Hatena::ブログ(Diary)

キリンが逆立ちしたピアス このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-06-11

[]なぜ、あなたが加害者を憎むのか?

 昨日、記事*1で紹介した元少年Aの本を入手して、怒りの記事*2をあげている人がいる。

「少年A 神戸連続児童殺傷事件加害者の手記「絶歌」のあとがきに怒りに震えた」http://quadstormferret.blog.fc2.com/blog-entry-224.html

 この記事を書いた人は加害者を許せないとし、「何をしても許すつもりなどありません」「本当の裁きがあなたにくだされることを願って止みません」などの扇情的な表現を繰り返している。本文を読まずにあとがきを判断することはできないので、私からはこの評が妥当かどうかはわからないが、少なくとも書いた人が加害者に憎しみを抱いていることは伝わった。これは、記事を書いた人が特別抱く感情ではない。昨日の記事でも、「金銭目的である」「読むべきではない」と加害者を断罪するブックマークコメントがいくつもついている。

 私がわからないのは、「なぜ、あなたが加害者を憎むのか?」ということである。被害者が加害者を憎むのは当然のことだ。私自身、被害者の絞り出すような「ゆるせない」という声をなんども直接に聞いてきた。私はそれは当然の感情だと思う*3。だが、なぜ第三者がそんなに憎むのかはわからない。加害者が手記を出すことで、裏切られた気持ちになる被害者・遺族がいたことは重く受け止めなくてはならない。だが、(被害者でも遺族でもない)「私たち*4」が裏切られたわけではない。手記を出版して内容がまずかったとしても、不法行為ではないし、それで「私たち」が傷つけられたわけではないのだ。

 また、被害者・遺族の気持ちは一枚岩ではない。多くのマスコミ報道では、「加害者に怒りを向ける被害者」がクローズアップされる。その裏側では、マスコミ関係者に「視聴者の共感が得られない」として、取り上げられない被害者・遺族もいる。マスコミ関係者は、視聴者が「加害者への憎しみ」に同一化するために、捏造ではなくても「情報の選別」や「演出」を行っている。同じ事件でも、被害者・遺族によって異なる感情を持つことがある。さらに、被害者・遺族が、家族の中で感情的に対立し、苦しむこともある。「私たち」が頭に思い描く被害者・遺族が実情とずれていることもよくある。「被害者の気持ちを考える」という真摯な気持ちが、いつの間にかマスコミ扇動に乗っている場合もあるのだ。にも関わらず、マスコミ関係者の中には、丁寧に被害者・遺族の取材を行っている人もいる。だが、そうした地味で堅実な報道を「私たち」が見逃したり、切り捨てたりしていることもある。

 加害者への憎しみをあらわにする前に、立ち止まったほうがいいことがある。念のために書いておくが、「加害者を憎む気持ち」は私は人一倍大きいと思う。それはマスコミだけではなく、直接に被害者・遺族の話を聞く中で蓄積されてきた「ゆるせない」という思いであり、そう思わなければ被害者・遺族に申し訳ない考える(勝手で一方的な)義務感でもある。だが、それとは距離を取りたいと思っている。自分では誠実に被害者・遺族に向き合っているつもりでも、かれらの憎しみを勝手に作り出して虚像を生み、自分の感情を発散するための道具にしてしまう危険は、どこにでも誰にでもある。つまり、「当事者でないことをわきまえよ」ということである。

 私がこんな風に思うのは「研究者だからだ」と考える人もいるようだ。確かに、私は研究者であり、他の人とは犯罪の問題に対する関わり方が違う。たくさんの手記を日常的に読み、実際に被害者・遺族にお会いすることがある。法律学者や弁護士から刑法の解釈を聞いたり、刑務所で処遇をしている刑務官と話をすることもある。加害経験がある人や、受刑者と話すこともある。その中で私の犯罪に関する考え方は変わってきたとも思う。それでも、私は大学院入学する前(研究者になる前)から根っこのところはあまり変わらないだろう*5。被害者の気持ちも、加害者の気持ちも、第三者にはわからない。だから、第三者がすべきことは両者の利用する制度について考えることだ。それは、被害者支援制度であったり、個人情報保護であったりするのかもしれない。また、刑務所や少年院保護観察、出所者の支援、警察の対応、加害者の家族を支えるネットワークなどかもしれない。

 加害者を憎むよりも、社会制度について考えたい。その基本的な考えはずっと変わっていない。当事者の実情を丁寧に聞き取り、社会制度のきちんと整備することについて考えることが、第三者である「私たち」のすべきことである。

 以下、加害者の問題やマスコミ報道について、参考になりそうものを並べておく。

心にナイフをしのばせて (文春文庫)

心にナイフをしのばせて (文春文庫)

謝るなら、いつでもおいで

謝るなら、いつでもおいで

弟を殺した彼と、僕。

弟を殺した彼と、僕。

加害者家族 (幻冬舎新書 す 4-2)

加害者家族 (幻冬舎新書 す 4-2)

セカンドチャンス!―人生が変わった少年院出院者たち

セカンドチャンス!―人生が変わった少年院出院者たち

犯罪不安社会 誰もが「不審者」? (光文社新書)

犯罪不安社会 誰もが「不審者」? (光文社新書)

追記

 この記事は「個人」間の犯罪の問題だが、「国家」間の戦争の問題を持ち出す人がいる。「戦争責任」の問題が難しいのは、悪行の責任が個別の「加害者」ではなく、「集団」にあることだ。並列して論じることはできない。

 

*1http://d.hatena.ne.jp/font-da/20150610/1433910920

*2:この記事は「あとがき」を丸々載せているのだが、これでは内容を無料公開している状態で問題になるのではないか。私も引用はよくするし、線引きは難しいところだ。引用を見る限り「あとがき」は独立した文章になっており、これでは「部分引用」ではなく「無断転載」にあたる可能性がある

*3:「赦し」の問題をやっているので、「赦したほうがいいいと思っている」と言われることもあるのだが、そんなことはない。別に被害者は一生赦さなくてもいいと思う。赦さなくても被害者は幸せになれる

*4:「第三者」や「一般市民」とされている人たち

*5:この記事に、犯罪に関する記事をまとめている→ http://d.hatena.ne.jp/font-da/20120221/1329816926

kiya2015kiya2015 2015/06/11 11:54 自分もこの加害者に対してさして関心はないのですが、
でもたとえば自分や自分の親族が被害に遭ったわけでもないのに「日本を一生許さない」と主張する人たちもいるし、
まあこういうのって人間が生理的にもってしまっている原始的な感情のひとつなんだろうなとは。

font-dafont-da 2015/06/11 12:05 >kiya2015さん
国家間の戦争であれば、それは「共同体」の問題であるので、不思議はないんですよ。ナショナリズムというものは、「集団」と「自己」を同一化させていきますから。「自己が所属する集団に対する攻撃」を、「自分への攻撃」とみなすものです。
その感情を、個人間の殺人事件に当てはめて理解するのには、無理があります。

serioserio 2015/06/11 12:43 被害者が同じ日本人であるなら、加害者も同じ日本人であっても、共同体の問題だと思いますが。

font-dafont-da 2015/06/11 12:49 >serioさん
そのまま当てはめると、「日本人(私たち)」は「日本人(被害者)」を傷つけられたから、「日本人(加害者)」を一生許さないということになります。意味わからないですけど。

確かに、共同体主義者は、犯罪は「共同体」が壊れている問題だから被害者をケアして、加害者を共同体に包摂しなければならないくらいとは言います。加害者を生み出したのは、私たち共同体のメンバーすべての責任だと考えます。これを専門用語ではコミュニティ・ジャスティス(共同体正義)と呼びます。
ただし、現代的でまともな共同体主義者であれば、その枠組み「日本人」というような国籍では限定しません。その地に住んでる人みんな、くらいの枠で考えます。

kiya2015kiya2015 2015/06/11 13:02 「国家」によって殺されたとしても、「個人」によって殺されたとしても、死ぬということでは一緒なので、あまりそこで区別つける意味がわからないんですよね。
そりゃ違いはあるのでしょうけど、それは程度問題のグラデーションであって決定的に異なるとは思えない。
個人間の事件の被害者に感情移入して「自分」と「被害者」を同一化させて義憤にかられるのと、
「自分」と「国家」を同一化させて天下国家のできごとに対して義憤にかられるのは

少なくとも脳内における化学伝達物質のやりとりとしては似たようなものでは。



まあ、共同体主義者の「加害者を生み出したのは共同体全体の責任」という論法もあまり好きじゃないですね。
伊集院光がよく言うように、「不良のほうはやたらと保護され擁護されるのに、真面目におとなしく生きてきた人たちが不良が生まれた責任のようなものまで負わされる」というのはあまり納得ができないので。

font-dafont-da 2015/06/11 13:12 >kiya2015さん
「国家」に「自己」を同一化させるための、政治的装置はたくさんあるわけで、その分析は社会学や政治学に山のようにありますよね。その理由やからくりはわかっているわけです。
他方、個人の犯罪被害者に対して「自己」を同一化させていることへの分析は、犯罪学で行われています。たとえば、米国の場合は国家防衛のための警察予算増大のために、政策的に行われたという指摘はあります。この場合は、国家と個人は切り離せません。しかし、日本の今回の場合は、米国と同じように政策的に国家に先導されているというよりは、もっと個人的な感情に駆られてように見えるので、同一視はできないと思います。

個人を自己同一化するときに分泌される脳内物質の研究は私は見たことないですね。脳科学は、自然科学ですから曖昧な「自己同一化」という状況設定ではなく、もっと限定的な場面(たとえば、目の前で惨殺事件を見たときなど)を設定すると思います。

別に共同体主義者が「嫌い(?)」なのはいいんじゃないでしょうか。政治的立場の一つにすぎません。

kiya2015kiya2015 2015/06/11 13:37 別の論点を提示しておくと、
「猟奇殺人の加害者にも本を出版する権利はある」という擁護があるけれども、
フツーの貧困層の人たち(自分も含む)がたとえば太田出版に「生活苦しいから自伝出して」と言ったところで、
絶対に出版なんかしてくれないですよね。
それいう「権利」ってお題目として存在するだけで現実には行使できない。
だからそういう人たちからしてみれば、「犯罪者にはある種の特権が与えられている」ようにみえる。
それこそ静かに生活保護を受けるという手段もあっただろうに、そこまで行き着く前に出版という形をとった。
そこにはやっぱりお金儲けしたいとか自己顕示欲を満たしたいとか、そういう欲望を感じてしまうので、まあ気分は良くないですね。

ほいほい 2015/06/11 13:48 私は研究者ではありませんが、「自分は当事者ではないとわきまえる」ことは大事だと思っています。それは私が母親だからかもしれません。子供が関係する事件の場合、被害者のご両親の気持ちを想像するに耐えないものがあると同時に、加害者の両親の心の痛みも感じてしまうからです。私の子供が事件に巻き込まれたなら、私は一生加害者を許すことはないです。しかし今はまだ私は当事者ではない。犯罪への怒りや哀れみを感じないということではなく、第三者としての冷静さは必要だと思っています。そうでなければ、深刻な犯罪も一時の激烈な感情を吹き上げるだけに終わってしまい、その教訓を社会に活かすことが難しくなってしまいます

font-dafont-da 2015/06/11 13:48 >kiya2015さん
「本人の実力」ではなく「特権(?)」があるように見えるわけですね。
私も常日頃「本が出たらいいなあ」と思っていますが、こんな自分を切り売りするような本は嫌です。その辺は感覚の違いですかね。

もう一つ付け加えると、私はこの手記の男性が、「お金のため」「有名になりたい」という理由で出版したならば、ある意味よかったと思います。なぜなら、それは「ふつう」の考えだからです。叩かれるのも「ふつう」のことです。
そうではない、もっと別の「他の人なら、そんなことのために出版しない」ような理由で出していたら、嫌だなあとは思っています。
読んでないですし、今後彼がどうするのかわからないので、なんとも言えませんが。

mani023mani023 2015/06/11 14:00 同じ様な事件が(自分達に)起きて欲しくないという、集団的自衛権みたいな感情があって、それはマスコミやネット上で扱いやすい類いの話という事です。あなたの「なぜ?」もそれを配慮して書かれていれば良い記事になったと思います。

kiya2015kiya2015 2015/06/11 14:05 >私はこの手記の男性が、「お金のため」「有名になりたい」という理由で出版したならば、ある意味よかったと思います。
>なぜなら、それは「ふつう」の考えだからです。

たしかにそれはそうですね。
加害者を叩いている人たちは、ある意味「自分たちと加害者の世界認識が地続きである」という信念があるから叩ける。
たとえばこれが未知の生物のしわざだったり自然現象によるものだったら、「恐れる」という反応は出ても「叩く」という反応は出てこないでしょう。
そういえば、違う記事のブクマではてサの人が「嫌韓本は読んだ人が影響されるからダメだが、今回の加害者の本の場合は性的異常や精神病質なので読んでも影響されないから問題ない」と書いていましたが、
ああそういう考え方だったら義憤にはかられないよなと納得しました。
「加害者は我々からはまったく理解できない別の星の人間だ」という切断操作がまずあるので、冷静に眺められるわけですね。

font-dafont-da 2015/06/11 14:17 >mani023さん
集団自衛権とは、国家防衛のための同盟関係を基盤にした戦争を正当化するための装置です。個人的な感情ではありません。あと、別にあなたに良い記事だと思われなくてもいいですよ。

font-dafont-da 2015/06/11 14:23 >kiya2015さん
そのはてサの人(?)というのが誰で正確になんといったかわかりませんが、この加害者の診断は「精神病質」ではありません。「性的異常」も精神医療では使わないと思います。なので、そのまま書いてらしたなら間違いです。
ただし、この加害者の場合は、「ふつう」の考え方で事件を起こしていません。そこは精神鑑定や矯正保護の過程でわかっていることです。それが凶悪事件の加害者の更生の難しいところです。「相手が自分と同じである」と思い込んだ人が、勝手に加害者像を思い描いて義憤にかられているのだとすれば、わからなくもないです。
でも、彼に関してはたくさんの書物が出ていますから、丁寧に読めばすぐにわかることです。やはり、相手を知ることから始めなくてはいけないという話になりますね。

mani023mani023 2015/06/11 14:28 >font-da さん
ごめんなさい。全部おっしゃる通りです。
あと関心はないでしょうが、私はあなたの記事は良い記事だと思ってますよ。

kiya2015kiya2015 2015/06/11 14:38 たぶん、普通の人がこういった加害者のことを調べて知れば知るほど、
「自分と同じ感情をもった人間なんだ」ということがわかって、なおさら憎むようになると思いますよ。
あまり現在の精神科学を信用していないので適当なことを書いて申し訳ないのですが、
この加害者が「ふつう」でない程度には普通の人も「ふつう」ではないし、
逆に言えば普通の人が「ふつう」である程度にはこの加害者も「ふつう」の人間じゃないかしら。
だからこそ同族嫌悪というか、人は自分とまったく違う世界で生きている他人の悪事より、
自分と似た境遇で生きているにもかかわらず道を踏み外した他人に対して厳しく当たるのではないでしょうか。

TPTP 2015/06/11 15:26 [国家とは別のテーマとして]
人間は共感をもって他者を理解する物です。
犯罪を憎む人もいれば、殺害を憎む人もいます。
実際のところ、あなたは「なぜ」憎むのかは本当は理解していると思われます。

自身を集団と置く心理はあらゆる物事に対してあるものです。
ある事件を見て、自分は「被害者側」であると自己定義した結果、犯人を(もしくはその行動を)憎むのです。
それは自身を「無関係な側」に置かなかっただけであり、そこには法的な第3者であるかは関係ありません。

もちろん、その理由はいろいろあるでしょうし、短絡や鬱憤が原因かもしれません。(そうでないかもしれません)
もしそうだとしても、結果として得られる感情は現実のもので、それは行動(憎しみの表現)する理由足り得ます。

特にこんな事件だと、犯人のあらゆる行動を怒りに転換できる人が一定数居ても不思議はないです。


以上、読む前なので憎しみも共感もない私の考える「なぜ」の答えでした。

font-dafont-da 2015/06/11 15:43 >kiya2015さん
そんな憶測で言われても私はなんとも言えません。
彼は「人を殺してはいけない」ということを理解するためには、精神医学の知見をもとにした援助が必要でした。
多くの人はその援助なしに理解できます。断絶は大きいですよ。

font-dafont-da 2015/06/11 15:46 >TPさん
すみません、論旨がほぼ理解できませんでした。

あなたはそう考えた、ということを書いたコメントでしょうか。
でしたら、ご自身の意見を書くためのブログを立ち上げて書いてはいかがでしょう?

   2015/06/11 18:22 フェミ絡みで弁えられない人が余所様に弁えなさいって恥ずかしいからやめれば良いのに
恥の意識なんか無いからこんな記事書いたりフェミみたいな恨み節にしがみつくんだろうけど

font-dafont-da 2015/06/11 18:31 ↑こんな感じの悪口はあちこちでたくさん頂いております。
私が、一貫して「自分を主語にして問題を語る」か「第三者や制度の問題を語る」かに絞っていることに気づかない人はたくさんいるのです。そして気づく人は、すぐに気づきます。

aa 2015/06/11 19:06 「なぜ、あなたが加害者を憎むのか?」ということである。

「加害者を憎む気持ち」は私は人一倍大きいと思う。

上記の文章は、矛盾していると思ったので指摘させてください。

全文脈から考えて、「私も加害者を憎む気持ちはあるが、憎しむ気持ち)、なぜ表明するのか?」にしないと上記の問いに関する論旨として一貫性がありませんよ。

冒頭のその問いですが、あたかも第三者が加害者を憎む気持ちが理解できないといわんばかりの印象を与えてることは、コメントを見たらわからないですか?

font-dafont-da 2015/06/11 19:21 >aさん
確かにそこだけ取り上げたら矛盾になりますね。
私が憎しみを抱く理由は本文中に書いています。さらに、それをあらわにしない理由も書いています。
ですので、文章の流れを追っていただければ、矛盾ではないことはわかります。
(でも全文脈を読んでも、そのことがわからないんですね。残念です)

勝手に印象付けて誤解する人がいるとするならば、読み手の中に何か偏見があるんでしょうね。

NnyuuNnyuu 2015/06/11 19:38 通り魔殺人で地域の子供全員が被害者になりえた。
被害者・遺族の方が、仮に更正して償ってほしいとおっしゃっても、私は加害者に消えてもらいたい。神戸に住んだことはないですが。
もちろん被害者・遺族の方の意向が尊重されるべきで、無責任な思いなのは分かっています。
実際には出所してくる以上、社会の対応を考えていない点から無責任なことも。
けれど地域全体への犯罪である以上、運良く被害者にならずとも、加害者を憎み、排除したい欲求は自然なものだと思います。
地域の広さが神戸で閉じているのか、日本全国なのか、どこで線を引けばいいのかはわからないのですが。
高校生首切り殺人事件・佐世保小6女児同級生殺害事件のような、加害・被害者間の関係で起こされた事件と、
神戸連続児童殺傷事件・光市母子殺害事件のような事件では、当事者以外の立ち位置も変わると思うのです。
完璧な被害者を盾に石を投げていると言われれば、その通りです。

aa 2015/06/11 19:49 先ほどのコメントを見ていただければ分かると思いますが、全文脈を理解しておりますし一部共感しているところもあります。
その上で、筆者の方も認める部分的な矛盾と多くの読者からの誤解を受ける原因にもなっている一文を指摘させて頂きました。そして、誤解を受けにくく論旨から見ても適当な文章を提案したのですが、私の書いた全文を読んでもその事がご理解いただけないんですね。残念です。

自分自身でも部分的な矛盾を認め、実際に多くの方から誤解に基づく批判コメントが集まっても現実を受けいられないのは、書き手の中に何か偏見があるんでしょうね。

font-dafont-da 2015/06/11 19:52 >Nnyuuさん
そうですか、私は当時、神戸に住んでいました。大変でしたよ。
詳しく書くつもりはないですが。

殺人事件はどこででも起きます。日本では、特に家庭内殺人が他国より大きな割合を占めています。だからといって、家族は怖いから一人暮らしをしようという話にはなりにくいと思います。

犯罪不安はマスコミや警察によって煽られます。記事で紹介している浜井浩一さんの「犯罪不安社会」などを参考になさってはいかがでしょうか。不安の理由がわかって、少し落ち着くかもしれません。

font-dafont-da 2015/06/11 19:53 >aさん
そうですね、余計なお世話というものです。

kinoko_2002kinoko_2002 2015/06/11 20:22 ブコメで実に良いツッコミを食らってたので回答を聞きたいです。
「サカキバラの手記を出版するなんて普通に遺族に対するセカンドレイプでしょ。この領域のセカンドレイプに寛容なのは何で?」
「他の記事みたけど、この人フェミ的話題に関しては自分が被害者でもないのに怒り狂ってるやん」

halhal 2015/06/11 21:24 「第三者が公の場で表明するほど、そこまで憎しみを覚えることはない。マスコミによる傾向報道等がそれを見た各人の判断をミスリードさせている場合もあるので、その憎しみは必ずしも正しくない場合もある。そもそも被害者の気持ちも加害者の気持ちも、その真実は第三者には知りようがない。したがって我々第三者は当事者でない事をわきまえ、それらについての社会制度を考える方が遥かに有意義だ」といったところでしょうか。
この解釈が正しいとすると、このコメント欄の多くの批判者は「「私たち*4」が裏切られたわけではない。手記を出版して内容がまずかったとしても、不法行為ではないし、それで「私たち」が傷つけられたわけではないのだ。」という部分の表現に怒りを覚えて、反射的に反論しているのではないでしょうか。「感情的にはこうなるのはよくわかるし自分もそういう部分もあるけど、実際はこうした方が価値があるよね」なんて柔らかい表現だと、皆受け入れたかも・・。

font-dafont-da 2015/06/11 22:52 >kinoko_2002さん
「セカンドレイプ」とは、性暴力事件の被害者が、警察・家族・友人・関係者・医師・司法関係者などから、「無視」「被害者叱責」「被害を矮小化する発言」などを浴びることを指します。また、マスコミの報道被害も含まれます。
この事件の場合は、加害者は性的衝動についても触れているようですが、殺人事件ですから一般的に「セカンドレイプ」という言葉ではなく、「二次加害(被害)」という言葉が適切です。
また、加害者が「反省しない」「暴力行為を繰り返す」「賠償責任を果たさない」などは二次加害とは呼びません。一次加害のあとの、継続または反復する加害とみなされます。
以上の理由で、私は手記の出版を「セカンドレイプ」とはみなしていません。

フェミ的話題のことは、どの記事の何を指しているのかを指定してください。
私は原則として「自分の辛かったこと」か「第三者の不適切な発言」「制度の不備」に怒っています。一番、怒っているのが多いのは被害者支援関係の不備でしょう。
具体的な人物に対して、(発言内容への批判ではなく)「許さない」等の憎しみを表出している記事があれば、それを指摘してください。

font-dafont-da 2015/06/11 22:53 >halさん
そういえば、日常生活でも「もっと優しく言ってくれないと聞いてあげないよ」みたいなこと言う人いますね。

画像の文字列画像の文字列 2015/06/11 23:06 この手の話題は大抵の人は今後の為の理性ではなく今この瞬間の怒りの感情で食いついているだけですからね。ハンドルの壊れた車ですわ。

Q9qQ9q 2015/06/11 23:47 他の方の記事と合わせて読むうち、ふと「なぜ、あなたが加害者を憎むのか?」という問いと「なぜ、あなたはその本を買うのか?」という問いが表裏一体であるような気がしました。
加害者が本を出版しても、その本が売れなければ多くの方はここまで怒り、また憎むこともなかったのではないかと思います。
そして「当事者でないのに憎むこと」と「当事者でないのに買うこと」は正反対でありながら非常に似ている。
なんとなく、ですが、もし世の中がfont-daさんのように「当事者でないことをわきまえる」人ばかりなら、そもそも例の本は売れないような気がしました。

たろうたろう 2015/06/12 00:10 これは本能的な問題だと思いますよ
人間に限らず集団的な動物は群れの誰かを攻撃されれば守ろうとするし報復しようとする。それはあくまで被害者と加害者の個人間の問題などとは考えません。
また、そもそも「身内」をどこに定義するかはあくまで曖昧な事はでしょう。
友人までの人、知り合いまでの人、あるいは家族までの人、親までの人子までの人そこの中にはも更に差のある人。
何を言いたいかというとシンパシーを感じる範囲は人に寄って違うし、それはケースによっても違うわけです。
母国を侮辱されれば許せない!と激怒する人は世界中にいますし、一方で堀江氏の様に国家と俺に何の関係があるんだという様な人もいるわけです。
これは単に、貴方がシンパシーを感じる範囲が狭いか、あるいは対象がその人らと違うだけの話です。
そもそも被害者や加害者の心情を研究対象にしている人の発言とは思えませんね。そもそも貴方に関係のないで事件ではありませんか。
生き方と言動が矛盾しています。随分と薄い考察で研究者人生を送って来られたのですね。羨ましい限りです。

font-dafont-da 2015/06/12 00:11 >Q9qさん
「憎むこと」と「買うこと」が対だというのが、よくわかりませんでした。
「憎むこと」の反対は「無関心」だと言われることもあり、「読まないこと」と対になるのはわかります。
なので、私は「憎むこと」も「読まないこと」もどちらも避けたい態度です。

font-dafont-da 2015/06/12 00:12 >たろうさん
たぶん、本能のままに書かれたからだと思うんですが、論旨がよくわかりませんでした。私のことが羨ましいということだけ、了解しておきます。

Q9qQ9q 2015/06/12 00:18 言われてみるとそうですね、対ではありません。
相似と言うべきでしょうか。「憎むこと」も「買うこと」も「関心」の表れです。
この「関心」の表れ方にも、行き過ぎたもの(憎むこと)とそうでないもの(読むこと)があり、後者を支持しつつ前者を支持しない、というのが記事の主題でしょうか。
この、ある種関心の好ましい表れ方である「読むこと」が必然的に加害者への利益になってしまっている点が、問題をややこしくしている原因、という気がしますね。
「無関心」を避けつつ、加害者に益しない、そのような第三の選択肢がありうるとすれば、出版社側の努力か、さもなくば加害者の直接の行為が必要不可欠という気もします。そして現在、その選択肢は無い。

font-dafont-da 2015/06/12 00:37 >Q9qさん
そうですね、今回の手記の出版以外の方法があったのではないかということは、私も念頭にあります。ただ、それこそ私には出版に至った詳しい経緯や背景がわからないので、なんとも言えませんが。

halhal 2015/06/12 01:53 もうひとつだけ。
今更ですが「第三者がそんなに憎むのかはわからない」という部分に「わからないことはないだろ!」と、感情的にはありえない反応としてコメント欄の皆は書いてるのですね。font-daさんが憎む気持ちがないという事はない、というのは但し書き部分(「加害者を憎む気持ち」は私は人一倍大きい)でわかるのですが、ここは「矛盾」としか見てもらえない様子ですね。記事の内容からすれば、私には、

『私が直接被害者遺族の話を聞く中で蓄積されてきた、いわば「直接的な情報」によって感じた憎しみであっても、その感情はやや不正確なものである。ましてやメディア等を通じて得た間接的な情報だけでは、その感情がかなり不正確なものであると言わざるをえない。このような不正確な情報であってもそこまで強い憎しみを第三者が覚える事には、私は理解できない。不正確な情報しか得られない立場であるなら我々は、もう少し理性的な行動(社会制度を変えていく)を取る方が、結果的には将来の同様な事件に対する有意義な行動になるのではないか。』

と読みました(間違えていたらすみません)。ネットで炎上するタイプの記事としては、感情的行動を理性的行動で諭す(特に感情的行動を否定している場合)とよく起きますよね。たくさん見て気がします。それを経験した人は「もっと優しく書かないと聞いてくれないんだなぁ」と、学ぶことになるのです(笑)

font-dafont-da 2015/06/12 02:57 >halさん
このブログには初めて来られたんですか?
過去ログ見たら、私が何十回も炎上しているのがわかりますよ。
優しくしないと聞かないひとは、このブログ向きではありません。

を入力してくださいを入力してください 2015/06/12 04:29 何人もの人間を傷つけた人間なのに、本で儲かっていけしゃあしゃあと生きてるのがいけ好かないんでしょうね。

社会防衛的に考えれば、生活に困らない程度に稼がせといた方が再犯される可能性が下がって助かると思うのですが。

なななな 2015/06/12 05:40 社会制度やハード面が問題でそこを変えなくては、という意見はわかりますが、それは難しいからやりたくない!って思う人が大半だからじゃないですか?
制度を考えて行くにはそれこそ事件そのものや制度を知らなくてはいけません それは面倒 だけど事件に心は動かされていて、意見は言いたい
多分、そういう感情的な意見を言う人はその分野においては勤勉ではありません(私もそう)だから、あなたのやりたいことの土俵には立ちたがりません 勉強しないといけないから 所詮他人事で、自分の時間を使おうとは考えてない
たぶんこれが大半なのでは そして勉強してる人にお前の意見は底が浅い、考えてないならその意見は他人事だし、考えてるなら冷静に考えてくれ、と言われて反論しようとしてる、という現状なんだと思います

nanaminonanamino 2015/06/12 08:29 意味がわかりません。犯罪に対して第三者が怒るのってごくごく普通の事だと思うんですが…。自分が被害者でないなら誰かが酷い目に逢っても無関心であるべきだと?見知らぬ他人の痛みを思いやり、加害者に怒りを感じるのはいけない事だと?人間社会そのものの否定ですね。
まあ、本を買う事自体が犯人の金儲けに荷担しているので、買って文句を言う心理は理解できませんが。
少なくとも今回の事例では被害者遺族が加害者の行為を批判しているので、それに賛同し応援するのは遺族の意に沿っているのではないでしょうか(遺族が何も言っていないのに勝手に代弁している訳ではない)。
そもそも、冷たい事を言ってしまえば被害者の遺族だって所詮は第三者ですよ。被害者は殺された子供、暴行を受けた子供、その当人でしか有り得ません。特に性犯罪では被害者の家族がセカンドレイパーになる事例も有り得ます。被害者の親とそれ以外の人々を分ける分水嶺ってどこでしょうね?

ファイアフェレットファイアフェレット 2015/06/12 12:27 ご紹介いただいた「怒りの記事」の投稿者です。

正直「共同体」などとあまりにも高度な書き込みが多く
私ごとき非才の身では気後れしてしまいますが、短く書き込みます。

font-daさんの「なぜ」のお答えしたく存じますが
font-daさんは自分で答えを出されていますね。

さらに言わせて貰えばnanaminoさんのお考えが非常に近いものがあります。

私は「当事者でないことをわきまえよ」と言われるまでなく
当事者でないことをわきまえていますが、
ブログで発言したことを当事者じゃないからといって
発言するのは自由だと思います。

それだけです。

font-dafont-da 2015/06/12 12:36 >ファイアフェレットさん
はい、言論の自由はあるので、私も「書くな」とは書いていません。
第三者は憎しみを抱くより、制度について考えたほうが良いという考えを私は書いているし、それに対する批判も受けました。
大きな事件に対してどのように考えるかは人によって違うので論争はおきて当然です。
それで良いのではないでしょうか。

hobo_kinghobo_king 2015/06/12 13:34 はじめまして。
凶悪犯罪事件から派生する諸々の出来事というのは、真剣に向き合えば向き合うほど、夏目漱石じゃないですけど「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される」という草枕案件なのかなと思います。
地道に、理性的に次の悲劇を無くそうという姿勢は「法の適切な整備や次の悲劇を抑止するという意味で非常に重要な姿勢」だと個人的に思うのですが、そういった冷静に努めようとする姿勢は、この大本の事件の様に凶悪かつ子供が被害者になるような事件においては共感を得られにくいどころか冷酷に映るものなのかも知れません。感情的には報われることも少ない損な役回りとも言えそうです。
また「わきまえる」という考え方も個々人によってその水準が大きく異なるので、この話を感情的にしがちな原因の一つなんでしょう。人がどんな立場(親とか法曹関係者とか)でこの出来事を見るかによってもかなりの差が出そうだとも思います。
ですが、全体として非常に納得できる内容でした。断言できるような情報を持たないので「思います」みたいな文章に終始していてかなり意味のないコメントでなんなんですが。

font-dafont-da 2015/06/12 13:55 >hobo_kingさん
ありがとうございます。そういう問題なんでしょうね。
「わきまえる」という言葉はまずかったなあと思います。
もう少し明確で限定的な表現にすればよかったです。

riku_mioriku_mio 2015/06/12 16:05 賠償金を支払わない加害者への非難もよく聞かれますが、どうして加害者は賠償金を払おうとしないのか、解決するにはどうすればいいのかまで検証したメディアを見たことがないのが残念です。こういうのを見ると加害者は憎むべき存在にしなければ読者の共感を得られないとメディアは考えているような気がします。

font-dafont-da 2015/06/12 17:30 >riku_mioさん
賠償金の問題は本当に深刻ですね。
実際に払うことができない場合と、 払えるのにやめる場合とありますが、どちらもなんとかしないといけないでしょうね……

AA 2015/06/12 18:19 加害者を憎むよりも、社会制度について考えたい。その基本的な考えはずっと変わっていない。当事者の実情を丁寧に聞き取り、社会制度のきちんと整備することについて考えることが、第三者である「私たち」のすべきことである。

結論で示されてる内容は別に「なぜ、あなたが加害者を憎むのか?」とか「当事者でないことをわきまえよ」とか扇情的な表現を使わなくても言えるのに、なぜ感情的な人たちの怒りや憎しみを焚き付けるような表現をするんですか?

結果、あなたの言論で第三者であっても加害者に対する恨みを持つのは、当然だと言う意見で溢れっていますよ。自分の論旨とは矛盾した結果を招いていることを重く止めて、第三者である立場をわきまえた言論をしなければいけないのではないですか?

riku_mioriku_mio 2015/06/12 19:04 >font-daさん
賠償金を支払う社会的な意義が正しく理解されていないのも大きいのではないでしょうか。被害者や遺族が訴訟を起こすと金目当てかという批判も見かけますし。

font-dafont-da 2015/06/12 19:17 >font-daさん
難しいところです。出所者が職を探すのが難しいこともあると思います。
あと、ご遺族が一括で払って欲しいけれど、その額を準備できないこともあります。
本人が、払い続ける(向き合い続ける)重みに耐えられないこともあります。

単純に開き直って逃げる人もいるので、ケースバイケースで考えるしかないんでしょうね。

riku_mioriku_mio 2015/06/12 21:34 >font-daさん
なるほど。

A元少年への市民感情を見ると、反省を求める声とサイコパスだから反省するわけがないという声をよく見かけます。こんな矛盾した感情が出てくるのはなぜかメディアや研究者の検証がほしいところですね。

font-dafont-da 2015/06/12 22:29 >riku_mioさん
そうですね。サイコパス自体が、精神医療でも世界的に論争のある診断名です。
おそらくメディアの研究の対象になるのではないでしょうか。

認証待ち認証待ち 2015/06/13 03:45 大衆は既に事件を起こした加害者に切れてばかりで
被害者予備軍を守ろうという発想には至らないんだよな。

あ 2015/06/13 08:37 当事者でないから放っておけというのは、この件を出すまでもなく日本人には無理でしょう。
サムの息子法の件が数万人にシェアされたように、国によっては今回みたいな事はそもそも起こり得ないという実情も知り、
そういう法を制定するべきという、現状の制度に対する義憤に駆られる方々も否定されるのでしょうか。
加害者が憎いとか許せないとか、そういう個人の感情を超えるものがあって炎上に繋がったとも言えます。
いまや炎上マーケティングで経済も回っていますからね。
冷静であれということは、積極的に無関心であれと言っているようなものだと思うのです。
炎上したものは個人の力でどうしようもできないですし、
そういう国民性ということで。

font-dafont-da 2015/06/13 08:59 >あさん
私は国民性みたいなものは、あまり信じていません。
少なくとも犯罪政策や、それに対する世論の形成は、歴史で作られていきます。
米国の犯罪学ではすでに研究が出ています。

ishiishi 2015/06/13 12:32 被害者への共感同情といつか自分の身にふりかかるかもしれない恐怖からだよ

ALAL 2015/06/13 15:43 矛盾に対しての指摘に余計なお世話なんて一蹴しないで素直に受け入れればいいのに。そういう姿勢はあなたの研究にも影響を与え、矛盾だらけの研究になってるかもしれないよ

font-dafont-da 2015/06/13 17:52 >ALさん
論文読んで判断したらどうですか?

な 2015/06/13 23:19 死者は甦りません。加害者と被害者が話し合うこともできません。
だからこそ殺人事件の加害者を憎み、被害者家族には同情する。
font-daさんの主張どおり一般人なら、そう考えるのが普通だと思います。

何らかの事情で犯罪をしてしまった事案であれば、加害者の心情を理解することも可能でしょう
しかし神戸連続児童殺傷事件などの異常としか思えない加害者に対しては恐怖と憎しみだけで、加害者の心情を理解しようと思えません。
基本的人権を持ち、人の姿をしていても心の有り様が一般人からかけ離れ、異質すぎる加害者は、ある種の怪物となってしまったのでは無いでしょうか?

そんな怪物が、どうやって生まれたのか判りません。特異な子供だったのか、得意な環境に育ったからなのか今後、数百年間も研究しも判らない私は思います。
今、居る怪物を理解できたとしても、今後も生まれてしまう新種の怪物には、多くの研究成果が利用不可能ではないか?と私は思っています。

もし、異常な犯罪まで防げる制度があるのであれば前世紀的SFの恐怖の完全監視社会しかありません。

もしくは異常な殺人事件を未然に防ぐ現実的な方法を挙げてみろと言われれば10代になった国民全員に精神鑑定でも行い、疑わしい人たちを集中監視するぐらいしか思いつきません。

これぐらいしか私のような非才な身には、良い社会制度を作るためのアイデアが無いのです。

それ故にfont-daさんが挙げた被害者支援制度では怪物を更生することも社会制度で再犯を防ぐことも少なくすることが出来るかどうかすら私にはわかりません。
たしかにシステムを改善し続ける努力はすべきですが、その方法論の限界点も見極めなければならないでしょう。

font-daさんの私案でかまいませんので具体的な策は、お持ちなのでしょうか?
その私案が理想な状態になったとして、どの程度まで犯罪を防げると、お考えなのでしょうか?

font-dafont-da 2015/06/13 23:53 >なさん
それらの疑問には多くの人が答えてきました。私に質問する前に自分で調べてみましょう。上の記事にもたくさん参考図書をあげました。

な 2015/06/14 04:07 すいません、実はfont-daさんが挙げた本の半分は既に読んでいます。
ですが、それらに書かれていることが、まったく私には理解も納得もきません。

何故、私がfont-daさんの考えに疑問を持つのか。
多分、たぶん私とfont-daさんの考え方や出発点が間逆からではないかと私は考えています。

だから研究や付随する知識は役に立つのですか?と疑問を持ちます。
それゆえ具体的な何らかの方法論があるか聞きたいんです。

以上の様な意見を持つ私はfont-daさんから見て異質な人間に見えるのではないでしょうか?

font-dafont-da 2015/06/14 07:14 >なさん
どれどどれをお読みになりましたか?

な 2015/06/14 15:26 「心にナイフをしのばせて」「加害者家族」「無期懲役囚の更生は可能か」ぐらいです。
一時期、この手の本を読み漁ってことが、ありました。
研究者の人には、素晴らしい1次資料なんでしょうけど
私が、これ以上は読んでも意味はないと思ったので、今は
手を広げていません。

font-dafont-da 2015/06/15 02:31 >なさん
では、浜井浩一さんの「犯罪不安社会」が良いのではないでしょうか。防犯について書いていますし、一次資料ではなく研究書です。こちらをご参考になさってください。

な 2015/06/15 14:45 かつて我々の身近にあった「死」や「病気」が今や医療の発達で遠のきました。
ですが逆に、その遠ざけていた「死」や「新種の病気」が、とつぜん目の前に現れたときの恐怖は、他が平穏無事であるために巨大に見えてしまいます。

浜井浩一さんの「犯罪不安社会」の書評を、さらっと読んでみましたが「凶悪犯罪」でも同じような心の動きがあるのではないでしょうか?

ということで申し訳ありませんが、その本を読むつもりはありません。
もう、この手の知識を広げる必要が自分自身で感じられないからです

抽象論を聞くに私は飽き飽きしています。
これ以上、私が調べたい事があるとすればアメリカなどの諸外国の犯罪学を学びたいですね。


私の認識なのですが今の日本は、細かい問題があるものの、概ね問題ないと考えているからです。

font-dafont-da 2015/06/15 19:13 >なさん
私の勧める本を読まないのも、アメリカ犯罪学の本を読むのもご自由にすればいいんじゃないでしょうか。他人のコメント欄で言わずに、ご自分のブログなどで、ご意見をご発表ください。

な 2015/06/16 13:23 そうですね。その意見には賛成いたします。

本を読め以外の、お答えを何も頂けなかった事は私としては残念ですが

font-daにとっては飯の種をでしょうから答えを持っていていても、お前なんかに言う訳ないだろう。
と言われても仕方がありませんから。
研究者に一般人が質問できる貴重な場かな?と思い質問させていただきました。

自分の知的好奇心のみで質問しただけです。
その好奇心も私の中で消えました。

私の我侭に、お付き合い頂きありがとうございます。

font-dafont-da 2015/06/16 15:33 私はこのブログに関しては、どんな立場であれ、興味のあることには答え、そうでないことには答えません。研究者を名乗る人に対しても同じです。
研究者と議論がしたいのであれば、学会に参加するのがオススメです。誰でも参加可能なものがたくさんあります。交通の問題もありますが、私自身、研究者と議論したいときにはそこに行きます。

AA 2015/06/17 15:16 自分は好き勝手に書きたいこと垂れ流すけど、他人には立場をわきまえろって言うんだ。へー、不思議な研究者もいたもんだ。

font-dafont-da 2015/06/17 15:19 >Aさん
自分の感情を特定の人物にぶつける文章と、自分の考えを述べる文章との見分けがつく人とつかない人はいます。その人の能力の問題なので、私は不思議だとは思いません。

AA 2015/06/17 18:08 不特定多数の人に扇情的な言葉を使った文章を上から目線でぶつけることが、どうして単に自分の考えを述べただけになっちゃうんですかねー。自分の文章に対する評価雑過ぎ。

第三者が事情をよく知らないで叩いてるのが気にくわなくて、憎むより社会制度を考えようとか言う小学生でも思い付く理屈を述べてるだけでしょ。実際、その社会制度については具体的に述べられてないし、なさんに突っ込まれてもスルー。研究者の肩書きが泣いてますよ。

他人の感情的な反応に釣られて駄文を書く暇があったら、被害者救済、加害者の更正と社会とのより良い共生を作りだすような具体的な社会制度に関しての提案をしてください。

それが第三者のすべきことなんでしょ?期待してますよ。

font-dafont-da 2015/06/17 20:56 >Aさん
ずーっと書き込んでますよね?
これ以上繰り返すようなら、粘着認定してアク禁にします。
たまにこういう人いるんだよなー。

syo-yu-misosyo-yu-miso 2015/06/18 13:32 記事の内容に同意しますが、
子供を殺されたってのは憎しみの共感を呼びやすいでしょうね。
死体も凌辱されてますからね。やっぱり憎しみを共感してしまいますね。

理性をもって他人の憎しみを扱えず、自分のものとして表してしまう
ような人間もいるのが社会なので溜飲下げる制度が必要なんですかね?
でもその解決策が問答無用の死刑とかだとヤバい感じですね。

太田出版は社会的意味があると声明出しましたね。
みんなで考えないとですね。

ただ、被害者遺族の一人が出版をやめてくれと回収してくれと完全に
言い切っているので、そこがすっぽり抜けて制度とかを考えるのも
なんかやばい感じですね。

font-dafont-da 2015/06/19 08:24 >あおさん
(1)本の内容については、「セカンドレイプ」ではなく、性暴力という言葉が適切だと思うからです。それから、私は「セカンドレイプ」という言葉を避けて「二次加害(被害)」という言葉を一貫して使っています。もう7〜8年、このブログを立ち上げてからずっとです。
(2)原則として、被害者が告発してはじめて、その出来事を「性暴力」と名指すようにしているからです。周囲が勝手にある出来事を「性暴力」と名指すこと自体が暴力になり得ることね配慮しているからです。その理由も、上のコメントもできましたら削除いただきたいです。こちらも、一貫しています。

どちらも私の指針ですので、このブログでそれに反する点があれば具体的な箇所をあげてお知らせくださき。

あおあお 2015/06/19 18:02 「二次加害(被害)」と呼ぶ、ということは了解しました。
こちらのブログの方針に反する言葉を使ったコメントをしたことをお詫びします。
コメントの削除の方法がわからないので申し訳ありませんが、その必要を感じるのであれば削除してください。お手を煩わせて申し訳ありません。

>>このブログでそれに反する点があれば具体的な箇所をあげて
とのことですが、私は言葉やブログの厳密性について追及したいのではありません。ただ、この記事のコメ欄でのkinoko_2002さんとのやり取りのなかで、
>>この事件の場合は、加害者は性的衝動についても触れているようですが、殺人事件ですから一般的に「セカンドレイプ」という言葉ではなく、「二次加害(被害)」という言葉が適切です。
と答えられているのを見て、「この事件はかなり悪質な性暴力事件であるのに、font-daさんは性暴力を矮小化して見ている・・・???」と感じて混乱してしまい、先のコメントをしてしまいました。
けど、font-daさんからの返信で
>>周囲が勝手にある出来事を「性暴力」と名指すこと自体が暴力になり得ることね配慮している
と書いていただき、font-daさんの方針を了解しました。
無礼なコメントをしてしまい、すみませんでした。

font-dafont-da 2015/06/19 20:42 >あおさん
削除いたしました。ご事情も理解しました。
私もあおさんのおっしゃっている部分は気になっています。
しかし、今のところ、どうしていいのかわからない事態です。ご本人が亡くなっていることは重く受け止めていますし、それだけに今は言及せずにいます。

ちょびちょび 2015/06/27 02:14 はじめまして
加害者をなぜに憎むか。というよりも本質的に加害者に限らず何かしら感情的で憎むなどします。
他人への攻撃とか某掲示板だと頻繁に晒しとして愚痴のように書き込まれてます。
あれと同様だと個人的に思う。
反省してないか言ってる人いますが、これも中国や韓国同様のようなものです。
結局反省してようがいまいが関係ないです。
許す気なんて初めからないのに、反省を求めてる感じですかね。

被害者のことを考えて恨んでも仕方がないもの。
被害者の恨みは被害者自信のもので私個人のものではない。
恨んで加害者を追い詰めても、結局法的に罪を償って社会で一生懸命生きてるものに個人的に天罰というな暴力を咥えて瞬間、加害者となんら変わらない自分になってると思うですよね。

font-dafont-da 2015/06/27 07:33 >ちょびさん
裁判を経て刑事手続きを終えた加害者と、戦後責任をとらずに裁判を拒否し続ける日本政府(加害者)は違います。
この件、中韓を持ち出す人に対しては一切、同意する気はありません。まったく別のケースです。

ちょびちょび 2015/06/29 00:29 戦後責任の裁判って東京裁判のことですよね。
いろいろ問題があったが、手続き等も済んでる。
損害賠償のほう条約にてすべて終わってますけど・・・
なんの裁判のことをいってるのですか、良くわからないです。

font-dafont-da 2015/06/29 00:41 >ちょびさん
終わってないです。その話はこの記事と関係ないので、これ以上説明しません。

ベイシルベイシル 2015/06/29 21:02 初めまして。少し面白そうな記事なので、コメントさせていただきます。
被害者と自分を同一視してまうのが一番の理由ではないでしょうか。その割には日本では加害者と自分を同一視する人が少ないような気がしますが。
それともう一つ、殺人は被害者に対する不法行為であると同時に、社会に対する刑事罰でもあります。殺人者は直接の被害者と親しい人たちだけではなく、社会の構成員たる我々に対しても「殺人をしないという相互に課されたルールを破り、社会の安寧をみだした」という点で罪を負っています。したがって少なくとも同じ日本の法律を守っているという面で社会の一員である我々が怒りを表明することは、別段不自然なことではない気がします。ただその場合の「我々の怒り」は、被害者が加害者に抱く「怒り」とは質的に異なるので、その違いをはっきりさせる必要があると思います。ご指摘の通り、我々の中で被害者の怒りに違い怒り抱いてる人も多いので、それはどうかなぁと思います。

font-dafont-da 2015/06/29 23:43 >ベイシルさん

はい、私は性暴力被害者の支援活動に関わってきて、第三者が被害者と自分を同一視することが、暴力的になることを長く考えてきたので、世論一般とはズレるのだろうと思います。

確かに刑事罰はもともと、国家の秩序を乱したことにたいする処分ではあります。しかし、その場合は国民は国家に怒り(復讐や処罰)を国家に一任しているとみなされるので、直接に加害者に怒りをぶつけることは、筋としてはできないことになるように思います。
個人の中には「加害者は秩序を乱した」(迷惑をかけられた)として怒りを正当なものだと感じる持つ人はいるかもしれまけんが……

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/font-da/20150611/1433990832