2009-03-19
■[メモ][アニメ][特撮][勧善懲悪]「書きなぐりアニメ感想」のmerkatz氏から反論トラックバックを頂きました。

■とあるブログへの反論-書きなぐりアニメ感想
http://d.hatena.ne.jp/merkatz/20090317/1237304404
まずはココで書いている「勧善懲悪」に対する考え方自体には共感頂けたようで、安心しております。また、頂いた反論ブログにおいて「安直な」勧善懲悪をこそ批判しているのであって、「勧善懲悪」自体を批判しているのではないコトも分かりました。
とはいえ、ご本人も触れておられますのであえて言うならば、やはり具体的な作品タイトルと並べて、あるいは作品内の組織やキャラクターを挙げて、別作品の批判をするのには慎重であるべきではないか…と自戒をこめて思います。
なぜなら、merkatz氏のブログの他の記事を読めばまた見方は変わるのですが、少なくとも前エントリでこちらが引用した記事においては、やはり『機動戦士ガンダム00』の批判をするのに、「仮面ライダー」や「ショッカー」をガジェットとして使っているようにしか見えないからです。当の作品を貶めるつもりはなくとも、話を単純化するのに利便性のいいテンプレートとして想起しているのは間違いない。
また、自覚的か否かはこちらは判然としないのですが、『機動戦士ガンダム』の最初のシリーズを特権的に「勧善懲悪でない」作品と定義した上で、『00』が「安直な勧善懲悪」に走った、と批判しているように読めるのです。
ウチのブログで日記形式にて、漠然と考えながらまとめようとしているのは、「勧善懲悪」という言葉が往々にして「単純な善悪二元論的設定の構造」「白黒はっきりつけた世界の単純化」の代名詞として使われているコトへの違和感なのです。ただ俺自身もはっきりとまだ着地点が見えない中、とにもかくにもその違和感の正体を探すために、様々な用例を見ながら巡回しているのが現状です。
果たして批判のために使われている言葉としての「勧善懲悪」は、正しい使い方なのか?それが目下の疑問なのです。そのため、次は『機動戦士ガンダム』は「勧善懲悪」ではないのか?…という点を考えてみようと思います。
■[クリッピング][勧善懲悪]『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督自身の言葉。

(ファミ通.comエンターテイメント 02/02/08)
■観客をバカにしたくない
−−ところで、昔から富野監督の作品を拝見していますが、以前から「勧善懲悪ものがひとつもないな」と思ってたんですよ。それこそ『機動戦士ガンダム』でも、誰が悪い、っていうんじゃなくて、「こんな人がいますよ」っていう物語だと思うんですね。それは何かこだわりがあるんでしょうか。
富野: もちろんそれはあります。いや、勧善懲悪が嫌いなわけではないんですが。むしろ本来それでいいと思ってる。大勢が観て楽しめるんだから、エンターテイメントとしてはそれで正しい。ただね、昔はそれこそバカみたいに勧善懲悪ものばっかで。もちろん大人向けの映画でもね。それは「客をなめてるんじゃないの?」っていう感じがした。だから僕は観客をバカにしたくない。それと「(勧善懲悪ではない)そういう話でもわかるよね?」っていう、お客さんへの期待がある。そういうお客さんがいるからそういうのを作る。勧善懲悪も嫌いじゃないから作りましたけど、その場合でもちゃんと納得できるものにしたつもり。やるならやるで芸をきちんとやってほしいっていうだけですね。
太字処理はこちらで施しました。
インタビュアーは「勧善懲悪」全否定を期待してほしい気満々だが、監督は必ずしもエンタテインメントの作劇上、否定はしていないんです。恐らくはインタビュアーの期待ないし求めるコトに対してサービスをしている局面もあると感じる言葉だ。
…1980年代にはこういう丸い語り口はされなかった…とオヤジアニメファンとしては感動すら覚えるのだが。


