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日々是好日かな

ただ今改装中につきモノクロ仕様となっております。

April-25-2008

[]加減

職場の前同僚が、「発言小町」がバカらしくて面白い。と言っていたのですが、

ぶっちゃけこの手のはあまり好きじゃないものですから見てなかったのですが。


夫の宝物である大量の人形を無断で捨てた妻に批判殺到(日刊アメーバニュース)

http://news.ameba.jp/weblog/2008/04/13123.html


まあ、自分もオタク趣味があるので、これをやられたらゾッとしますが、

相方も多少のオタ趣味があるおかげで容認してもらっているので助かってます。


それはともかく、ものの見事に炎上。一方的に打ちのめされるスレ主。

反論したくてもできない状況に追い込まれてます。

炎上がネタとなり人を呼び込み、さらに追い詰めていくという構図。


ここに違和感を感じるんです。最近


「追い詰める」行為がエスカレートしすぎ

だと感じる時がありませんか?

ネットだけじゃなくてね、市民オンブズマンとかもそう。いじめを苦に自殺、というのもそう。

前記事の「母子殺人事件」もその傾向があったように思います。


批判をする事はべつに悪いことではなく、

そのサジェスチョンがあるから修正できることもままあります。

また、肯定からはいって、修正する方向へと導く場合もあるでしょう。

つまりは批判というのはあくまで解決策を求める「手段の一つ」に過ぎず、

最終的な目的は既に起きた事象とこれからの対応をどのようにするか、

そしてどんな所に落すか。という、落し処を探すことではないのかな?と思うわけです。


しかし昨今は、上記記事のレスが典型的ですが、人格の全否定というようなところまで行くんですね。


上記の記事の場合も、隠された何かがあったかもしれません。

もしかしたら、居間のあちこちに飾られていた、とかという背景があったとしたらどうなのか?

それこそ、情状酌量の余地がでてくるかもしれないが、そういった点に対する指摘が少ないです。


つまるところ、批判するという手段が目的になってしまってるのですね。


窮鼠猫を噛む。という言葉があるように。

人は逃げ場を失ってしまうと、通常では考えられないような考え方や行動を起こしてしまいがちです。

もしかしたら自己の行いに反省して、修正できたかもしれないものが

意固地になって逆ギレしたり、または絶望感から自傷自殺へと到る事だってあるかもしれません。

いじめを苦に自殺。なんて、まさにこれの典型ですよね。


批判から始まることは別に悪いことではありませんが、

破滅に到らせるとこまで、追い込んではいけない。

このさじ加減が大事だと思うのですが、昨今とことんまでやってしまう人が多い気がします。


やるなら寸止めか峰撃ちで。トドメをさしてはいかんと思うのですよ。


でオマケにもう一つ思うことが、得てして批判するグループが良く使う言葉に


「責任を取れ!」


という言葉が良く出てくるんですけど。

そういう人に限って、自分では責任を取らなかったり、逃げたりしますよねぇ。


やっぱり、エゴむき出しの時代なんですかねぇ。今の世の中。