finalventの日記

2013-02-28

木曜日

 いろいろあったという一日でもないが、なんというのか、2月末日を迎え、長い冬が終わったなあという感じはした。幸運だったなとも思う。これから寒い日もあるのだろうけど。

 いろいろ、それなりに日常の感覚に戻していかないといけないのだけど、というと、まるで非日常だったみたいだが、それなりに本とか出すと基調音のような緊張はある。というか、こういう本をということなのだろう。

 いろいろご感想をいただき、それが、否定的なものであり、正確に書籍を反映し、自分に返ってきて、また深く考えさせられる。

 うまく言えないが、自分が正しいとはさっぱり思わない。正しいことを書いたという意味ではない。間違ったかという意味合いではない。この本についていえば、表現や創造ということでもない。

 まあ、しゃれみたいだけど、自分自身、考えさせられることが多い。

フィナンシャルタイムズで学ぶ英文解釈

 話題の見渡しがいいように、最初に問題を出しておきましょう。普通の英文解釈の問題です。ひっかけとかありません。これです。

次の英文を訳しなさい。

Mr Abe should hold his nerve by nominating someone willing to be bold in pursuit of mild inflation.

 別段トリッキーな英文でもないので、高校生でもできただろうと思います。

 その話は後ほど。

 この英文の出所ですが、日本の政治・経済を扱った最近のフィナンシャルタイムズの社説の一部です。

 フィナンシャルタイムズの社説は、日本のメディアでなぜか紹介されていなかったり、紹介されても、「その紹介はどうなんだろう」といった印象のあることがあり、そんなおりは、ちょこっとブログで言及してきたものでしたが、先日といっても2月25日、安倍首相の今後の施政を提言した、この社説「安倍の次からの手(Abe’s next steps)」(参照)が、もし日本のメディアで、なぜか、無私されているようなら、またブログで紹介でもしようかなと思ってました。

 が、日経新聞参照)とJBPress参照)とで翻訳が掲載されていて、じゃあ、特にこのブログで扱うこともないだろうなと思っていました。

 ただ、ちょっと内容とは関係なしに、普通に英語のお勉強としてちょっと気になることがあったので、ブログのネタかもしれないと思った、と。

 該当社説の翻訳ですが、これは日経を責めるというわけではありませんが、いつもどおり、なかなか含蓄のある抄訳でした。日経訳とJBPress訳を並べてみるだけでも、その味わいがわかると思われます。

日経訳

 だがここからは問題が複雑になる。まずは、物価上昇率2%の目標達成に全力を尽くす人物を日銀総裁に指名することだ。国際社会は日本が直接的な為替介入と見なされる外債購入に踏み切ることを警戒している。

JBPress訳

 だが、ここから先は歩みが難しくなる。安倍氏の最初の課題は、2%のインフレ目標を達成するために全力を尽くす意欲がある日銀総裁の任命を確実にすることだ。選択肢は狭まってきている。

 国際的には、日本は外債を買わないよう忠告されている。外債購入は露骨な為替介入と見なされるからだ。国内では、財務相の麻生太郎氏が急進的な人事に抵抗している。安倍氏はひるまずに、緩やかなインフレを追求するうえで大胆になる意思がある人物を指名すべきだ。

 訳文を並べただけで、日経がどこを省略しているかは一目瞭然でしょうし、その理由も察せられるので、そこは大人の礼儀で突かないことにして、このあたりで該当の英文を眺めるとこうなっています。

From here, though, things will get trickier. His first task is to clinch the appointment of a Bank of Japan governor willing to pull out all the stops to meet a 2 per cent inflation target. Options are narrowing. Internationally, Japan has been warned not to buy foreign bonds since this would be regarded as naked currency intervention. Domestically, Taro Aso, the finance minister, is resisting a radical appointment. Mr Abe should hold his nerve by nominating someone willing to be bold in pursuit of mild inflation.

 日経訳はさておき、原文をJBPRess訳に付き合わせると、適切な翻訳になっているように思えるわけですが、ようやく冒頭の英文の一文、ここに含まれているわけです。

 

Mr Abe should hold his nerve by nominating someone willing to be bold in pursuit of mild inflation.

 

日経

物価上昇率2%の目標達成に全力を尽くす人物を日銀総裁に指名することだ。

 

JBPress

安倍氏はひるまずに、緩やかなインフレを追求するうえで大胆になる意思がある人物を指名すべきだ。

 日経のほうは抄訳なんで、英文との対応はないといえばないのですが、ポイントは、"nominating someone"の理解です。

 別の言い方をすると、"willing to be bold in pursuit of mild inflation"が、どこを修飾させいているか。日経もJBPressも、これを「人物」="someone"の修飾語としているわけです。

 結論からいうと、それでいいのですが、読みようによっては、"willing to be bold in pursuit of mild inflation"を文のdangling(ぶらさがり)にならないかと、ちょっと思ったわけです。仮にそうすると、訳文はこうなります。

Mr Abe should hold his nerve by nominating someone willing to be bold in pursuit of mild inflation.

 

danglingの場合その1(普通にぶら下げる)

安倍氏は、大胆にマイルドなインフレーションを追求しつつ、傑物を指名することで度胸を示すべきだ。

 

danglingの場合その2(結果の含みを持たせる意訳)

安倍氏は、傑物を指名することで度胸を示すべきだし、それで大胆にマイルドなインフレーションを追求することになる

 

普通の修飾の場合

安倍氏は、大胆にマイルドなインフレーションを追求する傑物を指名することで度胸を示すべきだ。

 まあ、意味的にも、someoneの慣用表現でも、danglingということはないのだけど、日本語でも句点の打ち方で意味がずれるみたいなことが、英語にもあるという話でした。

2013-02-27

水曜日

 肌寒い。

アングリーバード、その後

 RIOを一通りやって、なんかものたりなく、スターウォーズもはまってます。面白い。というか、やや現実逃避

今日の日経第三面に『考える生き方』の広告が出てました

 これ。

f:id:finalvent:20130227135715p:image

 

 ⇒Amazon.co.jp: 考える生き方: finalvent: 本

2013-02-26

火曜日

 ニューズウィークが来て、ああ、火曜日かと思った。

「『考える生き方』に書かなかったブログ論の一部」のエントリに書かなかったブログ論の一部

 なんてものがあったりします。

 ついでなんで、こんなの。

 


  

生活者としての共感を求める

 ブログの書き手と読み手が同じ地平に立つ場所の、もう一つは、生活者としの共感である。ひとりの確固たる生活者となるということだ。

 世の中にはお金持ちや権力を握っている人がいる。しかし、お金も権力もその人に固有ものではない。不幸や戦争などがあれば、奪われてしまうものだ。そういう不確かな属性を除いていけば、人に残るのは、日々、衣食住を実行する生活者が残る。

 それを延長して娯楽を含めてもいいだろう。文化や芸術といった難しい話ではなく、誰も背伸びせず楽しめる娯楽は生活者に密接している。

 一人の人が、充実した生活を送る。お金や権力といった偏りなく、共感しようとすれば共感できる生活者の立場に立つ。それがもう一つのブログの立場になる。

 私自身についていえば、当初は政治や思想みたいなものをテーマにしてきたが、自分も一人の生活者であるということから、他の人と共感を求める側面として、趣味の料理のことなどをよく書くようになった。

 もちろん、趣味の世界にも正義もあれば対立し合う派もあるだろう。しかし、普通の生活者の生活の彩りという限界がきちんと意識されれば、そこが「公」として強調することも可能になる。

 


 

2013-02-25

月曜日

 ああ、月曜日かあという感じ。

cakesの書評のこととか

 今日、cakesの連載に、五木寛之の『風に吹かれて』の書評が出るはず。あるいは明日かな。

 結局、前半と後半に分けることになった。

 ⇒新しい「古典」を読む|finalvent|cakes(ケイクス)

 今回のテーマは、前回もそれに近かったが、自分で選んだ。このテーマの選び方が難しいなと思う。

 椎名誠のときは、編集側から、「一度、椎名で」という感触があり、編集側では、作家としての椎名の小説が念頭にあったのではないか。初期三部作。で、私の場合は、結局、『さらば国分寺書店のオババ』とした。自分の思い入れがいろいろあり、そこから見える椎名の本質みたいなところを書きたいと思った。この書籍は、ある年代はほとんど読んでいるが、長く、意図的に絶版に置かれたせいか、若い世代は読んでいない。若いといっても、40代も入ることがある。むしろ、椎名にこの著作があることが、え?という人すらいる。

 その意味で、その「え?」の時代的な意味合いから、椎名という作家の秘密を探るように書けば、読み手に伝わる部分が出てくる。

 今回の五木寛之だが、これは私からの提案で、たぶん、編集側では、五木の現代的な意味は、よくわかっていないということではないが、おそらく1990年代以降の五木が見えるのだろうと思う。というか、もうすこし広げて、現在の40代ですら、五木の小説を読んでいるかというと、少ないようにも思える。実際のところ、五木寛之の文学者としての最盛期は1980年代で、それ以降は自身の思惑もあって終わっている。

 椎名の回と同様に、その1980年代という時代のなかで五木を見るかというアプローチもあるが、そこは現代の読者にはうまく繋がってこない。

 それどころか、五木の本質は1970年代にある。さらにいえば、1960年代にあり、その感触がわかる最後の世代が私の世代(今年55歳だよ)になる。この部分が団塊世代に読まれたかというと、私の感触では読まれていない。五木の1960年代的な本質は、彼の同年代とその上の世代に向けられているので、つまり、その読者層がすでに80歳ということになってしまった。

 ここをなんとしても掘り起こしたい、みたいな、なんともいえない情熱みたいなものが自分にはあって、そこの思いがどうしても、五木寛之を描くときの核になる。

 で、書いたら、自滅してしまった。笑い、という感じだ。

 それこそ、もったいのつけかたが好きではないとか言われそうな話になった。というか、もったいつけたわけではないが、五木の核心部分が痛烈な痛みに感じられて、これは書評書いている側で耐えられない思いになってきたのだった。

 で、リライト

 文章も刈り込み、構図をすっきりさせればいいのだろうし、そうすれば、わかりやすくなるはずで、まあ、でも、つまらないものになってしまうというか、そこをつまらないと思うかどうかが感性が問われるところ。しかし、伝えられないものを書いても意味はないのだし。

 どうだったか。意外な感じはあった。

 編集側の提案で、いや元の原稿の構図で行きましょう的な再提案。

 率直に言って、こういうところがcakesのすごいところだなと思った。cakseさんも、基本的に、広いマスを展望していかなくてはならないので、私の一連の書評みたいなものはお荷物になりかねないなあ、すまないなと思うのだが、それでもきちんとツボを打ってくる。

 で、いろいろというほどでもないが、再構成してリライト。オリジナルのなんともいえないパッションを残しつつ構図を整理した。削ったのは、彼自身の恋愛の秘密だ。ここはどうしてもわからない部分でもあるし、そこまで切り込むものかというためらいもあって、最初の原稿が歪んだところだ。

 cakesの書評としては、けっこうこちらの無理をしいて申し訳なかったが、まとまった。

 ただ、五木寛之の『風に吹かれて』の核心を狙いすぎて、その全体像は拾えなかった。全体像を拾うという書き方はあるかと思った。気がかりなのは、中尾ミエや、1960年代のショービズの娘たちだ。五木が傾倒していたのは、現代のAKB48の華やかさと繋がるものがある。そこで、五木は、日本の女というものを見ている。この視点は、自分に力があれば、切り込みたかった。

 あと、五木の、恋愛問題にも関わるが、性の問題がある。五木は結果的に、『青春の門』という大河小説を書いたので、そこから丹念に読み解けば、うまく繋がる。というか、そこは『青春の門』論を書かないとしかたない。

 今回、書評を書くにあたって、自分ではへとへとになるくらい読んだ。読んでまだたりない。1980年代の、乱造にも見える小説の再読までは手が回らない。

 ただ、五木は意外なほど巨人だぞという畏怖する思いは強くなった。美男子で美声でかっこつけすぎだよとかいつもどこかで思っていたし、今も思ってないわけではないが、そういうものでもないなあ。ああ、あとお子さんのない人生の意味も彼にはありそうだ。

 cakesの書評をきっかけに、1970、1980、1990年年代に積み残した宿題を解き直している感覚もある。けっこうきつい。

 愚痴めくと、現代文学評論が、弱いぞ、なんでこんな脆弱なんだ。批評家たち、古くさい純文学の枠にこもってきちんと大衆文学の神髄を読んでないぞ、ごらぁ感はある。

 このあたりは、1980年代に、吉本隆明がマスイメージ論でサブカルチャー論として提出した部分に重なるし、その後のニューアカを引きずったサブカルチャー論壇は、はてなーずなんかにも影響しているが、いわゆるエンタテイメントではない、日本の民衆史としての文学論が、どうもすかすかじゃないかという思いはある。おそらく、今80代の人には暗黙に理解されているのだろうが、70代の団塊世代は意外に古い枠組みで文化を見ているのでそこが抜けてしまうのかもしれない。

 まあ、でも、気負っても自分できることは限られているし、そもそも、気負うとなんも伝わらないのだなというのがひしひしとする。

 それが、老化したということでもあるんだなと思う。自分のパッションでごりごり押して、他者をくだらないとか一刀両断できた40代がなつかしす。

2013-02-24

日曜日

 本を書いているときは、それなりに手間がかかって、その分、日記やブログが疎かになったといえないこともないのだけど、主観としてはそうでもなく、関心の持ち方が変わってしまったほうが大きいかなと思います。新聞社説とか日本の報道に関心が薄れてきてしまった。

 率直にいうと、安倍政権があざとくて、みなさんころっと情報操作されているなあというのもちょっと不愉快。ただ、悪い方向に操作されているわけではないからいいじゃないかといえば、しかたないのか感はあるし、とにかく、日銀を新しい方向に安定化できるまでは、この政権を支えるしかないでしょう。

 あざとい情報層というのは、アルジェリア人質事件や今回のTPP話とか。まあ、裏を批判してもいいのだけど、なにもメリットなさそうなのがとほほ。あと、郵政とか国民新党とかひどいなあと思うけど、これも今となってはしかたないですかね。

 まあ、そんな感じ。実質、野党が消滅してしまったのも、困ったことだとは思うけど。

 ネットの話題も、なんかどうでもいいような感じはあるなあ。イケダハヤトさんとか、ああ、こういうタイプの人もいるし、ネットと結合しているのかあという関心がないわけではないけど、基本的に僕なんかと全然関係ないわけだし。

264 : Lesson

I am surrounded by the Love of God.

2013-02-23

土曜日

 用事の多い一日だった。

 本の反響などいただく。ありがとうございました。

263 : Lesson

My holy vision sees all things as pure.

2013-02-22

金曜日

 ブログサバト、なんだけど、このところ、日記はお休みばかり。

 『考える生き方』が書店に並ぶところもあり、アマゾンは、今日あたりから発送とのこと。

 ご期待して買われて、がっかりされたかたには、ごめんなさい。

2013-02-21

この日、日記欠

 ブログも欠でした。

 忙しいわけでもないんだけど。

2013-02-20

水曜日

 もう2月も下旬。

 ココログのトラブル対処で、へとへと。

2013-02-19

というわけで

 ⇒[書籍]本を書きました。『考える生き方』(finalvent著): 極東ブログ

 ブログのほうで書いた以上のことはないのだけど、執筆は途中挫折があったので、長引きました。「自分語り」にはなるだろうとは思ったけど、当初はブログ論的な偏りがあったり、沖縄の話に入れ込んだり、視点が上からっぽくずれそうだったり、文体がそろわなかったり、などなど。

 校正時に何度か読んだので、自分としては、書籍になってもなかなか読めない状態。ざっとは読みましたが。

 これでどうという話でもないけど、ひとつの区切りにはなりました。

 で。

 本を書いていたからこの日記がお留守にということではなく、たぶん、本を書くプロセスの影響もあるのだろうけど、自分の感性が変わってしまい、いわゆるメディアやネットの関心からずれてきたというのはあります。新聞の社説なども、これが話題かなあという違和感が大きくなってしまって。

 また、れいの遠隔操作ウイルス問題など、情報がないわりに、話題だけ先行しても自分としては何も考えられないし、北朝鮮核実験についても、同じく、情報がない。情報がないと考える材料がなく、なんというか、その影響が空しい影響を産んでいるような状態で、どうにも。

262 : Lesson

Let me perceive no differences today.

2013-02-18

この日も欠

 ツイッターはちょこちょこ書いていたけど。

 買い物とかにも行った。

2013-02-17

世界のイメージ

 このところブログのほうは書評を連続してあげている。まあ、そう書評ばかり続ける意図があるわけでもない。

 どちらかというと、ああした本をきっかけに、ある世界のイメージみたいなものを描きたい気がしている。

 生命や人類というもの、地球、そうしたものの根幹のイメージを、科学的な新しい想像力で描き直せないものだろうか。

 知識というものの、ある既存のあり方がを変えて感じてみたい。

 なんとなく、ネットの世界が、とても古くてつまらない、なんというのか、三流雑誌のように思えてしまって、自分自身がそことどう距離を取るか、そのために、世界のイメージを変えたい。

日曜日

 ちと不調。

 ぼんやりとツイッターなどをする。

261 : Lesson

God is my refuge and security.

2013-02-16

この日も欠。

 ブログのほうには書評を書きました。

2013-02-15

金曜日

 雪が降るとかいう予想もあったが、小雨にて。

 二月も半ば過ぎ。

260 : Lesson

Let me remember God created me.

2013-02-14

259 : Lesson

Let me remember that there is no sin.

2013-02-13

またこの日日記欠。

 ブログのほうは書いてます。

2013-02-12

火曜日。

 いつのまにか。二月も中旬に。二月は短いのであっというま。

2013-02-11

この日も日記欠。

 なんとなく。

2013-02-10

日曜日

 曜日の感覚が薄れつつあり。

 読んでおいたままの本の書評などをブログに書く。

258 : Lesson

Let me remember that my goal is God.

2013-02-09

土曜日

 気がつくと、夜。

 忙しいわけではないが、本を読んだして過ごす。

 ohaさんと、すこし、性と家族の話をツイッターでした。なかなか難しい問題だ。phaさんのような感性が今の若い人というわけでもないだろうし、肯定や否定ということではない。性と家族の多様性や自由というのを、どう社会的に支えていくか。難問。

2013-02-08

金曜日(ブログサバト

 昨日は日記を忘れた。

 ああ、忘れたと気がついたが、なんとなく書かずに終わった。ブログには書評をひとつ書いた。

257 : Lesson

Let me remember what my purpose is.

If I forget my goal I can be but confused, unsure of what I am, and thus conflicted in my actions. No one can serve contradicting goals and serve them well. Nor can he function without deep distress and great depression. Let us therefore be determined to remember what we want today, that we may unify our thoughts and actions meaningfully, and achieve only what God would have us do this day.

私が自分の目的を失念しているなら、混乱し、本来の自分がわからず、そのため、矛盾したことをしてしまいます。矛盾した目的は遂げることも、邁進することもできません。なにをしてもつらかったり、おちこんだりするばかりです。だから、私が今日、本当に望むものを思い出せるようにしてください。私の思いと行いを意味あるものにして、神様が授けた今日という日を過ごせるようにしてください。

2013-02-06

水曜日

 雪。想定されたほどには降らず。

 ブログなどお休み、状態続く。

2013-02-05

火曜日

 ツイッターでも書いたけど、今週の日本版Newsweekは久しぶりに面白かった。日本の右傾化についての海外報道の的外れ間が上手に指摘されていた。

256 : Lesson

God is the only goal I have today.

2013-02-04

月曜日

 長いプロジェクトに一段落。

 あと次回、正確には次々回にcakesで五木寛之の『風に吹かれて』を取り上げるのだけど、今回も自分ではここが限界というくらい読んでいた。

255 : Lesson

This day I choose to spend in perfect peace.

2013-02-03

日曜日

 二月三日。

 夕食の食材を買いに行くと、えらい混んでいてなにかと思ったら、どうも恵方巻きに殺到しているっぽい。ほぉということでつられて買った。

254 : Lesson

Let every voice but God's be still in me.

2013-02-02

この日も欠。

 あああ。

 まあ、ぼちぼちと。

 妙に暖かい日だった。まるで夜桜に誘うような。

2013-02-01

金曜日

 ブログサバトとか、なんか、休んでばかりでシャレになりませんね。

 なんか、忙しいです。

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