摩訶不思議なドラフト戦略に、ベイスターズの明るい未来を見た!

来季の球団名は「横浜DeNAベイスターズ」になるらしい。

「横浜でなー、本拠地は横浜でなー」という筆者を含む多くの人たちの怨念にも似た願いがこんな形で顕在化してしまったわけではないだろうが……いや、名前の是非はともかくとして、長かった球団譲渡問題も一応の決着を見ることとなり、漸く新しいスタートを切れるようになったのは単純に喜ばしいことだ。

 とはいえ連日の報道では、情報が錯綜し過ぎて何を信じてよいやら混乱気味となっている感は否めない。本拠地は横浜、尾花監督は解任され、コーチは高木由一木塚敦志らOB組が残留。球団社長には33歳の若者が来て、ベイスターズ愛溢るる加地球団社長は志半ばで退任。大のベイ党であるやくみつる氏も横浜ファンを辞めると言い出し、何故かクロマティが監督に名乗りを上げるわ、本体は同業のGREEに訴えられるなんて話が出るやら、ガッキーはモバゲー関連の新CM発表会で意味不明のベイスターズの質問を飛ばされるやらなんやらで、見ている方はヤキモキモヤモヤ。

 この先も監督人事、村田のFA引き留め、ホッシーの処遇など懸案事項が山ほどあることを考えると、当分の間はこんな感じの安堵と不安が交錯する日々が続いていくのであろう。

■「来季を放棄して7年先を見越したんだろうね」

 それらが発表される前の10月27日。旧体制での最後になるかもしれない大仕事、ドラフト会議が行なわれた。日本ハムが菅野を指名して大きな波紋を呼んだ影響であまり目立ちはしなかったが、ベイスターズはこの席上で謎のドラフト戦略を行っている。会議を見守っていた知り合いの記者などは笑いながらこんな感想を漏らしていた。

「今回のドラフトではソフトバンク、中日、横浜が意識的に高校生を獲得していたけど、当面の間は現有戦力で戦える優勝した2チームならまだしも、現有戦力すらままならないベイスターズが即戦力を獲らずに高校生ばかりを指名するのはすでに来季を放棄して、7年先を見越したんだろうね」

 そうなのである。今回の横浜のドラフト指名選手は12球団最多の9人を指名(他に育成が2名)。そのうち7位の松井飛雄馬三菱重工広島)以外8人が高校生という徹底した、いやさ極端すぎる指名を行っている。ちなみに前年は高校生指名ゼロ。この右から左へ見事に振りきったドラフト戦略は、アマチュア野球音痴の筆者から見ても、「藤岡(東洋大)を外してヤケになったのか」とも思えてしまう。このドラフトを、ある大物OBはこんな分析をしていた。

「これまでのドラフト指名を見ても分かるように、ベイスターズは“必要な戦力”ではなく、“来てくれる選手”を優先的に指名してきている。もっと攻めていかないといけないんだろうけど、今は親会社が不安定な状態ですし、有望な選手たちからいい返事が貰えない、監督が決まらないので即戦力は獲りづらい、お金も掛けたくないという台所事情もあるのではないか」

■4年連続最下位で、即戦力ではなく高校生ばかりをとる?

 厳しい意見は他の野球評論家からもいくつも聞こえてくる。だが、この高校生に偏った指名、そこまで悪くないと思うのは筆者だけだろうか。

 ドラフト会議の後、ある球団幹部からこんな話を聞いた。

「藤岡を獲りに行ったが、クジで外して方針をやや修正することにした。今のベイスターズは何かを主張しなければなりませんから」

 今年の指名、確かに主張はある。4年連続最下位というどん底の中で、即戦力ではない高校生ばかりをあえて指名するという主張。それはもう、どう勘ぐったって「横浜は未来を見ている」ということ以外には考えられない。

 完成された大学生や社会人で単に足りないところを補うだけではない、「チームは未来を見て選手を育てていく」という、そのややもすると危うい、しかし強固な主張は、確かにこれまでには見られなかったものだ。そのことが「このドラフトは悪くない」と期待を感じさせる根本にあるのかもしれない。

■横浜に指名されても手放しで喜んでくれた高校生たち。

 そしてもうひとつ、「悪くない」と思わせてくれたものがある。「こんな状況では拒否もあるのではないか」、と不安視された中で、ドラフト指名を受けた後の彼らのコメントである。それらを声に出して読んでみてほしい。

1位 北方悠誠(唐津商) 投手
「嬉しくて言葉にならない。早く1軍のマウンドに立って、持ち味の速球で三振をたくさんとりたい」

2位 高城俊人九州国際大付属) 捕手
「死ぬ気でやって早くスタメンで試合に出て、横浜の順位をもっと上げたいです」

3位 渡辺雄貴(関西) 内野手
「横浜は順位が下位ばかりなので早くチームの力になりたい。球団に最高の恩返しがしたい」

4位 桑原将志福知山成美) 内野手
「高い評価をいただき、その期待に応えられるよう、ひたむきに頑張りたい」

6位 佐村トラヴィス幹久(浦添商) 投手
「うれしい。指名後は『夢ではないか』と思っていたが、本当にプロになるんだと実感した」

7位 松井飛雄馬三菱重工広島) 内野手
「小さい頃からの夢だったのでうれしい」

9位 伊藤拓郎(帝京) 投手
「指名していただいて感謝しています。入った以上は命を懸けるつもりでやりたい」

 これらは優良企業に就職が決まった専門学生たちの喜びのコメントではない。プロ野球界のなんちゃら企業の名をほしいままにする、どん底ベイスターズに指名された選手たちの言葉なのである。

 明日何が発表されてもおかしくない状況にもかかわらず、指名されて満面の笑顔を浮かべる彼らの姿には、ただただ有難く救われる思いである。もはや、前評判や実績なんてものはどうでもよい。それが“来てくれる選手を獲る”ということだ、という批判もあるやもしれない。だが、今はそのことが単純に重要に思えてならないのだ。

■身売り問題で本拠地移転も囁かれる中での地元枠指名。

 そしてこのドラフトにはもうひとつの主張があった。

 地元神奈川の選手を獲るということ。一昨年の筒香、雄虎。昨年の荒波、加賀美など意識的に地元選手を獲ってきている。身売り問題で本拠地移転も囁かれる昨今、これは球団からの強烈な主張であるといえよう。

 この地元枠で今年は2名の高校生が指名された。

 5位の乙坂智は卒業生が多数チームに在籍する横浜高校の出身。広角に打てるシュアな打撃に加え、守備と足も魅力。ついでに米国人とのハーフで顔立ちも素晴らしくそれでいて気合も十分。入学時の3年生筒香を尊敬し、ドラフト前には「ベイスターズ以外は行かない」とまで言い切っていたという横浜愛の持ち主である。今季の終盤戦には、プライベートでハマスタに来ているのを見掛けたことがあるが、こういう選手が入団してくれることは、単純に嬉しいものだ。

■ドラフト8位古村徹投手(茅ヶ崎西浜高校)を直撃インタビュー!!

 そしてもう一人がドラフト8位の古村徹。

 その名は古木と吉村と大畑徹を足したようなロマンチシズムの結晶か。野球ではまったくの無名校、それまで4年連続で選手権予選を初戦敗退していた県立茅ヶ崎西浜高校を2年生時に5回戦、今年は4回戦まで導いた県内屈指の左腕投手である。

 武器は140キロの速球に、高校生離れした手元で鋭く曲がるスライダー。しかし高校野球界ではほとんど無名である県立高校故の悲しさか、同校の渡辺晃監督曰く「絶対的な練習量は野球強豪校に比べれば足りておらず、体もまだできていない」とのことだが、逆に言えばその分の伸びシロは十分に余しているといえよう。

 さらに今夏の3回戦三浦学苑戦で9回2死から大会史上初のサヨナラ逆転満塁本塁打を放ってしまう勝負根性、ピンチの場面でも臆せずインコースを攻めていけるマウンド度胸もいい。誘いのあった強豪私立の桐蔭学園を蹴って、弱っちい公立校へ進む性根も今のベイスターズにはうってつけだ。

 ……ちなみに、これを書いてしまうとこれまでのことが一気に説得力をなくしてしまうのだが、彼の出身校である茅ヶ崎西浜高校は18年前に筆者が卒業した母校でもあったりする。いやいやいやいや。公私混同とかではなくて。

 というわけで、県立鎌倉高校出身の編集者からの「先輩風を吹かせたいがためじゃないの?」という疑いの目に屈することなく、茅ヶ崎西浜高校出身・横浜ベイスターズドラフト8位古村徹投手のインタビューを掲載する。だから、そういうのではなくて。どん底状態のベイスターズに指名された高校生の素直な心情を聞いてほしい。

――4年連続最下位、球団も身売り騒動でゴタゴタしていますが、ベイスターズに指名された感想は。

「まだプロになった実感はないですね。もう指名されないんだろうなと思っていたので驚いたというか、入団できたことだけで嬉しいです。ベイスターズはやっぱり地元の球団ですし、少年野球のユニフォームも似ていたので愛着はありました。今はこういう状況ですが、だからこそ頑張りたいです。僕が強くするなんて言えませんけど、少しでも早く力をつけて、チーム全体で上がっていける手助けができればと思っています」

――ピッチングの時とは違って意外と大人しいのですね。

「僕自身、普段は消極的と言われるんですけど、野球のことになると素直になれるというか、負けず嫌いになりますし、良くも悪くも諦めが悪いんですよ。高校時代に最後の最後まで野球はわからないということを学びました。野球に関しては何があっても絶対に諦めたくはありません」

■「キツイ野次を飛ばす人たちがいて、ちょっと不安」

――来年も本拠地になりそうな横浜スタジアムの印象は?

「この前、中村紀洋さんがセカンドを守っている試合を観戦しに行ったのですが、結構キツイ野次を飛ばしている人たちがいたので、正直ちょっと不安になりました。勝ってファンの人たちを沸かせていけるようになりたいですね」

――そりゃ観た試合が悪い……。指名された9人中8人が同級生ですが、意識はしますか?

「正直なところ、今の段階でみんなを見てしまうと自分は(強豪校ではない)普通の公立出身ですし、体力面とか劣るところはあると思うんです。なので意識はしないで、まずは自分のすべきこと、とにかく練習をやることだと思っています。焦らないで期待に応えられるように頑張りたいです」

――プロでの目標は?

「長くチームに必要とされるピッチャーになりたいです。それと野球をできる環境を作ってくれたのは親なので、日産に勤めるお父さんにちなんで背番号はいつか23番をつけられるようになれれば。あと、お母さんが山口百恵のファンなので、登場曲に山口百恵を使えたらいいですね」

――とても親孝行で感心しますが、老婆心ながら山口百恵なら「横須賀ストーリー」にはしない方がいいかと思います。ちなみに眉毛、超細いですね。

「よく言われるんですけど、中2からいじっちゃっているので、戻し方がわからなくなっちゃいまして……どうすればいいんでしょうね。とりあえずは、いつか口を出されないような一流の選手になるまで放っておこうかと思っています」

■新生ベイスターズのドラフト戦略は決して間違いではない!!

 以上である。

 18歳でドラフト指名を受けた選手の、飾りや計算のない本音の言葉はかくも美しいものか。

 古村だけではない。指名された9人それぞれの野球に対する純粋な思いと、喜びに溢れた発言に触れるたびに、新しく生まれ変わろうとするベイスターズのドラフト戦略は決して間違いではなかったように思えてくる。ただ、問題はこの先入団して彼らがどう変化していくかである。

 2011年秋。改革の年に指名された彼ら9人がどのように成長していくか。ある意味でその成長具合というものが、DeNA体制が成功したかどうかの目安になるといえなくもない。

 そんなこんなも含めて、彼ら9人の将来が楽しみでならないのだ。何度も言うが、公私混同とかではない。ただ、無茶苦茶嬉しくて誇らしい感情を否めないのが何とも難しいところなのだが。