運動のあれこれ 11 <「イクメン」という運動がもたらしたもの>

「子連れ出勤」のニュースは、結局のところ1970年の母乳哺育のエリートを生み出した流れに影響を受けているのかもしれないという印象で私の中では整理がつきました。


昨日の毎日新聞の記事で気になったのが、「私の価値観や判断は正しい」という信念のゆるぎなさでした。

とても機嫌の良い子で開会日は静かに過ごせると確信していた。泣く主な理由は空腹だが、授乳がすぐにできるという安心感によって母親も安心して働ける。授乳は簡単にできる。


ああ、すごいな。乳児はどんどんと成長変化していくので、ここまで「この子はこれで大丈夫」と言えない不安が、赤ちゃんを保育する不安だと思っていました。
これも、「子供の育ちや幸せを重視すべきだ」という言葉が記事に使われたのでしょう。
あの寄り添う学びに通じる何かがありそうです。
それが、代理判断によるパターナリズムなのですが、普通はその言葉を知らなくても漠然と不安に感じているのではないかと思います。
親だからといって、その子の存在にも立ち入れない部分があるというブレーキになって。


今回の報道やその後のさまざまな感情の噴出を見ていて、「イクメン」という運動がもたらした男性側の「代理判断によるパターナリズム」を男性側の意見や感情に感じ取ることがありました。
いい父親、いい男と見られることを意識している感じです。
ちょうど、「母乳哺育をするといい女、いい母親になれる気がする」と対になった世の中の変化とでもいうのでしょうか。



イクメンはいつごろから広がったか>


「時代は悪くなったのか」に書いたように、1980年代前半には思いつきもしないような、立ち会い分娩とか男性の育児休暇取得など時代が大きく変化し始めました。
最初の頃は、世の中の雰囲気に抗いづらくて、「建前上、立ち会いをする」「嫌々ながら家事や赤ちゃんの世話を『手伝う』」男性が多かったことでしょう。


わずか10年ほどで90年代後半には、「夫の方が家事が上手なので」という夫婦が出現し、いい時代になったなと印象に残りました。
家庭科の男女共修の影響かなと漠然と思っていたのですが、Wikipediaを改めて読むと「1993年に中学校で、1994年には高校で家庭科の男女必修化が実施」とあるので、そういう夫婦の年代はそういう教育を受けた世代ではなかったようです。
でも、おそらく時代はその前から少しずつ、「自分がしてみたいと思うことに男女差はない」と変化していたのかもしれませんね。


このままこういう変化が続くといいなと感じていたのですが、2000年代に入ってちょっと風向きが変わったことを感じました。
新生児訪問に行った時に、「夫がイクメンにならなければとプレッシャーになってうつになってしまった」とか、休暇をとって新生児訪問に同席した夫から「夜中の授乳も手伝いたいと思って起きているのですが、仕事ができないくらい疲れた」といった言葉を聞くことがありました。
男性には男性の悩みとつらさがあるのだと、理想と現実のはざまにいる方々の実情を受け止める機会になりました。


イクメンなんて言葉に縛り付けられなくていいと思いますよ。ご家庭によって協力し合えるところはそれぞれでしょうから」と、慰めともつかない言葉をかけるしかなかったのでした。
当時妊娠・出産関係でたくさん生み出されて行った聞こえのよい言葉に疑問を持ち始めていた私は、イクメンなんて言葉はなくなればいいのにと思いました。


ところがまさか、厚生労働省が率先してこの言葉を広げ始めるとは、思ってもいませんでした。
2010年に始まった「イクメンプロジェクト」のサイトによれば、「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男のこと」だそうです。


本当に、プロパガンダの裏にあるものを観察しないと、つるっと鵺のような社会の動きに巻き込まれていくのですね。


そして現実の問題は、遠くなりにけり。



<おまけ>


私の父は、元軍人で男尊女卑の時代の堅物だと思っていました。
その父が認知症になってから、食事のあとに「お皿を洗うよ」と言うようになりました。家でじっとしているしかない父にとって、気分転換になりそうと思って母に提案しました。
ところが問題を解決したがらない母の「そんなこと夫にさせられない」「どうせうまくできないでしょ?」という気持ちによって実現しませんでした。


グループホームに移ってから、料理の下ごしらえに楽しそうに参加し、後かたづけも手伝うようになりました。


自分のことは自分でするということが日本の男性に決定的に欠けていたのではなく、社会の風潮に行動が制限されていたのだと思いました。
だから、強力なプロパガンダに飛びつかなくても、社会は自発的に少しずつ良い方向へと変わっていくのだろうなと思っています。





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