紙答案を出したそうだ。覚悟と潔さもこの人のものだろう。

 高校生のころ俳句を見ていただいたことがある。