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キリンが逆立ちしたピアス このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-06-10

[][][]警察官が被害者に「処女ですか?」と聞く必要はない

 インターネット上で、警察官が性暴力被害者に「処女ですか?」と聞くのは、「処女の被害であれば強姦致傷になるからだ」という流言が飛び交っている。警察のセクシュアルハラスメント行為を正当化する言説であるので、訂正を求めたい。

 以下で(1)「強姦」と「強姦致傷」(2)処女膜損傷が「強姦致傷」と認められた判例(3)「強姦致傷」には診断書が必要(4)レイプシールド法の必要性について順番に書いていく。タイトル部の答えだけを読みたい場合は(3)から読んでほしい。

 なお、私は法律専門家ではない。本来は専門家による解説が適切であるが、取り急ぎ書いておく。

(1)「強姦」と「強姦致傷」

 刑法では、「強姦」と「強姦致傷」は以下のように定められている。

177条(強姦

暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

181条(強制わいせつ等致死傷)

第百七十七条若しくは第百七十八条第二項の罪又はこれらの未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は五年以上の懲役に処する。

 上でわかるように、「強姦」とは「女性対するレイプ」のことであり、「強姦致傷」とは「女性に対するレイプの際に、怪我をさせたり、死なせたりすること」である。なぜ女性に限っているかというと、日本の刑法では強姦は性器主義をとり、「男性の陰茎を女性の膣に挿入する」ことだからだ。男性に対するレイプは、強姦と認められていない。6月2日から始まった刑法改正の審議*1では、この強姦の定義を変更し、男性に対するレイプを認めることが含められている。

 「強姦」と「強姦致傷」の違いは、親告罪であるかないかである。強姦の場合は親告罪であるため、被害者が望まない限りは、検察官は起訴しない。それに対して、強姦致傷の場合は、検察官だけの判断で起訴が行われる。そのため、強姦の場合は被害者が起訴する/しないを判断しなければならないという重圧があり、「自己責任」状態になってしまっているので、こちらも現在の刑法改正の審議で「非親告罪化」が検討されている。ただし、性暴力の場合、裁判をするとなれば被害者の負担は大きくなる。そのため、検察官が一方的に起訴をすることが被害者にとって有益であるのかは定かではない*2

 さらに、「強姦」の刑期は「最低三年の有期懲役」である。他方、「強姦致傷」の刑期は「無期又は五年以上の懲役」である。懲役とは刑務所に入ることである。「強姦致傷」のほうが、刑期は長くなるが、それよりも重要なのは「裁判員裁判の対象になること」である。裁判裁判の対象は、「無期又は死刑に相当する重犯罪」であるため、「強姦致傷」も含まれる。そのため、(ある程度の遮蔽はあるものの)一般の市民の前で、性暴力被害者は証言せざるをえなくなる。そのため、「強姦」ではなく、「強姦致傷」で起訴することは、被害者の精神的負担を大きくする可能性がある。このことについては、以下の記事が詳しい。

強姦致傷罪での起訴は裁判員裁判以降、激減した」

https://www.buzzfeed.com/jp/kazukiwatanabe/prosecutor-did-not-indict-takahata?utm_term=.qbe0LrKK2V#.rpX6KkDDP3

 以上のように、より刑期の長い「強姦致傷」での起訴が、「強姦」での起訴よりも被害者に有益だという確証はない。また、法の運用上は、検察官の操作的な線引きになっている。

(2)処女膜損傷が「強姦致傷」と認められた判例

 それでは、処女膜の損傷を理由として「強姦致傷」が認められた判例を見ていこう。これは私がインターネットで調べて見つけただけなので、実際の運用上で、どの程度、この判例が使われているのかはわからないが、参照する。

事件番号  昭和34(あ)1274

事件名  強姦致傷

裁判年月日  昭和34年10月28日

法廷名  最高裁判所第二小法廷

裁判種別  決定

結果  棄却

判例集等巻・号・頁  刑集 第13巻11号3051頁

原審裁判所名  東京高等裁判所

原審事件番号  

原審裁判年月日  昭和34年5月30日

判示事項  強姦して処女膜裂傷を生ぜしめた場合と刑法第一八一条の罪の成立。

裁判要旨  処女強姦して処女膜裂傷(処女膜の左後方に粘膜下出血を伴う〇・五糎の裂創)を生ぜしめたときは、刑法第一八一条の強姦致傷罪が成立する。

参照法条  刑法181条

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=55811

 ここで注目してほしいのは、1959年判例だということである。今から50年近く前に下された判断であり、当時の性意識が反映されている。

 私はこれまで、数冊の性暴力に関する法律家のガイドブックを読んできたが、今までこの判例の検討は見たことがない。現代の性暴力の裁判に取り組む上で、重要な判例と言えるかどうか不明である。少なくとも支援者の議論では「処女膜損傷」の有無に重点は置かれていない。あえて現代的な観点で、この判例についてコメントするならば、「処女性を重んじる」という性差別的な偏見の強い判例であると言える。

(3)「強姦致傷」には診断書が必要

 実際に「処女膜損傷」を理由にした「強姦致傷」で訴えるならば、医師による診断が必要になる。その際には、加害者の暴力が処女膜を損傷したという因果関係を明らかにしなければならない。つまり、被害者の証言だけで、「処女の被害者であるから、強姦ではなく強姦致傷である」と認められるわけではないのである。したがって、警察官が性暴力被害者に「処女ですか?」と尋ねる不可避の理由はない。

 そもそも、性暴力の場合に、性器が傷つくことは、処女であってもなくても有り得ることである。だから、警察官は一律に「もし、痛みや出血があれば医師の診断を受けることができますが」と申し出ればいいのである。処女膜であれ、そのほかの性器の部分であれ、損傷があれば「強姦致傷」になるのである。(ただし、外陰部の損傷の診断は、非常に難しいこともこれまでの法医学の研究からはわかっているようだ*3。)

 また、仮に、性体験の有無を聞く必要が証拠の採取や捜査上、警察官や医師に生じた場合は、慎重な姿勢が必要であることも指摘されている。

(前略)見ず知らずの医療者や警察官などが、たとえ、診察上、あるいは、捜査上、それぞれに必要であったとしても、これまでの性体験の有無や直近の同意のある性交について、なんの前置きもなく、あまりにも唐突に聞いてしまうことがあるかもしれない。これは、被害に遭ったという者にかなりの心理的負担を強いると考えられ、場合によっては、相当程度傷つけることにもなりかねない。したがって、まず、なぜそのような質問をするのか、きちんと説明をすることが重要である。例えば、「外陰部に傷が見つかったり体液が検出されたり感染症の結果が陽性だったりした場合に、いつ、誰からの物かを考えないといけないので、今からお尋ねすることについて教えてください」などと伝えると、被害者も多少の心の準備ができると考えられる。

高瀬泉「法医学者からみた性暴力対応の現状」(『性暴力と刑事司法』、p.133)

 以上のような配慮があれば、性体験について聞かれた被害者の印象はまったく違うものになるだろう。できる限り、このような質問は避けるべきであるだろうが、もし、することになれば、質問者の心構えが必要になる。この質問の仕方が、被害者に「処女ですか?」と聞くのとはまったく違うということは一目瞭然である。(残念ながら、警察官だけではなく、医師もこうした配慮のある質問をできる人は少ないと考えられる。性暴力被害者を取り巻く厳しい環境は、司法の問題が大きいはもちろんだが、医療の問題も大きい)

(4)レイプシールド法の必要性

 ここまで見てきた通り、性暴力被害者に、性体験の有無を聞くことはできる限り避けるべきである。しかし、現状の刑事司法制度では、裁判においても被害者は事件以外の性体験について質問されることがある。そこで、米国にはレイプシールド法が制定され、被害者に過去の性体験について質問することが禁止された。以下のように解説されている。

この制度は、主尋問および反対尋問において、被害者が被告人やその他の者との関係で有した過去の性的行動に関する証拠について、その許容性を制限するものである。多くの州は、被告人との間の過去の性遍歴を証拠として利用することを制限し、その結果、それは非公開または裁判官室での審理でなければ認められないとし、また、同意の証明などの一定の目的のためにのみ許容されるとされた。各州はまた、被告人以外の第三者との間の過去の性遍歴を証拠として利用することを厳しく制限しようとした。その結果、それは非公開での審理でなければ認められないとし、また、同意の証明などの特定の場合にのみ許容されるとされた。特定の場合とは、性液の同一性、隠れた動機、過去の不実の告発の証明といった目的である場合が含まれる。いくつかの州は、同意や信用性を証明するために、性遍歴を証拠として利用することを禁止した。

斎藤豊治「アメリカにおける性刑法の改革」(『性暴力と刑事司法」、pp.171-172)

 以上のように、レイプシールド法の制定によって、性暴力被害者に過去の性体験を聞くことは厳しく制限されることになった。日本でも、導入を求める声がある。警察官だけでなく、医者、弁護士裁判官検察官に対しても、性暴力被害者に過去の性体験を聞くことに対する批判が、国際的にも高まっているということである。

*1:付け加えておくと、この刑法改正案はこれまで専門家会議を重ね、慎重に進めらてきており、今国会で重点的に審議されるはずであったが、共謀罪のために後回しにされた。

*2:私は非親告罪化には慎重な姿勢をとっている。性暴力被害者の支援活動に関わっていて、切実なのは被害者の「孤立」と「困窮」である。もちろん裁判を望む被害者もいるが、一部の性暴力問題に取り組む弁護士の「全ての被害者は裁判したいと思っている」というのは、経験的に嘘だと知っている。「それどころではない」「そんなことしたくない」と思っている被害者もたくさんいる。

*3:高瀬、pp.135-137.

度し難きものは偏見度し難きものは偏見 2017/06/11 04:48  ご紹介の判例について、「性差別的偏見の強い判例」とコメントされていますが、「処女膜裂傷があっても、強姦致傷罪には当たらず、強姦罪のみが成立する」との判断を示すべきであったということでしょうか。判例が否定してきたのは、「処女膜裂傷は、性行為に「当然に伴う軽微な傷害」であるから「致傷」に当たらない」という見解なのですが(*1)、そういう見解をとるわけでもないですよね。(なお、判例の本文を読んだ上での批評ではないようなので、以下、その事件の具体的な内容は前提としません。)
 現在でも、処女膜裂傷があれば強姦致傷とするのは、一般的な刑事実務であると思いますが、打撲や捻挫であっても強姦致傷となることは古くから認められていますから、少なくとも強姦と強姦致傷の区別に関し、特に「処女性」が重視されているとはいえないように思います(*2)。(もとより、それ以外の点で、刑事実務に性差別的偏見が無いなどと強弁する気はありません。)
 確かに、処女膜の有無はもちろん、会陰部裂傷や打撲捻挫の有無、行為の態様や状況など、本人に負担のかかる被害の詳細など詮索せず、いずれも同じように「重い被害」と考えれば十分だろうと思うことはあります。しかし、刑事手続上、強姦と強姦致傷が区別される以上、前記の判例の結論自体は当然のことと思っていたのですが、そのような考えも偏見を含んでいたとすると、考え直さねばならないなあと思った次第です。

*1 ご指摘の判例が引用する最高裁昭和25年3月15日判決は、弁護人の同趣旨の主張に対し「強姦行為には必然的に処女膜の裂傷を伴うものではないから、処女を強姦しよつて処女膜の裂傷を生ぜしめたときに、これを強姦致傷罪とすることは正当である。」とします。
*2 昭和24年7月12日判決は、「婦女の身体の如何なる部分に傷害を与えても強姦致傷罪は成立する」として、処女膜裂傷によって強姦致傷が成立するとしています。

font-dafont-da 2017/06/11 08:31 コメントと解説ありがとうございます。ご指摘の件は了承いたしました。

「強姦」と「強姦致傷」の区別の法律上の区分は、被害者の現実とかみ合っていないところはやはりあるように思います。
この件に付け加えるならば、「PTSD」の診断書があれば「強姦致傷」になるというのも、法の手続き条のことではあると理解はしています。が、変なことだとも思っています。
性暴力被害者の精神的な傷つきは、「強姦で起訴された場合」「強姦致傷で起訴された場合」「不起訴である場合」「被害届も出せなかった場合」などのどの場合においても、深く重いものです。比べられるものでもありません。医師の診断書があってもなくても、その後、多くの被害者は長いトラウマとの闘いの日々をおくります。それならば、強姦はすべて被害者の心を傷つけるものであるのだから、「強姦致傷」だけで良いのではないかと思うこともあります。
そうはならない、という司法上の問題は理解しながらも、「強姦」の「強姦致傷」区分が性暴力被害者の現実を反映していないこともまた事実であり、そのギャップを司法関係者とどう埋めていくのかが難しいところだと思っています。もちろん、ご理解くださる方もいらっしゃるのですが。

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