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2008-08-17 ゲーム理論と神経経済学

ゲーム理論と神経経済学

関根崇泰+茂木健一郎「合理性再考:ゲーム実験はゲーム理論の経験的妥当性の検証に使えるか?」(現代思想8月号)

茂木健一郎さんは最近テレビで疑似科学そこのけのハウツー脳科学を披瀝していたのでもうガッカリしていたところ、上記論考が白眉。茂木さんには、こういう論考をどんどん書いてほしいところ。おそらく前半の経済学アプローチは関根さんが、後半の神経経済学は茂木さんが書いたのだろう。(どうせならはっきり区分すればよかった気がするが)

ゲーム理論への主な批判への検証はもう鮮やかそのもの。

ゲーム理論で扱うほど現実の人間は合理的選択はしないよね、というシニカルというか斜に構えた批判に対しても具体的にサラリと答えているし、

ゲーム理論では 利他的行動 が検討されていない、という批判への回答としては、

経済学でいう「利己性」は日常語でいう「利他性」を包含している、

と言ってのけるあたりはとてもわかりやすい。

(ほんらい「効用」という概念をはじめにキッチリ定義づけておけばなんでもないことではあるのだが)

あと、プレイヤーが最終提案ゲームや独裁者ゲームにおいても、思ったより勝手に譲歩する実験結果がある、という辺りはなかなか興味ぶかい。(これもヒトの社会性を考慮すれば当たり前な気もする。そういう意味ではもっと社会学的な、相互行為論とかの視座から検討するのも一興かも)

いちばん眼を開かれたのは、

ゲームの構造は、外的に与えられた利得表(Aを選べば100万円もらえる!)に応じた

反応をするわけではない、

というところ。たしかに考えてみればプレイヤー個々それぞれに社会的コンテクストがある以上、絶対的な利得表、というのを設定するのは理解しやすいが実態からは離れてくる。

そういう意味で、

(個々のプレイヤーの)「真の」利得表を得ることは、不可能かもしれない

と言い切るあたりは、理論の限界も見据えていてひじょうに良いと思う。

(たいていこういう研究者の論考は自分の畑の作物の意義や実効性を堅持しすぎるきらいがあるとおもう。むしろ、できること・できないことをわかったうえで展開するほうが可能性は広がる、はず)

効用 を内的報酬と明言して、或る意味で不可知なものとみなしながら、そこへ神経経済学(神経線維Aが反応してるから、プレイヤーPは、選択Xの方にヨリ利得を感じている、とか)をもって対応しようとする辺りはとても巧い論理展開。

億劫なので割愛するが信頼ゲームでの「利他的懲罰」が、じつは快の情動をもよおしており、じっさいはプレイヤー自身に効用をもたらしている可能性がある、というのも昨今の脳科学の発展の賜物だろう。利他的懲罰がじつは発動者の快楽のためだった…というのはぞっとしないが…

まとめると、

今までのゲーム理論の実験は、経験的妥当性の検証には有効でない、という点と、

真の利得表を得るためにはプレイヤーによるゲームへの「解釈」が肝要、という点をわかりやすく強調しているだけでも、かなり意義ある論考だろう。

おわり