新生児を温めるということ

琴子ちゃんのお母さんのブログから。


[足の指3本失った・・・出生直後におおやけどの男の子・・2年間の戦い]http://d.hatena.ne.jp/jyosanin/20120205


このニュースが報道された当時、「新小児科医のつぶやき」のYosyan先生のところにもエントリーがあります。
「原因は」http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20101222


<新生児を温めることの大変さ>


このニュースを聞いて、「湯たんぽを使ったことによる低温やけどではないか」と推測した周産期関係者がおそらく多かったことでしょう。
ここ数年、湯たんぽの人気が復活して手に入れやすくなりました。それまでは、湯たんぽ、とくにゴム製の柔らかい素材で小さいものは医療用品を扱うメーカーでも在庫が少なく、納品まで待たされた記憶もあります。
湯たんぽが一般社会からなくなりかけていた時代にも、病院ではかなり活躍していました。


産科でも生まれてくる赤ちゃんのコット(赤ちゃん用のベッド)に入れてあらかじめ保温しておいたり、保育器についてのトリビア - ふぃっしゅ in the waterで書いたように出生直後に体温が下がってしまった赤ちゃんを温めるのに活用しています。
また緊急で保育器を使う状況になった時に、器内が設定温まで上昇するのには数分から10分近くかかるので、湯たんぽをいれて器内温を急速にあげるために使うこともあります。


湯たんぽをタオルやカバーで厚くくるんで触っても熱く感じないようにして使いますが、そのくらいの表面温度でも直接新生児のうすい皮膚にあたると低温やけどを起こす可能性があります。
そのため使用する際には、低温やけどとうつ熱といって周囲の温度が高いと新生児の体温もあがってしまいやすいことにも注意が必要です。


新生児の低温やけどの原因になるものとして、ほかには酸素飽和度を調べるサチュレーションモニターのセンサーがあります。手のひらや足の指あるいは足の甲に貼るプローベを長時間同じ部分に使用すると低温やけどの原因になると言われています。
通常、毎日貼る場所を変えて予防しています。


この報道された件では、予想に反して「湯たんぽ」は報道の中では見かけることはありませんでした。
病院へ搬送するまでに湯たんぽを使用したか使用していなかったのかも、報道だけでは事実はわかりません。
結局「ドライヤーの使用」という点で、新生児医療に接点のない方にはわけのわからない「信じられないことをした」医療事故の印象になってしまったのではないかと思います。
私もドライヤーを保温に使う施設に勤務した経験はありませんが、「とにかく早く温める必要がある」状況では、保育器内に湯たんぽをいれるようにドライヤーの使用もあり得ると思います。新生児搬送時には搬送用保育器内に湯たんぽを入れたり、新生児をサランラップでくるんで保温するというような普通想像もしないサランラップの使用法もありますから。


紹介されているろくもじというサイトの記事に以下のことが書かれています。

秦野赤十字病院で男の子に行われた加温処置は適切だったのか?インファントウォーマーと呼ばれる器具を使用する事も考えたが別の新生児に使用されていてドライヤーでの加温処置がされた。
事故調査委員会の調査ではいずれの器具でもやけどが生じた原因とするのは考えにくいとしている。


もしドライヤーを使用するなら、誰かがドライヤーを持って髪を乾燥させるときのようにドライヤーを振りながら一定の部分に熱風があたらないようにするのではないかと思います。
そういう使用方法で、多少一部分に熱風が長くあたったことで「指3本」だけピンポイントに熱傷を起こすのだろうかと今も疑問に思っています。
湯たんぽのようなものであれば、一定の場所に低温やけどをおこす可能性はかなり高くなります。
もちろん状況がつかめないので原因は不明のままということですが、ろくもじの記事が正しければ事故調査委員会ではドライヤーもやけどの原因ではなかったと判断したということは新しい情報です。


インファントウォーマーというのは、分娩室においてある保温しながら処置や計測、あるいは蘇生術をするための医療機器です。
出生直後の新生児は38度前後の子宮胎内から22度前後の室温にいきなり出てくるので保温が大事なことは、「保育器のトリビア」で書きました。また羊水で濡れた状態だとどんどん体温が奪われていくので、乾いたタオルで手早く水分をふき取ることも大事です。
プールからあがったら、皆さん寒いからはやくタオルで水分を取るのと同じです。
新生児は体温を初めて自力で維持できるようになるまでは時間がかかるので、水分を拭いても保温は大事です。
ですから出生直後の新生児の計測や処置などは上から加温しながら行います。


まして出生直後に呼吸障害があったり状態のよくない新生児は、低体温を起こしやすくなります。
とにかく温める。適切な方法で、安全に温める。
それが最優先になります。
報道が事実であれば34度台にまで体温が下降したということなので、搬送された病院ではその赤ちゃんの体温を上げることに全力をつくしたのだろうと想像できます。


インファントウォーマーの正期価格もよくわからないのですが、少なくとも軽自動車1台は買える値段だと思います。
複雑な機械ではないですが、新生児に低温やけどを起こさない温度に設定、調節、そしてアラーム設定などだけでも、その辺の電気ストーブなどの比ではないぐらい正確性が必要です。蘇生に必要な酸素、吸引器など、どれをとっても精密機器ですから、それなりの価格だと思います。
たとえば月の分娩予定者が30名前後の中規模の病院なら、高額であることと保管場所のスペースの問題から、分娩室にインファントウォーマーを1台、保育器を2〜3台ぐらいを有するのが精一杯だと思います。分娩が重なったり、保育器に入る必要性のある新生児が重なると、なんとかやりくりするしかありません。


出生直後の新生児を温める、そのことのためにさまざまな研究がなされ、技術開発がなされてきたのですね。
新生児を確実により安全に温めるためには高額な医療機器も必要になるということです。


<この事故から助産師としての教訓は何か>


父親ははたして助産師の対応は正しかったのかと疑問を抱く。助産師は父親に対して適切な処置をしたと文章で回答している。去年5月神奈川県助産師会は助産師を除名処分にした。


私は助産師会会員ではないので、内部の規定がどのようなものかはわかりません。また、今回報道されている内容以外の詳細を知りません。
でも報道を読む限りこのケースを医療事故としてみた場合、懲罰処分に相当するような過失をこの当該助産師が起こしたのだろうかと疑問です。
もし分娩場所であった自宅での初期対応や搬送する際の対応に何か問題があったとしても、その中から再発防止策を見直して、助産院や自宅分娩をしている他の会員に周知徹底させることで、教訓を生かすことが神奈川助産師会の使命ではないでしょうか。
それとも報道されている以外に、なにか重大な過失があったのでしょうか。


もしたとえドライヤーでやけどを起こしたとしても、そのスタッフを辞めさせたりする病院はまずないでしょう。あるいは、たとえば新生児に湯たんぽを使って低温やけどを起こした看護職員に対して、それを理由に看護協会が除名するなんてあり得ないと思います。
医療事故は個人のミスにしない、システムを見直して再発防止策を考えること。
他の人の負の経験から学び、教訓にすることは大事です。


助産院・自宅分娩からの新生児搬送の詳細は調査報告や統計も助産師内部にでさえ公開されていないので、助産師でもなかなか知りえないことです。
今回の件で当該助産師に非がないとしても、報道された経緯を読む限りは「分娩で開業するのにはせめて搬送用保育器を持つ必要がある」というのが私の印象です。
新生児搬送用保育器を使うようなことは、開業している間に一度あたるかあたらないかの確率かもしれません。
でも、「準備しておけばこんなことにならなかった」ということのないように万が一に備えることは大事です。


万が一に備えてできる限りの準備をする。
他の人の教訓を生かしながら、出産の場にはいろいろな医療機器が準備されてきたということです。
出産の場で「医療介入をできるだけしない」「医療機器は使わない」ことを最優先にすると、他の人の教訓はなかなか生かされないことでしょう。
他の人の教訓を生かそうとすれば、助産院・自宅分娩でも準備する医療機器は増えることでしょう。限りなく「病院の出産」に近づくということになります。
神奈川県助産師会の除名処分という判断は、この二律背反の結果ということだと思います。
開業助産師さんたちは、この処分をどのように考えていらっしゃるのでしょうか。