2003-12-14
■公共言説空間の構造の問題(続き)

id:hotsuma:20031214さんのところで、議論のはじまりから、URLをまとめてくださったようです。
しかし、せっかくこんなに盛り上がってて、おれもいろいろ書くことはいろいろあるんですが(例えば:
- 今回のイギリス政府のイラク参戦という政策に対する、イギリスの法曹界の対応(kmiuraさんのポイントについて)
- 転向後の村上春樹の「コミットメント」の限界
- (bewaadさんのコメント受けたうえでの)創価学会評価
などなど)(泣。
ああ、ひとことだけ書いちゃえ。
イギリス法曹界の重鎮、そして国際法の権威は、裁判・判決といったこととは別に、今回のイギリス政府の決定の違法性を述べる声明を出しています。反対に、問題ないということを述べた人もいる。その結果として、違法だと考える人のほうが法曹界には多いあるいは優勢なのだな、という感触を人々は得ることができる(ガーディアンも読んだし、テレビのニュースでも聞いた;そのニュース番組には、その権威当人が出演して、アメリカ政府の関係者とやり合っていた)。
一方、日本の法曹界は今回のイラクへの自衛隊派遣に対してなにを考えているのか、いまいちわからない。そういう声明が、日本の法曹界からは出ているのだろうか。あるいは、出ているとしても、メディア(とくにテレビ・新聞)はそれをきちんと取り上げているのだろうか。
2003-12-11のほうのコメントがそろそろ非常にながくなってしまったので、この下のコメント欄を(よろしければ)つかっていただければ幸いです。
■追記

id:jounoさんのところでピックアップ。
http://jouno.s11.xrea.com:8080/blog/index.php?p=451&more=1&c=1
まさにそうっすね。稲葉振一郎が
http://www.meijigakuin.ac.jp/%7Einaba/foucault_ronza.htm
いってることはもう少し広まってほしい、ということです。
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kmiura
2003/12/15 10:22
コミュニティ ←→ ファシズム・セクトという二項対立について。私は単純な線形でとらえているので自分の見方を荒っぽく説明してみます。ディテールを取りこぼすかもしれませんが、ここはフマジメに。▼自閉(シニシズム)からカルト(ファナティシズム)へ、集団に対するコミットメントの度合いのリニアーなグラディエントがあって、後者に行くほど拘束が強いと同時に、関係欲求の満たされ方も高い。「神が死んだので偶然を信じるようになった」っていったのは誰だったかな。いずれにしろこのグラディエントのポテンシャルになっているのは関係欲求そのものです。▼創価学会はこのグラディエントの間に位置しており、中心よりもファナティシズム寄り。先日から flapjackさんや私が言っている「コミュニティ」はもっと自閉寄りです。はてなはいつでも抜けられるし、匿名可能なのでたぶん更に自閉寄り。ちなみに西洋におけるキリスト教会、というけれど、ひとからげにするとよくみえなくなる。ドイツの教会の場合、日本の寺社と似ていますて(だからこそヨーロッパ人は子ブッシュの「聖なる戦い」にあきれる)。冠婚葬祭のときに現れる。あとは幼稚園の経営、一部の老人の社交場、という印象。毎週通っている人、という人間にはほとんど出会ったことがない。創価学会よりもかなり自閉寄りです。▼ムラ的なるもの、もあえてこの軸上にむりやりプロットすれば、創価学会と同じ辺りかな。▼以上はスタティックな記述です。人間集団はこうしてどこかにプロットされる。▼ダイナミクスについて。日本の場合は人間集団がカルトに指向しやすいという傾向がみられる。初期条件が真ん中でもカルトに向ってずるずるとスライドしてゆく。なんか真面目に議論すればするほどそうなる、と私は見る。でもカルトまでいくことは滅多にない。拘束が強すぎると平均的な人間はイヤになるから。かくしてカルト寄りの地点で定常状態が訪れる。人間集団は、多かれ少なかれあるカルト指向性を見透かされて、警戒されしまう(警戒しない人もたくさんいるけれど)。だから嫌われる。嫌った人間には選択肢はほぼありえない。自閉へと収束する。人間集団がカルトに向ってスライドしてしまう理由はメディア(この場合のメディアはインフラないし培地、個と国のインターフェース、といった意味を含む広義のメディアです)という条件の貧困さにある。Jounoさんの言う社会契約の不在(カルトへのスライド、自閉への分解を理念という楔で抑えること→12日、id:KGVさんの宮台真司さんに関するコメントも関連するかもしれない)、もそうでしょうけれど、この貧困はメディア(広義)を育てなかったこと、大文字の郊外が阻害条件に拍車をかけたこと、「職務に忠実であること(辺見庸)」および頭脳対決スキームが災いしている。教唆的(instructive)ではない方法でカルト指向を抑えるのはやはり個々のフマジメさなのではないかと思う。▼興味深い点は、カルトもまた集団レベルでの自閉、ということです。極端なことを言うと、自閉した個と自閉した集団が、大小の孤島のように散在している、という状態にモデル化される。▼ひとつ注意しておかなければいけないのは、個は複数の集団に属していることがほとんどです。関係欲求の満たされ度合いはそれの足し算。そういえば家族が上では外れているなあ。▼とはいってもなんかこんな話は誰かがどこかで議論していて当然な気もするんだが、どうなんでしょう。
bewaad
2003/12/18 05:48
弊サイトにてテキストを公表しました。博論にけりがついたら見てください>flapjackさん。

