カンガルーケアを考える 10 <科学的なものと科学的でないもの、続き>

<科学的なものと科学的でないもの>続き


母乳育児推進やカンガルーケア推進の中で、しばしば、母子分離や、母子愛着がうまくいかなかったり不十分であることが虐待につながるという考えかたを散見します。
また、カンガルーケアに警告をしている久保田医師は、母乳推進やカンガルーケア推進によって発達障害が増えていることを理由にカンガルーケアや出生直後からの母子同室・完全母乳に反対されています。


どちらを読んでも、お母さんたちは不安を持つのではないでしょうか?
今日はそのあたりから<科学的なものと科学的でないもの>の続きを考えてみたいと思います。


2.統計を恣意的に使うことで因果関係があるとすること

カンガルーケアを考える6で紹介した、カンガルーケアを推進するための研究をされている山本正子氏の文章の一部です。

今日、マスメディアによる児童虐待など親子間における残忍な報道があとをたちません。これはある種、子どもを産んだ瞬間からすでに親子関係の崩壊が始まっていた結果であるといっても過言ではありません。これには様々な要因があげられます。そのひとつに、乳児期の母子相互作用の欠如があげられます。

この触れ合いの欠如によって、親子関係に必ずしも問題が生じるとは断言できませんが、近年の親子間トラブルの多さを考えると、親子の関係性のスタートラインである出産直後に、何らかの要因があるように思えてなりません。

「親子間トラブル」が具体的に何をさしているのかわかりませんが、近年虐待について耳にする機会が増えたのは社会がそれだけ関心を持ったから虐待として報告される数や報道の機会が増えたということもあるかもしれません。
また、昔から虐待はあったとしても近所に親に代わる大人がセーフティネットになって子どもたちを守っていた可能性もあるでしょう。
「スタートラインの出産直後」に要因を求められるほど、単純なことではないと思います。


対して、カンガルーケアの危険性を警告してきた久保田医師のサイトに「福岡市の発達障碍児、異常な増加  21年間で13倍に」という意見があります。
http://www.s-kubota.net/Stan/28.htm

福岡市の発達障害の驚異的な増加から推測すると、発達障害は先天的な遺伝病とは考えられない。注目すべき点は、発達障害厚労省が推進する母乳育児支援策(完全母乳+カンガルーケアー+母子同室」が普及した時期に一致して、驚異的に増えていることである。特に、カンガルーケアが導入されて以降、福岡市では驚異的な速さで増加している。

久保田医師は、発達障害は各分娩施設の新生児管理の方法に何らかの問題があることが示唆されたととらえているようです。


ところで前回からのサブタイトル<科学的なもの科学的でないもの>は、光文社新書の「もうダマされないための『科学』講義」第一章の菊池誠氏の「科学と科学でないもの」をちょぴり意識しました。というよりそのままと言ったほうがいいですね、すみません。


菊池誠氏の最初の部分に、グラフの練習問題があります。縦軸は「平均寿命(女性)」、横軸はxで、数十年間の変化が右肩上がりの曲線で描かれています。
このxは何でしょうか?という問題です。答えは、購入してからのお楽しみということで。
菊池誠氏は以下のように書いています。

この二つの例はどちらも、強い相関関係はあるが因果関係はないというものです。相関関係というのは、一方が増えれば他方も増える、あるいは一方が増えれば他方は減るという関係ですが、この関係があるからといって因果関係があるとはいえないわけです。因果関係の有無は別に証明しなくてはなりません。


久保田氏の意見のグラフをみると、まさにこの相関関係はあるけれど因果関係があるとはいえないということではないでしょうか。グラフから発達障害とカンガルーケア・母子同室・完全母乳の影響という深い意味を読み取ろうとするのは無理があるのではないかと思います。


さて、「健康な児」を対象にしたカンガルーケアの効果について、実際にどの程度「科学的」にわかっているのでしょうか?
前回の永井周子氏の論文から抜粋してみます。
http://www.fasid.or.jp/chosa/jyosei/list-pdf/18-2.pdf

(2)皮膚接触の効果に対する科学的根拠の集積
1.健康な児を対象とした生後早期の皮膚接触に関するコクランレビュー
もうひとつのコクランレビューは、Anderson GC,MooreEらが2003年に発表した。(2007年に改訂)
病院で出生直後に当然のごとく行われる母子分離が母子関係に悪影響を及ぼした母乳哺育の失敗などを招いているという背景から、母親とその健康な児に対して、生後24時間以内の早期皮膚接触による母乳哺育、行動、心理的適応への効果を評価することを目的に実施された。
選択基準は、早期皮膚接触実施群と通常の病院ケア群を比較しているRCTで、先進国と途上国から発表された30の研究から1925人の母子が対象となった。
 (中略)
レビューの結果、皮膚接触による効果は、生後1−4ヶ月の母乳哺育、母乳哺育の継続期間、でみられた。また、授乳中の母親の愛情表現の増加、早期皮膚接触中の母親のアタッチメント行為の増加の傾向もみられた。
結論として、早期皮膚接触には母乳哺育、早期の母子関係に良い効果がありそうなこと、短期的・長期的な明らかな有害事象はみられなかったと著者らはまとめている。

注意が必要なのは、「出生直後の児」ではなく「生後24時間以内の早期皮膚接触」であることです。
出生数時間ぐらいで、赤ちゃんの呼吸・循環はかなり安定します。出生後一旦下がる体温も、数時間ぐらいで赤ちゃん自身の力で上昇して安定します。
「良い効果がありそう」というのは、生まれた直後の不安的な時期にカンガルーケアをすることの効果についての検証結果ではないということです。

また私の勤務先ではカンガルーケアはしていませんが、出産直後に赤ちゃんに服を着せてバスタオルで保温して母親に抱っこと直母を実施しています。産後2時間〜数時間ぐらいで赤ちゃんが起きれば母親のところに連れて行って、服を着せた状態で授乳を試みています。
このような方法は、「皮膚接触」(直接肌と肌を触れさせる)方法に比べて効果は減じるのでしょうか?


なにより「母乳哺育の失敗」って、何をさすのでしょうか?ミルクを足すことですか?
お母さんたちが試行錯誤して悩みながら出した答えに対して、あまりに冷たい表現だなと思います。


結局、正期産児の出生直後のカンガルーケアの効果についてはまだ科学的根拠の集積はない段階であるということでしょう。


「もうダマされないための『科学』講義」の中の<希望をかなえてしまう科学>という章で、菊池誠氏はゲーム脳について以下のように書いています。
ゲーム脳というのはテレビゲームをすると前頭野が機能的に破壊されるという説です。

それが比較的広く受け入れられているのは、その説が立派な出版社から本として出てしまったこと、そしてそれが教育関係者の強い支持を得たことが大きい。ゲームをすると頭が壊れちゃいますよ、という話を大学の先生が「科学的事実」として言っている。それに、子どもがゲームばかりして困っているが、どうやってやめさせたらいいかわからないという人たちが飛びついたわけです。
その人たちにはもともと、ゲームをやめさせるための科学的な根拠があったらいいなあ、という希望が常にあったはずです。そこに頭が壊れるという説が出て、ぴったりはまった。だからこの説を信じた人たちは、これが科学的かどうかという検証はほとんどしていないのだろうと思います。何かデーターらしいものが本に出ているから、科学的事実にみえてしまうのですね

これはまさにカンガルーケアについてもいえると思います。
母乳育児推進に一生懸命になるあまりに、「科学的事実」かそうでないのかよく考えないでお母さんたちにひろめてしまってよいのか。
つまり「してもいいけれど、それをしなくても大丈夫ですよ」というメッセージもちゃんと伝えなければ、お母さんたちは「はやりの言説」に右往左往させられるだけになってしまいます。


私にはこれ以上カンガルーケアと社会問題を「科学的」にとらえる能力はないのですが、子育て中のお母さんたちを不安にさせる情報や考え方があまりに多くて本当に大変だと思います。
特に科学を装った議論というのは、それだけでも圧倒されてしまいやすいことでしょう。
そういう点でも、菊池誠氏の本はヒントを得られるのではないかと思います。


あれ?今日は、本の宣伝になってしまいました。

次回は、カンガルーケアをめぐっての私個人の考えでまとめとしたいと思います。




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