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ふぃっしゅ in the water

2016-05-30

母乳のあれこれ 37 <初乳とは何か>

現在では、「初乳」についての栄養的な重要性を疑う周産期スタッフはいないと思います。


ただ、なぜ「」つきで「初乳」と書いたかというと、初乳の定義はいまもまだ文献によってまちまちなのです。
特にいつからいつまでを初乳というのか、あたり。


今回はちょっと退屈な話ですが、初乳とはなんぞやについてです。


<初乳・移行乳・成乳という分類>


母乳哺育と乳房トラブル 予防対処法 乳房ケアのエビデンス」(立岡弓子氏、日総研、2013年)の「分泌期による母乳の特徴」の分類がわかりやすいので引用します。

初乳
 分娩後5日目までに産生される乳汁であり、黄色で粘稠性がある。初乳に粘稠性があるのはタンパク質が豊富に含まれているためであり、また黄色を呈しているのは、βーカロチンというビタミンAの前駆物質が含まれているためである。初乳には、免疫グロブリン、総タンパク、脂溶性ビタミンミネラル(無機質:カルシウム、鉄など)が多く含まれている。


移行乳
 初乳と成乳の間の期間で産生される乳汁であり、初乳に比べて免疫グロブリン、総タンパク量は減少している。乳糖、脂肪、ビタミンB・Cは初乳に比べて増加するが、ビタミンA・D・E・Kは成乳のレベルまで減少していく。


成乳
 分娩後7日目ごろから分泌する、白いさらさらとした乳汁である。成乳には、タンパク質、脂肪、乳糖ビタミンミネラルといった栄養素が人工乳に比べて豊富に含まれている。1回の授乳の中では、授乳の初めに分泌される乳汁中の脂肪濃度は低く、後半の乳汁中の脂肪濃度は高くなる。新生児の脳の成長に必要なDHA(ドコサヘキサエン酸)やAAアラキドン酸)という長鎖脂肪酸が含まれている。また、脂肪分解酵素のリパーゼも含まれているため、脂肪が効率よく消化され児の栄養源となる。



この「初乳・移行乳・成乳」の分類が一番、私にはわかりやすいのですが、最近ではさらに違う分類方法もあるようです。



<違う視点での分類方法>


母乳育児支援スタンダード」(日本ラクテーション・コンサルタント協会医学書院、2008年)では、「初乳」「移行乳」「成人乳」という表現や分類ではなく、「産後3〜5日の初乳と、産後1か月近い成熟乳」として、その内容の変化が説明されています。


また、「小児内科 特集母乳育児のすべて」(東京医学書院、2010年)の「母乳分泌の生理」では、「乳汁生成」という視点で分類されています。


ちょっとややこしいのですが、こう書かれています。

乳汁生成1期
 脂肪球が分泌細胞に蓄積し、血漿中の乳糖とαーラクトアルブミンの濃度が上昇する。そして、乳汁の小滴が分泌される。この時期に分泌される乳汁は初乳と呼ばれ、Na、Cl免疫グロブリンなどの感染防御因子を多く含む。(以下、略)


乳汁生成2期
 分娩時に胎盤が娩出されると、プロゲステロンエストロゲンhPLの母体血中濃度が急激に低下し、乳汁生成2期の引き金になるが、乳汁分泌が確立されるためには、プロラクチン、コルチゾールインスリンなどが必要である。このように、乳汁生成2期はホルモンの変化によって開始されると考えられている。
 乳汁分泌は通常分娩後36時間から96時間ぐらいで著名に増加しはじめ、その後一定となる。乳汁分泌が増加し確立するまでの時期を乳汁分泌2期とよぶ。乳汁生成2期は一般的には分娩後3〜8日間くらいをさす。



そして「分娩後約9日を過ぎて、乳汁生産が維持される時期を乳汁生成3期とよぶ」と書かれています。
たしかに母乳分泌「量」に注目すれば、こういう分類も可能かもしれません。




ただ、日々性状が変化していく母乳を見ると、分泌が増えても一見、性状は初乳に近いものもありますから、やはり「初乳、移行乳、成乳」の分類のほうが、母乳の量的・質的な変化をうまく表現できていると思います。


初乳の性状も量も、本当に個人差があり、また初産・経産でも違いがあると感じているのですが、そのあたりの複雑さまで含めて、「初乳」の定義をするのはとても難しいことだろうと思います。





母乳のあれこれ」のまとめはこちら

2016-05-29

実験のようなもの 3 <「荒乳を飲ませない」「初乳は大事」>

少し間があいてしまいましたが、母子同室という言葉はいつごろから広がったのだろうと考えていた時に、きいろい月さんがご自身の体験を書いてくださいました。ありがとうございます。


きいろい月さんのコメントの中には、これから記事へと続けたいような視点がいくつか浮かんで来たのですが、まずそのうちのひとつを考えてみたいと思います。


さて、コメントにこんなことが書かれています。

私は、一人目のときも二人目のときも総合病院の産婦人科の大部屋に入院しました。産後数時間から母子同室で、同じベッドで眠るシステムでした。これが私は辛かったです。でも母なら「辛い」と思ってはいけないものだと思っていました。

カーテンで仕切られたベッドの上で、ひたすら黙々と赤ちゃんの体重を測っては授乳しまた体重を測り母乳を記入する日々。同室のお母さんたちも皆、細切れ睡眠の中で新生児と格闘しているのだから、赤ちゃんの泣き声で邪魔をしてはいけない、早く泣き止ませなきゃと思いながらも、出ない母乳のせいなのか他の要因なのか一向に泣き止まない我が子。ミルクを足せばきっと眠るとわかっているけれど、その分授乳回数が減って、記録を見た看護師さんにもっと頑張るよう言われてしまう。



おそらく周産期スタッフなら、この箇所を読んで「分娩後数時間からの同室」「添い寝」「大部屋での母子同室」「授乳ごとの母乳量測定」あたりで、何か改善点があるのではないかと考えるのではないかと思います。


私はちょっと別のことを考えていました。


ひろい世界には、「初乳を与えてはいけない」という文化や地域があります。
「初乳を与えない」、つまり授乳をしないのです。


産後2〜3日ぐらい、むしろ「授乳をしてはいけない。母乳を飲ませてはいけない」と言われるお母さんたちは、その間、赤ちゃんと一緒にいて何をしていたのかな・・・と。


<初乳が「荒乳」とみなされていた>


舌小帯切除についての記事で、日本小児科学会が出した調査結果の中に、「そのような類いの学問的根拠のない習慣」として、初乳を荒乳として捨てていたり、乳児をこけしのようにぐるぐるに巻いていたことがあげられていることを紹介しました。


この「初乳は荒乳として捨てられていた」ということを私が知ったのは、助産師になった1980年代後半以降のことでした。


「へえー、もったいないことをするな」と驚いた記憶があります。
1970年代から80年代初頭に実習に行った産科病棟では、母子別室・規則授乳で、お母さんと赤ちゃんにとって初めての母乳授乳は産後1日目からという時代でしたが、すでに日本では初乳は大事なものであるという認識だったからです。


この「初乳を捨てていた」理由はどうしてだろう、どこの地域でされているのだろうと、いつも気にしながら海外の出産・育児について書かれた文献を見ていたのですが、ほとんど見つけることはできませんでした。


ダナ・ラファエル氏の本、「母親の英知 母乳哺育の医療人類学」(医学書院)で、インドの習慣に書かれた箇所があります。


1970年代半ば、インドのある村でのフィールド調査の報告にこんなことが書かれています。

インドのほとんどの若い母親がやっているように、スジャータも、産後3日間、本当の母乳が出てくるまでの間、赤ちゃんに乳を飲ませませんでした。その間、赤ちゃんには看護婦が哺乳瓶で砂糖湯を飲ませました。娘はジョテイと名づけられました。ジョテイを出産したのが診療所だったので、スジャータインドで古くからあるならわしにあまり拘泥しないことにしました。たとえば、新生児にヒマシ油を飲ませて、腸内にたまっている汚物を出すのはインドに長く伝わる方法なのですが、スジャータはそれをやりませんでした。昔から母親は、本当の母乳が出るようになるまで赤ちゃんに1日に3回ヒマシ油を飲ませて腸内を清めるのです。


初乳に関しては、にがくて消化されないと皆信じているので、捨てる習わしになっています。産婦の母親が付き添っていれば、乳首に布をあてがい、押して、初乳を出す手伝いをします。赤ちゃんが本乳を飲むまでこれを1時間半くらいの間隔で3回から4回行います。



初乳は「本当の母乳ではない」と見なされたり、胎便を「腸内の汚物。清めるもの」というとらえ方があることを知ったのは、たしかこの本からで、20年ほど前のことでした。



この箇所を読んだ時には、「新生児にヒマシ油を飲ませて胎便の排出を促す」方法に驚き、そんなことをしてもちゃんと生きていることの方が強く印象に残りました。


今、この箇所を読み直すと、別の意味で興味深いと思いました。


このフィールド調査が行われた1970年代半ば、日本では母乳推進のための3つのスローガンが出され、おそらく赤ちゃんは3日分のお弁当を持って生まれてくるとか、「出産直後から一日に最低でも7〜8回は直接授乳をする」ことが広がりだしたのではないかと思います。


そして現在に至るまで、「母乳育児の成功の鍵は出産直後から頻繁に吸わせることで、母乳分泌量が増える」「吸わせないと出ない」という、信念ともいえるかたくなな方法論になって。


その二つの極端な方法を並べてみれば、「そこまでしなくても」あるいは「してもしなくてもかわらない」ことが実験的に勧められてきたといえるかもしれませんね。


荒乳について、もう少し続きます。

2016-05-28

「沐浴のあれこれ」まとめ

私の人生の初めての写真は、日当りのよい縁側で沐浴をしてもらっている写真です。


たぶん、大きさからいって生後2〜3ヶ月ぐらいでしょうか。
生まれた直後の写真もないし、乳児期の写真はほんとうに数えるほどしかありません。
1960年代初頭生まれというのは、こんなものでしょうか。
でも3つほど年上の兄には、病院で生まれた直後の写真があることに気づいた時のショック。



それはさておき、今となってはお湯の中で気持ち良さそうにしているこの写真が、けっこう好きです。
まさに「in the water」。


その沐浴に関連したことを書いたものが、「沐浴のあれこれ」です。

1. 日本編
2. 水のシャワー
3. 天然のウオッシュレット
4. どこでも沐浴



「新生児のあれこれ」でも沐浴についていくつか書きました。

新生児のあれこれ16. 沐浴(もくよく)
新生児のあれこれ17. 人生最初の沐浴についての変化
新生児のあれこれ18. ドライテクニック
新生児のあれこれ19. ドライテクニックと1974年の米国小児科学会の提唱

2016-05-26

母子同室という言葉を問い直す 4 <母子同室とともにある母乳代替品のマーケティングに関する国際基準>

母子同室という言葉はいつ頃から、どのように広がったのかと考えていたら、こんさん、きいろい月さん、suzanさんからコメントをいただきました。ありがとうございます。


こんさんからは、驚くような状況を教えていただきました。

また、関東から引っ越して分かったのですが、私の地元は驚きべき母乳推進の雰囲気です。どの病院のサイトを調べても例外は許されないような厳格さを感じます。


地元の友人達は母乳推進でない隣県で出産するか、粉ミルクとポットを当然のように隠れて持参するか、夫や親に強力してもらい入院中の赤ちゃんの面倒をみてもらうなど、私からは想像もしなかった自衛策を講じています。これが日本のスタンダードになっていくのだろうかと暗い気持ちになります。



私には全国の分娩施設でどのような対応が行われているのか、地域によって何か考え方に差があるのかなど全体像はわかりませんが、ここ10年程、病院・診療所や助産所定点観測をしていると「母乳育児をすすめています」と書かれているホームページが増えた印象はあります。


でも、「粉ミルクとポットを当然のように隠れて持参」したり、母乳推進の雰囲気を避けて隣県に産院を求めていらっしゃるお母さん方が出て来たことは、驚きというよりはむしろ「不安が的中した」という感じでしょうか。


以前、703さんからいただいたコメントを思い出しました。

二人目の病院は母乳以外与えられず、ミルクをあげてと頼んだら誓約書みたいなものを書かされました。

日本の病院で?と驚いたら、次のコメントで海外の話とわかりました。

誓約書ですが、海外の病院だからというのもあると思います(現在東南アジア在住です)。内容をちゃんと読みたかったのに、「ここにサインすればいいから」とだけ言われ、読む暇も与えられませんでした。



産院でミルクを補足するのにも誓約書が必要になった背景には、「母乳代替品のマーケティングに関する国際基準があるのでしょう。
日本政府が当時、批准しなかったのは良かったのではないかと改めて思います。


もし批准していたら、今頃は国際的な完全母乳戦略が押し進められて、処方箋がないとミルクを買えないとか「すべての乳児には母乳で育てられる権利がある」という風潮に日本の社会も変化していたことでしょう。


こんさんに教えていただいた状況が「行き過ぎ」と感じなくなる程、社会というのは動かされてしまいやすいものですから。


実験的ともいえる母子同室の背景には、あの国際基準があるのではないかと思います。


それにしても、お母さんや赤ちゃん、御家族に、今の母乳推進の雰囲気が無用な困難をあたえているのではないかという、全国の現状調査を早急にする必要があるのではないでしょうか。

2016-05-25

「看護基礎教育の大学化」のまとめ

看護大学は必要だと思っていました。


臨床の看護職を育てるためというよりは、管理職や研究者を育てるためです。


看護職になって30数年。
医療医学はどんどん進歩しているのに、看護はなかなか標準化が図られない。


他の施設はこんな時にどう対応しているのだろう。
私たちがまだ知らないような怖いケースや珍しいケースがあるのだろうか。
そういう臨床経験の全体像を知って活かしていけるようなシステムがなかなかできない。


たとえば、周産期看護研究センターのような組織ができて、全国の産婦人科施設の臨床で悩んだり遭遇したことが集められて分析されていくとよいのにと思っています。
そこで作られた看護基準や手順、あるいはリスクマネージメントに関する情報は毎年アップデートされて、どの施設からもその情報にアクセスできる。
そんなシステム。


出産や介護などで臨床を離れることがあっても、その研究センターの情報を読むことで現在の周産期や婦人科看護の実際がわかり、臨床へ戻る準備ができる。
そんなシステム。


国家資格取得後の長いキャリアを、その時代の医療の動向からはずれることなく自身の研鑽をはかっていける。
そんなシステム。


思いつきや信念でなにかの方法が導入されるのではなく、導入する価値があるのか、導入することのリスクはなにか、そこまで見通す能力のある人たちを育て、全国で統一した看護研究センターを作るためには看護学を核にした大学教育も必要だろうと思います。


そうした研究のもとに国家資格のレベルが決められていくのであれば、国家資格受験のためのカリキュラムには「大学」が必ずしも必要ではないのではないでしょうか。


ましてや、その国家資格のあとにアドバンス助産師なんて民間資格は不要。


臨床ではさまざまな問題に気づいているのに、それを全体の問題として解決するための手段がない。
それなのに、「院内助産」とか「自律した助産師」とかあさっての方向にばかり向いてしまう。


看護基礎教育の大学化の流れとともにあった30数年の間に、感じてきたことを書いています。


1. 引き返すなら今かもしれない
2. アメリカの医療と看護の現状
3. 看護職種の2極化と、無資格者の導入
4. アメリカの医療を支える海外からの医療従事者
5. 世界的な看護師不足の裏にあるもの
6. スキルミクスと「質の高い看護」
7. 卒後教育の場はどうなるのか
8. 看護の方向性を誰が決めているのか
9. 「スキルミクス」と「看護資格一本化」の矛盾
10. 3年から4年教育のからくり
11. 「なぜ4年制大学化が必要なのか」の矛盾
12. 看護職にとって「高い人間性」「広い視野」とは
13. 「質の高い看護」とケアの独善性
14. 大学のメリットとは
15. 看護を教える人
16. 看護学をめぐる時代の移り変わり
17. 看護業務基準と看護手順
18. なぜ標準的な手順が作られないのか
19. 「看護診断」を受け入れてしまった看護学
20. 各大学の特殊性や独自性の前に
21. 一般教養として学びたいもの
22. 看護職を育てるのには4年は必要
23. 大学化の矛盾・・・保健師教育
24. 大学化の矛盾・・・保健師と助産師の教育期間
25. 大学化の矛盾・・・助産師