助産師教育ニュースレター 5  <世界の動向をどのように伝えるか>

日本の助産師を教育するにあたって、世界に目を向けて各国の助産師の活動状況を知ることも必要なことではあると思います。
助産師ニュースレターのバックナンバーには「世界の母子健康情報・助産師活動」「諸外国の母子保健」「諸外国の動向」(なぜタグが統一されていないのかはよくわかりませんが)という記事がたくさんありました。


それらの記事の筆者も筆者の背景もみな異なるのですが、読み比べていくと「医師のいない出産の場で活躍している助産師」と「助産師の業務拡大」が主題であることが見えてきます。


No.64 (2009.8.25)
海外学会報告「The Swedish Youth Clinicを訪問して」(吉留厚子氏、鹿児島大学医学部保健学科母性・小児看護学講座教授)では、「性」について相談と診療を受けるクリニックでの助産師の活動を以下のように紹介しています。
http://www.zenjomid.org/activities/img/news_64.pdf

助産師の職域として、性病の検査、ピルの処方、IUDの挿入まで認められていて、助産師教育の中に教育内容として盛り込まれています。スウェーデン助産師ができる仕事の範囲と日本の助産師の違いについて考えさせられました。他国の助産師ができる行為は、教育と制度が整えば日本でも実施できるはずである、と強く思わされました。


No.67 (2010.6.15)諸外国の母子保健「フランスの助産師教育と助産師活動の実際」(モタン康子氏、フランス在住、母子保健課助産師)では2009年7月に助産師活動の範囲が拡大された報告が紹介されています。
http://www.zenjomid.org/activities/img/news_67.pdf

<フランス助産師評議会紙より抜粋>
助産師はこの日から健全な女性の婦人科ケアの予防的業務を実践することになりました産婦人科医不足の現状対策として助産師の業務実践課題が拡大されました。これは助産師の専門業務上、受胎調節方法をよりよく女性に提供することがこの法によって拡大され、活動範囲の最も重要な新規定を説明されます。

(筆者)
最後に法改正に伴い、フランスの助産師業務の権限がまたひとつ増加し、それに伴い責任も重くなります。(中略)助産技術をしっかり確立していた教育システムが、高等教育の中で進歩という名で変化しております助産師教育課程の中で堅実な実践教育を行うことが継続教育に結びついて実践能力の高い助産師を育てることであると、昨今のフランスの助産師教育の在り様を見て感じるこの頃です。

スウェーデンとフランスの分娩事情はネット上の情報程度しかわかりませんが、現地で出産体験された記事では以下のように紹介されています。(「LIVING ROOM」というブログなのですが、うまくリンクできませんでした。)

病院は希望もできますが、必ず希望通りにはなりません。ほとんどの人は住んでいる地域ごとに指定された病院に陣痛が来たら電話連絡します。しかし、ベッドの空きがない場合は別の病院に連絡しなければなりません。

日本の妊娠初期の分娩予約の話ではなく、陣痛がきたり破水して「お産が始まってから受け入れ病院を探す」システムということのようです。
これは医師・助産師・看護師などを集めて周産期医療の中の分娩機能を高度に集約化しているということではないかと思います。


またフランスは8割前後が無痛分娩の国ですから、助産師業務の中での助産に関する比率も日本とは異なることでしょう。


今後日本も産科医が減り続ければ分娩施設の集約化の方向になるでしょうし、無痛分娩希望の方が増えれば助産に関わる助産師数は減らし、医師不足のために医師の業務を補助するための助産師の「業務拡大」は免れないかもしれません。


ニュースレターの中にはいわゆる開発途上国の報告もあります。
中央アジアウズベキスタンアルメニアについての報告があり、興味深く読みました。
どちらの国も旧ソビエト連邦の国ですが、たとえばウズベキスタンは「開発途上国(年50万人の妊産婦死亡)の中では当該国の一人あたりの所得は低い割には妊産婦死亡率は低い(正式な統計がない)といわれる。」、またアルメニアは妊産婦死亡率27(出生10万対)、乳児死亡率22で、「開発途上国で比較すると、悪いとはいえません。」ということです。
それぞれの国の具体的なシステムを書き出してみます。


No.65 (2009.11.25)
諸外国の母子保健 「アルメニアの母子保健」(野口 真貴子氏、東京女子医大看護学部
http://www.zenjomid.org/activities/img/news_65.pdf

妊産婦ケアでは、ソビエト時代のシステムを継承しています。まず、女性が妊娠すると居住している村の診療所かポリクリニックという1次医療機関で妊娠を登録します。この後、その州の2次医療機関である産婦人科病院で妊婦健診を受け、出産もここで行います。2次医療機関で扱えないような異常があれば、首都の唯一の3次医療機関に紹介され、搬送されます。医療は等しく受けられるというソビエト式のプライマリー・ヘルスケアシステムが定着していますので、妊婦健診受診率も、国際基準で推奨される4回受診が71%です。出産はダイレクトエントリーの教育)を受けた助産師と産科医が介助します。

No.61 (2008.11.25)
世界の母子保健康情報・助産師活動「中央アジアウズベキスタン共和国の母子保健体制と助産師活動」(宮崎 文子氏、大分県立看護大学教授)
http://www.zenjomid.org/activities/img/news_61

活動の場所は主にポリクリニカ(日本で言う診療所)と産科を有する病院である。
1)ポリクリニカでは、全ての施設に一般医(内科・外科・専門医師)・一般看護師・助産師・他医療衛生課が配置され、プライマリーヘルスケアを行う場所となっている。ポリクリニカの助産師の役割は、主に妊娠経過・胎児の発育状態、検査結果をまとめて医師に報告する。定期健診(4〜8回)は医師が行う。健診後異常時の指導は医師が行い、正常時の保健指導(教育指導・日常生活のアドバイス)は助産師が行う。その他家族計画や母親の家庭訪問は助産師と医師が共に行う。

2)病院
(中略)妊娠期はポリクリニカが管理するが異常時や陣痛が始まれば、ポリクリニカから本人に「交換カルテ」が渡されそれを持参して入院になる。
医師は複数の妊産婦を診察し異常があれは医師が助産師に指示をだす。異常がなければ助産師に渡し、一人の妊婦に一人の助産師がつく。妊娠期の異常入院者は助産師が受け持つ。なぜなら、いつ分娩になってもその対応ができるためである。看護師は妊娠期には対応しない。基本的に分娩は自然分娩(自由体位70%、麻酔分娩12%、帝王切開率5〜12%)を支持し、分娩介助は助産師が行い、会陰切開(8%)は医師が行う。

両国の経済レベルから見ればおそらく日本の比にならないほど医療資源は不足していると思われる中で比較的低い妊産婦死亡率と乳児死亡率であるのは、この報告書を読むと、分娩が医療機関で医師の立会いの下に行われていることと分娩施設が集約化されているからではないかと推測できます。


ところがN0.61の報告の中で宮崎氏は、以下のように結んでいます。

現状では、医療機材・紙などの物資が不足しており、開発途上国(年50万人の妊産婦死亡)の中では、当該国の一人当たりの所得が低い割には妊産婦死亡率は低い(正式な統計がない)といわれる。その理由は、高い歴史、文化レベル(識字率、出産時ケア、社会インフラの確保)を誇ってきた国の意識・文化にあるといえよう

いや、出産が医療システムに組み込まれていることが一番の理由だと私は考えますが。


さて、ニュースレターでは妊産婦死亡率980(出生10万人対)、乳児死亡率(出生1000人対)114中央アフリカ共和国の母子保健についての報告もあります。


No.70 (2011.3.15)
諸外国の母子保健 「中央アフリカ共和国の母子保健の現状と助産師の役割について」(後藤 美穂氏、国際医療研究センター国際医療協力部)

4.助産師の役割
(中略)保健人材の役割は、医師は外来診療に責任をもち、母子センターおよび産院は助産師が責任を持つ助産師が実施する妊婦健診は、妊産婦の診察、診断、指導、薬の処方等を行い、医師へのコンサルテーションと病院への搬送症例の同定を行う。

保健人材養成校を卒業して直ぐに地方に配属された助産師は、一次医療施設の責任者としての役割を担う。すなわち、女性の妊娠期から産後までと新生児および乳幼児の診療、指導、予防接種に関わる他、治療、救急処置など診療全般に責任を持つことになる。

7.中央アフリカ共和国の出産システム
陣痛発来によって一次施設に来院した産婦は、待機室で家族や親族とともに過ごしている。(中略)中央アフリカ共和国の出産過程は、出産の場が家庭ではなく保健施設であっても、家庭で行われているように家族や親族の存在が組み込まれていることを特徴とする出産システムといえる。
こうした出産システムにおいて出産は、出産を形成する産婦、家族、助産師に正常な生理的現象として受け止められている。そして助産師は産婦を、自分自身で十分に出産できる人間として見ている。助産師は待機し、分娩進行の継続的な観察を行い、合併症を警戒し、激励し、出産介助、臍帯切断といった女性ができない仕事を担う。特に骨盤位の出産は、産婦に付き添い、分娩進行の直接的な観察と管理を行い、経過中に問題が生じたケースは、搬送の判断と搬送までの管理に責任をもっている。

妊産婦死亡率980の状況で、卒業後すぐに助産師が一次施設の責任者をせざるを得ないこと、骨盤位(逆子)分娩も助産師が管理することは、周産期医療のシステムが機能していないということに他ならないと普通は受け止めるのではないでしょうか。
このような状況では「家庭的」とか「自分自身で十分に出産できる人間とみなす」ことに、どれだけの意味があることでしょう。


さらに幻のNo.57には、この中央アフリカ共和国で日本の看護学生が母性実習をした報告がありました。
諸外国の動向 「途上国における母性実習」 (徳永 瑞子氏 聖母大学教授)

「アフリカ友の会」が活動している保健センター内にある「ブエラブ産院」は2006年には、年間1,550件の分娩があった。(中略)
医師はいない。助産師が骨盤位や吸引分娩を行い、病院に搬送するのは、分娩件数の5%程度である。

日本の研修生は、骨盤位分娩や吸引分娩を助産師が行うのを見学し、「この国の助産師さんは、異常分娩もできるのですね。すごいですね」と驚く。また、分娩室は分娩台と呼ぶ単なるベッドがあるだけで、分娩はベッドパンと産婦の腰巻きを使って行う。「外陰部消毒もしないし、汚れた腰巻を使って分娩介助をして感染もしないのですか」と日本のすべてが完備された分娩室との格差に研修生はカルチャーショックを受ける。しかし「日本の管理された分娩に比べ、ここの分娩はとっても簡単に終わりますね。分娩後も褥婦は疲れていませんよね」と研修生は感嘆を漏らす。


それぞれ報告書の筆者は異なるけれど、一貫しているのは母子統計に表れている現実よりも、「医師のいないところで妊産婦の管理をする」「異常分娩まで対応する」「医師から独立して処方や処置を行える」助産師が評価されていることが伝わってきます。


「自律した助産師」「助産師の業務拡大」の先にあるのはこうした「世界」なのですね。



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