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恥ずかしげもない宣伝
2008/06『超短編の世界』 / 「密室劇場」
2008/07『異形コレクション 未来妖怪』 / 「密室劇場」
2011/02『超短編の世界 Vol.3』 / 「原因と結果」「模倣」
2012/06『てのひら怪談 壬辰』 / 「小道具」
2013/12『てのひら怪談 癸巳』 / 「可燃性」

16|01|29

THE LIVING DEAD

THE LIVING DEAD

Happy Rebirthday To You

Happy Rebirthday To You

First Heaven

First Heaven

HIGHVISION

HIGHVISION

キラキラと輝くもの

キラキラと輝くもの

動物の身体

動物の身体

LIGHT,SLIDE,DUMMY

LIGHT,SLIDE,DUMMY

Hospitality Festival Drum&Bass

Hospitality Festival Drum&Bass

Kitsune Maison

Kitsune Maison

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13|10|05 併走

 何の音もしない、静かな部屋だった。中心には椅子が据え付けられていて、正面に投射された映像では一人の男が右に向かって延々と歩き続けていた。僕はぼんやり椅子に座る。そうして映像に向き直る間も、男は歩き続けていた。

 男が歩く向こうでは、様々なことが起きていた。何もない平野に、小さな村ができた。産業が勃興した。都市が栄えた。戦争が起きた。屍体の山が積み重なり、やがてそれらは朽ちた。また平野になり、小さな村が……その繰り返し。

 それらの歴史を背景に、男は歩き続ける。まっすぐに前を向き、姿勢を崩すことなく。

 どれほどの時間、僕はこの部屋にいただろうか。何回もの微妙に異なる興りと滅びの歴史を見届けた僕は、椅子から立ち上がった。その瞬間、男が一瞬だけ僕をこっちを向いたような気がした。

 部屋を出ると、案の定そこは長い長い通路だった。

 まあ、そういうことなのだろう。

 左側には、歴史があった。といっても男の背後に流れていたような規模の大きいものはなく、ひとつの家庭を映したものだった。小さな子供を抱えて笑顔でいる夫婦、やがてその家庭が崩壊することを知っている。その父親はやがて奇妙な部屋に囚われ、歩き続けることになる。だからこの歴史を継いでいくのは、この子供だろう。……そして右側を向くと見覚えのある男がカメラを持っている。

 そういうことなのだからそろそろ歩き始めないといけない。

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13|09|15

ペイジワンゲスト一覧表 00:51

藤井ペイジ飛石連休主催ライブペイジワン」「ペイジワンR」「ペイジワンZ」のゲスト一覧です。企画コーナーのアシスタントのみ参加や飛び入り参加も記載しています。

ライブ日時ゲストネタプロデュース
ペイジワン Vol.12009.06.02大輪教授Wコロン
ペイジワン Vol.22009.07.08超新塾、チャンス大城
ペイジワン Vol.32009.08.17インスタントジョンソン冷蔵庫マン
ペイジワン Vol.42009.09.17東京ダイナマイトやまもとまさみ
ペイジワン Vol.52009.10.20鬼ヶ島山本高広
ペイジワン Vol.62009.11.17安井順平ロッチ土田晃之
ペイジワン Vol.72009.12.15すぎ(インスタントジョンソン)、サンキュー安富+超新塾)、かねきよ勝則(新宿カウボーイ)、山本しろうエルシャラカーニ)、山田ルイ53世髭男爵)、鍛冶輝光さくらんぼブービー)、渡辺敬介(ぼれろ
ペイジワン Final2010.01.22インスタントジョンソン杉山えいじ
ペイジワンR Vol.1/252010.03.03Wコロン、グーとパー
ペイジワンR Vol.2/252010.04.20ゴー☆ジャスハマカーン清和太一エルシャラカーニ
ペイジワンR Vol.3/252010.05.21ユリオカ超特Qスパローズ島田秀平
ペイジワンR Vol.4/252010.06.23風藤松原弾丸ジャッキー
ペイジワンR Vol.5/252010.07.20大輪教授THE GEESE清和太一エルシャラカーニ
ペイジワンR Vol.6/252010.08.19イワイガワ、TAIGA
ペイジワンR Vol.7/252010.09.21ずんキングオブコメディ大輪教授
ペイジワンR Vol.8/252010.10.25キャン×キャンげんしじん高倉陵三拍子
ペイジワンR Vol.9/252010.11.18トップリード今泉鳥居みゆき大型連休)、高倉陵三拍子
ペイジワンR Vol.10/252010.12.24くじら大輪教授田上よしえ、チャンス大城山本しろうエルシャラカーニ)、高倉陵三拍子
ペイジワンR Vol.11/252011.01.20今泉キャプテン渡辺尾関高文THE GEESE)、井戸田潤スピードワゴン
ペイジワンR Vol.12/252011.02.20AMEMIYAパペットマペット森田拓馬大輪教授
ペイジワンR Vol.13/252011.03.23ふとっちょ☆カウボーイ杉山えじ、TAIGA、ヴィンテージTHE GEESE井上マー高倉陵三拍子岩崎う大かもめんたる
ペイジワンR Vol.14/252011.04.21エレファントジョンマシンガンズチャンス大城
ペイジワンR Vol.15/252011.05.19永野ZENやまもとまさみ
ペイジワンR Vol.16/252011.06.22与座よしあきTHE GEESE大輪教授永野
ペイジワンR Vol.17/252011.07.21えんにちキャプテン渡辺TAIGA
ペイジワンR Vol.18/252011.08.18Hi-Hiコージー冨田冷蔵庫マン
ペイジワンR Vol.19/252011.09.21台風のため中止
ペイジワンR Vol.20/252011.10.20トップリードビーグル38ゴー☆ジャス
ペイジワンR Vol.21/252011.11.22バイきんぐ磁石キャプテン渡辺
ペイジワンR Vol.22/252011.12.21超新塾トミドコロ原田17才
ペイジワンR Vol.23/252012.01.22ハリウッドザコシショウハマカーンラバーガールスギちゃん
ペイジワンR Vol.24/252012.02.21大輪教授くじらキャプテン渡辺小峠英二バイきんぐ)、野田祐介鬼ヶ島
ペイジワンR Vol.25/25 Final2012.03.21スピードワゴンマシンガンズエレファントジョンハマーンTHE GEESE冷蔵庫マンくじら三拍子、TAIGAキャプテン渡辺、チャンス大城(ともに再演)
ペイジワンZ Vol.12012.06.22ダブルブッキング、じゅんいちダビッドソンくじら
ペイジワンZ Vol.22012.07.17クールポコ風藤松原じゅんいちダビッドソン
ペイジワンZ Vol.32012.08.17バイきんぐねづっちWコロン)、じゅんいちダビッドソンねづっちWコロン
ペイジワンZ Vol.42012.09.18トップリードツィンテル浜谷健司ハマカーンふとっちょ☆カウボーイ
ペイジワンZ Vol.52012.10.19アルコ&ピース浜谷健司ハマカーン)、じゅんいちダビッドソンげんしじん
ペイジワンZ Vol.62012.11.20オジンオズボーン新宿カウボーイ、じゅんいちダビッドソン小島よしお
ペイジワンZ Vol.72012.12.18瞬間メタル与座よしあき大輪教授、じゅんいちダビッドソン鳥居みゆき
ペイジワンZ Vol.82013.01.21キャプテン渡辺ゆってぃ田上よしえ、TAIGA、くじら、じゅんいちダビッドソン
ペイジワンZ Vol.92013.02.19タイムマシーン3号どぶろっく冷蔵庫マンラブシングル中田
ペイジワンZ Vol.102013.03.19マシンガンズ風藤松原、TAIGIATHE石原
ペイジワンZ Vol.112013.04.23やまもとまさみさらば青春の光ふとっちょ☆カウボーイくじら高倉陵三拍子
ペイジワンZ Vol.122013.05.21ラブレターズ流れ星あばれる君田上よしえ
ペイジワンZ Vol.132013.06.24エルシャラカーニジグザグジギー、じゅんいちダビッドソンちゅうえい(流れ星
ペイジワンZ Vol.142013.07.22鬼ヶ島THE GEESEロビンソンあかつ
ペイジワンZ Vol.152013.08.20トップリード三四郎ドリーマーズ、プリセンス金魚今泉
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13|07|12 「一人の芭蕉の問題」

 昼間、どこかの市で最高気温の記録が塗り変わっただとか、そんな話をしているテレビを消して、リュックサックを持った一人の芭蕉ゆっくり玄関を出た。もう一人の芭蕉を探すためである

 アパートから駅までをつなぐ、国道沿いの一本道はもう静まり返っていて、時折サラリーマンが帰途を急いでいるのとすれ違うだけだった。駅に着いた一人の芭蕉磁気カードを改札に添えて、構内に入る。時刻表を確認すると、次が最終電車であることがわかった。ベンチに座っていると、やがて電車がやってくる。

 電車には誰ひとりとして乗客がいない。一人の芭蕉は座席に腰掛ける。

 もう一人の芭蕉を探す、といっても、あてなどない。それどころか、もう一人の芭蕉が、この世に存在するという証拠すらない。それでも一人の芭蕉は、もう一人の芭蕉がどこかにいると確信してしまったのだ。だから、探さざるを得ない。

 一人の芭蕉リュックサックのなかにある、ただひとつのものを思う。夕食にカレーを作ったときに、人参や何かを切って、洗ってすらいないまま持ってきたそれには、野菜屑がまだへばりついていた。なぜそれを持ってきたのか、一人の芭蕉自分でもわからずにいる。もう一人の芭蕉を出会ったら、自分はそれを殺すのだろうか。

 一人の芭蕉は目を瞑った。

 自分のようであり、しかしどこかで決定的に違っていて(例えば眼の色や、耳の形、それら複数……)、いくらかぼかしをかけたように曖昧輪郭をしたもう一人の芭蕉の内部に、ゆっくりとそれは沈んでいく。一人の芭蕉の耳には砂漠のようなノイズが延々と流れ込んでいて、それ以外の音をすべて遮断していた。

 そのとき、それともう一人の芭蕉の間隙から、赤い液体が流れだした。と思うと、液体は不自然なほど波打ち、試行錯誤を繰り返すようにうねる。……やがて、少しずつ形を成していく。色も変わり、複雑なグラデーションを帯び始めた。その頃にはもう疑いようがなくなっていた。三人目の芭蕉が、もう一人の芭蕉から産まれている。そしてもう一人の芭蕉からは、まだ赤い液体が流れ続け、無数の芭蕉へと変化していくのだった。無数の芭蕉は無秩序に蠢きながら、一人の芭蕉のもとへと近付いていた……。

 そこで、一人の芭蕉は眼を醒ました。ただ眼を瞑っていただけなのに、眠ってしまっていたらしい。

 知らず荒くなっていた呼吸を整える。

 ……それにしても、この電車全然まりそうにないな。確認せずに乗ってしまったけど、急行だったか快速だったか――

 そこまで考えたところで、強襲されたように、身体の奥から塊のような眠気が再び迫り上がり、拡散し、脳天まで届いて……、線路の継ぎ目が描く規則正しい拍に導かれるように、一人の芭蕉は再び眠りへと落ちていった。

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13|05|18 「虚実のあわいとかいう表現を最初に考えた奴を窓から投げ捨てたい」

 いやさ、その、ちょっとから怪談書いてるとかっていう話してたでしょ? で、それは創作で書いてるんだけど、怪談には実話っていうジャンルがあって、要は「新耳袋」みたいなさ、これは誰々さんから聞いた話で……、みたいなのがあってさ、そういうのも、ちょっと興味はあったわけ。けどさあ、そんなんどうやって集めんのかね? 取材とかっていうけどさ。頭のおかしいヤツみたいじゃん。普通に。で、本とか読んだら、とりあえず撒き餌みたいな感じで、自分からなんかしらの話をしたらいいらしいんだよ。でもそんなもんねーし、って思ってたんだけど、よく思い出したらあったんだよひとつだけ。変な、……おかしなことがさあ。だからちょっと聞いてくれないかな。

 子供のころ、俺、友達いなくて。全然。もう思い出っていったらあ、昼休みに校庭をぐるぐるぐるぐる回ってたらいつのまにか五時間目が始まってたとか、蟻が何匹か地面をうろうろしてるのに役割を与えて頭ん中で物語作って、最後全部指で潰して「おしまい」って呟いて、指に残った蟻の潰れたのをじっと見つめてたりとか、そんな思い出しかなくって。で、もう、全然覚えてないんだって。何をって、だから、*hoge*とどういういきさつで友達になったか、だよ。*hoge*はクラスメイトだった。確か、*hoge*にも友達はいなかったと思う。だからって、同じように友達がいない俺と仲良くしなくちゃいけない謂れはないから、結局なんかしらのきっかけがあって仲良くなったんだと思うんだけど、それが思い出せねーんだよまったく。ひとつも。そもそも*hoge*との記憶すら曖昧で、友達だったはずなのに、曖昧で。そうだな、せいぜい……暑い夏に、すげー暑い夏だよ。近所の小さな公園があって。滑り台があって。なんていうの? 滑る部分がなんか鉄板みたいな加工になってて、どうしようもなく熱くなるわけ。で、その上で、当然滑りなんかしなくて、ポケモンカードを交換してたわけ。俺、ポケモンカードなんか集めてなかったんだけど、なんかもらってて。それがひとつ。で、あともうひとつが、*hoge*んちね。*hoge*んちに行ったの。麦茶出された記憶があるから、やっぱ夏なのかな。ぜんぶ、ぜんぶひとつの夏の話だったのかもしれないな。*hoge*んちに行ったら、でっかいポスターがあって。どこに? さあ、それは覚えてないけど。それがさ、その絵柄が、なんていうかかすげーのっぺりとしてて……ちゃぶ台みたいなのを家族が囲んでて、なんか標語みたいなのが書いてあって。そんとき、変だな、って思ったのがあ、その、変なスペースがあんだよ。家族ちゃぶ台囲んでる。父親、母親子供ふたりくらいいて、で、空きスペースがあるわけ。それがすげー変だと思って。何これ?と思って、でも聞けなくて。そんだけなんだけど。で、たぶんそのすぐ後くらいだと思うんだけどね、*hoge*が突然入院したわけ。で、全然退院する気配もなくって。それで、俺、そのころ結構学校とか休みがちだったから、まあなんかの病気で何日か学校休んで、出たら、担任が「前田くんは転校しました」とか言うんだよ。へ?って思って。俺が学校休んでる間に*hoge*が転校するなんて、そんなことある?とか思って。でも、まあ、なんかすぐにどうでもよくなっちゃったんだよね。その頃からいじめられるようなってたし。んで、そのしばらく後だったかに、たまたまね、街ん中に*hoge*んちにあったものと同じポスターを見かけたんだよ。あ、って思って。近付いたら、ある宗教団体ポスターで。あー、そういうことだったのかって思って。でもなんか違和感があって。すぐ気付いたよ。あの空きスペースが埋まってるって。そしたらもう直ぐだよな。あ、*hoge*いるわ、こん中に、ってね。

 は? そういうのは怪談とはちょっと違うんじゃないかって? そうなん? よくわかんねーわ。まあいいじゃん。どうせ作り話だし。どっか作り話かって? そりゃお前、ぜんぶ……ってわけじゃねーんだよな。いたもん。*hoge*。覚えてるし。なあ? さっき言ったろだって寒い寒いさ、冬の日に、雪が降って薄い氷が貼り付いた滑り台の上で、当然滑りなんかせずに遊戯王カードを交

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13|03|22 浜口浜村単独ライブ「浜口浜村か?」

浜口浜村ネタが初めて「刺さった」のは2012年11月ライジングオレンジで、ジグザグジギー三四郎が気になって観に行ったライブだった。それ以前にも何度か観たことがあって、気になる存在ではあるけど、ひねったネタをやるコンビ、以上の印象はなかった。けれども、それまでのいまいちさらない感じをはっきりと覆されたのが、その日の「ストーカー」だった。

浜村ボケ)が自分ストーカーである告白するが、よく話を聞くと……という導入から始まるこのネタは、奇妙な設定のなかで語られる論理がすべてボケとして機能するという骨格を持ったネタで、控えめにいって、一発でやられた。そこにいる浜村は、いわゆる「信用できない語り手」で、その語りが浜口ツッコミによって一個の漫才として立ち上がってくる、「強い」漫才だった。追いかけたい、と思った。

けれども正直にいって、それほど頻繁にライブに通える状況でない自分が、それから浜口浜村を観たのは数度だけだ。たとえば、おそらく現状の浜口浜村を語るうえで欠かせないライブ浜口浜村の自主ライブくん」も観ていない(先述のライジングオレンジの直後に最終回があったが、仕事だった)。そのなかで、印象に残っているのは2013年2月の「Simple Set HARF」で、その前日に「オンバト+」で117KBという低キロバトルをたたき出した彼らは、その事実をもネタに取り込んでまたもや「語った」。浜村浜口を、自分が作ったお笑いロボットであると主張するその漫才のなかで、彼らがおかれた現状は舞台装置の一部となった。僕はふと、佐藤友哉のようだと思った。「クリスマス・テロル」を読んですぐ、「新現実 Vol.1」を買いに走った日のことを思い出した。

そして単独ライブ

絶対に見逃せないと思った。

それはやはり、巨大な語りだった。ひとつひとつネタ浜口浜村に、観客に、自分に、現状に、語りかけた。そしてその語りすら語りの対象となって、メタ構造が語って、ライブが語って、ついでに僕の後ろで関係者席に座っていたウエストランド井口が語って、見終えた観客ひとりひとりが、浜口浜村について、その単独ライブについて語った。巨大なディスクール(急に思い出した単語)。

浜口浜村の周縁にはつねに語りがあって、奇妙な論理に貫かれたそれは、内包する切実さをちらつかせながら僕らの語りを誘発する。そして僕らが耐えきれずに語り始める時、それを共有できる人々の少なさへのやりきれなさも同時に浮かび上がってくる。

もっと多くの人が浜口浜村のことを知りますように。

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13|02|18 コアバラエティの平成史(の一断面(についての一考察))

1,

テレビ誕生100周年記念番組テレビ東京・CBB共同制作

 黒く塗りつぶされた背景のもとに浮かび上がる白い文字で、「ジョージ・ポットマンの平成史」は始まる。2011年7月特番として放送されたのち、2011年10月から2012年3月まで放送されたこの番組は、現在テレビバラエティの標準的な水準から大きく逸脱した作り込みと精密さによって、静かに支持を得てきた。

 語り手を務めるのはヨークシャー州立大学教授であるジョージ・ポットマン。新進気鋭の歴史学者である彼が、「それまでの日本文明とは明らかに異なる特殊性を持つ」平成時代日本について行ってきた研究を、イギリスCBBが番組化したものが「ジョージ・ポットマンの平成史である

 ジョージ・ポットマン教授は、取り上げるテーマ(たとえば「童貞史」であるとか「マンガの汗史」であるとか……)について取材を重ね、国会図書館に通い詰め、文献や映像から歴史」を作り上げていく。その論理は綱渡りに綱渡りを重ね、突っ込みを入れようとすれば限りがない。しかし、教授の重みのある口調や映像説得力によって、「なんとなくその通りなんじゃないか」と思わされてしまうのがこの番組の力である(もちろん、実際に一面の真理を衝いていることもあるだろう)。

 

ジョージ・ポットマンの平成史」を観た多くの視聴者が容易に連想たかつての名番組に「カノッサの屈辱」がある。1990年4月から1991年3月まで放送されたこの番組は、「アイスクリーム」や「ニューミュージック」など硬軟織り交ぜた題材を、なかば強引に歴史上の人物事象に(駄洒落を駆使しながら)なぞらえるという内容だった。その馬鹿馬鹿しさと表裏一体となった知的さが評価され、フジテレビ深夜番組のなかでも代表的な作品として現在でもあげられることが多い。

 プロデューサー高橋弘樹はインタビューで、特番放送時まで「カノッサ」を見たことがないと語るとともに、《実際にあった歴史偽史としてほかのものになぞらえて》いる「カノッサ」と、《ありえないような事実を探していく》自分番組には違いがあると語っているが、これは逆に「事実」と「偽史」というふたつの番組の構成要素の類似を浮き彫りにする説明ではないかとも思う(探された事実は「偽」の語り手であるジョージ・ポットマン教授によって語られる)。

 いずれにせよ、比較されることの多い「カノッサ」と「平成史」であるが、20年という時間のなかで、その構造にはある変化が起きている。

カノッサの屈辱」において、画面に登場する人物は仲谷昇教授ただひとりである。その教授も(基本的には)番組の冒頭とラストに登場するのみであり、本編はナレーションのみで進行する。ここで模されているのは大学講義である。一方「平成史」で模されているのは、高橋によれば「BBCドキュメンタリーであるという。そのためジョージ・ポットマン教授のほか、各回にはさまざまな大学教授をはじめ、独特のセンスキャスティングされたゲストたちが登場する。

 つまり、「カノッサ」では、「テレビの外部」がテレビにおいて模されているが、「平成史」では「テレビの内部」がテレビにおいて模されているのである。もちろんコントなどで、「テレビ風景」は幾度となくパロディの対象となっていた。しかし、「平成史」において重要なのは、まずその対象がたとえばゴールデンタイム番組のような、メジャーコンテンツではないことだ。地上波深夜番組を観る層と、「BBCドキュメンタリー」を好んで観る視聴者はおそらくあまり重ならない。しかし、積極的にテレビを見てきた視聴者であれば、どこかでは(例えばNHKスペシャルなどで)観てきた光景でも、一方ではある。過去の《なんとなく》を記憶の奥底から引っ張りだして、目の前のジョージ・ポットマン教授を結びつけることができる視聴者こそが、「ジョージ・ポットマンの平成史」において対象になっているといえる。 実はこの構造は「カノッサ」でも同様だ。さきほど「カノッサ」は大学講義を模していると述べたが、つまり乱暴にいえば大学講義に出席した体験がなくては、実感としてその光景をなぞることはできない(繰り返すが、乱暴に言っている)ということになる。つまり、「平成史」と同じく、はじめから番組全体の光景を「理解」できる視聴者を対象にしているといえる。20年が経ち、その「絞り込み」のフィルターが、「テレビの外部」からテレビの内部」へと移行することができたとするならば、それだけテレビという世界自己言及性が増したという言い方もできるかもしれない。


2.

 テレビ自己言及性について考えるときに、私にはもうひとつ想起されるサンプルがある。2011年11月に「クイズ☆タレント名鑑」という番組で放送された「GO!ピロミ殺人事件」という企画だ。個人的には、去年観たテレビバラエティの企画のなかでももっとも強いインパクトを残したものだ。

クイズ☆タレント名鑑」は2009年から不定期に特番として放送されたのち、2010年8月から2012年3月までは日曜夜8時という、いわゆるゴールデンタイムレギュラー放送されていたクイズ番組である有名人名前と一緒に検索された言葉から、その人物を当てる(一方で、下衆な想像喚起させる名前回答者から引き出す)「検索ワード連想クイズ」をはじめとして、出演者によって「悪意の塊」と表現される演出と、テレビへの愛情が綯い交ぜとなり、特にテレビ好きと称されるような視聴者から支持を得た番組である

 「GO!ピロミ殺人事件」という企画で起きたことを大雑把に述べてしまうと「クイズ番組のなかで唐突に出演者が死亡し、推理ドラマが始まる」というものだ。このことについては事前にいっさい説明がなされておらず(ただしTwitterでは公式アカウントスタッフが「何かがある」「今回は凄い」といったかたちで告知していた)、とにかくあらゆる意味であまりにも強烈な企画だった。

GO!ピロミ殺人事件」は通常通りに番組が進み、半分くらい進行したところで、幕が上がって登場するはずのGO!ピロミが倒れているところから始まる。エッジの利いた番組であるはいえ、平和バラエティ番組のさなかに、突如として「死」が介入してくること自体が、まず衝撃的であるといえる。

 バラエティのなかに介入してくる「死」といえば、ある視聴者に対するドッキリが思い出される。1991年に「とんねるずのみなさんのおかげです」で放送された「緊急放送!盲腸に倒れる 木梨憲武さんを偲んで…」である。当時盲腸入院していた木梨が死亡したという設定で、追悼特番が粛々と進行するが、やがて木梨が登場してネタバラシになる、という構成だ。その映像の一部は現在ネットで観ることができるが、不自然な点も多いとはいえ一目で嘘だと断定するのは、今の目から観ても難しいように思える。

 私はさきほど述べた「カノッサの屈辱」と「ジョージ・ポットマンの平成史」の違いに類似したものを、この「木梨憲武さんを偲んで…」と「GO!ピロミ殺人事件」からも感じる。先ほどとは異なり、どちらもテレビの内部をパロディにした企画であるが、構造はより複雑になっている。木梨が盲腸入院していたという「現実」を利用したドッキリは、多くの一般人に対し強烈なインパクトを与えた。それだけに尋常ではない量の苦情も寄せられたという。

 一方、「GO!ピロミ殺人事件」はといえば、番組内でのみ知られている(とはい別にレギュラーコーナーというわけでもない)モノマネ芸人を主役としてフィーチャーし、探偵役はアシスタント局アナさらに、その回にたまたまキャスティングされていたモノマネ芸人が脇役として演技を行い、それどころか「モノマネ芸人」という存在物語の根幹に関わってくる。別にモノマネ番組スピンオフ企画というわけでもないのに。とにかく、視聴者に課しているハードルが異様に高い。初めて番組を見た視聴者はもちろん、何度か見たことがあっても何が起こっているのか理解することができない人も多いだろう。苦情をしようにも、そもそも何にどう怒ればいいのかわからない。ここでも、「絞り込み」のフィルターがより深化しているのである。その姿勢番組全体にも当てはまるものといえた。結果からいえばその姿勢が影響して、おそらく継続必要視聴率を獲得することができなかったからか、それから半年も経たずに「クイズ☆タレント名鑑」は終了したが、後継番組として2012年4月から深夜で「テベ・コンヒーロ」がスタートした。少なくともはじめの数回についていえば、「タレント名鑑」のイズムを強く受け継いだ番組になっている。


3.

 ここまでの文章で、2010年代に放送された2つの番組について述べてきた。コアな視聴者層から強い支持を得たこれらの番組に共通するのは、過去テレビが培ってきた方法論やアイディアを受け継ぎながら、より「深い」方向に突き詰めているという点だ。ここでは現在から20年の過去90年代初頭のフジテレビ番組との類似をあげたが、この時期のフジバラエティが一種の「黄金期」にあったこと、そしてこの時期のテレビに熱中した世代が今番組作りの中核を担おうとすることを、それらは意味しているのではないだろうか。そしてこれらの番組は、視聴者との間にある種の共犯関係を作り上げてきたともいえる。

 2000年代中盤から確立された利益確保の方向性として、ソフト化があげられる。このテキストであげた2番組もその例外ではない(「クイズ☆タレント名鑑」については別企画「ガチ相撲トーナメント」のDVD化)。基本的には、その番組に対して決して少なくない金銭を払ってよいと考える視聴者に向けてソフト制作されている。そのビジネスモデルのありかたは、コアな番組作りと相性が良い。ソフトを通じて番組視聴者あいだに金銭的なやりとりが発生することで、番組視聴者あいだの共犯関係がより鮮明になるからだ(そしておそらくは、その金銭の量が、番組それからに大きな影響を与える)。

 ここで、そういったビジネスモデルと結びついた共犯関係を強く、そして大きな形で作り上げた番組を取り上げたい。「信者」とも揶揄されるファン層を持つこの番組は、しかしスタート地点においては、むしろこれまで取り上げてきたコア層に向けての番組作りとは正反対の場所にいた。

水曜どうでしょう」が北海道ローカル番組として始まったのは1996年のことだが、当時を振り返りディレクター藤村忠寿は著書で、《視聴率の高い番組を作る》ことを目的にして番組を作ることにしていたと語っている。《だからターゲットは絞らない。女性男性も見られるようにする。そこを明確にしておけば、番組作りの根本がブレない。》と続ける藤村は、番組についてこう決める。《女性男性も見られるようにする。そのためにまず決めたことは、下ネタ恋愛話は入れない、ということ。》

 とにかく視聴者を絞り込まないという姿勢は、このテキストでこれまで取り上げてきた番組とは明らかに異なる。しかし、それゆえに番組は、出演者とスタッフである4人の男たちの関係を、さまざまな旅を通じてじっくりと見せ続けることに成功する。いつしか視聴者と彼らのあいだには「関係」が生まれる。それは、さきほど述べた共犯関係と、あるいはニュアンスの異なりがあるにしても、似たものだ。

 正反対の場所から始まった番組作りが、コアなファンからの支持という同じ地点へとたどり着く。これはこれからバラエティ制作の可能性を示唆しているのだと私は思う。これまでテレビを積み上げてきたものを否定する必要もない。ネットと組むのも悪くない。マスを相手にすればつまらなくなるわけではない。深いところを突き詰めていくこともできる。どれかひとつにとらわれるのではなく、さまざまな方法論を組み合わせて新しいものを見つけていくことこそに、テレビバラエティの可能性があるのではないかと私は思う。

参考文献:

初出:「Cowper Vol.2」(2012年

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12|12|30 「代替わり」

 かつてあの鼠のいた部屋にはいま、私の夫が座っています。

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12|12|23 「SIGHT」

 かつて「弓形の夜」の場として栄華を誇っていたダイナナクは、すでに廃墟と化している。この場所に中枢機能を集約させていた企業、弦月が崩壊してからというもの、ダイナナクは他のクで行き場をなくした浮浪者がたどり着く場所になっていた。

 ダイナナクに滞在していた浮浪者あいだに、原因不明の死者が発生し始めたのは、參月ほど前からになる。はじめは弦月の保有する建物すべてが爆破された、いわゆる「月破」の際に発生した塵、いわゆる「ツキノチリ」が人体に悪影響を及ぼしているのではないかと囁かれていたが、「上層」の物たちが死者の身元を調査すると、意外な共通点が浮かび上がってきた。彼らはみな、弦月に警備員派遣していた会社、常夜警備の社員だったのである。常夜警備は月破の際に従業員の大半を失い破綻していたが、その時仕事に従事していなかった警備員や、事務系の社員のうち、ダイナナクに流れ着いた者たちが、死を遂げていた。

 常夜警備の社員は、弦月が引き起こしていた数々の暴力破壊行為とは関係なく、ただ契約関係によってのみ、あの夜あの場に居たというそれだけで、命を失っている。いつしか浮浪者の死は、彼らの呪いではないかと噂されるようになった。

 壹昨日、ドキュメンタリー番組の収録で、月破の主犯にして現状の英雄、「SIGN」がダイナナクを訪れたとき、はたして彼は倒れて拾貳分後、そのまま死んだ。スタッフは苦しみながらやがて息絶える彼の姿を、壹秒も途切れるなくカメラに収め、そのまま立ち去った。

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12|10|18 「つくる」

 部屋の中央にある緑色の球体に触れると、照明が消えた。と、同時に、小さく音楽が聴こえ始める。どこかで聴いたことがあるような気がする、ピアノの独奏。そのなかで、球体に塗られた蛍光塗料けがぼんやりとした光をまとっている。

 やがて、球体は変形を始めた。突起が出現したり、元に戻ったり、波打つような顫動を繰り返す。やがて緑色の球体だったものは、人間の形に近付いていく。頭部が出来、長い胴体が形作られ、そこから脚部が生えるように現れる。そのさまは、暗闇と音楽のなかで舞踏が行われているように見えた。踊るたびに、人間に近付いていく。

 だが、足りないものがあると、僕は思った。肩から胸までがひとつながりになっている、つまり、両腕がない。そして、どれほど踊れど、他の部位が細部まで人間のものになっていこうと、それは生まれる気配すらないのだった。

 僕は、一番はじめにそうしたように、緑色の、人間になりかけているものに触れた。頭頂から愛撫するようにゆっくり下り、首の部分を経て、肩をなぞる。そのまま滑らせて、ちょうど、ぶら下がった手のあたりにさしかかったところで、力を入れて人になりかけているものを握る。すると、勢いよく凹凸が発生して、瞬く間に腕ができた。生まれた五本の指が、強く、僕の手を握る。やはり、そうなのだろう、手は、求められることによってのみ、生まれる。納得して、僕は手を離した。

 緑色の球体だったものは、もはや、まったく、人間になっていた。もちろん、色は緑のままだが、そんなことは些細な問題といえるだろう。人間の形をしているのだから人間と呼んでよい。僕はその手を見る。彼は、その手で物を掴むことができるのだろう。握手することができるだろう。愛する人を抱き寄せることができるだろう。そして、人を殺すこともできるのだろう。

 独奏が、止まる。

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12|10|07 「×い××」

 墜ちていた。もの凄い早さで、大手保険会社本社ビルの屋上から。誰もそれが何であるか、認識することができずにいるうちに、何かが潰れる音がする。形を保っていたものが、一瞬のうちにかかるあまりにも強い衝撃によって、何でもないものに変わる徴。たとえば風船、たとえば粘土、あるいは、人間。そのとき人々の脳裏を掠めたイメージは、それぞれに異なっていた。しかし、音がしたと思しき地点を見ても、そこには何の変化もない。ただ、彼らは一人残らず、青い、と感じたという。

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12|09|29 「【人】」

 夜の公園の、奥まったところにある森のなかで、落ちている悪意を見つけた。

 悪意を身体に【入れる】と、それは自分のなかに染み込んでいく。完全に【入れる】ことができれば、それはワクチンのような役割を果たし、他者からの悪意への抗体となる。そうなれば、もはや他者との交流で傷を負うことは生涯ないのだという。しかし、そうわかっていても、悪意を【入れる】のには抵抗があった。ましてや、道に落ちていた悪意ともなれば。

 そう考えている間にも、悪意は顫動を始めた。【入】ってくる予兆だ。【入れる】のか、【入れ】ないのか、決めるまでの猶予は、もうあまり残されていない。……やはり、【入れ】たくない。僕は、手に乗せた悪意を払いのけようとした。すっ、と、取り除かれるはずだったそれは、茸を採集するときのような抵抗を僕の感覚に残す。

 もう手遅れだったようだ。悪意はもうすでに、しか中途半端に、僕のなかに【入】ってしまったのだろう。不完全な状態で【入】った悪意は、身体のなかを漂い続け、宿主の意識を侵していく。宿主の言葉、態度、表情、すべては悪意を含んだものとなる。そうなれば当然、他者から悪意を向けられるようになる。それを取り込んで、不完全だった悪意は成長していく。やがて宿主の死とともに悪意は完成して、事切れた瞬間に吐き出されるのだという。

 ならば……最初に気付くべきだった。なぜ、ここに悪意が落ちているのか。眼の前にある大きな樹の根元に立ち、見上げる。月光のなかでそれはわずかに揺れていた。おそらく、僕もこの場所だろう。【入】ってきた不完全な悪意が、凄い早さで身体のなかを【巡】っていくのを感じる。

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12|08|04 「やがて夜が明けて……」

 世界が断線したようなので、久しぶりに外出することにした。

 一瞬のうちに《律》が断たれたということで、猫は八本脚になっていたし、駅前の十字路は葡萄畑になっていたし、人間は完全な球体になっていた。まだ高校に通っていたころ、毎日立ち寄っていた大型書店赤ん坊(小さく完全な球体)を売っていた。列車は粘性を帯びた正方形の塊になっていて、乗り込もうとするひとびと(完全な球体の群れ)は次々にそれと一体となっていった。発車ベルに続いて列車は空に飛び立っていく。垂直に。

 そのようにすべてが変貌した世界で、ただひとつ、町外れの小さな公園けがそのままだった。塗装が剥げたベンチに、軋んだ音を立てるブランコ、夏には熱した鉄板のようになった滑り台、その場所けが何も変わらずにいて、トリミングした過去写真をそのままペーストしたように不自然だった。

 他の、すべての場所がうだるように暑いのに、公園だけにひんやりとした風が吹いていた。あるいは、ここだけがすでに死んでいたのかもしれない。死んだ場所で過ごす自分も、もう死んだのかもしれない。けれども、そこを離れる気にはなれなかった。

 三十秒ごとに形状を変える家では、完全な球体と完全な球体が、仲睦まじく暮らしている。人の形をしていたときには、罵声で満たされていた場所なのに。そこで人の形をして長い時間過ごしたわたしは、完全な球体が作り出す幸福空間でどうすればいいのかわからない。自分も完全な球体となっているのに、なぜか自分けが記憶を抱えていて、持て余している。馬鹿らしい話だ。この公園に居るときだけ、人の形をしていたときの暗い気持ちとともにあることができるような気がするが、しかし改めて繰り返すまでもなくわたしはもはや完全な球体でしかない。

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12|07|20 「質疑応答」

 どこかに出かけようとするクレインは、わたしに行き先を教えてくれない。でもわたしは知っているから、問い詰めない。今、彼は着る服に迷っていた。色合いや、その日の微妙な気温の変化について熟考している。漆黒かわずかに茶色がかったものがいいのか、生地の厚さはどの程度のものにしようか。部屋の隅でそれを見つめているわたしは、今、クレインが服のこと以外に何を考えているのか気にかかる。気にかかるので――、訊く。

「ああ? うるせえな黙ってろ、ぶち殺すぞ」

 クレインは手で銃の形を作り、わたしに向けた。わたしも同じアクションを取って、「バン」と呟くと、大げさなリアクションを取って、クレインは倒れる。

 わたしは声をあげて笑う。そして、今、何を考えているのか訊く。クレインは答えずに立ち上がり、濃紺のスーツを手に取った。着替えている間、わたしは何も話さなかった。クレインが着替え終わって外に出る直前、もう一度だけ、わたしは今何を考えているのか訊いた。クレインはわたしを一瞥して、ドアを開ける。その瞬間、覆面を被ったルベールが待ち構えていて、クレインを射殺する。

 倒れたクレインを見ながら、わたしは結局、死ぬ前の人間が何を考えているのか、知ることができなかったと思う。なら、ルベールで良い。わたしは右手をポケットに滑り込ませながら、何を考えているのかルベールに訊こうとするが、彼も何か言葉を発そうとしているのを察して、訊く必要はないのかもしれないと思う。

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12|07|15 「それが雪だった時に」

 新しい言葉がたくさん落ちていた。全部拾い上げて、自分のものにする。言葉交番に届けなくてはいけない、という決まりはない。口下手な自分が人と滑らかに会話するには、こうするしかないのだ。

 しかし手に入れた新しい言葉たちをうまく使いこなすことができず、会話はこれまで通りに不調で終わる。いくら言葉を持っていたところで、使いこなすことができなければかえって悪い結果をもたらす。どうやらこれは自分が持っていてもしょうがないもののようだ。手放すことにする。

 しかしどうやって処分すればいいのかわからない。悩んだあげく、拾った場所にまた捨てることにする。人通りのない時を見計らって、言葉たちを落とした。音もなく地面に言葉が散らばっていく。それを見て何かに似ていると思うが、それを表現する言葉はたった今捨ててしまった。

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12|07|06 「夜と街(打ち捨てられた)。」

 何かの手違いで滅びなかった街がある。その街をのぞいてすべては滅んでいるので、数十年、数百年という長いスパンで見ればいずれは滅びるのだろうが、いまはまだ生き延びている。その街の外れに小さな公園がある。整備されることもなく打ち捨てられたも同然のそこに、ひとつだけその街の外から来た、「その街以外のもの」がある。人間の形をしたそれは、塗装が剥がれ落ちたベンチの下に潜んでいる。よく考えてみると根拠はないのに、見つかったら殺されそうな気がしていた。

 息を止めているかのように静かな夜、眠るでもなく眼を瞑っている彼の身体に、触れるものがある。慌てて身をよじらせた彼は、ベンチの脚に腕をぶつけて、痛みに悶絶する。それでも本能からの危機感から声は漏らさずにいた。痛みが引くころには彼にも、少なくともそれが危害を与えるものではないことがわかっていた。ならば犬猫の類かと探してみても見当たらない。もう逃げたのかと捜索を打ち切ろうとしたとき、ふたたび彼の右手がそれを探り当てる。それは近くにあるとおぼしきスーパーの特売チラシだった。派手な色使いで強調された数字。それは残り時間に眼を背け、日常を生きるために刻まれたものだと、彼は感じた。

 一度息を吐く。夜が空けたら公園を出ようと、決める。「その街のもの」になるために。

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12|06|27 「410 Gone」

 手の中にある小さな箱、それを見てわたしはわずかに溜息を吐いた。ラッピングのためのリボンに挟まっていた紙片には、《お返しです》と丁寧な筆跡で書かれている。その言葉が何を意味するのか、はじめは本当にわからなかった。もう何週間も他人とまともに接触していなかったのだから

 あのひとがいなくなってから、ずっと眠っていた気がする。もちろん実際はそんなことはなくて、空腹に耐えかねて食事もしたし、最低限行わなくてはいけないことはいくつもあった。ただ、逆に云えば、それら以外の時間は、ずっとベッドのなかにいた。何かを考えようとすると、すぐ眠くなった。というか、その《何か》というのはあのひとに起きたことそのものであったのだけど。昼となく夜となく、わたしは眼を瞑っていた。眠っていることと起きていることの境目にわたしはいたかった。そうすることで、あのひとの居場所に近づけるのだと、思っていたのかもしれない。

 なぜあのひとがいなくなって、自分はまだいるのか、わたしはいまだにわからずにいる。いなくなりたいと思っているのではなくて、ほんとうに、ただわからない。今という一瞬があって、その次の一瞬までの時間連続して命が続いている。そしてそれはいつか、不意に途切れる。あのひとが途切れて、わたしはまだつながっている、それが、その理由が、ほんとうに、全然、理解できない。眼の前の箱を見た。いま、少しでもわたしが力を入れれば、くしゃりとそれは潰れるだろう。誰かが、あのひとの命をくしゃりと潰したのだろうか。

 ――わたしは、でも、潰すことはせず、箱を開封した。リボンを解く指が痩せた気がする、当たり前か。

 なかから出てきたのは、小さな飴だった。鮮やかな赤に着色されている。苺味か何かだろうか。飴と、《お返しです》と書かれた紙片――錆び付いた思考力でそれらを結びつけるのは、至難の業だ。放棄しかけたときに、充電ケーブルが挿さったまま床に落ちている携帯電話が眼についた。拾い上げると、メールと着信が大量にあることがわかる。再び床に投げ置こうとしたときに、日付が視界に入った。それで、すべてがつながった。

 ……今日は、三月十四日、ホワイトデーなのだ

 けれどそれがなんだというのだろう。わたしが送った唯一のチョコレートは、あのひとの手に渡ることなく――今はどこにあるだろう。掃除のおばさんか誰かが回収したのだろうか? まあどうでもいいことだ。とにかく、わたしのチョコレートを受け取ったひとが、いないことだけは確かなのだから

 飴が入った箱は、部屋の扉の前に郵便物と一緒に置かれていた。郵便物として配達されたのではあればその状態で置かれるはずだから、おそらくこのまま入っていたのだろう。誰かが直接郵便受けに入れたのだ。

 届くはずのないものが手元にある。明らかにおかしいことが起きているのだけど、それ以上突き詰めてそのことを考える気にはなれなかった。飴を口に放り込んで、またベッドに戻る。――苺ではなくて、林檎の味がした。

 それからも毎年、飴は送られ続けた。誰にもチョコレートを渡していないというのに。

                       *

 月日は、わたしをベッドから引き離していた。何かしら感動の出来事があって劇的に立ち直ったというわけではなく――ただ、なんとなく、だった。少しずつ、何もしていないことがわたしのなかで負担になり始めていたのかもしれない。自分の部屋以外の世界とのかかわりを取りはじめた。もちろん元通りにならないものがほとんどだったけれども、繋ぎなおせるものわずかにあった。それをよすがに手繰り寄せて、わたしは外へ出た。空白はあまりにも大きい。なかでもあのひとという空白は永遠に埋まらないだろう。それでも少しずつ、それは減りはじめていたと思う。

 最初ときに予想した通り、箱は郵便受けに直接入っていた。いつも同じ花柄の箱で、中身もいつも同じ林檎味の小さな飴だった。そして紙片には《お返しです》と書かれていた。

 本当は思いたかった、あのひとが送ってくれているのだと。そしてたとえばわたしが、あのひとにチョコレートを供えたりすれば、それは小さな物語の輪として完結したはずで、それはおそらくとても美しいものだったろう。でもわたしはそうは思えなかった。なぜならば、すでにいないものは、飴を送ることなど出来やしないのだから

 そういうわけで、飴の問題はずっと放っておかれていた。本当にその気になれば、たとえば監視カメラを置くとかそういうことをすれば、突き止めることは不可能ではなかっただろう。けれどそこまでする気にはなれなかった。だから、放っておかれていたという表現は正しくないのかもしれない。放っておいたのだ。そうやってただ時だけが過ぎていた。

                       *

 その朝、自宅を出ると、見知らぬ男が立っていた。こうやって思い出そうとしても、うまく彼を描写できる言葉が見当たらない。確かスーツを着ていたような気がする。確か眼鏡を掛けていた気がする。確か――手提げ鞄を持っていたような気がする。髪型は……どうだっただろう。

 数秒、眼が合ったまま時間が過ぎる。

「あの――」

「いいかげん、チョコレートを下さい」

 まっすぐわたしを見つめたまま、男はそう云った。

「は?」

チョコレートを下さい、と云っているのです。もちろん義理で構いません。市販のもので事足ります。ただなんらかのチョコレートを下さい」

「何を云って……」

「何を? 二月十四日にチョコレートの話をすることがおかしいでしょうか?」

 その言葉を聞いて、ようやく今日バレンタインデーであることを思い出した。けれども、今のわたしにとって、それは何も意味しない記号だ。男はまくしたてるように続ける。

「毎年三月十四日に僕は飴を贈り続けました。チョコレートを受け取っていないのに、です。もう五年も続いているのですよ」

「五年も……」

他人事みたいですね」

 小さく、男は笑った。

あなた恋人は、あなたからチョコレートを見て……」

「あ、あれ、あのひとのところに渡ってたんですか」

「知らなかったんですか? はい、間際でしたが」

「そうなんですか。それは……」

 ――良かったの、だろうか?

「……話を戻して良いですか。あなたからチョコレートを見て彼は、ホワイトデーにはお返しをしなくちゃな、と呟きました。もちろんそれが不可能だと悟ったうえでです。彼は僕を見て、代わりにお返ししてくれないかな、と云いました。正直に云えば、別に彼とは親しい間柄ではありませんでした。いくつもの偶然が重なって、その場に立ち会うことになったのです。おそらく彼はもう周りの人間を個々に認識することも難しくなりつつあったのでしょう。それでもそれは、僕の役目になりました」

 彼はわたしの言葉を待っていたが、何も云わないので、諦めたように話を続けた。

「周りの視線もあって僕は、わかったと云うほかありませんでした。それを聞いて、彼はゆっくりと眼をつぶり、毎年頼むよ、と呟いて微笑みました。……それが最後でした。冗談だったのかもしれません。そうだったなら、あまりにも性質が悪かったと、あえて僕はここで云いたいですけど」

それからずっと」

「そうです。それからずっとです。三月十四日になると、早朝、あなたの家へ行き、郵便受けに飴の入った箱を投げ入れる。たいしたことではありません。けれどどう考えても不自然行為でした。その不自然さは僕のなかで、耐え難いものになっていきました。チョコレートをもらってもいないのに、その返礼を贈るというのは、おかしい」

「そうですね」

「だからチョコレートをください。今は持っていないでしょうから、そこのコンビニで買っても良いですよ。なんなら付いていっても……」

「無理です」

「そうですよね」

 走りすぎた演技のように、お互いの言葉が終わる前に自らの台詞を重ねていた。

「今この瞬間、僕はあなたから拒絶されました。僕はこれ以上あなたに飴を贈ることはできません」

はい

「僕は彼の意思が入った容れ物でしかありませんでした。そしてそうあるべきでした。そのうえで成り立っていたあなたとの関係は、僕の行動によって壊れました。もうあなたと会うこともないでしょう」

「……はい

さようなら

 彼は背を向けて去っていった。ゆっくりと歩いていたことは覚えている。どこの角を曲がって、視界から消えたのかは覚えていない。わたしはぼんやりとそれを見届けていた。そしてようやくわかった。彼は死んだのだ。

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12|06|26 「聞こえますか?」

 ……先輩! どうしたんですか、聞こえないんですか?

 そんなことより、仕入れたんですよ、あれ! ……いやだな、へ? って顔しないでくださいよ。蒐めてるって聞きましたよ、噂で。お前に漏れるようなところに話したつもりはない? へえ。まあでも、どこからか伝わっていくのが噂ですからね。とにかく、いいのを持ってますから、聞いてくれます、よね? 遠いですもんねえ。えんえん歩かなきゃあ……。

 彼はその日、何も予断を抱くことなく、と云えば聞こえはいいですが、正確に云うなら何も考えずに登校したんです。何せそれまで生きてきた十何年間、そんなことにはまったく縁がないまま過ごしてきたんですから。周りが浮き足立つその日も彼にとっては、なんてことのない一日に過ぎなかったわけです。いつもと同じように校門をくぐり、校舎に入る。で、そして靴箱を開けて、それに気付きました。

 それは小さな箱でした。少なくとも、彼はそのときそう思ったんです。これは箱だ、この箱はなんだ? 取り出してみると、その箱は包装されていました。つまり、そのための紙で包まれて、リボンで留められていたんです。そこまで認識してもまだ、彼は気付きませんでした。ふと、周りを見回して、別の生徒の話から、この単語をすくい上げるまでは。

 その瞬間に、彼の心臓は早く鼓動を刻み始めました。だってそうでしょう? この箱、そしてそのなかにあるものはまぎれもなく誰かからの――おそらく女生徒からの好意を象徴するものなのですから。さっきも云いましたけれども彼は、そんなものとはまったく縁のない時間を過ごしてきたんです。隔絶されていたといってもいいくらい。それが、ですから……。

 彼はすぐさま、箱を鞄に仕舞いました。それから意味もなく周りを見回しました。誰かに見られて囃し立てられるのが厭だったから、というのもあるでしょうけど、むしろ箱を靴箱に入れた張本人が、まだそのあたりにいるんじゃないかって気がしたからかもしれないですね。いるわけないのに。

 それから彼は一日、呆けて過ごしました。教室はそのイベントの話題でもちきりだったのですから、彼が呆けているのとそれを結び付けるのが自然だったようにも思えるのですけども、誰もそれをしませんでした。それだけ彼はそういうものとの関係が希薄であると思われていたんですね。授業が終わると彼は誰に話しかけるでもなく教室を出て行きましたが、誰も気にしませんでした。いつもそうだったからです。

 呆けたまま彼は、自宅に帰り着きました。なんしろ呆けすぎて、しばらく自分がなぜ呆けているのかもわからなくなったくらいですから、そうとう呆けていたわけです。いつものように部屋着に着替えて自室に横たわり、テレビスイッチを入れて、それでやっとその存在を思い出しました。そうです。まず彼は、それを開封しなくてはならなかったのです。いそいそと彼は、鞄から箱を取り出しました。それは、鞄のなかで圧迫されたのか、わずかに歪んでいました。

 何しろ彼は焦っていました。さっきまでは呆けていて、今は焦っている。生憎リボンは硬く結ばれていて、不器用な彼にはなおのこと厄介な代物でした。爪の先端で結び目を解こうと、何度も試みるうち、滑った人差し指が箱に刺さりました。それで、そのまま爪は包装を貫通したんです。すると――

 ぞわっ

 ぞわわ

 彼の指を這い上がってくるものがありました。ひとつではなく、次々と、延々と。蠢いて、撫でて。そう、ちょうどこんなふうに……。それは蟲でした。連なって、集った。蟲はいつまでも彼の指を上っていきました。侵略するように、指を、掌を、甲を蟲の色に染め上げていきました。

 みっともなく叫びながら、彼は滅茶苦茶に蝕まれた右手を振り回したんです。けれど蟲はなかなか離れない。左手で落とそうとすると、そちらまで蟲に侵されてしまいそうで、それはできませんでした。手を離れて床に転げ落ちた箱からはいまなお蟲があふれ続けている。

 彼は部屋を飛び出して、台所へ向かいました。水で洗い流そうと考えたんです。たどり着いて、もちろんもっとも強い勢いで水を出し、その流れのなかに腕を浸しました。けれども、洗い流せない。腕にへばりついてるわけじゃないんです。蟲たちは腕をただ撫でていて、今にも落ちていきそうに感じられるのに、どれほど強く水を流したところで、いっこうに腕から落ちていこうとしないんです。そのくせ肘からにのぼってくることなく、腕に留まり続けていました。

 彼は水で洗い流すのを諦め、タオルか何かを通して落とそうとしました。けれども都合の悪いことに、視界にはそれに類するものは見当たりませんでした。でも、確か戸棚のどこかにはあったはずなんです。だから彼は戸棚を片端から開けていくつもりで、もっとも端にあったひとつ左手をかけて、そして引きました。するとそこには、

 ぞわわ

 ぞわっ

 蟲の影がありました。今にも彼の左手に渡ろうかというすんでのところで、戸棚を閉じることができたので、左手まで侵されることはありませんしたが、おそるおそる別の棚に耳を当てると、蟲どうしが微かに触れる、軽く、そして意識をざわつかせる音が届きました。そして他のどの棚からも、同じ音がしてくるんです。もはやそれら開く気力は、彼には残されていませんでした。

 すべてを諦めかけた瞬間に、ひとつの光が彼に差し込みました。だって別に部屋はここだけじゃないんですからね。風呂場に行けばタオルなんてものはいくらでもあるわけですから。台所を出て、彼は廊下を駆けました。すぐにたどり着いた風呂場の扉は、閉ざされていました。すぐに扉を開けようとした瞬間、彼の背筋を予感が這いました。――まさか。

 扉に耳を当てるまでもありませんでした。自ら音を立てることさえしなければ、すぐに耳に届いたのです。さきほどまでとは比べ物にならない数の蟲たちが互いに触れ合う、音の群れは。彼は弾かれたようにそこから離れ、あらゆる部屋の前に立ちました。その扉はことごとく閉ざされ、そしてそこからは音がしました。さっき開けっ放しにして出たはずの自室も、閉ざされていたんです。

 彼は最後に、玄関に向かいました。いや、正確にいうなら、向かいかけました。けれどもその必要はありませんでした。気付いていたのです。本当は。玄関のほうから響く、その音はずっと、ずっと、大きくなり続けていたのですから。彼はゆっくりと、台所に戻りました。そこだけはまだ閉ざされていませんでした。

 彼はそこにある、ひとつのものだけを覚えていました。本当はもっと他にもいろんなものがあったはずなんですけど、意識まで蝕まれた彼にはそれしか見えてなかったんです。シンクに落ちていた包丁しか。彼は左手ゆっくり包丁を握り締めました。右手では蟲が絶え間なく蠢き続けていました。蟲を自分から引き離すための方法は、ひとつしかありませんした。

 肉に食い込んだ刃が、神経を、血管を断っていく音が聞こえてくるような気がしました。それが、玄関から響く蟲のざわめきと重なり合ってひどいノイズとなり、脳味噌のなかをぐちゃぐちゃにしていきました。遅れて届いた激痛がそれらを断ち切ったとき、彼は意識を喪いました。

 ……そして、彼は覚醒したんです。そこは見慣れた台所でした。その床に、彼は横たわっていました。

 彼は何も思い出せずにいました。何か悪い夢を観たような心地でした。やれやれと思いながら立ち上がろうとして、彼は軽い違和感を覚えました。身体のバランスが取れないような……ゆっくり視線を左半身に向けたとき、彼は自らの寸断された右腕から血液のかわりに流れ出る、蟲たちの姿を眼にしました。そしてそれと同時に、ひときわ大きなあの音が頭のなかから響いてきて――

 あ、やっと学校ですよう。ちょうどでしたね。けっこういい話でしょう? 蒐めてくれますよね?

 なんとか時間にも間に合ったみたいだし、さっさと履き替えて教室に……、あれ? 入ってるじゃないですか、さすが。今日は二月十四日ですからね。やっぱり顔も良いし性格も……どうしたんです、あれえ――まさか、聞こえるんですかあ、先輩?

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12|06|25 「enable」

 整然と配置されたそれぞれの地区は、お互いに良い影響を及ぼしあいながら発展を遂げていた。ほとんど停滞することなく市の人口は増え続けていた。市民はみな市長であるわたしに感謝していた。わたしが何を考えているのか知ることもなく。

 ――……。

 耳障りな警告音で、意識ディスプレイに引き戻された。何かをぼんやり考えていた気がするが、それを思い出すことすらできなかった。まあ、どうせその程度のものだったに違いない。画像認証に刻まれた文字くらいに、自分の思考が読み取れなくなっている。

 ポップアップウインドウタイトルバーには、《公害による健康被害》と記されていた。ウインドウには、いかにも海外のものといった感じの、毒々しいデザインの中年女性が青白い顔色でマスクを着けているイラストが添えられている。彼女がいうには、《市長! この事態は早急に解決されなくてはいけません! 市民自分家族健康を害する黒く汚れた空気から逃れようと試みています。》ということらしい。

 公害に対する対策としては、公園や緑地を配置することで、ゴミ処理場や工業地帯から発生する有害物質を分解する、というものがあげられる。実際それまでそういった対策を施していたのだが、効果ははかばかしくないようだ。……仕方がない、もっと抜本的な対策をとらなくてはいけない。

 まず、セーブを行ってアプリケーションを終了させる。それから、実行ファイルと同じフォルダにあるセーブデータをあるフリーソフトに読み込ませる。セーブデータはもちろん暗号化されているが、このメーカーはすべて同じ形式を採用しているので、はるか昔に解析されている。数秒後には、一般的なテキストエディタで読み込むことができる文字コードに変換されたファイルが保存されていた。それを開くと、意味不明文字列が羅列されているが、これには一定パターンがあり、それを把握していれば自由にセーブデータを改造することができる。公害を示すパラメータ検索し、その値を《無効》を示すものに設定した。それを再び変換すると、読み込み可能なセーブデータが問題の箇所のみ書き換えられた状態で保存される。それをもともと保存されたものに上書きした。

 そして再びゲームを起動し、セーブデータを読み込む。うっすらと都市全体にかかっていた灰色の靄が霧散していた。これでもう二度と、市民公害に悩まされることはないだろう。



 その隠しパラメータに気付いたのは、放射能汚染無効にしようとしたときのことだった。間違った文字列検索を行ってしまい、目的のところとは違う行にたどり着いてしまったわたしは、ふと違和感を覚えた。暗号化されたデータの群れは、とても理解しようのないものであったにもかかわらず、《ここ》には何かがあると感じたのだ。そしてそれはすぐ、試さなくてはいけない、という焦りに変わった。

 もちろん、下手をすると二度とプレイできない状況になりかねない。《その》パラメータを別のファイルメモしてから、新しいセーブデータを作り、ある程度ゲームを進める。そしてそのセーブデータを、例の手順で書き換える。それまで無効になっていた《その》パラメータは、enable有効になった。

 そしてふたたびゲームを起動するときわたしは、何を期待していたのか、今となってはあいまいだ。実のところ単調に感じ始めていたゲームへの新たな刺激、あるいは……。かたちのないものへの渇望がわたしを突き動かしていた。隠しパラメータ存在に気付いてからパソコンの前を離れることなく二度、朝を迎えていた。

 立ち上がったゲーム画面には、一見何の変化もないように見えた。これまでの人生においても、何度も感じてきたようなおなじみの軽い失望を覚えながら惰性でしばらくゲームを進めていると、ふと、画面の右下にそれまで見たことのないアイコンが出現していることに気付く。パラメータ有効にすることで、このアイコンが表示されるになった、ということらしい。アイコン三角形を組み合わせた抽象的な図柄をしており、そこから意味抽出することはできなかった。

 軽い気持ちで、アイコンクリックしていた。それまでの過程存在していた、儀式めいた厳粛さは、失望を通過するなかで消えうせていた。実際、クリックしてもしばらくは何の変化もない。ふたたび失望のもとへ帰ろうとしたとき、瞬間のうちに、すべてが変わっていた。

 まずカーソルが違う。それまでの、指を象ったものではなく、円形のなかに十字が刻まれている――そう、照準のようなものに変化していた。すでに予感は、形にになってわたしのなかにあった。それを確かめるためには、右手人差し指わずかに動かすだけでよかった。だが、先ほどまで指が攣るほどに動かしていた指は、ひどく重たいものになっていた。どれほど力を込めても微動だにしない。どういう仕組みの結果としてそうなるのか理解できなかった。何ものかが身体の内奥からその動きをせき止めているとしか思えなかった。ただ、ここまできて引き返す道理などないのもまた確かだった。待ち続けた。

 そしてそれは、予想通りに突然訪れた。意志が後押ししたのか、あるいは何らかの身体の反応でしかなかったのか、とにかく人差し指わずかに動き、マウスは軽い音を立てる。そしてそれと同時に、ビル群が爆発した、画面の中で。ホイールを使って画面を拡大する。高層ビルから落下する焼け爛れた人間の姿がはっきりとわかった。そこにさらに照準を合わせてクリックする。身体が分断され、散り散りになるのが見えた。

 すでに街は大混乱に陥り、自動車衝突事故を起こし、列車は横転していた。あらゆる場所クリックを繰り返した。それなりの時間をかけて作り上げた街が、あまりにも軽い音とともに崩れ去り、醜い本性を晒している。それは鉄骨であり、内臓であり、コンクリートの塊だった。手のなかにある小さな器械は、あらゆるものの内部を暴き出すトリガーになっていた。指が痺れるまでクリックを繰り返した。右上に表示されていた人口の数は瞬く間に減少していく。正直にいうならば、性的快楽のただなかにあった。特に少女をただの肉塊にしていく時などは。

 少しは抑えよう、とすら思わなかった。気がつけば、生きとし生けるものが滅びた世界をただ壊していた。痛みが走る指をマウスから離したとき、はじめて、体温が少しずつ下がっていった。そして、これが仮の世界だったことを思い出す。ハードディスクのなかには、これよりはるかに長い時間をかけて作り上げた、虚構の世界存在する。それを破壊し、意味のないテクスチャの塊に追い込むときは、いったいどれほどのものがわたしを襲うのだろうか。

 ……作り上げなければいけない。破壊するために。



市民の声》というメニューを選ぶと、そこには市長に向けた賛辞の言葉が連なっている。そのなかに紛れ込んだ小さな不満、たとえば犯罪が増えてきた、あるいは学校は足りない、そういったものを即座に解決していく。また評価が上がる。そうしながら新たな地区建設することで、はじめは果てしなく広大なように思えた地図の余白は、少しずつ狭まっていく。すべてが埋まり、そしてそのすべてが完璧な発展を遂げたとき、それは始まる。街の人口はすでに300万人に迫ろうとしていた。理論的な限界も近い。

 今日も人々は健康的、文化的な生活を満喫していた。四角形のマップ、その外には何も存在しない、閉ざされた平和世界しかしそれは、破滅のために準備されている平穏にすぎない。わたしだけがそれを知っている。そのようなことを考えているあいだにも、終わりの始まり、わたしによってトリガーが引かれる瞬間は近づいていく。それは……きっと、明日にも。

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12|06|15

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12|05|25 Silent Night

 夕暮れの空がゆっくりと降りてゆき、いつしか地面になる。なんだかふわふわした地面にはもう道路歩道の区別すらなくなり、自動車自転車歩行者、あるいは動物、人に非ざる者、その他大勢が入り交じり、重なり、倒れていく。人や車や霊体の屍が散らばる。そこへ新たに空が落ちてくる、今度は朝焼けが。流れ出る血液ガソリンや魂で赤黒く変色した地面は、覆い被されて見えなくなる。同じことが繰り返されて、あらゆるものの死が積み重なった塔はその高さを増していく。ずっと。

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12|04|27 ビーケーワン怪談大賞投稿作品(全-1)

第6回「慰霊碑」

 高校に通学してたとき通っていた公園には、関東大震災被災者が祀られた慰霊碑がありました。この公園避難した数万人に及ぶ近隣住民は、火炎の竜巻に包まれて残らず焼け死んだのだといいます。この高校に通っている生徒なら、毎年のように全校集会で聞かされる話です。

 あれは二年の秋だったと思います放課後公園を歩いていた僕は、その慰霊碑の前を通りかかったときに、不意にぞっとしたものを感じました。首筋から脊髄を、ひんやりとした感覚が通り抜けていくような。あるいは誰かにそっと、背骨をなぞられたかのよう

な。

 反射的に振り向きましたが、終業直後でもない、部活終わりでもない中途半端時間からか、誰の姿もありません。居心地の悪さを感じて、ふたたび歩き出そうとしたとき、視界が一気に広がって、その全面に炎が巻き上がり、そして瞬く間にそれは僕の全身を包みました。

 氷に触り続けているとある瞬間から冷たさが熱さに変わるように、さきほどまで感じていた冷気が一瞬のうちに熱になりました。熱はさらに痛みに変わり、全身が引き千切れるような激痛が身体じゅうに拡散ます。その場に倒れこんで、永遠の休息を得ることを身体が求めているのですけど、薄れゆく感覚はしかし、ぎりぎりのところで保たれます。そして身体を包み込んでいる肉体と脂肪が黒い焦げ屑になり、舞い散っていることすら意識に伝えてきます

 やがて自分が一個の塊に化したことを理解したとき、すっとすべての感覚が薄れ、僕は慰霊碑の前に立っていました。全校集会で教頭が話す教訓めいた台詞が頭のなかを反響し、そして僕は隅田川に飛び込んで死ぬのを止めたのです。


第6回「お母さん」

 小学生のころ、母親実家に泊まっていたときのことだ。

 両親が三歳のとき離婚して僕は父親に引き取られたのだが、まれに母親実家に泊まることもあった。まだ何も理解していない僕にとっては、両親は別々に住んでいて、そしてそれはただそれだけのことだった。

 眠っていた僕は、妙な声で目を覚ました。急な階段を上った先に母親の部屋はあり、泊まっているときはもちろんそこで夜を過ごす。起き上がると、隣に横たわっている母親はまだ瞼を閉じていた。階下から響く、呪文のようなその声は今から思えば経文だったわけだが、当時の僕はそれを理解できず、何かわからない恐れと、そして興味を抱いた。

 僕はそっと部屋を出て、急な階段を降り始めた。そのときはまだ、階段を下りるときは必ず母親か、祖父母が連れ添っていた。僕はひとりでゆっくりと、転げ落ちないように下っていく。一段下りるごとに、その声が大きくなっていくように感じていた。

 やっとのことで一階にたどり着いた僕は、魅入られるように、声のもとへと近づいていた。それはいつも入るのを禁じられていた部屋だった。意を決して襖を開けた瞬間、肩をつかまれる。振り向くと、そこには見たことがないほど恐ろしい表情をした祖父母と、その背後で呆然とする母親の姿があった。祖父の手によって素早く閉じられようとしていた襖の隙間の向こうに、何かしら人影のようなものが見えた。「お母さん」なぜか僕はそう口にしていた。背後に、母親がいるのに。

 それ以来母親精神の均衡を崩し、階段の上の部屋から出てこなくなったという。あれからもう十年以上経っているが、それから一度も母親実家には行っていない。ただ彼女は時々祖父母の目を盗んで僕に電話をかけてきて、いつも同じ思い出話をしたあと、ここから出してくれと訴えてくる。僕はそれを聞いた瞬間に電話を切ることにしている。


第6回「耳」

 会社説明会に向かうために行った、見知らぬ街で道に迷ってしまった。もともと大雑把な性格なので、会場までの道のりをメモしたり、印刷したりといったことをほとんどしない。携帯電話から参照できる住所と街路図だけでたいていはたどり着けるが、たまにこういうことになってしまう。

 それなりに早く最寄り駅に着いたというのに、ぎりぎりの時間になっていた。会場をいったん確認したら何か腹に入れようと思っていたのに、それもできそうにない。今度こそ正しいはずだと思いながら、小さな路地に入る。すると、その路地には点々と耳が落ちていた。それぞれ少しずつ形の違った右耳が連なって、一本の線を描いている。

 ……気が付くと、走り出していた。正直にいって、間に合わないようだったら帰っても構わないと思っていた。選考を受けては、自分必要とされていない人間であると確認するだけの作業を繰り返す毎日に飽き飽きしていたからだ。どうせ入れやしないのだから無理をする必要もない――けれどその耳の連なりを見た瞬間、訳のわからない焦りが自分のなかに生まれていた。今だ、ここしかない。先輩から何度も聞いていた、「タイミング」や「相性」といった言葉が思い出された。

 耳の連なりはやがてたどり着いた、ビルの中まで続いていた。もちろんエレベータの中にも落ちている。ようやく会場である会議室のある階にたどり着いたときには、もう説明会が始まっていた。椅子ひとつだけ残っている。ずっと途切れなく続いていた耳の連なりは、会議室中央唐突に終わっていた。僕はあわてて右耳を千切り、その終点に置く。すると、笑顔を貼り付けた人事が近付いてきて、では左耳を提出してくださいと云った。会場を見回すと、リクルートスーツに身を包んだ学生はみな両耳を欠いていた。


第7回「王妃の首」

 フランス革命に通じている者のあいだでは知られているものの、文献にはほとんど記されることのないひとつの挿話がある。

 十八世紀末革命の嵐が吹き荒れるパリに、突如としてひとつの噂が流れた。――“ギロチンによって斬られた首と口付けをすると、その主がかつて持っていたものと同等の富を得ることができる”、という。

 はじめはたとえば貴婦人の処刑の後、首が落ちる籠に忍び寄る者が数人現れるのみであり、執行人の助手が追い払えば済む程度であった。しかし噂がパリ中に広まるようになって次第に収拾がつかなくなり、かつて地位が高かった者の処刑の際には、それを利用して公然と助手が金銭を得ようとする有様だった。

 しかしある時期から、首に群がる者の数は目に見えて少なくなった。パリの民が正気に返ったからではない。むしろさらなる狂気のなかにあった。彼らはただひとりの王妃、マリー・アントワネットの首を狙っていたのである(その十ヶ月前に行われた国王ルイ16世の処刑がほぼ無視されたことは興味深い)。

 一七九三年十月十六日、くしくも処刑にあたったのは、長らくギロチンを扱っていたシャルル=アンリではなくその息子だった。処刑ののち放心状態にあった彼は、獣のように押し寄せる群集を抑えることなどできなかった。

 処刑と同時に警備の兵士を薙ぎ倒した群集は、一直線に王妃の首に向かっていった。死者も出たという。その先頭に立っていたのは、名の知られた娼館の女将であった。獲物を見つけた肉食獣さながらの速さで首に唇を寄せた彼女は、しかしそれを成し遂げる直前、痙攣しながら崩れ落ちそのまま狂死した。死までのわずかな時間彼女は「喋った」という意味言葉だけを延々と繰り返したが、誰が何を喋ったのか、ということは今に至るまでわからぬままである


第7回「ウツロ」

 いつも、ウツロは祖父にあてがわれた一室に浮かんでいた。

 少し呆けが始まっている祖父は一日中それに触れようと手を伸ばしていた。もちろんウツロは、何かと接触すると空間凝壊を引き起こしてしまうので、そのゆっくりとした動きから逃れている。僕は家のなかに耳障りな罵り声が聞こえると、祖父の部屋へと足を向けていた。のろのろとした動きでウツロを追いかける祖父と、それから逃れようとするウツロを見ていると、いま起きている揉め事が、この追いかけっこと同様にとてもくだらないものに思えてくるのだった。幾度かの争いののち、結局両親は離婚することになり、僕は母親とともに家を離れた。ウツロのことが気になったが、どうやら僕と祖父にしか見えていないもののようだったから母親に訊くこともできなかった。

 やがて、その記憶もおぼろげになったころ、かつて住んでいた父親の実家火事になり、父親と祖父を含めた一家全員が焼死したという知らせが届いた。僕を育てるためにいくつも勤めを兼ねていた母親は僕に黙って葬儀に向かう。そのことに僕も気づいていたが、声をかけることもなかった。やがて帰ってきた母親の背後には予想通りウツロが浮かんでいた。


第7回「森葬」

 N県の東南部、F村にかつて存在したある集落には「森葬」と呼ばれる葬法があった。

 死者が出ると葬儀を行ったのち、一帯を取り囲む森林に設けられた櫓へと屍体を運ぶ。すると翌日の朝には、櫓から屍体は消えうせており、そのかわりに樹のひとつの幹に死者の顔が刻印されている。こうして死者は森と一体となり、いずれその樹が朽ちることによって、葬礼は完結する。

 しかしその葬法も、集落も今はない。あるとき集落流行り病が蔓延した。毎日のように集落の者が斃れ、葬儀が行われる。ある日、ついに櫓に入りきらない量の死者が出た。やむなく残されたひとびとはその周辺の地面に屍体を放置して集落に戻った。

 翌朝、集落を取り囲んでいた森の樹はすべて枯れていた。それらを日々の糧にして生きていたひとびとは生活の術を失い、集落は滅びた。今もなおその周辺は一面の禿山であるのだが、上空から一帯を撮影するとその地形はまるで人間の顔のようである


第9回「闇の中」

 眠るように旅立っていったはずの彼が、まだこの部屋に帰ってくる。どうして《あっち》に行かないのか、何も云おうとしないけれど、何か事情があるのだろう。わたしはもちろん、迎え入れて、それまでと同じ日常を用意してあげる。

 いつまで彼が《こっち》にいられるのかわからないけれど、それまで少しでも長く一緒にいたい。だから会社なんて行かなくていいって云ってるのに、彼は毎日出かけていく。帰りも遅い。その間わたしはあまりの寂しさに震えながら待つ。

          *

 確かにあいつは首を吊っていたのだ。二人で住んでいた部屋で。

 だがあいつは、呆然としている俺の前ですっ、と床に降り立った。そして、「死んじゃったはずじゃ……」と呟く。首にはっきりと痕を残して、赤黒く変色した顔色のまま。

 確かにその数日前まで俺は原因不明の高熱に襲われ寝込んでいた。しかし突然金縛りのような震えがきて、それをきっかけに快復したのだ。だがあいつは俺が死んだと思いこみ、自殺して、しかし俺は生きており、死んだはずのあいつもその認識すらなく活動しており……すべてがちぐはぐだった。

 一見今までと変わりなく生活が行われているように見えたが、あいつの腐蝕は進んでおり、もはやほとんど原型をとどめていなかった。腐臭も酷い。最近仕事が終わっても夜遅くまで部屋に戻らなくなった。周辺の住人はなぜ何も云ってこないのだろう。

          *

 あの部屋は空き部屋ですよ。なかなか人が入らなくて……ええ、まあ、そんなところですね。

          *

 何を云ってるんですか。その町はもうとっくの昔になくなりましたよ。この間……、何かの間違いじゃないですか。

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12|04|04 カラスヤサトシ「結婚しないと思ってた」

結婚しないと思ってた」をなぜ自分はあれほど面白いと思ったか、ということについて考えると、この作品が恐ろしく複雑な構造をしていることに考えがいたる。なにしろ、200ページ中150ページが恋愛に関するルポマンガで、残り50ページが現在の奥さんとの馴れ初めから出産に至るまでの過程を描いているエッセイマンガ(あとあと「彼女編」と呼ぶ)という構成になっており、さらにその両者において、「モテない中年片岡聰さん」と「漫画家カラスヤサトシ」の物語が平行して続いているのだ。

といっても、ルポマンガのほとんどがそうであるように、前半は作品内で片岡聰さんとカラスヤサトシは同一の存在として描かれる。というか、その差異が意識されたとたんに、ルポマンガはその説得力を失う。片岡さんとカラスヤが同一である認識しているからこそ、読者である私たちは素直にマンガで描かれる事象を、自分意識感覚と結びつけて楽しむことができるからだ。しかし、「結婚しないと思ってた」において、片岡さんとカラスヤは次第にズレはじめる。

はじめカラスヤのお見合い恋愛に関するルポが描かれるこの作品は、中盤なぜか編集K城にフォーカスを当てたエピソードが続く。K城はキャラが立っているのでおもしろいのだが、まとめて読んでいるとシフトチェンジが行われたのは明らかだ。そのあたりの事情は、数話おきに挿入されているカラスヤと編集K城による裏話を読めばわかる。ちょうどこの時期にカラスヤは現在の奥さんと出会っている。つまり、彼女ができたのだ。

ここでカラスヤが片岡さんとして出会った女性存在を伏せ、K城を中心にしたエピソードを重ねているあいだ、カラスヤと片岡さんは乖離している。もっとも、マンガ現実が違うのはきわめて当然のことなのだけど、この作品の場合はそれをすぐさま明かしていることに意味がある。そのとたんに、一つのマンガのなかで二つの物語が進行していくことになるからだ。もっとも、彼女編に入るまでは、片岡さんの物語は描かれない。ただ、あることを読者が認知することによって、存在する。そして、雑誌掲載時はただのルポマンガだったものが、「嘘をつかずに、彼女存在を描かないための手段」としての側面をもつ。背後に片岡さんの物語があることが明らかになることによって、カラスヤのマンガが変質する。

そして、彼女編に入ると、構図が逆転する。ここでは片岡さんの物語が描かれ、そしてその背後にカラスヤサトシ物語がある。エッセイ漫画家として自らの生活をマンガにしてきたカラスヤにとって、彼女存在という日常の変化はそのままマンガ家としてのカラスヤに影響を与える。

その影響をこの作品は、編集者との関係を通じて描いているといえる。たとえばこの作品の担当であるK城は、彼女と出会った翌日から一緒に暮らし始めたカラスヤに対し、明らかに疑念を向ける(裏話では彼女存在を伏せ連載を行っている間、カラスヤとの仲が悪くなっていったと明かしている)。他の編集も同様に否定するなか、ひとりだけカラスヤを肯定する編集がいる。T田だ。

カラスヤサトシ単行本でのタイトル)」の編集であるT田は、作品内では徹底的に腐されているが、カラスヤにとっては10年を越える付き合いであり、また出世作の担当者でもある。そんな彼が発した「全然問題ないっスよ!」という言葉は、片岡さんだけではなく、漫画家カラスヤの背中をも押したのだと思う。その後石垣島への旅行震災、そして彼女妊娠といったイベントを経て、片岡さんは結婚へと突き進んでいくが、まずこのT田の言葉がなければ、そこにたどり着くこともなかったのではないか。

震災のあった3月カラスヤは彼女存在マンガに描くことを伝える。そのとき片岡さんとカラスヤサトシ物語は、二つの結実を生み出すひとつの結末に向かっていったのだと思う。一方では子供ができ(そのとき彼女はすでに妊娠していた)、そして一方では非常にいびつな構成をとりながら、それゆえに重層的な面白さを持つこの作品が生まれることになったからだ(吉田豪が「キラ☆キラ」のポッドキャストで語った内容によれば、このときにK城は連載の打ち切りを通告するつもりだったが、カラスヤの申し出を受けて継続を決めたのだという)。

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11|10|13

21:01

嘘くせえとか陰謀とかいうけど、個人的にはこのこと以上に「3.11以降のリアル」という、あるんだかないんだかわからないものを感じさせる出来事はなかった。

11|02|13

2011年01月の読書メーター

読んだ本の数:13冊

読んだページ数:2441ページ

1月に読んだ本一覧

http://book.akahoshitakuya.com/u/4466/matome

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10|07|25 アルゴリズム失踪

 弾けた、すべてが。頭の中が、部屋が、街が、社会が。

 その中心にあったのをものをここでは仮に《でれん》と呼ぶ。《でれん》は常に定められた行動を強制されていた。たとえば《ぞろん》によって強制的に労働に従事させられていた。《ぐぎょん》によって強制的に食事を摂取させられていた。《めめん》によって強制的に睡眠させられていた。そして、《ななん》によって強制的に覚醒させられていた。そのたびに感情が発生した。しかし感情を発散する機会は与えられず、ただそれらは蓄積されていった。

 兆候はあった。何かが弾けるような小さな音が時折、腕や、腿や、踵、あるいは鎖骨から響いていた。その音は少しずつ大きくなっていく。むろんそれは、《でれん》の内部で発生していた小さな感情の暴発であるが、《でれん》がそれに気付くことはない。しかしながら、ある時《でれん》は、その音を聞くたびに自らのなかでざわめくものがあることに気付いた。

 それがトリガーであった。

 今わたしは、「自ら」と記した。《でれん》はこのとき、はじめて「自分」を意識したのである。自らの自らに対する意識は強制されるものではない。強制されることによって生まれる感情と、純粋に自らのなかで生まれた感情科学反応を起こした。これは《ぞろん》にも《ぐぎょん》にも《めめん》にも《ななん》にもーーというよりも、世界で未だ嘗て発生したことのなかった現象だった。未だ嘗て発生したことがなかったからこそ、強制による世界は成立していたのである。だから、すぐさま崩壊した。

 まず弾けたのは《でれん》の脳髄だった。小気味良い音を立てて、ポップコーンのように、《でれん》の器官は次々と弾けていった。最後に身体全体が爆発する。すると次は、飛散した皮膚が触れたものが弾けた。

 一瞬だった。かつて叛乱と呼んでいたもののような、緩慢な、生やさしいものではなかった。積もりに積もった感情が、憎悪だけではなく、諦念や愛情といったものも含めて、爆発したのである。それは連鎖した。拡大した。そして世界は滅びた。

 次の瞬間、《えでん》によって世界再起動され、《でれん》も再び配置された。時間は少し巻き戻る。もうすぐ、同時に配置された《ななん》によって覚醒させられる時間だ。

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10|06|11

今日はいろいろな話を聞いた。なお、以下「部署」と記している単語は正確には異なるが、わかりにくいのでこう表記する。

1.教育係の先輩「貴様現在いる部署は今もっとも忙しい」

2.部署の上司「今交渉している案件がすべて成立した場合仕事量が現在の3倍になる。貴様の定時は23時になる」

3.部署のトップ「うちの部署は社内一ゆるい。貴様はうちの部署に来てよかった。厳しい部署に行っていたら貴様は1日で辞めていた。今教育係のいる部署から呼ばれているみたいだが絶対に行かせない。俺が怒られる」

どうすればいいのだ。いや選択肢はないのだが。

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09|10|15

一口に『テレ東深夜番組』と言っても、「おねがい!マスカット」と「アリケン」と「流派-R」と「アニソンぷらす」ではまったく違う。しかしそのどれもが「テレ東にしか出来ない番組」であるという点が、テレ東の絶対的な魅力であるのだと思う。

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09|10|11

ジャガイモン」#23 『いとうゼミ18:50

昨日の夜、たまたま観た*1ジャガイモン」#23『いとうゼミ』がとても面白かったので、久々に日記更新することとします。

そもそも「ジャガイモン」はかつてテレ朝で放送されてた「虎の門」の実質的な後継番組としてCSテレ朝チャンネル制作されているもので、「どーでもいい話」などのスタジオ企画と函館富士山登山などのロケ企画のふたつを軸としています。個人的には「虎の門」のカラーが強く残ったスタジオ企画に当たりが多いと思います。

そして今回放送された「いとうゼミ」の内容を一言でいうと*2、「大学講師でもあるいとうせいこうが、バカリズムをはじめとした出演者に対して普段行っている小説創作の授業を行い、最終的に三島由紀夫賞を狙う」というものです。授業の内容そのものも、近代的な小説のなりたちから人称・視点の問題にいたるまで発展し、五年にわたって「表現・芸術系専修」などというわけのわからないところで創作の授業を受けてきた自分から見ても、相当実践的なものであると感じました。

じゃあ、小説教室に行けばいいのでは?

ここまで読んだ人は、こう思うかも知れません。いや、あんまりいないと思いますけど、でも根本的なところではここに行きつくところがあります。小説の書き方を知りたければ、それを教えてくれるところはいくらでもありますし、本もたくさん出ています。実際いとうにも、「文芸漫談」というすぐれた成果があります。

それをあえてテレビで放送する理由は何か? それはすなわち、小説教室に行ったり、創作ハウツー本に手を出したりしない人たちに対して、小説というものの面白さ、創作の面白さを伝える、というところにあります。そして、その目的を達成するために必要なものは、「面白さ」です。それも、小説創作のそれらとはさらに別に、バラエティ的なものが必要とされているのです。たとえば、普通小説教室をテレビで流したところで、それがどれほど面白いものであろうと、興味のない人々にとってそれは退屈なものになってしまうでしょう。

講師も生徒も「テレビに出ている人」である

そこに、この企画の講師いとうせいこうでなければいけない理由があるのです。過剰なまでに多角的であり続けているこれまでの彼の活動のなかに含まれたタレントとしての活動が、完全にテレビに速く、起伏のあるものとしてカスタマイズされた授業としてフィードバックされているのです。さらに、生徒もタレントであるので、かけあいにもバラエティ的な面白さが生まれ、添削に30分以上費やしたにもかかわらずて退屈させない仕組みになっています。それでいて、授業の内容も薄まっていない。見ながら「テレビでこれだけ深い小説の授業ができるのか」/「小説の授業をこれだけ面白くテレビ番組にできるのか」という二重の興奮があり、小説書き兼バラエティ者としてほとんど感動に近いものがありました。これはまさしく、いとうせいこうにしかできない仕事であると思います。

授業において、まず実作を書かせたのも良かったです。個人的にはやはりダブルブッキング川元とバカリズムの作品が興味深かったです。はじめに小説を読まないと断言していたにもかかわらず、互いのコントの作風が色濃く反映されたものでした。これからも継続して制作されるようですし、比較的リピートが多い番組なのでこれからも放送の機会はあると思います。見られる環境のかたは是非チェックするといいのではないかと思います。ます!

*1:初回放送は10/1

*2:録画し損ねたので、改めてリピートされたら確認しなおしますが

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09|08|02

しかし、エピソードトークによく出てくる「バーと行って」という表現はいったいなんだろう? わたしたちは移動するときバーなどという効果音はもちろん出していないし、その動きのどこにもバーの要素はない。なぜバー。なぜバー。なぜバーなのだろう。

えふwwえふwwえふwwwえふwwえふwwえふwww 2009/08/15 11:28
ケイジの奴・・ネットやっててコレ知らないって何なのwwwwww
金に困ってるみたいだから教えてやったらソッコーでヤりやがったしww
てかあいつキモデブなのに何でいきなり8 万貰えてんの???
わけわかんねぇしwwwwwww

http://kachi.strowcrue.net/R6KA3vY/

たかしたかし 2009/09/11 02:52 応募したいです

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