finalventの日記

2012-09-03

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』再読

 『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(参照)の原書(参照)をこのところたんたんと読み直しているのだが、振り返って訳本を見ると誤訳とも言えないがリライトがきついことがわかった。これはたぶん、素訳をライターが原文を参照せずにリライトしているのだろう。オリジナル訳文がたぶん存在するだろうが、そこはわからないものの、原稿のリライトだとうと思われる文章執筆者は、おそらくこの本の根幹を理解していないのではないかと思った。中心概念である、Self-deceptionをおそらく理解していない。このタームが、現行邦訳では「感情を裏切って」というように「感情」を基点にしているが、原書では、感情もまた基本的にSelf-deceptionの結果となっている。Self-deceptionの原点としての感情がないわけではないが、原書のロジックでは通常の感情はSelf-deceptionの結果なのである。

 邦訳がこうなってしまったのは、おそらく日本人特有の「本心」「本音」という考え方に流し込んでしまったのだろう。ネットでよくバッシングにいそしむ人、とくに左翼さんに多いのだが、お前の本心はこうだろうバッシングをよくやる、あれと同じ構造になってしまっている。

 そうではなく、原書のロジックは、あるまで存在の構造が問われている。

 とはいえ、そうやって原書のロジックを活かしたとしても、おそらく日本人には通じないのではないか。

 日本人だと、「本心に素直に生きる」「自然に生きる」「嘘偽りなく生きる」といったふうに読まれてしまうし、それ以外の理解のしようもないのではないか。森有正やイザヤベンダサンが指摘していたように、日本人にとって「嘘偽りなく生きる」や無私・純真というのは、対人的二項関係でのある種、宗教的な強迫なので、そこで理解すると、まったく逆になってしまう。

 というか、日本人の場合、「嘘偽りなく生きる」や「良心」といったものは対人関係での宗教的な自己規定と同じなので、この本でいう自己正当化、self-justificationに近い。

 まあ、自分はこの本をより正確に読めてきたという実感はあるものの、これを日本人に説明するとなると途方に暮れる。

faye2071faye2071 2012/09/03 18:11 あ〜、読みました。邦訳でですが。・・・要するに、本の要点としては自我を捨てろ、「本心」なるものを捨てろと言ってる訳ですよね。(違ってたらすみません)
これをとある人に説明したら、「箱の外にいれば、他人に期待する権利はあるのだと思う」と、訳のわからない反論(?)をされて困ってしまいました。・・・期待しないのが「箱を捨てる」ことだと思ったんですが。

finalventfinalvent 2012/09/03 18:16 faye2071さんへ。むしろ、「自己正当化」の反応がポイントだと思いますよ。

egpehcbdegpehcbd 2012/09/04 01:35 まったく関係ないのですが、"self-justification"で、ぶどう園のたとえの「後に来たこの連中は一時間しか働きませんでした」「友よ、私はあなたに不当なことをしていない。私はこの最後の者にも、あなたと同じように支払いたい」の行などが連想されました。

finalventfinalvent 2012/09/04 09:40 egpehcbdさんへ。あそこは難しいですね。

suna_zusuna_zu 2013/11/21 09:21 あらかじめ(実際に聞いてみる前に)、自分と他人の願うことに重なるところがどのくらいあるかについて
 →西洋:「あるかないか、絶対にわからない」
→日本:「すこしは、絶対にある」
という差が本の中に書けなくてこうなった感じがします。

日本人の持つ、対人的二項関係でのある種、宗教的な強迫を指摘している箇所を学びたいです。
森有正やイザヤベンダサンのどの本を読むと良いでしょうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E9%9F%B3%E3%81%A8%E5%BB%BA%E5%89%8D
本音と建前wikipediaを読んで、下記のように推論しました。

西洋:他者無く、個人一人だけで願うことがある。それをself-deception(自己欺瞞)して、感情にする。
日本:本音(本心)がある。それをself-justification(自己正当化)して、建前にする。

自分だけで思うことがある。それを表に出して、他者に同意を求めるときがある。
西洋:自分だけで思うことは自分しか得しない。ので表に出さない。
日本:自分の取り分を保持する。他者も得する。ので表に出す。

西洋:本心は全部自分固有のものだから、どうやっても他者の得にならない。だから、表に出してはいけないけれど、self-deceptionして表に出す。
日本:本心のある部分は他者と共通だから、ある部分は他者の得にもなる。だから、表に出していい部分だけを、self-justificationして表に出す。

西洋はself-deceptionするので、気分が悪くなる。だから、表出の禁止をしないと良い。
日本は「本心は全部自分固有のものだから、どうやっても他者の得にならない。」という考えが無い。

finalventfinalvent 2013/11/27 20:19 suna_zuさんへ。なかなか読むことが難しくなりましたが「経験と思想」がその側面でよいだろうと思います。"self-deception"はただ、別の枠組みのように思えます。

ggg123ggg123 2016/11/22 10:52 最初に読んだ時に、「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉を思いました。これは、愛の実践に関する指南の書なんですね。愛を初めに意識しながら、なすことができない時に罪悪感があります。それを防衛する自我がどういう形で現れるのか。人間の罪というか業のような。ただ、愛という感情が初めに誰にも起こっているはずという前提に立つ部分に、私は打ちのめされる思いがします。

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