finalventの日記

2013-01-31

この日、日記欠。

 あああ。

2013-01-30

水曜日

 ちょこちょこと忙しい部類で、その合間をツイッターとゲームという体たらくです。

 ちなみにThe lost cityというのをやってました。昔の、mystみたいな感じ。アンドロのもあるというか、Kindleでやってた。

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254 : Lesson

Let every voice but God's be still in me.

2013-01-29

火曜日

あっと言う間に一日終わる。

2013-01-28

月曜日

 朝、雪。

 夕方、だいぶ日が延びたなと思った。

2013-01-27

日曜日

 時がさらさらと過ぎていく感じ。

253 : Lesson

My Self is ruler of the universe.

2013-01-26

なにげにお休み

土曜日でした。

2013-01-25

金曜日

 どうも、ずっとサバト状態でなんですが。

252 : Lesson

The Son of God is my Identity.

2013-01-24

時の経つのが早い早い

 かくして1月下旬。

251 : Lesson

I am in need of nothing but the truth.

2013-01-23

水曜日

 早いなあ。

 この間、本なども読んでいるのですが、書評とか書けず。備忘にメモすると。

cover
アメリカを動かす思想
プラグマティズム入門
(講談社現代新書)

 ローティとかが、米国思想上かなりわかりやすく書かれていた。というか、図を解説した高校生向きな本。でも、これはこれで便利。

 プラグマティズムについても高校の倫社レベルから書かれている。ただ、読み落としがなければサンタヤーナなどには触れていないので、悪い言い方になるのを恐れるけど、日本人向け、米国現代思想という印象が強く、その意味では、リアルに現代米国思想とその歴史に向かうには、きちんとしたなにか翻訳本のほうがよいかもしれない。けど、さて、どれというのがわからない。

 経験的に思うのは、日本人というのは思想とかいうのを一種、今来た産業的な道具にするけど、米国人インテリというのはまさにプラグマティズムなので、個別の問題への格闘のなかで、じわっと滲んでくる。別の言い方をすると、フコーやデリダ、あるいはネグリなんかもそうだけど、日本人インテリは、思想を俯瞰として使ってしまう。だから、現実の国際問題を複眼的に、ねっとりと見ることが弱くなる。

 

cover
創られた「日本の心」神話
「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史
(光文社新書)

 小林信彦がいつもいっている持論を資料的にまとめたという印象。ディテールが面白く、AKBなどにも繋がってくるというか、出版界もそうだけど大衆音楽界も体質がとても古い。

 hamachan先生がご指摘⇒新左翼によって「創られた」「日本の心」神話: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

 これ、岡林信康ファンだった自分とかにはけっこう自明ではあったが、じゃあという説明は難しかった。とはいえ、このエントリーの指摘はなかなか微妙に深いところがあり、きちんと議論するのは難しい。でも、ごく常識として知っておくべきこと。

 本書に戻って、藤圭子の話は、今娘が出て来た現在いろいろ考えさせられる。基本、藤圭子が美女だったことも大きい。

 あと、そうしたことと別に五木寛之の存在がけっこう大きいなというのは、この本の指摘が優れているところ。五木寛之については、cakesでも扱う予定。

 ちなみにこれKindle版があり、こういうのは助かる。

250 : Lesson

Let me not see myself as limited.

2013-01-22

またもお休み

 特に何しているわけでもないですが、なんか、時間があると、ブログ書くより、落ちゲーとかしてます。

 ちなみにこれです⇒Gem Spinner II 大人気パズル「Gem Spinner」の続編が登場! | Android(アンドロイド)アプリの人力レビューサイト【アンドロイダー】

 あと、カラオケとかもしてます。

 なんか、リア充みたいですよね。どこが。

D

2013-01-21

なんと二日欠。

 まあ、いろいろありまして。

 病気ではないです。

2013-01-18

ブログサバト

 このところ、日記お休み状態ですが。

 しばらくすると復活する予定。

2013-01-17

なにげにお休み

 外気は寒く、露地によっては雪残る。

2013-01-16

一月も半分終わり。

 体調ぼちぼち。しかかりの作業多し。ネットに気乗りせず。まあ、気分は変わるでしょう。

249 : Lesson

Forgiveness ends all suffering and loss.

2013-01-15

路面凍結

 歩いていて危ない感じ。

248 : Lesson

Whatever suffers is not part of me.

2013-01-14

月曜日そして成人の日

 自分が20歳になったのはついこないだみたいな気がする。

 そういえば精神年齢のこれ⇒診断の泉 for twitter

 やったら、22歳だった。あれま。

247 : Lesson

Without forgiveness I will still be blind.

2013-01-13

日曜日

 まあ、ぼちぼち。

246 : Lesson

To love my Father is to love His Son.

2013-01-12

社説動向

 久しぶりに社説にコメントしてみたが、特に、する必要もないような社説ばかりだった。

 薬事法関連にしても、金融政策にしても、後期高齢者医療にしても、かなり技術的な知識と政策の対応を理解する能力が問われる。そのあたりをかっ飛ばして、安易な正義の自己満の文章を書いても意味はない。

日経 公共事業頼みの経済対策で終わらせるな  :日本経済新聞

 ディテールで語るのは日経らしいとも言えるが、全体としての論点はない。まあ、簡単にいうと金融政策に言及したくないのでこういう文章になっているのだろう。

毎日 社説:薬ネット販売 安全確保を大前提に− 毎日jp(毎日新聞)

 概ね正しい。

 厚労省は、関係業界と協議し、まずは利用者の安全が守られる販売のルール作りに取り組むべきだ。

 購入の数量制限や、電話を使った薬剤師による説明義務など、通販でもリスクが的確に伝えられる仕組みは工夫できるはずだ。悪質業者の締め出しも必要だ。ドラッグストアを含めた販売業界や薬剤師会などは権益を超え知恵を出し合ってほしい。

 これが重要で、まず、業界ルールを作ること。

 加えると、「仕組みは工夫できる」を個別のショップ対応にしないこと。

 あと、率直に言うが、薬剤師を直接関与させないで第一類を販売するのは今後の第一類市場のビジョンも消してしまうことになる。そのあたりの配慮が必要。

毎日 社説:緊急経済対策 見えない再生への効果− 毎日jp(毎日新聞)

 これはごく基本的なエラーの社説

 経済対策には確かに、「これまでと異なる次元」が含まれる。日銀が「明確な物価目標」を定め積極的に金融緩和を行うよう促している点だ。日銀総裁が出席する経済財政諮問会議などを通じて、政府が追加緩和の要求を強める恐れがある。金融政策を決めるのは、法律で日銀の金融政策決定会合だと定められていることを十分尊重すべきだ。

 金融政策を含め、政策を決めるが行政府。

 それをどのように実施するかについて、専門技術を要する具体的な金融政策の手法に政府が口出ししてはいけないのが、中央銀行の独立性ということ。

読売 安倍・橋下会談 政権安定化への布石となるか : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 政局話題が大衆受けするのはわかるが、政策の視点を持たないと市民には実質的な意味がない。その意味で、この社説はつまらないゴシップ記事みたいなものになっている。

読売 緊急経済対策 「強い日本」取り戻す第一歩に : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 この社説は、率直にいうとただの無意味。

 結語が

 政府は、具体的な財政再建目標を設定し、中長期的な財政健全化への取り組みを急ぐべきだ。

 それをどうするかというのが問題であり、そのためには名目成長率をあげなくてはならない、だからという話が現状なので、この社説、およそ議論の骨格がない。

朝日 薬ネット販売―国会と政府に反省促す : 朝日新聞デジタル:社説

 大筋でそう間違った議論でもないが、誰かを叩きたいという欲望が剥き出しで、それを「国会、省庁双方の意識の低さ」としているのが、情けない。

 改めて思うのは、国会、省庁双方の意識の低さである。

 薬事法改正の際、ネット販売の扱いは当然問題になった。だが国会での議論は生煮えで、結果として「対応は厚労省にお任せ」という事態を招いた。

 まず簡単に言えることは、国会、つまり議会が問題だということは、一義には国民に責任があり、国民とその関係を切り込まないでいたジャーナリズムに次の責任がある。

 「省庁」についてだが、これが非常に難しく、詳細を知る人が見れば、それなりに技術的にかなりよく詰めていた。特に、「指定第二類」が設定されているのは、実際には、ネット業界の育成(つまり業界基準の設定)をまってそこまで引くはずのものだった。これは、大衆薬チェーン店市場とのバランスを考えてのことで、現行ではチェーン店側が強くならざるをえないが、厚労省はその利害だけで動いているほど阿呆ではない。欧米では業界基準があることを知っている。

 まず、誰かを叩いくことで正義を語るという文脈をやめたほうがよい。

 そしてこの問題が何であり、誰に利益で誰に不利益があるのか、きちんとした全体構図を見た方がよい。

 全体構図でいうなら、一連の改革は安全性に配慮しつつ、処方薬を市販薬化することで医療負担を減らし、その分、有益な医療に注力するためだった。

 そのスキームが壊れるとどうなるのか。そこを念頭に議論しなければいけない。

 そうであれば、もし批判されるとするなら、業界基準を作らず、判決日に第一類を販売再開したネット業界が問題だろう。

朝日 高齢者医療―国民はなめられている : 朝日新聞デジタル:社説

 いろいろ問題が絡まっていて、どこから手を付けていいかわからない。

 原点はある。高齢者医療についてはかなり技術的な問題で具体的な政策としては三つくらいのシナリオしかないが、政治意識のような主体は今の日本にはないので、反対が政治的に少ないという点で政治リスクを避ける穏当な線で見るなら、中福祉中負担しかありえず、ようするにこれを技術的に詰めていくしかない。

 そしてこのことは、識者会議に委ねるが三党合意なので、その様子を見守るほうがよい。

 そうしたことを知らないで、この社説のように素人議論で蒸し返しても、麻生政権時の衆愚をループするだけだ。

 こんな感じ⇒過ぎ去った後期高齢者医療制度についての麻生失言を振り返る: 極東ブログ

 率直にいうと、この手の問題は新聞社内の識者にゆだねて、簡易な社説で煽るのはやめたほうがいい。

ログイン・晴れ

 資料など探しに出かける。

245 : Lesson

Your peace is with me, Father. I am safe.

2013-01-11

ブログサバト

金曜日。

世の中連休。

2013-01-10

1月10日

 もう10日も過ぎました。カレンダーをみると、あれれ、連休?

2013-01-09

なーんか疲労中

 風邪の回復期だからだろうか。

 それなりに忙しく、あまり、ネットに時間が割けない間もある。

 あと、本とか読んでますよ。

244 : Lesson

I am in danger nowhere in the world.

2013-01-08

さらにお休み

 なんとなくお疲れ。

2013-01-07

お休み続く。

イマイチ風邪のまま。

2013-01-06

2013-01-05

ログイン・晴れ

 寒い。体調も戻しつつあると思い、出歩いたあと、頭痛。まだかあ。

243 : Lesson

Today I will judge nothing that occurs.

I will be honest with myself today. I will not think that I already know what must remain beyond my present grasp. I will not think I understand the whole from bits of my perception, which are all that I can see. Today I recognize that this is so. And so I am relieved of judgments that I cannot make. Thus do I free myself and what I look upon, to be in peace as God created us.

 

今日は正直でいよう。私がまだ知り得ないことにまで思いをはせないでいよう。私が知ったことをつなぎあわせても全部がわかるわけもない。すべてそういうものなのだと今日は理解し、私が下した判定から自分自身が救われる。だから、私は私自身と目の前の世界から自由になり、神が創造された安らぎにある。

2013-01-04

ブログサバト

 意外と金曜日。

 仕事始めの人も多いだろうなあ。

242 : Lesson

This day is God's. It is my gift to Him.

2013-01-03

かくして三が日

 年末の料理の鉄人の録画を見た。道場さん、80歳すぎてすごいものだと思った。勝利後に涙がちょっと浮かんでいる印象はあった。あれはあれですごい料理だったな。黒木さんのはあれはあれでいいんだろうと思う。

 森本さんの料理は楽しかった。ああいうのがほんと日本らしい。

241 : Lesson

This holy instant is salvation come.

2013-01-02

ついでにというか

 ついでにというくらいの意味しかないけど。

 これ⇒「思っていたほど頭がよくなかった」は賢い人が必ず出会う絶望

彼がアドバイスしたのは反吐が出るような自己承認を延命するやり方です。

 というのがわからんと言えばわからなん。まあ、わかると言えばわかる。

 わかる面からいうと、「対象に反吐が出る」というのは、「僕ちゃんはピカピカ」「あたしはキラキラ」という自己主張。これ、5.15の青年なんかもそうだし、日本の近代の病気みたいなものなのな。黒歴史があるからよくわかるけど、その部分では。

 で、これ、全然だめなんだよ。

 じゃあ、「自己承認を延命」してていいのかよ、というと、他者との境界が明確なら、別に自己承認を延命して90歳を迎えてもいいんですよ。

 いきなり本質を言うと、だから、問題は、「自己承認」じゃなくて、「他者との境界」というか、調和状況の維持なわけですよ。

 だからその、つまんねー元ネタに戻すと、「思っていたほど頭がよくなかった」自分、というのは、それで他者との境界を調節していたけど、「絶望」したというなら、そのネガティブフィードバックで調節しなおぜばいいだけのことで、こういうのは初回コントロールはうまくいかないもんなんですよ。セックスと同じで、AV見ててもあれは見せてるだけ、実際は違うもんでとおっさん修辞やめれ。

 だから、「誰か他者との関係性を伴った承認」みたいな、「本当の承認」みたいなもんはいらないわけで、他者との状況制御のフィードバックの技術だけの問題。

 で、この制御は空しいわけですよ、ぶっちゃけ。

 なぜかというと、自己承認というより、人は他者から快楽を得ようとしているわけで、制御しているとその快楽が醒めちゃう。

 なので、実は問題は、幻想から醒めるとかというより、自分のもつ快楽の志向というのをどの程度まで一般的な他者と折り合いを付けるかという、暗い問題になるわけですよ。フコーの生涯とか読むと参考になりますぜ、そのあたり。

たまたま読んだ

 たまたまという意外ないので、文脈とかないのな。よろしく。くさす気はないので、ピース。

 これ⇒意識の高い人追悼2012 - 技術教師ブログ

 わかると言えばわかるし、わからんと言えばわからん。私なんぞがどうこう言う領域ではないというのが気軽なので、ちょこっと。

 そう、こうして分析してみるともはや意識の高い人ではない。労働システムの老朽化に見捨てられた老若男女そのものだし、彼らに旧来の世界観の上に立った処方箋を渡そうとしても、どうしてもパイは限られているものばかりで、最終的には競争になってしまい、マッチョじゃなければ生きられない論か生まれない。

 ま、意識が高い系というのが、「労働システムの老朽化に見捨てられた老若男女そのもの」だというのはそうだろう。

 でもま、それも時代変遷というだけで、基本、いつだってそんなものだけどね。まあ、途上国が成長期にあるときは、比較的緩和されるというのはあるかな、若い労働力が求められるから、でも、中国民工は悲惨でもあるが云々。

 で、「彼らに旧来の世界観の上に立った処方箋を渡そう」という思考の枠組みそれ自体も、意識が高い系バッシングと同じ体制にあるというか、そもそも、「労働システムの老朽化」が問題であるかような問題設定そのものが、旧態依然というか、この十年で廃村化した、はてな村と同型なんだよね。

 「労働システムの老朽化」をなんとかしよう、ニッポン! とか、やってられないし、これ、そもそも、普通の人にどうでもいい問題なんだよ。

そうした不安につけ込むビジネスも増えたし、政治による不安払拭型政策が新しい不安と長寿を作り出す、我々は自由の刑に処せられ、ゾンビのような状態で長生きを強要される。息苦しさから逃げ出すためには能力を上げるか鈍感になるかオタク文化を始めとした消費に走るしかないのである。ゾンビに安らぎと追悼を。アーメン

 これもだからそういう、大義の文脈を前提にすると、陰惨な陰画しかできないし、それにちょっと色を付けるとこういう文脈ができるというので、これ、80年代のニューアカから延々とやってきたわけですよ、黒歴史な私なんかもな。

 じゃ、どうするのというのもその時代にあって、個人的に逃げろよということで、社会的な正義とかキラキラに魅了されちゃうのがそもそも罠なんだよ。

 で、これも、その「終わりなき日常を生きろ」というか、現在の強度がすべてじゃんなわけだけど、このご教祖さまも若い嫁貰って今は社会正義というかコミュミニティ正義を語るわけな。商売なんだよ。我々は消費者だし。

 だから、テキケトーに食っていればいいわけですよ、言説を。

 空しい。

 だったら、リア充になれよ。(真に受けないでね、チャオ)

お正月続く

 風邪なんで、じっとしているというか、Kindleでゲームを落としてちょことやったり、気になったことをブログったり、と。

240 : Lesson

Fear is not justified in any form.

Fear is deception. It attests that you have seen yourself as you could never be, and therefore look upon a world which is impossible. Not one thing in this world is true. It does not matter what the form in which it may appear. It witnesses but to your own illusions of yourself. Let us not be deceived today. We are the Sons of God. There is no fear in us, for we are each a part of Love Itself.

 

恐怖とは詐欺なのです。あなたの本来の姿ではないものを見てあなたは怯えてきました。だからあなたは世界をどうしようものだと思っていのです。この世には真実はありません。世界がどうあろうと大した問題ではないのです。あなたの見ている世界はあなた自身が生み出した錯覚なのです。それを信じるのは今日からやめにしましょう。私たちは神の子です。だから、恐れなくていいのです。私たちは神の愛の中にあります。

 表現はスピリチュアルだが、私たちが知覚している世界は私たちの幻想であるというのは、スピリチュアルな文脈以前に正しく、それこそが恐怖を生み出しているのも、そう。むしろ、恐怖を作り出して、その防御として自我を形成しているのが人間で、そのように世界を知覚している。

 

2013-01-01

恭賀新年

 あけましておめでとうございます。

 ということで、2013年。

 13時は25時、ということで、平成25年。

239 : Lesson

The glory of my Father is my own.

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