河童の本(河童のはなし 其の五)

秋場所も始まり、前回の日記からずいぶん日が経ってしまいました。
さてさて、読書の秋ですね!
誰に頼まれたわけでもありませぬが、河童に関係するお気に入りの本をご紹介しますね。


まずは、中島敦の『わが西遊記』。
これは『悟浄出世』と『悟浄歎異』の二編から成っていて、さらに続きが書かれるはずでしたが未完のままの作品です。
両方とも、『西遊記』の中では地味ィ〜な脇役の沙悟浄が主役です。日本では河童キャラですが、『西遊記』の原作では河童とは書かれていません。三蔵の弟子になるまで流砂河という大きな河の底に棲み、通りかかる人を喰っていた黒くて陰気な顔の妖怪です。


そんな悟浄が三蔵に出会う以前の物語、『悟浄出世』。
水底で彼は悩んでいます。
『自己とは・・?真理とは・・?』
いつの頃からか、果てしない疑問に取り付かれた沙悟浄は、一念発起して河底のあらゆる妖怪哲学者に会いに行きます。
しかし、出会う賢人達からは、求めているものとは微妙にずれた答えしか返って来ず、ストレスは溜るばかり。
諦めかけていたとき、夢に観音様が現れ、近いうちに三蔵一行が河を通るので弟子になって同行するように言われます。
身の程を知らずな疑問を持たず、ただ、居るべき場所で、すべきことに打ち込めと。
その旅の中に答えがあるのかもしれない。と悟浄は予感しますが、さて・・・。

沙悟浄が悶々と悩む姿はちょっと滑稽ですが、自分の仕事とか生き方の方向にふと疑問を持ってしまう瞬間って、誰にでもあります。そんな時は、悟浄と同じように道に迷ってしまったような気持ちになるし、家族や友人に意見を求めても、完璧にしっくりくる答えが返って来るとは限りません。結局は、考えていても仕方ないや、とりあえず前に進もうって思うのです。気持ち分かるよ〜、悟浄!


そして続編の『悟浄歎異』。
観音様のお告げ通りに三蔵一行と旅に出た沙悟浄は、兄弟子の孫悟空の圧倒的な純粋さに感嘆します。
日の出の美しさに毎朝感動し、松の種の発芽にも目を見張る無邪気さを持つ一方で、戦いの場では全身に力をほとばしらせ躍動する強靭な悟空。考える以前にすでに体が動いているような判断力と実行力。


次に悟浄は、師匠である三蔵法師に、悟空とは全く違う強さを感じます。
人間である故にあまりにも弱い肉体をもつ師匠。しかしこの方は、困難にぶつかった時、切り抜ける道を外側に求めることなく、内側の自分の心をそれに耐え得るように構えることができる。たとえ悟空ほどの天才が切り抜けられない事態でも、師匠の精神にとってはさほど苦ではないのだ。


さらに、尽きない食欲に女好き、何かあるとすぐに『解散しよーぜ』と言う、原作を読んでいても時々ハラが立ってしまう猪八戒についても、悟浄は、彼の嗅覚・味覚・触覚のすべてを動員して、この世の楽しみを味わい尽くそうとする、その貪欲さと執着に驚嘆し、感心します。


そして思います。
彼らに比べてこの俺はどうだ。行動せずに見ているだけ。だから、ボロを出さないのだ。こんなことでは何も学べやしない。
ただの観測者でなく、もっと身をもって体験して学ばなければならないのだ・・・


中島敦は、34歳で夭折した作家ですが、素晴らしい作品をたくさん残しています。
女学校の国語教師をしていたそうで、トンちゃん先生と呼ばれていたとか(カワイイ)。
その後、パラオ南洋庁国語編修書記としてパラオ諸島に赴任し、その時の取材をもとに書かれた短編や滞在日記があるのですが、どれも南国の強くて眩しい光に満ちています。


そしてもう一つは、漫画ですが、水木しげる河童の三平』。水木さんの作品の中で一番好きな漫画です。
1970年に描かれたこの長編漫画は、三平という男の子と、三平にそっくりな河童の子のお話です。
人間界に留学した河童の子は、泳げない三平の代わりに村の水泳大会に出場して、いきなり世界記録を出してしまいます。今度は自分で県大会に出ることになった三平は、河童に“肛門から出るガスの噴射によって爆発的に推進する”という必殺技を伝授され・・・
この漫画、電車の中で読むのはかなり難しいです。面白すぎて、絶対笑ってしまうから。
サブキャラで登場する狸がめちゃくちゃカワイイです!


水木さんの漫画は、たくさんの自然の風景が出てきます。
それらは、木々や土や、懐かしい古い家の匂いがしてくるような、とても静かな風景なのです。
読んでいると、自分の心の中も静かになってきて、気がつくと、山にでも登ってきたような、顔を洗ってコンタクトをはめ直してきたような、妙にスッキリと落ち着いた気持ちになるのです。不思議〜。

というわけで、とてもその素晴らしさを語り尽くせませんが、お薦めの河童本でした!

写真のピーナツ柄のブックカバーは、和紙を型染めして作ったものです。和紙って丈夫ですね。4年使っても全然へこたれません。
とても簡単な作り方や、コピーして使える染め型紙は、拙著『春夏秋冬 楽しい切り紙なくらし』に掲載しています。
本は、藤田順HP『白犬堂』よりお買い求めいただけます(すみません、宣伝です〜)。
(リンク)