分裂勘違い君劇場 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2006-08-03

魔女狩りをする浦島太郎 11:10  魔女狩りをする浦島太郎を含むブックマーク  魔女狩りをする浦島太郎のブックマークコメント


たとえば、農家の成功失敗を決めるのは、ITビジネスとほぼ同じだ。違う点の方がむしろ少ないだろう。


以下の引用部分など、検索置換で単語を置き換えれば、そのままIT業界でも通用する。

http://d.hatena.ne.jp/m_yanagisawa/20060803

 もちろんすべての農家がうまくいっているわけではないが、私の義父は農業生産について日々研究を重ねている。近所の方はよく義父のやり方を真似ている(<義父談)。私の地域では義父たちが早くからトウモロコシ生産を始めたが、数年のうちに町内に広まった。義父に言わせれば、埼玉北部では補助金なくして採算がとれないような米作に固執している農家は例えどんなに働いていても努力が足りないのだそうだ。(ただし耕作面積が広くて十分に収益を上げている場合は別だそうだ)

 単純に見える農家の作業に関しても「量より質」ということが言えると思う。


どちらも、ビジネスの正否は、(1)人が欲しがるモノで、(2)しかもまだあまり供給されていないものを、(3)低コストで提供したかどうかで決まるのだ。要は、需給バランスと生産コストの見極めがキモだ。マーケティング、生産性、マネージメント、イノベーション、だ。耳タコだ。*1


それらは、学校では教えてくれない。なぜかというと、学校の先生というのは、「学校を出て学校に入った人たち」だから、学校以外の世界の原理を知らないからだ。世の中が、マーケティングで生産性でマネージメントでイノベーションになっちまってることを知らない浦島太郎だからだ。学校というところは、浦島太郎が浦島太郎を拡大再生産する工場みたいなもんなのだ。


そして、学校で教えないこのリテラシーで、人生が決まってしまう。

これを教えてくれる師匠に出会えるかどうかで人生が決まってしまうのだ。


そして、最高の師匠は、やはり親なのだ。

要は、親がマーケティングでマネージメントでイノベーションな人なら、子供もその勝ちパターンを会得できるのである。それが駄目なダメ親だと、子供は、別に師匠を見つけない限り、どん底へと転落していくしかない。


つまり、格差はそうやって、継承され、固定していく。


格差社会の本質は、ここにある。この本質をないがしろにしたまま、搾取、搾取、搾取、福祉、福祉、福祉と叫んでみたところで、事態は改善しない。金と時間の使い方を学ばないまま金と時間を与えても、やつらは浪費しちまうのがオチだ。なにしろ、金と時間の使い方を知らないのだから。


すなわち、「新しい時代のリテラシー」である、マーケティング、生産性、マネージメント、イノベーションとは、ようは、金と時間の使い方だということだ。そのリテラシーを持たないヤツは、そのリテラシーが必要だということすらわからない。


この新しい時代のリテラシーのやっかいな点は、古い時代のリテラシーである「読み書きそろばん」と異なり、「自分がそれを持たない」ということを意識できないということだ。読み書きができなければ、加減乗除ができなければ、その不便さは、その能力を持たない者にも、明らかだ。他人が持つ、その能力の便利さも、明らかだ。だから、その能力を欲しがり、読み書きそろばんを勉強をした。


しかし、学校で教えてくれない、新しい時代のリテラシーは、目に見えないのだ。それがないために、自分が不利な状況に置かれているのだということが、見えないのだ。まるで、透明人間に酷い目にあわされているようなモノだ。まさに、格差は、新しい時代のこの「不可視のリテラシー」によって固定されているのだ。


世の中で起きている悲劇の犯人の正体は、この透明人間なのだ。この透明人間が見えないために、人々は、見当違いの場所を犯人捜しして、見当違いの犯人を検挙する。昔の魔女裁判と同じだ。企業に搾取されている?勝ち組ばかりに不当に所得が行っている?ばからしい。


この不可視のリテラシーとは、まさに、「富を生み出す力そのもの」だ。そのリテラシーを持たない人間は、富を生み出さない。富を生み出さない人間から、いったい、どのように搾取しろと言うのだ?この不可視のリテラシーを持たぬ者たちは、それを持たぬが故に、この簡単な構造が見えない。まさに、魔女の存在を信じて、多くの無実の人を火あぶりにした、中世の無知な群衆だ


だから、やるべきことは、この目に見えないモノを目に見えるようにしてやることなのだ。透明人間にペンキをぶっかけなければならない。

具体的には、まず、何より、政府の政策の目標を、「新しい時代のリテラシー」である、マーケティング、生産性、マネージメント、イノベーションの習得に、定めるべきである。そして、その目的を達するのに必要な社会制度や福祉制度の作成に、時間と予算を集中配分すべきだ。魚ではなく、魚の釣り方を教えることに、選択と集中をすべきなのだ。*2


ワーキングプアは、単に金と時間がないからワーキングプアなわけじゃない。本質的には、新しい時代の新しいリテラシーを持たないから、ワーキングプアなのだ。

無策のまま金と時間を与えても、彼らが自力で不可視のリテラシーの存在に気づくなんてことは、ありゃしないのだ。それを習得するために、福祉で与えた金と時間を使うなんてことは、ありゃしないのだ。だれかが、「漫然とハードワークするのなんか努力じゃない」と教えてやらなければならないのだ。

*1:もちろん、それらを行うのに、決定的に重要なのが、知力と健康と意欲である。病気になって、頭が回らなくなったら、気力が無くなったら、もう、転落していくしかない。鬱病になんてなったら、もうダメぽ。そうなったら、いくら「がんばれ」とか「努力が足りない」とか「自己責任」とか言ったところで、自力救済は、ムリぽ。そういう人には、普通に暖かな福祉政策の充実を。

*2:もちろん、病気の人や障害者や老化が進みすぎてしまった人などはこっちのプランhttp://fromdusktildawn.g.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20060727/1154065323