finalventの日記

2013-04-30

火曜日、30日

 4月も今日で終わり。月日の経つのが早い。いろいろ思うことはあるが、思いにどんどん取り残されていくようでもある。

 喉が痛みがひどく、まあ、沈没。こないだ同じような症状だったので、しばらくはこの症状にはならないと思っていたが、ダメでした。明日もこんな長子だろうか。

 買い物には少し出たが、外出もままならず。

 風邪のような病気もストレスなんで、そこから例の病気が悪化して、また死ぬほどダウン状態になるのはいやだなあと思う。

 cakesで、【第23回】村上春樹の読み方『1973年のピンボール』前編( https://cakes.mu/r/omQV )を公開。まだ前編なので、全体はわかりづらいかと思う。これに中編と後編が続く。

 まだ思案中だが、このまま初期春樹シリーズを続けるより、ピンボールの後に、新作『色彩を持たない多崎つくると巡礼の旅』の書評を挟もうかと。もともと、初期4作の読み直しは、新作のためのベースだったのだが、ちょっと前倒しに公開するか考えている。だいたい構想はあるのだけど、詰めがちょっと難しい。

 基本パズル部分は捨象してよさそうには思えてきた。

317 : Lesson

I follow in the way appointed me.

2013-04-29

月曜日

 連休のせいか日曜日のような感じもしたが、「あまちゃん」もやっていた。明日は、cakesの更新もある。『1973年のピンボール』の前編。

 喉が腫れて、午前中は大事をとっていたが、午後は気になっていたことを少し片付けて回る。

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 喉の腫れはまだ引かず。明日もだったら、きちんと風邪ということにしておこう。

316 : Lesson

All gifts I give my brothers are my own.

2013-04-28

日曜日、28日

 よい日だったので本とキンドルをもって近所を散策。

315 : Lesson

All gifts my brothers give belong to me.

2013-04-27

土曜日、27日

 時の経つのは早い。4月も終わろうとし、世の中は連休となる。

 よい季節なので出かけ、ついでに木陰を探して戸外の読書など。じっと本を読んでいると多少は寒いが、藤棚を見つつ読書というのもいいものだなと思う。

314 : Lesson

I seek a future different from the past.

2013-04-26

金曜日、26日

 今まで乗ったことのないバス路線に乗る。なんか、こー、楽しい気分がした。

 風も爽やかだったが、しだいに荒れてくる。

 紫大根を見かけた。ツイートしたら、知らないという人がいた。地域にもよるだろう。

 「紫大根」でよいのか調べたら、その呼称はあまり一般的ではなさそうだった。オオアライセイトウというらしい。

313 : Lesson

Now let a new perception come to me.

2013-04-25

『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』のパズル

 『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』の再読四度目。さすがに飽和的になりつつある。

 明確にパズルだなと思えることは一つ解けた。あとは曖昧な部分は残る。

 五行説云々と多少は関係する。というか、関係はあるにはある。

 まず重要なのは、この本のタイトルだが、長ったらしいので幻惑されてしまうが形容部分を除いて簡素にすると、「多崎つくるとその年(the years)」ということになる。二項の前項は「多崎つくる」でその部分は注目しやすい。が、パズルは「彼の巡礼の年(his yars of Plirimage)」という特定の年(the years)にある。

 yearsが複数形なのは、リストの曲が複数年にわたることからの引用だが、同時に、つくるの年月を暗示している。

 で、それにしても、"Year"として項化されているのだから、それには四季という4つの季節がある。春・夏・秋・冬である。これには、色彩が与えられていて、青春・朱夏・白秋・玄冬である。朱はアカ、玄はクロということで、アオ→アカ→シロ→クロというように「年」が構成される。

 で、小説もこの順で動いている。

 ただし、シロが抜けている。

 それと、「多崎つくる」は季節でいうと、土用、つまり、季節の移り変わりを司ることになっている。それが小説でもバランスを取る存在であることに対応している。多崎つくるが抜けたことで4人はバラバラになる。

 というわけで、以上はかなり明瞭なパズルの解答。

 少し曖昧な延長は、適用の延長として土用は「黄」なので、やはり多崎つくるは「黄」になる。「たさ黄つくる」という洒落かもしれない。

 もう一つ延長は、シロの欠損が、本当に欠損なのかということ。つまり、この作品は、クロとの出会い(巡礼)の前に、シロと会っているという構成なのではないか。その線で見直すと、「沙羅」はシロの蘇りという線は出てくる。

 沙羅がシロというのはうまくパズルとしては解けないが、サラソウジュの花はこう。

 つまり、シロが黄を包む花となっている。この連想はありそう。「木元沙羅」は、「黄元沙羅」か?

 

追記(2013.6.12)

 村上春樹京都河合隼雄記念財団主宰講演会で、この作品はリアリズムの形式でシュールレアリスムを表現したとの趣旨を述べており、その意味で、著者がパラレル性の読みを多少告白している。

 さらに『国境の南、太陽の西』における島本さんは、著者解説で、事実上、実在の人物ではないとしている。島本さんとのシーンは事実上のパラレルワールドになっている。

 この小説での島本さんの設定を、『多崎つくる』では、技法的に洗練させた。その意味では文体と表現の実験的な作品でもある。

木曜日、25日

 四月も下旬。

 暖かだが曇り空。

312 : Lesson

I see all things as I would have them be.

2013-04-24

失恋のこととか

 55歳の、もう爺さんじゃねーのかという年の男が、23、4歳のころの失恋を思うのもどうかと思うけど、意外と心のなかに沈んではいるもので、そういうはなかなかごまかしがきかない。これはなんともなあ、つらいものだなと思う。

 『考える生き方』(参照)では、最初、失恋の話とは書かなかったが、編集サイドで入れたらというのと、なくていいですよというのがあって、いろいろ思ったけど、入れるには入れた。読んだかたから、抽象的過ぎるというのがあった。自分にしてみると、あの本書いてようやく、失恋の痛みとか悔恨とか罪責感とかいろんなものがあっても、自分の受け取る分は半分でいいということだった。それで十分かなとも。そのメッセージが誰かに伝わるかはわからない。失恋のつらさは半分でいい。

 そして年を取ったので、実はディテールはもうだいぶ忘れている。ビジュアルにすっと思い出す部分があり鮮明でもあるので、なにかよく覚えているような気にはなるけど、それも記憶の欺瞞のようなものだろう。

 で、なんの話かといえば、『色彩を持たない……』を読んで、そのあたりの無意識的な整理みたいのが少しついたような気がする。特に、シロがつくるを愛していたわけではないというあたりの距離感が良かったように思う。それと、クロとの恋愛がきっと失敗に終わっただろうというのも良かった。

 失恋とかしないで、そのまま相手と過ごしても、そのまま破綻するというのが、ある年を経るとしだいに納得できるようになるし、もしそうでなければ、どこかに自己欺瞞があるのではないか。もちろん、自己欺瞞をすべて除いて生きろとも思わないし、もしかすると人によっては失恋を修復したら幸せになれるのかもしれない。

 でも、過ぎたことは過ぎたことだ。

 それは終わったというより、本当に過ぎたのだなという感じがする。

 小説のようにその過ぎたものをもう一度きちんと許し合えたらそれはそれはそれで素晴らしいようにも思うけど。

水曜日、24日

 天気がすぐれず。雨のなかを押していくところをキャンセル。

 『色彩を持たない……』を4度読み、ちと疲れた。なんかずしっと着た部分はあった。パズルについては一種の目眩ましかなとは思う。

 電子書籍環境を整理。最近使わなくなっていた、Kindle 3が意外と便利なのを再発見。Audibleに使えるわけですよ。

311 : Lesson

I judge all things as I would have them be.

2013-04-23

よくわからないが、はてなダイアリーが変

 ブログトップが今日の日付にならない。

火曜日、23日

 不定型な思いに駆られる。

 『色彩を持たない多崎つくる……』の三度目の読みを終えた。少しツイートもしたが、アオレイプ犯説のほかに、つくるレイプ犯説も成立する揺れはあるようだった。つまり、この小説は初期作品のように解けるタイプのパズルではなさそうだ。

 シロがつくるを愛していないということと、にも関わらず「嫉妬」は大きな要素になるし、つまるところ、これは悪霊やリトルピープルなどの相に還元しないと解けないようでもある。

 cakesの『風の歌を聴け』論は、今日で終わり。

 新しい「古典」を読む cakes 村上春樹の読み方『風の歌を聴け』(finalvent) 前編 https://cakes.mu/r/N2Fe、中編 https://cakes.mu/r/o2Fe、後編 https://cakes.mu/r/C2Fe 

 この作品でも構造解析を専攻させた。次作の『1973年のピンボール』もそうした。そのため、いわゆる文芸批評的な読みではなくなってしまっている。

310 : Lesson

In fearlessness and love I spend today.

2013-04-22

月曜日、22日

 世の中は連休に向かって動いているような印象がある。

 気がつくとブログを書いていない。ネタがないわけでもないが、なんとなく書くのを逸している。

 cakes用の原稿、『1973年のピンボール』をまとめる。明日は、『風の歌を聴け』の後編が公開。これらの作品に思うことは多く、そしてまた、『色彩の内……』を再読している。パズル的な読みの点検と思ったのだが、精読していくと、別の線が気がかりになる。一つは「嫉妬」ともう一つは「身体の離脱」といった問題だ。どう一つのビューで見るかはわからない。それとディテールのうまさはあり、それはそれで読書の楽しみである。

 『考える生き方』関連で、少し離人症のことをツイートし、その過程で「解離性障害」のことを少し調べ、本などもよむ。DSMの概念には馴染めないことが多く、書籍などを見ても、大ざっぱな気がする。

解離性障害のこと

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解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)

 勧められたので読んでみた。DSMの線で、イラストを多用した一般向けの解説書。DSMらしさで多種が触れられている半面、離人症に特化されず、また、著者の内面的な考察はあまり見かけない。

 鬱病統合失調症との類縁の関連は図式的によくまとまとまっている感じだが、これもDSMらしさか。

 シリーズの本らしく、内的な主張から書かれているわけではなさそうだった。

309 : Lesson

I will not fear to look within today.

2013-04-21

日曜日、21日

 肌寒い。東北では4月の雪とのこと。

 観劇。というかまあ、この数年、年に一、二度見る。人が頑張っている姿だけでも感動するものはあるなあ。

308 : Lesson

This instant is the only time there is.

2013-04-20

土曜日、20日

 雨は降らないかと傘を持たずに出て、冷たい雨に遭う。まあ、それも一興。

 字引を本屋に買いに行ったらなかった。絶版らしい。うーむ。どうしようかな。

 『考える生きた』が書店にもうなかった。

307 : Lesson

Conflicting wishes cannot be my will.

2013-04-19

金曜日、19日

 肌寒い。

 考え事多し。

Mame_gohan氏のコメント

 極東ブログのほうではまだネタバレ系の話はしないでMame_gohan氏のコメント非公開にしているが、それを読んで隠していると思われているのもなんなので、こちらに転載。

 ごく簡単にいうと、アオがレイプ犯は私もそう考えているが、理路はまだ書いていない。他も違いますよ。

 というか、そんなに簡単なパズルではないですよ。五色は単純な対応ではなさそう。

 リストの曲の扱いや、パラレルワールドの構造も解かないと見えない。ただ、沙羅まわりで完結したパズルではなさそう。

2013/04/18 18:33 千林豆ゴハン。

もっと露骨に書くと、斎藤美奈子を援用するまでも無く

普通に読めば、白根柚木を青海悦夫が妊娠させていた話

で合ってますよね?

 

そして多崎つくるにまつわる2つの話のうち、灰田とシロ、緑川とアオ、は

それぞれ同一人物として読み解いて構わない、と。

 

批評家トラップなのかなあ、、、

2013/04/16 20:53 千林豆ゴハン。

そろそろネタバレを含む投稿をしてもいいだろうとおもうけど、この新刊の正しい書名は『村上春樹の陰陽五行殺人事件』ですよね?

 

登場人物たちは風水に沿わない選択をすると応報を受けるという因果がある。

 

だから、名古屋市東区東桜のレクサスショールームという「(五行的に)正しい」場所に勤務をし続けたアオだけが5人のなかでは比較的にまっとうな人生を歩んでいる、ですよね?

 

だから陰陽五行に照らしてクロの証言を洗うと、不自然な点が(推理小説では無いので、あくまでも物語として)浮彫になって、可能性の範疇という問題ではあるが読者の前に立ち表れる、、、だとおもうんけど、批評家トラップなのかなあ。

 コメントが恣意的に削除されるので以下、証拠として保存。

Mame_gohan 2013/04/18 10:25

ブログのほうにはネタばれを含むコメントでしたのでもしも気が向くことが承認いただければよいということで、こちらにはぼやかした形で投稿します。

 

おそらく新刊『〜持たない多崎つくると、〜』にもっとも近い、他作家による物語作品は、ブライアン・シンガー監督作品『ユージュアル・サスペクツ』です。

 

「カイザー・ソゼにまつわる話とは、何だったのか?」という種明かしを最期にし無かったのが、『多崎つくる』。

 

だから死のトークンを受け取ってしまっているつくる氏は、おそらくあの作品の後でこのままでは死んでしまう。名探偵や名刑事では無い凡庸な被害者の一人である彼には、謎が解け無かったから。書名にも開示されている通り謎を解き明かす証拠は、つくる氏にも(主に、灰田から)与えられているにもかかわらず。(『2枚のドガの絵』とか『パイルD2の壁』とか、日米のペーパーバック推理小説のタイトルの付け方と一緒。)

 

つくる氏を救済するのは、探偵(刑事)役を任された我々の側、なんですあのお話。

すると、この小説冒頭の

「大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。」

というくだりは、何もそんな羽目に陥ることは全く無かったのにな可哀想なつくる君、というのが判明する、という仕掛け。たぶん。おそらく。

Mame_gohan 2013/04/18 10:28

× D2 → ○ D3

 この手の話は、ご自身のブログで展開されたらよいと思います。

306 : Lesson

The gift of Christ is all I seek today.

2013-04-18

木曜日、18日

 いろいろと思い返すことの多い日。それはそれとして、曇りで風が強いわりに暖かい日だった。小汗をかくほどではなかったけど。昼食は、久しぶりにぶっかけのうどんにした。外の風景も初夏を思わせる。

 Sparkleというゲームに凝っている。なんか、よくわからないけど、にゃんこ大戦が終わったら、こんどはこっち。

あの小説の色のこと

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で、色彩とされているわりには、出てくる色は、赤、青、白、黒、灰色、緑、ということで、白黒はおよそ欧米では色ではないので、なんとも変な感じがする。色で五人ということなら、五行の色、つまり、五色でいうなら、大ざっぱに、赤、青、白、黒に、黄が入る。この小説では、「黄」がミッシングなのかというのがよくわからない。五色であるなら、多崎が「黄」に相当するハズだが、そうでもない。勘で言うと、沙羅が「黄」に相当するのかもしれない。

 ツイッターでもちょっと書いたが、夢のなかで、別の自分が自分に、この作品の解説をしていて、灰田がこの作品の本来の主人公というか「私」であって、多崎は初期作品の鼠である、というのだ。私はふーんと聞いていて、起きてから、そういう解釈がなり立つかなと疑問に思った。

 灰田の「灰色」が、白と黒の中間であることは、性夢からも明らかだろう。

 「多崎つくる」の名前になにか暗号がありそうだが、よくわからなかった。アナグラムかなと思っていろいろ睨んでみたがわからず。

 『風の歌を聴け』のようなタイプのトリックがしかけてあるとも読めないことはないが、そこは扱いが難しい。概ね、その懸念を作者自身が心配しているふうでもある。

 トリックは別とすると、この作品は、「直子」の物語で、『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』のように、自殺はしていない。「直子」の自殺は、『ノルウェイの森』で遠隔化されているが、今回の作品ではさらに遠隔化されている。いずれにせよ、妊娠とその死がコアになっていて、それと恋愛の関係がありそうだ。ただ、このあたり、作者の実経験にどこまで想定していいかはわからない。

 村上春樹の小説は、アマチュアの小説書きのように死を多用する癖みたいなものがあり、その死の思弁性と情感が重いわりに、死のリアリティは薄い。

305 : Lesson

There is a peace that Christ bestows on us.

2013-04-17

水曜日、17日

 四月も下旬に向かう。木々も初夏めいている。

 曇りだったが、蒸し暑い日だった。

 夏のジーンズとパンツを買った。

304 : Lesson

Let not my world obscure the sight of Christ.

2013-04-16

この日、日記欠。

2013-04-15

月曜日

 ばたばたとして過ごす。

 いろいろ知らないことがあるなあと思うこと多し。

303 : Lesson

The holy Christ is born in me today.

2013-04-14

日曜日

 ぼんやりと過ごす。料理などもする。

 午前10時22分に地震があって驚いた。埼玉震源

302 : Lesson

 Where darkness was I look upon the light.

2013-04-13

そういえば、『食料の帝国』読んだ

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食糧の帝国――食物が決定づけた文明の勃興と崩壊 (ヒストリカル・スタディーズ)

 論点がよくわからなかった。

 そう思ってしまったのは、緑の革命への言及というか評価が見られなかったせいもある。

 個別の議論については興味深い。ただ、個別の部分で議論すると別の議論もできそうに思えて、そこももやもやとした印象を残した。

そういえば、『生命起源の科学哲学』を読んだ。

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生命起源論の科学哲学―― 創発か、還元的説明か

 創発論はくだらないというのはそのとおりなのだが、では還元論で説明できるかというと、説明できませんということを述べて、将来的には還元論で説明できるだろうとしているのだが、それって循環論でナンセンスであり、結局、これは著者の意図に反して、創発論が払拭できないという説明になってしまったように思われる。

 数理モデルについては条件設定としてこの手法でよいと思うのだが、数理モデルのモデル性というか、限定性がよくわからない。これだとNFLTの数学モデルで逆のことが言えそうな気もしないではない。まあ、それも否定はされているみたいだが。

 大著のわりにモノーからさして進歩してない印象。この手の主張は、フランスの思想界において最初から決まった結論があるのではないか。

 あと、フランスの文脈にありながらベルクソンの扱いが粗雑で、単純な生気論にしていた。ちょっとこれはなあ。

 このあたりこの本の評価が哲学の文脈でどう捉えられるのか、いぶかしかった。ちなみに日本だと澤瀉久敬の関連。

 書籍としては、訳者が巻末にサマリーを付けているので、一般人はそれだけ読んでもいいような印象はあった。

301 : Lesson

And God Himself shall wipe away all tears.

2013-04-12

金曜日

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだ。普通にいい小説でしたよ。

 作品としては、半分の作品で、書かれざるもう半分があるとは思った。対の作品として出すか、またシリーズになるかだが、彼も64歳なんで、もう70歳に手が届く。どうかなあとは思う。

300 : Lesson

Only an instant does this world endure.

2013-04-11

木曜日

 午前に晴れ。午後曇り。全体的に気温が下がった一日だった。

299 : Lesson

Eternal holiness abides in me.

2013-04-10

水曜日

 あっという間に4月も10日。学生たちは新学期も始まってというか月曜日にはそうだったか。などなど。

 北朝鮮ミサイルを発射するか、黄砂が飛んでくるかとかの一日。

298 : Lesson

I love You, Father, and I love Your Son.

2013-04-09

火曜日

 にゃんこ大戦争の最終面をクリア。できたときは感動したが、終わってみるとちと空しい。

 まとまったものを書こうとしたらなかなか難しかった。

 春樹論の基本はできた。わかりやすく仕上げるのが難しいかもしれない。

297 : Lesson

Forgiveness is the only gift I give.

2013-04-08

月曜日

 街を歩くと、桜も終わり、八重桜が咲いていた。今年は早いものだなと思っていたら、藤棚に藤が見えた。おどろいた。もうそんな季節なのか。

 共同に書評が載っていて驚いた⇒『考える生き方』finalvent著 低温でつづる人生の意味 - エンタメ - 47NEWS(よんななニュース)

 手短によくまっとまっていた。ありがとう。

296 : Lesson

The Holy Spirit speaks through me today.

2013-04-07

日曜日

 夏の日差しのように晴れたが、風が強い。地域によっては雨の被害などもあったようだ。

 花はあらかた散って、クヌギの新芽がシルバーに光って美しい。また春が来たのだ。なんとも不思議な気がしてならない。

 cakesに初期村上春樹論を掲載する予定で、三部作から最後の第四部まで読み進め、執筆を進めている。4万字くらいになりそうだ。Webコンテンツとしては長すぎるし、書籍コンテンツとしては短い。まあ、その手のことは書き上がってから考えればいいことだろう。

295 : Lesson

The Holy Spirit looks through me today.

2013-04-06

土曜日

 春の嵐を越えた低気圧が日本海側を通過。夜半に嵐。

294 : Lesson

My body is a wholly neutral thing.

2013-04-05

金曜日

 特徴のない平穏な日。

 明日から明後日にかけて、台風並みの嵐になるらしい。

293 : Lesson

All fear is past and only love is here.

2013-04-04

木曜日

 晴れ。春らしい空だ。

 昨日来の雨風で花はだいぶ散ってしまった。

292 : Lesson

A happy outcome to all things is sure.

2013-04-03

君が歩くのを待っている

困っている自分を見つけて、かまってくれる人には2タイプいる。助けてあげたい、と思わせたり、こうしたら良いよ、とアドバイスをくれる人。そのやり方はやめなさいと叱ってくれる人。両方とも、うまい方法を言葉で教えることだけで、その人の困難に具体的に関わろうとはしない点で似ている。人は言葉だけ変えられる、という欺瞞に満ちている。

 

何もしてくれない人よりも随分親切みたいだ。わざわざ自分の時間を使って、相手のために労力を割いてくれるみたいに見える。かまってくれるだけでありがたい。ただ問題に気付いていないだけの時や、ちょっとしたコツが分からない程度の時には、そういう人の言葉が多少は効果的になる。あんまり強い言い方や、人前で批判されると、心が閉じてしまうけど優しそうな言葉なら優しい人を演じられる。自分よりも弱い人を見つけて、アドバイスを装って自分を満足させようと寄ってくる人は論外だ。そういう人は、親切そうにしているけど、本当は自分も弱い。お互いに弱みを握り合って相互依存に陥ってしまう。あげくのはてにはブコメに罵倒を仲良く書くだけのはてなーになってしまう。

 

具体的なアドバイスで問題が解決するのも、些細な問題までだ。大きな問題になってくると、なかなかそんな言葉ひとつでは変わらない。たとえば、毎日笑顔で過ごせば人付き合いが楽になるよ、なんて言われても、翌日からずっと笑顔になれる人なんていない。そもそも引きこもっていて人になんか会わない。人が変わるのは難しい。にゃんこ大戦争で第三章の西表島をクリアするのにだって時間がかかる。そして、自分からしか変われない。言葉だけかけてくれる人はうざいだけにも思える。

 

2つ目のタイプは、君がやりたい事をやるのを待っている、という態度で接する人。どうしたの?と心から聞いてくれる人。君にはきっと壁を乗り越える力があるとか、僕は君がその壁を乗り越えるのを待っている、という態度で接してくれる人。そうして、うまく行ったら、ちゃっかりその成功の半分をいただく人だ。

 

大きな変化を起こすことができるのは2つ目のタイプなのに、なかなかそのありがたみに気付かない。成功の半分を取っていかれたような気になる。最初はもっと具体的な利益が欲しい、と物足りなく思ったりする。でも、とりあえず自分の味方を装ってくれる人は社会の盾になって役立つ。自分が本来持っている力で起き上がり、歩き始めることを心から楽しみにしてくれる人の本心とかどうでもいい。不遇な環境に置かれた若い人には、多少なりとも社会の弾よけは欲しいものだ。歩き始めた自分がどこに行くのかを、わくわくしながら見守ってくれる人のふりしていても。本当に大切にすべきなのは、きちんと割り切ることだと思うし、それがきちんと恩義に思える結果になったら、利子つけて返してあげるくらいの心の余裕を持ちたい。

水曜日

 雨。風強し。春の嵐

291 : Lesson

This is a day of stillness and of peace.

2013-04-02

火曜日

 小雨。けっこう肌寒い。雨のなかの花もよく見た。それはそれで美しいものだ。

 と、風邪からリカバーしつつある。喉の痛みもだいぶ引いた。

 

290 : Lesson

My present happiness is all I see.

2013-04-01

月曜日

 喉の腫れはしだいに引いてきたが、大事をとっている。が、外に出ると肌寒い。花は美しい。欅の新芽も美しい。もう春なんだと思う。なにか、すっかり取り残されてしまったような気がする。

 風邪のせいもあるが心の疲労感のようなものがあって、つらいといえばつらい。ただ、理由のおおまかなところはわかっていて、現在取り組んでいる課題に関連している。その意味では、あまり人生の難問ということではない。

289 : Lesson

The past is over. It can touch me not.

Unless the past is over in my mind, the real world must escape my sight. For I am really looking nowhere; seeing but what is not there. How can I then perceive the world forgiveness offers? This the past was made to hide, for this the world that can be looked on only now. It has no past. For what can be forgiven but the past, and if it is forgiven it is gone.

 

過去が自分の心のなかで終わっていなければ、私は本当の世界を見落としてしまうにちがいありません。どこを目指しているのでもないなら、ありもしないものを見ているだけになります。もしそうなら、赦しが授けてくれる世界をどうして知ることができましょう。この過去というものは真実を覆い隠すためにできたもので、見つめることができる世界はこの今という現在だけなのです。過去は存在しません。赦しが与えられるのは過去であり、赦しがあるなら、それは終わっているのです。

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