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2009-09-23

ラブプラスにみるtwitter的な選択同期的コミュニケーション

ラブプラスをプレイしてみてなんとなく感じたことがあるのでそれについて書いてみようと思う。その前に、4Gamer.netにおけるTAITAI氏の考察を読んだので、その感想を先に記しておく。

1.ラブプラス初音ミクについて

この考察は「1.美少女ゲームの歴史から見たラブプラス」、「2.コミュニケーションゲームとして見たラブプラス」、「3.ビジネス/消費モデルから見たラブプラス」の3部構成となっている。ぼくはこの考察を読んでいて違和感を覚えたのだけれど、それが何に基づいているのかというと、3において『ラブプラス』のキャラクターと初音ミクを並列していたことにある。

あの考察で議論されている「いま、定型化された単一のキャラクターではユーザの多種多様な嗜好をカヴァーすることが難しくなりつつある」という状況認識は妥当性のある話だと思う。かなり単純化していうなら、近年のキャラクター造形は、初音ミクや『ラブプラス』のヒロインのように、白紙に近い無個性のキャラクターをユーザのほうで色付けできるようにするか(色付けするための「データベース」は別途用意される必要がある)、あるいは『アイドルマスター』や『ドリームクラブ』のように定型化されてあらかじめ色付けが施されたキャラクターを大量に用意するかという二極化に向かっており、そして4Gamer.netでは前者に焦点を当てている、ということになるだろうか。

一方で初音ミクと『ラブプラス』の間で区別しておきたいポイントがある。それは「萌え要素や属性のデータベースを管理しているのは誰か」という点だ。

ラブプラス』におけるデータベースの管理者は制作者だ。この作品では対話型検索のように、まさにキャラクターとの「対話」の中で消費者の嗜好を引き出していく。そして、あらかじめ制作者が用意した萌え要素や属性のデータベースの中から結果を返し、白紙に近い無個性なキャラクターを色付けしていく。

ひるがえって初音ミクはよりCGMに近いメディアといえるのではないかと感じている。そこでは萌え要素や属性のデータベース(楽曲のデータベースも)が消費者自身の手によって肥沃なものとなっていく。例えば初音ミクに対するネギ、鏡音リンに対するロードローラーといった要素の出典は、クリプトン・フューチャー・メディア社が用意したものではないし、同様にVocaloidとは関係のないところにある。また、初音ミクから『護法少女ソワカちゃん』のようなキャラクターが生まれていることも見逃せない事象だろう。

ぼくは初音ミクのそういう消費者主導的なところが特徴的だと感じているので、『ラブプラス』の無個性なキャラクターを色付けていく際も、どうしても制作者から「与えられたもの」という印象がつきまとってしまう。ただ、4Gamer.netの考察では「3.ビジネス/消費モデルから見たラブプラス」と謳っているように、消費者というよりも制作者寄りの目線なのでああいった内容になるのだろうから、あまりこういった意見を投げかけてもしかたないのかもしれないが。

いずれにせよ初音ミクと『ラブプラス」のヒロインたち、両者はともに無個性キャラクターといえるかもしれないが、そのキャラクター生成は少し違う方向を指し示しているのではないかというのがぼくの考えだ。

加えて、この作品はキャラクターを彩る萌え要素や属性以外の面においても、各種の要素を先行作品のデータベースから引用しているということは指摘されてもいいだろう。例えば「友達パート」のゲームシステムはほとんど『ときめきメモリアル』そのままだといえるし、スポットの中にはカラオケツインビー(『ツインビー』)やウイニングバーガー(『ウイニングイレブン』)のような先行作品からの引用も見られる(その他、ここに多くの情報がまとめられている)。また、ヒロインとのスキンシップにおいてヒロインが周囲の目を気にする(人目がないときじゃないと嫌がられる)というのはステルスゲームのようでもあり、つまり『メタルギア』のゲームシステムからの引用と考えることもできる。

このように見ていくと、『ラブプラス』はシステムや設定を含めて、データベースからの引用に依存している部分が少なくないというふうに考えられる。データベースからの引用はむしろ無個性なキャラクターを色付けするときに限ったものではないのではないか。なので、『ラブプラス』をデータベース消費に絡めて検討する場合、単に「白紙のような無個性キャラクター」とそれを色付けするための「データベース」だけで議論を進めると見落とすものが出てきそうだというふうにも感じる。そういった点からも、『ラブプラス』を初音ミクと単純に並列するのは難しいのではないか、と思っている。

というわけでここまでが前置き。ちょっと長くなってしまったけれど、本題に入ろう。

2.ラブプラスの選択同期的コミュニケーション

ラブプラス』についてだけれど、ぼくは彼女たちが「白紙のような無個性キャラクター」かどうかよりも、その「現実の時間との関わり方」にこそ、この作品の興味深い特徴があるような気がしている。それを検討するにあたって、まずは『ラブプラス』のゲームシステムにふれておこう。

ラブプラス』では3人のヒロインが登場する。彼女たちからゲーム内で告白され、その後、恋人としての日々を過ごす、というのがゲームの目的となる。そのためにプレイヤーは、まず「友達パート」で『ときめきメモリアル』のように自分自身のステータスを上げてヒロインからの告白を促す。

晴れてヒロインと恋人関係になったあとの「恋人パート」においては、「リアルタイムモード」と「スキップモード」を使いわけることができるようになる。「リアルタイムモード」ではNintendo DSに設定された日時にゲーム内時間が同期する。つまり、今日が何月何日であるとか、平日なのか休日なのかとか、あるいはいまが何時何分であるとか、そういったことがゲームに反映されるようになる。それに基づいて、例えばヒロインの誕生日や学校行事、クリスマスといった季節にあわせたイベントが発生する。

「スキップモード」は逆に現実の時間と連動しない。今日が何月何日であるとか、何時何分であるとかいう情報はゲームで用いられることがなくなるため、ゲーム内のカレンダー表示にも日付がなくなり、単に1週間の中でいまが何曜日なのかを示すだけにとどまる(このゲームは休日にしかデートができないため、曜日だけは時間管理のために必要となる)。このように、「スキップモード」は現実の時間と連動しない。そのため、ゲーム内時間をスキップさせながらテンポよくゲームを進めていくことができる。しかし、代わりにヒロインの誕生日や学校行事などといった日付に応じたイベントが発生しなくなる。

ラブプラス』の「恋人パート」においては、上記の「リアルタイムモード」と「スキップモード」を自由に切り替えながらプレイを進めることが可能となっているのだが、このときの現実の時間とゲーム内時間の関係について注目したい。

「リアルタイムモード」では現実のカレンダーを反映してイベントが用意されている。しかし時間の進み方それ自体も現実と同じ流れになる。1日が8時から21時までの13時間を4分割した4パートで管理されるようになる。その中でプレイヤーは「友達パート」同様に自分のステータス(ゲーム内では「彼氏力」と呼ばれる)を上げる。ステータスが上限まで達するとヒロインを休日のデートに誘えるようになる。なお、ここでの休日とは現実における休日のことを指す。そしてデート時にステータスを消費するので、次にデートに誘うためにはステータスをまた上げる必要がある。なお、ステータスを上げるといってもプレイヤーが特にできることはなく、ただ3時間が過ぎれば勝手にステータスは上昇している。

このようなゲームの流れであるため、基本的に「リアルタイムモード」ではステータスを上げている間の時間が余りがちになるが、例えばその間にヒロインにメールを送ったり、ケータイで彼女を呼び出して会話を楽しむといったこともできる。しかしヒロインを呼び出せるのは現実の9時から21時までの間となっている。また、9月27日の10時からデートの約束をした場合、その日付のその時間の少し前には『ラブプラス』を起動させて、「デートに行く」コマンドを使う必要がある。それを忘れるとデートをすっぽかしたことになり、ヒロインとの親密度に悪影響を及ぼす。このように、「リアルタイムモード」では現実の時間に則したゲームプレイが必要になってくる。

一方の「スキップモード」だが、こちらの時間の進み方は一般的なゲームと同じく、プレイヤーのゲームプレイに応じてゲーム内の時間が進んでいく。先に示したようにこのモードでは現実の時間との連動がないため、特定のイベントを発生させることができない。しかし、プレイヤーが自分のリズムでゲーム内時間をスキップさせていくことが可能となるため、どんどん時間を進めてステータスを上げて、好きなだけ何度も繰り返しヒロインとデートに行くことができる。「リアルタイムモード」のように現実の休日がやってくるのを待たなければいけない、ということはない。

この状況からわかるとおり、「リアルタイムモード」は現実の時間と同期するだけに「スキップモード」よりも煩雑なゲームプレイが要求される。例えば日曜の朝からデートの約束をしていればそのためにプレイヤーも起床してDSを起動するはめになるし、ゲーム中のヒロインとの約束の時間に現実の約束が重なってしまうというダブルブッキングが発生する可能性もある。現実の待ち合わせのように、デートの時間まで待機して「デートに行く」必要もある。そもそもデートをするためには休日の到来を待つ必要がある。しかし、「リアルタイムモード」はゲームへの一定のコミットメントをプレイヤーに求めるかわりに、「スキップモード」よりも多彩なイベントをプレイヤーに提供する。

上記の事情からプレイヤーは「リアルタイムモード」と「スキップモード」を使い分けていくことになると推測される。ふつうにプレイするときは「スキップモード」で現実の1日の間にさまざまなアクションを起こし、自分のステータスを上げたり、デートスポットを下調べしてヒロインとデートを重ね、親密度を上げる。そして「リアルタイムモード」固有のイベントにあわせてモードを切り替えて、それらのイベントを体験する。

ときに「スキップモード」でヒロインとイージーにコミュニケーションをし、ときに「リアルタイムモード」でヒロインと現実の時間(誕生日やクリスマスなど)を共有する。このように、『ラブプラス』ではユーザがゲーム内のヒロインとの関わり方を自由に選択することができるようになっている。

このような『ラブプラス』のコミュニケーションの感覚は、濱野智史氏が「選択同期」と評したtwitterのコミュニケーションスタイルに似ているのではないかと感じる。以下、濱野氏の『アーキテクチャの生態系』からtwitterに関する分析を引用しよう。

まず、基本的にツイッターは、各ユーザーがばらばらに(=非同期的)に「独り言」をつぶやくツールです。しかし、(中略)それはしばしば一時的に/局所的に、あたかも同期的であるかのようなコミュニケーションの連鎖を生み出します。ツイッターの特徴は、こうした同期と非同期の両方の特徴をあわせ持っている点にあります。

重要なのは、あくまでその同期的コミュニケーションの連鎖というのは、何かシステム的に強制的に/自動的になされるものではない、ということです。あくまでそれは、ユーザーの自発的な「選択」に委ねられています。

これに対し、完全に同期的なコミュニケーション・ツールであるIMやチャットでは、コミュニケーションに参加する主体が同じ時間を共有するため、会話中の「沈黙」は気まずいものとして回避され、常になにかしらの「相槌」を打つ必要に迫られます。あるいは、同期メディアの使い方が難しいのは、たとえば電話の例を考えればわかるように、同期的コミュニケーションに相手を誘うという行為(たとえば「電話」をかけるということ)が、相手の状況に突如として闖入してしまうために、ときとして迷惑をかけてしまうかもしれないという点にあります。

こうした同期的コミュニケーションの特性は、しばしば参加者の側に圧迫感やストレスや鬱陶しさを与えてしまうことになります。しかし、ツイッターは「独り言」を短い言葉で非同期的につぶやくだけでいい。つまり同期的コミュニケーションのもたらす心理的負担を免除してくれるわけです。多くのツイッターユーザーが、その魅力をコミュニケーションの「ユルさ」として挙げているのですが、その背景には、こうしたツイッター独特の非同期と同期が入り交じったコミュニケーション・スタイルにあります。

上記のように、濱野氏はtwitterの特徴を「選択同期」と表現している(念のために記せば、濱野氏はこれをtwitterに限定せず他の対象にも見出している)。この状況を『ラブプラス』に落とし込めば、「リアルタイムモード」が同期的コミュニケーション、「スキップモード」が非同期的コミュニケーションに該当するといえるのではないだろうか。もう少し具体的にみてみよう。

「リアルタイムモード」ではゲーム内時間が現実の時間に同期する。そのため、ゲーム内のイベントと現実の出来事が重なることもある。当然ながらプレイヤーには現実の生活もあるため、ゲームとの関わり方がプレイヤーにとっての負荷になる可能性もある。そこで「スキップモード」という現実の時間との非同期的な仕組みが用意される。これによってプレイヤーは現実の時間とは無縁に、自分の好きなときに好きなリズムで、「ユルく」ゲームを楽しむこともできるようになる。

しかし、ゲームシステムの上では「リアルタイムモード」を選択したほうが、ステータス上昇の割り合いや見ることのできるイベントといった点でリターンが大きくなるようにできている。だからこそ、イージーでカンファタブルな「スキップモード」と、制限事項が多いかわりに見返りの多い「リアルタイムモード」との間で選択的な行き来が発生することになる。ときに独り言を非同期的につぶやき、ときに何かに反応して同期的なコミュニケーションに関わることが選択的にできるtwitterのように。

そしてこの特徴をヒロインとのコミュニケーションに当てはめると、次のように考えることができるのではないか。

このゲームの「スキップモード」で提供されるコミュニケーションの感覚は、有り体にいってしまえば「電源を入れれば好きなときにいつでも会えて、いつでも電源を消してコミュニケーションを終了できる、ヴァーチャルでインスタントな彼女」だ。だからこのゲームに「スキップモード」だけしか存在しなかったなら、いままでの美少女が出てくるゲームとさほど大きな違いはないといえるだろう。

一方の「リアルタイムモード」では都合が良いだけにとどまらない、ときに煩わしさを伴う(いますぐデートしたいのに次の休日を待たなければならないetc.)、より現実の時間に基づいた同期的コミュニケーションを提供する。ただし、このゲームに備わっているのが「リアルタイムモード」だけだとしたら、『ラブプラス』は単に現実の彼女に対する下位の代替品のようなものでしかない。

しかし『ラブプラス』はその両者をプレイヤーが選択できるようなゲームシステムを導入している。都合が良いときだけ電源を入れて非同期的なコミュニケーションをとることもできるし、会いたいときに会えるわけではない、より現実に近い同期的コミュニケーションに没入することもできる。一方が他方を補完するようなシステムを備えており、その双方を選択的に切り替えることのできるシステム。虚構的な時間と現実的な時間のアマルガムによるコミュニケーション。そこに、このゲームの特徴があるのではないか。ぼくはそう考えている。

というわけで『ラブプラス』の話はここまで。『ラブプラス』について考えるにあたってtwitterにふれた経緯もあるし、ついでなので、ここからはtwitterに関する少しばかりの個人的な余談をして終わりにしようと思う。

twitterにおいて、それぞれのユーザがばらばらにポストしている言葉がときに誰かの発言に影響を与えて連鎖的な反応を引き起こしたり、あるいは自然現象やTV番組などに反応してみんなのポストが同期していくさまは、このツールの特徴のひとつだと思う。この様子を見ているとき、ぼくはPerfumeの"ポリリズム"で描かれている世界観を思い出すことがある。"ポリリズム"は恋愛の歌、なんだろうけれど、ぼくには同期的/非同期的コミュニケーションの間で揺れ動く人間関係を描いた歌詞のように感じられるからだ。

D

くり返す このポリリズム

あの衝動は まるで恋だね

くり返す いつかみたいな

あの光景が 甦るの

くり返す このポリリズム

あの反動が うそみたいだね

くり返す このポリループ

ああプラスチック みたいな恋だ

ポリリズムというのは、異なる拍を持ったフレーズを並行して奏でる技法だ。異なる拍であるがゆえにズレが生じ、再び同期し、またズレていくという循環でグルーヴを感じさせる。例えば7/8拍子のフレーズと6/8拍子のフレーズを同じBPMで同時にならすと、徐々に各フレーズのアタマ(始まりの部分)がズレていく。そして最初から数えて42拍目で同期し、以降はまたズレていく。

異なる拍が同期するというのはつまり、異なる価値観や生活を持ったひとびとが同期するさまを表現している。そのとき、ひとびとは恋に落ちる、というのが"ポリリズム"で描かれている歌詞および世界観なのだと思う。

個人的な感覚としては、Perfumeの"ポリリズム"は恋愛のメタファーとしてはあまり合っていないような感じもしている。しかし、異なる拍で生きているひとびとが同期するという表現は印象的だ。異なる価値観、生活環境、社会環境、職業、文化的背景を持った多様なひとびとの発言がときに同期するtwitterのTLを見ていると、ぼくはふと、この歌詞を思い出すことがあるのだ。