finalventの日記

2013-08-31

8月31日

 末日。今日も暑かった。

 夏休みの宿題をこなしているような状況なので、気晴らしにネットを覗くことはあっても、なかなかブログを書くことができない。

 ぼんやりしていると、いろいろ心に思いがうかんでくる。

 「あまちゃん」に普通に感動して、青春を回顧しているような部分もある。

 が、基本、若いころのことを、よくわすれるようになった。

 実は、この夏、56歳になった。昨年、55歳になったときは、かなりがっくり来たし、体調も悪かったことから、もう人生終わりだなあと思ったが、今年の夏は、まあ、おおかた、普通に過ごせた。筋トレがよかったのかもしれない。

 筋トレのせいか、身体がしまって若い気分にもなったし、二の腕にわずかに力こぶのようなものもつくようになった。56歳である。あはは。

 若くなれるはずもないし、そんなことを期待もしてないが、気分だけは、老いていく、坂をすべり落ちるような感覚は薄らいでいる。いや、そういうのが老化というものなのかもしれないが、年齢を忘れているようなことが多い。

 現実には、身体のタフネスとか思考の集中力は衰えるし、猛暑で、ぼーっとしていることも多いのだが、まあ、ひらきなおった感じだろうか。

 私事はこの間、いろいろあり、心配事もあったが、いくつかは一段落がついたし、つかないものはしかたないと諦めるようにもなった。概ね、ハッピーだなあという感じもする。

2013-08-30

8月30日、金曜日

 暑かった。猛暑復活。

 スケジュールを勘違いしていたので、慌てふためく。夏の終わりの小学生の気分である。ああ。

2013-08-29

8月29日 木曜日

暑かった。

思い通りに諸事進まず。

2013-08-28

8月28日

 筋トレ意識的にスロトレ(SuperSlow)に変えてみた。効果はよくわからないが、疲労感の残り方は特徴的。

 にゃんこ大戦争をよくやっていた。

 8月も終わりだなあ。

 停滞はしていないが、進捗はわろし。

2013-08-27

8月27日

 たんたんとやることをこなしていて、一日過ぎたなあ感の日。

2013-08-26

8月26日、月曜

 本などよく読んでた。

 筋トレ本読みも増えてきた。

 ブログは書いた。

2013-08-25

8月25日、日曜日

 あまり日曜日という感じがしない。

 夏ももうすぐ終わり、やるべきことがいくつかたまっている。

 蔵書というか雑誌関係をだいぶ整理した。まだまだ整理しないといけない本が多い。

 ブログ的な話題もないわけではないが、あまり気が乗らない。

2013-08-24

8月24日

猛暑ならず。

筋トレの方式を変えた。

2013-08-23

この日、日記欠

 ブログにはちょっと書評を書いた。

 いろいろあった。うまく言葉にならない。

 高校の同級生からFBでメッセージあり、返信の仕方に難儀した。

2013-08-22

8月22日

 日記、お休み。ブログ筋トレ関連の書評をひとつ書いた。

2013-08-21

8月21日

疲れたのでお休み。蒸し暑い。

2013-08-20

8月20日、火曜日

 夕方空を見上げると月が美しい。調べると明日が満月沖縄では明日がウークイ(送り)になる。

 暑さが少しは引くとしてもまだま暑い。ちょっと図書館に調べ事に行って返ると汗だくなった。

 図書館は相も変わらず、老人が多いのだが、炎天下飛び込んでくるのか、特に男性だが公共の場でそれはないだろというあられもない格好をしている。ソファータイプの椅子にだらしなく座っていたり、靴を脱いで蒸れる靴下を突き出すように足を組んでいたり。ひどいものだった。というわけで、資料調べをしてそそくさと出る。

 昨日はステッパーをするほどの気力もなかったが、今日は戻る。

 明日未明にかけて東京では大雨になるらしい。夜風を通して寝るというわけにもいかないか。

 昼飯にカレーを作る。このところ、さらっとカレーを作ることがある。ルーを使わないカレー作りもだんだん慣れてきた。

4.III. Love without Conflict

No one who has experienced the revelation of this can ever fully believe in the ego again. How can its meager offering to you prevail against the glorious gift of God?

 Acimがたびたび述べる啓示については私はまったくわからない。それは経験可能なものであるようだし、それが得られればすべて簡単になるようにも思える。が、このあたりについてはそれほど関心を持たないようにしている。なにか決定的な理解が自分に欠けていてそのまま啓示を求めてもただの誤りのように思えるからだ。

I will never forsake you any more than God will, but I must wait as long as you choose to forsake yourself. Because I wait in love and not in impatience, you will surely ask me truly.

 聖霊自我が自己放棄するまでじっと待つという。この部分は、1985年版以降の追加で、フリー版のAcimには欠けている。

 これはイエスとヘレンの関係でもあった。

2013-08-19

8月19日

 なんとなく疲れてくったりした日。

 というわけで日記はお休み。

 ブログは書いた。書いてもしかたないかなとは思ったが、情報の交通整理みたいなもの。

2013-08-18

8月18日

 なんかの日だったな、なんだっけ、と考えて思い出した。まあ、個人的なことではある。

 ワークアウトに行く。今のところきちんと3日周期でやっている。効果はというと、主観的には身体が締まってきた感じがあるのでそれでいいかと思うが、体組織がばっちり変わるというわけにはいかない。身長は170cm。現在だいたい60kg。30代は60kgを切っていたので、それに戻したいようにも思うが、筋肉がつき始めると逆に体重は増えるだろう。が、今のところそこまでは行っていない。体脂肪ももう少しは減らしたいと思うが、もともと肥満でもないせいか、こういうのはあまり変わらないのかもしれない。などなどと、そう大きな変化はないが、筋力は微妙に付き出してうれしい。もう少し付くと30代のヨガができそうに思うがまだまだ。ヨガと言えば、身体が硬くなって、しかもなんというか筋肉の質が悪いなあという感じがする。開脚で頭が床にまだ付かない。とほほ。歳は歳だしな。

4.II. The Ego and False Autonomy

 冒頭、なぜ自我が存在するのかが問われているが、率直なところ腑に落ちる説明はない。

 他者の中に自我を見る知覚が自分の中に自我を見るのと同じだと言っているようではある。よくわからない。

Undermining the ego's thought system must be perceived as painful, even though this is anything but true. Babies scream in rage if you take away a knife or scissors, although they may well harm themselves if you do not. In this sense you are still a baby.

 自我の思考体系を既存していくことには痛みを伴う、というのは、もうレッスンでしこたま経験した。今なお、そう。自傷ではないかと疑念すら持つ。

 続く自我の教説はクリシュナムルティによく似ていて驚く。それがどうだという意味ではないが。

 この章はとても難しい。全体としてよくわからない。

2013-08-17

8月17日、土曜日

 ちょっと調べごとがあり、炎天下図書館に行く。汗だく。案の定、老人多し。避難場所としてはしかたないだろうと思うが、なぜか老人たち新聞ばかり読んでいる。

 日記が欠った。理由は、簡単にいうと、ブログ10周年が気に重かった。そういう気分のときは書かないほうがいい。二日経って、まあ、なんか書いてみるかなと書いてみた。特になにを書きたいわけでもなかった。

 このところ、筋トレレジスタンストレーニング)の合間の日には、カーディオトレーニングとしてステッパーを30分やっている。通販生活のけっこう立派なエクサーを持っているのだが、このところ使ってなかった。以前は10分くらいでへたっていたが、なんとか15分×2が続く。

 ちなみに⇒http://www.cataloghouse.co.jp/health_and_fitness/training_and_stretch/1101055.html

 これ、米国だと安いんじゃないかと調べてみたら、そうでもなかった。以前他のものでも調べてみたことがあるが、この手の製品はそれほど通販生活がぼっているというものでもなさそうだ。

 メディカル枕は以前はここを買って、二代目まで使ったが、類似品で安いのがあるので、そっちにした。通販生活のほうがクオリティはよさげだが、どうっていうことはない。

 エクサーのは米国だともうちょっと小さい普及版があり、米国でもよく利用されいるっぽい。

 そういえば、これを買ったのは、1万円くらいのステッパーを二個くらい潰したからだった。

 なんで、俺はこんな話してるんだ?

 暑い夏は続くが夜風はだいぶ涼しくなった。夜のエアコンの必要もない。夕涼みに川辺など歩くとコオロギの声すらする。もう秋ではあるのだろう。

 とはいえ残暑は続く。

4.I. Right Teaching and Right Learning

A good teacher clarifies his own ideas and strengthens them by teaching them. Teacher and pupil are alike in the learning process.

 これはAcimのけっこう強烈な仕組みで、これによってれいの「マニュアル」ができている。頭ではわかっていても、とても難しい。もっと率直に言うと、私はなんとなく人に知識をよく教えるような人っぽいが、実際には、教師とかにとてもむかない。教える人ではないのだと自覚している。教師たるにはなにかが欠損しているのである。ただ、Acimのいう教師とは、教える教師というのは少し違い、学びを実践するという意味合いがある。つまるところ、Acimの体型というのは、一人の狂気の女性の幻想に過ぎない。そこに真理があるかどうかは、その真理を生きた人によって伝えられる。

The ego is a contradiction. Your self and God's self are in opposition. They are opposed in source, in direction and in outcome. They are fundamentally irreconcilable, because spirit cannot perceive and the ego cannot know.

 「霊は知覚せず、自我は知ることができない」ここがAcimの奇妙に思える教えでもある。逆に言えば、「自我がすることは知覚であり、霊がするのは知識の認識である」ということだろう。Acimは知識によって知覚を正そうとしている。

 これは率直に言って、狂気の道のようにも思えるが、私たちが依存している知覚に根源的な錯誤があるなら、知識はどこかで暗黙に想定されている。

Learning is ultimately perceived as frightening because it leads to the relinquishment, not the destruction, of the ego to the light of spirit.

 「学んでいる状態は恐怖として知覚される。なぜならそれは放棄に至らしめるからだ。それは破壊ではない。放棄されるのは自我であり、霊の光に向かう。」

 このあたりはなるほどとテキストから学ぶ。私はAcimは自我を壊すものかなと想定していた。

Teachers must be patient and repeat their lessons until they are learned.

 「教師は忍耐強く、レッスンを繰り返させる。それがきちんと学ばれるまで。」

 Acimの奇妙なロジックはそれが人生という限定で完結されないかに見える状態にある種の輪廻を想定しているため、多少、教義に混乱がある。が、輪廻の有無が問題ではなく、ただ、レッスンを学ぶかどうかだけ重要。

Your ego is never at stake because God did not create it. Your spirit is never at stake because He did.

 「自我に危機はない。神はそれを創造していない。あなたの霊にも危機はない。神が創造したからだ。」

 私が「私」だと思うもの、私の人生というのは、神の創造ではないと言ってよいのだろうと思う。だから、私はいずれ、遅かれ早かれ死ぬことになる。しかし、霊はそうではないとAcimは言う。私が自身を霊として認識できるかについては、私は率直なところわからない。ただ、今日も炎天下歩いて、自分が心だ後の永遠の時間を思った。

I will substitute for your ego if you wish, but never for your spirit.

 ここはヘレンへのパーソナルメッセージがベースにあるのだろうと思う。「私はあなたが望むなら自我の代替になることができるが、あなたの霊の代替にはならない」

 ヘレンの二重人格は、二重人格の罠を知っていた。そんなことがありうるのかとも思うが、ヘレンだからそれが可能だったのだろう。

I could not understand their importance to you if I had not once been tempted to believe in them myself.

 ここもヘレン向けの聖書の比喩になっている。

 非常に重要なメッセージを含みながら混乱した節になっている。

死の恐怖の微妙な変容

 私が死んでも、たぶん、この世界は存続するだろう。そして生きている私が今想像できる範囲でもあるだろう。

 私には子供があるのでたぶん数千年くらいは子孫があるんじゃないかと思う。

 それでも宇宙の瞬きに地球は滅びる。生命はそれ自体が夢であったかのように、宇宙の暗黒のなかに消えるだろう。そして、ほとんど無限に近い無が支配するだろう。

 諸存在は、おそらく、その原子核から崩壊して無に帰すだろう。

 無の後にまた時間と存在が始まるかもしれないし、あるいは多元的な宇宙はただ多元的に存在するのかもしれない。生命が物質となんら変わりが無いということは、物質はどこでも偏在的に生命とその知性を生み出すということでもあるのかもしれない。

 そういうことは、古代人が考えたように、現代の科学でも実はわからない。

 ただ、私は宇宙の瞬きに存在し、ほとんど無に近い。

 私は無と言ってもいい。

 そもそも私という意識も科学的に考えるなら、なんらかの意味の構成体であって、ただの偶然というか、環境因子に帰すだろう。つまり、それをdistinctiveに存在せしめる実体なるものは存在しないだろう。

 そのことが私は、子供の頃から恐怖だった。宇宙の無の暗闇をよく見つめて泣いた。

 しかし、その無こそは私の故郷でもあるだろうし、私の真実でもあるのだろう。

 この自我の人生の本質はおそらく仏陀が直覚したようにただ苦であるなら、無は涅槃と同義でもあるだろう。

 まあ、しかし、そう性急に結論を出すこともないというのが、実際のところまだ生きている自分の課題でもある。

2013-08-16

8月16日

ま、お休み。

2013-08-14

8月14日

 昨日ほどではないが暑い日々が続く。

 どたばたとし、それ以外では、ツイッターをしたりゲームをしたりしている。

 ブログは明日で、10年。

2013-08-13

8月13日

 この日日記欠。

 暑かったが、少し引いていた。夏ばて始まる。

2013-08-12

8月12日、月曜日

 炎暑続くも、夕刻より豪雨。

 いろいろやらなければならないことが重なりつつあり、心理的には焦る。

 暑さはきつい。きついとばかり言ってもしかたないので、筋トレなどはする。進歩しているのかよくわからないが。

2013-08-11

8月11日、日曜日

 暑い一日だった。午後東京の一部に雷雨があり、京王線が止まったらしい。

 夜は昨晩よりは少し熱が引いた。

4.I. Introduction

 よくわからないが4章には序論が付いている。

The only message of the crucifixion is that you can overcome the cross.

 キリストの十字架が伝えることは、それを越えていけること。Acimらしい。

The journey to the cross should be the last "useless journey."

 人が自我の人生を歩めばただ十字架に辿り着くだけであり、それだけでは空しいものとされている。

 このあたりはいかにも表面的にはキリスト教らしくないところだ。

2013-08-10

8月10日、土曜日

 いやあ、暑かった。夕涼みに夜の街に出ても暑かった。

 明日も暑い。

 もうただただ、避難という感じ。

2013-08-09

8月9日、金曜日。

 暑い。かなりまいる。明日はさらに40度にもなるという。もはや台風や豪雨で閉じ込められるのと変わりない。

 筋トレの効果は、当然ながらそう明確には出て来ないし、もともと肥満でもなんでもないが、それでも身体がきゅっとしまってきた感じがして心地よい。もう少し絞り込みたいようには思う。

 cakesの連載の準備にけっこうな時間を割いている。

 昼間は炎天下で松屋。松屋のカレーはうまい。なんかもうやけくそになったとき、このカレーはなんておいしいのだろう。

 夕食は焼き餃子。ぼうっと餃子を作って焼いて食っていると、幸せというはこういうものだろうと思えてくる。他にヤムウンセンだが、こちらはいまいち。おいしいタイ料理を食べたいとも思うが、いわゆるエスニック屋にはけっこうこりごりしている。

2013-08-08

この日、日記欠落。

 筋トレをして、くったりしてた。ツイッターはけっこうしていた。

2013-08-07

8月7日

 猛暑復活だが、これでもまだ先日の猛暑には及ばないので、今週末が怖い。だいぶ身体に影響が出て来た(まあ、つらいですね)。

 

 ツイッターでちょっと呟いたが。

 自分からこの人は不幸になってるなと思える人を見ると、なんとなくいたたまれないような気がしたものだが、その選択もその人の自由意志の結果なのだから、尊重して見守ろうと思うようになった。

 なんか可哀想だなと思えたり、その愚痴や非難を私などに向けてきても詮無いと思うのだが、私からはなにかとやかく言える権利のようなものが私にはそもそもないように思えてきた。

 大病というわけでもなければ、尋常ならざる不幸というのでもないなら、ほんのちょっとの心の持ち方で、人生は変わるものだが、それは本人が自覚するしかなく、私が関われる問題でもない。

 もちろん、私自身がそうした側にいたかもしれないし、今なおいるのかもしれないが。

 そうして、なんというか、一生、ちょっとしたが空回りや怨恨感、不平感のなかで、本人が選んだ不幸を過ごして、それでよかったのかというと、それもまた人の普通の一生というものなのだろうと思う。

 あと。

 こうもつぶやいた。

 他者に罵倒を投げかける人も、投げうるという前提の確信のなかに関係妄想があるし、その罵倒や怒りはその人の求める不幸の反映なんじゃないか。

 その人が内面に幸せがあるなら、他者への視線にも幸福が基準になるように思う。

 この点については、自分も多々反省するところはあるが、その意味で振り返ると、基本は自我肥大と世界の否定があるのだろう。前者はそれでもわかりやすいが、世界の否定はむしろ当然にも思えたものだ。が、世界がそう見えるということそれ自体が、自我肥大の結果でもあるのだろう。

 

 ま、なんだかスピリチュアルなこと言っているみたいだが、ごく普通にそう思うようになってきた。

2013-08-06

8月6日、火曜日

 朝、「あまちゃん」の時間が広島原爆の行事だった。知らないわけではないが、終わったとされるころTVを付けると、安倍総理が映っていて、ああ、あまちゃんならぬあべちゃんとか思った。

 戦争に関連する話題はもうブログにいろいろ書いたので特に改めて思うことはない。

 

 調べ事に少し遠くの図書館に出かけ、帰りに間一髪で雷雨を避けた。すれすれだったなあ。

 

 奇妙な疲れというか、筋トレのせいもあるだろうけど、じわじさと夏ばてを貯めているようにも思う。

2013-08-05

月曜日、8月5日

 私事でどたばたとし、夕方は、筋トレ

 くたっとして今日はおしまい。

 

 あ、つけたし。

 そういえば、Acimでは執拗に「神は罰しない」というメッセージが語られる。これは、西欧的キリスト教(正教も同じだが)のように、神が究極の正義として世界に向き合うということから必然的に出て来てしまうのかもしれないが、日本人には、少なくとも私には、こうした処罰する神というのは、義の理念では理解できても、恐怖としてはない。なので、Acimのこういうところは日本人にはピント外れだなと思っていた。が、今日、ワークアウト中に、おや、そうでもないかもしれない。と思った。処罰する神ではなくても、自分が過剰に自省して承認を得たいような神観というのは自分のなかにあるな、と。日本人は、とくにイデオロギー的なセクトで顕著なのだが、法=正義の処罰ではなく、自省による自罰として粛清を行うところがある。自分はこの手のセクト思考からは免れていても、自省から自罰という義の回路はあるものだと思った。もちろん、それがなくて反省もしないというのはなんだが、問題は、義の承認のための反省という心理は、Acimが扱う処罰神と同質なのだろうと思った。合わせて、過去の過ちというのは、今それが心のなかで訂正されれば、人生というものレッスンの終わりなのだろうとも思った。

2013-08-04

8月4日、日曜日

 比較的涼しいこともあるよく歩いたり、また夕涼みに出たりなどした。

 書かないでいようと思っていた例の麻生さんの「失言」話題を、今朝少し時間があったのでブログにまとめた。この手の話題は書けば自分に不利益になるばかりだが、多様な意見があってこその市民社会であり、そのためにブログを書いてきたのだから、時代の記録程度には書いておくかなとは思った。批判や揶揄はだいたい予想の範囲だが、まいどならいい気持ちはしない。変な妄想に取り憑かれたような人も出てくることがある。

 僕を保守右派だと思う人は多い。また麻生さんを支持していると見る人も少なくはない。どちらかといえば麻生さんは好きな政治家だが、今回の「失言」は単純に許容範囲ではないし、また消費税の考え方は支持できない。しかし、ネットの世界にはそういう部分は伝わらないものだ。

 夕涼み先で、先日から探していたローレルパウダーを見つけた。タイムがあればいいのだけど、ちょっと魚介の下ごしらえにあるといいなと思って、ネットで買うか悩んでいたのだった。見つけて些細な幸運だなあと思った。

3.VII. Creating versus the Self-Image

 基本的には原罪論の訂正と言ってもよく、キリスト教神学的。

 だが、Acim的にはそこまでキリスト教に接近する必要性は二次的なものでもあるだろう。

Every system of thought must have a starting point. It begins with either a making or a creating, a difference we have already discussed. Their resemblance lies in their power as foundations. Their difference lies in what rests upon them. Both are cornerstones for systems of belief by which one lives.

 makeとcreateの語感がかなり強い。この場合のmakeは化粧のメークに近いのではないか。

 この節で3章は終わる。混乱ということはないが、初期のAcimの読みづらい状態はまだ続く。

2013-08-03

8月3日、土曜日

 炎天下よく歩いた日。幸い30度ほどで湿度も低くて助かった。

 いくつかやるべきことをつらつら考える。

 ほか、お休み。

2013-08-02

8月2日、金曜日

 この一ヵ月いろいろありくたびれた。

 かろうじて筋トレは続けている。というか、さっき終えてくったりとしている。

 今日は、ワークアウトの後以外はプロテンをやめてみた。どうもそのほうが体調はよいみたいで、プロテンのローディングはあまり自分には向かないのかもしれない。で、ほんとカロリーは少なくていいんじゃないかと思うようになった。なので、総体的にはプロテンをあげないと。ジレンマ。

 時事話とAcimはお休み。

2013-08-01

8月1日、木曜日

 8月になった。炎暑ではないが、曇天で蒸し暑い。西日本では豪雨もあり大変そう。

 今日もいろいろ考え事があり、この暑さでできるものやらと思う。なんかなあ。

 麻生さん失言の話題は、朝日の全文とされるものよりさらに全文がありそうなので、それを見ないことにはなんとも言えないが、現状公開の部分から察するに、麻生さんは、硬性憲法アポリアというのを考え詰めていたいた人なのだろうと思う。だから、がちゃがちゃ騒ぐと改正はできない。静かに変えたいが、しかしヴィマル憲法の改定のようなプロセスだとナチスを呼びかねないから難しい、ということだろうと思う。ってなことをブログにまとめることもできるけど、この時期にブコメ1000発、嫌がらせ満載に耐える気力はない。ブログ書いているとほんと陰の嫌がらせが多くて嫌なもんだ。

 私なんか、そもそも日本人に憲法を改定する能力なんてないんじゃないかと思っているくちなんで、むしろ麻生さんの日本人への信頼というのは政治家として立派だなあと思う。

 麻生さんというのは多少の悪や弊害があっても概ねの方針がよければごりっとやる人だし、人の話はあれで聞くタイプの人ではあるが、現状では、与謝野さんの代理役になっているし、そもそも第二次安倍政権というのは麻生さんのそうした思惑でできた政権なんで、そこはまずいなあとは思う。

時事メモ

United States is losing leverage in Egypt - The Washington Post

Erasing the Muslim Brotherhood from Egypt’s political scene ― as Gen. Sissi seems intent on doing ― is impossible. To attempt it is to play with fire. It could create a schism that would put Egypt on a road toward civil war with dire consequences. Violent uprisings in Syria and Egypt at the same time would be particularly dangerous for Israel, the United States’ strongest ally in the region. Bringing Egypt back from the edge of disaster ought to be one of Mr. Obama’s most urgent priorities, and that may require rethinking his policy. Forbearance and obfuscation haven’t done the trick.

 同胞団をなんとか政治プロセスに載せろというのが米国の思惑なんだが、これがどんどん外れまくっていく。この件について、日本で言及する人も見かけなくなった気がする。まともな民主主義観をもった論者が日本にはいないんじゃないかとこういう事例で思うが、私はもうこの件で言うべきことは言ったし、悪い予言を的中させてしまったので、なんか言う気にならない。

Consumption tax conundrum for Abe - FT.com

Raising the consumption tax is also better than many of the alternatives. The increase in VAT will hit imported goods as well as domestically produced ones. It will also target cash-hoarding pensioners, who would be largely shielded from higher taxation on income.

 消費税を上げるというのは、マシな選択ではあるだろう、と。

The prime minister may want to ensure that the recovery has gathered speed before he puts up taxes. This week it emerged that industrial production fell by 3.3 per cent in June - a disappointing figure. Yet, factory output figures are notoriously volatile. The economy grew by a healthy annualised 4.1 per cent in the three months to March.

 消費税を上げるのに成長率は十分に高くないので、そこは問題だと。

Of course, one should not assume that Japan is out of the woods. This is why it is wise for Mr Abe to make contingency plans if the economy worsens. But these should involve more growth-friendly fiscal measures, such as cutting the tax wedge on labour.

 例としてあげられているが「税の楔(tax wedge)」がポイント。企業の労働コストと労働者の報酬の差。労働コストの上昇となる賃金外の負担。

 フィナンシャルタイムズとしては、企業の労働者への負担が減るような政策をとれということだろう。しかし、これはまさに左翼さんの嫌う結果になりそう。まあ、現実的にはどうなるのだろうか。

A reduction of income taxes targeted at the poor would help address the negative distributionary implications of the rise in VAT.

 実際的には、低所得層への減税を行えということだろう。それはそうだろうな。それで消費税分を打ち消さないと。

 というわけで、フィナンシャルタイムズとしては、低所得層への税配慮をして、構造改革を進めるなら、消費税増税もあり、ということだろう。

 まあ、机上の空論っぽい印象もあるな。

 現実的には、公明党頑張れということになりそうでもあるが。

2013 > Kanebo Cosmetics Inc. 4/1/13

 カネボウ美白化粧品問題と直接つながるわけではないが、これはちょっとダメ過ぎだろうと思う。TPPを推進するとこういう問題は減るのではないかと思うが、ゆえに抵抗多しか。

3.VI. Judgment and the Authority Problem

 ここはキリスト教の伝統的な「最後の審判」解釈の訂正といってよいだろう。そもそも最後の審判を信じない日本人にとってはあまりピンとこない。が、問題は「最後の」というより、「審判」にあり、正義のためらな命を惜しまないみたいな日本教はキリスト教の「最後の審判」と同機能であり、まあ、同じ轍と言っていいだろう。

 なんとなくだが、自分には日本教を訂正するAcimが問われているような感じもしないではない。


 

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