フリジッド・ガゼット【all the footprints I’ve ever left】 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-07-24

[] 雄弁と沈黙

…その内容は、私が有する知識とは異なっているし、故に私における歴史認識とは異なっている。そして、常に複数であり得る歴史に対する「認識」とは違い、歴史に唯一客観のものとして存在する「真実」があり得るのだとして(いや存在すると断言出来るのであるが)もなお、私はその「真実」を知り得る立場にも、語り得る立場にもない。

但し、一つだけ。

沈黙は金であり、雄弁は銀である。この至言に反し、世界は雄弁に語った者が勝者となり、歴史は勝者の歴史として紡がれ、そして語り継がれることが往々である。沈黙は必ずしも、金ではない。であるからこそ、沈黙に託された意思を守る為に、誰かが雄弁に語らなければならないこともまた、確かである。

しかし、雄弁には責任が伴う。自己に対する責任、そして他者に対する責任が。その責任はいついかなる時をもっても、私を含めた万人に降りかかる。故に私はここで筆を置かねばならない。どうやら、私もまた雄弁が過ぎたようだ。


しかし/そして私は、彼女の沈黙を信じる。

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