2012年01月15日
時代遅れの組織構造と労働契約、そして2015年からの働き方。
社会について思うこと | |
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日本の小中高等学校の教育というのは、基本的に自分の頭で考えずに言われたことをひたすらこなせる人が評価されるように設計されていると思う。戦後の教育改革がなされた時代において、国のために必要な人材はまさにそういう人たちだった。
3.11以後被災地にボランティアに行ってみた人はわかると思うけれど、復興するときというのはとにかく膨大な単純労働が発生する。ひたすら物資を集め、運び、整理し、配り、土砂をかき分け、運び、捨てるだけの仕事が大量にある。戦後も似たような状況だったろう。そういう現場では自分の頭で考える人はほとんど必要ない。必要なのは、指示に従って正確に素早く作業をこなせる人だ。
高度経済成長期を支えたのも、自分の頭で考えずにひたすら言われたことを確実にこなす教育を受けた人たちだった。工場でひたすら人が機械を作る製造業が日本を支えた。しかし工場が機械化され、日本の産業のうち知識労働の割合が増えてくると、だんだん自分の頭で考えない人が困る時代になっていく。この話自体は別に目新しいものじゃない。四半世紀前に外山滋比古先生が『思考の整理学』においてグライダー人間と飛行機人間という比喩で看破していたことだ。
自分の頭で考える人と、考えない人のギャップを埋める必要はない
しかし、今の時代においてもそのギャップを埋める必要はない。言われたことをひたすら確実にこなす人材は依然として膨大に必要だからだ。それはこれからも変わらない。ただ、そういう人たちの待遇は確実に悪くなっていく時代になっている。
それはなぜか?
誰でもできる仕事は機械に取って代わられるか、より安い労働力を提供する人が持っていくから、というのは誰でも思いつく答えだと思う。
しかしそれだけではない。労働契約という契約形態と、既存の組織構造自体が非常に非効率なものになってしまったからだ。
労働契約というスタイルはなぜ時代遅れになったか?
労働契約とは、使用者の指揮命令に従い、労働力を提供する代わりに賃金を得るという契約類型だ。自動的に仕事をしてくれる機械がない、または機械を動かすために人手が必要な分野では労働契約の効率は良かったし、今でもまだ一部の産業では通用する。国にとっても税金は取りやすいし、使用者に様々な義務を課すことで国民の多くの保護を図ることができる便利な代物だ。しかし知識労働の割合が増えたという時代の変化と国による労働契約に伴う負担の増加によって、効率の悪いシステムとなってしまった。
会社にとって労働契約を締結するという行為は、博打の要素を排除できない。採用するとき、会社は採用する人が期待通りの仕事をしてくれるかわからないし、応募者も自分のやりたい仕事ができる職場かはわからない。双方何もわからない状態でいきなり強固な契約関係に入る。「たまたま」採用した人が期待通りか、それ以上の仕事をしてくれ、応募者としても楽しく働けたら勝ち、という博打だ。もともと分が悪い賭けなのに、これだけ変化が激しい今の時代にうまくいくわけがない。今までしていた仕事がいきなりなくなったり、激変することはよくある。そうなってもまだ会社も労働者もハッピーのままでいられる可能性は非常に低い。
既存の組織の非効率性
日本のほとんどの会社はピラミッド型であり、特定の事業を永続的に遂行するために組織されている。フラット型の組織も増えつつあるが、数は圧倒的に少ない。どちらの組織も、今の時代においては3つの点で効率が悪い。
1つは、上下関係が長期間固定化されることによる非効率性。
組織の上部層は取引先や顧客以外から評価されないから、自発的に勉強したり自省したりしない限り、加齢に伴って能力的に衰えていく。しかし上場企業でなければトップが首を切られることもないし、トップの給料が減らされることもない。無能なトップが事業の邪魔になっているのではないか?
2つ目は、事業に必要な能力しか評価されないという非効率性。
会社における人材は、会社の事業の遂行において役に立つ能力だけが評価される。裏をかえせば、会社の事業の遂行に関係のない能力は、どんな素晴らしい能力であっても評価されないということだ。それは非常にもったいないことではないか?
3つ目は、会社の枠が固定化されることによる非効率性。
会社というものをイメージするとき、ほとんどの会社員はどこまでが会社か、具体的には、会社がやってる事業はどこまでで、会社に所属している人は誰か、ということが明確に区別できる存在であることを前提としている。しかしそのような固定化された枠が、激しく変化する時代の流れに追いつくことを阻害しているのではないか?
時代遅れの組織構造と労働契約が崩壊する過渡期に発生したノマドやコワーキング
最近流行りのノマドやコワーキングという言葉は、労働契約の博打性・既存の会社の組織構造の非効率性が徐々に省みられ始めた結果生じたものだろう。おそらく2015年頃には労働契約の非効率性がもっと社会的に表面化し、組織と労働というそれぞれの概念の転換期がやってくると思う。
世の中に仕事は大量にある。しかしそれをこなすためには労働契約である必要はない。契約ではなく仕事をベースにした労働形態と組織形態を模索すべきだ。
今はまだ仕事ベースで安定的に収入を得る仕組みがない。自由を求めて個人事業主になったとしても、安定がなければ労働者よりも自由がなくなる。また、個人の力というのはたかが知れている。だからノマドやコワーキングというスタイルは今のまま維持することはできず、これからまた変化・発展していくだろうと思う。コワーキングスペースからビジネスが立ち上がっても、作った会社が既存の組織を踏襲したものであれば、また同じ非効率を繰り返すだけである。
ベーシックインカムと仕事ベースのシステム
ベーシックインカムという考え方は最低限の安定を保障し、結果として人間の自由を保障するという点で面白いとは思う。しかし大きな欠点はそれだけで生きていけるとほとんどの人間は堕落し、社会との関わりを絶ってしまうだろうということ。それは人間の可能性をむざむざ放棄することで、とてももったいない。
仕事ベースのシステムでは、誰でもできる仕事ほど単価が安く、特定のスキルや知識や能力を持った人しかできない仕事ほど単価が高い。また指揮命令関係はないから、誰もやりたがらない仕事ほど単価は上がる。需要と供給の一致する点が単価になるというシンプルな原理。ただ実現のハードルはかなり高い。仕事の単価をどうやって決めるか。成果をどのように定義するか。仕事はどうやって創りだすのか。誰が仕事を管理するのか。そもそも何を仕事と定義するのか。簡単なタスクも仕事になるのか。クリアーしなければならない課題はたくさんある。
枠から自由になった組織
組織というのは、何らかの目的を達成するために存在する。しかし組織の存続自体が目的化することが往々にしてある。
本来、民法上の法人というのは事業目的を達成すれば解散するものとされていた。
1 法人は、次に掲げる事由によって解散する。
(1)定款又は寄附行為で定めた解散事由の発生
(2)法人の目的である事業の成功又はその成功の不能
(3)破産手続開始の決定
(4)設立の許可の取消し
この規定はすでに削除されているが、組合の解散事由を定める民法682条でも、「組合は、その目的である事業の成功又はその成功の不能によって解散する」としている。どちらも今から100年以上前に定められた規定だ。
このような法人の本来的意義からすると、組織の枠を維持するために組織を存続させるということはそもそもおかしいということになる。そして、組織において枠があることは必要条件ではない。何らかの目的を達成するために必要であれば組織化し、目的に変化があれば枠の形を変え、ときには分裂し、目的を達成すれば解散するという目的志向の組織を考えるべき時が来ていると思う。
自分がやってみたいこと
いろんな専門分野を持った人たちが緩やかにつながり、プロジェクトを創りだす。それに付随して発生した仕事がRPGみたいにクエスト形式で仕事一覧になって、自分のやりたい仕事を早いもん勝ちでとって、達成したら報酬もらえるという仕事ベースのシステムを作ってみたい。
ベーシックインカムだけでは生きていけない程度の額を支給しつつ、労働契約に入らずに自分のやりたい仕事をやればそこそこの収入が手に入り、いろんな人が社会との関わりを保ちその人の持つ多面的な潜在能力を最大限発揮して生きていけるような組織インフラを作ってみたい。
2015年ころまでの目標です。
今年は2012年。明けましておめでとうございます。
(このエントリーは、@rashita2さんとのtwitterでのやり取りをベースに書いたものです。)
2011年01月09日
ファイナンシャルリテラシーを身につける方法
ぼくは去年からFP(ファイナンシャルプランナー)としても活動しているわけですが、仕事上いろんな人と会ってきて、「ファイナンシャルリテラシーを持っている人はほんとうに少ない」ということを実感しています。このエントリーではファイナンシャルリテラシーとは何か、そしてファイナンシャルリテラシーを身につけるにはどうしたらいいかについて書いてみようと思います。
ファイナンシャルリテラシーとは何か?
ファイナンシャルリテラシー(Financial Literacy)とは、直訳すると「お金に関して読み書きできる能力」です。より具体的に言うと、「お金に関して理解し、適切な決定と行動ができるようになるためのスキルと知識」でしょうか。
残念ながら、日本では普通に生活していてファイナンシャルリテラシーを身につけることはできません。なぜなら、お金の教育は義務教育の内容にも入っていないし、そもそも親や教師にファイナンシャルリテラシーがないからです。
40代以上の人たちにファイナンシャルリテラシーがない理由
日本は1990年頃まで、定期預金の金利が8%という国でした。80年代には郵貯の10年定期の利息が年利12%ということもありました。つい20年から30年ほど前の話です。*1
しかしバブル崩壊後のゼロ金利政策により、現在は0.1〜0.2%です。
現在40代以上の人が社会人になって給料をもらい始めたときは非常に金利が高い時代でしたから、「とりあえず銀行か郵便局に預けておくか」で十分でした。金利が10%であれば7年放置しておくだけで倍になる、そんな時代でした。
ですから、40代・50代・60代という、10代から30代までの子どもを持つ世代の人たちは、「銀行か郵便局にお金を預ける」という選択肢しか知りません。当然、子どもたちもそれ以外の選択肢を知らないことがほとんどです。日本では、お金の無知の連鎖がいまもなお、続いています。
さて、話を戻してファイナンシャルリテラシーとは何か、という点についてもう少し掘り下げてみようと思います。「お金の知識」というとすぐにFXやCFD、株式、投資信託といった個別の商品の知識に飛びついてしまいがちです。しかし、それらはあくまで各論。やはりまずは総論たる「お金の流れ」、特にストックとフローの関係について押さえるべきでしょう。
ファイナンシャルリテラシー総論〜ストックとフロー〜
まずはこの図を見てください。
別に損益計算書と貸借対照表という言葉は知らなくても大丈夫です。ちなみに、説明のために簡素化しているので正確な図でもありません。
損益計算書は、お金の出入り(フロー)を表します。例えばお給料をもらったら収入、クレジットカードの代金を支払ったら支出に記載されます。
一方貸借対照表は、ある時点で持っているもの(ストック)を表します。例えば銀行の預金残高は資産、住宅ローンは負債に入ります。
損益計算書と貸借対照表がどのような関係になっているかというと、資産が収入を生み、負債が支出を生むという関係です。
総論としてのファイナンシャルリテラシーは、以上の2点、すなわち損益計算書と貸借対照表の意味および両者の関係が分かっていれば十分です。
この2点についてわかっていれば、銀行預金というほとんど収入につながらない資産しか持っていないことのもったいなさ、資産と思っていた持ち家が実は支出を発生させるだけの負債にすぎないということがわかるでしょう。
ぼくはセミナーなどではさらにお金持ちと貧乏人の損益計算書&貸借対照表の違いといったものを紹介するのですが、ここでは割愛します。
ファイナンシャルリテラシーを身につけるためには?
資産から収入を生み出す好循環を作り出せることができれば、ファイナンシャルリテラシーが身についたと言えます。そのためには、まず損益計算書と貸借対照表の意味と両者の関係を理解すること、そして実際に収入を生み出す資産を手に入れるために投資することです。
「投資は胡散臭い」と思ってる人は結構多いように思います。でもそれは自分が知識を持たずに一方的に販売サイドから勧誘されるから胡散臭いと思ってるだけで、自分が知識を持って「この投資をやる」と決めてやれば、胡散臭いと思うことはないのではないでしょうか?
投資を胡散臭く思うのなら、まずは自分に投資すべきです。本を読んだり、セミナーに参加したり、人に話を聞いたり、ネットで調べたり。できることはたくさんあります。
参考書としては、やはり『金持ち父さん貧乏父さん』でしょうか。日本で出版されて10年が経ちますが、いまだにこれ以上わかりやすくファイナンシャルリテラシーについて書かれた本はないように思います。
おまけ:セルフファイナンシャルプランニングのための5ステップ
1.現状の家計を把握する(銀行口座・預金残高・自分名義の資産の把握・毎月の収支を把握)
2.ゴールを設定する(ex.60歳時点で1億円持っておく・毎年100万のキャシュフローを得る等)
3.具体的な商品について学ぶ
4.ゴールへのプランを立てて投資する
5.必要に応じて見直す
預金しているだけで何とかなっていた時代が終わった今、ファイナンシャルリテラシーを持って実際に投資することは、もはや一般教養であると考えるべきでしょう。
お金は、あくまで夢を実現するための手段にすぎません。お金が目的になることはあり得ません。あなたの夢のためにも、ファイナンシャルリテラシーを身につけることは必須であるとおもいます。
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vitz_rs24
確かにおっしゃるようにこれだけの定期預金金利なら、資産運用を真剣に考える必要ないかも〜って感じがしますね。
fly-higher
コメントありがとうございます。
しかも元本保証ですからねえ。いまどき元本保証で年利10%の投資と聞くと怪訝な顔をされるだけですが・・・
通りすがり
40代後半ですが、定期の金利は既に落ちてましたけどねえ。
まあ今みたいにコンマ以下じゃなかったけど。(最高でも3、4%くらいだったかな?)
その当時に「昔は良かった」って話を散々聞かされましたから。
2010年10月15日
あなたは、ターニングポイントの向こうの世界を見ていますか?
海外投資 | |
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こんな記事を見つけました。
恐ろしいのは円高でもデフレでもない | エコノMIX異論正論 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト: http://www.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2010/10/post-235.php
はてなでおなじみ池田信夫氏のコラムです。ぜひ一読いただければと思いますが、要約すると「今の円高は円に価値があるから買われているわけではなく一時的に逃避先となってバブルになっているだけ。国債が買われなくなって利率が上がり、それに引きずられて悪性インフレが発生すれば一斉に国債価格・株・円が暴落する」といったものです。
文中に外資系銀行のファンドマネージャーが「われわれは今みたいな金利で絶対にJGB(日本国債)を買いませんよ」と言っているところがありますが、日本国債の買い手は94%が日本の金融機関と個人であり、別に外資の方々に買ってもらわなくても今のところは何とかなって(しまって)います。しかし、日本の金融機関も国債を買わなくなったらどうなるか?
大雑把に言うと、国債が買われなくなれば、買ってもらえるように国債の利率が上がります。するとそれに連動して銀行の貸付金利も上がります。当然変動金利の住宅ローンの毎月の支払いは増えますし、企業も借り入れが苦しくなります。
このような状況下で、何かのきっかけで(たとえば戦争が起こって輸入品のコストが急騰)日本国内でインフレが発生すればどうなるか?
以上のようなストーリーは、ありえないものだと思いますか?
ところで、昨日ドル円は一時80円台を付け、15年ぶりの円高となりました。マスコミも猫も杓子も円高円高と言っています。
しかし気になるのは、「誰も円安に転換するときのことを言わない」ということです。
これは、1995年に79円台をつけたときのチャートです。
史上最安値をつけたあと、わずか5ヶ月で79円75銭から104円80銭と25円の円安ドル高。その後3年で147円71銭まで行きました。
少なくとも日本は過去に一度、円高から円安への急激な転換というものを経験しているわけです。
最近は誰も彼もが円高だ、日銀は無能だ、早く円高対策をしろ、と言っているわけですが、はたして円高から円安に転換したときのことを考えている人はどれくらいいるでしょうか?
1929年の世界恐慌の直前、ウォール街の靴磨きの少年が投資を薦めた事から不況に入る日は近いと予測し、暴落前に株式投資から手を引いた投資家がいたという有名なエピソードがあります。今はまさにこのような状態ではないのでしょうか?
国債価格ははたして本当に暴落するのか、いつ円高から円安に転換するのかといった先のことを予測することは不可能です。しかし過去と現在の材料から、どのようなことが起こりうるかを予測することは可能です。その予測に基づき、「どんなことがあっても対応できる状態を自ら作れること」が現在求められていることなのではないでしょうか。
円高の話で言えば、たとえば余裕資金だけでも今のうちに外貨に換えて海外に置いておき、国債の暴落と円安に転換したときに備えておく。余裕資金ですから基本的に何かがあったときしか必要ないので、仮にさらに円高が進んだとしても日本円に換えずにそのまま放置しておけばいい。すなわち、「円高になっても円安になっても困らない体制にしておく」ということです。
「リスク分散が重要」と言っている人は結構いますが、実際にそれを実行している人はあんまりいません。するとしてもパソコンのデータのバックアップくらいではないでしょうか。
データのみならず、生きていくため自分に関するいろんなことを自ら冗長化できる能力が必要となりつつある時代になっていると思います。
2010年08月02日
GIGAZINEが書くべきだった求人募集のエントリー
【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集しますを読みました。
GIGAZINE編集長の言うこと、つまりプライベートの時間を仕事のことを考えたり勉強したりする時間に使うというのは、いい仕事をして自分の能力を磨こうと考える人にとっては当然のことです。しかし、それを経営者が要求してはダメ。そのようなことができる人を採用し、そのような時間の使い方をしたくなるような環境を提供するのは経営者の仕事です。さらに、あのエントリーの書き方では今いるスタッフのモチベーションも大きく下げてしまうでしょう。
ただ、山崎編集長の文章から察するに、精神的に追い込まれていてただ現状を吐き出すしかなく、どんな文章であれば自分の望む人材が応募してきてくれるか、という点に配慮する余裕がないのではないかと思いました。
そこで、ただ批判するだけではなく、私の採用担当としての経験をもとに「GIGAZINEはどう書けばよかったか」という求人募集のエントリー例を書いてみようと思います。
【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します
2007年の秋以降、ことあるごとに人材を募集してきましたが、今回はさらにもう一段階上のレベルアップを目指し、これまでとはまったく違う視点と条件で人材を募集することにしました。
求人の詳細は以下から。
◆GIGAZINEとは何か?
編集長の山崎です。GIGAZINEは2010年4月1日に個人運営のニュースサイトとしてスタートしました。今年で10年目になります。「GIGAZINE」とは、「オンラインマガジンとしてギガバイト級のサイトという意味」で、ギガバイト級の「GIGA」と雑誌の「MAGAZINE」を組み合わせたものです。
実は、私自身は記事を書くのがあまり好きじゃありません。私の記事があまり長くないのはそのせいだったりします(笑)。しかし、「最新の情報をたくさんの人に知ってもらいたい!みんなのネットライフを少しでも楽しくしたい!」という思いから、とにかく毎日更新することを心がけてきました。「いつの間にか10年が経っていた」という印象です。*1
現在GIGAZINEの月間ページビューは2010年4月時点でRSSなど含めて約6155万、livedoorニュース(2009年9月時点では月間約1億3000万ページビュー)、Googleニュースにニュース配信中。*2
◆GIGAZINEが一緒に働きたい人たちの5つの人物像
いつの間にかたくさんの人たちに見てもらえるようになりましたが、まだ「GIGA」=月間10億ページビューには至っていません。そこでさらなる高みを目指すために、こんな人たちと一緒に働きたい、と思っています。
1.新しいものが好きで、常に目新しいものを探し続けている
2.新しいものを見つけたらとりあえず試さずにはいられない
3.自分の書いたものを人に読んでもらえるのが嬉しい
4.人とコラボレーションして仕事したい
5.いろんな分野の記事を書くことを通して、24時間ずっと自分を成長させたい
◆GIGAZINEで働く5つのメリット
GIGAZINEで働くと、こんなよいことがありますよ。
1.最新のガジェットや電気製品にさわることができる
2.最新のジャンクフードを経費で食べられる
3.自分の書いた記事が何千万という人に見てもらえる
4.今注目されている企業やイベントを見に行くことができる
5.ひとりでは決してできないことを、いろんなプロフェッショナルと一緒に実現できる
私と一緒に「GIGAZINE」を創りあげたい方、お待ちしています。
◆募集要項
以下略。ただし応相談ではなく条件ははっきり書くべき。
以上の求人募集の記事は1時間で書き上げました。求人募集記事に必要なネタはすべてネットから拾ってきたのですが、あまり情報がなかったので内容としては40点くらいでしょうか。実際に編集長や今のスタッフの方に取材をしたりさせてもらえればもうちょっと充実した内容になります。いや、やりませんがw
あれ、GIGAZINEさんって大阪なんですね。東京だと思ってました。8月は私はそれほど忙しくないので、採用のコンサルとかGIGAZINEさんいかがです?(笑)
求人募集の記事のポイント
私は、求人募集の記事は以下の3つのポイントを押さえるべきだと思っています。
1.その会社の理念がはっきり伝え、理念に共感してもらえるような書き方をすること
2.会社側から応募する人にどんなメリットを与えられるかを書くこと
3.応募する人が「この会社で働くのは私だ!」とイメージできるように具体的な人物像を書くこと
上述のエントリーは以上のポイントを意識して書いています。ただ、すべてのポイントについて情報が足りないので、想像で補っています。
このエントリーを書いてる途中に思ったのですが、GIGAZINEって究極的に何がしたいのかよくわからないのですね。別にそれは言語化できる必要はないんですが、イメージもよくわかりませんでした。だからありきたりな内容しか書けなかったですね。
編集長の山崎さんは、いまこそ「GIGAZINEとは何か?」という問いについて真剣に考え、従業員さんと対話するべきときなのではないかと思います。
GIGAZINEはいまや世界でも注目されるニュースサイトとなっています。私ももう長い間お世話になっているので、この逆境(という名のさらなる飛躍を遂げるためのチャンス)に負けずにこれからも頑張って欲しいですね。
w
>◆GIGAZINEが一緒に働きたい人たちの5つの人物像
具体性がねえなあ・・・編集長が求めるGIGAZINEじゃないと駄目って要素が反映されてない
1,2,4あたりは他のIT企業の求人に書いても違和感無いぐらいありきたり
w
そもそもGIGAZINEがそれほど特別な存在だと思ってるのがこの編集長ぐらいなもので、実際は大した個性の無いサイトだからな。
社員に対し与えられるものは乏しい、傍から見ても際立った特長もないのにやたら自分の特殊性をアピールし「俺が厳選してやる」とふんぞり返っているのは典型的な中小ブラック経営者の性格
an
応募者を広く募る意味ではこのぐらいの条件の方がいいですよね。
少人数なのですから、後は面接できちんと将来像など諸々を話しあえばいいことです。
しかし、この募集文はある種の釣りなのではないかと思うフシもあります。
募集要項に経緯を読んで思ったことを記載して提出する条件があります。
つまり、上のコメントのような読解力のない人物は不要で、表面的には極端さを持った原文の真意を読み取れるか篩に掛けているような気もします。
an
応募者を広く募る意味ではこのぐらいの条件の方がいいですよね。
少人数なのですから、後は面接できちんと将来像など諸々を話しあえばいいことです。
しかし、この募集文はある種の釣りなのではないかと思うフシもあります。
募集要項に経緯を読んで思ったことを記載して提出する条件があります。
つまり、上のコメントのような読解力のない人物は不要で、表面的には極端さを持った原文の真意を読み取れるか篩に掛けているような気もします。
shoallan02
GIGAZINEが実際どのような環境などかはわかりかねますが、
あのエントリーから見えるのは「モチベーション管理」が
あの規模とマッチしていないと見受けてしまいます。
インセンティブに大きく頼っているように見え、果たしてちゃんとスタッフの自主性を育てられているのか疑問に感じざるを得ません。
ライン作業の求人ならまだしも職柄も経営者も自主性あるスタッフを
求めている以上、古いモチベーション管理をしているなというのが
批判なされている方々の真意ではないでしょうか。
p
私はあのエントリの目的が2つあるように思えました。「新人募集」と「頑強に居座って辞めさせることが出来ない所謂使えない人」との決別です。文を読めば、GIGAZINEの中にも有能な社員がいて、有能な人と使えない人との差別化が出来ないで苦しんでいた様子がうかがえます。いきなり正社員にしたのが大きなミスだったのかなと思いました。
2010年07月21日
いい仕事をするための7つの心構え
1.やる必要のないことはやらないこと。
とにかく品質だけを追求するだけではアマチュアと同じ。
限られた時間の中で多数の顧客(組織の周りの人も含む)の要望に応える品質の仕事をするために、やる必要のないことはしないことが重要。
速く仕事をする秘訣は、速く手を動かすのではなく、する必要のないことをしないことだから。
する必要のないことをしないためには、仕事をする前に仕事が完成した状態とそこまでの道のりをイメージすること。
2.会議では意味のある発言をして会議の参加者に変化や気づきを与えられるようになること。
ただ会議に参加して参加者の意見に追従する発言をするだけでは、会議や打ち合わせに参加する意味がない。その人がしゃべっている時間は無駄な時間なのでむしろ参加すること自体有害といえる。
ただ黙っているのもダメ。黙っている人は存在する意味がないのでむしろいない方がいい。
必ず会議の前にその内容を把握しておき、提案・全然別の観点からの意見・改善案などを用意しておくこと。
3.残業せずに帰れるようになること。
残業は会社にとって害悪でしかない。「会社のために残業しているのに」などというのは勘違いも甚だしい。無駄な残業は自分の生産性を下げ、周りにも「残業してもいい」という悪影響を与え、さらに会社の資源も無駄遣いすることになる。
全ての仕事はタイムリミットを決め、定時の範囲内に全て終わらせるようにならないと、いつまでも仕事の生産性は上がらない。
もし常態的に残業をしているのなら、最低でも19時までにすべて終わらせられるようにならないといけない。
4.常に自分・周りの人・会社・取引先の改善点がないか考えること。
「人間は年を取ればその分成長する」と周りから考えられていることが多い。したがって、年を経るごとに成長していなければ、それは「後退している」とみなされる。
他の人や本から勉強をしない人間は、いつまでたってもやることも言うことも内容が変わらない。そのような人間は周りから「成長していない」とみなされる。
また、取引先といい仕事をするためには、常にその取引先の改善点をも考えて提案し続けることをしないと、他の業者との差別化を図れない。品質というのは目に見えない基準なので、必ずコスト削減の波に飲み込まれる。
相手から「この人以外とは仕事したくない」と思われることが必要。
5.仕事は人と共同してやること。1人でやろうとしないこと。
仕事を1人でやるのなら、組織で働く意味はない。個人事業であっても、完全に1人だけで仕事をすることはほとんどない。
仕事は結果的にうまくいけばそれでいい。1人で最初から最後までやる必要は全くない。1人が仕事を抱え込むと、トラブルが発生すれば周りが気づくまで悪化することになるし、「あいつは何をやっているのかわからない」と思われるようになる。
周りの人をよく見てどんな能力を持っているかを把握し、誰とどんなことをすればいいかをいつも考えること。
6.何かしたいのなら、先に「こいつには任せられる」という信頼を築くこと。
「仕事を任せてもらえない」と言う前に、「自分には仕事を任せられるほどの信頼があるか?」と自問すること。ほとんどの人は、任せてもできるかどうかわからない人に仕事を任せるということはしない。
まずは与えられた目の前の仕事を確実にこなして、仕事への信頼残高を増やすこと。
7.本や人から情報を収集して創造できる人間になること。
創造とは、無から有を作ることではない。すでにあるものとあるもの同士の間に新たな関係
を見出すこと。
常に本や人から学んで自分の中に新しい知識=創造の材料を取り込み、創造を自らに促せるようになること。
自戒を込めて。
2010年05月28日
非iPhoneユーザーによるiPad初日の感想。
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今日の夕方、予約していたiPadが届きました。練習がてらiPadで率直な感想を書いてみます。
正直なところ、ちょっと期待外れ。いや、正確には自分が想像していたほどの感動は得られなかったといったところでしょうか。いい意味でも悪い意味でもスマートフォンとパソコンの間にあるツールという印象です。
パソコンの画面をさわって動かせるのはなかなか楽しいです。もう触りすぎて指がいたいくらい。動作はかなり軽く、Googleマップなんかもパソコンより快適に動きます。WiーFi版でも位置情報取得できるのにはちょっとびっくり。
しかし重い。そしてちょっとでかすぎる。仰向けに寝転んで顔の上に落とそうもんならかなり痛い目にあいます。アメリカ人向けのサイズですね。日本人にはかなりしんどい大きさと重さのような気がします。
あと、箱から出してからが非アップルユーザーに不親切すぎです。何しろiTunesをパソコンにインストールしてユーザー登録しないと起動させることすら出来ないのです。つまりパソコンを持ってない人はiPadは使えないわけですね。結局iTunesのインストールしたりしてたら起動するまでに1時間以上かかりました。
ちなみに私はiTunesストアに登録してアカウント確認用のメールを送信し、メールボックスから確認用のアドレスをクリックしても認証されないというトラブルに頭を悩まされました。結局FirefoxではなくIEにアドレスを貼り付けてみたらうまくいきました。もし同じトラブルに遭遇した方にはご参考までに。
また、アプリを入れないとたいしたことは何もできないので、そこも初心者にはハードルが高いな、と思いました。「こんなことができるアプリがある」ということを知らないと、なかなかいいアプリをみつけることはできないからですね。
入力についてですが、これはちょっと慣れが必要です。日本語を入力した時に打ち間違いをしたときは、パソコンならマウスで間違えたところをクリックするか、カーソルキーでカーソルを移動するわけですが、iPadはカーソルキーがないので指でおさえないといけません。これがなかなか一発で決まらずに、何回か試行錯誤しないといけません。長押しするとズームになってちょっとカーソル移動しやすくなりますけど。あと、文章を上下に移動するのも大変です。キーボードにカーソルキーはほしいですね。
母親に使ってもらおうと思いましたが、どういいう反応するかなーたぶんあまりいい反応はしないんじゃないかなーと思いました。ただ、最初のハードルさえクリアーして、iPhoneOSの独特の操作方法に慣れることができれば、高齢者の方にとってはパソコンより遙かに取っつきやすいツールだと思います。
iPad初日の感想はこんな感じです。使いこなしていくにつれてまた印象が変わっていくと思うので、随時書いていこうと思います。
キーボードドックは欲しいなあ。慣れてないせいもあるけど画面の上でタイプするのはかなりミスが多いですね。キーボードはカーソルキーが付いてるので、これがあるだけでもかなり楽だと思います。
twitterクライアントは今のところTwitRockerLiteという無料のツールを使ってます。TweetDeckはバグが多くて、使い物にならないですね。
2010年05月10日
iPad予約完了!
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朝5時から1時間半かけて予約完了。アップルストアのサーバーが重すぎてなかなか次のページが開けませんでした。
今回買ったのはiPad16GB(Wi-Fi)、iPadケース、iPadドック、iPadカメラコネクションキットをそれぞれ2つずつ。117,478円也。
iPadは人類が初めてデジタルデータに手で「さわって」「動かす」ということを可能にするツールだと思っています。iPhoneは手で「動かす」ことを可能にしただけ。
まだiPadをいじったことはないのですが、たぶん身体感覚として「データにさわる」ということを体感させてくれるだろうと想像しています。おそらく今後パソコンの操作はこのマルチタッチ式のディスプレイ操作がデファクトスタンダードになるんじゃないでしょうか。
iPadでお客様に新しい価値、つまりデジタル写真の新たな楽しみ方を提案したいですね。
ちなみにWi-FiはCMR-250+イーモバイルです。このモバイルルータはドコモやソフトバンク、イーモバイル等のUSB型のデータカードに対応しているため、将来キャリアを変えたいと思ったときにも使えて便利だと思います。バッテリーひとつで大体3時間くらい持ちますが、汎用バッテリーなので替えのバッテリー(2個で3,080円)も合わせて購入されることをお勧めします。





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人間の能力なり労力を100%社会や組織のために還元させるべきという人間をマシーンのようにみなした考え方のような気がします。
そのようにマシーンのようなシステムにストレスなく対応して生きられる人は極少数派ではないでしょうか。
実社会には非効率性はいくらでもあり、それが個々人のストレス緩和源にもなっている。
非効率で良いというわけではないが、効率を追求しすぎてもまずい。大事なのは国民を食わしていく(ライバル会社や他国に対し優位を保てれば良い)という国民経済という考え方。
内田樹氏のブログエントリーを少し読んでみると良いかと思います。
(内田樹氏に100%賛成というわけではないですが、参考になると思います)
僕も雇用契約には限界があるとは思います。
いっそ業務委託契約に切り替えてもらうほうがスッキリすると思っています。
仕事ベースというのは、
http://www.freelancer.com/とhttp://echoes.to/you/がくっついたようなイメージでしょうか?
コメントありがとうございます。
このシステムを稼働するとすれば、業務委託契約になりますね。
freelancer.comは知っていたのですが、echoというサービスは知りませんでした。イメージはechoに近いですね。ただ、僕の仕事ベースという言葉のイメージはもっと流動的かつ開放的です。誰かにやってもらいたい仕事(というかタスク)のリストがあり、その中から時間がある人がやりたい仕事をやる、そしてその仕事をする人は組織の内外を問わない、といった感じでしょうか。究極的には、ですけれども。みんながやりたい仕事は逆オークション(より安い値段をつけた人がやる)、やりたくない仕事は期限に向けてだんだん値段が上がっていくといったシステムが実装できると面白いなあとかいろいろ考えております。
たとえそういう風に設計されていたとしても、人間ていうのはそんな風に簡単に洗脳されてしまうものだろうか。つまりそんな設計に影響されるのはそれなりの人物かと。
>、自分の頭で考えずにひたすら言われたことを確実にこなす教育を受けた人たちだった。
これもステレオタイプの典型、或いは、現場を見ない思い込み。戦後の成長を支えた製造業の現場では、それぞれの立場でそれぞれの個人がたとえどれ程に単純な繰り返し作業でも、それぞれに工夫して改善し、生き甲斐をもって働いてきた。現場を知らない。
>グライダー人間と飛行機人間という比喩で看破していたことだ。
そもそもグライダーが風に流されるだけだと考えるから原典の誤りも、引用の誤りも生じる。グライダーが、見えない風を読んで飛行する様は、動力機よりも遙かに知的で繊細で高度である事実を知らない。紋切りの典型。
>しかし、今の時代においてもそのギャップを埋める必要はない。言われたことをひたすら確実にこなす人材は依然として膨大に必要だからだ。それはこれからも変わらない。ただ、そういう人たちの待遇は確実に悪くなっていく時代になっている。
実は製造業に於いて、管理職や、知的業務に携わるのは、全体の20%程度に過ぎない。残りの80%は、一生平社員であり、単純労働者であり外形的には、言われたことを忠実に繰り返すことを求められているが、製造業の現場、それほど単純なものではない。傍目には単純に見える仕事でも、現場には無限のノウハウや、スキルの蓄積がある。その従業員のスキルやモラルをどう引き出し、企業の活性を高めていくかの検討なしに、「無能で無気力な単純工」等と見くびっていたら企業はあっという間に消えて無くなってしまう。それは嘗てこの国を支えた紡績工場でも、無塵衣でくるまれてする最先端の半導体工場でも同じことだ。そして、この多数の生涯平社員であるべき労働層を処遇する仕掛けとして、年功序列制があった。つまり、同一労働で、生涯働くために、その年齢(年功)二応じて賃金格差をつけて、生活に必要な賃金を支給することで、企業は、労務費の負担増ナシに、年齢構成が一定であれば、毎年賃金原資は変わらない効用を得た。単純工であることを理由に、賃金水準を下げればそれを搾取と言うべきだ。
>知識労働の割合が増えたという時代の変化と国による労働契約に伴う負担の増加によって、効率の悪いシステムとなってしまった。
知的労働は増えていないし、国民の能力も時代によって変化していない。およそ人間の能力は、どんな場合でも正規分布していて、優秀な20%と、凡庸な60%と、それよりしたの20%の階層によって構成されている。知的労働が増えたから、凡庸な階層は軽んじられるという発想は、80%の国民を軽んじることを意味する。とりあえずここまで。では。
>既存の組織の非効率性
ここでは、図らずも、あなたが、企業の実態に全く無知であることをさらしてしまった。三つの非効率は、実は実情を知らず、耳学問だけで知ったかのように書いた結果の的外れの主張だ。
>上下関係が長期間固定化されることによる非効率性。
何をもって上下関係が固定化されると考えるのか、それが何故非効率なのか。実は、上限関係が固定化されることで、安定が生まれる。或いは、これは、諦観を強いるものでもあるのだが、下のものにとって、自分の経歴に照らして、納得できるものであれば、上下関係の固定は受容できるものになり得る。
>
二つ目は、事業に必要な能力しか評価されないという非効率性。
現実は、評価は、むしろもっと情実的だ。仕事は出来ないが、良い奴ならそれなりに評価される。仕事が出来ても、いやな奴は、それなりの評価敷かされない。それが人情というものだ。つまり、事業に必要な能力しか評価されないというのは間違い。
>3つ目は、会社の枠が固定化されることによる非効率性。
これも間違い。凡そ、企業が熾烈な競争にさらされているとき、会社の枠が固定化されるなどと言うことがあれば、そんな企業は一瞬にして潰れてしまう。それだけのこと。
>世の中に仕事は大量にある。しかしそれをこなすためには労働契約である必要はない。
これもおかしい。本来、仕事は大量にあるのだから、一つの仕事に固執して労働契約を死守する責務も義務も、労使双方にない。単に、互いの利害が一致して、労働契約が成立しているだけだ。
>ベーシックインカムという考え方は最低限の安定を保障し、結果として人間の自由を保障するという点で面白いとは思う。しかし大きな欠点はそれだけで生きていけるとほとんどの人間は堕落し、社会との関わりを絶ってしまうだろうということ。それは人間の可能性をむざむざ放棄することで、とてももったいない。
これもずいぶんと変な論理だ。ベーシックインカムとは、生存に必要な収入と考えるなら、実は、年功序列制こそ、労働の質に関わらす、ベーシックインカムを担保するシステムになっている。本来、生涯平社員である大衆にとって、仕事に生き甲斐を見いだすか、私生活に楽しみを見いだすかは、全く個人の勝手な状況による。好きにすればいい。端からいろいろ言われることじゃない。
組織というのは、何らかの目的を達成するために存在する。しかし組織の存続自体が目的化することが往々にしてある。
組織が、組織の存在を目的にしなければ、組織の存在は消えてしまう。それは、組織に帰属する人間にとって何より困ったことだ。組織は存在して初めてその木手きをを達成しうる。まず、組織の存在が目的であることは、何よりの前提である。
>いろんな専門分野を持った人たちが緩やかにつながり、プロジェクトを創りだす。それに付随して発生した仕事がRPGみたいにクエスト形式で仕事一覧になって、自分のやりたい仕事を早いもん勝ちでとって、達成したら報酬もらえるという仕事ベースのシステムを作ってみたい。
お好きにどうぞ。でもね、それを普遍化することは出来ませんよ。
それは、単に、一つの特殊を表現しているに過ぎないのです。
というわけで、人はどんな組織に属そうとも、その環境の中で、自己実現を図って、自己の人生を意味あるものにしているのです。
決して失望することも、落胆することも、まして、非難することも、否定することもないのです。
私は、年功序列、終身雇用という原理をこの国が放棄してしまったことが、この国の最大の失敗であったとか案が得ています。
国の、指導的立場にある選ばれた人々は、それが、経営者であれ、政治家であれ、この国の国民を飼養する義務を有するのです。それが、ノブレスオブリッヂなのです。それを、社会的知性と表現することも出来ます。そうやって、社会の安寧を構築しなければ、国は乱れ、衰退するのです。
どうです。理想を語って、天下国家の安寧を祈りませんか。安っぽい効率論など願い下げです。では。
コメントありがとうございます。
誤読から生じた誤解があるようですので、日本語的に意味が不明、または反論になっていない点はスルーし、必要なところだけコメントしますね。
> これもステレオタイプの典型、或いは、現場を見ない思い込み。戦後の成長を支えた製造業の現場では、それぞれの立場でそれぞれの個人がたとえどれ程に単純な繰り返し作業でも、それぞれに工夫して改善し、生き甲斐をもって働いてきた。現場を知らない。
そもそも本エントリーではすべての労働契約が非効率であるとは述べていません。
>>「労働契約とは、使用者の指揮命令に従い、労働力を提供する代わりに賃金を得るという契約類型だ。自動的に仕事をしてくれる機械がない、または機械を動かすために人手が必要な分野では労働契約の効率は良かったし、今でもまだ一部の産業では通用する。」
以上の文章において、労働契約が通用する分野が存在することは認めています。そして、製造業はまさに労働契約が通用する分野です。
というわけで、製造業を例に引いた主張はすべて誤読に基づくものであり、反論の基礎を欠いています。
>何をもって上下関係が固定化されると考えるのか、それが何故非効率なのか。
入社した時期の早さで決まった先輩後輩という枠が逆転することは、基本的にはありません。また、中小企業であればあるほど、社長が交代することはほとんどないため、社長とそれ以外の人の上下関係が変わることはほとんどありません。
この上下関係の固定化により、上の者が下の者に無理を強いるということは多々あります。労基法違反の事態が生じている場合はほとんどすべてそうでしょう。
本稿では「効率」という言葉の中身は、長くなるために敢えて書いていませんが、例えば労基法違反の長時間労働により生じる消費の低下・家庭内不和・過労による体調不良・自殺等の事態を非効率と考えています。
>現実は、評価は、むしろもっと情実的だ。仕事は出来ないが、良い奴ならそれなりに評価される
「事業に必要な能力しか評価されない」というのは、たとえばプログラミングスキルを持っている人でも営業部門では(営業に役立つプログラムを作ったりしない限り)ほとんど評価されない、といったことです。どのように評価するかの問題ではありません。
>これもずいぶんと変な論理だ。ベーシックインカムとは、生存に必要な収入と考えるなら、実は、年功序列制こそ、労働の質に関わらす、ベーシックインカムを担保するシステムになっている。
一般的に通用しているベーシックインカムという概念を知らないことが伺えますので、調べてみてください。労働しなくても「無条件で」支給するものです。
> 組織が、組織の存在を目的にしなければ、組織の存在は消えてしまう。それは、組織に帰属する人間にとって何より困ったことだ。
ひとつの組織だけに所属する人間は、組織が消えれば困るでしょう。本稿では明示はしていませんが、組織が柔軟に発生・変化・消滅することの前提として、1人の人間が複数の組織に所属することを想定しています。
> というわけで、人はどんな組織に属そうとも、その環境の中で、自己実現を図って、自己の人生を意味あるものにしているのです。
その環境の選択肢がほとんど労働契約しかないために、多様な自己実現の道が閉ざされている、というのが本稿の問題意識のひとつです。
>私は、年功序列、終身雇用という原理をこの国が放棄してしまったことが、この国の最大の失敗であったとか案が得ています。
国は年功序列・終身雇用を放棄していません。むしろ継続させようとしています。年金支給開始年齢である65歳までの雇用義務付けや、一定の期間雇用後の正社員登用義務付けなどは最たるものでしょう。年功序列・終身雇用が維持できなくなったのは、まさに時代の流れです。時代の流れに反して現状を維持することは、決して天下国家の安寧には繋がらないでしょう。
コメントすべきことは以上です。
さて、私からの質問です。
>そもそも本エントリーではすべての労働契約が非効率であるとは述べていません。
>>「労働契約とは、使用者の指揮命令に従い、労働力を提供する代わりに賃金を得るという契約類型だ。自動的に仕事をしてくれる機械がない、または機械を動かすために人手が必要な分野では労働契約の効率は良かったし、今でもまだ一部の産業では通用する。」
以上の文章において、労働契約が通用する分野が存在することは認めています。そして、製造業はまさに労働契約が通用する分野です。
おっとと。ですね。製造業においては、労働契約は、非効率ではないと述べておられるのですか?
ではあなたはどんな分野について労働契約の非効率を述べておられるのでしょう。製造業を除いて労働契約を論ずることにどんな意味があるのでしょう。不思議ですね。理解できません。
>入社した時期の早さで決まった先輩後輩という枠が逆転することは、基本的にはありません。
これは如何なる状況を想定しておられるのですか?かなり若い段階で、私の部下はすべて私より年上でしたが。
更に、
>この上下関係の固定化により、上の者が下の者に無理を強いるということは多々あります。労基法違反の事態が生じている場合はほとんどすべてそうでしょう。
上下関係の固定化が原因で、労基法違反が発生するという普遍的事例を寡聞にして聞いたことがありません。上下関係と、労基法違反を結びつける如何なる法則が存在するのでしょうか。
>「事業に必要な能力しか評価されない」というのは、たとえばプログラミングスキルを持っている人でも営業部門では(営業に役立つプログラムを作ったりしない限り)ほとんど評価されない、といったことです。どのように評価するかの問題ではありません。
そんなことはありませんよ。営業に役立つプログラムなど作らなくとも、企業で立派な実績がある人材は営業からも、経理からも、人事からも尊敬され信頼されますよ。プログラマーに、営業のスキルを求めるなどと言うことは本来あり得ないのですから、評価そのものが成立しませんね。
>一般的に通用しているベーシックインカムという概念を知らないことが伺えますので、調べてみてください。労働しなくても「無条件で」支給するものです。
あはっはは。つまり国からお金をもらって、労働契約もせず、好き勝手に自由気ままにいきたいと?
もう一度お伺いしますが、「時代遅れの組織構造と労働契約が崩壊する過渡期」にある業態とは、どんな業種の如何なる状況をさしているのでしょう。製造業ではないですよね。
ではあなたはどんな分野について労働契約の非効率を述べておられるのでしょう。製造業を除いて労働契約を論ずることにどんな意味があるのでしょう。不思議ですね。理解できません。
本稿で対象としているのは「自動的に仕事をしてくれる機械がない、または機械を動かすために人手が必要な分野」以外、すなわちそもそも仕事を機械が代わりにする、ということが想定されていない業種です。プログラミングやコンサルティングなどの知識労働系はまさに典型例でしょうし、サービス業も大半はそうでしょう。
ちなみに日本の就労人口における製造業の従事者がどれくらいの割合いるかご存知ですか?6分の1程度です。この程度の就労人口を除くことはそれほど不思議ではないし、理解できないというほどのものではないでしょうね。
> これは如何なる状況を想定しておられるのですか?かなり若い段階で、私の部下はすべて私より年上でしたが。
年齢ではなく入社した時期の話です。
NTTコミュニケーションズの例などは、決してこの会社のみの話ではないでしょう。
http://sarasaatenoban.blogspot.com/2011/12/ntt.html
> 上下関係の固定化が原因で、労基法違反が発生するという普遍的事例を寡聞にして聞いたことがありません。上下関係と、労基法違反を結びつける如何なる法則が存在するのでしょうか。
労基法違反の事態が生じるのは、経営者が労基法を守っていないからです。そして労基署が労基署違反の事態を知るのは、労基法の遵守を経営者に直訴しても受け入れられなかった労働者が告発するからです。なぜ労働者の直訴が受け入れられないかといえば、経営者が上で労働者が下だからですよね?
むしろ上下関係と関係なく労基法違反の事態が生じるということはあり得るのでしょうか?
>プログラマーに、営業のスキルを求めるなどと言うことは本来あり得ないのですから、評価そのものが成立しませんね。
これこそが本稿で述べている既存の組織の非効率性のうち、2つ目のものです。「本来あり得ない」という考え方そのものが人材資源の無駄を生じさせている、という主張です。
>あはっはは。つまり国からお金をもらって、労働契約もせず、好き勝手に自由気ままにいきたいと?
そうです。それこそがベーシックインカムの意義ですから。私見としては、ベーシックインカムは国家ではなく民間でやるべきと考えていますが。
ずいぶん製造業での仕事のご経験がおありのようですが、製造業での常識を疑う、製造業の常識が通用しない世界がある、または自分とは異なった価値観が存在する、といった姿勢をお持ちになるとよろしいかと思います。
>ちなみに日本の就労人口における製造業の従事者がどれくらいの割合いるかご存知ですか?6分の1程度です。この程度の就労人口を除くことはそれほど不思議ではないし、理解できないというほどのものではないでしょうね。
六分の一というのは、1000万人です。しかも、サービス業の大半も、労働契約に基づいて就労しています。どこを見たら、労働契約から除外される業態があるのでしょう。不思議ですね。
もう多くを語る必要はありません。労働の原理は契約によってもたらされることが、時代の如何に関わらぬ原理なのです。
問題はあなたの指摘した、「しかし、今の時代においてもそのギャップを埋める必要はない。言われたことをひたすら確実にこなす人材は依然として膨大に必要だからだ。それはこれからも変わらない。ただ、そういう人たちの待遇は確実に悪くなっていく時代になっている。」という指摘です。
そうやって、単純労働者が切り捨てられています。その例が派遣であり、非正規労働者であり、介護従事者なのです。
残念ながら、社会の構造として、管理的、指導的、或いは、知的、高級技能適職に就けるのは、その構成員の上位40%ほどの階層だけです。残りの60%は、生涯平社員、プレーンワーカーなのです。それは製造業サービス業、農水産業にかかわらず同じことです。それを切り捨てることは間違いです。或いは、貧富の格差を拡大し、より暗い社会をしかもたらしません。昔、自己責任だとわめいていた派遣の経営者がいましたね。
>そうです。それこそがベーシックインカムの意義ですから。私見としては、ベーシックインカムは国家ではなく民間でやるべきと考えていますが。
だからね、それを民間でやっていたのが、終身雇用、年功序列制なのです。
つまり生存に必要な賃金を必要なときに与える制度です。これによれば、若年者は、その能力、貢献の如何に関わらず賃金を低く抑え、生活費のより多く必要とする中高年者は多少業績が落ちてきても、、必要な賃金を払う。そのことによって、実は結果として、社会的には、民間企業が、ベーシックインカムを就業によって確保してきたのです。
それからもう一つ付け加えておきましょう。労働契約によらない、請負契約は、既に戦前からあります。炭鉱や造船所などで行われていましたね。仲間がグループを作って、代表者の決めて 「何に組」などと言っていました。念のため。では。
そもそも労働契約という前提を疑い、働き方の再構成すべきではないかという主張をしているところに、なぜまた労働契約を持ち込むのでしょうか。牽強付会との誹りを受けても仕方ないでしょうね。まともに議論しようという姿勢が見えません。
>そうやって、単純労働者が切り捨てられています。その例が派遣であり、非正規労働者であり、介護従事者なのです。
そういう切り捨てられようとしている人でも、生きていける最低限の生活を保障しようという考え方がベーシックインカムです。そもそもそういう人たちを切り捨てるという主張は全くしていません。むしろ、既存の労働契約と組織構造では個々人の持つ能力を最大限発揮できるようにはなっていないという非効率性があるから、そういう人たちが日の目を見る=自分の多面的な能力を発揮できる社会をつくろう、というのが本稿のメインの主張です。
主張の内容を理解しようとせず、誤読した上で自分の主張したいことだけを主張するのはやめていただきたいですね。
>だからね、それを民間でやっていたのが、終身雇用、年功序列制なのです。
つまり生存に必要な賃金を必要なときに与える制度です。これによれば、若年者は、その能力、貢献の如何に関わらず賃金を低く抑え、生活費のより多く必要とする中高年者は多少業績が落ちてきても、、必要な賃金を払う。そのことによって、実は結果として、社会的には、民間企業が、ベーシックインカムを就業によって確保してきたのです。
過去はそれがうまくいってきましたね。しかし、今はもうその機能を企業が果たせなくなってきています。あなたは企業が永遠に持続するということを暗黙の前提としていませんか?そんなはずはないでしょう。今の時代でもなお終身雇用、年功序列を維持することを強制すれば、バンバン企業が倒産して高年齢で路頭に迷う人が増えるだけです。
あなたはそのような社会をお望みですか?
時代の流れに反する存在は、必ず消えていきます。過去の成功体験にすがっていると、即死する時代になっているのです。
過去の遺物を早く捨て、現実を見るべきですね。
最後に二つだけ、書いておきます。
一つは、前にも書きましたが、常にどんな時代にも、どれ程に世の中が変わっても、40%の上位のしめる国民と、60%の凡庸な国民の生活の生活を如何にする命題からは逃れられないという点です。あなたが最初に書き出した、「しかし、今の時代においてもそのギャップを埋める必要はない。言われたことをひたすら確実にこなす人材は依然として膨大に必要だからだ。それはこれからも変わらない。ただ、そういう人たちの待遇は確実に悪くなっていく時代になっている。」という冷血を断じて認めるわけにはいきません。そこに、あなたの出発点の誤りがあります。
二つ目に、「今の時代でもなお終身雇用、年功序列を維持することを強制すれば、バンバン企業が倒産して高年齢で路頭に迷う人が増えるだけです。」という間違いです。いや、これは、あなただけの間違いではないのですが、ね。
実は年功序列、終身雇用は、民間企業が、ベーシックインカムを保証するシステムだと書きました。その根拠は、上に述べた、生涯平社員で、特段のスキルも、習熟も、熟練もいらず、平凡で単純な繰り返しを生涯続けるような人材を、社会の中でどう処遇していくか、という問題の解決策として年功序列、終身雇用が編み出されたと考えることが出来るからです。
そして、多くの識者も誤解しているのですが、ここで言う終身雇用とは、一人の人間を一つの企業で、終身雇用し続ける義務を課しているのではないと考えることが出来ることです。あなたの言う、「バンバン企業が倒産して恒例で路頭に迷う人が増えるだけ」という誤りもここから生まれます。
考えてみてください。企業が一人の人間を雇って、生涯を面倒見る労働契約なんて出来ませんね。また、終身雇用だから、終身馘に出来ないなどと決めつけるのも実は無理な要求というものです。終身雇用には、前提があります。暗黙の了解事項でもあるのですが、つまり、被雇用者が、解雇に相当するような重大な過失が無く、雇用者側に、雇用を継続することを否定する理由がなければ、雇用を継続しますという前提です。重大な就業規則違反や、社会的犯罪は、当然それだけで解雇の理由になるでしょう。企業が、経営を継続できない状況が出てくれば、当然契約を継続なるのです。そもそも、終身雇用契約という契約は存在しないのです。
それは、社会的契約なのです。だから、次の論点が生まれます。
年功序列は、民間の規定するベーシックインカムだと書きました。つまり、どこの、どんな企業も、同質の労働力をを雇用するときに同じ賃金カーブを用いていたらどうでしょう。ある企業が倒産して、解雇する。老いも若いも一蓮托生です。そんなときに、どうですか、どんな企業も、同じ年齢なら同じ賃金としたときに、倒産した企業の労働者は、後顧の憂えなく新しい企業に転職できるのです。どうです。ここに、流動性が生まれますね。製造に限らず、どんな企業でも、業種でも、同じように、そこそこに同じような賃金カーブを構築して、若年者と、高齢者の構成比もにたようなものになるならそういう社会が構築できるでしょう。
我が国の、終身雇用、年功序列制は、まさにその理想を実現した仕掛けだったのです。
それを壊したのは、同一労働同一賃金という若者に対する煽動を梃子にした抜け駆け企業の出現です。学者もあほでしたがね。アメリカの言いなりになってしまった。もっとも、アメリカのそれを仕掛けたのは、終身雇用、年功序列という体系が、この国の経済基盤を強固にしている元凶だと考えたからです。
そうやってアメリカは、この国の成熟した社会的知性、社会契約を破壊することに成功しました。そしてあなた方のような世代が出現してきたのです。
この国は間違いなく弱肉強食の二極化に向かうでしょう。少数の富裕な勝者と、貧しい多数の敗者です。社会は腐敗し、権力者は、強欲に強権をふるい、小役人は無慈悲に市民をいじめ、民主主義が崩壊してゆきます。社会的知性無き民主主義は存在し得ないからです。
そうやって、崩壊と衰退は茹でガエルのように始まっていきます。ま、私の世代ではありませんがね。どうぞ、ベーシックインカムで、のほほんとする生活を夢見てください。では。