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2008-03-09

[]さいたま芸術劇場つながりで


録音のお仕事で2日連続訪れた、さいたま芸術劇場

ここに初めて来たのは昨年10月、蜷川幸雄さん演出の「オセロー」を観に来たのでした。

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オセロー」は彩の国シェイクスピア・シリーズ第18弾、だったそうで…

蜷川さんはここで、シェイクスピアの全作品を上演するという壮大な計画を遂行中なのだそうです。

シェイクスピア劇を観るのは、この「オセロー」が初めてだったのですが… ほんとにセリフが長くて、それをマシンガンの如き早口で投げ合う役者さんたちに圧倒されました…

へんな感想かもしれないけれど、映画の「タイタニック」で豪華客船の沈没シーンを最先端のCGで迫力満点に見せつけられた時と同じような、「とにかくスゴイね〜」という感じ。

吉田鋼太郎さんや蒼井優さんの演技、立ち居振る舞いなどにももちろん感銘を受けたのですが…

物語がどうとか、演技がどうとか言う以前に、なにしろ「スゴイ」という部分にまず圧倒されてしまって(^-^;)

そして… あの早口の長セリフは、相当耳がよくないと、あるいは、その物語にある程度親しんでいないと、聞き取れないです、実際。

それでいて、1部も2部も2時間近くあるという長い長〜いお芝居なのだから… 観る側にも相当の覚悟と体力が必要ですネ、蜷川シェイクスピア


さてさて。

実は明後日の3/11にも、またまたここへ足を運ぶことになりました。

先日の録音のお仕事から不思議なつながりがあって、蜷川さん演出の「身毒丸 復活」を幸運にも、観られることになったのです〜★

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以前からずっと気になっていたこのお芝居、特に白石加代子さんの演技を生で観てみたい、と思っていたので本当に嬉しい。

で、「オセロー」の時の反省をふまえ、ある程度の予備知識を入れておこうと思って調べてみました。

以下、その内容なのでこれから観る方、むしろ予備知識なく臨みたいという方はご注意くださいませ…


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身毒丸 ストーリー


夕暮れの街角を母親の写真を眺めながら彷徨っている少年に、「涙がとめどなく流れて止まらない」と彼の運命を嘆く歌が重なる。

中世のその昔、そのような語り口調と共に、社会からはみ出した乞食が、街角に立って口から耳へと伝えた物語があった。そしてこのドラマの主人公しんとくは、その時代の文字を持たない大衆が愛した悲劇のヒーロを現代に蘇らせたものなのだ。


仮面の行商の男と、少年の家の小間使いがかつて芝居小屋のあった場所で、食い詰めた旅芸人の一座が、「母のない子に母親をおわけします」という売り文句で娘たちを売りに出しているという噂話をしている。

そこへ少年の父親が、母親を買い求めにくる。定まった家を持たない女なら大抵のことは我慢して居つこうとするだろうというのが彼の考えである。少年は自分にとって母親はたった一人で、他の母親などいらないと拒絶する。

しかし彼は、父親が買い求めた長い黒髪の女に、思わず心を奪われ、その心のときめきが歌で歌われる。そして女は、自分を社会からはみ出した仇花、撫子であると名乗る。


家、夫、子供、社会の最下層を生きてきた女は長年あこがれ続けたその全てを一度に手に入れた。そして家の中では理想の家族が食卓を挟んで演じられる。

しかし女はそれが幻想だったことにたちまち気付かされてしまう。

自分を買い求めた男は、あくまで母として買ったので、妻ではないと冷たく言い、子供は頑なに心を開かない。そして自分の息子として育ててきたせんさくも実は母親を演じるために拾った子供である。乞食同然で旅廻りをしていた頃はまだ自由があった。しかし今は母という役を演じている人形に過ぎない。そんな時、義理の息子のしんとくの大人になろうとしている肉体が目にはいる。

家では父親の提案で、理想的な家族を演じる儀式として、家族あわせのゲームが行われるが、しんとくはその嘘に耐えられなくなって家を飛び出し、撫子は追いかける。


しんとくの中では否応なくその女の存在が大きくなっていく。しかしそうなればそうなるほど、彼は死んだ母のイメージにしがみつく。そして彼は、女の髪の毛を食べるという、髪切虫を挑発的に女に示し、女に罵詈雑言を浴びせる。女は心を開かないしんとくの尻を泣きながら叩く。


継母に理不尽に折檻されたと思い込んだしんとくは、仮面売りに出会う。そして彼は、自分の産みの母に会いたいと訴える。する仮面売りは不思議な穴を取り出す。その穴を地面に置くと死者たちがいる地下の世界にたどり着くことが出来る。彼はその穴を仮面売りから借り受け、地下の世界へと入っていく。


地下の世界では極楽浄土を願う歌が歌われ、死者の車が行き交い、行く方不明の自分の子供を探し求める母親たちが徘徊している。そして彼は、火事の中を危険を顧みず自分を助け、代わりに焼け死んでしまった仏の母親に会いたいと一心に願う。そこへ彼の母親に扮した継母が現われ、たちまちにそこは地獄へと変じ、彼を翻弄する。しんとくは彼の守り神である髪切虫を呼ぶ。それと共に彼の悪夢は終わる。


それから2年の年月が経つ。 あれから何一つ変っていない。女は家を手にいれたと思ったのは単なる錯覚で、自分は家の置物として買われただけである。形だけの妻、形だけの母、その中で山のような仕事に追われる日々。ある日彼女は、死者たちの写真を磨いていると、しんとくの母親の写真が消えてしまう。しんとくはそれを見て激怒し、彼女を殴りつける。 そんなしんとくを父親は、撫子の前で、激しく叱責し、あるべき家の形を教え諭す。決して受け入れることが出来ない、継母と義理の息子。しかし心の中では二人は男と女として激しく求め合っている。イメージの中では二人は抱き合い求め合うが、現実のしんとくは全てを拒絶して家を飛び出す。


母親として拒絶され、女としても受け入れられない。しかし彼に見つめられると、心がかきたてられいても立ってもいられない。この地獄をどこかで終わらせないと彼女は破滅してしまう。そこで彼女は、彼に自分を見つめることが出来ないようにその目を見えなくする呪いをかける。彼の目がつぶれれば、自分は彼に見つめられることなく、見ることが出来る。彼女のその呪いが成功し、彼は盲目となり、いずことなく去っていく。


それからまた1年の月日が経つ。

撫子は静かに狂い始めている。彼女は自分を閉じ込めている家を壊し、その場所に芝居小屋を建てたいという心の願望を述べる。

その入れ替わりにしんとくが母の仮面を付け、母に化けて現われ、義理の弟を破滅させる。


子供たちはいなくなり、家の秩序は壊れてしまったと嘆く父親が現われる。そこへ家の権威の象徴であるハンコが現われ、失墜してしまった父親の権威をあざ笑い翻弄する。


二人を縛りつけていた家は崩壊し、狂った継母と放浪の果てに戻ってきた盲目の義理の息子は初めて男と女として向き合い、やっとお互いを受け入れる。そして二人は社会に一生属さない忘れられた流民として生きていく覚悟をする。

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言挙げ とは  http://www.weblio.jp/

★1.神をないがしろにする言葉を発して、神の怒りをかう。


『あいごの若』(説経)3段目  愛護の若を長谷の観音から授かった折、「この子が三歳になれば父か母の命を取る」とのお告げがあったが、若が十三歳になるまで何事もなかった。母は「神仏も偽りを言う。人々も偽りを言って世を渡れ」と家人らに語る。観音はこれを聞き、母の命を取る。


『しんとく丸』(説経)  しんとく丸は、父母どちらかに命の危険があるとの条件で、清水の観音から授かった子であるが、しんとく丸が十三歳になるまで、父母ともに無事であった。母は「仏でさえ嘘を言う。人々も嘘を言え」と家人らに語る。観音はこれを聞き、母の命を取る。

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日本に昔から伝わる説話が元になったお話なんですね。歌舞伎の演目にも同じお話を題材にしたものがあるそうです。

うーん… これは… 本当に楽しみになってきた★