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2007-02-15

「他人の生産性が向上すると自分の給料も増えるのか?」を中学生でもわかるように図解してみました 10:56 「他人の生産性が向上すると自分の給料も増えるのか?」を中学生でもわかるように図解してみましたを含むブックマーク 「他人の生産性が向上すると自分の給料も増えるのか?」を中学生でもわかるように図解してみましたのブックマークコメント


経済の専門用語を一切使わずに説明すると、ようするに、

「工場労働者の生産性が上がっても、他の職業、たとえば、掃除人やウェイトレスの賃金が増えたりはしない。」

と、上武大学大学院客員教授でエコノミストの池田信夫氏は主張しているわけです。

ウェイトレスの所得と「平均生産性」には、何の関係もない。製造業の生産性が上がっても、たとえばジャズ喫茶の限界生産性が下がれば、そのウェイトレスの時給は下がるのである。

話はこれでおしまいだが、<略>


これについて、中学生にもわかるように説明してみます。

分かりやすくするために、まず、次の図のような状態を考えてみます。



この図の状態では、日本とカンボジアの工場労働者と掃除人の生産性がまったく同じ状態です。

この図でいう生産性とは、労働者一人が単位時間あたりに生産する製品の量を金額に換算したものだと考えておいてください。


この状態から、日本の工場がすごいイノベーションを起こしまくって、次の図のように、工場労働者の生産性が飛躍的に上昇したとします。



この生産性向上により、工場は儲かります。

そのため、どんどん設備投資し、優秀な人材をどんどん雇ってビジネスを拡大します。

そして、優秀な人材をたくさん確保するため、賃金を値上げしたとします。



そうすると、工場労働者と掃除人の間に、大きな賃金格差が生まれます。

このため、次の図のように、新卒学生も、国内外のいろんな職業の人も、工場労働者になりたがります。



しかし、カンボジアの労働者は、日本で働くことが法律で規制されているため、日本の工場労働者になることができません。


一方、工場労働者になりたがる日本の掃除人はカンボジアの労働者ほどは、障壁がありません。

このため、日本の清掃人のうち何パーセントかは、工場労働者になろうとします。


そして、日本の新卒学生の多くは、賃金の低い清掃人ではなく、工場労働者になろうとします。

清掃人になりたがる新卒学生は少なくなります。


このため、次の図のように、工場経営者は、欲しい人材を欲しいだけ採ることができ、おなかいっぱいになります。

一方で、清掃会社は、人が集まらず、人手不足になります。



こういう状態だと、次の図のように、工場経営者は賃金を下げても十分な人材を集めることができますので、賃金を下げようとします。

また、清掃会社は、人手確保のために、非正規雇用でもなんでも、人員の質をギリギリまで下げてでも人手を確保しようとします。

しかし、工場労働者が先進国並の時給2000円とかの給料なのに、カンボジアと同じ時給80円とかで、非正規雇用にしようが何だろうが、十分な人手を確保できるわけがありません。



結局、次の図のように、工場経営者は賃金を下げることになりますし、

清掃会社は人手を確保するために、先進国の最低ランク程度には、賃金を上げざるを得なくなります。



ここで面白いのは、清掃サービスの需要が上がったわけでも、

清掃サービスの生産性が上がったわけでもないので、

利益が出ているわけではないのですが、

それでも、全ての清掃会社が人手不足を解消するには、賃金を上げるしかなくなる、ということです。


そうすると、そのままでは清掃会社は赤字垂れ流しでつぶれてしまいます。実際、その過程でつぶれてしまう清掃会社も多いでしょう。

しかし、多くの清掃会社は、生産性向上に励むことでなんとか帳尻を合わせようと頑張ります。

しかし、工場と清掃会社の生産性格差があまりにも大きいと、必要な賃上げ分は、いかなる清掃会社にとっても生産性向上でなんとかなる範囲を超えてしまいます。


仮にもし、そのために全ての清掃会社がつぶれてしまったら、すごいビジネスチャンスです。なぜなら、その場合、清掃会社を1社作れば、清掃料金がかなり高くても、工場はその清掃会社に仕事を依頼するしかなくなるからです。

当然、採算のとれる賃金を清掃人に支払っても、その会社はつぶれません。

また、後から参入した清掃会社も、同じです。


結局、次の図のように、最終的には清掃会社は、賃金上昇分だけ上乗せした清掃料金を工場から受け取る形で収まるのです。



そうして、工場が清掃会社に支払う料金が増える分だけ、工場の経費が増えます。

そのため、工場が生産する付加価値の量は、その分だけ減ることになります。


すると、次の図のように、清掃人に支払われるコストの分だけ、工場労働者の生産性は低下します。

また、清掃会社の利益は少しも増えませんが、売り上げは増えます。

そして、清掃会社の売り上げが増えた分だけ、掃除人の生産性は上昇します。



ここで面白いのは、工場労働者と掃除人の「本来の生産性」と「実際の生産性」の間に乖離が起きるということです。

「本来の生産性」と言っているのは、「国際競争が完全」だった場合の生産性です。

しかし、現実には、外国人労働者は日本で自由に働けませんので、国際競争は完全にならず、「実際の生産性」に落ち着くことになるのです。


要するに、「日本の製造業の生産性が上がれば、日本の清掃人の賃金が上昇する」というメカニズムがあるのです。


ここまでは、話を分かりやすくするため、工場が清掃会社に清掃料金を支払うというモデルで見てきました。

しかし、現実の社会では、工場が依存するのは、清掃会社だけではありません。

運送会社、電話会社、不動産会社、建設会社、などなどたくさんの会社に依存してビジネスをしています。


そして、工場労働者自身も、たくさんの他の国内産業に依存して生活をしています。

工場も、工場労働者も、実にたくさんの国内産業に依存することで成り立っているのです。


このため、この実際には、このメカニズムは、

「日本の製造業の生産性が上がれば、日本の他の職業の賃金が上昇する」

という、より一般的なメカニズムであることが分かります。


それをさらに一般化すると、

「日本社会の他の産業の生産性が上がれば、自分の職業の賃金も上がる」

というメカニズムであるわけです。


これは、言い換えれば、

「日本社会の全ての産業の平均生産性が上がれば、自分の職業の賃金も上がる」

というメカニズムです。


もちろん、このメカニズムだけが、賃金を決定する唯一の要因ではありません。

正確に言うと、



という構造で賃金が決定します。

そしてこの図の一番上の、

「日本社会の産業の平均生産性が上がれば、自分の職業の賃金も上がる」

というメカニズムは、この構造の中で、極めて重要な要因なのです。


そして、最初のモデルからわかるように、このメカニズムが働くのは、

「外国人労働者が日本で働くことを妨げるさまざまな障壁がある」

からです。

そして、それは多くの日本人の賃金が高いことの必要条件にすぎず、

十分条件ではありません。


多くの日本人の賃金が、発展途上国人の賃金よりも高いことの

必要条件は少なくとも次の二つがあります。

どちらが欠けても、日本人の今の賃金は成り立ちません。


(1)日本の平均生産性(オレンジ色の棒の総和)が高い

(2)外国人労働者が日本で働くのを妨げるさまざまな障壁がある


ここでもう一度、次の池田信夫氏の主張について考えてみます。

ウェイトレスの所得と「平均生産性」には、何の関係もない。製造業の生産性が上がっても、たとえばジャズ喫茶の限界生産性が下がれば、そのウェイトレスの時給は下がるのである。

話はこれでおしまいだが、<略>


明らかに、「ウェイトレスの所得と「平均生産性」には、何の関係もない。」というのは、間違っていることが分かります。

もちろん、先ほど述べたように、「平均生産性」はウェイトレスの所得の「唯一の決定要因」ではありませんが、

すくなくとも、平均生産性はウェイトレスの賃金の「重要な決定要因の一つ」です。


話はこれでおしまいですが(笑)、私が過去のいくつかのネタ記事で極論をかき立てたように、

いわゆるグローバル化やIT化で、「(2)外国人労働者が日本で働くのを妨げるさまざまな障壁」が

次第に低くなってきています。


もちろん、

西暦2026年の日本

のまんまの世界になったりはしませんよ(笑)。

しかし、この記事のブクマコメントでid:zonia氏が次のようにコメントしているとおり、

2006年04月10日 zonia 日本, 社会, web, *2.0 何も知らない人へのアジテーションとしてすごく効果的な気がする。

このアジテーション記事の中で、むちゃくちゃなロジックで誇張しながら描いている「要因」まで単なる「ネタ」だと思ったら、それは愚かなことです。

グローバルインターネットが「(2)外国人労働者が日本で働くのを妨げるさまざまな障壁」に対してもたらす影響を過大視するのも愚かですが、過小評価するのも愚かなのです。


そして、今回の記事で明らかにしたメカニズムにおいては、「(2)外国人労働者が日本で働くのを妨げるさまざまな障壁」は、全体構造の中で、「富の分配機能」として働いています。


すなわち、

グローバル化によって(2)障壁が弱まる

→ 富の分配機能が弱まる

→ 格差の拡大

という力が働いているわけです。


したがって、

「日本国内における格差の拡大を防ぐために(2)障壁を守る」

か、もしくは、(2)障壁を取り除くのであれば、それに代わる富の再分配機能を社会システムに組み込まなければなりません。

ただし、先ほど見たように、日本社会の豊かさを実現するメカニズムを支えているもう一つの必要条件である、

日本の(1)平均生産性を高めていくこととセットでそれを行わなければなりません。


すなわち、(1)平均生産性向上と(2)障壁防御を実現するためのさまざまな施策を戦略的に実行する必要があるのです。


日本社会の未来を守って行くには、この(1)と(2)(もしくはその代替の再分配機能)を車輪の両輪として実行することが、不可欠なのです。


もちろん、これは、あくまで戦略の基本骨格の話に過ぎません。

そもそも、(1)と(2)は矛盾するところがあるのです。


たとえば、わかりやすい例で行くと、

2026年、言葉の壁で日本沈没

というネタ記事で行っているような問題提起です。


このネタ記事は、「(2)の障壁が日本人の未来を守るから安心だし、また、戦略としても(2)障壁を守る戦略をとっていけば、日本社会は守られるから大丈夫だよ。」という安直な考えに対する風刺です。

実際には、安易に(2)障壁を築くことばかり考えていると、日本は富の創出手段まで失い、(1)が上手くできなくなり、障壁に守られたまま日本全体が沈没してしまうリスクがある、ということです。


たとえば、(1)生産性向上を行うために、日本国内に、生産手段の集積を作る戦略を取るとします。

たとえば、シリコンバレーの日本バージョンみたいなもんです。

しかし、たとえば、シリコンバレーに匹敵するもの形成するには、世界中から高度頭脳人材を集める必要があります。

このとき、(2)障壁を守ることにこだわりすぎて外国人労働者が日本で働くことを規制しすぎると、

世界中から高度頭脳人材が集まらず、シリコンバレーのような集積を作るのが困難になってしまうのです。


だから、この辺の各論を今後どう詰めていくのか、という話は、また別の話なのです。

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