2007-07-24
■議論はまず理解から。
「ネット上でなら加害行為をしても安心」な社会では、ネット上に積極的に実名を掲載しなくとも安心はできないのです。
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2007/07/post_d550.html
何が書いてあるのか、全然理解できないのは、私の頭のせいでしょうか。そうであれば、誠に申し訳ないのです*1。まず、もうタイトルが理解できない。「しなくとも」で否定、「できない」で否定になって、結局なんなのか、わからない。まず読みやすい日本語を目指してください。それから、言いたいことを書いてください。ネットでの匿名・実名云々の話はそれからではないでしょうか。言いたいことを絞らないと、どんどん横道に逸れて、結局なにも結論は出ないまま、だらだらと話が続くことになります。はっきり言ってこれは無意味です。特に、なにか結果を求める対話であれば*2。現に、こうして(このエントリーのように)最初の話からはずれた意見がでているわけで。
ちなみに、私はネットでの実名公表は推奨しません。(おそらくすでに同様のことが語られていると思いますが)理由は「メリットを享受できるのは、初めからリアルで地位も名誉もある人に限られる」からです。
2007-07-20
■曖昧な職業、つまり油みたいな流動性。
半年振りにここを見たら、自分の文章なのになんか他人の文みたいで、奇妙な感覚になった。って、書かな杉。正直、はてな記法忘れてるくらい。まあいいや。
ここ数日なんか盛り上がってた話があったようですが、どれもこれも伝聞でしかないし、積極的に情報集めようともしなかったので、ざっくりまとめだけみたり、最後の当事者の言葉みたりで、ちょっとあれこれ思ったので、なにか書こうと思ったのだけど、なんかもう流れ終わってるっぽいし、微妙にいつも出遅れるんだよなあ。締めに出てくるdan氏の更に後って遅すぎだよ、自分。CSS Niteの話。
もういいや、自分用メモだ。思ったこと箇条書きで列挙してこう。
- イベントって大変ね。
運営なんて、飲み会の幹事すら嫌いな私はノロノロ顔出すくらいしかしたくない。
- ネットに書き込むときは冷静に(自戒として)。
他人のブログのコメントはもちろんのこと、自分のブログだって魚拓ってのが今はある。なんなら、ローカルに誰か保存してるかも。
- すごい波及力だ。
全然、CSS Niteを知らなかった人も、この騒動は知ったよ。つまりそれだけ影響力のある人たちなのです。彼らは。
- ディレクター
一番大事なのは多分ここだ。潤滑油にならないといけない。昨日も新機能開発スタートの打ち合わせをして思った。(X)HTMLもJSもCSSもUIもデザインもFLASHもActionscriptも全て、例え書けなくても、それを作る人の言わんとすることを理解しないとダメだ。翻訳しないと。それがWebディレクターってことだろうな。まだ全然足りないな自分は。
- 非モテとかモテとか。
音の感じが苦手で、淘汰されて欲しい言葉。ネチズンとかもそう。
- グループ、派閥。
やっぱり気の合う同士が集まろうだろうし、物理的に距離の近いと集まりやすいだろうし、なんか、仕方ないのかもしれないけれど、片足少し突っ込んで外から見てる人としては、「だんしー! みんな仲良くー!」って思う。三人寄らばなんとやら。難しいでしょうけどね。
- まとめリンク
devlog.holy-grail.jp - 「CSS Nite」収支報告まとめ
http://d.hatena.ne.jp/HolyGrail/20070717/1184690284
■[考察]はてな時事「CSSNiteオシャレ事変」
「CSS Niteがらみ」で私が思う事。
http://transrain.net/2007/07/19/130020
ディレクター云々はココを読んで思った、というかそのままか。パクりすみません。。
- 追記
今回全然関係ないんだけども、思ったのが、みんないろんなところに書いてるね。ブログ、mixi、tumblr、Twitter、nowa・・・。どうやって使い分けてるのさ・・・。
2007-01-11
■地方テレビのパチンコCMの多さは異常
年末年始は、例に漏れず地元へ帰省した。
実家は田舎だからなのか、それとも地方に住む人々の総意なのか、ネットの配備が全くできていないので、ほぼ1週間ネット環境にはいなかった。思い返せば、自分の部屋(東京)では、暇なときはネットサーフィンの私は、この数日暇を持て余していた。最寄りのコンビニは、車で行く距離にあったりするこの田舎で他にすることと言えば、テレビ観賞しかないわけだ。ということで、年始からずっとテレビを見ていた。初詣も行かず、一度あった同窓会に外へ出た以外は、ほとんど外出をしなかった。
自分が大人になっていろいろなものが見えるようになったのか、どうでもいいことに気づくようになったのか、テレビを見ていて思ったことがあった。それが表題通り、「地方テレビのパチンコCMの多さは異常」だ。もっと詳しく言うと、「地方テレビのCMの比率は、通常:創価:番宣:サラ金:パチンコ=1:1:1:1:6」。いや、もちろん、ちゃんと調べたわけじゃなく、体感なのだけど。
とにかく、パチンコCMが異常に多い。連続で別系列のCMが続くことはもう当然でガンガン流れる。正直、辟易した。ひどすぎる。単純に同じ目的のCMが続くだけでもウザイのに、それがパチンコとなれば、本当に嫌悪が増す。そこまで、地方TVは困窮しているということだろうか。そして、地方(にかぎらないか)では、パチンコ産業は四六時中TVCM打てるほど、盛況ということなのだろうか。
以前にも書いたけれど、痛いニュース読者だったりする私は普通の人よりも、2chユーザー寄りの意識の持ち方*1をしているかもしれない。そういう意味で、パチンコを異常に嫌悪しているが故にこういった部分が見えたのかもしれない。
パチンコに関する知識はほとんどないのだけど、あれはあれですか、パチンコ店内では玉→景品で、店外に関係ない店舗として、玉買取所がある、ってことでいいんですかね。もし違法性があるなら、ちゃんと摘発してください。>税金で働く人たち。
なにがアミューズメントなんだか。本当に苦手だ。全然やろうと思わない。
なんで平日朝から並んでるんだ? 並ぶ意味あるのか? くるくるが揃うかどうかって、運じゃないの?
※感想レベルの話です。ほとんど検証や調査を行っていない、完全に個人の憶測、目測、推測による文章です。事実関係と異なる部分があったとしても、そういったことは考慮していません。むしろ、そういった部分を読者からの反応で補完をしようと目論んでいることは心に秘めておきます。
*1:右? 左? それは知らん。無関心世代。
2006-12-20
■自演のイタさ
たまに、動画のhotentryにもそれっぽいヤツいませんか。
めちゃくちゃ恥ずかしいでしょう。バレちゃって。いかにもな文章を書いてる、つもりなんでしょうけど、言い回しとかそのままだし、いかにも「自分は親の立場にある人間です」ってことを匂わす為に、
『高校生の息子がこれを読んでおもしろいと言っておりました。大学生以外にも「仕事」というものを考える上で最適なメディアかもしれませんね。』
なんて書いてる。イタイことこの上ない。ブクマコメントって誰のため? って、それは人それぞれでしょうけど、この場合、誰かに見せたいわけで、なおかつ、スパムってバレちゃいけないわけで、こういうの見る人がどういう人かっていうマーケティングとはいかないまでも、ある程度の下調べってものをしないのだろうか。すぐわかるでしょうよ。実際こういう風にバレてるし。
自演はかなりイタイ。以前、ひどい自演(ではないかな?)を見たことがある。
元同僚で、現在、同業他社にてマネージャーをやっている方がいるのだが、その方はブログで日々の仕事ぶりだとか、心境だとか、今後のこの業界についてだとか、ちょいと大きな夢を含ませて語っていた。で、そのブログをどうして、私が知ったのかというと、現同僚で、その人ともある程度知り合いだった人から、URLが送られてきたのからだった。ここまでは特に問題ない。元同僚がちょいと夢見がちなくらいだ。
で、そのブログを見てみると、今後のヴィジョンみたいなところにコメントがあった。どんなものかと思って読んでみれば、ずいぶん攻撃的に、元同僚の語るヴィジョンにツッコミを入れていた。そして、それは現同僚だった。名前は「通りすがり」。
なにしてんだろう、この人と、本気で思った。別に、現同僚は本気でそのヴィジョンについて、元同僚と語りたいわけではないのだ。だったら、電話でもメールでもすればいいし、それができないなら、名前を向こうがわかるものにすべきだ。誰とも分からない人に話しかけるよりも、相手のリテラシーが把握できていれば、説明も仕方が変わるだろう。単純にいちゃもんがつけたかったようにしか思えなかった。こういう行為、私は全然ダメだ。
ちょっと別の話かもしれないが、上の話きっかけで思い出したので合わせてみた。
ただ、自演がヘタなことは同情する。私もヘタだからだ。一度、新人の頃、テレビ番組と連動するサイトの投稿が少ないからと、サクラ投稿をしろと言われたが、なかなか書き出せず、困ったことを思い出してしまった。
2006-12-06
■自分だけではない、ということの意識。
会社のトイレに入った。個室のほうに。座って一息つくと、目の前は今入ってきたドアの内側になる。まさか、学生時代のトイレではないので、落書きなどは特になく、キレイなものだった。ただ、そこにはひときわ目立つあるものが大きく貼られていた。ビックリマンシールのような反射するキレイな銀色の上に、赤色でマークを印刷したステッカーだった。
禁煙シール。タバコを持った手の意匠に、禁止を示す斜めに線が通っている。
これは実は最近までは貼られていなかったもので、元々禁煙ではあったのだけれど、さらに視覚的にはっきりとその主張を知らしめるために、貼られたものと思われる。私はそもそもタバコは吸わないので、このことそのものは別にどうでもいいことで、むしろ歓迎すべきものだ。
だが、そもそも、ここにこのシールは貼られていなかった。それをなぜわざわざ貼らなくてはいけなかったのか。それは先にも書いたが、「元々禁煙ではあったのだけれど、さらに視覚的にはっきりとその主張を知らしめるために」であろう。つまり、「ここでタバコを吸うものがいた」ということ。実際、私も空き缶に捨てられた吸殻と床にこぼれた灰をトイレでみたことがあるし、匂いが残っていたこともある。
会社は高層ビルにあり、トイレはもちろん屋内。換気はある程度しているとはいえ、そこはたかが知れている。また、トイレには予備のトイレットペーパーが積まれている。そこでタバコを吸うものがいたのだ。ありえない。まして、喫煙のためのスペースは(エレベーターを利用しなければならないとはいえ)、ちゃんと用意されているのに。喫煙所に行くのは面倒だし、どうせわからないだろう。そんな子供みたいな気持ちの大人がいたのだ。そんな当たり前が分からない者のために、わざわざシールを貼り、啓蒙しなければいけない。というのも、一度、全社員に届くメーリングリストに、この件が流れたのだが、その後も数回同じようなことがあったからだった。
喫煙者は他人のことは考えられない人ばかりなのだろうか。
と、マナーのなっているものも、なっていないものも、一緒くたに語ってしまう。マナーの正しい喫煙者は、勘弁してくれというかもしれないが、喫煙しないものにとって、喫煙者はまとめて1くくりにしてしまいがちだ。
喫煙する人は、意識してほしい。自分が思っている以上に、タバコの匂いは強烈だということ。自分が思っている以上に、他人は気づいていること。そして、自分以外にも影響があること。
追記:偶然、ちょうどいい例あった。むしろ、コレ読んで書いた風に見えるな上のエントリ。
