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ふぃっしゅ in the water

2012-08-19

理想と現実のあいだで折り合いをつける

「折り合いをつける」
この言葉を菊池誠先生の「科学と神秘のあいだ」(筑摩書房、2010年)の中で見つけたときに、いい言葉だなぁと思いました。


その中に書かれていた「科学は身も蓋もない」「科学は『生き方』なんておしえてくれない」の科学の部分を医学医療に置き換えてもよいのではないかと思います。


<出産・育児医療による安全性が求められた時代>


1970年代から、日本だけでなく世界中で出産の環境というものに対して活発に意見が出され変革が始まった時代に入ったといえるのでしょう。
正確にいえば、「世界中」ではなくある程度医療が整った社会だとは思いますが。


「院内助産とは19<助産師の病院嫌い その1>」で、国立成育医療センター久保隆彦医師の「我が国の妊娠・分娩の危険性は?」という資料を紹介しました。
そのp.3に妊産婦死亡率のグラフがあります。


半世紀前に私が生まれた頃は、病院など医師がいる出産場所を選ぶことができ、国民階保険の制度によって出産に医療の恩恵を受けることの経済的な問題が解決され始めた時代でした。
それでも、出生10万人に対して約150人のお母さんがお産で命を失っていました。
その後急速に母体死亡は減少して、1980年には出生10万に対し20人にまでなりました。


1960年代初めの頃は、無事に出産が済んでも新生児や乳児は感染症で命を落としたり、重い後遺症で苦しまなければなりませんでした。
私は生まれて2ヶ月ほどの時期にちょうど日本でポリオ予防接種が始まり、その恩恵を受けることができました。
私の母子手帳には、腸チフス・パラチフスの予防接種の記録も残っています。
まだ下水も整備途中だし生活全般に貧しい時代だったので、消化管の感染症が幼い子供の命取りになっていた時代だったのでしょう。


<出産の理想像が描かれた時代>


わずか20年で日本は経済的発展をし、1980年代初めには海外旅行も夢ではなくなった時代に入りました。
医療を受けるのにお金を心配する必要もなく、出産で多くのお母さんが亡くなった時代があったなんて当時看護学生だった私自身も考えたことがないほど、出産は安全なものという意識になっていったのだと思います。


そんな頃に、病院の出産に対しての批判が出始めました。
「管理的」「冷たい」「産ませられるお産」などなど。
たしかに変えていく必要のある部分もありました。


人類始まって以来、女性がここまで出産についていろいろな希望を口にし、自由にこんなお産をしたいといえた時代はなかったのではないでしょうか。
そいういう意味で、多少行き過ぎた自然志向も含めて、この30年間は出産の安全性が確保された次の時代として出産の理想像を描く時代だったといえるかもしれません。



医学は「生き方」は教えてくれない>


30年間、さまざまな病院での出産に対する批判があり、変化がありました。


たとえば私が助産師になった頃は当然のように行われていた分娩前の浣腸や剃毛(ていもう)も、行われなくなりました。
女性側からの不快感の表示があったことが見直しの原動力にはなったと思います。
でもそれだけでなく、浣腸の必要性と弊害、剃毛の必要性と弊害を医学的に見比べた上で、中止の選択がされたという点が大事です。


医療を受ける側の不快感があっても、受ける側の生命や健康の維持に本当に必要であれば医療行為は選択されます。
医療行為に不快感がないものはないといってよいぐらいでしょう。
最終的に得られる「生命の維持」や「回復過程」があればこそ、その不快を含めた医療を選択しているのではないでしょうか。


理想の出産像を描く課程の中で、医療そのものを否定する声もありました。
どのレベルの医療を求めるかという選択も社会の中で決まることであり、医学医療はそれに対して「こうすべき」とか「こういう生き方がよい」と言う役割はないものです。


出産に対してざまざまな視点で理想像が語られ、少なからず実現していることはよいことだと思います。


反面、すべて出産や育児に関わることを病院や医療に求め、これが足りないあれが足りないと病院批判をするのはそろそろやめて、現実にできることはなにかということに折り合いをつける時期がきているのではないかと思います。


たしかに人生の中で何度もない出産ですから、たくさん夢をふくらませて万全をつくしたいという気持ちもよくわかるのですが。


でも、何事も拙速にならずに考えることは大事かと思います。


この「拙速にならずに」という言葉も、菊池先生のブログkikulogで出会った好きな言葉です。


「折り合いをつける」「拙速にならずに」という点で考えたことを、もう少し続けてみます。