よろず感想文ブログ『独立幻野党』

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2012-01-17 死神と死なない心意気

fripp-m2012-01-17

[]『幕末太陽傳《デジタル修復版》』@川島雄三監督の感想

 フランキー堺演じる主人公=居残り佐平次に託して、社会の底辺で生き抜く庶民の生命力をたからかにうたいあげる和製軽喜劇の名作。という通り一遍の評判だけは耳にしていたものの、今回はじめてまともに鑑賞して気づかされたことは、ドンチャン騒ぎ的なお笑いイベントがガンガン進行していく一方で、映画全体のトーンとしては、とんでもなく濃厚な死の影が全編にわたって垂れ込めているという印象だった。

 わけてもそれが顕著になるのはラストの展開だ。それまで立て板に水で相手を煙に巻いてきた佐平次の舌鋒が、いかにも田舎ものといった鈍重な風体を持つ杢兵衛という客の前ではとことん滑りまくってしまう。

 陰気で剣呑な劇伴の雰囲気や、墓場という背後のロケーションもあって、佐平次の神通力がまったく通用しない杢兵衛というキャラクターはズバリ死神そのもので、肺の病に冒されていた佐平次は、自分でもそうとは気づかずにこの時既に死んでいたのではないか、とさえ思えてくる。

 売春防止法施行間際の品川歓楽街からはじまるこの映画は、表面上時代劇の体裁をとってはいるものの、終戦直後の混乱期から復興への階段を上り始めた当時の日本の空気感をそのままに描いた、紛れも無い「現代劇」であることが、21世紀の今から観ると余計に強く感じられる。(なにしろ太陽傳の「太陽」は、当時の最先端トレンドである「太陽族」から拝借したものだ)

 貧しいながらも平穏な日常を、明日の豊かさを夢見て生きる戦後の大衆たちにとって、戦争がもたらした「死」の存在は、現在からは想像もつかないほどに近しいものだったはずだ。

 芸者をはべらし酒におぼれて羽目をはずそうと、女を抱くことだけは決してしない佐平次のポリシーは(作中では「病気に障る」と言い訳しているが)逝ってしまった戦友に義理立てをして、女色の快楽を自らに禁じた元特攻隊員の姿であるかのようにも見える。

 映画のラストシーンは、しつこい杢兵衛をようやくふりきって、スクリーンの奥へと一目散に遁走する佐平次の背中を見送りながら幕となる。その姿には、ほんの少しの寂しさと同時に、映画の世界さえをも飛び出して、どこまでも走り続けていくかのような生命力が、再び脈動しているかのように見える。

 物語の中盤。いきなり切りつけてきた高杉晋作を相手に「手前一人の才覚で世渡りするからにゃ、首が飛んでも、動いてみせまさ!」と切った啖呵もそのままに、「個人の死」さえも乗り越えて躍動する「庶民の生命力」そのものを佐平次が体現していたのだとすれば、それはそれで平仄のあう理屈だ。

支店長支店長 2012/01/29 21:52 さすがに、こんな古い映画にはコメントする人がいないみたいですね。
私も誌半世紀前に見たきりなんでうろ覚えなのですが、コメントをしてみましょう。
批評家筋に評価が高いのは、つまり全共闘時代というか体制批判というか、
そういう臭いを感じるとべた褒めしてしまう連中がいたからなんじゃないかと率直に思います。
私としては笑えないし、暗い映画だなぁと言う印象でした。
そもそも落語にしても居残り佐平次や付き馬、お見立てなどという演題は好きではないのです。
その点を差し引いても、このときのフランキー堺のかもし出していた雰囲気は喜劇とは程遠いと思っています。
まぁ、私の記憶違いかもしれませんがね。
純粋に馬鹿で馬鹿でどうしょうなく笑える喜劇映画が見たいものです。
笑いを笑いだけで見せきってしまうような映画・・・うーん、思いつかない。

fripp-mfripp-m 2012/01/31 22:32 支店長様、こんばんは。コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、痛快に笑えるタイプの映画じゃないですよね。非常に「暗い映画」とは私も感じました。
「おもろうて、やがて哀しき」が本邦における喜劇の作法だとすると、純粋に馬鹿な喜劇映画てのは
意外とないのかもしれませんね。
それこそクレージーとかドリフとかになっちゃうのかもしれません。
そういうのはアメリカが大得意ですよね。ケンタッキー・フライド・ムービーとか、
ズッカー兄弟系の馬鹿っぷりがいっそたのもしいです。

兄貴の嫁さん兄貴の嫁さん 2012/02/11 18:14 岡山でも 公開が始まりました。
「幕末」もので思い浮かぶのは 今村昌平監督の「ええじゃないか」
大失敗作と言われてますが リアルタイムで見たので 監督が言いたいことは わかるような気がしました。

で、本作品。1957年。ワタシはまだ生まれていない。その時の「現代」を知らない。
感じたこと。「現在の品川」めちゃ 狭い。そして 本篇の「品川宿」 さまざまな人間ドラマが繰り広げられますが 実際面積として ものすごく 狭い。もしかしたら ニホン地図の「身の丈」って これが 正当な「縮尺」単位なのでは。

あ、悪い意味ではありません。タタキ台の「古典落語」は 2012年現在でも 生きて呼吸している芸能ですから。

岡山シネマクレール 30人くらい入ってましたが 8割位が 70代以上とおぼしき方。上映終了後 拍手が。
この方たちは リアルタイム その時代を生きて 空気を知ってる 大先輩たちなのでしょうね。

狭い国土ですが ひとのココロは多様です。勉強不足なもんで 東京都知事の「今」と「太陽族」についての論述 新書かなんかで てっとりばやく 知りたいもんですが。

兄貴の嫁さん兄貴の嫁さん 2012/02/11 21:03 追伸 印象に残ったキャラは 岡田真澄氏 演じる「あいのこ」です。
現代の「品川」でも 赤線の宿に なんとも 自然に入っていく 米軍兵士の姿がありました
この映画 見る方の年代 立場 によって 各自が好きなように 深読み・解釈できる作品ですね

fripp-mfripp-m 2012/02/12 09:02 兄嫁さんこんにちは。
おっしゃる通り、深読み・解釈ができるというか、不思議とそういう方向に導かれる
おかしな引力を持った作品でした。公開当時、日活上層部があんまりいい顔しなかったってのも
よくわかる、単純明快エンターテインメントから微妙にはみ出す暗さと作家性。
それゆえに、時代を超えて特にシネフィル風の観客に愛されるという部分もあるのでしょうね。

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