Hatena::ブログ(Diary)

ふぃっしゅ in the water

2018-10-29

代替療法とは何か  6 <柔道整復術と医療類似行為>

先日の夕方、とあることで皮膚科を受診しました。
受付から診察まで2時間待ちの混み方で、その大半が子どもたちでした。
看護師さんが症状を確認しているのを聞いていると、顔に小さなぶつぶつができたとか、虫刺されで掻いたあとが少し化膿しているといった内容でした。


「(え〜私の子どもの頃は、そんなことでは受診しなかったのに。家にある薬を適当につけていたなあ)」と、つい思ってしまったのですが、むしろわずか半世紀ほどの間に、より正確な診断と治療が生活の中で身近になったことの証だと思いなおしました。
まあ、妊娠の診断も私が助産師になった80年代終わり頃から10年ほどはまだ、「生理が来ない」「つわりのような感じ」などで初めて受診していた時代でした。今は4週台には妊娠判定薬でわかり、早く受診することで子宮外妊娠を始め異常を早期に発見できるようになりましたからね。
きっと、親御さんたちも早めに適切な治療を受けさせることの大切さが浸透したということなのだと思います。


それと1960年代はまだ国民皆保険が始まったばかりだったので、こちらの記事で引用したように、1955(昭和30)年からの10年間で民間病院が充実し始めた時期でした。
私が住んでいた山間部では、診療所が一つしかありませんでした。大人から子どもまで、どのような病気や怪我でも、今のように専門がはっきり別れていたのではなかったので、まずはそこを受診するのでした。


ただ、その診療所の記憶がなぜあるかというと、「滅多に連れていってもらえなかった」記憶が一緒に思い出されるのです。
私は左右を比べると片方が少し短い指があるのですが、子どもの頃に骨折をした指です。
細かいことは思い出せないのですが、おそらく血腫もできていたのでしょう、しばらく赤黒く腫れ上がっていました。母が連れていったのは、接骨院でした。子どもの頃の記憶なので曖昧ですが、今思えば、発症直後だったのに指をグイグイとマッサージして伸ばし、固定されました。患部を温める「治療」のためにしばらく通ったのでした。
子どもの時ですから「整形外科」は身近な言葉でもなく、骨を痛めたら病院ではなく接骨院に行くものだと思っていました。


私とニセ科学的なものについてのあれこれでも書きましたが、母はまずは民間療法的なものを選択していました。
ただ、自身や兄弟が手術まで必要な状況になれば受け入れていましたし、「自然派」というわけでもなかったのだろうと思います。行きつ戻りつ考えているうちに、代替療法から近代医療への「日本の1940年代から60年代は同じような状況だった」に書いたように、医療医療類似行為が少しずつ線引きされた時代だったゆえに、母も必要に応じて医療医療類似行為を選択していたところもあったのかもしれません。


柔道整復術医療類似行為>


長いこと、あまりその接骨院のことは思い出さなかったのですが、10年ほど前にkikulogと出会った時に、コメント欄のやり取りで「あはき法」「柔道整復師」という言葉から医業類似行為を知りました。
医療従事者でありながら、なぜこの医療類似行為という言葉を知らずに来たのかずっと引っかかっていました。


もちろん、「鍼灸師」「柔道整復師」という資格があるのは知っていましたが、私自身が働く医療の現場ではほとんど接点がありませんでした。


この「法廷の行為以外の民間療法を含む概念」の歴史を紐解いて行くと、なぜ代替療法とか補完療法といった言葉が根強く残っているのか大事なヒントになるのかもしれません。


あらためて柔道整復術を読むと、資格として認められてまだそれほど年月が経っていないことが予想外でした。


明治維新後の西洋万能の風潮の中、1881年明治14年)の漢方医学廃止によってそれまでの接骨術が顧みられなくなった。公認運動に際して、柔道家または柔術家の職業として「接骨院」の公認希望が多かった。しかし、接骨の業務に関して、明治期の文明開化によって、接骨は、内務省令で禁止になっていたから、接骨の名称は使用できない理由で柔道による整復だから柔道整復術としたのである。


これに対して、1912年明治45年)、柔道家柔術家の職業として認められるよう柔術家天神真楊流の門人が中心)を中心に運動が起こり、1920年大正9年)の内務省令によって柔道整復術として公認された。その技術を持つ者は柔道整復師として認定され柔道家柔術家の収入源となった。その後、1970年昭和45年)の柔道整復師法の成立、1989年(平成元年)の同法改正で教育内容の充実が図られ、試験及び免許に関する事務権限が都道府県知事から厚生労働大臣への変更、1993年(平成3年)に第1回国家試験の実施などを経て今日に至る。



これを読み返すと、私が指の骨折で接骨院に行っていた頃がちょうど、柔道整復師認定の運動が高まっていた時代だったようです。
接骨院」という名称は一度禁止されたようですが、いつ頃回復したのか、私の記憶にあるのは「接骨院」という名称だけで、柔道の先生がやっているらしいということも子ども心に記憶があります。


街の中を歩くとけっこう柔道整復師の看板を見かけますが、「交通事故、むち打ち、骨折」「保険が使えます」といった表示があります。
国家資格になったのは1993年ということですが、当時、医療ニュースとして話題になったのかどうかも私の記憶からもすっかり抜け落ちています。
1993年医療はどんどんと専門化されて、整形外科も診断や治療方法が新たになっていったのではないかと思いますが、その時代に、骨折やむち打ちや腰痛などが「医療類似行為」で対応できるようになったのはなぜなのでしょうか。



医療類似行為とはなにか、また医療とは何か。
時代によってどのように変化していくのか。
考えれば考えるほど混沌としていて、ちょっと泥沼にはまり込むような気分になります。



代替療法とはなにか」まとめはこちら

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20181029/1540766575