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ふぃっしゅ in the water

2018-10-03

ケアとは何か  26 <面会は非日常の時間>

10年ほど前に母が急性期病院に入院し、そのあたりから父も母も「入院」「入所」という生活になりました。
それ以来、高齢者の特徴ともいえる突然状態が変化して入院、転院、そしてどこの施設へ移るかといったことの対応だけでなく、そういう状況で死や病気、そして環境の変化への不安が強くなる両親を支えるために、面会が私の日常生活になりました。


「骨折した」「脳梗塞を起こした」といった連絡から、日常生活は一変します。
それまで1ヶ月に1〜2回の面会で日常生活のペースができていたところが、急変した時には週に2〜3回は往復し、そして少し安定すると週に1回になるといった感じです。
兄弟は手続きや支払いなどを担当し、私は身の回りに必要な物を準備したり両親の気持ちを支えるという感じでなんとか役割分担をしながら、そしてまた面会の回数が落ち着いていきます。


昨年、父を見送ったのですが、それまでは父がようやく落ち着くと今度は母に何か起こって呼び出し、といった感じでした。
「面会」ということが無縁だった10年前の生活を、もはや思い出せないぐらいの毎日です。


<面会は非日常の時間>


看護職として長いこと医療機関で働いてきたので、面会時間とか面会という言葉は日常的すぎる言葉でした。
スタッフ側にとっての面会とは、入院している人の人間関係の調整であったり、どの人がキーパーソンで大事なことを伝えたり買い物や洗濯をお願いするかといった点や、あるいは処置などが面会時間にかからないように業務の優先順位を考えようといった、自分たちのケアからの視点なのかもしれません。


もちろん、「家族や面会に来る人たちの気持ちや状況」という視点も、ケアには欠かせないことは教科書的には理解していましたし、看護職になって右も左も分からない頃に出会った植物状態、遷延性意識障害の患者さんに足が遠のいてしまったご家族との関係など、さまざまな当事者についてプロセスレコードによって理解しようという気持ちはありました。


ただ、私自身が面会する側になって、初めて見えてきたり感じたことが増えてきました。
冒頭で「面会が私の日常生活になった」と書いたことと矛盾するようですが、面会というのは非日常的な時間なのだということです。
たとえ、2〜3日の入院であっても長期であっても、あるいは回復する見通しがある場合でも高齢者や終末期の場合でも、面会に行くということは非日常の時間を抱えるということなのだと思うようになりました。


では、私はこの非日常の生活から解放されたいと思うかと言われれば、それは「母の死」を意味するので、むしろ面会は重荷としてのケアだと思うようにしています。


肉親という範疇ではなく、目の前の一人の人はどのような人生を送ってきたのか、目の前の一人の人は何を思い、どのように生きているのか、まだまだ知らないことだらけですし、血縁であっても手や口を安易に出せない存在である。
そんな葛藤を経験していくための発達段階といえるでしょうか。




「ケアとは何か」まとめはこちら

Y-SanaY-Sana 2018/10/04 10:16 こんにちは。
ふぃっしゅさんとは本当に生きてる時代が近いのだと思い、読ませてもらいました。
じつは昨年、義父を送りましたが、先日、義母も逝きました。昨年夏、切除手術から一年で転移して、1ヶ月前くらいは脳転移でガンマナイフなど最新の治療もして入退院も激しかったのですが、頭は守られ、その後はほんの少しの薬物治療から緩和ケア病棟へ移り、1週間でした。だいじなだいじな長男との静かな面会をつづけ、夕方戻って食事を済ませた頃に電話が鳴り、かけつけてみんなで体をさすり、しゃべりかけ、手をなでまわしていたら呼吸が30秒しなくなり1分になり、えっ呼吸しないの? みたいに呼吸が絶えました。
さすがに、緩和ケア病棟の医師の説明もよかったし、看護師さんは患者にも、家族にも空気と化すように優しかったです。
父も同じようなはじまりだったのですが、手術後の看護が全然ちがって、放って置かれるし廃用ははじまるし、面会の葛藤と医師との話し合いがものすごく大変でした。DPC診療の病院選びの失敗とも思いました。でも、療養型の病院を探し移ってからはよくしてもらいました。移ってあっというまでした。ちょっと後悔したかな・・・

でも、今となっては義父母にも看護師さんにも介護士さんにも感謝しかありません。
ふぃっしゅさんもお忙しいでしょうけれど、自分の体を守りながら共に過ごしてさしあげてください。娘さんが医療関係者なんてもともと安心されていますね!

ふぃっしゅふぃっしゅ 2018/10/05 08:21 Y-sanaさん、こんにちは。コメントをありがとうございます。確かに年代は近いかもしれませんね。
まあ、産科病棟に面会にいらっしゃる祖父母とも最近は年代が重なりつつあり、でも入院している妊産婦さんやパートナーの方達は自分の子どもといって良い世代になりました。30代から40代近くの方達でも、出産関係での面会と親や兄弟姉妹の病気の面会などが重なる方もいらっしゃいますね。皆さん、どんな思いがあるのだろうと。
Y-sanaさんのように「感謝しかありません」までお気持ちが変化するまでには、いろいろな出来事や逡巡があり、そして対応していた側にもそれぞれの思いや事情があったことでしょう。
面会について、人の言動パターンのようなものが観察され続けていれば、もう少しケアにも深みが出たのではないかと思えるのです。なんでも、拙速に理論化したり人の言動を合理化してしまうのは避けたほうが良いですが。それはそれで、すぐに「●●学」とか「●●法」とか「●●資格」になりやすいですからね。
例えば「娘さんが医療関係者で安心」と他の方が感じる点も、私にとっては「親は自分の最後を見てもらうつもりで私を看護師にしようとした」という思いがどこかにあります。
あ、もちろん褒め言葉として受け止めていますし、実際にいまは看護職が自分に合っていたと納得はできています。
そいういう感謝や不満あるいは相手を称えるといった気持ちには、そういう行動に至るもっと細かな事実がたくさん潜んでいるわけで。しかも一人一人の状況も違いますしね。
臨床というのはそういう観察の機会であるのですが、その機会を見逃していることがなんと多いことだろうと。そういうことをすっ飛ばして「寄り添いたい」とか「寄り添って欲しい」といった気持ちの方が受け入れられていくのだろうなと、漠然と思いながら書いた記事です。

Y-SanaY-Sana 2018/10/05 11:23 ふぃっしゅさん、いつもありがとうございます。しつこくコメントすいません。
「娘さんが医療関係者で安心」は、女が食いっぱくれることのない資格、職業についてくれたのは安心!が最初の親のリアルじゃないかと心の底では思いますよ! 笑 親の安心は自立。 昼夜ない忙しい職業ですし、上手に看取ってもらえるまでを考えてるかどうかはどうでしょうね。
「感謝しかありません」も本音は、自らを説得する言葉でもあります。それと、世の中でそのような職業に就いてまじめに働く大部分の方達に対しての敬意も込めました。とりあえず、「医療者と心をひとつにして義父母の最期を迎えることができた」の感謝。医療を受ける、入院、手術は自分でできないことをしてもらうわけですからスタートはお願いです。でも、その時になかなか病院を選ぶこともできないのでいろいろあって当然です。でも、後悔だけはしたくない。義父の場合も妻である義母が大きな不満を残しませんでしたから私がどうこう思うこともない。精一杯やった、それだけです。それがだいじじゃないかと思います。人間なのでエラーもあります。その時の対処です。「やってあげてるんだからエラーもあたりまえ」ではないんです。
勘違いしている医療者もいそうですけど「寄り添う」も字面だけの軽いものではありませんね。

老人の最後に対して、子どもが生まれる時って、ちがう。
えっ?これが看護?と思った時にはもう結果がでていた。えっ?が現実になったのはそれから10年近く経ってからでした。今でもずっと後悔してますし、生きてるかぎり追求して墓場まで持って行きます 笑 しつこいタイプ!!でも、産まれてすぐに失敗されると残りの人生長いですからね。
老人とちがって、正常に産まれた赤ちゃんの場合は病院の立派さとか上手に書かれた基本理念だとか面会のソフトさで信頼しすぎてしまうのが案外と問題だと思います。日本の新生児学、完全母乳、子育てにまつわるフェイクは今となってはだれにもどうすることもできない根深さです。安易な助産師、産婦人科、小児科がいるかぎり日本の次世代を担う人の生育に安心はありません。おおげさじゃなく人類は全体が苦しくなれば女、子ども、弱者をおとしめていくしかないのだなと思います。声の上がらないところを狙って、闇の中で悪は進化する 笑
一度、医療のような医療じゃないことが世の中でどうなっているのか、リセットしないとしょうがないんじゃないかと・・・
忙しすぎて自分のことばかりになってる人には見えるはずはありませんね。

ふぃっしゅふぃっしゅ 2018/10/07 05:56 Y-sanaさん、コメントをありがとうございます。
面会についての本文の内容から遠ざかりそうなので、この話はこの辺で。

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