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キリンが逆立ちしたピアス このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-11-13

[][]メリットがあるから、女性に参政権が与えられたのか?

 web上で、外国人参政権について議論が起きている。外国人に参政権を与えることに「メリットはなんですか?」と聞いてくる人がいる。そういう人たちへの批判を、id:Prodigal_Son さんがしている。

Prodigal_Son「で、メリットはなんですか?」

http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20091112/1257981327

それに対して、id:meiwakoko さんは「国のメリットになる」場合にだけ、参政権は付与されるという反論を出している。

「つまりメリットは何もないわけですね?」

http://d.hatena.ne.jp/meiwakoko/20091112

ひとまず、両者の議論を横に置いておいて、以下のやりとりを見てみよう。まず、Prodigal_Sonさんの問いかけである。

男子の普通選挙が実施されたのは1925年で、女性解放運動活動家からは「女性に対する選挙権の付与」を求める声が沸き起こりました。

あなたはこの「女性の選挙権付与」を求める人、それを支持する人に対して「で、メリットはなんですか?」と問いかけるのでしょうか?

http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20091112/1257981327

次にmeiwakokoさんの回答である。

男性ばかりの意見による政府より、人口の半分を占める女性の意見も取り入れた政府の方が、

よりよい政治をする可能性が圧倒的に高い。

十分過ぎるほどのメリットだ。

http://d.hatena.ne.jp/meiwakoko/20091112

しかしながら、アテネ以来、女性は参政権を持つ価値がないという時代が2000年以上続いてきた。20世紀に入ってから、急に女性に参政権を与えるメリットが生まれたのだろうか?こういう疑問が出てくる。そこで、女性参政権獲得の歴史を築いた、イギリスの女性史を概観してみよう。どういう経緯で、女性が参政権を獲得したのか、ふり返る。

参考にするのは、レイ・ストレイチー「イギリス女性運動史」である。

これは80年以上読み継がれてきたメジャーな本で、1928年に出版された。当時の女性の社会生活や、詳しい運動家のエピソードもふんだんに添えられ、楽しい本だ。書かれた時代背景もあり、現代の視点からは批判的に捉えられる部分もあるのだが、とにかくこの本を手掛かりにみていきたい。


 1789年フランス革命をきっかけに、女性も運動に参加する契機が生まれた。しかしながら、女性が家の外で活動するのはよくない、という偏見が強く、慈善活動もままならなかった。1838年のチャーチスト運動の中では女性の参政権についての意見も出たようだ。しかし、記録には「多くの会員は、法案に女性参政権のことが盛り込まれると男性の選挙権獲得を遅らせるかもしれないと思っていました」と記述されている。これが、女性参政権についての、明文化されている中では、もっとも初期の男性側の意見である。

 しかし、女性の置かれている過酷な状況は、問題化されている。もっとも注目されたのは「労働」と「離婚」の問題である。女性労働者は、子ども労働者とともに、低賃金長時間労働を強いられていた。また男性の多くは、家庭で妻に暴力をふるっていたが、離婚が禁じられているため、女性は逃げることができなかった。こうした状況に立ち向かった男性がある。ジョン・スチュワート・ミルである。

 ミルは「女性の解放」を書き、女性の社会進出を求めて、世間に訴えた。*1ミルの考え方は次のようなものである。女性を観察していると、とても政治や労働、表現活動に適した性質を持たないように見えるかもしれない。しかし、彼女たちが育てられた環境、受けた教育、一定の振る舞いを求める文化を鑑みれば、それも致し方のないことである。もし、彼女たちも、男性たちと同じように扱われ、期待され、権利を得れば、能力を開花するかもしれない。そのとき女性は、今以上に社会に貢献するであろう。

 ミルの考え方は、功利主義と呼ばれる。「女性に権利を与えることに、メリットがある」と訴えたのだ。ポイントは、ミルが「現在の女性の評価で、メリットの有無を判定する」のではないことだ。「とにかくやってみれば、わかることだ」と主張する。確認しておくが、ミルの功利主義者の場合、潜在する能力に期待し、機会平等を与える。メリットの有無の予測に基づく選別を行うのではない。

 さらにミルは具体的な政治活動に乗り出す。1865年に国会議員に立候補する誘いを受けたミルは、女性参政権の問題を最優先することを条件に挙げた。女性運動家たちの協力のもと、ミルは当選する。さっそく、ミルは選挙法改正法案の樹立に尽力した。女性たちもミルに提出を求めて、署名を集めて請願書を作成する。1867年には、ミルは女性参政権に対する初めての国会討論を引き起こした。ミルは英国憲法の基本原則に基づく、女性参政権請求の主旨を語ったあと、男性に対してより人間的な側面へと移行して訴えかけた。以下、本から孫引きする。

(略)ミルは次のように語った。

「何かもやもやした感情が存在していることを私は知っている。それをあからさまに表すことが恥となるような感情――たとえば、まるで女性が、ある特定の男性にとってもっとも役に立つ献身的な召使になるにはどうすべきかということ以外、何度とにも関心を持つ権利がない、と感じていること……。人類の半分の人びと[男性]に不便が生じる可能性があるとしても、もう半分の人びと[女性]の全存在を認めないという主張は、その不公平さを別にしても特にばかげていると思われる。人間社会のふつうの営みを経験し、その経験から学ぶだけのふつうの能力をもつ男性なら、いったい誰が、男性に仕える以外無知である者[女性]が自分のつとめを立派に果たせると思うだろうか。……また常に男性より劣っていることを望み、この世の楽しみが強制的に家庭の囲いの中に限られていて、男性がもっとも重要な任務として取り組んでいる知的関心を呼び起こすものに対し、無知と無関心こそを美徳として身につけようとする女性と考えや感情をすべて共にしながら生きていくことが、男性にとって果たして本当によいことなのだろうか。(後略)」

(90ページ)

男性議員たちは、ミルの決意と情熱に押され、この問題に一時間ほど向き合った。しかし、その後もう一度考えることは決してなかった。それでも、この討議は女性参政権獲得運動が政治問題一覧表に加えられた、大きな一歩である。ミルたちは、最終的な勝利は遠くないと確信していた。こうして、理解ある男性のもとに、女性参政権は与えられたのだろうか?とんでもない。ここから50年に及んで、参政権獲得の闘いが始まるのだ。1870年議会でも、敵側が過半数を確保する。さらに1873年に、ミルが死去する。ストレイチーは次のように書く。

(略)彼は女性たちの信条の中心的な唱導者であり、彼女たちの難問すべてに判断を下してくれる人であった。彼の信念と支援がこの運動を政治という海に乗り出させてくれた。彼の教え導く手を失ったとき、女性参政権委員会はまったく途方に暮れた。彼女たちは擁護者として、相談相手として、そして友人としてのミルを惜しんだ。以降、ミルに代わる人物が現れることはなかった。

(224ページ)

 苦戦しながらも、女性運動家たちは粘り強く活動を続ける。1880年総選挙では女性参政権に好意的な多数の議員の復帰がみられる。運動内部の抗争も経験し、運動家たちは成熟してい行く。だが、国政ではまたもや敗北する。1883年の選挙法改正法案が提出されるが、男子選挙権の拡大がもたらされ、相対的にさらなる女性の地位低下を招くこととなり、終わった。だが、1890年代には、労働組合の女性活動家参政権獲得にかかわり始め、活気づく。

 そして、1903年、すさまじい伝説となった「戦闘的女性参政権運動」が開始される。きっかけは、無計画なものだった。議会で、男性議員が時間かせぎの演説をして、討論の可能性をつぶしてしまったときだ。傍聴席の格子越しにそれを聞いた女性運動家たちの怒りが爆発する。一斉に国会を飛び出して、怒りにもえて集会を開こうとした。警官によって、移動させられたものの、それまでの「忍耐と信頼」により粘り強く運動を続けてきた時代に終止符を打ち、戦闘的運動が始まった、その瞬間であった。

 さらに、女性運動家たちを支持してきたはずの自由党大会でも事件が起きる。女性参政権問題に対する質疑が、女性運動家たちにより行われたのだが、返答がない。そこで椅子の上に立ち再び質問を繰り返すと、観衆から怒りくるった叫び声があがり、室内警備員が彼女を引きずり降ろし、声をおさえつけるために帽子で顔を覆った。そのとき、演壇の人々は冷笑していたのである。再び運動家が立ち上がり、質問を繰り返すと、男性たちがあちこちから詰め寄り、彼女を殴ったり引っかいたりした。演説者は、正当な質問であるにも関わらず、最後まで返答しなかった。これも戦闘的運動をさらに推し進める原動力になった。一方、女性運動家たちは、議事妨害で逮捕され有罪の判決を受ける。そのことで、報道機関に取り上げられ、女性参政権運動への注目が一気に集まる。マスメディア戦略を、運動家たちは手に入れたのだ。

 女性参政権運動は「サフレジェット」と称されるようになり、上のような戦闘的行動や、「サフラジスト」と呼ばれた法を遵守する組織の拡大し続ける宣伝活動により、国内のだれもが知るところとなった。男女の問題は、誰もが簡単に口にでき、やすやすと「賛成」「反対」を言いきることでカタルシスを得ることができる。そこで、人々の間でももちきりの話題となる。1907年には、初の大規模デモが行われ、3000人の女性が、雨の中長いスカートを引きずり、「ぬかるみの行進」を行った。まだ大多数の女性が、通りから通りへと行進することはおぞましいと感じる中で、周囲の反応は悪くなかった。

 だが、戦闘的行動をするのは、一部の人びとだった。運動内では、合法内で活動する穏健派から、戦闘派への批判が高まる。穏健派は、組織の機能を効率化し、会員の数が増加するのに合わせて、より完全な組織を実現することに邁進していた。戦闘派は、これとはまったく異なり、「言葉でなく行動」を組織のモットーとした。組織内の手続きを無視し、非民主的に決断を下し、世間をあっといわせるような行動に出た。逮捕されることが、運動的意義になり、わざと暴力事件を起こすこともあった。さらに、警察から尾行されていたため、隠密行動が主となる。穏健派は、こうした戦闘派のスタンドプレーを批判した。戦闘派のほうは、合憲的な活動しかしない穏健派をあざ笑った。

 戦闘派は収監されたことを利用して、通常の刑務所の生活ぶりを暴露し、告発もした。さらに彼女たちは、当局を困らせる方法を考えだし、ハンガーストライキを始める。当局は、看守が無理やり食べさせる強制食餌で対抗した。だが、囚人たちは激しく抵抗したため、危険を及ぼした。囚人たちはハンストを続け、そのまま衰弱し生命の危機に陥るので、仕方なく釈放された。

f:id:font-da:20091113192949j:image

 世論の注目は集めたものの、運動自体の進展は芳しくなかった。1911年アイルランド自治問題が取り上げられた。だが、依然と選挙権のない女性は顧みられることはなかった。この運動が始まってから、男性有権者数は70万から700万ふ増えた。しかし、女性有権者はゼロだった。

 政府国会は、女性参政権法案を審議する時間すら作らなかった。代わりに、戦闘派のサフラジェットを統制する法案を通した。「猫とねずみ法」である。ここから、戦闘派の命がけの行動を、長い部分だが引用する。

(略)実際、サフラジェットという特定の囚人のみに適用するように作られたこの法律は、サフラジェットがハンガーストライキで死ぬ危険性があるとき、法務大臣仮出獄許可証のもとに釈放できるとした。このような女性は健康回復のため出獄することを許され、十分な体力を取り戻すとすぐに新たな逮捕状なしに再逮捕され服役を続け、体調回復のために出獄した日数は服役日数に数えられないことになった。政府はこれに期待して、女性が法律を冒とくし法廷を侮辱することはもはやしなくなるだろうし、彼女たちが刑罰という厳しい現実を味わい、これ以上面倒を起こさないようになるだろうと考えた。法務大臣は、この対象となっている人びとの根性をまったくわかっていなかったのだ。人間の殉教の歴史と物語があるにもかかわらず、法務大臣は、熱狂者は力で押さえつけられ、正義のために戦う人びとが威圧政治に屈すると思いこむ過ちを犯していた。しかし彼はすぐにその過ちを思い知らされた。

 パンクハースト夫人は、四月三日、ホロウェイ刑務所に連行され、まもなくハンガーストライキを始めた。これ以上刑務所に拘束できないほど彼女が衰弱するまで待つ間、彼女の支持者たちは外で抗議を続け、数十人の女性が彼女と同様に投獄された。四月一一日、パンクハースト夫人は生命の危機に瀕し、その日、一五日間の仮出獄許可で釈放された。彼女は療養所に連れていかれた後、郊外の一軒家へ移された。一五日以上が過ぎ、その場所は警官に包囲されたが逮捕はされなかった。五月の終わりに近づくと健康を回復しはじめ、彼女はすぐに集会に参加し支持者たちに演説をすると公表した。その集会の段どりがなされ、まさに執り行う準備が進んでいたとき、パンクハースト夫人は自分が立ち上がることができないことがわかった。それでも集会に出かけようとして、階段から待機していた車までほとんど運ばれるようにして下りた。しかし警察も彼女を待ち受けていた。もし彼女が集会に行くほど体力を回復しているのなら、ホロウェイ刑務所に戻るのにも十分であったので、警察は彼女を引きずり下ろした。彼女に再び服役させようという試みはたった五日間しか続かず、五月三〇日、再び生命の危機に瀕したパンクハースト夫人は再釈放された。

 翌日はダービー競馬の日で、華やかで熱気に満ちた競馬の最中に、戦闘派サフラジェットのひとりであるエミリー・ワイルディング・ディヴィッドソンが突然悲劇的な出来事をおこした。この女性は、人びとの関心を彼女の主張に引き付け、それがいかに深刻で差し迫っているのかを証明するため、誰にもそのもくろみを告げることなく疾走する馬の足元に自らの身を投げ死亡した。彼女の行動は国中を驚かせ関心をかき立てた。戦闘派を心底狂信的とみなし、彼女の犠牲的な死との関連性やその目的をわかっていなかった人びとも、その行動に驚かないわけにはいかなかった。世界中の人びとがその記事を読み、イギリスには、女性は自由であるべきだという信念のために自ら死を招いた女性たちがいるということが世界中に知れ渡った。ミス・ディヴィッドソンの葬儀には、戦闘派の大行進があり、それが静かにロンドンの通りを進むのを見た群衆の思いは複雑だった。人びとは、徐々に好意的にとらえはじめたこの運動のことを知り、常にばかにしてきた戦闘派のことも知った。そしてこの時、無謀で犠牲的な死をとげ大義に殉教した女性を目のあたりにして、人びとは嘆き、動揺した。このような争いに終止符を打つ時が来ていた。

 たった何日間かホロウェイ刑務所から出獄していたパンクハースト夫人は、その葬列に参加しようとしたが、ここでも警察に邪魔をされ、刑務所に連れ戻された。そこで彼女は過酷なハンガーストライキを続け、今度はそれに加え、水を口にすることも眠ることも拒否した。彼女の体への負担は増加したが、生命の危機に達することもより早くなったので、三日のうちに再び釈放されなければならなくなった。

 パンクハースト夫人は病気や苦しみや危険にひるむことはなかった。仮釈放から一カ月も経たないうちに、ロンドン・パヴィリオンでの集会で演説し、彼女の支援者たちの策略によって安全な場所へ逃げた。戦闘派は一週間、変装して警察の目をくらまし、追跡者を煙に巻いて、華麗な刑事物語風に警察をもてあそんだ。彼女たちは、概して、「猫とねずみ法」の運用が実態として無意味になるようにしむけ、その後、パンクハースト夫人はもう一度身の安全を確保した。彼女を服役させようとする四度目の努力がまたなされて、四度目もまた彼女はそれに対抗し、まもなくやはり仮釈放されなければならなくなった。数日後、車椅子で大集会に参加したパンクハースト夫人は、邪魔されることなく演説することが許された。(後略)

(278〜281ページ)

 こうした闘いののちにも、政府は女性に参政権を与えることはなかった。だが、国中の関心は高まり、1914年、サフラジェットはさらなる運動をして、勝利への扉を開くかもしれない冬の選挙を待っていた。だが、思いもかけないことが起きる。第一次世界大戦である。

 戦時下において、女性は積極的に国家に協力した。戦闘員としての戦争参加はなかったが、節約や男性たちの仕事の代理に励んだ。そして、こうした女性の<銃後>の協力は高く評価されるようになる。また、女性たち自身も、結果的に社会に進出し、何かを成し遂げる喜びを泡うきっかけを得た。戦後には、あっという間に女性参政権は受け入れられていく。1916年には、有力議員が「戦争での働きぶりを基準とした名簿作り」を主張し始めた。そこで、サフラジェットは、女性も戦争にかかわる仕事に従事したことを強調した。1917年の新政権では、女性参政権に関する報告会が、成人女性のうち約600万人に選挙権を与える案を出した。そこには「夫または女性が住宅を所有していること」「30歳(もしくは35歳)以上」という条件があった。そこで、サフラジェットは繰り返し哄笑し、1918年には「30歳以上の、すべての地方自治有権者の妻」に参政権が与えられることになった。1918年2月16日、50年に及ぶ戦いが終わり、性差の壁は崩れ落ちたのである。


 以上が、イギリスにおける女性参政権獲得の歴史である。上にも述べたが、この本が出版されたのは1928年である。現代の女性史の視点であれば、戦時における国家協力と引き換えに、女性が参政権を得たことについて、別の批判的視点を挿入していかなければならないだろう。*2

 さて、冒頭のやりとりに戻ろう。メリットがあるから、女性は参政権を与えられたのだろうか?最終的に、戦争に協力する中で、女性が役に立つことが認められ、参政権を与えられたと言えるかもしれない。だが、歴史を追う中では、やはりそのような総括は似つかわしくないように思う。「なぜ、女性に参政権が必要か?」という問いに、50年の歴史は一つの答えを用意しないだろう。次々と起こる出来事の中で、奔走する運動家たちによって、この権利は勝ちとられてきた。女性に参政権をもたらした、原理的理由はないのではなかろうか。大きな政治の流れの中で、結果的に、「女性に参政権が与えられる」という現在の状況がある。さかのぼれば、いくらでも原因は見つけられる。たとえ「メリットがあるから参政権を与えられた」という答えがあったとしても、それは要素のうちの一つにすぎないのではないか。そして、各国の参政権獲得の歴史をみても、やはり同じようにそれぞれ固有の偶然と必然が重なり合ってできた、現在があるのだろう。

 「メリットがあるかないか」を議論するのは楽しいかもしれない。しかし、実際に政治を動かしてきた現実は、メリットの有無の議論とは、少しずれたところにある。

追記

 ブクマコメントがカオスです。一応、追記しておきます。

(1)この記事は在日外国人参政権については言及していません

(2)参政権(一般)という問題を考える上で、「メリットの有無」という判断基準<だけ>を持ち込むことに疑問を呈しています

 というわけで、この記事から言えることは

参政権について考えるには、『メリットの有無』以外の要素も大切です

ということです。

(まあ、最初から「在日外国人参政権を否定したい」と思って読むから、こういうコメントが付けるんでしょうけどねえ……どこ読んだらそうなるの?というかんじです。)

 ちなみに、ここのコメント欄は自由討議場ではなく、抑圧的な専制君主制が敷かれています。煽り度が高いと管理人が独断と偏見で判断した場合は、サクッと削除します。んで、よろしくお願いします。(とくにこの話題、荒れやすいので、そういう措置の発動可能性高いです)


 あと、あまりにも腹にすえかねたので、id:tari-G さんへ書いておきます。(コメント書き変えを繰り返しておられ、それ自体は全然いいんですけど、混乱するのでこちらに転載しておきます)

tari-G 人権獲得が運動の血の上にあることがよくわかる力作。他方で運動神聖視の度が過ぎて議会の意義が完全に無視されているのはひどい倒錯。これでは「参政権」運動家も浮かばれない。

あのねえ、どう見たって議会の意義をぶち壊したのは、男性議員たちのほうでしょう?そうでないなら、きっちり「議会が機能しており、女性参政権が成立しえた」ということを資料出してきて反論するべき。議会を神聖視して倒錯してるのは、tari-Gさんのほうでしょう。

追記2

補足の記事書きました。

「法外な者として扱われてきた女性たち」

http://d.hatena.ne.jp/font-da/20091116/1258374361

*1:実は、このミルは、当時では考えられない関係性を、女性と築いていた。若きミルの友人であった、ハリエット・テイラーという女性には、夫がいた。しかし、彼女は夫と狭義の上に別居している。そして、彼女は普段は娘と田舎で暮らし、別居している二人の息子が訪れることもあった。時には夫ジョン・テイラーロンドンで過ごし、そこにミルが加わることもあったのである。ジョン・テイラーの死後には、彼女とミルは再婚している。だが、法律に規定される婚姻には激しく反発し、次のような文書を作成している。「法により制定されている婚姻関係のすべての性質を、彼女と私の双方は両親にかけて完全に否認するものである。その一番の理由は、契約の一方の当事者に、もう一方の当事者の身体、財産を支配し、行動の自由を制限する法的な力を、本人の願望や意志に関わりなく授けているからである。私にはこれらの憎むべき権力を法的に取り除く何の手段もないため、現存する婚姻法がそのような権限を与える限りにおいて、それに対する正式な抗議を記録にとどめておくことが義務であると感じる。いかなる状況においても、このような権限を行使しないという厳粛な約束を記録に残しておく」51ページ

*2:もうこれ以上書くのは、さすがに長いのでやめます。

ひろなおひろなお 2009/11/14 09:19 いわゆる外国人参政権と女性の政治運動は次の二点で全く場合が異なると思います。

”女性たちは明らかに国家にとって一蓮托生”
”女性たちは男性と同じ権利をえるオプションが開かれている上で、新しい地位を創設し参政権だけよこせ、と言ったのでは決してない”

歴史にたとえるなら黒人奴隷たちが「あくまでアフリカ人として、徴兵義務も星状旗への忠誠もないまま参政権をよこせ。ついでにアフリカに帰るのも嫌だ」といって誰が話を聞いたか?と考えるべきです。

未来永劫在日韓国人でいるなどどだい無理なのです。今でさえ戦争などとっくに昔の話で、われわれの世代は何の義務も負い目もない。と考える世代が育ってきているのだから。妙に在日韓国人だけ特別扱いして特権を付与すれば互いに憎悪をあおって話がこじれるだけです。

ミルキーミルキー 2009/11/14 09:53
逆に聞くが、メリットがあるから参政権をよこしなさいと
外国人はいってないわけ?
その人たちにはなんていうの?

それに特定の運動家の努力によって、日本にリスクがあって
なおかつ外国にメリットのある政策が実行されれば
それは「善いこと」になるわけ?
運動家、活動家の努力の結果は常に「善」なの?

自分の間違いを認めたくないためだけに
そんな世迷いごとを大声で言うなんて・・・・・。

font-dafont-da 2009/11/14 10:14 >ひろなおさん

よく読んでみてください。このエントリは最初から最後まで「メリットがあるから、女性は参政権を与えられたのだろうか?」という問いについて考えたものです。もう少し話題を広げて考察した部分も、「参政権一般」と「メリットの有無」を結び付けることに関して述べています。

(1)外国人参政権については言及していません。
(2)参政権という問題を考える上で、「メリットの有無」という判断基準<だけ>を持ち込むことに疑問を呈しています

というわけで、この記事から言えることは
「参政権について考えるには、『メリットの有無』以外の要素も大切です」
ということです。

その上で、外国人参政権について考えることについて、少し書きます。

ひろなおさんの在日韓国人との関係性で、「戦争などとっくの昔の話で」という認識することは、日韓協定についてどう考えるのかに関連してくると思います。また長い文章が必要なテーマなので割愛します。こちらも壮絶な歴史のある問題です。

繰り返しになりますが、外国人参政権問題に関しては、もちろん、上の女性参政権問題の話題から、何らかの意見を導き出すことはできません。外国人参政権の問題にも、固有の歴史があるからです。それを踏まえて、丁寧に考えていくことが大事です。

最後に付け加えておきます。「在日韓国人だけを特別扱いして」という部分がひろなおさんのコメントにあります。まさにその通りで、これまで日本人は在日朝鮮人・在日韓国人の人たちを特別扱いしてきました。これはもっと簡単に言うと「差別してきた」ということです。
「われわれの世代は何の義務も負い目もない」と考える世代が出てきたのは、彼らが無知なのか、おまりにも強い負い目から逃れようと、感情的に反応しているのだと私は考えています。歴史を直視する重みから逃げているのではないでしょうか。
私は、日本人という枠組みはフィクションだと思っていますが、「私は朝鮮人です」と名乗る在日朝鮮人の前では、また、「私は韓国人です」と名乗る在日韓国人の前では、私は日本人です。そして、加害国の人間です。戦後補償・戦後責任の問題にこたえていくのはもちろんですが、それ以上に、現存する朝鮮人韓国人差別への責任に応える義務があります。
そういう意味で、日本のおける外国人参政権の問題を考える上で、自分が「日本人である」という立場性を抜き取って、議論することはできません。なので、今日上げた記事にその部分が書かれていない限り、この議論は在日参政権の問題に直結できるものではないと、自分で認識しています。

失礼ながら失礼ながら 2009/11/14 10:16 失礼ですが、差別と区別は異なる物と理解しておられますか?
また、外国人は国元に帰れば普通に選挙権が行使できるわけで、
(中国は別として)選挙権がないわけではありませんが。
どうもこの比較は無理があると思います。

font-dafont-da 2009/11/14 10:17 >ミルキーさん

上の記事は善かどうかは判断していません。このような多大な犠牲をあげることを、是認もできないでしょう。イギリス議会は、女性が忍耐と信頼を持って、地道な活動を続ける中で、早急に参政権を与えるべきだと考えます。それが「善」であったはずでした。ですが、歴史的事実は上のような流れなのです。
その現実に起きた政治の流れをどう考えるのか、というのがこの記事が提起しているものです。

font-dafont-da 2009/11/14 10:18 >失礼ながらさん

差別と区別を、どうわけていますか?まず定義してみてください。
あと、比較してません。

tari-Gtari-G 2009/11/14 11:04 呼ばれたので、敢えて書きます。

『(2)参政権(一般)という問題を考える上で、「メリットの有無」という判断基準<だけ>を持ち込むことに疑問を呈しています』

「だけ」ってひとは、あんまりいなかったんじゃないかな?私にしても、「メリットの説明をしない・できない」ことは批判していますが、それだけが全てなんて話はしていないし。

私の批判の趣旨は、議会の神聖視ではなく、当エントリーが《議会の意義を軽視しすぎて著しくバランスを欠いている》点についてだけです。繰り返しますが、運動史の記述はとてもよいとおもっていますから。

運動史は勿論大事です。ですが、女性参政権は、最終的には議会における男性議員による賛成がなければ成立しなかったのは、厳然たる事実です。当然、彼等が賛成するに際しては、賛成する自発的な動機(メリット)があった訳です。別に現実に銃を突きつけられて賛成した訳じゃない。これは資料云々以前の問題です。

そういった議会・(男性)議員の働きを無視しても、獲得史としては一面的過ぎて完全に片手落ちになるだけだというのが、私の感想です。

そもそも議会への参加を求める「参政権」獲得を高く評価する話をしながら、議会の意義を無視したら、ではなんのための参政権なのかという話になります。倒錯になっているというのは、そういう意味です。

なにより女性参政権の獲得をもって実現した普通選挙の成立により、以後、基本的に、「革命」は選挙に収斂されました。選挙と議会こそが、今の「革命家」の主戦場です。当時どうやって議会で男性議員達を賛成させたのかというのは、その意味でも重要なテーマです。現代において「革命」を志すのであれば、、そういった点「も」重視して欲しいと願わずにはいられません。

ひろなおひろなお 2009/11/14 11:12 まず一つメリット云々について

ご自分で書かれてるようにまさに戦争に協力させるため、参政権が与えられたのだと思いませんか?

第二点
>歴史を直視する重みから逃げているのではないでしょうか。
私の言い方にも誤解を招くところがあったかもしれません。

私は歴史的事実がどう、ということはあまり争うつもりもありません。差別と区別、も正直立場しだいでどうとでもいえるとしか考えません。

ただ、諸外国の例を見るに「過去迫害されたかわいそうな人たちだから”特権”を与えてあげましょう」というのは確実に互いに憎悪をまき散らす、と思っております。(つまりアファーマティブアクションの類)「同じ扱いをせよ。完全に仲間にしろ」というのとは確実に周りに与える影響が違います。

端的に言えば、地方参政権を得た人たちの投票によって自分の家の隣にゴミ集積所が出来れば何万回「過去の悲惨な歴史」を説いたところでそんなものは吹き飛ぶのが人間というものです。

失礼ながら失礼ながら 2009/11/14 11:16 差別とは差をつけて区別すること(広辞林より)
国家公務員の選挙権は国民の権利ですから、同じ国民である男女で選挙権の有無を峻別するなら差別。
他国民はその権利がありません(自国ならあるべき)ので
これは区別。

なるほど外国人参政権はただの枕ですか、本当に失礼しました。
それではせっかくですから趣旨に沿って改めて発言させて頂きますと、女性参政権は上に書いたように民主主義における当然の権利と理解しております。
メリットではなく国家のアイデンティティまたはレゾンデートルと言ってもいいでしょうね。
しかしmeiwakokoさんの発言も否定できませんね。事実でしょうから。
それらは両立してなんら背反していないのだから論旨が不明確と思います。

h_easth_east 2009/11/14 11:42 「1990年代には、労働組合の女性活動家も〜」
前後の文章から察するに 1890 の誤記かと。

lifespiellifespiel 2009/11/14 11:52 「日本国内で労働し、納税している外国人」は選挙権を持つべきでしょう。
真っ当に国に税金を納めている以上、国政に口を出す権利も発生します。

女性に選挙権が与えられたのも、女性の労働人口が大幅に上昇し、社会を担っていく立場に変わった事も影響しています。

「日本国内で普通に働いている外国人」と「日本でニートをやってる日本人」、
どちらが正当な判断で選挙権を行使できるのか? 思考するまでも無くわかりきっています。

kogekoge 2009/11/14 12:34 これはtari-G氏の批判が正しいと思うなぁ。
うがった見方をすれば、議会で女性参政権が認められたことの意義を強調すると「最終的に、戦争に協力する中で、女性が役に立つことが認められ、参政権を与えられた」ことに正面から向き合わなければならないからそれを避けたようにも思えるし。

ミルキーミルキー 2009/11/14 13:04 >font-daさん

>その現実に起きた政治の流れをどう考えるのか、というのがこの記事が提起しているものです。

率直に言って、ミルのような評価の分かれる人物を引用して
問題提起しているだけと言い訳しながら確実に
結論ありき、かなり性質の悪い議論に見えます。
(ちなみに私のこのコメントも問題提起を含みます)

独我論を完全に駆逐できないように
メリット/デメリットを駆逐することもまた不可能なはず。
なぜならメリット/デメリット論の宙吊りをもくろむ方々は
実際にメリット/デメリット論が棚上げにされたら
メリットを手にするわけでしょ?

それにメリット/デメリットを超えて外国に奉仕しなさいと
ある種の立場の人が「在日外国人」に訴えたら
あなたはどう答えますか?
あなたの問題提起はそれを許容するはずです。

結論ありきで無いというならその点にも触れるべきです。

もう一度言います。
自分の間違いを認めたくないためだけに
そんな世迷いごとを大声で言うなんて・・・・・。

takabon114takabon114 2009/11/14 13:32 簡単に国籍取れるのに、国籍も取らずに参政権までくれというのはおかしいのではありませんか。税金を払っているかどうかで参政権があるとするなら、生活保護者は参政権が無いというのと同じでしょう。国は国民のためのもので外国人のためにものではありません。
だから男女、収入に関係なく参政権を与えるのは当たり前。
外国に忠誠心のある人になんで参政権を与えると、母国の命令で、国民に不当な利益をこうむることがあります。

外国人の多い地区で議会で外国人議員が多数になれば、日本人に対して税金を課すことも可能です。
それでも良いのですか?

参政権反対参政権反対 2009/11/14 18:13 オランダで何が起きてるか勉強しなさい。
国家が崩壊するんだぜ?

ミルキーミルキー 2009/11/14 19:33
国民・国家のメリットを問うことがいかにも全体主義的に見える人たちは
外国人が政治に関与することに植民地主義・帝国主義を重ねたりはしないのかな。
不思議でならないよ。

font-dafont-da 2009/11/14 20:29 >tari-Gさん

 これを読んで「バランスを欠いている」と思うのならば、適正なバランスをとった記述をご自分でなさってほしいものだ、と思います。これを読んでも、まだ男性議員たちのネグレクトにより、女性たちが議会外での戦闘行動に出なければならず、それが民主主義の限界だということが感じられないのであれば、そうしたセンスの持ち主だということでしょう。残念です。
(当たり前ですが、民主主義の限界を認めることと、民主主義を放棄することは別物です。)
何をもって「革命」と呼んでおられるのかはよくわかりません。現代の日本で活動する運動家で、「革命」を呼び掛ける人は減っていると思います。私自身、(私は運動家というアイデンティティはありませんが)革命思想にコミットしていません。「改革」を勧める保守派に近いといっていいと思います。ただし、イギリスの女性参政権獲得については、いかに「改革」が無力であるケースがありえるか、を示す一例だと考えています。それは両立することです。

font-dafont-da 2009/11/14 20:35 >ひろなおさん

「特権」?それは何を指すのですか?特別扱いしなければ、差別をなくせない状態は非常に問題です。しかし、抜本的解決策がない場合は、ケースバイケースで各々の対応をしていくしかないでしょう。アファーマティブアクションがその典型例です。アファーマティブアクションで、すべての差別をなくすことはできませんが、差別撤廃に向けた取り組みの一つとして有効な場合はあるでしょう。

font-dafont-da 2009/11/14 20:39 >失礼ながらさん

そもそも国境によって、人間という存在を「国家」という統治区に分けること自体に無理があるわけです。しかし、今のところ「国家」を廃止することは、難しそうです。そこで、「国家」の枠組みで、人間の都合を斟酌するのではなく、人間の都合で「国家」の枠組みを斟酌することが必要でしょう。これからどんどん人口移動は激しくなっていきます。ですので、「国家」の枠組みは曖昧になるでしょうし、一人の人間が一つの国家に所属することが自明ではなくなる時代に突入すると思います。つまり、「国家のエートルとは何か」自体が問われていくということです。

font-dafont-da 2009/11/14 20:41 >h_east さん
ありがとうございました。訂正しましたm(_ _)m

font-dafont-da 2009/11/14 20:42 >lifespiel さん

それは普通選挙制の否定です。それだったら、税金納入額で選挙権を規制することも、認めることになってしまいます。金持ちだけが投票できる制度はまずいと思いますが。

font-dafont-da 2009/11/14 20:44 >koge さん

そうですね、1928年の著作だけを参考にしているので、その視点は欠けていると思います。そこを突かれると「さぼってすいませんでした」としか言えないです。

font-dafont-da 2009/11/14 20:49 >ミルキーさん

すいません、全体的に意味がわかりませんでした。私の記事に賛同しないというお気持ちだけはよく伝わりました。問いには答えようと思ったんですが

>それにメリット/デメリットを超えて外国に奉仕しなさいと
ある種の立場の人が「在日外国人」に訴えたら
あなたはどう答えますか?

どういう状況を仮定されているのか、さっぱりわかりません。メリット・デメリットを超えて、外国に奉仕するように、在日外国人に呼び掛ける???寄付やボランティアを募るということですか?だったら、尊敬すべき行為のように思うんですが。

font-dafont-da 2009/11/14 20:53 >takabon114 さん
前半は上の「失礼ながら」さんと同じような返答になるかと思います。
後半は、
>外国人の多い地区で議会で外国人議員が多数になれば、日本人に対して税金を課すことも可能です。
ということですが、日本人の多い地区で、議会で日本人議員が多数であっても、日本人に対して税金を課すことが可能だと思うんですが??どっちにしろ日本に住んでたら税金は払うことになると思うんですが……

font-dafont-da 2009/11/14 20:55 >参政権反対さん

オランダって崩壊したのですか?今ぐぐってみたけど、まだあるっぽいんですけど。
「オランダ不況脱出の兆し」だそうです↓
http://www.portfolio.nl/article/show/3025

font-dafont-da 2009/11/14 20:56 >ミルキーさん

ここ、基本的に独り言はご遠慮願ってます。

tari-Gtari-G 2009/11/15 00:08 font-daさん

ご指摘の点は、まさに民主主義の限界です。が、その限界を押し広げてきたのも民主主義です。
 
前者だけでなく後者の視点も両方大事だというのが、私の指摘です。

らむ山らむ山 2009/11/15 07:34 コメント欄はすっかり別なことで盛り上がってしまってますね(苦笑)。イギリスの女性参政権獲得までの道のりがfont-daさんの問題意識に即してよくまとめられていて、大変勉強になりました

学生時代、政治学をやっていた関係で、当然普選運動の歴史もやりましたけれども、女性参政権獲得運動の視点から見た歴史叙述については聞く機会が限られていましたので、初めて知ることも多かったです。

さて、上の文章を読んでいて思い出しましたが、公教育論で有名なフランスのコンドルセ伯爵が「良識あるがゆえに男性が参政権を与えられるのであれば、女性も同様であるべきであり、投票権がないのはおかしい・・・」と発言していたとか。

18世紀のうちはこうした考えが決して一般的ではなかったでしょうし、コンドルセのそうした考えが、たとえばフランスの植民地―まさに大革命と同時期にトゥサン・ルベルチュールらが蜂起したサン・ドマング(ハイチ)やマルティニークなどの女性達についてはどうであったのか、ということは気になります。この論法で行けば、女性の参政権以外の領域にも変化を促す論理が出てくるでしょうし。そこに制限選挙という発想はあったのかどうか、ということも気になりますが・・・。

恐らく、同様の問題をイギリスの女性参政権論者も抱えていたのではないかと思いますし、ミルの場合はどうだったんだろう、と読んでいて思いました。

ミルの思想は明治期の日本にも輸入されて一定の影響力がありましたし、細かく見ていくと、非常に重要なポイントがたくさんありそうですね。

kkkk 2009/11/15 11:24 女性はメリットがあるから参政権が与えられたわけじゃないです。女性であろうが男性であろうが、国民であるから参政権が与えられたのです。
外国人と日本人女性を一緒にしても意味ないんでやめてください。

ミルキーミルキー 2009/11/15 12:22
嘘八百。
取り巻きの連中を含め不誠実極まりない。

女性の参政権「獲得史」に関する論考を
外国人参政権のメリット/デメリット論の
文脈の中で開始しておきながら
エントリーが外国人参政権に関係ないと強弁するとは・・・

また、
>「メリットがあるかないか」を議論するのは楽しいかもしれない。
>しかし、実際に政治を動かしてきた現実は、
>メリットの有無の議論とは、少しずれたところにある。

と結びにあるように、メリット/デメリット論の超克をテーマにしているのに
一方で参政権獲得で女性が得たメリットが意図的に無視されている。
メリット/デメリット論が宙吊りにされるのは「与える側」だけ。
本当にメリットの有無とずれたところに現実があるのなら
女性が参政権を獲得しないということもありえたろう。

だが、「現実」には女性たちはあるときは合憲的に
またあるときは戦闘的(違憲的)に自らの参政権というメリットを追求した。
その結果が女性の参政権「獲得史」なのに結論は
メリット/デメリット以外の要素があるなどという論理矛盾。

嘘も100回ってか。

eri_naeri_na 2009/11/15 14:17 既得権を既に持っている者にとって、権利者の増加は、デメリットでしかない。ただし、記者クラブの開放など、既得権を持たない者の存在を無視できなくなった場合、権利枠を広げるしかない。
歴史上長い間、女性の参政権が付与されなかったのは、武力を持つことで権力を確立した時代にとって、女性が地位を確立させ社会(戦争など)に貢献することが難しかったからであろう。

font-dafont-da 2009/11/16 21:31 >らむ山さん

コメントありがとうございました。

>たとえばフランスの植民地―まさに大革命と同時期にトゥサン・ルベルチュールらが蜂起したサン・ドマング(ハイチ)やマルティニークなどの女性達についてはどうであったのか

その視点はありませんでした。確かに……どうであったのでしょうか。

ミルは、本当に変わっています。「功利主義者」と呼ばれがちですが、その中でも異色を放っている気がします……

font-dafont-da 2009/11/16 21:32 >kkさん

一緒にしてません。上に書いとんねんから、ちゃんと読んでや〜

font-dafont-da 2009/11/16 21:45 >ミルキーさん

このまま罵倒表現が続くようなら、煽り認定して削除しますんで、そこんとこよろしくお願いします。

女性たちが何を求めて参政権を運動をしたのか、という問題ですが、「利益と尊厳」でしょうねえ。利益のほうはメリット(私はプロフィットのほうがいいような気もしますが……)と言えるでしょうが、尊厳はメリットとは言えないでしょう。なぜなら、すべての人が尊厳は生まれながらに持っており、それを求めるのは奪われているからです。尊厳を求める主張とは、「私を人間として認めろ」という主張のことでしょう。
学問的な分類に即せば、利益を求める政治が「分配の政治」であり、尊厳を求める政治が「承認の政治」です。砕けて言えば、「分け前をよこせ」というのが「分配の政治」で、「ここにいることを認めろ」というのが「承認の政治」です。フェミニズムは後者の政治だと考えられていることからも、女性たちが求めていたものを「メリットだった」と断じることには無理があるように思います。

参政権を与える側も、メリットの有無で判断したのではなく、「女性が人間だと認めるか、認めないか」の基準で判断したということです。この話が、今日の補足の記事に続いていくわけですが……。

font-dafont-da 2009/11/16 21:46 >eri-naさん

そう解釈する論拠がないとなんとも言えません。

結論結論 2010/03/07 11:20 外国人参政権に賛成している奴は国賊の非国民。
日本人は朝鮮人に対し、加害国でもなんでもない。
戦争とはそういうもの。

font-dafont-da 2010/03/07 22:18 >結論さん

あなたの頭の中では、太陽は西から昇って東に沈むのでしょうね。宇宙とはそういうものなのでしょう。

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