母乳のあれこれ 17 <乳腺炎に食事が関連しているのか>

前回の記事で「乳栓」について書きましたが、このような乳栓ができたり、あるいは明らかな乳栓はわからなくても硬くしこった乳腺からは濃縮したような母乳が出ることがあります。


母乳は産後1週間ぐらいで粘稠(ねんちゅう)性の高い初乳からさらっとした成乳に変化しますが、このような分泌が滞った乳腺からは黄色い少しドロドロとした母乳が見られるのです。


こうしたおっぱいをさして「悪いおっぱい」と称していたのかもしれませんし、食品によってこのようなドロドロの詰まりやすいおっぱいになると考えつくのも理解できるような気がします。


たとえば、「新 母乳育児 なんでもQ&A」(日本母乳の会、婦人生活社、2001年)には以下のように書かれています。

Q.食べ物とおっぱいの詰まりに関係がありますか

乳汁は血液から作られますが、脂肪分の多い血液からは濃い乳汁ができます。濃い乳汁は流れにくいので、詰まりやすいのです。

でも「和食がよい」「動物性脂肪は避ける」というのは、「ある一定の食品が乳腺炎の原因」「そういう食品をさければサラサラのおっぱいになる」という原因と結果が反対になったイメージを作り出してしまったのではないかと思います。


<「乳腺炎と脂肪分の高い食事は関係ない」の理由?>


こうした「乳腺炎にならないように和食を中心に、脂っぽい食事や甘い物を避ける」説明が助産師やお母さんたちの中に広がったのは、1980年代頃からの桶谷式乳房管理や自然育児や1990年代からの日本母乳の会が出した書籍の影響がかなりあるのではないかということはこれまで書いてきました。


それに対して、「食事と乳腺炎は関係ない」という考えを最近よく見かけるようになりました。
その理由のひとつとして、「脂肪球の直径は乳腺よりも小さいので、脂肪が乳腺を詰まらせるわけではない」ということを根拠にしているものがありました。
(どこで読んだのか、記憶だけですみません)


この反論はおそらく、脂肪を取り過ぎないように主張している人たちは「食べた脂肪分がそのまま母乳中に出る」と考えているかのように捉えているのではないかと思います。


「和食」や「動物性食品の制限」は根拠もなく極端だとは思いますが、こうした説明をする助産師はあのドロドロした乳栓を観察したことで「脂肪分を控えたほうが良い」という仮説を持った可能性がありますし、上記で紹介した本などに書かれていたことが後押しした可能性があります。


また、食べた動物性脂肪がそのまま母乳に出て「詰まらせた」と考えたのではなく、脂肪分が多い母乳になればあの乳腺内の繊維にくっついて容易に乳栓を形成させてしまうと考えた可能性もあるかもしれません。
私自身、最初の頃はそのようにイメージしていました。


その後、だんだんと母乳分泌の実際をみて、あのドロドロのおっぱいが乳腺炎の「原因」ではなく結果としてドロドロになったのだろうと考えるようになりましたが。



<母乳の変化に与える要因>


では脂肪分が多い食事は、脂肪分の多い母乳になるのでしょうか?


母乳はある程度は一定した成分であることは知られていますが、多少、母親の食事や一日の中でも変動することがわかってきました。


たとえば「母乳育児支援スタンダード」(日本ラクテーション・コンサルタント協会、医学書院、2008年)には以下のような説明があります。

(1)脂肪の組成の変化
 トリグリセリンはグリセロールに3個の脂肪分がエステル結合したものである。脂肪の濃度は母親の食事に影響され、脂肪酸の組成は食事によって変わる。一般に、脂肪分は初乳には少なく成熟乳に多く、朝は少なく、午後に増加する。
(p.108)

ただし、食べたものがそのまま母乳の脂肪分になるということではないようです。

母乳に多い長鎖多価不飽和脂肪酸母親の蓄積脂肪由来であり、食事由来ではない。
つまり、母親の食事は量的に大きなプール(体内蓄積)である貯蔵脂肪の組成に影響し、乳汁中の長鎖多価不飽和脂肪酸の濃度を一定に保っている。

「脂肪の濃度は母親の食事に影響」と「乳汁中の長多価脂肪酸の濃度を一定に保っている」をどう解釈したらよいのかわからないのですが、いずれにしても、食事が母乳中の脂肪分に影響を与える可能性はあるようです。


ただし、乳腺炎の予防の一番は、何よりも各乳腺から十分に母乳を分泌させることで、乳汁うっ滞を起こさないことだと言えます。


ですから、そこをきちんと説明しないで食事のことだけを強調するような話が多かったことが、「いい加減な説明をする助産師」と受け止められてしまったのではないかと残念です。
あるいは、乳汁うっ滞をさせない授乳方法という「本質」からそれて、特定の食事療法を信じ込んだ助産師の話もまた乳腺炎と食事についての混乱を起こしたことの一因といえるでしょう。





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