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2012-05-20 川からあがると水を脱いだ

川からあがると水を脱いだ



私は坂をおきざりにして立ち去る。
坂から吹く風に紙飛行機が舞う時間ではないが、
知人から別世界の詩が送り届けられる季節ではないが、
はじまりだけを残し、名を残さずに坂をすてる。

坂には、私が出られない愛をあなたがにぎりしめている。
空いちめんが雲に覆われていて空を狭くする。
私の光が立ち去ると私の闇が降りてきて、
このときも、手紙の最初の一行が暗いあしもとからはじまろうとする。

私はうばわれた坂を喪失に変えてふりかえりながら疲れる。
私は老いるまえに枯れる草になって花を咲かせようとして疲れる。
感じることだけがゆるされた千年前の坂をすてて、
私はめまいになって、ふりかえるすべての人びとの瞳に宿る。

そうして橋で刺殺されて転落した男の死体となって川をくだり、
川からあがると水を脱いだ。
堅いパンの端を折って、私は坂をすてる。
私は堅いパンの端をかじりながら坂をふりかえる。

2012-05-08 窓はじぶんがとざされている理由をしらない

窓はじぶんがとざされている理由をしらない



渡ってしまった道路があり立ち去ってしまった街角がある
低い家並みが海に向かってならぶ半島があり
深夜にもほとんどの草は目覚めている
雨に入り交じるものに夏がおとずれる
私は床になって汚れを求め
壁になって罰を求めている
私は硬貨がころがる音に耳をすましている
硬貨は不幸を別の不幸と交換する
ふり返ったときに立っている標識にはそう書かれている
私にはふり返ってしまった標識がある

言葉の表面の傷痕となって流れ落ちる歌があり
その傷痕を消すために流れ落ちる歌がある
私には歌えなかった歌がある
おなじ灯台のもとにたえずひきかえす理由を船はしらない
記憶にない故郷に向かって窓はじぶんがとざされている理由をしらない

2012-04-18 一日の終り

一日の終り



一日の終りには夜のカーテンがはしるレールが延びていてだれも越えられない
波音を浴びるだけでびしょぬれになった海岸までそのレールはのびている
耳をふさいでぼくの国道を猫が横切る寂しさを聞いている
強調したいわけではないがその猫の家族もおなじ国道を横切る

そのままの海岸が視界にひらけるときがけっして来なくても
やさしさだけで川が流れた春にはつぎの春まで眠りたい夜がひそんでいる
だから別れてしまったために再会をおそれる恋人たちのために
一年の終りのような一日の終りは春にしかないと書くことができる

2012-04-11 鳥が鳴く春

鳥が鳴く春


ねむる時間の向こう側でまだ寝ててもいいよとささやきながら
駅の裏に打ち寄せる波になろうとして風を待った
それから終りのないプラットフォームでわたしたちになかった空を見上げた
別れの場所を忘れるなと鳴く鳥が舞い
しかし忘れるだろうと別の鳥が鳴き返す空の真下には
通りすぎるといっしゅんで見失ってしまう風のような波になって触れたいひとがいた

夕陽がこの春を越えない花々を散らしている
わたしたちに帰ってくるものを信じてはならない
わたしたちに残されるものを信じてはならない
後ろ姿のない別れの場所を忘れるなと鳴く鳥が舞っていても
その鳥を信じてはならない

2012-03-24 犬は、川沿いをはしる犬のようにはしらない

犬は、川沿いをはしる犬のようにはしらない



冬の雨はよけることができないとあなたが言うので傘をおいてきた
雨そのものには音がない、じゃあ何を聴けばいいのかと尋ねられる
いつも尋ねられる
何もない川にそって歩くときの靴音が聴こえればいい
靴が橋をわたらなければ靴音も橋をわたらない

すべての詩は応答である
持ってこなかった傘を開いてそれでも濡れる雨みたいに
音もなく浴びることしかできない
あなたが誰だったのか忘れてもそれはあなたに応えつづける

もっとも深い海の表面に指先が触れる
わたしたちは欠けるもので結ばれ
沈黙を沈黙へと引き継ぐために言葉をつくりだす
耳を澄ますな
雨音などはない
明日、橋を落としてすべての島は孤島になる

2011-12-08 それぞれの波がそれぞれの波打ち際に

それぞれの波がそれぞれの波打ち際に


海岸には海しかないと書くとそこは冬に向かう地理である
海しかない海岸に立つとそれぞれの波はそれぞれの波打ち際に打ち寄せて
月明かりが永遠である夜をそこで見分ける必要にせまられる
わたしたちは欠けるもので結ばれ沈黙から愛をつくりだそうとするが
夜はちいさな文字の手紙となって配達されるので
わたしにはところどころ読むことができない

2011-10-17 秋を告げる声を聞き分けよ

秋を告げる声を聞き分けよ



白濁するのに湖水は沈黙し
ここが秋だと告げられる
欠けた輪となって結ばれる世界を樹の高さから見下ろしながら
わたしたちはいったい何を知って
それぞれの葉となって舞い落ちるのか
何をふりかえりながら広場に打ち寄せる波となるのか

それぞれの歩幅の足跡がふるさとからつづいている
よろこびによって凍ることもある季節を吹く風に追われている
湾を迂回し
わたしたちの薄い雲たちと別れ
かくれる場所ひとつない浜にそってあるいた
ひとであるならば秋を告げる声を聞き分けよ
ひとであるならばひそかに秋を告げられよ

ここ数週間風はなく
月の終りを船になって越えているあいだに
どの葉も自分の場所に沈み終えている
いつか知るときがくるだろうか
わたしたちは何を愛して別れてゆくのか
何を愛さずに別れてゆくのか

2011-09-07 坂では、ころがる石となった

坂では、ころがる石となった



動き出す気配のない時計が倒れていて、
解かれる日のない引越しのときの段ボール箱の中に何が入っているのか思い出す日はこない。
選ばれることのない方角に、坂ではころがる石となり、
気泡のなかで呼吸する幼虫となって夜を待って朝を待った。
それから外に出た。
環状線を割引料金でぐるぐるとまわりながら
もう長い間浴びていない雨をむかしの雨のように浴びて、
坂では、ころがる石となった。
雨についてもうこれ以上知りたいことがなくなってしまった秋は、

秋はあきらめとともに背後から始まる。

2011-08-17 名もない草に名もない虫がとまっている

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名もない日の名もない午後の位置まで時間をすすめ
放された手がつくるわたしたちの谷に雨を降らせた
暗闇でペンが折れて
話しかけると花はたちまち落下した
流れやまない細い川がつながった
わたしたちは年老いた犬のように遠ざかるふたりになって
遠い場所で同じ雷鳴に耳を澄ました
名もない草に名もない虫がとまっている
窓を開けばそのたびに夕陽がみえて
奪われたときに恋人となるあなたの夜に眠りが待っていた

泥のように眠る夢をみながら
風のない日の雨になって雲と別れた
あなたの素足を傷つけるために
別れることだけが結ばれることだった水溜りとなって
ガラスの混じった砂を沈めた
もう朝が来なくなる日の最後の朝には
名もない雨の破片をあびた

長く飛べない鳥を追うといちばん遅い風になることができた
理由のないへだたりを鳴くセミを追えば
見知らぬ場所にあるふるさとにでた
季節を追うと名もない午後の水平線まで潮がみちてきて
鍵をなくした引き出しの奥には
忘れられない後ろ姿のように
愛がなければなにもない夏が折りたたまれている

2011-06-04 十字路

十字路



街が、紙コップ半分ほどの雨でぬれている起きられない朝までを
登るものだけがくだった山に向かって折れてゆく道路は
いつも十字路で終わる

見下ろすとそこにない
見下ろすと失われたと知る記録に流れ寄せる川が歴史と呼ばれて
羽虫のように風の終わりへとみちびかれてゆく

前住んでいた人宛に配達された郵便物をぬらす雨にかくされて朝はこない
すべりやすい石を渡りながら
二度と開かれないシャッターの向こうに
別の日の水浸しの夕暮れ時がおとずれて
同じ流れをずっと下流でみつける

車輪のない自転車が放置されている
その朝まではカラスだったなにかが別の鳥になって鳴いている
草ふかく硬貨はころがり
十字路で終わる道路をわたるふたりになって
なにひとつ忘れることがゆるされない

コーヒーが永遠ににがいように
バスは永遠におくれる
遅れてゆく時計になって川の中でみつめたあの日の流れが映したものを
ぼくたちが知る日はこない