新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

382: アンコウ

アンコウ目アンコウ亜目アンコウ科キアンコウ属
学名:Lophiomus setigerus (Vahl)
英名:Blackmouth goosefish [原], Blackmouth angler, Broad-headed angler

愛知県一色産の体長約20.5cmの雌個体から摘出した左右の「魚のサカナ」。肩帯部から摘出後、エタノールにしばらく浸漬したものを半乾燥の状態で撮影。

写真上の左側の標本を反対側から撮影したもの。エタノール処理前(左)と処理後(右)。「鮟鱇のアンコウ」は、これまでに紹介したアンコウ目の「魚のサカナ」と同じように、全体的に厚みのある軟骨質で、烏口骨の上方突起(『背鰭』)部はあまり高くないなど、ミドリフサアンコウのものよりも、やはり同じキアンコウ属のキアンコウのものの方により似ていると思われる。ただし肩甲骨上部の膨出部分は、(特に非乾燥状態で)アンコウのものの方がより大きく見える。また比較的骨の幅が薄い肩甲骨下部(および烏口骨の『嘴』部の付け根辺り)ではより早く乾燥が進行しており、そのために肩甲骨孔がより大きく見える。

エタノール処理前の同じ標本を上側から観察。この方向から見ると「鮟鱇のアンコウ」は、途中で2度湾曲しているのが分かる。



ネット上の情報はもとより、魚関係もしくは料理関係の書籍などでもしばしば混同されているが、一般に鮮魚店や市場で「あんこう」もしくは「本あんこう/ほんあんこう」として売られているのは、ほとんどが標準和名キアンコウであり、稀に「くつあんこう」などとして売られているのが本稿で紹介している標準和名アンコウである。流通量は当然キアンコウの方が圧倒的に多く、アンコウは基本的に底曵き漁の水揚げ港周辺で細々と流通する程度というのが実情とのこと。魚体サイズはキアンコウの方がより大型になるとされる。ただ実際問題、市場や鮮魚店などではキアンコウ/アンコウとも肝の大きさを見せるために腹側を上に向けて並べられているため、背側に集中している「表徴形質(要するに魚種の見分けに必要な『鍵』)」を店頭などで確認するにはそれなりの覚悟(?)が必要となる。

写真撮影時は『日本産魚類検索 第2版』のアンコウ科の検索キー(『第3版』も同一)を辿り、1)鰓孔(写真中段右の赤線)は胸鰭基部(同緑線)より背面上方に達しない(=胸鰭の前側が切れ上がらない)、2)上膊棘(じょうはくきょく)【注】は多尖頭(写真下段左の赤丸の位置、写真下段右は体表面から見た様子、写真下左は標本にしたもの/赤四角部分)、3)口腔内に白色斑がある(写真中段左)などの形質からアンコウであると判断。また、X線による骨構造の撮影が可能な環境下もしくは解剖後であれば、脊椎骨数が20以下(写真下右)であることで、脊椎骨数が26~27と多いキアンコウと区別できる。

2012年12月に「三河一色さかな村」の高橋水産(高橋カンパニー)で購入したもの。当日はほぼ同サイズのアンコウばかりが12匹盛られて700円。今回は魚のサイズがあまり大きくなかったので「身欠き」状態にして唐揚げに。一般にアンコウ/キアンコウをきちんと区別した場合には、キアンコウの方が美味いとされているが、確かにアンコウの食味はキアンコウと比べて少々水っぽく、旨味もキアンコウより少ないように思われた。ただしこれらはあくまで「比較」の問題で、アンコウ自体を単独で味わうならば十分美味い。

【注】上膊棘(Humeral spines):擬鎖骨の"vertical limb"(和訳すれば垂直肢もしくは垂直脚/擬鎖骨の湾曲部から先の短い部分(実際には後方となる)で、「魚のサカナ」が結合した状態で言うと、『頭』即ち肩甲骨側の枝のこと)の後端から後方に伸びる大きくて複雑な棘。ちなみに、ミシマオコゼ類でも「上膊棘」と同じ位置に棘構造が観察できるが、こちらは一般に『擬鎖骨棘』と呼ばれている(どちらも英語では Humeral spines となるので、いわゆる「相同構造」なのだろうと推察しているのだが、、、)。

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【参考】アンコウとキアンコウの見分け方

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本稿のアンコウ(愛知県産/全長20.5cm)と、2012年2月に入手したキアンコウ(新潟産/全長35cm)の写真を使って両種の見分けに必要なポイントをまとめてみた。ちなみにこの写真のキアンコウの胃袋の中には『最後の晩餐』となった魚が大量に入った状態(腹側の全体像を参照)であり、体型が少々変わってしまっているのでご注意。

アンコウとキアンコウの体色を比べると、名前の通りキアンコウの方が少々黄色(もしくは赤色)がかっている(写真最上段左右)。またアンコウでは体がもっとも膨らんだ位置から少し後方に胸鰭があるのに対して、キアンコウでは体がもっとも膨らんだ位置に近いところにある(写真最上段左右/要するにキアンコウの胸鰭の方がより前側にある)。ただし、筆者自身の経験からしても、上記した2つの相違点は両種(もしくはその写真)を並べて比較してみないと判別は困難というのが実際のところ。

両種を見分けるために最も簡便な方法は、口の中を見る事で、アンコウの口中には黒褐色の背景に大きめの白斑が散在しているが、キアンコウの口中にはこのような白斑が存在しない(写真3段目左右)。ただし、写真からも分かるように、アンコウ/キアンコウとも口に鋭い歯がズラッと並んでいるので、口中を確認する時には怪我をしない様に十分気をつけて頂きたい。また、擬鎖骨の先端部から突き出る『上膊棘』の形状が、アンコウでは「多尖頭」(鹿の角のように枝分かれする/写真4〜6段目左)のに対して、キアンコウは「単尖頭」(枝分かれせず『槍』状/写真4〜6段目右。ちなみに写真5段目右の緑丸は、擬鎖骨に結合した状態の「黄鮟鱇のキアンコウ」)である。

更に胸鰭や背鰭の周縁に注目すると、アンコウの方がキアンコウよりも各鰭条間がより深く切れ込んでいる(よりギザギザしている)ような印象がある。まだ観察した個体数が少ないので断定はできないが、もしかしたら店頭で両者を見分ける時の参考程度にはなるかも知れない。


アンコウ(愛知県産)
キアンコウ(新潟県産)
全体像(背側)
全体像(腹側)
口内
上膊棘(生鮮時)
上膊棘(標本)
擬鎖骨(標本)
胸鰭
背鰭