Hatena::ブログ(Diary)

nikki-da このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

ブログ村 本ブログ この日記のはてなブックマーク数

2014.05.26

じつはRX100M2も買ってしまったんですが……

| 04:20

SONY サイバーショット DSC-RX100M2

SONY サイバーショット DSC-RX100M2

Wi-fiに関しては、「一応つけてみた」って感じ。外で、スマホ写真付きブログ更新するようなシーンでは、まあ役に立つだろう(iPhoneなんか従来はつなげなかった)。ただ他の用途が思いつかない。Canon S120と比較しても、よりいっそう使えないWi-Fi。


あと、S120はUIの面で細かいところがよくできている。しかもタッチパネル。一方、残念ながら、RX100M2にはこれだけたっぷりした設定項目があるのにタッチパネルがついてない。

ダイヤルが2つあるけど、半分手動で撮ろうとすると、いま何がどっちのダイヤルに割り当てられているのかわからなくてイラっとするのだ。完全に自動で撮るなら問題はないと思うが、僕みたいな半可通にとっては問題がある。

まあ、UIは好みや慣れの要素も大きいわけだけど(今までSonyやMinolta系のカメラは触ったことがなかったんです)。


もちろん、RX100シリーズ自体は悪いカメラじゃないと思うんですよ。スペック表や画質だけなら、圧倒的にS120を明らかに上回ってるわけで。なにせセンサが1型と、コンデジとしてはでかい。

ただ初代ではなく、あえて現行のM2を買った意味はあったかというと、うーん………って感じ。その点はちょっと後悔している。なにせ、センサのスペックがどっちも同じみたいなんだよね。まあ信号処理するプロセッサは違うのかもしれないけどさ。


でも、くやしいので(?)、当面はがんばってこのRX100M2だけ使うようにしている。こないだなんて、がんばってWi-fiでiPhoneに転送して、iPhoneからTwitter投稿してみたりもしたし!!(どうもめんどくさくて非常手段という感じをぬぐえなかったけど。)

まあでもせっかく両方あるので、そのうち比較記事でも書こうかな……。(現在、一度に1台しか持って歩いていないので、RX100M2とS120で同じ被写体を撮った写真がないんです。)

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/flashingwind/20140526

2014.05.14

PowerShot S120を買っちまった

| 02:18

Canon デジタルカメラ PowerShot S120(ブラック) F値1.8 広角24mm 光学5倍ズーム PSS120(BK)

(キヤノン:PowerShot S120|概要)

買っちまったよ……。中古だけどよ……。


たしかに、暗がりに強いです。

背面照射型CMOSで、コンデジにしては大きめの1/1.7型センサでございますので。

ISO800くらいから荒れ始めるのはちょっとダメな気がしますが、そこより高感度側にいっても大崩れはしない、というような感じ。ザラザラになるけど、色相方向にすごくずれた色が混ざるわけではない、みたい。

ただ、僕が一番長く使ったP社やR社のカメラは、なぜかどれも高感度側がダメダメだったので、ちょっと暗いところでフォーカスが合うだけで感動してしまうような、かなりゆるい判断基準だけれども。

詳しくは下に夜撮った写真を貼りましたので、各画像を拡大してみてください。


あと、Wi-Fiは期待していたほど便利じゃなかったです。

まず、家のAP(Wi-Fiアクセスポイント)からだと素直に外部のサーバにつながってくれないので、今のところほとんど意味がないつながったとしても、自動的に同期されるとかいうわけではなく普通に一枚ずつチェックして、アップロードするという感じで、Eye-fi的なものを期待していたので肩すかしをくらった。USBがWi-fiに置き換わった印象。そこから先、Flickrには自動で行くようにできるけど。未来っぽさ、あまりない。


ちなみにうちのAPだと、APには接続したように見え、「CANON iMAGE GATEWAY」のアイコンもしばらく表示されるのだが、失敗して「ネットワーク設定を確認してください」が表示される。フレッツ光だからかもしれない。

以前、Kindle KBやKindle PW*1でも、「フレッツ光の回線終端装置兼ルータ」につなげたAPにつなげようとすると、相性が悪くて問題が起きた*2。それ似たような現象かもしれない。


……などとうんちくを書いたのに、ためしにカメラ側で「手動」を選んでネットワーク設定したらできた。うちの環境だとゲートウェイDNSのどちらも「192.168.1.1」のはずなのでそのようにしたら動いた。がっくり……。

ISO感度順に並べてみました。

f:id:flashingwind:20130514194223j:image

(ISO 125)

f:id:flashingwind:20130514213926j:image

(ISO 200)

f:id:flashingwind:20130514213628j:image

(ISO 320)

f:id:flashingwind:20130514213431j:image

(ISO 400)

続きを読む

石川×服部『ノーザン・ラッシュ vol. 1 爬虫類』

| 14:57

文フリで買った石川美南×服部真理子『ノーザン・ラッシュ vol. 1 爬虫類』を読んだ。

16ページの小振りの小冊子だが、カバーや表紙、挿し絵などだいぶ凝ったつくりだ。ふたりの歌人が爬虫類カフェへ行ったレポートと、そのときのことを中心として、それぞれが詠んだ連作が2人分納められている。

服部真理子「樹は夜も」

日の光、月の光と順に浴び亀はひと日を動かずにいた


僕たちの祖先と彼らの祖先が分岐した日の朝焼け思う

未知の光景なのにイメージできてしまうのが不思議だ。


鱗ある足や足でないものが僕とあなたの夢わたりゆく


天を衝くほどだったという古代樹を二人がかりで思い描けり


水の量測るすがたを見つめてる花はあなたに素足を見せて


石川美南「脱ぐと皮」

わたし変温動物だから灼熱の打ち明け話ほとほと不得手


てらてらと光てやまずわたしより先に脱皮した友だちが

わりと違和感なく読めてしまったが、爬虫類が主人公ってやっぱりちょっとおかしみがある。

恒温動物の打ち明け話はやっぱり熱ついから、変温動物のわたしに聞かせてくれるなよ、とトカゲか何かが愚痴ってるみたいにも読める。


心かつ踵かつかつハイヒール履けばこの世はいよいよ硬し

どうでもいいかもしれないけど、ハイヒール履いたことのある人の歌だなあ、と思った。あんなに硬いもの履いてたら、膝まで振動がきそうだけど、いままでそういうこと考えたことなかったから。

*1:現在のファームウェアでは改善されているらしい

*2:原因は主にNTTルータ側の問題で、内部のDHCPサーバが特殊な実装で、Kindle側のクライアントと通信がうまく噛み合ないというような事態が起きていたそうだ。僕もよくわかってないんですが。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/flashingwind/20140514

2014.05.13

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/flashingwind/20140513

2014.05.12

『本郷短歌』第3号の感想と言い訳

| 00:58

こないだの文フリで買った『本郷短歌』第3号を読んだ。


僕はふだんから短歌を読まない人間なので、この短歌について僕が書いたものを公開するのもどうなのかなとは思ってたんですが、よくわからないなりに感想を書けば、もしかしたら「本郷短歌」の知名度向上だとかに役に立ったりするかもしれないかも(そうであって欲しいな)と思って、公開することにしました。

とはいえ、特に短歌のパートは、解読できなかった歌も少なくなく、連作全体を見通した総合的な感想を述べられない作品もありました。また、感想がピント外れのところもあるかもしれなません。笑ってゆるしていただけるとありがたいです。


感想を文章として書こうとすると、何も言わないっていうわけにもいかないので、理解できない歌とどう対峙するのかというのは本当に難しい問題で、「分からないけど何かすごそう」と思考停止してしまいそうになる。


そこで、行き当たりばったりだけど、「分かった気がしてすごい」ものと、「分からないけどなんかイメージされるものがすごい」ものについては、「すごい」と書くことにした。


本誌は東大の本郷短歌会の機関誌で、年度末ごとに発行されているそうで、本号は短歌の連作(延べ15人分)、行事レポート評論(特集:ジェンダー)、前号(第2号)に載った作品のレビューなどで構成されている。


短歌連作については自信がないので後にまわし、さきに評論について書く。


(実はいま目次を見直したら、前号の講評の前にふたつも見逃していた文章があって愕然としている。寺山修二と稲葉京子についての文章だ。でももう頭が限界なので勘弁してください。後日余裕ができたら書きます。ほんとうにごめんなさい。)


特集:ジェンダー ——身体・こころ言葉——

宝珠山陽太「〈母性〉の圧力とその表現」においては大口玲子『トリサンナイタ』と俵万智プーさんの鼻』というふたつの育児出産を扱った歌集をとりあげ、これらの作品中にみられる「〈母性〉の圧力」についての表現を検討し、さらに、それがこれらの作品中に意識的に表現されたものであることを示し、これら2作品は本質的には同じ問題を扱っていて表裏一体であることを明らかにしている。

吉田瑞季「開かれた『私』 現代短歌における作者の位置」は短歌に描かれた主人公像である「私」と作者である「私」の位置関係の変遷を、時代を大きく3つに分けて分析したものだ。

服部恵典「『歌人』という男」では、この特集のテーマである「ジェンダー」に真正面からとりくんでいる。過去10年分(10回分)の短歌雑誌新人賞の講評を調査し、そこで「女性性」や「女性」がどのように扱われてきたかを、サンプル数は少ないものの定量的に明らかにした。また、さらに、そのような扱い方による弊害も指摘している。

また、特集の末尾には関連する文献を解説つきで紹介していて、親切設計である。


「〈母性〉の圧力」は現場リポートという感じがした。『トリサンナイタ』が「歌集全体の構築性が、読者の眼前に一つの母子の関係をつきつけている」として、その実例を示している

また、『トリサンナイタ』と『プーさんの鼻』の違い(ネガティブポジティブ)は歌人本人の「パーソナリティの違いといった問題に帰着できるものではな」く、「どう取り組むべきかという歌人としての意識」の問題だという点は、吉田の「開かれた『私』」でさらに検討される。


「開かれた『私』」は、「アララギ自然主義」とそれに避けがたく付随する「二重の嘘」(「作者の体験した諸事実に即して作るもので……読むときにもそのつもりで読む」)を脱したつもりでいる現代の短歌表現がなお、説得力を持たせるために「真実」を「実感」に読み変えただけの「二重の規範」に縛られているのではないかという疑問を投げかけている。

本特集のテーマである「ジェンダー」に関していえば、「実感」の中にはジェンダーやその他あらゆる作者の属性を反映した表現が含まれることを考えると、「二重の規範」から解放されることは、ジェンダー等の属性を反映した作品づくり・読みとりを強いられることからの解放につながる。「私が誰か」ということに縛られている、ということに自覚的になるべきではないか。(という風に僕は読んだ。)


「『歌人』という男」と「開かれた『私』」は縦糸と横糸という感じで、よくできたチームプレイだと思う。はじめに「開かれた『私』」を読んだときは、「で、ジェンダーがどうしたんだっけ?」という感じであったが、「『歌人』という男」と併せて読むと、相乗効果で「私」の位置関係がより立体的に見通せるようになるのだった。


「『歌人』という男」は定量的なデータ定性的なデータをうまく組み合わせていて、その過程は痛快と言いたいくらいだ。

大ざっぱに言うと、新人賞のなかで「女性的」な歌人がどういう風に弁別され、「女性」だと決められるとどういう扱いを受けるのかということを示している。また、「男性的」とされた作品よりも、「女性的」とされた作品の方が圧倒的に多いことなどから、「『歌人』はふつう『男性』」だと認識されていることも明らかになる。

ジェンダー論の立場からみると本記事の議論は「基本的な考え方であり、新しさはない」ということで、(そういうニュアンスで言ったんじゃないと言われそうだけど)たしかに各トピックをあまり深追いしていない印象もあるが、文章量と内容のバランスがよく読みやすかった。

続きを読む

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/flashingwind/20140512

2014.05.07

第18回文フリに行ってきた

| 00:28

第18回文学フリマ5月5日品川区東京流通センターで開催されました。


僕は15時到着と、だいぶ遅くなっちゃって、終了までのの2時間でばーっと、なんとか全部回ったという感じだった。そういうわけで、とくに誰かにご挨拶ということもなく。じつはネット上でフォローしている方が、3組ぐらいおられたのだけれど、顔バレしてるアキティベのブースに「どうもー」って短く挨拶して、あとのブースでは手短に購入だけさせていただいて、ご挨拶は遠慮させていただきました。どうも申し訳ないです。

みなさんなぜか客あしらいが丁寧で、すごいです。ありがとうございました。


事前に印をつけたブースを直線的に回っただけで終わっちゃった。回りをキョロキョロする時間的余裕がなかったのはちょっと良くなかった。たとえば10カ所程度買って他には全く興味がないとかいうのでないかぎり、あんな時間から行くものではないなー。


途中、財布が空になったので建物内の変なところにある、ゆうちょATMへ。まあ、いま数えたらフリーペーパーなどを除いても50冊以上買ったらしくって(無料だか有料だったか思い出せないものがあるので誤差があるが)、そりゃあ何の準備もしてなかったら財布も空になるわ……って感じ。

それにしてもなんで、同人誌とかフリマって金銭感覚がおぼつかなくなるのだろうか……。


前回行った文フリって、蒲田大田区産業プラザPiOでやったやつで(09年5月の第八回: 文学フリマに行ったのだ - nikki-da)、なんと、もう5年も前なのであった(!)。

それと比べると、今回は倍くらいの広さに、倍くらいのサークルが入ってたわけで、もっとのどかで、サッと全部見て回れるイメージだったからびっくりした。隔世の感がある、というやつだ。

じつは前夜に嫌な予感がして、めずらしく一夜漬けで全サークルをチェックして、当日のぞきに行くサークルを70カ所まで絞り込んでおいたのです。(コミケでもコミティアでもやんなかったのに。) それでもまだ多すぎると思うのだが(主に金銭面で)、現地で全600以上のサークルをチェックするよりはぜんぜんマシである。フロアマップに丸つけておいて本当によかった。


ところで、なぜか位置表示(「A-01」みたいなやつ)を確認できるところ(張り紙とか)が少なくて、最初のうち、ちょっと慌てた。「A、B、C…ア、イ、ウ…」はまだ覚えればいいわけだけど、特に数字部分はブースの看板にはめったに書いてないので、端の方から歩きながら「いち、にー、さん、し……」って数えるしかないと思う(あるいは僕が気づいてないだけで、みなさんはもっとスマートな方法をご存知だったりして……)。いや、でも、まあ要はあせって回る方が悪いのです……。


じつはこの記事書くにあたって、戦利品を自慢しようと思って、著者・タイトルリストを作ったんだけど、まだ表紙しか見てないようなのも結構あり、そういう状態で紹介するのはどうだろうと思えてきたので、載せるのやめておきます。

それにしても判型別に区分けしつつ、表紙や奥付にある発行元や著者名を一冊一冊ながめていくと、世の中には僕の知らない作家がこんなにたくさんいるんだな……と厳粛というような境地に達してしまったのです。僕自身がストーリーを作るのが苦手だからかもしれないですが、みんながみんな、全然別なものを書いてるわけで。上手く説明できませんが。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/flashingwind/20140507
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |