貸切り図書館18冊目 鎌倉に向かう靴

先日は鎌倉molnにて定期的に行われている音楽と本のイベント「貸切り図書館」の18回目でした。今回は友部正人さんをゲストにお迎えしてお送りしました。私は高校生の頃から友部さんのファンで、アルバムも詩集もエッセイ本も多数所有しており、このイベントに出て貰いたいなあと思いオファーしたところ念願叶い実現に至ったのです。
友部さんに会うのに若干緊張してた私ですが、会場に現れたご本人は物腰柔らかで気さくな方で(でも眼光鋭くオーラがありました)、奥さんの由美子さんも姉御肌の明るいキャラの方で、すぐに和やかな雰囲気になり。リハで私が歌とギターのバランスを由美子さんと相談しながら整えると友部さんに「うん、いい感じだね」と言っていただき、高校生の頃の自分に教えてあげたくなった次第です。後にご本人に会えるし褒められるよと(笑)。
今回は友部さんの出演ということでキャンセル待ちが多数出るくらいの応募をいただき、若い方も多くてファン層の幅広さを実感しましたね。そんな熱心なファンの方々で満席となった会場で始まったライブは途中休憩を挟みながらも3時間ほどの長丁場になり、新旧取り混ぜたセットに加え詩集からの朗読あり、本の紹介ありと充実の内容になりました。
友部さんのライブはギター1本と声だけのシンプルな演奏ながら、その背後には弾んだピアノ、壮大なオーケストラや美しいコーラス、賑やかな管楽器や打楽器、ロックンロールのビートが立ち現れるようであり、それはひとえに友部さんの言葉から由来するもので、彼の言葉の豊かさや強さが音色として機能しているからこのような体験になるのであろうと聴きながら感心した次第です。最近の曲も10年前、20年前、30年前の曲も違和感なく並列になり、尚且つ心に響くというのはずっと本質を突いた言葉を書き続けて来たという証とも言え、改めてこの人は本物の詩人なんだなあとしみじみ思いましたね。
曲目の中で個人的にはガロの編集長だった長井さんのことを歌った「長井さん」が嬉しかったですね。歌詞に漫画家の永島慎二さんの名前が出て来るんですが、私は昔から永島さんのファンで「昔永島さんの自宅にもお邪魔したことあるんですよ」と友部さんに言うと「へえそうなんだ。僕たちは結婚する時の証人が永島さんだったんだよ」と嬉しそうに教えてくれました。
他にも「朝は詩人」とか「はじめぼくはひとりだった」とか「愛について」とか長年聴いてた曲にはやはりぐっと来てしまいましたね。年月によって曲への想いが育てられてるというのもありますし。「カルヴァドスの林檎」や「ぼくは君を探しに来たんだ」の熱唱も心に残りました。
今回は鎌倉のライブということで「鎌倉に向かう靴」も歌ってくれたのですが、これを作曲してくれたTHE BOOMの宮沢さんが普段は複雑なコード進行の曲を作るのにこれに関してはほぼワンコードの実にシンプルな作りで、「あまりに簡単過ぎて最初は不満だった」と話してたのが面白かったですね。歌っているうちに好きになって来たとのことでしたが。この歌は今まで私にとって他所の街の歌でしたが、鎌倉に住み始めてからは自分の街の歌になり、より愛着が湧きました。また鎌倉で聴きたいと思いましたね。
本の紹介のくだりでは友部さんにたくさんの本を持参していただきまして。ラインナップは以下のような感じでしたね。
杉浦茂「怪星ガイガー八百八狸」
diane arbus写真集
猪熊弦一郎私の履歴書
高階杞一「漠」「水の町」
Allen Ginsburg「HOWL」
Wolf Biermann「ヴォルフ・ビーアマン詩集」
広田稔「色鉛筆のどんでん返し」
杉浦茂の漫画は昔から好きだったそうで、「みなも読んでみて下さい」と客席に回してくれました。とぼけた絵柄と奇想天外な杉浦ワールドはそう言われれば友部さんの詩の世界に通ずるものがある気がしましたね。ダイアン・アーバスの写真集はフリークスを被写体にした作品集で、撮影のためフリークスに深く関わるうちに自身が自殺を遂げるに至ったというエピソードからもそのざわざわした感じが伝わる迫力ある本でした。「自分も異端やアウトサイダーなものに惹かれる」と語っておりました。「私の履歴書」は猪熊弦一郎美術館でしか入手出来ない本とのことで。猪熊弦一郎美術館が気に行ってアルバムのジャケに使わせて貰おうとしたエピソードなどを語ってくれました。(私も一度あそこを訪れましたが本当に良い美術館でしたね。)
高階さんとギンズバーグとビーアマンは詩人がお勧めする詩人といった趣向で。高階さんの「漠」は400部限定の本だそうですが一部誤植があるらしく、それを手書きで直してあるそうなのですね。作者自ら400冊を手書きで直したと思うと何だかそれだけで愛着が湧いて来そうな本ですが。あとで現物を友部さんに見せてもらいましたが、漢字一文字をバッテンで消して書き直してありました(笑)。ギンズバーグの「吠える」は英語版だったんですが、薄く小さくポケットに入るちょうどなサイズで、こういう装丁の詩集を持ち歩くのはとても良いなあと欲しくなりました。ビーアマンのはレア本らしく「単に見せびらかしに来ました(笑)」と語り会場の笑いを誘っておりました。先日国立の本屋さんでも「友部正人が選ぶ10冊」という企画でセレクトしたそうですが、そちらは現在本屋で入手出来るものに限られたそうで、今回はなかなか入手出来ない本を中心に紹介してくれたそうです。
「色鉛筆のどんでん返し」については友部さんが引っ越して来たマンションに偶然画家の広田さんが住んでおり、かねてから友部さんのファンだったという広田さんが驚いて声を掛け(ゴミ捨て場で突然「友部正人さんですよね?」と声を掛けられたそうです)、それからお互い部屋を行き交う仲になったらしく。そんなある日由美子さんが500色の色鉛筆を人から貰ったそうなんですが自分は使わないからと広田さんにあげたところ、それを使って広田さんが絵を描き始めたそうで。その色鉛筆で描かれた絵に友部さんが短い詩を付ける形で出来た本が「色鉛筆のどんでん返し」なんだそうで。広田さんの絵と友部さんの詩が毎日お互いの部屋のポストを往復しているうち生まれたということで、何という素敵な本の誕生エピソードなんだろうと感心してしまった私です。同じ建物内に偶然アーティストが2人いて作品をやり取りして本が生まれるなんて。由美子さんは「広田さんは寒色系が好きらしく青や水色の鉛筆ばかりどんどん短くなって赤や茶色などが長いままなのよね」と後で話してくれましたが、500色の鉛筆のでこぼこの背比べの図を想像すると面白いなあと思いました。弧を描く色鉛筆のグラデーション。
ちなみに由美子さんは大島弓子さんや岡崎京子さんの漫画が好きだそうで、岡崎さんの作品中に友部さんの名前が出て来る箇所があるらしく、「岡崎さんが友部のことを知ってくれていると思って嬉しかった」と話してくれて、岡崎京子さんご本人に聞かせたい良いお話だなあと思いました。
そんな充実の本の紹介コーナーも終わり、友部さんがライブ終盤に向かうにつれどんどん乗って来るので、流石ランナーだなあと感心してしまいましたね。息切れることなくアンコールまで駆け抜けてくれました。素晴らしいステージでした。
終演後には友部さんのプチサイン会が始まり。友部さんの新しい詩集がナナロク社から出たばかりでみなさんそれを買われてましたね。みなさんそれぞれの友部さんへの想いを語りながら嬉しそうにサインをして貰ってました。(勿論私も購入しました。)
その詩集に加え今回は私が大学生の頃に入手した友部さんのレコード「また見つけたよ」(何と40年前のアルバム!)にもサインして貰おうとカバンから出したら、由美子さん曰く「これ発売当時歌詞カードが付いてなかったからレコード会社に電話したら最初から付いてない仕様だと言われたのよ〜」とのことで。私は中古で買ったので本来あるべき歌詞カードが抜かれているのかと思ったら最初から付いてなかったという事実が40年越しに判明したのでした。実に牧歌的な時代を感じるエピソードですが(笑)。そのアルバムにもサインをしていただきました。
あと今回私は由美子さんが20年前に出版した「左目散歩」という写真集も持参し、お2人にサインをしていただきました。(サインばっかり貰ってどんだけミーハーなんだという話ですが。)この写真集の発売記念ライブを当時見に行ったのですが、ゲストに谷川俊太郎さんと当時まだブルーハーツだったヒロト&マーシーが登場し友部さんと共演するという超豪華なステージだったのを鮮明に覚えています。
そんな懐かしい話などしながら最後には記念に友部さんと一緒に写真を撮っていただきました。高校生の頃の自分に教えてあげたくなった次第です。後に友部さんと記念写真を一緒に撮れるよと。
そんなわけで私には実に感慨深い一夜となりました。他にももっともっと聴きたい曲がたくさんあるのでまた鎌倉に来ていただきいものです。というか何とかお願いして来て貰おうと思います(笑)。鎌倉に向かう靴を用意して持参するのも手かもしれません。
靴は友部さんを再び鎌倉に導いてくれるでしょうか。果たして。