自閉症の豊かな世界とそれを活かす子育て

** 自閉症の関係障害臨床 母と子のあいだを治療する 小林隆児 **

親子の関係性の発達という観点から自閉症の治療を試みた記録が3例、収められています。

東海大学健康科学部に設置したMIU(母子治療室)で、母と子の遊びに共同治療者がかかわった数年間を記録し分析しています。

自閉症と診断された子どもたちが明らかに変わっていく様子もさることながら、子どもたちの豊かな感性を捉え記録されていることが私には印象的でした。

治療の観察記録に先立って理論面での解説があります。
特に印象に残った言葉が、「相貌的知覚」です。

人間には本来環境世界のあらゆるものに対して、まるで生命が宿っているかのように感じ取る知覚の働きを有しています。森羅万象すべてに生命が宿っているという知覚のあり方です。乳幼児や古代人にはこのような知覚の特徴が生々しい姿で存在しています。(p.27)

相貌的知覚というのは、特殊なものではなく、ふつうの大人でも持っているものです。
同じ漢字なのに、活字の大きさが違うだけで力強いとか弱々しいと感じたり、ぎざぎざの直線や丸いかたちの羅列に、質感や動きを感じたりする例が示されています(p,27)。

自閉症の人が成人期になっても持っている独特な知覚のありかたには、相貌的知覚が深く関係しているといいます。生来的に知覚が敏感であることに加え、この本が解説を試みているのは、愛着や基本的信頼感とのかかわりです。

自閉症の人たちは外界の刺激に圧倒されるような感じ、圧迫感、迫害的な感じを持つことが多いのですが、これは「愛着にもとづく安全感がしっかりと育まれていないから」(p.23)だと論じています。健康な子どもは養育者との愛着関係ができているので自己感が膨らみ、気持ちが外へ向かって外からの刺激に好奇心を持っていきいきと関われるのに対し、愛着関係の乏しい状態では、外界への不安や警戒心が先に立つというのです。

どのような刺激であってもその多くが不快な色彩を帯びてくるのです。(p.24)

遊具などをそろえた母子治療室で50〜60分、週1回を基本に行った治療の実際は、そのような自閉症の幼児の知覚のありかたに寄り添い、母と子の基本的な信頼感を育んでいく試みです。
周囲の人との接触を避け、感覚刺激に没頭しているように見えた子どもが、母親に甘えるようになり、少しずつ言葉らしいものでコミュニケーションできるようになり、見立て遊びをはじめたり思いやりの態度を示したりし始める様子が詳細に記述され、解説されています。
 
この本が書かれた時点では(2000年に出版されています)MIUで集中治療を行った28例のうち80%に改善がみられたとされています。

相貌的知覚については興味深いエピソードが記述されています。

木の葉をじっと見て没頭する行動があった子どもが、治療が2年以上進んできた5歳すぎの時点で、木の葉を県のかたちに見立てて母親に○○県、△△県などと言わせるようになってきたことです。そのとき母親は、だだぼんやりと木の葉を見ていたように見えていた子どもが、実は木の葉の形の中に自分の好きなものとの類似を見つけて楽しんでいたのだろうかと想像し、自分自身が小さいとき、壁のシミなどをじっと見て動物に似ているなどと盛んに大人に語りかけていたことを思い出しています。
子どもが大人の世界に入り込もうとし、大人が子どもの世界に入っていこうとする、方向性の交差が母子交流を生みお互いの心地よい情動を生み出していることを高く評価しています。(pp.152-153)

最終章には、自閉症の子どもが「まるで人間的な心を有しないかのような捉え方が平気で行われ、研究対象として扱われてきている」(p.280)ことに対する強い疑問が書かれていました。彼らの内面の奥深いところには人を求める強い愛着要求があり、情動的な結びつきを得られることで生きる勇気と力を得るのだといいます。
 
心の理論、実行機能、感情認知などの諸説は、一過性の現象を捉えたもので、自閉症の問題の本質は、子どもと私たちの「あいだ」に潜み、その姿は刻々と変容し続けている(p.280)のではないかと結ばれています。

 
私はかねてから、「自閉症的なもの」の描写に極端があると感じてきました。人間に関心がなく、モノばかりを追いかける、ハートがないという描写の仕方と、芸術的で神秘的な世界との豊かなかかわりを持つという描写の仕方。二つの描写は矛盾するように感じられていたのですが、やっと謎が解けたような気がしています。
彼らは人間に関心があるけれどうまく接近できないでいるのだし、単調なものが好きなのではなくて、それらのなかに豊かな想像の世界を持っているのだということ。そのような見え方は人間の誰もが持っていて理解可能であるし、交流を持つことができるということ。

そして交流をもてたときから、自閉症の人間も社会性を成長させることができるということ。主たる愛着対象である親の役割はかなり大きいといえます。

多少古い本だったので、その後の研究がどのように進んだのか興味をそそられました。機会をみてまた報告したいと思います。



( 『自閉症の関係障害臨床 母と子のあいだを治療する』 小林隆児/著  2000年12月 ミネルヴァ書房 )  



ブログランキング・にほんブログ村へ