finalventの日記

2012-03-31

やる気なあなたを、今すぐ「だめ人間」にする6つの方法

その1: 朝と夜を大切にする

 そして昼は寝ている。

その2: 食べ物と飲み物を変える

 地産地消のものを食べましょう。テキサスの人が毎日ステーキ食べるように。

その3: 大きな声でしゃべる

 そこらへんのおじさん、おばさんを見習いましょう。

その4: まわりの人を笑顔にする

 なんで笑顔なのか理由をきかないように。

その5: 定期的に体を動かす

 右手だけ動かしていてはだめですよ。

その6: おもいきって旅に出る

 2010北海道ツーリングァ網走番外地編★ - YouTube

今日の大手紙社説

 実は、もう社説のことを書くの苦痛になってやめたのだった。なんか自虐しているように思えてならない。でも、たいていは毎日ざっとは読む。さすがに今日の惨状はいかんともしがたいものがあるなとは思った。

 ひどい世の中になったなあ。

毎日新聞社説 社説:消費増税法案決定 民・自合意に全力挙げよ - 毎日jp(毎日新聞)

 小沢元代表は党の手続きに「強引」と異を唱え、グループ議員は政務三役の辞表を出すなど倒閣まがいの動きをしている。消費増税は政権を懸けたテーマであり、党にとどまる以上は決定に従うべきだ。現段階で増税に反対するのであれば「では、どうするか」をより具体的に説明しなくては無責任に過ぎる。

 衆院の採決で大量造反が出れば参院はおろか、与党単独による法案の衆院通過すらおぼつかないのは事実だ。だが、首相が優先すべきは野党との合意形成だ。これ以上慎重派に安易な譲歩をすべきではあるまい。

 民主党以上に国会での対応が問われるのが野党、自民党である。

 なんだか太平洋戦争開戦の時代再来みたいな印象。

朝日新聞社説 税制改革の法案提出―やはり消費増税は必要だ : 朝日新聞デジタル:社説

 一読して、くらくらした。表題のように増税の必要性を説いているのかというと、紆余曲折した議論になっている。

 だが、結局。

 だが、「景気回復を待って」と言っている間に借金はどんどん積み重なる。リーマン・ショックのような激震時には見送るにしても、増税から逃げずに早く決断することが大切だ。

 市場に追い込まれる形での財政再建は厳しい。

 国債価格が下がると、新たに発行する分には高い金利をつけないと買ってもらえない。財政はいよいよ苦しくなる。

 景気の回復を伴わない金利の上昇は、企業も圧迫する。給料が下がり、雇用が失われかねない。そんな状況下で、いま以上の増税が不可避になる。

 今しかもう増税の時期はないという議論のようだ。

 まあ、呆れて物が言えない。

 怒りというより、あはははとか笑ってしまう。もしかして、今日は4月1日?

 

21 : Lesson

I am determined to see things differently.

 

 昨日のレッスンの続きということもあって、jacimの訳は「私はぜひとも別の見方でものごとを見たい」となっている。大内訳は「私は物事を違った目で見ることを決意しています」としていた。誤訳ではないが、もうすこし軽く、「私はものごとに別の見方をしてみると決めました」くらいではないか。

 オリジナル説明の説明が秀逸。

You will probably be tempted to dwell more on some situations or persons than on others, on the fallacious grounds that they are more "obvious." This is not so. It is merely an example of the belief that some forms of attack are more justified than others.

 ある種の怒りが強いためにそれに注目してしまうかもしれないが、その内的な怒りが強いのはそれが正当化されているにすぎず、軽微に見える怒りが重要である可能性もある。このあたりのacimのインサイトはぞっとするくらいすごい。

 例えば、私は、acimのせいということもなく、たぶん老化の一種だろうが、あまり怒らなくなってきた。が、どうも怒りを上手に抑え込んでいるという側面もありそうだ。

 このあたり、ワプニックが説明していたが、内在化された怒りというのはよくあるセラピーものように表出すればよいというものでもないだろう。怒りの自覚というのは怒りであり、循環しかねない。

春の嵐ログイン

 昨夕は露天風呂に行く。なんか久しぶりにお風呂だなあという感じがする、毎日風呂には入る人ではあるのだが。

 

2012-03-30

ブログサバト

 金曜日。早いような。

 そういえば、今週の日本版Newsweekの防衛特集はけっこう読み応えがあった。気になる人は今週号は買っておくとよいのではないかな。

cover
Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2012年 4/4号 [雑誌]

 

 ただし、記事は多いけど、Kirk Spitzerの私見ばかりということもあるし、この人、軍事ジャーナリストと書いてあるけど、専門家ではなさそう。

 原文が見当たらないのも日本特集のせいだろう。Time記事の焼き直し感がある。

20 : Lesson

I am determined to see.

 

 ACIMワークに私訳をつけるのもあまり意味がないし、ごたくを言うこともないので、一年のチェックがてらに書いていくとにしたが、今日のレッスンは訳に迷うところだろうと思った。jcaimの訳では「私はぜひとも真に見たい」となっていた。大内訳では「私は見ることを決意しています」となっていた(参照

 「be determined to〜」は「〜とする」といった法的な含みがあるかと思う。直訳的には「決定する」だろう。

 jcaimも大内訳も「決意」をおもてにしている。Longmanでは"to find out the facts about something = establish"が最初にあがり、"if something determines something else, it directly influences or decides it"が続く。「実効性を持つものと見なす」という意味合いだろう。

 ちょっと気になって別の英文のメンターのコメントを見ると、強いられたものではないので注意のようにあった。

 おそらく、自分の感受性(to see)をそのまま受け取るのではなく、どう受け取るかを選択しようという含みだろう。「それをどう見るかは私が決める」といった。

 運動が足りないせいか身体ががちがちになっている。

2012-03-29

19 : Lesson

I am not alone in experiencing the effects of my thoughts.

晴れ

 朝方どたばたとしていた。空を見上げると、散歩にいい季節だなと思う。喉の痛みが引いてきたとおもったら、まだ激痛部分もあり。微妙。

 ACIMのワークだが、知覚や思考は個人に特定されないというのは、クリシュナムルティ(K)の言う"You are the world"に近いと思った。このKの言葉だが、"We are the world"と誤解されるが、意味はまったく逆で、Kの場合は、「あなたの思考はあなたが他者とみる人の思考と同じもので、それらが全体として一つの世界を作っている」ということで、世界を自分と対立的に見るのではなく、この糞な世界を作り出したのは、人間というものの思考なのだということだった。

 まあ、それはそうだ。Kはそれにたいして、total outsiderというようなことも言っていた。

2012-03-28

18 : Lesson

I am not alone in experiencing the effects of my seeing.

晴れ

 喉の痛みが引く。これで終わるかな。気がつくと水曜日。

 例年なら今頃もう桜を見るころ。

2012-03-27

17 : Lesson

I see no neutral things.

晴れ

 ディテール忘れたが、精神的にきっつい夢を見た。朝、ぼんやりとしたながら、ああ、どうしてこんなことがわからなかったのだろうと、愕然ともした。

2012-03-26

16 : Lesson

I have no neutral thoughts.

晴れ

 喉痛む。気分優れず。三月尽。俳句か。

 明け方の夢だが、東京の郊外、町田あたりだろうか。道に迷ってバスや鉄道を探すがどうやっても山手線中央線のほうに出られない。へとへとになって深夜に呆然としていた。目が覚めてもなんかぐったり感が続いた。

 昨日の鬱や今朝の迷子の夢も、どうもACIMの影響くさい感じがする。般若心経というのはACIMと同型なんではないかというか、どう考えてもそう思えてきてまいる。まあ、ACIMにマントラはないが。

2012-03-25

15 : Lesson

My thoughts are images that I have made.

晴れ

 喉をやられてダウン。

 疲れと鬱もどっと押し寄せるのだが、ものすごい憎悪の幻想のようなものもやってきた。これはACIMとかの副作用なんじゃないかと思ったが、よくわからない。

2012-03-24

これはよくあるんだけど

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18.ACROSS

 ACROSSのイメージは「横断」です。例えば、She walks across the street.「彼女はその通りを横切って歩く」などが代表的な活用例です。注意点として、acrossは、平面のものしか横断できないので、wallやfenceのような高さのある物に対しては使いません。

また、ACROSSは、物理的な移動だけではなく、「視線の移動」も表します。例えば、She lives across the street「彼女は通りの向こうに住んでいる」は、彼女は移動していませんが、話し手の視線が移動していることが分かります。

このACROSSの使い方を、音声を聞きながら、下記の動詞と一緒に覚えましょう。

come across / get across / cut across / run acrross

 その「下記の動詞」が上の説明とそううまく整合しないんですよ。

 I came across this picture of you.

 I've tried to get my point across.

 Their identities cut across various ethnic lines.

 She ran across a friend of mine.

 

 日本語でも「やったら」「やっちゃった」みたいな意味が「やった」から直線的に出てくるわけでもないし、口語っていうのは難しい。

14 : Lesson

God did not create a meaningless world.

 

God did not create that disaster [specify], and so it is not real.

 

The early steps in this exchange, which can truly be called salvation, can be quite difficult and even quite painful.

曇・ログイン

 未明に目覚め、ぼうっとしている。夢はそのころまでは覚えていたがやがてわすれる。あまり幸せな夢ではなく、じっと恐怖が潜んでいるといったものだったように思う。カンフーバンダ2のような内なる平和というのが自分にはないものだなと思う。

 昨日、ゲームをしながら、ふっとああ、死ぬなあ俺と思った。そのあとぞぞっと恐怖が大波のように押し寄せるのだが、若干違うものがあった。世界の様相はプラスチックのようになって戻った。

 ACIM Textの大内訳は、ここが誤訳だといえるような点はないのではないかと思うが、それが訳文になっているかといえば、例えば、mindを「マインド」としているように、放置と見えないでもない。ただ、用語が微妙に日常語とも異なるのでしかたないのかもしれない。

 ACIM Textはもともと韻律の関係から長文や複雑な十分はないので、であれば原文で読めばいいではないかということになるし、一見して英文は複雑な構造はしていない。が、わかってきたのだが、単文でしかも韻律制限がかけてあるために、叙述的にはなっていない。構文の簡素化は参照の複雑さに代償されているだけだ。なるほど、ネイティブにもこれは難解な代物なのだろう。そしてその難解さが不要な権威にもなりかねない。

 ACIMは3部構成になっているが、ワプニックのヘレン伝を読むと、実質的には、Manual後の教義改訂をSongで引き受けていると読めないでもない。これはワプニックですら嵌った陥穽とも言えるもので、Textそのものの本質的に難しい面を表している。UrTextの持つ輪廻思想なども関連している。

 ワプニックには自覚があるのだろうが、ACIMの教義はクリシュナムルリティの教説とほぼ同型といっていいだろう。ただ、そこで解釈するべきものでもないが。

 ACIMをキリスト教神学で扱った文献はないかとざっと見たところ存在してない。ヘレン自身がマザーテレサと親交がありまたワプニックもユダヤ人でありながらカトリック僧でもあったしマイケル神父も関与していることから、カトリック的にはあまり教義的に問題視したくないところだろう。

 グノーシス思想との関わりは、聖書学的には興味深い。デミウルゴスは否定されているが、広義には仮現説として見てもよいだろう。この点はワプニックにはキーンに意識されていて、ヘレン生前に「イエス」自身に問うている。答えは一つの神話だろうが、身体に見える復活は霊体としかいいようのないものであり、そこでは広義にニカイアに近い。そして全体的には、普通にプラトン主義と言えるもので、フィロン的な文脈にも接合するだろうから、ACIMこそが新約聖書なのだと言えるような側面もある。

 ただ、そう考えてどうということよりも、キリスト教が胚胎する神義論的なアプリアの必然的な結論がACIMと言えないこともないというのが、まあ、唖然とするといえば唖然とする。それらがユニバーサリズムに統合されてもしかたはないだろうし、バルト神学的な啓示の接面でかろうじてキリスト教とは異なるもとなるのだろう。バルト神学をカトリックや正教がどう見ているかというのは、それも難問ではあるが。

 まあ、自分自身の死がぶらっとぶらさがっている人生の局面で、神学パズルを楽しむほどの余裕はないなあというのはある。

2012-03-23

三身論とか

 鈴木大拙起信論概論に、仏教にも神があるとしていた。真如であるというのである。そこから三身論と三位一体を比較していた。西洋人にわかりやすい比喩であって、仏教内部の構成でもあるまいと思っていたし、実際そう。

 ネットなどで仏教をかまびすしく言う人は、(1)明治時代に帝大が志向した「原始仏教」、(2)檀家仏教の再世俗化、(3)前二者の混合、というくらいで、起信論や観音信仰というのを論じる人はほとんどいない(あと中論が若干か)。まあ、近代疑似の精神活動であり、反西洋というくらいのものなのだろうが、「原始仏教」は真なる仏教を幻想させるし、さらにそれに類似した上座部仏教を実質新興宗教のようにする人もいる。まあ、ありがち。

 それはさておき、三身論と三位一体はただの洒落かといえば、法身の非人格性は、三一の父に近いともいえないし、そこで子のキリストは報身と言えないこともない。応身は我々によりそうという意味で聖霊でもあるだろう。というか、これはやはりヘレニズム宗教としての仏教とキリスト教同一性が背景にあるのかもしれない。

 法身=真如は毘盧遮那仏であり、法身は阿弥陀仏であり、応身は釈迦牟尼仏とするのも、実際のところ三一と類型になっている。まあ、「原始仏教」的にはそれは仏教説ではないし、起信論的にはそうだろうし、そもそも起信論は仏教と言えるのか疑わしい。

Lesson 13

A meaningless world engenders fear.

 

参考

 

I am looking at a meaningless world.

A meaningless world engenders fear because I think I am in competition with God.

 雨になるらしい。

 特になにをしたわけでもないのに疲労感があり、そして疲労感なのにあるいは疲労感から眠りが浅い。というのは、基本的には心の問題なんだなと思う。じゃあ、どうするという問題でもないが。

2012-03-22

グレゴリアンチャントとか

 CD棚を見ていたら、グレゴリアンチャントのCDが3枚出て来た。ざっと聴いてみて悪い感じではないのだけど、もうちょっとラテン語の祈りみたいのがいいかなとか思った。

 ついでに、ギリシア正教ロシア正教のチャントが6枚出て来て聴いた。まあ、こういうの好きだったんだよね。ラフマニノフの「聖金口イオアン聖体礼儀」が神秘的で良かったのでこれをiPod nanoに入れる、と。

 クルアーンもあって、アザーンを入れるかちょっと悩んだ。ま、パス、と。

cover
Liturgy of St John Chrysostom

Lesson 12 : Lesson

I am upset because I see a meaningless world.

 

I think I see a fearful world, a dangerous world, a hostile world, a sad world, a wicked world, a crazy world,-----But I am upset because I see a meaningless world.

 

参考

晴れ

 気温は16度まで上がるらしい。春らしいということ。

2012-03-21

Lesson 11 : Lesson

My meaningless thoughts are showing me a meaningless world.

私が無意味を考えていることで世界は無意味だわかる。

参考

晴れ

 NHKの朝の番組をみるとアナウンサーが春めいた服を着ている。まあ、春だし。

 目が覚めてぼうっとする。酒を飲まなくなったのに、若干だが二日酔いにも似た深いな感じがするのは、昨晩練る前に、こってりしたアップルパイを食ったせいだろうか。つい過食になるなと思うが、外で人が食う姿を見ると、よく食べるものだなと思う。特に老人。

 

2012-03-20

Lesson 10 : Lesson

My thoughts do not mean anything.

私が思っていることは無意味。

参考

晴れ

 休日の朝である。世の中もずいぶんと静かなものだなと思う。春眠をむさぼっているのだろう。

 ACIMのワークブックはPodcastの音読があるのだが、それにはオリジナルの朗読に加えて、誰なのか、感想というかアドバイスが少し付加されている。そこが意外に面白いものだと思う。誰なのだろうか。ワプニックなのだろうか。今日のレッスンについては思いをバブルに例えているものがあったが、それはあれかなと思うものがあるにはあった。洒落みたいだが、だからどうというものでもない。

 このところ、ちょっと環境音楽の変わりに、般若心経観音経偈文を聞く。個人的には結果的には曹洞宗の読みで学んだのだが、売っている音源では真言宗のがよかった。まあ、ただ聞いているだけなのでどうという好みでもない。般若心経は暗記しているのだが、あまりも無意識になってきて、間違うことがある。無意識化しすぎているのか、まだ足りないのかよくわからない。観音経偈文は半分くらいまで暗記してやめたので後半は聞いていてもよくわからない。今回の平清盛では観音経偈文を唱えていたなとかはよくわかる。

 別に宗教的なものが欲しいわけでもないので、ラテン語ギリシャ語の朗詠なんかでもいいとは思うのだがあまりいいソースがない。実家にはテープでいくつかもっていたが探すのがめんどくさい。グレゴリアンチャントがいいとも思えない。

 まあ、趣味。

2012-03-19

Lesson 9 : Lesson

I see nothing as it is now.

私は今のすがたを見ていない。

参考

晴れ

 明日は彼岸。寒さ暑さもの彼岸であり、たしかにもう春だなと思う。

 昨日のエントリで神が義がどうたらというのに、「そんなこと気づくの遅すぎねえか」というのがあった。まあ、そのまま読むとそうなんだろうなと苦笑した。もうちょっと意味合いが違うなという思いが残っていたからだ。

 不要な刺激になってあまりよい例ではないが、先日河村たかし名古屋市長が「南京虐殺」否定発言で物議をかもした。れいによって格好な餌を撒くなよというトホホ感があったがこの問題は史実の問題としてはすでに日本政府見解(参照)も出ているのでその意味(政治・外交)ではいまさらの問題にすることでもない。河村市長としては別の思惑もあったのかもしれないが、それならその問題が意識される枠組みは必要だっただろう。その認識がなければ稚拙すぎる(参照)。

 さて、仮にだが、河村市長が「南京虐殺」否定論者だったとする。それは許されることか。

 言論の自由からすれば、チョムスキーがフィンケルスタインの「ホロコースト産業」(参照)を支持したように、各種の議論は自由主義国では許されるとも言えるかもしれない。また、その議論は特段、ホロコースト否定という史実の問題とは違うということもあるかもしれない。曖昧な領域に接するのは、フランストルコによるアルメニア虐殺の議論を法的にどう扱うといった現在の国際世界問題にも関連しているからだ(そしてこの問題は日本では対日本では問われるが世界の水準では問われにくい)。

 いずれにしても、そのような言論・思想の問題は、ある国家の国民が市民として疎外されたときに出てくる問題であって、原理的に私的領域に国家が介入できないように私的幻想に立ち入るものではないし、広義に言えば、そもそも私的幻想領域と市民規則の線引きの問題であると言える。

 話がここで当初に戻るのだが、一例ではあるが、私たち日本市民は日本の侵略戦争にどう向き合うかという問題だと、これは、よって、市民規則の水準の問題になる。では、あなたは、例えば、あくまで例えばということだが、日本の侵略戦争について良心的な呵責感を持つべきか?

 この問いかけの水準が難しいということになる。日本人として残虐なアジア侵略について良心的な呵責感を持つべきかという問いの水準を意識するなら、「日本人として」という時点で、「私」はある国家の国民が市民として疎外されているのだから、その市民規則として、呵責感の表明が当為となる。

 ここで奇妙な問題、あるいは錯綜しがちな問題になるのは、呵責感とはそもそも私的幻想領域の範疇ではないだろうかということだ。

 おそらくそうだろう。個人的に、例えば、あくまで例えばということだが、そもそも日本の侵略戦争に個人的に関与してない戦後生まれの、具体的な日本人が、そうした呵責感を持つべきだろうか、被侵略国家の現存の個別の国民に対して。

 おそらく、個人の私的幻想領域として、そうした呵責感の成否は任意であろうと思う。

 その意味では、河村市長の場合は、市民なり公人として疎外された問題であり、そうしたことが同様に課されるのは、日本人として疎外された部分であり、そのことは同時に、個々人にとっては、心情としての呵責感には原則としては還元されないことを意味する。

 正義なり義は、私たちの社会にあっては、市民として疎外された部分にしか影響を及ぼすことができない。その先は、任意の問題である。(宗教の問題であろう)

 だが、正義なり義は、その任意の隣接において実際には問われることが多い。するとどうなるのか。

 それらが隣接において問われるなら、人は心情において「日本国民であれ」と強いる、一種のナショナリズムに転換する。その呵責感を持つことがナショナリティの代替として前提にされてしまうからだ(参照)。

 広義に言えば、私的幻想領域が確保されないなら、正義や義、倫理というものは、個人の内面を拘束するファシズムにやすやすと転換する。

 そこでは、呵責感つまり罪責への告解を通して、正義が審級化され、審級の特権を「司祭」らが保持することで権力のヒエラルキーが発生する。そしてその権力は人の自由を最後には奪っていく。

 この構図は、おそらくすべての義にあてはまり、「神」にもあてはまる。

 そしてこれが心底が恐ろしいことには、日本人は、私的幻想領域が市民として確保されているのではなく、曖昧なかたちで日本人の宗教性、日本教とも言えるものに浸潤されているのが実像だから。そのなかで、義なり神なりが市民の水準の隣接で問われるなら、それは転倒されて見えようが国家ファシズムに到達しやすい。

 昨日のそれをここで引用しておく。

 自己の義のための道具としている神は偽物である。正義を掲げている人は神に仕えるように見えながら、実は神を自己の義のための道具にしているにすぎない。正義を掲げている人もそれがただ他者を罰する機能をしているのであれば、それは自己の尊大化であり神たらんとする欲望に駆られているだけだ。それが自己処罰のように謙遜に見せかけても同じように義を求めているなら誤った道である。

2012-03-18

Lesson 8 : Lesson

My mind is preoccupied with past thoughts.

私の心に詰まっているのは過ぎ去った思いです。

参考

 朝方、いろいろ思うことがあり、神について自分が考えていたことを大きく修正しないといけないなというのがわかって、ちょっと呆然とした。

 自己の義のための道具としている神は偽物である。正義を掲げている人は神に仕えるように見えながら、実は神を自己の義のための道具にしているにすぎない。正義を掲げている人もそれがただ他者を罰する機能をしているのであれば、それは自己の尊大化であり神たらんとする欲望に駆られているだけだ。それが自己処罰のように謙遜に見せかけても同じように義を求めているなら誤った道である。

 まあ、そんなこと。

2012-03-17

これね

 ⇒はてなブックマーク - 3ヶ月で英語は話せる!忙しい人のための超効率的な英会話トレーニング | みんなで学ぶわいわい英会話

 元⇒3ヶ月で英語は話せる!忙しい人のための超効率的な英会話トレーニング | みんなで学ぶわいわい英会話

 表現のほうはいくつかのパターンでなんとかなるとは思いますが、問題は聞き取りでしょう。

 で。

7.リスニングは苦手な音に絞ってトレーニングをする

リスニングの目標を、「一語一句を聴き取って、全ての発音を完璧に聞き分けられるようになること」だと勘違いしている方は、とても多いです。

しかし、それだとリスニング力は上達しません。リスニングで本当に大事なのは、英語特有のリズムや音のアクセントを聞き分けることです。

 聞き取りというのは、聞き取った単語や文の意味がわかるということで、これには王道はないんですよ。単純な話、単語力がないと。

 で⇒英語のリスニング力UPの秘訣〜帰国子女が教える6つの音声エクササイズ〜 | みんなで学ぶわいわい英会話

 なんだけど、問題は、英語の歌聞いてみるとわかると思うけど、ネイティブは語末の子音とかではなく、文脈から単語とその子音の母音の質を聞いているんですよ。stop, stock, slotとかの聞き分けとか。語末の子音なしで聞き取れている。なので、上記のようなリスニング練習はそれほど効果はない。

 戻って。

4.最小限の動詞を10個だけ覚える

英会話で使う動詞は、基本の10個だけを覚えておけば、どんな内容の話でも8割はできるようになります。その10個の動詞とは、COME, GET, GIVE, GO, HAVE, KEEP, MAKE, PUT, RUN, TAKEです。

 それがマジ大変なんですよ。

5.英文法や英字新聞は無視する

この、3ヶ月スピード学習法では、学習内容を絞ることによって徹底的に効率化しています。ですので、あなたがこの学習法に取り組んでいる時は、次の学習は絶対に避けましょう。

 ̄冓庫,参考書

∋幕なしの映画やニュース

1兒新聞や雑誌

 でも、英字新聞やNPRとか聞くのが社会人の英語学習の目的だと思うんですよね。

 じゃ、どうするかというと、やはり基礎単語力を増やしてリーディングを増やすしかないんじゃないでしょうか。会話とかその派生のような。

Lesson7

I see only the past.

私に見えるのは過去だけ。

参照

ログイン・曇

 憂鬱げな空。もの思うこと多し。

 存在とは、人間には(生物には)一義には知覚を意味するし、それはアプリオリな知覚のフレームワークを要する。つまり、私たちは最初から限定された知覚セットから見ている。それはなぜかといえば、フッサールのいうように、それが生の世界だからとしかいえない。別の言い方をすれば、客観世界とは、そのセンスデータによるのか、ある種の抽象の結果なのかという問題にもなる。まあ、このあたりは、偽科学批判とか素朴リアリズムの人には通じないし、その通事なさはスコラ的な愚論になる。

 それでも、客観とは間主観であり、それはアプリオリなアフォーダンスを含んでいるというのが人間の前提であり、その間主観性とは、他者との客観なるものの合意を意味する。というか、どこまで合意するかということが、つまるところ科学の意味になる。つまり、科学とは実在・客観の学ではなく、そのコミュニケーションの度合いを市民社会的な知においてスケールする手続きである。

 ということは逆に、そこで人の内面は、そこから必然的に疎外されるのだが、いわゆる科学主義啓蒙主義はその内面に倫理的に作用しようとするとも言える。つまり、科学が市民社会の基準を超えれば、どのように科学的に見えても、やすやすと宗教と合一機能化する。

2012-03-16

ブログサバト

 金曜日。

 来週の火曜日はお彼岸で休日か。

Lesson6

I am upset because I see something that is not there.

気に病んでいるのは、私がそこにありもしないものを見ているから。

参考

晴れ

 未明に地震があった。埼玉南部と言っていた。東京に近いな。

 吉本隆明が亡くなった。聞いて、ああ、死んだかあと思った。糖尿病抱えてヘビースモーカーでご長寿の部類。さしたる感慨もなくなにも言うこともないと思ったら、涙が出て、そしてツイッターに連投した。

2012-03-15

Lesson 5 : Lesson

I am never upset for the reason I think.

 

気に病んでいる理由は、私がそれが理由だと思うものとは違う。



参考

晴れ

 春めいた霞。桜は4月に入ってから。

 昨日の地震は驚いた。まだまだ余震は続くだろう。

2012-03-14

Lesson 4 : Lesson

These thoughts do not mean anything.

They are like the things I see in this room

[on this street, from this window, in this place].

思うことに深い意味はありません。

それは部屋のなかで(街中、窓の外の風景、いまいる場所ならどこでも)見えているもの、そんなものみたいなものです。

参考

晴れ

 明け方が寒い。

 何かを理解するというのは、理解を維持しようとするときは、心に欺瞞があるものだな。

2012-03-13

Lesson 3 : Lesson

I do not understand anything I see in this room [on this street, from this window, in this place].

部屋のなかで(街中、窓の外の風景、いまいる場所ならどこでも)見えているものを私は理解していません。

参考

晴れ

 風景は春めいているが存外に寒い。

 ヴィッパナ瞑想サティというのがあるが、それに似てるかな。

 朝ドラカーネーションが老人の内面だったな。

2012-03-12

Lesson 2 : Lesson

I have given everything I see in this room [on this street, from this window, in this place] all the meaning that it has for me.

 

部屋のなかで(街中、窓の外の風景、いまいる場所ならどこでも)見えているものにすべてに私は、自分にとっての意味を与えています。

参考

晴れ

 晴れ上がるのは久しぶりに思う。梅の香りもする。

 昨日自分の前を行く人の歩きたばこに、げえっとして、でもその行為自体には意味はないなと思った。

2012-03-11

Lesson 1 : Lesson

Nothing I see in this room [on this street, from this window, in this place] means anything.

 

部屋のなかで(街中、窓の外の風景、いまいる場所ならどこでも)私に見えているものに深い意味はありません。

参考

 初春らしい日。そしてちょっと気が重い。

2012-03-10

今日の大手紙社説

 特になし。

小雨・ログイン

 近郊の温泉に行って、ジャグジー。

2012-03-09

2012-03-08

今日の大手紙社説

 特になし。週刊誌なども見るがなんか話題というのものが枯れた印象。

  ざっと見たところ日本人女性はいない⇒150 Women Who Shake the World - The Daily Beast

 いろいろ本なども読む。

2012-03-07

今日の大手紙社説

 特になし。

 シリアについて書こうかとも思ったがまとまった時間が取れず。

 非常に落胆することがあって落ち込む。理性的に考えればなんとかなりそうに見えるが、実際にはどうにもならないこ。まあ、運命というのはあるな。

2012-03-06

今日の大手紙社説

 プーチンさん再選の話題。ま、こんなのいまさら社説の話題でもないと思うが。

 参考⇒帰ってきたプーチン: 極東ブログ

 

中国経済成長―「7.5%」を歓迎する : 朝日新聞デジタル:社説

 そりゃ歓迎しますよ。

 温首相は取り締まりを強めると表明したが、それだけでは足りない。背景には党がすべてを決めるという政治体制があり、その改革が急がれる。

 そりゃ無理というもの。

朝日新聞社説 プーチン氏当選―涙にひたる余裕はない: 朝日新聞デジタル:社説

 なんでロシアの話題だと俺様になってしまう人が多いのだろうか。しかも話はごくテンプレ。プーチンさんが優勢に押し切るなんて普通のロシアを見ていればわかることだし、朝日新聞のいう困難さを生み出したのもプーチンさんの政治成果なんで総合的に見るべきだと思うが。

 ロシアもそして中国もだけど、大きな課題の一つが汚職の撲滅で、これは非常に難しい。プーチンさんがそのあたりをどう攻略するか見ていくといいと思うが。

 参考⇒みんなでプーチンを呼び捨てにする昨今: 極東ブログ

雨のち晴れ

 3月6日。9時12分24秒はもう過ぎた。で?

 

2012-03-05

 なんと、昨日は日記を書きそびれる。うーむ。

2012-03-04

この日ついに欠

 なんと。

2012-03-03

今日の大手紙社説

 特になし。

曇・ログイン

 30代からよくヨガをしていたものだったが、いろいろ挫折機会もあり、そううまくもいかない。それはそれとして、たまに思い返したようにヨガを考え直すと、基本がよく理解できていないことに気がつく。唖然とする。それなりによい先生について学んでも学びきれなかったのか、あるいはこういうことはもともうまく理解できないものなのか。

2012-03-02

今日の大手紙社説

 北朝鮮核の話が話題だが、これは米朝ともに痛い状態で痛み分けということで、過去の経緯からシテ核放棄という話ではないのでさして話題にもならない。

 いろいろ思うことがあってなかなかできない。とほほな感じ。

2012-03-01

今日の大手紙社説

 とくに関心もてる話題はなかった。

晴れ

 なんと日記を書き忘れそうになった。

 三月になった。あと10日で、東日本大震災か。あの日の思い出は強烈なんで昨日のことのように思う。

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